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88  ビル探し

 

葵:

「まだなんかゴチャゴチャしてるみたいだけど、ともかく! 商談の成功を祝して、くわんぱぁーい!」

ユフィリア:

「かんぱーい!」


 良く冷えたブラックローズティーでの乾杯だ。このギルドでは夕食時になぜか酒類禁止になっている。理由的なものを葵に尋ねたところ『ジンぷーが嫌がるから』だとか。夕食が終わってからに飲む分には特に何も言われないので、晩酌する人はその場に残って続きはお酒で……、というのをやったりしている。こういう事には、慣れると何も感じない。


石丸:

「今回入ったお金っスが、食後に分配するっス」

ユフィリア:

「やった! 給料日だねっ。何か買い物できるかなー?」


 ピカタを突っつきながら、そんな会話を聞くともなく聞いていた。こちらも財布が軽くなってきていたところなので、かなりありがたい。

 ……それにしても、この世界のレタスは美味しい。全くニガくないので、サラダがどんどん食べられる。自分がサラダ好きだとは知らなかった。粉チーズのようなもののアクセントも大変満足である。


ニキータ:

「食事中にごめんなさい。今回って、幾らぐらい入ったの?」

石丸:

「金貨で70万枚っスね。一人当たり10万枚で、ギルドにも10万枚を入れることになっているっス」

ユフィリア:

「それって、ちょっと」

シュウト:

「いや、嬉しいことは嬉しいんですけど……」

ジン:

「以前に約束した金額のはずだが? なんだよ、不満か?」

ニキータ:

「確かに約束はしましたけど」

石丸:

「週明けにもう一度、同じぐらいの取引をすることになっているっス」

シュウト:

「ちょっ、それじゃ、あっという間に20万じゃないですか!」


 それだとかなりの『貰いすぎ』になってしまう。一体全体、どうなっているのやら。


ニキータ:

「もはや、ひと財産よね?」

石丸:

「フルレイドの24人で割るべきところを、6人で分割するからっス」

葵:

「今回も本当なら金貨2万5000枚だったってことだね」

シュウト:

「それだったら、ちょっと多めですけど、わかる金額ですよね。でも、次回がすぐ来るんだとしたらやっぱり貰いすぎじゃないかと」


 ゲームの中のお金だと気にならないのだが、自分の生活に関わってくるものだけに、金銭感覚がおかしくなりそうだった。


ユフィリア:

「私、そんなに要らないかも?」

ジン:

「んだよ、貰っときゃいいじゃねーか」

ユフィリア:

「そうなんだけど、……前に言ってたアレをやりたいなって」

ジン:

「前の、ドレのことだ?」


 ユフィリアは普段からいろいろな事を言っているので、どれのつもりなのかさっぱり分からない。


ユフィリア:

「アキバにでっかいビルを買って、お引っ越し!」

シュウト:

「賛成です。広くなるし、便利になりますし」

ジン:

「その件なら、そのつもりでは居たんだけどなー」

ニキータ:

「とりあえず、ドラゴン戦の報酬に関しては、見直した方がいいかもしれませんね」


 ユフィリアが半分の5万を返すと言いだしたので、みんなそれでオーケーすることになった。次回分でもう一度半分返しても、10万もの金額が手元に残る計算なので、それだって多すぎるぐらいだ。


葵:

「黙ってるけど、ジンぷーも返すんだろうな?」

ジン:

「ふざけんな。誰が返すか、ボケェ!」

シュウト:

「いや、まぁ、ほとんどジンさんが稼いだようなものですし(苦笑)」

ニキータ:

「ジンさんは、そのままで良いと思います」

葵:

「おろっ、ニナちゃん、どったの???」

ジン:

「むむっ。ニキータさんが優しいとか、これはなんぞ裏があるに違いない」


 毎回のように裏切られて来ているので、さすがに学習したらしい。


ニキータ:

「そんなことありませんよ。だって、ジンさんの気持ちがとってもよく分かりますから」

ジン:

「マジ? もしかして、俺にホレた?」

ニキータ:

「借金の返済に必要ですもんね?」にっこり

ジン:

「…………やっぱりこうですよ。鬼だよ、悪魔だよ」

ニキータ:

「あら、もしかして借金は踏み倒す気だったんですかー?」にっこり


 結局は借金の返済で5万を引かされるジンだった。

 今回、ギルドの共同資金に金貨35万枚がプラスされることになる。次回の取引も同じ風にするなら一気に70万。元から葵達が貯めていた分と遭わせれば、85万枚。そこそこのビルでも購入できる金額になる。


ジン:

「メンテしたら買い食いする金が残らないじゃねーかよ!……っていうか、メインタンクの装備修繕費って、ギルドが負担すべきものじゃねーの?」

葵:

「無論、却下だ!」

ジン:

「なんでだよ、死ねよ変態ロリチビ」

葵:

「ハァ?! 舐めてんのか、中年エロダサオジン!」

レイシン:

「そろそろ、ビルの下見とかもしてこないとだねぇ」

シュウト:

「どういうのがいいんですかね?」


 聞くに耐えない罵詈雑言をシャットアウトして会話を続けていたが、田舎のヤンキー風の表情をしていたジンが、真顔に戻って一言つけくわえる。


ジン:

「……ああ、それはもう決まってる。精霊力の高い建物だ」

ユフィリア:

「精霊力?」

シュウト:

「その精霊力って、どうやって見分けるんですか?」


 今度は鬼の形相をしていた葵が真顔に戻って付け加えた。


葵:

「明鏡止水の境地に至るのじゃ!」


シュウト:

(いや、明鏡止水とか言われても……)


 相変わらず何を言っているのか意味が不明だったが、結局はどうにかなるのだろう。毎回こうなので、深く考えても始まらない。





ジン:

「……つまり、特技にある程度のホーミングがあるということは、プレイヤーの視線だけで狙いを付けてる訳じゃなく、〈冒険者〉の体になんらかの照準機能、いわゆる『ロックオン』だのが存在している可能性が高い」

シュウト:

「ということは、ロックを外せれば……」

ジン:

「ああ、敵の攻撃を失敗させることも可能だろう。このロックオンに使われている感覚は、ミニマップと同質の、センサーだかレーダーだか、だと推測できる」

ニキータ:

「では、部分的にですが、私たちもミニマップを無意識に使っているかもしれない、ということですか?」

ジン:

「特技を使っている時だけ、限定でな。…………プレイヤーが〈冒険者〉の体に入ってしまったことで、視覚認識とミニマップ系センサーとの切り替えが問題になってくるハズだ。つまり『視線切り』と『照準切り』が問題化するって訳だ」

シュウト:

「その流れだと『誘導切り』もありそうですね」

ユフィリア:

「視線切りってなぁに?」

シュウト:

「素早く移動するとかして、相手の視線を外すこと、かな」

ユフィリア:

「じゃあ、照準切りは?」

石丸:

「内部処理の『ロックオンを外す』という考え方っスね」

ニキータ:

「ついでに誘導切りは?」

シュウト:

「照準を補正する追尾誘導、いわゆるホーミングを切ること」

ジン:

「自分が防御側の場合、視線切りだけで満足せず、照準切りできるようになることだ。それで敵の攻撃は当たりにくくなる。回避行動は当然として、攻撃のための接近移動でコレが使えるようになればそこそこ強いだろう。

 逆に、敵の側が視線切りしてきた時なんかだと、自分たちは照準の感覚に素早く切り替えてフォーカスする必要が出てくるってことになる」

ユフィリア:

「うーん。むつかしいね?」

ニキータ:

「そうね」

ジン:

「自覚的な操作はまだ要らないさ。とりあえず、一拍子で動けるようになれば視線切りは出来るようになるだろう。その距離が伸びて、近接特技のホーミング範囲を超えれば初歩的な照準切り・誘導切りも勝手にできるようになるはずだ」

シュウト:

「分かりました」

ジン:

「そもそも照準切りだのは、回避特技の使用が前提の、つまらない小技でしかない。しかし、ロックを外している0.1~0.2秒を有効活用できるかどうか、上手く対処できるかどうかってのは、ハイレベルでは『実力の密度』を決める重要な要素になってくる。やる方としても、やられる方としても、キチンと押さえておく方がいい。

 ……んじゃ、今日はここまで」

シュウト:

「ありがとうございました」


 お金も入った事もあり、アキバへの買い出しを行うべく、少し早めに練習を切り上げたのだろう。ウズウズしていたユフィリアはひと呼吸の間を取ってから叫び出した。


ユフィリア:

「よーし、アキバまで買い物にいっちゃうよ!」

シュウト:

「ははは。……今回、ジンさんはどうしますか?」


 アキバまでの護衛をどうするのか?という文意での質問である。


ジン:

「金が多いし、銀行に入れたりもあるからな。俺も行っとくか」





 結局は葵もアキバに行きたいようで、嫌がるジンに肩車させて出発となった。今回は葵のために戦闘を避けるのが楽だったので、とても助かっていた。『あっちから来てる』とか『そっちの道行くぞ』などジンの指示通りにしているだけで、問題なくアキバまでたどり着くことができた。


ユフィリア:

「じゃあ、後でね?」

ジン:

「おう」

シュウト:

「ほっといて大丈夫ですか?」

ジン:

「石丸も居るし、上手くやんだろ」

シュウト:

「ジンさんはどうするんですか?」

ジン:

「……装備の修繕と買い食いぐらいしか用事はないな。後は、ビルの下見ぐれぇか?」

シュウト:

「先に、下見に行きませんか?」

ジン:

「まぁ、いいけど。そうだ、先に金を返しとこう」

シュウト:

「……何のお金でしたっけ?」

ジン:

「ござるの鞘」

シュウト:

「別に構わなかったんですが……」


 練習用の刀1つと太刀2本分の鞘で、合計で金貨約7000枚。自分の貸した金貨が3000枚。

 その金貨の内、2000枚だけ返金してもらう事で落ち着いた。全部を無視して『払っておけ!』とか言いそうな性格だけに、意外と細かい部分にも気を使ってくれているのが分かる。


ジン:

「とりあえず、そこらのビルに入ってみるぞ」


 空いている(=購入されていない)ビルを探して、ひとつひとつ中に入ってみるのだが、生活している人がいる様子がある。精霊力の強弱はさっぱり分からないと来ていた。


シュウト:

「精霊力っていうのはどうですか?」

ジン:

「シブヤのホームと大して変わらんね」

シュウト:

「ちなみに、どうしてその精霊力っていうのが必要なんですか?」

ジン:

「成長の限界を引き上げるためでもあるが、単純に、俺が息苦しいのが嫌だからだな」

シュウト:

「精霊力の低い土地とかビルだと、あんまり成長できないんですか?」

ジン:

「人間ってヤツは、あんまり単体で存在してる訳じゃないんだよ。

 ……うーんと、そもそもの話だと、風水だのは科学的だと言われることがあってな。長きにわたる経験の蓄積によって、良い場所と悪い場所の法則みたいなものを判定する基準でもあるらしい。

 たとえば、現実世界の場合、同じ区画でも南側の方が不動産価値が高かったりするだろう?」

シュウト:

「それは、単に『日当たりがいいから』じゃないんですか?」

ジン:

「その通りだ。しかし、それも風水的な考え方ってものなんだよ。南は日当たりがいい、逆に北側の土地は日当たりが悪くなる。その影響がどう働くかってのを問題視していくわけだからな。

 低くて水はけの悪い土地の場合、普段よりも多く雨が降ると水が溜まってしまうかもしれないだろ? 日の当たらない場所なんかは、雪が振ったらいつまでも残ることになったり」

シュウト:

「わかります」

ジン:

「水だけじゃなくて、寒い空気が溜まりやすい場所もあるかもしれない。 そういうのはお年寄りの体力では堪える、とかがいろいろある訳だ」

シュウト:

「はぁ……、なるほど」

ジン:

「農業だと雨が降りやすいかどうかなんかも関係ある。雨が降らないのは不味いが、降りすぎもよくない。川との位置関係によっては、氾濫が起こったり、雷が降りやすい地形もあるらしい。小高い丘から吹き下ろす風がどう影響するのか、地下に水脈があるかどうか、もっと商売が成功しやすい立地かどうか?みたいなものまで含めて、いろいろな知恵があるってことなんだよ。……勿論、俺にそんなものが分かるわけじゃないんだがな」

シュウト:

「そう言われると、精霊力の高い土地の方が、何か良さそうな気がしますね」

ジン:

「普段はほとんど意識しない、なにがしかの法則みたいなものは確かに存在しているからな。〈冒険者〉の体は多少のマイナスを打ち消す力があっても、『人間の精神』には直撃する可能性もある。変な話、引き籠もりとか、イジメとかまで関わってくるかもしれない。

 そういった色々な影響があって、その上で、気の循環だのがあるかないか?みたいなものは、下手すると人間の限界を規定してしまうかもしれないんだよ」

シュウト:

「気の循環、ですか……」

ジン:

「そうか、キのあるところに、キはあるのかもしれん」

シュウト:

「えっと?」

ジン:

「木だよ、樹木の木」

シュウト:

「あぁ……!」


 街の至る所に木が生えているのだし、その条件なら問題なさそうだ。周囲をキョロキョロと見回しながら歩いていく。


シュウト:

「……ジンさん」

ジン:

「……ああ」


 街の北側を歩いていると、ビルを貫いている木(もしくは木に貫かれているビル)を発見した。これまで意識したことはないだけで、そこまで珍しい光景ではない。しかし、ここまで綺麗に貫通しているとなると、近くまで行ってみたくなってくるものだ。


シュウト:

「凄いですね」

ジン:

「精霊力はありそうだが。……でも、生活感があるような?」

シュウト:

「誰か住んでますかね?」


 小綺麗な感じがして、中に入るのがためらわれる。入り口から中を覗こうとしたところで、背後から声を掛けられていた。


?:

「あんたら、ウチになんか用かい?」


 兜なしの鎧姿は戦士職のそれだ。背格好、短髪などの要素はジンと良く似ている。多少、ジンを少しスマートにした感じだった。『ニッ』とフレンドリーな笑みを浮かべている。

 その半分ぐらいの背丈の、黒髪の〈暗殺者〉と目があったと思ったら、サッと戦士の後ろに隠れられてしまう。怖がられたのかもしれない。


ジン:

「ああ、ちょうど引っ越し先を探しててな。あの木が気になって覗きに来たんだ」

シュウト:

「失礼ですけど、ああいう木があっても、生活に支障は出ないものなんですか?」

お祭り守護戦士:

「最初に来た時は驚いたけどな、どこだって、『住めば都』祭りだぜっ!」

ジン:

「そうだろうな。……わりぃ、他を当たるよ」

シュウト:

「失礼しました」ぺこり



お祭り守護戦士:

「かかかっ。アイツ以外にも、こんな処に興味を持つ連中がいるもんなんだな?」

ちみっこ暗殺者:

「主君の趣味を悪くいうな、バカ直継」





シュウト:

「もう入居しちゃってましたね?」

ジン:

「だな」

シュウト:

「…………あの、後ろの〈暗殺者〉の子を見ましたか?」

ジン:

「いや。どうかしたか?」

シュウト:

「なんというか、かなり可愛らしいお嬢さんだったので、どうしてジンさんが興味を示さないのかな、と」


 ちょっと驚くほど美しい少女だった。本格的な和風美人とでもいうのか。和服でも着ていたら、そのまま武家のお姫様で通用するかもしれない。


ジン:

「ぁあぁ。前にも言わなかったっけか? 俺はガキんちょには興味ない人なのだ。未成年お断り。下はギリ女子大生までだな。女子高生とか、ガキ臭いだろ? ちょいキショいってゆーか……」


 いつだったか、妹のことを話した時に、そんな話をしていたような気がする。


ジン:

「しかし、お前がそんな話題を振ってくるとはねぇー。やっと色気付いたか、このエロガキ」

シュウト:

「そういうつもりは無かったんですが」


 こういう質問をすれば、こう言われるであろうことは予測が付いていた。それでも訊いてみたくなるほど、愛らしい少女だったと思う。


ジン:

「まさかお前って、小さい子が、好き、なの…………?」

シュウト:

「ち、違いますよ!」


 思いっきりドン引きされたので強く否定する。


ジン:

「悪いことは言わん。13歳以下はやめとけ、なっ? 場合によっちゃ未成年ってだけで犯罪者だぞ? お前はまだ二十歳ぐらいだろうから、そこまで歳の差は無いかもしれないけど……」


 今度は逆に、両肩を掴まれての力説だった。力が抜けて来た。


シュウト:

「あの、その辺で終わりにしていただくわけには……?」

ジン:

「冗談だよ。………………信じてるゾ」


 軽く背中を叩かれる。この『信じてる』の一言だと、まるっきり信じられていない気分になる。そこまで分かって言ってくる人だから、困る。


ジン:

「しかし、そんなに可愛かったんかー。そりゃ5年後、10年後が楽しみだな?」

シュウト:

「……そうですね」


 ――この時の美少女が『アキバの燕』として知られるようになるのは、もう少し先の話である。


 この後も2時間、3時間とアキバのビルを探索していたジンとシュウトだったが、休憩で喫茶店に立ち寄っていた。ジンはテーブルで突っ伏していた。


シュウト:

「そろそろ店員さん来ちゃいますよ?」

ジン:

「テーブルのヒエヒエ感がね、気持ちいいのだよ」

シュウト:

「確かに、汗はかきましたけど」


 やってきた飲み物と、かき氷だけではなく、プラスしてパフェまで頼んでいる。お金が入った途端に買い食いのペースがアップしている。こんなのだから、お金が無いと言うのだろう。

 かき氷を一気に半分ほどかき込んだところで、ジンの動きが止まる。手で額を押さえていた。


ジン:

「しまった、油断したっ」

シュウト:

「何をやってるんですか……」

ジン:

「〈冒険者〉の体でも頭キーンとかなるなんて思わないだろ。これは重要な知見だ……」

シュウト:

「何に使うんですか、そんな知識?」

ジン:

「んー、なんかの拷問とか?」


 無理矢理にかき氷を食べさせる拷問を想像して、思わず平和だなぁと思ってしまった。


ジン:

「……ていうか、無理だったな」

シュウト:

「ですねー」

ジン:

「やっぱ土地勘って重要というか。甘く見ててスミマセンでしたっていうか」

シュウト:

「〈大災害〉の直後ならともかく、もうそろそろ9月ですもんね」


 精霊力うんぬん以前に、まともに空いているビルが見つけられなかったりした。良さそうな物件は既に人手に渡っているものだろう。少し妥協しようにも、誰かしらが住んでいたりする。それを確認するのも手間だった。昼間はたまたま出かけているだけも知れないので、一件一件で時間が掛かってしまう。


シュウト:

「というか、お金でゾーンごと購入するって、結局は誰かを追い出すことになりそうですよね……」

ジン:

「気が重いなぁ。悪い奴ならどうなったっていいけど、別に悪いことしてる訳じゃねーしなー?」


 お金の力で一方的に追い出してしまえる点も問題だろう。穏便な解決をするべきだし、そういう手間を考えると頭が痛い。

 この状況の、予想外の難易度に怯む。アキバのすべてのビルを網羅して調べるのは、一日や二日ではとてもじゃないが無理だ。


シュウト:

「どうしますか? やっぱり地味に一軒ずつですか?」

ジン:

「もうちょっと待て。今、不動産屋を呼んだ」

シュウト:

「さっき葵さんに念話してた件ですよね? でも、そんな業者があるとは思えないんですが?」

ジン:

「無けりゃ、作るまでのことよ」

シュウト:

「僕らで、ですか……?」


 ……と、このタイミングで登場する人物がひとり。


エルム:

「昨日はたいへん失礼しました。お呼びとの事ですが、本日はどのような御用でしょう?」

ジン:

「いいから座れって。おねーさーん、注文よろしく~!」

シュウト:

「ご愁傷様です」

エルム:

「いきなり何です?」


 これは流石に、何も言われなくても理解できた。恐ろしいレベルの無茶振りをするつもりらしい。


ジン:

「今日、呼んだのは他でもない。アキバに引っ越したいから、適当なビル探しといてくれ。じゃあ、おにーさん奢っちゃうぞー。な~んでも好きなの食べていいからな~?」

エルム:

「あの、……おっしゃる意味が、よく分からないのですが?」


 やはり予測通り。そういう訳で、数分かけて説明を加える。


エルム:

「はぁ。つまり引っ越し先が見つからない訳ですよね? ギルド会館でホールを借りてはいかがですか?」

ジン:

「ダメダメ。ウチのお姫様はビル買うつもりでいるからな」

エルム:

「ユフィリアさんですか?」

ジン:

「そうそう。 ここはひとつ、頼まれてくれ。なっ?」


 口調は優しくても、200%命令している。


エルム:

「しかし、そう簡単な話ではありませんし……」

ジン:

「うし、だったら特別に昨日のオイタは無かったことにしてやろう。もう一回ぐらいなら、アホやっても大目に見てやらなくもない。また監視を寄越してもいいぞー? ……そっこー潰しに行くけど」

エルム:

「そうやって何度もタダ働きさせる気ですか。 いやぁ、サービスでしたら、もう少し具体的な方向でお願いしたいのですが?」

ジン:

「金か? 金ならねーぞ?」

エルム:

「昨日、70万お支払いしたばかりじゃないですか!……って、それはともかく、どうやってドラゴンを倒しているのかだけでも、お教えいただけませんか?」

ジン:

「しょうがないなー。

 …………海の墓場って知ってるだろ? 鯨とかの死骸が、海流に乗って、最後はとある浜に打ち上げる、みたいな場所のことなんだけど」(シリアス)

エルム:

「ええ、それぐらいはもちろん」

ジン:

「実は、それのドラゴン版を見つけちゃったんだよ。名付けてドラゴンの墓場、みたいな? そこに行くと、たっくさんのドラゴン素材が入手できるんだな、これが!」

エルム:

「わー、うらやましーなー! ボクにもその場所、教えてほしーなー!」


 半ばやけっぱちなリアクションを取るエルムだった。絶妙に正解な気がしてならない。


ジン:

「ばっかお前、〈海洋機構〉になんか教えたら、人を張り付けられちまうじゃねーか。それだとウチの儲けがなくなるっつー」

エルム:

「もう分かりましたので、本当のことをお願いします」

ジン:

「わーった、わかりましたゆー(←口を尖らせつつ)。

 俺ってば、スーパーウルトラストロングドライ!ってぐらいに強いから、ドラゴンなんざ1人でも倒せる訳ですよ。逆にシュウト達(こいつら)と一緒で苦労したぐらいで……」

エルム:

「はははは。まだそっちの方がマシですけど、嘘でも、もう少しマトモなヤツをお願いしたいですねぇ」


 今のは本当のことなのだが、まぁ、実際に戦っているところを見なければ伝わらないものもあるのだろう。


ジン:

「じゃあ、そういうことだから、アキバ全域を調べて、候補地点を5から10ぐらいに絞っておいてくれ。こっちの予算は……」

エルム:

「ちょっ、ちょっと待ってください。一箇所で、十分なんじゃありませんか?」

ジン:

「なんだよ、そんなつまんない話なら、お前に頼む意味ねーだろ?」

エルム:

「……それは、つまり?」

ジン:

「だから、人数を動員して、ちゃんと調査しとけって。当然、そっちの金でな」

シュウト:

「あははははは(苦笑)」


 “笑う悪夢”の笑顔が、もはや苦痛じみた歪み方をしている。ここまで無茶を言ってしまうのだから凄い。


エルム:

「昨日、初めて会った相手に、どうしてそこまでの無茶が言えるんですか?!」

ジン:

「……勝算があるからだ。分かるだろ?」


 ピリッとした緊張感を発するジンに、エルムの態度も落ち着いたものに変化する。


エルム:

「…………我々に、不動産を扱えとおっしゃりたいのですか?」

ジン:

「いいや、他人がどうやって儲けるかには興味ないね。好きにすればいい」

エルム:

「費用は、どうしてウチ持ちなんです?」

ジン:

「俺が金を出して依頼した調査報告を使って、お前が勝手に儲けることは許さない。当然の話だな」

エルム:

「では、貴方の勝算とは?」

ジン:

「……お前だよ、にやつき商人」

エルム:

「私、ですか?」


 これは予想外だったようで、エルムの細い瞳が見開かれる。


ジン:

「昨日のアレは、お前でもかなり無茶したはずだ。だが、今ならどうだ? この程度の話を通すのはそこまで難しいはずがない。その程度の『発言力』は手に入れただろ? なにしろ、アキバで枯渇寸前になっている魔法の素材、しかも最上級モンスターのヤツだからな」

エルム:

「おっしゃる通りです。アキバの発展は『ここから』だと言うのに、手元に材料が無いのでは、話になりませんからね」

ジン:

「だからだろ? あの晩、その日の内にお前は勝負に出た。しかし、今でも確証を持ってはいない。じゃあ、あの時の、お前の勝算は何だった?」

エルム:

「……ひとつは速度です。他のギルドよりも圧倒的に先んじることが出来れば、圧力を掛け易くなります。複数のギルドから〈海洋機構〉を選んで頂くには、どこかで競争しなければなりません。我々が最初に、単独で、それなりの条件を提示してしまうのが有効なのは言うまでもないことでしょう。

 こうした博打に出るかどうか、その部分の決め手は、〈カトレヤ〉に『銀剣のシュウト』が居たことです。この名前なら、勝負に出るだけの価値がある。他の誰の名前を聞かされるよりも、ずっとね」

シュウト:

「僕ですか? えっと、……ありがとうございます」


 予想していないところで名前が出てきて驚かされる。何か特別なことをしたつもりはないだけに、『不思議なご縁』のような気がして来た。


ジン:

「仮に調査方法を考えるとするならだ。アキバを20分割しても、20人日。調査内容にもよるが、早いヤツなら半日で終わる程度の内容にまとめられるだろう。1人1日金貨1000枚とするなら、たかだか2~3万で済む程度の案件だな」

エルム:

「準備と後片づけの方が、重要な作業になるでしょうね」

ジン:

「俺たちは暮らせる場所が見つかればいいだけ。だが、お前はこの調査を活用すれば、もっと別のものも得られるだろう。何を、どう調査するか。それは『世界の見え方』を決めることでもある」

エルム:

「それが、貴方の勝算ですか……」

ジン:

「勝負は人を見てやるものだ」

エルム:

「それは同感です」


 無茶苦茶な話の気がしたのに、エルム自身が話に乗って来たように感じる。


エルム:

「とりあえず、期限はいつ頃までに?」

ジン:

「それだけど、……ウチの倉庫にあと幾らぐらいある?」

エルム:

「ええと、今回と同程度の取引が2回ぐらいですので、金貨150万枚といったところでしょうか」

ジン:

「全部セットのコミコミで、そのぐらいで頼む」

エルム:

「……ギルドタワーか、キャッスルすら買えそうな額なんですが?」

ジン:

「まー、俺はいいんだけど、風呂場と厨房は譲れないっぽいからなぁ」

シュウト:

「それと大きな鏡でしたっけ?」

ジン:

「そんなんだから、家具も内装も、一式全部〈海洋機構〉に注文するつもりだから、ヨロシク。細かい注文は建物が決まってからでいいだろ?」

エルム:

「では、私がお金を用意できる頃が期限な訳ですね?」

ジン:

「そういう感じだな。精霊力って言われても分かんないだろうし、なんか面白そうな物件があったらピックアップしといてくれ。……引っ越しが終わったら、ちょっとイロ付けてやんよ」

エルム:

「なんでしょう? 楽しみにさせて貰います」


 注文した飲み物を飲み干すと、エルムはその場を辞して去った。まるで気まぐれな突風のようだった。


シュウト:

「今ので上手くいくんでしょうか?」

ジン:

「うーん、普通のヤツなら無理だな。面倒くさいからやらないだろうさ」

シュウト:

「エルムさんは、あんまり普通って感じじゃないですよね」


 無論、褒め言葉の意味で使っている。


ジン:

「今のなんかは、取引先の担当者に無茶を言う事で、こっちの立場が上だってことを分からせる種類のテクだ。実社会だと、裏までは行かないぐらいの、表の技かな」

シュウト:

「なるほど……」

ジン:

「取引額によっても無茶を入れるレベルは変わってくるし、担当者の能力も考えてやらなきゃいけない。相手をパンクさせても良いことなんてないんだ。何事も加減を知らなきゃならない」

シュウト:

「わかります」

ジン:

「まー、あのにやつき野郎の場合、難題ふっかけた方が良さそうな気がする、ってのもあるけど……」


その後、ジンが装備の修繕に行くというので、自分も何か良さそうな武器がないか見に行くことにした。

 


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