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91  レベル91


ユフィリア:

「こーわんいっち♪ こーわんいっち♪」


 本日もドラゴン狩りに来ていた。

 ドラゴンと遭遇するまでの間はどうしても時間が掛かり、暇なこともあり、肩甲骨と腕の方向を一致させる『甲腕一致』の腕の振り方で歩くことをやっていた。本日もごきげんのユフィリアさんは、なぜか先頭を歩いている。


ジン:

「うーん、あっちとそっちとに(ドラゴンが)居るっぽいんだけど、辿り着くまで居てくれるかどうかだなぁ。なんか、やつらを呼び寄せる笛でもありゃいいのによー」


 面倒臭そうにポリポリと頭をかいているジン。

 土の場所から石がゴロゴロしている山道風の箇所に差し掛かると、タイミングの悪いことにドラゴンが飛来してくるのが自分にも見えた。


シュウト:

「ここで戦うんですか?」

ジン:

「流石に狭いな……。おびき出しつつ、移動するぞ」

ユフィリア:

「この先に広いところあったよね?」

ニキータ:

「急ぎましょう」


 ドラゴンのプレッシャーを背後に感じながら、坂道を駆け上がる。石に足を取られそうになりながらも、自然に作られた広場の方に向かって走り続ける。木立に入ったところで、急にジンが立ち止まった。


ジン:

「マズい、正面にもいやがる。ここでまさかの2頭クエとか!」

シュウト:

「どうします?」

ジン:

「ここじゃ上からブレス吐かれるだけだ。やるしかない、走るぞ!」


 今いるポイントでは樹木が邪魔でドラゴンが着地できない。そうなると、上空からの攻撃となり必然的にブレスがメインになってしまう。こうなると、ジンはともかく、自分たちが防ぎ続けることは困難だ。一方的に攻められる愚を犯すわけにはいかなかった。

 仕方なく、2頭相手に戦うことになってしまったらしい。


ジン:

「シュウト、ニキータのサブに入れ。指示出しのフォローだ」

シュウト:

「了解」


 今回の場合、メインで指示出しするよりも、サブリーダーとしてフォローの方が難易度が高くなりそうだった。ニキータの邪魔をしないで、且つ、フォローもやって、ということだろう。


ジン:

「レイはサブタンクだ。ただし、防御や回避に専念してくれ」

レイシン:

「どっちに行く?」

ジン:

「勿体ないが、強い方を追い返えしたい」

レイシン:

「弱い方って担当ってことだね」

ジン:

「頼む。…………ユフィ」

ユフィリア:

「うん。どうすればいい?」

ジン:

「レイのフォローだ。俺のHPは気にするな。……ちゃんと指示に従うんだぞ?」

ユフィリア:

「がんばる」


 木立を抜ける。同時に、正面の赤黒いドラゴンがこちらに気付いた。ジンから最後の質問が来る。ここから先は全力になるのもあって、あまり喋ったりしなくなるためだ。


ジン:

「どっちだ」

シュウト:

「後ろの青い奴の方が強そうです」

ジン:

「……いくぞ」


 ジンがフェイスガードを引き下ろす。すると、空間が歪み、何十人ものジンが並んで立っているような錯覚に襲われた。まるで万華鏡か、合わせ鏡をのぞき込んだかのようだ。次の瞬間、エネルギーが集束されて輝いて感じる。こうした気や意識といったものによる不可思議な現象は、もはや日常茶飯事でもあって、特に驚くことではなくなっている。


 白地に青色のまだらが大きく広がって印象的なドラゴンの方は、ジンが一人で引きつけて戦っている。汚い赤色の方はレイシンが担当していて、回避タンクの動きで押さえている。

 さっそく青い方のHPを減らし始めているジンだったが、なかなか地面に降りてこないこともあって、あまり捗ってはいない。レイシン側は戦力不足を補うための長期戦の構えなので、牽制しながら範囲攻撃がこないように注意深く対処していく必要があった。


 ニキータの指示出しは慣れたもので危なげがない。サブリーダーとしてそこまでフォローが必要なようには感じていなかった。2頭が同時に攻めてくるので、注意が分散するのを補えばいいだけのようだ。弓を構えて、少しでもダメージアップに貢献しておく方が建設的だろう。


 回避主体の防御専念を行っているレイシンは、ユフィリア一人の回復力で十分に賄える範囲に抑えている。この辺りは流石のベテランプレイヤーっぷりである。


 意外と苦戦しているのはジンの側だった。あちらの青マダラがかなり強いのか、自分のHPを2割ばかり減らしていた。青マダラはブレス以外の攻撃は放置してしまっているので、その分の負担もジンは積極的に背負っているのだろう。

 状況が動いたのは、そんな時だった。



ユフィリア:

「ジンさん回復しなきゃ!」

ニキータ:

「待って、ユフィ」


 流れの中で攻撃と交換で、一撃ジンが貰ってしまったのだ。パーティーの絶対的な中心であるジン。その危機を放置するのは心理的にも難しい。たかが3割のダメージと言っても、万が一、間違って回復が間に合わないことなどは許されない。『レイシンのHPに余裕がある内に』と思ってしまうのは、仕方がない部分もあったのだろう。


ニキータ:

「ダメ! ユフィ、キャンセルして!」

レイシン:

「クッ!」


 だがしかし、赤黒はこの隙を見逃さなかった。ユフィリアを巻き込む形での範囲攻撃に出る。回避主体で防戦していたレイシンはカバーの為に跳んでいた。結果、ユフィリアは護れたものの、その代償は高くついてしまう。


ユフィリア:

「レイシンさん!」


 レイシンはドラゴンの右腕に掴まれてしまっていた。そのまま爪が体に食い込んでエグられる。レイシンのくぐもった声がその痛みを伝える。 手に人ひとりを掴んだまま、地面に叩きつけるようにして押さえ込み、威嚇の咆哮をする赤黒のドラゴン。骨が砕け、爪が更に食い込んだであろうが、咆哮の爆音に紛れてそれらの音を聴きとることは出来なかった。


シュウト:

「このっ……」


 右手に持っていた矢を投げ捨てる。苛立ちは瞬く間に怒りへと転じた。近接用のショートソードを握りしめ、そのまま握り潰すつもりで力を込める。『内なるケモノ』が身震いする。


 ――ブチ殺してやる。


 『内なるケモノ』を最大に解放する。丸王たちを相手にした時ですら、使いたくても使えなかったものだ。抑圧はこれ以上にないほど溜まっているはずだった。一個の殺害衝動と化して走り出す。


ニキータ:

「シュウト!」


 ニキータの叫ぶ声が聞こえた気がしたが、得物を叩きつける快感の前にどうでもよくなっていた。狂った様に何度も何度も刃物を突き立て、鋼鉄めいた強度の鱗を破壊し、血しぶきを浴びるのは爽快な心地になる秘訣といったものだろう。心の乾きを癒す赤いオアシスの出現。心地良かった。しかし、足りていない。もっと血をジャブジャブさせなければ、またすぐに乾いてしまう。


シュウト:

「くはははは!」


 獰猛なる突進。脱力などクソ食らえである。技術なんかどうだっていい。ジンの言った全てに背を向けて、筋力をスピードに変える。もはやドラゴンの鈍い動きなどがこの自分についてこられるハズがない。

 1撃、2撃と技が決まる度、確信へと変わっていく。自分はやれる。メチャクチャに特技を連続で決める。


 ――しかし、力に酔いしれていられる時間は、そう長く続かなかった。


 ドラゴンの左腕が外に振り払うように動く。なんてことのない動き。それを無視して速力を更に上げた。ドラゴンの爪が右胸をかする。その衝撃が予想よりもずっと強く、後方へ弾き飛ばされ…………。





シュウト:

「あっ!?」


 気絶していた? 何秒? 何分?

 意識が戻り、その戻ったことによって、気絶していたことを知った。直前の記憶が曖昧だった。地面に倒れて寝ている。体を起こして周囲の状況を確認する。ユフィリアがまだレイシンの回復をしているところだった。まだそれほど時間は経過していないらしい。少し遅れて『内なるケモノ』が霧散してしまっていることに思い至る。


シュウト:

「痛っ」


 右胸から右腕にかけて大きなダメージを貰っていたらしい。右腕はまだ痺れている。HPゲージに目をやると6割近く失っている。モロに一撃貰ってしまったらしい。

 ユフィリアがレイシンの回復にまわっている以上、こちらの回復は後回しだ。ならば弓を使い、距離をとって安全に戦って時間を稼ぐべきだろう。どうやら瞬間的な判断ができる程度に頭は動いている。自分はまだ、やれる。


 立ち上がり、右手で矢筒を、左手で弓を取り出そうとする。しかし、右手が矢筒に触れるいつもの感覚がなかった。吹き飛ばされたことで矢筒を落としたのか?と、腰の後ろを見る。矢筒はあった。無かったのは右腕の方だった。


シュウト:

(右手が、ない…………?)


 これでどうやって武器を持てばいいのか?と考えて、そこで止まってしまった。頭が真っ白になる。想像したことも無かったのだ。自分の右腕が無くなった後のことなど、これまで考える必要すら無かったのだから。


 よく分からないまま、不安な気持ちで右腕を探す。回復呪文を使えば生えてくるのだろうか? 落ちている腕を見つけた。あれが自分の腕? 回復呪文を使えばくっつくかもしれない。バランスの取りにくさにも気付かず、フラフラとした足取りで腕を拾いに向かう。


ユフィリア:

「シュウト!」

石丸:

「危険っス!」


 しかし、仲間達の声は耳に入ってこなかった。

 自分の腕に向けて、ない方の右腕を伸ばそうとして……。


ニキータ:

「しっかりしなさい、シュウト!」


 耳元で怒鳴り飛ばされる。すぐ真横にでも立っているのではないかと思うほど声が近い。まるでアクアがこの場所に居るみたいに感じる。無音の危機感を覚え、咄嗟に後ろにジャンプする。右腕が無いために着地でバランスを崩したが、ヒザをつくだけで済んだ。……と、眼前を炎のブレスが通過していった。落ちた腕ごと自分を炭にしようとする意思を知覚する。


シュウト:

(そうだ、ドラゴンには関係ないんだ)


 こちらがパニックになっていようと、それらに関係なく攻撃してくる。それどころか、落ちていた腕を利用して狙いを付けてきた。敵のクレバーさを感じたことで、自分の思考も刺激されたらしく、内観も戻ってきた。

 右肺に穴が開き、内部には血が溜まって機能停止が起こっている。左肺のみで呼吸を補うため、呼吸数が増加して息が荒くなっている。〈冒険者〉なので行動に問題はないはずだが、呼吸が思考に影響を与えたことが遠因としてパニックになっていたらしい。


ジン:

「〈アンカーハウル〉!」


 2頭のドラゴンを巻き込む形でジンがタウンティングを決めた。何にせよ、危機的状況を黙って見ている人ではない。ドラゴンに左右を挟まれる形で戦闘を再開させる。たとえジンであろうと、とんでもない無茶のはずだった。


シュウト:

(互いの攻撃範囲が邪魔をしているのか……!)


 一般にフレンドリーファイヤー等と呼ばれる『同士撃ち』に近いものを利用していた。2頭が互いに正面に来るようにジンが位置を調整している。これだと、常に挟まれていることにもなるが、同時にドラゴンブレスなどは反対側のドラゴンに当たってしまうことで使いにくい。歯や爪、尻尾による攻撃にも、どこか遠慮が感じられた。

 ジンは、〈竜破斬〉すら使わずに、ただ耐え、ひたすら回避に徹し、最低限の反撃も通常攻撃で行う。これは位置を大きく変えての回避ができないためで、一瞬の技後硬直すら命取りになってしまうためだろう。攻撃の届かない場所にジンが移動した途端、ドラゴンはターゲットを変えてこちらのパーティーの誰かを攻撃することが出来る。ヘイトに支配されていても、こういった例外規定を利用した行動が取れる。そこまで把握した上で、戦闘を展開させているのだ。


 レイドランクドラゴン2頭を相手にした危うい命の綱渡りだったが、しかし、ジンは殆どダメージを受けずに切り抜け続けている。……この終わりの見えない我慢比べにおいて、先に根を上げたのはドラゴンの側だった。

 赤黒いドラゴンの一撃が、ジンが回避した先で青マダラのドラゴンに当たる。その動きを支援するように、青マダラに攻撃を加えるジン。このパターンが3度続いたことで青マダラが動いた。ジンを攻撃するように見せて、赤黒に対して強撃を加える。機会を逃さず追撃を加えて対立を煽るジン。一挙にドラゴン同士にジンを加えた三つどもえの戦いに転じていた。


 残りHPの少ない青マダラが不利かと思われたが、この3強の戦いは先に弱者を排除することで合意に達した。明らかに一番弱かったのは赤黒のドラゴンである。青マダラが首筋に噛みつき、ジンが〈竜破斬〉を叩き込む。人と竜の連携の前に、赤黒の命はそう長くは保たなかった。飛んで逃げようとしたところを叩き落とし、落とした先でジンがトドメを刺して倒してしまった。

 沈んだ赤黒には目もくれず、ジンが兜に手をかける。


ジン:

「…………ッ!」


 もみ合いの中で攻撃がかすったのか、フェイスガードの歪んだ兜をジンはただ放り捨てた。その表情には憎しみも、怒りすらも見られない。覚悟と闘志、それらを上回る透徹した意識が宿っていた。誠実な、あまりにも誠実な戦闘存在として、そこに在る。


シュウト:

(全然違う。違い過ぎる……)


 怒りと力の誘惑におぼれた自分とは何もかもが違い過ぎて、少しばかり胸に痛みをおぼえるほどだった。


 1頭と1人は決着を付けるべく向き合う。何者の介入をも拒み、ただどちらが強いのか、決着を求め合っていた。激突が再開されたが、理屈ではなく、手助けなどはとてもではないができそうになかった。


 何十回という交錯の果てに、残り一撃というところにたどり着いていた。ドラゴンも瀕死だったが、ジンの残りHPも多くはない。

 青マダラは、しかし逃げようとはしなかった。最後の最後に全力のブレス攻撃の準備に入る。長く長く息を吸い込むのを、ジンはただ待っていた。ドラゴンの口の端からは雷撃の欠片がこぼれて疾る。


ニキータ:

「まさか避けないつもり?!」

シュウト:

「雷撃のブレス、……来る!」

ユフィリア:

「ジンさん!」


 ドラゴンが最強のブレス攻撃を放った瞬間、ジンもほとんど同時に剣を振り下ろしていた。真正面からの迎撃。こちらの世界において、光の次に速いものと言えば雷だろう。それを、〈竜破斬〉でもって相殺しようというのだ。


ジン:

「うおおおおおお!」


 見事、ジンの剣は雷撃を捉えていた。ブレスの圧力に押されて見えたが、裂帛の気合いと共に振り抜く。〈竜破斬〉の青いエフェクトと、雷撃ブレスの青い光とが、スパークして弾けた。


 ……相殺防御に成功。ジンにダメージなし。


 次はジンが技を見せる番だ。〈竜破斬〉を再ブーストするための僅かな空白の時間が1頭と1人の間に訪れる。ドラゴンは覚悟を決めたのか、逃げようとはしていない。正々堂々とした戦いと、その結果を望んでいるようだ。一方のジンも微笑みを浮かべているように見えた。


 もはや青マダラなどと呼ぶのは失礼に感じる。ディバインドラゴン、レイドランク×2.5、レベル……91。個体名ルレド。ネームドドラゴンだったとは。これまで戦って来た中で、紛れもなく、最大にして、最強のドラゴンだった。


 ジンが最後の攻撃モーションに入る。迎撃の構えを取るドラゴン。

 ジンにとっての最強の技といえば、〈竜破斬〉を使った決戦用の突き技『ジ・エンド』だ。深く突き刺さり過ぎて、剣が抜けにくくなることからトドメにしか使わない。

 構えを解き、更に脱力していく。見ているだけで不安な気持ちにさせる立ち姿は、死を連想させる不気味なものだった。


シュウト:

(いつだったか、どこかで……?)


 最後の一撃は、いつ始まるのか気がつかない間に終わっていた。

 動き出しから命中までの過程をスキップさせ、いきなりドラゴンの胸部に突き入れている。『武蔵の剣』 ×『〈竜破斬〉ジ・エンド』の合成技だった。勢いが余り、ドラゴンを抱きしめる形になるジン。ゆっくりと崩れ落ちていくディバインドラゴン・ルレド。



 ……戦いは、終わった。



シュウト:

「お疲れさまでした」

ジン:

「おう。……朝の初っ端からクライマックス展開とか、マジで勘弁して欲しいものだね」

シュウト:

「ですね」


 ホッとしたのか、ぐったりとした疲れを感じてしまう。


ジン:

「レイ、体は?」

レイシン:

「大丈夫。……剥ぎ取りでしょ?」

ジン:

「ああ、頼む。……シュウトの方はどうだ、腕は動きそうか?」

シュウト:

「もうくっついてます。今のところ問題は、なさそうな感じです」


 指先の感覚もキチンと繋がっているようで正常だと思う。違和感は何も感じられない。肺の方も傷は塞がり、中に溜まっていた血も体内に吸収されてしまったようだ。呼吸が通常通りに戻っているのがその証しだろう。


ジン:

「よかったな。……んで、レベルは?」

シュウト:

「…………すみません、まだです」


 残念ながら、今の分の経験値でもレベルは上がらなかった。


ジン:

「マジかぁ。……ちょっと休憩させてくれな。 なーんか誇り高きドラゴンってヤツは苦手だぜ、疲れる。もうちょい根性ブラックなヤツだったら、適当に捌いて一方的にぼてくりこかしちまうんだけど。正面からガチらされて、危うく死ぬところだったぜ」

シュウト:

「ブレスの相殺とか、無茶し過ぎですよ」

ジン:

「全くだ。ドラゴン相手に正々堂々だとか、一番やっちゃいけないパターンだかんな。しかし、赤い方を倒すの手伝わせちまった負い目もあったし……」


 正々堂々でこそないが、自分も今さっきドラゴン相手にまっすぐに突っ込んでしまった訳であり、『一番やっちゃいけないパターン』そのままなこともあって、少しばかり気まずくなる。ジンの目を見られなかった。


ジン:

「大人しいね。どうした?」


 ジンがユフィリアに声を掛けている。無事に勝てたとは言っても、褒められた内容ではない。彼女にしても気楽に喜んでもいられないのだろう。


ユフィリア:

「ごめんなさいでした」

ジン:

「何が?」


 ドラゴンから剥ぎ取り作業をしているレイシンの所にも走っていって、頭を下げて謝る。


ユフィリア:

「レイシンさん、ごめんなさい」

レイシン:

「大丈夫だよ~」


 そうなると次は自分の番だろうか?と思ったら、本当にそうなった。


ユフィリア:

「シュウトも、ごめんなさい」

シュウト:

「えっと、……うん。良い経験になったから」

ジン:

「ちなみにどういう経験?」

シュウト:

「腕が無くなると、意外と頭が真っ白になるものだなって」

ユフィリア:

「本当にゴメンね!」

シュウト:

「いやいや、気にしてないから」


 反省しなければならないのは、こちらの方だ。失敗は様々なことを教えてくれる。しっかり考えなければならない。

 実のところ、ユフィリアはこれまで大きな失敗をしてきていない。タンク役であるジンの回復がメインの仕事であり、そのジンは必要な回復頻度が低いこともあって、これまで大きな失敗をしたような記憶がないのだ。


ジン:

「ま、生きてりゃいろいろあるって。運悪く2頭と戦うハメにはなったが、最後は運が良かった。帳尻があったからそれで良しだろ。あんま、気にすんなよ?」

ユフィリア:

「気にするよ! ……みんな死んじゃいそうだった。すっごく痛そうだった」

ジン:

「えーっ、なにそれ? 俺がヒデーめにあってても笑顔を絶やしたことないじゃんかよ」

ユフィリア:

「ジンさんはいいの」

ジン:

「意味わからん。なんという差別主義社会……」


 アイアンクローのごとく自分の顔をつかみ、天を仰ぐジンであった。


ユフィリア:

「どうすれば良かったのかな?」

ジン:

「……状況に対して実力がギリギリか、もしくは足りてない場合、優先順位をつけて行動することしかできないな」

ユフィリア:

「それって、優先順位が低い人を『見捨てる』ってことでしょ?」

ジン:

「赤裸々に言えばそうなる」

ユフィリア:

「誰も、見捨てたくないよ」

ジン:

「一度に使える呪文が一つである以上、行動に制限や、それを行うべき順番がどうしても生まれる。だったら、そんなものを超越した実力を身に付けるか、もしくはレイやシュウトに回復なんて必要なくなるほど強くなってもらうとかだな」

シュウト:

「が、がんばります……」


 ムチャクチャな言われような気もしたけれど、ジンの半分でも強くなれたのならば、自分に対する回復をユフィリアが気にしなくても良くなるはずだった。


ユフィリア:

「実力が無かったら、誰かを見捨てなきゃいけないの?」

ジン:

「だけど誰も見捨てないのは、全員を見捨てるようなものだ。勝つってことは、負けたヤツを見捨てることだよ。死んでいくドラゴンを見捨てたろ?」

ユフィリア:

「今はモンスターは関係ない話でしょ?」

ジン:

「人間のプレイヤーとだって、本気で戦う日もあるかもよ?」

ユフィリア:

「……敵、なんでしょ?」

ジン:

「相手が綺麗に悪であることばかりじゃないさ。相手にだって理由も正義もがあるかもしれない。単にそれを知らないだけで、悪だ、敵だって決めつけていいのかい?」


 丸王たちのように、分かり易く悪であってくれることは、実は有り難いことなのかもしれない。戦うに際して遠慮する必要がない。倒しても良心に呵責を覚えずに済む。そんな敵なんて、滅多に出会うことはないのかもしれない。


ユフィリア:

「わからない」


 ゆっくり近づいて、ユフィリアのほほに手を触れるジン。


ジン:

「嫌いになんてならないよ。……だから、いいんだ。見捨ててもいいんだよ」


 ユフィリアがどんな顔をしたのか、ジンの背中に隠れて見えなかった。

 後ろで聞いていて納得する。究極的には、嫌いになるかどうか?が一つのネックを作るのだろう。


ユフィリア:

「…………」

ジン:

「回復が来ないぐらいでいちいち嫌いになってたら、大変なことになるって。……俺らなんて、何回、葵の野郎に見捨てられたことか」

レイシン:

「はっはっは。本当にそうだったよね」

ジン:

「レイなんか、嫌いどころか嫁にしたぐらいだぜ?」


 剥ぎ取りを終えたレイシンが、石丸と一緒に戻ってきていた。


ユフィリア:

「……うん」

ジン:

「まぁ、でも、葵のヤツは理由なく見捨てたりはしなかったよ。異常なぐらい勝ちに拘ってた。始めの内はそれでイライラもさせられたけど、アイツは勝つために動くってのが分かったからな」

レイシン:

「そうなんだよね」

ジン:

「そこは裏切らない。だから、信じられる」

ユフィリア:

「…………うん」


ジン:

「俺たちに信じさせてくれ。お前も、勝つために出来る限りを尽くしているって。誰も見捨てない代わりに『仲良く全滅しました』なんてのは無しだぞ。最後に勝てるなら、俺をちゃんと見捨てて欲しい。そんなことじゃ嫌いになんてならないから。な?」

ユフィリア:

「………………」


 ユフィリアは、答えなかった。答えられなかったのだろう。


ジン:

「ハッピーエンドは、好きか?」

ユフィリア:

「大好き」

ジン:

「なら、とりあえず勝たなきゃな。負けて、ボロボロにされてハッピーになるのは、難しいだろ?」

ユフィリア:

「……うん」


 これまでが順調過ぎたのだろう。同時に2頭と戦って、弱い部分が出てきてしまった。こうした洗礼を受けずに、次のステップに進まなかったのは、ある意味で僥倖だったのかもしれない。





 それは、時を待たずにやってくることになる。

 今日は全体的に敵の平均レベルが高く、これまでよりも苦戦気味で戦っていた。


シュウト:

「…………!」


 味方とは逆に動き、ドラゴンの背後に回り込む。同時に距離が離れたことでパーティーから外れた。敵の攻撃を誘いつつ、丁寧に、慎重に振る舞う。ドラゴンの注意を分散させ、隙を見せたら、背後からても強気で攻める。

 光の雨がドラゴンの上から降り注ぐ。石丸の使う攻撃呪文〈スターダスト・レイン〉だった。こうして呪文使用率が高まっているので、ドラゴンの背中に突撃する場合は気を付けなければならない。


シュウト:

(今だ!)


 ドラゴンとジンの位置が入れ替わる。少し遅れて仲間達が追随してくるのに合わせパーティーに合流。そのままステルス化して突撃。ジンとレイシンも一緒だった。あっさりと追い抜き、先に一撃を加えているジン。ヘイトを集めている関係で、注意を逸らしてくれる。大技を叩き込むチャンスが生まれていた。


 続けてレイシンが跳躍。得意の決め技〈断空閃〉でドラゴンをグラつかせる。あからさまなアシストは、トドメは自分で刺せという合図なのだろう。ステルスを解除し、最大の一撃を叩き込む。


シュウト:

「〈アサシネイト〉!」


 ドラゴンの動きが止まる。ジンも振り返り、フェイスガードを開いてニヤリと笑った。……戦いは終わった。



ジン:

「って、馬鹿! まだ生きてんじゃねーか!!」

シュウト:

「ええええっ!?」


 振り抜かれる爪の攻撃を高くジャンプして回避。後方宙返りして着地。とっさにしては中々の動きだったと思う。


ジン:

「締まんねーなー、もう! さっさと仕留めろ!」

シュウト:

「はい!ただいまっ!」


 おっかなびっくり、特技を連打して、今度こそトドメに成功する。


シュウト:

「はぁ~、びっくりした」

ジン:

「てんめ~、ダメージ調整までしてやったのに!」

レイシン:

「はっはっは。ちょっと足りなかったかな?」

ジン:

「見たか? あの『フッ、勝った』みたいなスカしたポーズ」

ユフィリア:

「見た! ちょっとカッコ良かったよね?」

ニキータ:

「そうね~」

シュウト:

「すみません、すみません、本当にすみませんでした!」


 みんなが笑顔でこちらを見ている。つまり、そういうことだろう。


シュウト:

「あの、おかげ様で……」

ジン:

「ほれ、さっさと剥ぎ取りしないとな」

レイシン:

「そうだね」

シュウト:

「えーっ? このタイミングでそれですか?」

石丸:

「おめでとうございますっス」

ユフィリア:

「シュウト、おめでと!」

ニキータ:

「おめでとう、シュウト」

シュウト:

「……ありがとう」

ジン:

「ばーか、全っ部、俺のお陰じゃねーか」

レイシン:

「じゃ、働いて貰おうかな。レベル91の人に?」

シュウト:

「はい!」


 こうして、レベル91に到達することが出来た。剥ぎ取り作業も一段落し、ドラゴンの体が消滅するのを待っていたかの様に、ジンが感想を要求してきた。


ジン:

「んで、宿題はやってきたんだろうな? 91になった感想を言ってみろ。……ちゃんと笑いも取るんだぞ?」

石丸:

「ちなみに関西人は笑いには厳しいっス」

シュウト:

「ちょっ、ハードル上げないでくださいってば!」

ユフィリア:

「どうなの? どんな感じ?」

ニキータ:

「そうそう。この世界の全てのプレイヤーの中で、最初にレベル91になった気分は、どう?」

シュウト:

「実感はぜんぜんないってば。ええと、……嬉しい気持ちはあるんだけど、本当は『どっちだっていいこと』なのかなって思いました」

ジン:

「なんだそりゃ?」

シュウト:

「レベルを上げることも、もちろん大切なんですが、やっぱりプレイヤーのスキル、特にフリーライドの習得が一番大切なことなんじゃないかと。たぶん、オーバーライドよりも、ですよね?」

ジン:

「ほう。なぜそう思ったのかね?」

シュウト:

「レベルアップも、言ってしまえば『小さなオーバーライド』だと思ったからです。レベル100までのオーバーライドは、レベルアップで代用できる。だからオーバーライドは、レベル100を越えて始めて意味があるものなんです」

ユフィリア:

「そうなの?」

ジン:

「その通り」

シュウト:

「だとしたら、オーバーライドでレベルを上げたとしても、その力を使いこなせないと意味がないですよね? そのためのプレイヤースキルであり、フリーライドなのかなって」


 ジンの反応を知りたくて、顔を上げる。


レイシン:

「いや、良かったよ。なかなか言えることじゃないと思うな」

ジン:

「そうだな。偉いぞ、シュウト。褒めてつかわす」

シュウト:

「ありがとうございます!」

ユフィリア:

「そっかー、あんまり嬉しくないんだぁ?」

シュウト:

「いや、嬉しいよ。でも、これで浮かれてちゃダメかなって」

ニキータ:

「みんな、シュウトのためにがんばってくれたのに、『どっちだっていい』だなんて、ガッカリね」

シュウト:

「いや、だから、勘弁してよ!」

ジン:

「はははは。じゃあ、俺が特別に秘密を教えてやろうか」

シュウト:

「えっ、もしかして、オーバーライドのことですか?」


 秘密の言葉に強く反応してしまう。それが顔に出てしまったらしい。


ジン:

「……おまえ、今、フリーライドが一番重要って自分で言ったばっかなのに」

ユフィリア:

「超ドン引きだよ?」

ニキータ:

「ある意味、正直よね?」


 自分のだらしない人間性がそのまま出たというべきなのか、やっぱりどこかレベルアップして浮かれていたというべきなのか。


ジン:

「いいか、何度も言わないからよく聞け。……脱力ってのは、アクティブなスキルではない。パッシブだ」

シュウト:

「はぁ……」

ジン:

「これが重要な秘訣だな。けっこう、コレが分からなくて脱落するヤツが多いんだよ」

ユフィリア:

「ねぇ、いしくん『ぱっしぶ』ってなぁに?」

石丸:

「常時発動しているスキルのことっス」

ニキータ:

「常に使いっぱなしだから、常に脱力しているべきってことね」

シュウト:

「コレまでも何度か似たようなことを聞いているような気がするんですけど……?」

ジン:

「だろうな。何回も似たような事を言ってるよ。でも、本当にこれがアルファとベータを分けるポイントなんだ。理解できている人間は、ほとんどいない。理解してても、できなきゃ意味がない」

シュウト:

「脱力は、パッシブなスキル……」


 レベル91になったから、今日だから教えてくれたのだろうと思い、心に刻んだ。今は、まだ意味が分からない。この言葉の意味が分かった時、自分はどうなっているのだろうかと想像してみる。


 葵にも報告しておくように言われて、念話を掛けておく。喜んでくれるのは分かっていたが、やはり嬉しかった。本日分の狩りがまだ途中なので、引き続きドラゴン戦を続けると伝えておいた。



 ――約2時間後


ジン:

「はぁ? マジかよ!? す、すぐに戻る!」


 ジンが念話していたのだが、かなり慌てた様子に驚く。


シュウト:

「どうかしたんですか?」

ジン:

「……出遅れた。91に到達した奴らが出たらしい。マズいぞ、今から帰還してもアキバまで時間が掛かっちまう。とりあえず、戻るぞ!」

ユフィリア:

「わかった」


 事情が飲み込めないまま、帰還呪文を唱えてシブヤへと戻って来た。そこに葵がタイミング良く駆け寄って来る。


葵:

「はぁ、はぁ、……急ごう」

シュウト:

「……あの、何がどうなってるんですか?」

葵:

「だから、念話で知り合いに君が91になったって自慢しまくってたの。そうしたら、他のギルドも91になったヤツが出たって聞いたんだよ」

ジン:

「俺のミスだ。さっさと戻って『凱旋』するべきだった。一番にレベル91になったって、みんなに知らせて、見せびらかさなきゃ意味がなかった」

葵:

「どうする、ジンぷー?」

ジン:

「……ともかく、移動だ。策は途中で練ればいい」


 葵を連れ、こうしてアキバへの旅人になったのだった。

 


サブタイトルはわざとです。4~5話前に気が付いてて話数調整をしまして、90話を投稿した段階ではこのネタは忘れてたりしました。(実際にはEXがあるので91話ちょうどではありませんけども)

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