表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/260

90  必殺料理

 アクアが来ているためか、朝の鍛錬はお昼近くまで延長されていた。レイシンは昼食を作るためにしばらく前から場を離れている。そろそろ終わりになりそうな雰囲気なので、最後だろうと思って質問をしておくことにした。


シュウト:

「ところで、どうしてヒザのロックは外すんですか?」

ジン:

「膝のロックを外しておく理由は、第一義に、ヒザに中心軸が通っていないからだ。ロックを外したところの、ぎりぎりヒザ裏を舐める感じで通過している」

ユフィリア:

「それって、良い事なの?」

ジン:

「む、難しいことを訊くねぇ」

ユフィリア:

「そうだった?」

ジン:

「人間の体は『こうなっている』というだけだからな。もっと理想的な人体の姿はありうるかもしれないけど、人の身ではそこまでは分からんよ。だもんで、良い事かどうかは良く分からないんだ」

ユフィリア:

「そっか」


 今回の事件で〈冒険者〉の体に入ることになったこともあるし、もっと別の体に入れる可能性みたいなものもあるのかもしれない。たとえば、エルダーテイルのプレイヤーキャラクターに、人間とはまったく姿・形が似てない種族が入っていたとしたら、などだ。その時はどういう感覚になっていたのだろう?


ジン:

「膝のロックを外すことのメリットは、それ単体で考えても意味がない。つま先・カカト立ちとの兼ね合いが問題なんだ。

 たとえばボクシングの場合、つま先立ちを維持することで、クッションを利かせている。殴られてもつま先で立っている分、衝撃を吸収することが出来るんだ」

アクア:

「カカト立ちの場合、どうなるわけ?」

ジン:

「カカトを地面につける立ち方は『ベタ足』なんて言われることもあって、ボクシングだとダメージを吸収しにくくなる」

シュウト:

「マイナスってことですか?」

ジン:

「だから兼ね合いだってば。カカトを運用しない・できないのでは、停止状態から満足な移動速度は生み出せない。これは確定している事項だ」

ニキータ:

「はい」

ジン:

「だから、カカトを運用する場合、衝撃の吸収はヒザで行うんだよ。膝をロックしないでおくのはここに掛かってくる」

シュウト:

「そうだったんですか」

ジン:

「おうよ。ハイレベル防御の基本は下半身がヒザの運用、上半身が肋骨のスプリング化なのだよ、シュウト君」

ユフィリア:

「肋骨のスプリング化ってなぁに?」

ジン:

「まてまて、順番に話すから。……実際、衝撃って奴を考えてみると、その大半が、下の、地面側から来るものなんだ」

シュウト:

「下から、ですか?」


 下から殴られるのだろうか?などと思ってしまう。


シュウト:

「アッパーとか、膝蹴りですか?」

ジン:

「ボケたこと考えてんじゃねーよ。ちょっと高いところから飛び降りたりするだけで、けっこう衝撃があるだろ。しかも自分の体重を丸まま受け止めなきゃならない。ここで最初の中心軸の話に繋がって、ヒザに軸が通っていないおかげで、衝撃をヒザで受け止めなくてもいいことになってんの。

 スキーの、モーグルだっけ? なんかすっごいデコボコしたとこ滑る競技とかあんだろ?」

アクア:

「アレもかなりヒザを柔らかく使うわね」

ジン:

「つま先だけであんな風に衝撃を受け止められるかどうかを考えりゃ、そんなの無理だって分かるだろ? ディフェンスにも同じ事が言える。つま先で吸収できる威力なんてたかがしれている。人間のパンチ程度に使うのが限界だし、それだって満足な能力は期待できない。だから、防御の時だけ、上からの衝撃を吸収させるようにして、ヒザを使う訳だ」


 〈冒険者〉の場合、人間以外のものとも戦わなければならないし、その威力は人間のパンチの比ではない。巨人族の振り下ろす棍棒みたいな巨大な物を、武器で弾き返したりするのは日常茶飯事だったりする。


シュウト:

「やっぱり、それって難しいんですよね?」

ジン:

「まぁ~な~。つま先で体を浮かせる場合、立つのに筋肉を使っちまうだろ? だから、ヒザ周りの筋肉も一緒に固めやすい。足首では筋力を入れて、でもヒザは脱力する、なんてのは素人にゃ不可能だね。しかも〈冒険者〉は筋力があるから、筋力を使っとく方が全般的にやりやすいんだ。だからそこで筋肉に依存してしまうと、もう抜け出せなくなってしまう。

 そもそも関節自体はツルツルとしてて、滑りやすく出来てる。それを生活習慣として『ヒザが簡単に曲がらないように』って訓練しちまってんだな。ただ普通に生きてるだけで、人間ってのはどんどん体を固めて、下手になっていってるわけさ」

ニキータ:

「それが『拘束の世界』なんですね」


 重い話に気が滅入ってくる。他人事なら良かったのだが、どう考えても我が身のことでしかない。例外はユフィリアぐらいのものだろう。(なにげに石丸さんも、かな?)


ジン:

「カカトで立ち、真下に重心を落とす感覚を訓練していけば、自然と骨の意識で運動できるようになっていく。骨で立ったり歩いたりしてれば、ヒザ周りの脱力も自然と進みやすくなるって寸法よ。これがホントの(コツ)って奴だな」

シュウト:

「カカトを使うことで、速度と防御力とが同時に手に入るって、良く出来た話ですよね。なんか出来すぎてる気がするんですが?」

ジン:

「だが難易度が高い。ムズイ。時間が掛かる。運も必要かもしれない。

 こんなの、いわゆる兵士を量産する時の速成法では効率が悪すぎて教えられないだろう。素直につま先立ちさせとくぐらいで十分だ。現実の兵士は、ある程度以上は消耗品だし、使い捨てにせざるを得ないからでもある。だからってそんなのを続けていけば、高等技術は失われていくんだけども……」

アクア:

「……貴方がそうして速成してないのは何故?」

ジン:

「当たり前だ。この世界の『死ねない』って要素を考えたら、軍隊風の速成なんてバカのやることだ。急ぎで鍛えなきゃいけないほど状況が切迫してもいないし、最初っからそこそこ戦える。なのに、わざわざ二流の粗悪品を量産する意味なんかあるわけがない」

アクア:

「なるほど。『絶対に消費されない兵士』ってことね」

シュウト:

「あの、その話って、ちょっと気合い入ってる戦闘ギルドは……?」

ジン:

「わざわざカモにネギを背負わせてるようなもんだな。本人達が精鋭だとその気になってたって、この世界じゃ『そこそこ』か『まぁまぁ』にしかならん」

アクア:

「カモ? ネギ?」

石丸:

「食事の準備がやりやすくなるので、『ますます好都合』といった意味っス」

アクア:

「ふーん。面白いわね」


ジン:

「じゃあ纏めるぞ。中心軸の強化をするってーと、パワフルにガッチリと立つイメージかもわからんが、実際には逆だ。達人クラスの連中は『その状態でどうして立っていられるの?』ってぐらいに力が入ってない。そういうのが本物なんだ。中心軸が強力に立ち上がることで、『かろうじて立ってる』状態が成立する」

アクア:

「力が抜けた分を、中心軸で補って立つイメージ?」

ジン:

「そんな感じかな」

シュウト:

「理由とかってあるんですか?」

ジン:

「いろいろあるけど、矛盾を使うと強化しやすいからってのが分かり易いだろうな」

ニキータ:

「力を抜くほどに、中心軸を使わなければ立てなくなっていくってことですか?」

ジン:

「オウイエ。ついでに衝撃も受け流しやすくなる」

ユフィリア:

「そっか。……ところで肋骨のスプリングとかって話は?」

ジン:

「お腹減ったから、続きはWebで」





ジン:

「ハラへったなー」

葵:

「おかえりーん。もうすぐゴハンだよ」


 いそいそとテーブルに向かう。規則正しい生活をしているためか、かなり空腹が来ている。そんなに食べなくても平気なはずだが、体の方が期待して待っていた感じだった。


レイシン:

「メインを仕上げてるから、先に始めてて」

ジン:

「はいよー」


 前菜相当のサラダを小皿に取り分ける。適当につまみながら雑談に興じていく仲間達だった。

 しばらくして、完成品のお皿を持ってレイシンが顔を見せる。


ジン:

「なぁ、昼のメインって何だ? 昨日の牛肉ちゃん?」

葵:

「にやりーん。鼻から乳牛~」

ジン:

「……お前の鼻の穴は、四次元ポケットか」


 鼻の穴から牛乳が吹き出すだけでもアレなのに、乳牛が一頭飛び出して来たとしたら、色々とダメな事になってしまっている気がする。


レイシン:

「はっはっは。おまちどうさま」


 ジンの前に置かれた皿には、白っぽいソースが掛かったモノが出されていた。どうやら何かの肉料理ではあるらしい。


ジン:

「これは、…………もう作れんのかよっ!?」

レイシン:

「なんとかね。アクアさんも来てるし。試しに作ってみたんだよ」

アクア:

「騒がしいわね。一体なんなの?」

ジン:

「こいつはレイの必殺料理(スペシャリテ)だ。全員、対ショック姿勢をとれ!」

葵:

「ラジャー!」

シュウト:

(なんだか大げさだなぁ)


 ……とは思ったが、口の中には速くも唾液が染み出して来ている。

 最初にかぶりついたジンが、喜びの悲鳴をあげている。



ジン:

「くうぅ~。久々。ぅんめーっ!!」


 ジンが一番目、それから女性優先&年齢順なため、自分のところに皿が出てくるのは一番最後になる。


アクア:

「ちょっと! これは何なのよ! この前のベヒモスの肉にも負けてないじゃないの!」


 怒っているのか喜んでいるのか、コメントだけでは分かりにくいリアクションをしているアクア。それも美味しさの現れらしい。


ユフィリア:

「わーい。いただきまーす。(ぱくっ、もぐもぐ)ンー!ンー!ンー!」じたばたじたばた

ニキータ:

「…………素晴らしいわ」ホロリ

シュウト:

「泣くほど!?」


 仲間達のリアクションを見せられ、速く食べたい気持ちと一緒に、自分の中でだんだんとハードルが上がっていく。逆に心配な気持ちになってきてしまった。


石丸:

「これは、かなりの美味っスね」

レイシン:

「お待たせ。最後でゴメンね。さ、召し上がれ」

シュウト:

「ありがとうございます(……ごくり……)」


 目の前にそっと置かれた皿にのって出てきた料理とは、たっぷりとした白いタルタルソースに覆われたチキン南蛮だった。既に包丁が入っているので、後は食べるだけでいい状態になっている。


シュウト:

(どうしよう?)


 いや、食べるだけの話なので、どうしようも何もあるわけがない。ないのだが、マナー通りの左端からではなく、敢えて真ん中の一切れを取ることにする。最初のインパクトは重要だ。……箸でつまむ寸前になって、対ショック姿勢のつもりで軽くイスに座り直す。


シュウト:

「いただきます……」


 口に入れる前から、漂う香りはごちそうのそれだった。みっちりとした噛みごたえの鶏肉に歯が打ち勝つや、油なのか肉汁なのか、液体がジュワっと溢れだし、同時にスパイスの香りと微かな辛み、クリーミーでマイルドなタルタルソースとが一斉に襲いかかって来た。旨味が口の中で川を作り、またたくまに水かさが増して洪水となる。ノドという堤防を決壊させ、滝となって下り落ち、胃を直撃してしまった。

 ……浅はかな考えなどは全て吹っ飛び、自分が感覚だけの、味わうだけのモンスターになってしまった気がした。


シュウト:

「…………」

レイシン:

「どうかな?」

シュウト:

「凄く美味しいです。味ももちろんなんですけど、たぶん『気の力』か何かが……」


 自分が気を食べているように感じていた。爆発しそうなほどの気の力がこの料理には込められていたように思える。普段の料理との最大の違いは、そこにあるのではないだろうか。


ジン:

「正解だ。ハイレベルに行くほど、味の側面はその割合を減じていく。半分どころか、1/3~1/5ぐらいまで落ちたりするもんだぜ。そこまで行くと美味しいのはもう当たり前。どれだけ気を乗せられるか?って話になっていくんだ。そうなってくると、食べる方にもある程度の素養が必要になっちまうけどな」

シュウト:

「あぁ、レイシンさんの料理を毎日食べているうちに、舌でも気を感じられるようになっていたんですね……」

ジン:

「だろうな。気を味わえるようになると、食事はますます豊かなものになっていくものだ」

葵:

「外食は減るかもしれないけどねぇ(苦笑)」


 昨晩のアキバでの夕食にどこか物足りなさを覚えたのはこのためだったのかもしれない。味自体には問題がないのに、ほんの少し、普段の満足感が無かった。『その理由』をどうやら理解することが出来た。


ニキータ:

「それにしても、どうやって気の力を込めているんですか?」

レイシン:

「そんなに入れようとして入れてる訳じゃないんだけどね。得意な料理だと、自然に入りやすいのかもしれないね」


 やっぱりいつも通りに、参考にしにくい意見だった。


 満腹になって、満足に至る。これは今回、逆だったかもしれない。満足が満腹を導く。いつもなら『しばらく動きたくない』と思うのだが、今日は違っていた。


シュウト:

「なんか、がんばらなきゃ」

ユフィリア:

「わかる! 私もそんな感じ!」


 焦りとも違う。体の芯がムズムズするような、動きたくてたまらない気分になっていた。食事から得た気の力がそのまま活力へと転換されたかのようだ。鉄は熱いうちに打て、ともいう。ジンに練習をつけて貰うべきだろう。


シュウト:

「ジンさん! この後、どうしますか?」

ジン:

「パス1」

葵:

「パス2」

レイシン:

「パス、3?」

葵:

「はい、どぼーん!」

レイシン:

「えーっ? はっはっは」

シュウト:

(ええええ?)


 年長組のみなさんの、このやる気の無さは、どういったことなのだろう。


ジン:

「おいどん、お腹くちくなったから寝る」

シュウト:

「小学生ですか!?」


 そうして、本当に寝てしまった。ソファに横になって寝てしまうジン。葵も向かいのソファで横になって寝ている。レイシンまでもが、カウンター席にうずくまるようにして寝てしまった。


アクア:

「…………歳ね」

シュウト:

(うわぁ……)


 ばっさりと切り捨てる発言をするアクアだった。


ユフィリア:

「私、決めた」

ニキータ:

「何を?」

ユフィリア:

「うん。やっぱりね、お料理したい」

アクア:

「そう。サブ職を決めたのね?」


 しっかりと肯くユフィリアには決意のような、やる気のようなものが満ちて見えた。……そうなると少しばかり混ぜっ返したくもなるものだ。


シュウト:

「だけど、もっと色々なことがしたいって言ってたじゃないか。いいの?料理だけで」

ユフィリア:

「うーん、そうなんだけど……」


 尻すぼみに声が小さくなっていく。迷いが戻って来たらしい。ビンゴと言えばそうだけれど、ちょっと水を差し過ぎてしまったかもしれない。


石丸:

「その件っスが、複数のスキルが使えるようになるサブクラスもあるっス」

ユフィリア:

「えっ、どういうこと?」





 アクアの指輪の力を借りて、僕たちはミウラの村に来ていた。そのまま、あっさりと目的の人物を発見することが出来た。


村長夫人:

「それじゃあね、いろいろと仕事をして貰います」

ユフィリア:

「はい! よろしくお願いしますっ!」


 石丸の提案は、複数のスキルを使えるようになるサブ職だった。

 本来、サブ職とは生産職のことを言い、何かのアイテムを作成する目的で選ばれる。レピシを取得し、素材アイテムを集め、それをマーケットなどに流して売ることでお金を取得することができるからだ。エルダー・テイルはお金が貯まりにくいバランスのゲームなので、狩り場から得られるアイテムを使ってアイテムを作成すれば、そこそこおいしい副収入になるといった仕組みだ。


 ところが、エルダー・テイルの長い歴史の内に、戦闘系のサブ職や、吸血鬼のような属性(?)のサブ職も生まれることになり、この基本形は半ば崩れつつある。

 複数スキル型のものも、それらの一種と呼べるかもしれない。複数のスキルが使える代わりに、それぞれのスキルの到達点が低い。高レベル〈冒険者〉がハイエンドクエストで獲得する素材を使って生産・作成する場合、レアなレシピとそれを扱うことの出来るサブ職のレベルが必要になる。それらは高額で取り引きされるアイテムになるが、複数スキル型サブ職では当然ながらそんなに高額なレシピは作成できない。この要素が致命的でもあって、マイナーな、ほとんど存在しているだけのサブ職になってしまっている。乗り換えが前提の、初歩的な役割しかないと言ってもいい。


アクア:

「それじゃ、私は戻るから。貴方達は帰還呪文を使って頂戴」

シュウト:

「わかりました」

ユフィリア:

「ありがとう、アクアさん」

アクア:

「がんばりなさい」にこり


 新しい料理法が作れないのは、各種スキルが無いことが原因だ。スキルさえあれば、一応は料理することが出来る。そこから先は料理する人の腕があるかどうか?ということが本当の問題になる。

 現在、アキバの街では〈大地人〉の料理人による店舗が増加し、〈冒険者〉達の胃袋を満たしていた。〈大地人〉達には高レベルの料理スキルはない。つまり、高レベルクエストで入手できる食材を扱った料理などは作ることが出来ないのだが、トマトなどの一般的な野菜や、家畜にしている鶏肉や卵など、ごく一般的な食材を使った料理を作ることはできた。


 ……つまり、普通の料理を作るだけであれば、複数スキル型のサブ職で十分、ということになるのだ。これは〈大災害〉以降だからこその逆転的発想であった。


村長夫人:

「水くみに洗濯、針仕事、納屋の掃除、家畜の世話、料理の下拵え……その他にも色々とやってもらいますからね」

ユフィリア:

「はいっ。がんばりますっ!」


 ここからユフィリアの動きは素早かった。決してバタバタしている訳ではなく、サッサ、サッサと次々とこなしてしまうのだ。

 水くみは大きな桶を二つ確保すると、もの凄いスピードなのに小走りのまま消え、たっぷりと水を汲んで戻ってくる。重さを感じさせない動きでスルスルと滑らなので、水が揺れないし、こぼれない。今さっき戻って来たかと思うと、いつ出て行ったのか、また同じ方向から水を汲んで戻って来た気がする程だった。


ユフィリア:

「こういうの好き~」


 針仕事もできるらしい。力があるおかげなのか、針の速度が速い。布の硬さを感じさせない動きで次々と縫い上げていった。


ユフィリア:

「キャー、ホコリだらけ!」


 男性顔負けの速度で荷物を外に運び出し、上からホコリを落とし、掃き掃除、拭き掃除をするのだが、何人かに分身している気がした。荷物のホコリも落としてから中に運び入れて終了。


ユフィリア:

「やーん、くっさーい(笑)」


 餌やり、糞の始末、乳搾りなど、やったことあるのか?というテンポで終わらせていく。なんなのこの人? 完璧超人?

 

ユフィリア:

「~♪~♪~♪~♪~」


 ハミングしながらジャガイモなどの皮むきをやっていく。何十人分だろう?と思ったのだが、ビデオの早回し速度で仕上がっていく。ひとつつまんで観察してみたけれど、むき残しなどは残っていなかった。


 サブ職の取得はミニクエストになっていることが大半だ。ゲームの中で処理するならともかく、こういう家事をこなすとなると、半日掛かりりだった。……それどころか、家事なんてロクに出来ない自分がやったら、三日は掛かりそうな量がある。 


シュウト:

「凄いと思わない? こんなにテキパキとできるなんて」

ニキータ:

「……そうね。さすがユフィだわ」

シュウト:

(この人も同じ事ができる訳ですか、そうですか……)



 一通りの作業を終えた。約束通りに免状を書く村長婦人。できあがった免状をみると、かなりの達筆だった。


村長婦人:

「こんなので大丈夫かしらね?」

ユフィリア:

「ありがとうございます!」

村長婦人:

「貴方はよく躾られているわねぇ。最近の子じゃ、このぐらいの仕事でも三日はかかるでしょう。それがたったの半日で済ませてしまうだなんて。あたしもね、若い頃は母に……」

村長:

「そのぐらいにしておきなさい。〈冒険者〉の方にご迷惑だろう?」


 村で一緒に食事をしていくように勧められたのだが、結局は帰ることにする。代わりにお土産にと、お魚を貰ってしまっていた。村長からは「レイシン殿によろしく」と伝言を頼まれてしまった。





ユフィリア:

「ただいま」

シュウト:

「戻りました」

葵:

「お帰り~。もうすぐゴハンだよ」


 厨房の方から、レイシンの調理している音が聞こえる。


ユフィリア:

「……ジンさんと、アクアさんは?」

葵:

「ん、仕事かな?」

シュウト:

「仕事ですか?」


 アクアがジンを連れて行ったのであれば、また何処かで誰かがピンチになっていたのだろう。きっとジンは、ぶつぶつ言いながらも助けに行ったに違いない。

 玄関の扉が開く音がして、タイミング良くジン達も戻って来たところだった。


ジン:

「なぁに、巨人を15体ばっかしだよ、大したことはなかったな」

アクア:

「始まる前はさんざん文句いってたのにね」

ジン:

「あれ、そうだったっけ?」

アクア:

「終わったら『平気でした』みたいに言うのはどうなの?」

ジン:

「普通じゃね? 普通、普通。……おう、そっちはどうだった? どっか出掛けてたんだろ」

ユフィリア:

「ばっちり」

ジン:

「そうかそうか」


 特に追求することもなく、そのまま食事になった。話題は明日のドラゴン戦のことだった。「明日こそはレベルアップだな?」などと話を振られ、なんとも言えない気分になる。


ジン:

「どうだ、レベル91になる感想は?」

シュウト:

「まだなってないのに、わかりませんよ」

ジン:

「じゃあ宿題だな。ちゃんと考えとけよ?」

シュウト:

「いやいや、そういうのって、先に考えておくものなんですか?」

ジン:

「当たり前だな。イメージトレーニングの一環だと思えよ。プロ選手が記録だしたりした時、ちゃんとコメント言うもんだろ?……無難なコメントは許さないからな」

シュウト:

「えぇー?」


 結局のところ、わけのわからない注文に一晩中悩まされる羽目になるのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ