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009  サファギンとの戦い

 

ジン:

「よしっ、次!」


 オープニングから既に50体を超えるところまで来ていた。

 今までのところ、オーソドックスな連係で戦っている。新しい連係が機能することは分かっていたが、まだ慣れていないため、どこかでリズムを崩せば穴が出来てしまう。乱戦の呼吸を掴むまでは控えておくことにしていたのだ。戦いは激しいものだったが、十分に対応できている。MPの消費は抑えつつ、殲滅速度もそれなりにある。しかし、それでも一向に数が減る気配はしない。


 サファギン達は近くまで泳いで来ると、低い姿勢で立ち上がり、かなりのスピードで次々と突っ込んで来る。まだ倒していない敵自体が邪魔になれば良いのだが、そのまま前衛の2人に対する突進攻撃(チャージ)にならないように、最優先でチェックしている。昨日のたった1日の経験で戦術的な視野までもが広がりつつあるようだった。


 レイシンは特技の使用を控えめにしていたが、ドラゴン・ホーンズの威力と、その秘められていたディフェンス能力を活かして奮戦していた。〈武闘家〉が本来使えない『盾の機能』は、防御力に対するボーナスとして処理されていたと聞く。それが〈大災害〉以後、本来のデザイン通りに盾のようにして使えるようになっていた。


 ジンは、かなり真っ当な〈守護戦士〉の戦い方をしていた。〈アンカーハウル〉を使って敵を自分の方に誘き寄せ、ダメージを受けながらも、敵を薙ぎ払ってゆく。その姿は本当のところちょっと、いや、かなり物足りないものだ。静かすぎる気がする。


 石丸は、集団攻撃用の呪文をポイントになる部分で使いながら、MP消費コストの良い魔法を駆使して戦っていた。サファギン達の上陸はまばらなため、範囲攻撃系の呪文で集団を一気に殲滅することができない。纏めて始末できないのはもどかしいのだが、まだしばらくは戦線に残れるだろう。


 ユフィリアは情報監視者(オペレーター)をしているはずだが、ニキータと組んで装甲を活かした囮役もこなしている。回復に使うためにMPを残しているため、攻撃魔法の使用は控えさせている。


 ニキータは永続の援護歌に「剣速のエチュード」と「瞑想のノクターン」を選び、自身も攻撃へ参加して、特に弱った敵に止めを刺し、数を減らす仕事を引き受けている。



 80体を過ぎた頃、何が切っ掛けとなったのか、サファギン達が5体、6体と次々と押し寄せて来た。その光景はまるで津波のようだ。戦況は悪化しつつある。しばらくしたら石丸とユフィリアはMPを回復させるために休憩しにいく予定だったが、今の勢いではサファギンに押し切られてしまうかもしれない。


ニキータ:

「ちょっと、激しくなって来たわね!」


 それでもニキータは笑う。苦しくても、苦しいからこそ笑える彼女は魅力的なのだろう。


シュウト:

「まだ行けるさ!」


 自分も負けじと強がると、前に立つジンに向かって叫んだ。


シュウト:

「ジンさん! 少し、押し返しましょう!」

ジン:

「よし、ギアを上げるぞ!」


 敵を見据えながら、背中でそう言葉を返してくる。表情は見えなかったが、不敵に笑ったに違いない。

 僕は別の意味で緊張する。自分達の新しい連係は、各人の想像力が足りなければ効果的に機能しないからだ。敵よりも恐ろしいのは味方であり、更には自分自身を信頼することなのだった。


 本気のジンに対して身構えていたのだが、しかし、自分の安っぽいイメージはたやすく覆されてしまう。鋭い踏み込み、叩きつけるような強引な斬撃。



 荒ぶる戦神 


 

 ジンの戦闘スタイルはその場に留まることなく、動きながら戦うもので、相当に上手いプレイヤーという印象だったが、今にして思えば、力強さには欠けていた。ギアを上げて“そうなる”と思っていたが、本当にギアを上げたらしい。力づくでまとめて数体を吹き飛ばしながら、有利なポジションを作り出してしまっていた。受けるものは受け、捌くものはきっちり捌く。しかし基本のスタイルは変わらないようで、斬り抜けながらポジションを次々と変えていく姿に戻っている。これまでのように丁寧過ぎず、かといって雑でもない。それはシンプルに洗練された姿だった。


ユフィリア:

「ドラゴンと戦ってるみたい……」


 ユフィリアが呟いた。その意味するところに反応した自分の体は、鳥肌を立てている。……相手はもちろんたかがサファギンだ。それでも、『ドラゴンと闘うかのように』戦う姿こそが、ジンのスタイルなのかもしれない。


シュウト:

(ジンさんのサブ職は、〈竜殺し〉じゃないか……!)


 閃くものがあって、何かの答えに辿りつきそうだった。しかし、現実の、目の前のサファギン共が自分の小さな想像を彼方へと押し流してしまった。掴み掛けた答えを惜しみながら、心に刻む。いつかもう一度、この瞬間に感じた『答え』へと辿りついてみせる、と。


 腹いせとばかりに、自作した『高威力・高精度の矢』を番える。遠間の敵を射ると、狙い違わず顔面のド真ん中を貫いていた。試作品の仕上がりは実戦でも申し分ない。



 敵の増える数と、減る数とが徐々に均衡し、そしてゆっくりと逆転を始めていた。明らかに殲滅速度が上がっている。しかし、ここでまたもや状況が変化を始めていた。


石丸:

「ニナさん!ここで出し切るっス!」


 石丸が叫んでいる。MPの限界が近いのだろう。休息前に魔法を出しつくすという合図だ。


ニキータ:

「OK!〈輪唱〉する」


 攻撃魔法の効果を最大にするべく、〈吟遊詩人〉であるニキータが〈輪唱〉の援護歌を使うという意味だ。


 それと別にユフィリアは回復魔法を唱え始めていた。休憩に入る前の準備として、最大に回復したところに個人用・全体用の反応起動型回復呪文まで乗せるのだ。そこまですれば休息に入ってもしばらくなら耐えられるかもしれない。


 石丸とニキータのデュエットは後方の敵戦列を突き崩し、空白を生み出していった。このタイミングが最善だが、ここで僕が言ったのでは締まらない。


ジン:

「今だ!」


 ジンが了承を与える。


ニキータ:

「下がります!」


 そう言い残してユフィリア、ニキータ、石丸の3名が素早く休息に入った。彼女らはこんな所でグズグズしたりはしない。一秒でも早く戻るためには、一秒でも早く休息に入らなければならないからだ。理解に支えられた理知的な関係。これこそが自分の求めていた〈エルダー・テイル〉の醍醐味みたいなものだったが、そこに信頼を感じた気がして、妙に惜しい気分になってしまう。


レイシン:

「なかなか、悪くないじゃん」


 レイシンの言ったセリフがシュウト達の気持ちを代弁していた。


シュウト:

「ですね」

ジン:

「……だな」


 ジンが場に残った最後のサファギンを倒し、僕らは一息つく時間を得ていた。しかし、海から上がってこようとしているサファギンが既に見えている。彼らが生み出したこの休憩ですら、あと何秒も保たないだろう。


 ジンとレイシンは地面に武器を突き刺すと、水筒から一口、二口と水を飲んでいる。

 自分の方は素早く予備の矢の準備を済ませておいた。ここからが本番だ。これまでに倒したのが150体程度。いや150には少し足りないぐらいだろうか。まだ全体の半分にも届いていない。たかがサファギン、されどサファギンだ。


 上陸したサファギンが1体、また1体と突進を再開している。


ジン:

「さぁ、地獄の始まりだ」


 楽しそうに嗤う〈守護戦士〉の声を聞きながら、プレッシャーに武者震いする。これからしばらくこの3人で戦線を支えきらなければならない。


 ――シュウトは一人場違いな状況に立たされている気がしていたのだが、意外となんとかなってしまうような気もしていた。





 休憩組の私たちは、サファギンの見えなくなる所まで退避し、無事に休息に入ることが出来た。事前に下見しておいた休息場所で問題ないようだ。戦線から抜けるのはもどかしかったが、一秒でも早く魔法使いの2人を戦列に戻すために、私も一緒に下がり、永続式の援護歌でMP回復の支援を行うという、計画通りの行動だった。


 正直なところ、休息できてホっとしていた。回復役なしで前線を維持するプレッシャーは大きい。しかも今は自分の援護歌も届かない距離にいる。残った3人は更に厳しい状況で戦っていることだろう。


 ユフィリアは真剣な表情で黙っていた。たぶん自分のステータスを見ながら、早く回復しないかと考えているのだろう。彼女は一つの事にのめり込むところがあるので、あまり他のことを色々とは考えない。戦う事への恐怖や、勝つか負けるかも気にしない。早く戻って、回復する。ただそれだけの単純な思考が危なっかしくもあり、こんな状況においては強みにもなった。


 石丸は荷物から何かを探していた。彼はどこか感覚的にズレているところがあって、読みにくい性格をしている。基本的に善人なのだが、女性に対する興味を感じないため『安心な存在』というイメージが先行している。こちらとしても深く考えたくない相手だった。……どうやら飲み物を取り出していたようだ。


石丸:

「お茶でもどうっスか?」

ユフィリア:

「あ、ありがとう、いしくん。……ニナ、先に飲んで?」


 放心していたユフィの意識が戻る。気が回らなかった自分を恥じたのか、少し慌ててニキータに先を譲る。

 私は援護歌が途切れるのを心配して躊躇ったが、戦闘中にポーションを飲むこともあると考えていただくことにした。ここはユフィリアのためにも率先して飲むべきだろう。


ニキータ:

「ありがとう。……いただきます」


 永続式の援護歌は厳密には声ではなく、音自体を操作することに近い何からしい。単発の援護歌を同時に使うことも出来るのはこのためだろう。……ゲームだった時は、こんなことを考えたこともなかった。ただ回復ポーションを使いたくなれば、使っているだけだった。


石丸:

「でも、やっぱりアレっスね。最初から勝ち目があったんスね」

ニキータ:

「……どういうこと?」


 ニキータが問い返した。ユフィリアはニキータが飲み始めたのを見て満足し『私も!』とうさぎモチーフの専用カップを取り出して、飲み物に口をつけている。


石丸:

「ジンさんっス。異常な強さっスね」

ユフィリア:

「うん! 凄いよね」

石丸:

「いや、そういうことじゃ……」


 自分が褒められたかのようにユフィリアの瞳が輝く。それを見て石丸は決まり悪そうに否定の言葉を重ねた。


 私にも石丸の言いたいことがなんとなく分かった。自分達もあちこちのギルドに参加しているので、色々なプレイヤーを見て来ていた。戦力を発揮できない戦士はいくらでもいるものだが、ジンの強さには違和感がある。レベルを超えた力で戦っている気がしてならない。


ニキータ:

「言いたいことは分かるけど、大手の戦闘ギルドならあの人ぐらいのプレイヤーはいるでしょ?」


 それでも反論しておく。石丸にどう見えているのかを確かめておきたかった部分もあった。


石丸:

「一緒に戦っているレイシンさんもかなり上手なんスけど、ジンさんに比べたら普通のプレイヤーっス。ダメージもちゃんと受けてるっス」

ニキータ:

「だってそれは、〈守護戦士〉(ガーディアン)の方が防御力も高いし、防御用の特技も揃ってるから、じゃないの?」


 〈武闘家〉(モンク)は全身鎧が着られないが、その分だけ回避特技が充実している。現にレイシンもかなりの攻撃を回避していた。ジンもかなり回避していたように思うが、それは何かの回避特技を会得していれば説明が付くことだったし、〈エルダー・テイル〉がゲームだった時から、タイミングさえ合えば移動するだけで相手の攻撃や魔法を回避することができた。今は逆に、魔法攻撃が当てにくくになったと聞いている。


石丸:

「上限レベルで幻想級の防具を揃えてるのならともかく、レベルは80だし、防具もそこそこの物っス。いくらサファギン相手といえ、ほとんどダメージが無いのはおかしいっス」

ニキータ:

「それは……考え過ぎじゃない?」


 これ以上は怪しい話になりそうだったので話題を切り上げようかと思う。石丸の感覚のズレが悪い方向に出ているのかもしれない。


ユフィリア:

「うーん、強いならいいんじゃないの?」


 ユフィは難しいことは分からないという顔をしていた。


石丸:

「回復役のユフィさんが一番分かっているんじゃないっスか? 昨日・今日とジンさんのHPをモニターしていれば、とっくに気付いてるはずっス。攻撃力ならまだ分かるっス。あの人はたぶん…………」


 石丸はニキータ達が思っているよりもずっと昔からのプレイヤーで、過去にあった何かを知っているのかもしれない。だからなのか、この件に強いこだわりを見せているように思えた。


ユフィリア:

「それだから、どうなの?……一緒に戦いたくないの?」


 凛とした声で、ユフィリアは石丸を見つめていた。大事なことはひとつだ、と言わんばかりの表情である。


石丸:

「いや、違うっス。逆っス」


 慌てたように開いた手を胸の前で左右に振りながら、誤解を解こうとしていた。


石丸:

「自分は、幸運っス。……その、今は〈大災害〉があって、こんな状況なんですが、いつかこんな日が来るんじゃないかと思ってたぐらいで」


 石丸から『~っス』といった口癖が消えていた。


ニキータ:

「……ごめん、そろそろだよ?」

石丸:

「あ…………そうっスね」


 申し訳ないとは思ったのだが、ステータスを確認していた私は、半ば意図的に石丸の話を途中で遮った。そろそろMPが全快になる。今から戦場に戻る間に十分に回復するだろう。


ユフィリア:

「さ、いこっ!」


 ――ユフィリアが元気に立ち上がる。3人は頷きあい、休息地点を飛びだして一緒に走り始めていた。



ニキータ:

(それに、……まだ結論を出すわけにはいかない)





 ジャンプしている間に矢を射る。命中。

 特技〈機動射撃〉の命中率を上げる基本テクニック『浮身撃ち』だ。ジャンプしている間に矢を射れば、姿勢が安定するというだけのものだ。昔の映画で使われていた気もするのだが、記憶は曖昧だ。ジンによれば『沈身撃ち』というものもあるらしい。そちらはまだ試していない。その場で崩れながら自由落下中に撃つものらしく、やったら地面に倒れこんでしまうだろう。


 戦いの構図はシンプルだった。

 ジンが囮になって、レイシンが倒す。ジンはレイシンとスイッチを繰り返しながら、〈守護戦士〉のタウンティング特技〈アンカーハウル〉を使って敵を集める。これでレイシンを狙っていたサファギンもターゲットから外れる。ジンは囲まれそうになるたびに回転系のなぎ払い攻撃を加えて周囲の敵を蹴散らし、脱出していた。アンカーハウルでフリーになるレイシンは敵の数を減らすことに集中する。僕は完全に遊撃として放置されているため、逃げ回りながらレイシンのフォローに回っていた。


 自分も近接武器に持ち替えた方が攻撃速度(回数)からすれば効率がいいのだが、近接戦だとHPも減るため、回復役がいない状況ではダメージコントロールが成立しないという理由で却下される。簡単にメイン武器を変えるなということでもあるのだろう。


 こうして前衛が2人ともソロプレイの戦い方になるのだが、ソロに連係の要素を組み込むことで効率を上げているのが良く分かる。自分も『弓を使っている』という要素を上手く活かすことを考えなければならなかった。遠距離に対しての攻撃武器なのだが、それだけでは弓である必要がない。


 戦っている内に気付いたのだが、弓は移動せずに味方の援護が出来る点にメリットがあった。ジンもレイシンもあちこちに激しく動き回っている。それを近接武器で援護しようと思えば、2人を追いかけて走り回らなければならないし、実際にやろうとすれば何度も敵に阻まれてしまうはずだった。弓なら矢が飛んでいくため、(厳密には角度や遮蔽の問題はあるが)ほぼその場から援護することができる。


 思いつく限りのことは何でもやった。

 クールタイムが終わって回転切りをする直前は周囲の敵を攻撃しないこと。〈アンカーハウル〉の範囲から外れた敵をチェックしておいて、優先的に攻撃すること。敵と自分の間にジンやレイシンを挟むように動き、サファギンを誘導すること。こちらに向かって来た敵から走って逃げつつ、アンカーハウルの範囲に誘導すること。


 2人とも動きながら戦っているので、弓を使っていてさえ、自分も頻繁に移動しなければならない。視野を確保し、敵を誘導し、安全位置に飛び込み、と動き続けていた。基本的に矢を射るには脚を止めなければならない。だから〈機動射撃〉の使い所については思考の優先順位が高くなる。


 同時に『受動離れ』の利点が分かって来ていた。ターゲットが動いていても自然と狙い続けることができるらしい。弓での攻撃は基本的に前方から左側に向けて攻撃することになる。流鏑馬のような騎乗射撃にしても、進行方向に対して左側に矢を射ることになる。これは左手に弓を持っている場合の構造的な問題だった。左側へは体を捻るだけで矢を射ることが出来る。しかし右側へは体自体を回転させなければならない。


 〈大災害〉からシュウトが使っていた『能動離れ』の場合、(1)狙いをつけて、(2)離す、という2動作になり易かった。矢を離すまでの僅かな時間は狙いを微調整し続けてはいないため、カクカクした動きになり易かったのだ。左側への射撃はともかく、右側への射撃ではこの傾向が顕著に現れてしまう。左足を軸足にし、右脚~右腰を引きながら狙いを付けるのだが、「右脚を引く」という動作が加わって3動作になってしまうのだ。これでは命中させにくいのは言うまでも無い。

 ちなみに戦士達が矢を回避する場合は、銃を回避するのと同じく左手側へ飛ぶのがセオリーになる。


 一方で『受動離れ』の場合は、離す部分への能動意識が弱いことで、狙い続けながら半ば勝手に飛んでいくという形になる。矢が何時飛んでいくのか自分自身にも曖昧な部分があるので、狙い続けなければならないのだ。このことで『狙う』、『離す』の2動作が『狙いながら離す』の1動作に自然と纏まっていた。難易度の高い技術だったが、戦いが激しくなってくると、こんなちょっとしたところで命中率・命中精度に違いが生まれてくる。



 海岸の砂浜のように足をとられる場所であっても、〈冒険者〉の体は無尽蔵の体力を発揮して戦い続けてくれる。ジンは舞うかのように、浮き上がるかのように滑らかに戦っているし、レイシンはたまに残像を残して別の場所に移動していることがあった。どちらも回避特技によるものだろう。


 頭の片隅で数えていた撃墜数が追いつかなくなって来ている。150近くまで数を追いかけられたのも〈冒険者〉の頭の働きに拠るものだろう。元の身体よりも頭脳は遥かに優秀で、出来が良いらしい。普段は数なんて50も数えたらこんがらがってしまう。今のペースから考えれば、30体か40体は倒しているはずだ。時間がゆっくりと進んでいるかのように感じ、頭は疲労で熱を帯びてきていた。まだまだ身体は元気で戦えるが、疲労の蓄積はプレイヤーである自分の心から溶かし始めているのかもしれない。


 レイシンのHPが残り3000を切っている。ダメージを受けないようにかなり気をつけていたが、この辺りが限界だろう。一度、回復ポーションを使う時間を作らなければならない。


 ジンも理解している様子で動きに慌ただしさが混じっていたが、簡単には手が離せそうもなかった。ジンに掛かる負担はレイシンの倍以上だ。自分とは比較することも出来ない。


シュウト:

(……近接武器に持ち換えるべきか?)


 無意識に行っていた矢を番える動作が、鋭くなっている。

 一瞬遅れて戦場に「音」が戻ってきたのを感じた。レイシンの近くに魔法による光が弾け、敵を倒している。


 休息を終えた味方が、援軍として帰ってきていた。


ユフィリア:

「レイシンさん、回復します!」

レイシン:

「助かる!」


 ユフィリアの魔法でレイシンは危機を脱する。最高のタイミングだった。

 ニキータの『剣速のエチュード』によって攻撃速度が高まっている。少なくなって来ているMPの回復も、ゆっくりとだが始まっていた。


ユフィリア:

「シュウトも回復する?」


 リフレッシュしたような明るい声でユフィリアが尋ねてくる。


シュウト:

「いや、まだいい。ジンさんを先に頼む」


 その声に元気をもらった。それでも自分の顔が煤けて汚れている錯覚を覚える。顔を洗ってさっぱりとしたくなった。


ユフィリア:

「わかった。じゃあ後でね!」


 長い茶髪を揺らし、鎧をガシャガシャと鳴らしながら、ユフィリアはジンの方へ駆けて行く。魔法の効果範囲で彼女が立ち止まるのを見ながら、自分も敵に向けて弓を引き絞り、ユフィリアに近付こうとした敵を射抜いて援護しておく。


ニキータ:

「おまたせ」


 ニキータが横に並ぶ。風上に立ったのか、かすかに彼女のものらしき香りが鼻孔をくすぐる。そのことで再び戦意が奮い立つ気がした。


 休息したメンバーの復帰で陣容が整ってゆく。魔法による援護で、あっという間に10体近い敵を倒してしまっていた。



 ……しかし、これはまだ後半戦の始まりに過ぎなかった。





ユフィリア:

「えい、えい!」


 可愛らしい掛け声の気もするが、〈施療神官〉(クレリック)が80レベル近くにもなっていれば、30レベルぐらいの戦士職を遥かに上回る打撃力を誇る。それはつまり、現実の武術家を遥かに上回ることをも意味している。一撃ごとに、ただならぬ威力で巨大蟹〈アスコットクラブ〉の爪や甲羅を打ち砕いていく。


ジン:

「シュウト!」


 ジンが視線と首だけでユフィリアの援護を命じていた。見れば、彼女のところにアスコットクラブが4体、5体と集まり始めている。


シュウト:

「……何をやってんだ?」


 ユフィリアの元に駆け寄り、巨大蟹の一体を思いっきり蹴り飛ばしながら尋ねる。予想よりも衝撃があり、脛当てが無かったら足を痛めていたかもしれない。


ユフィリア:

「カニが出てきたから、倒してたんだけど」


 モグラ叩きでもないだろうに、ユフィリアは楽しそうにポコポコと殴り続けていた。アスコットクラブは10レベルにも満たないモンスターなので自分としても危険は無いと思い、目には入っていたが放置していた。


ニキータ:

「ゴメン、替わる」


 レイシンのフォローをしていたニキータが慌ててやって来て、ユフィリアにまとわり付く巨大蟹を次々と倒してゆく。



シュウト:

(アスコットクラブ。……なんで今頃?)


 面倒なので無視していたのだが、意識してみると、ハッキリとした違和感を感じる。


シュウト:

「石丸さん!」


 声を掛けてシュウトは小走りで駆け寄ろうとすると、石丸が手でそれを制し、自分からトコトコという感じで走って来た。シュウトは(せわ)しなく視線を周囲に走らせながら、弓での援護を次々と繰り出していく。


ユフィリア:

「いしくん、カニがいっぱい出てきたんだけど」

シュウト:

「これは、もしかして、戦況が変わる徴候ですかね?」

ニキータ:

「そうなの?」

石丸:

「自分の知ってるクエストとはほとんど別物っスけど、確かに後半は敵がサファギンだけじゃなくなったと思うっス」

ユフィリア:

「それって、どうなっちゃうの?」

シュウト:

「……不味いかもしれない」


 ゴブリンも〈魔狂狼〉ダイア・ウルフを連れていることがあるのを思い出す。海ならさしずめダイア・シャーク辺りだろうか。サファギンも一般兵よりも上位の個体が出てくる可能性が出て来た。それを言うのなら、最初からサファギン豪族を退治するクエストなのだ。精鋭兵が出てきても全然おかしくない。


 それよりもまず問題になるのは、増援の可能性だろう。400体で計算して無茶な突撃を行っているので、今頃になって「敵が増えます」とか言われた所で、交代要員すらいない状況だ。とれる対策などは何も無い。


ユフィリア:

「シュウト、あれ!」

 湾の入り口辺りに、巨大な背ビレが見える。早速ダイア・シャークの御出ましのようだ。


シュウト:

「いや、あの鮫は浜までは上がって来れない。平気だ」


 気休めを口にしながら戦列に復帰する。それを見て他のメンバーも戦いに集中し始めた。



シュウト:

(撤退するべきか、どうなんだ……?)


 選べる道は少ない。

 一つは負けを認めて潔く撤退すること。しかし、クエスト期限は今日までだと云う。ここで撤退すれば、再チャレンジはしばらく出来なくなる。


 もう一つは敵が弱い今の内に、後衛にもう一度休憩に入らせ、可能な限りの準備をした状態で予想される増援に対処することだ。ユフィリア達のMPはまだ半分ほども残っているのだが、それぐらいしか出来ることはないだろう。

 問題なのは前衛の2人だった。自分はまだいいが、レイシンのMPが限界に近かった。ニキータが戻って来てからのジンは、特技の使用を控えて少しづつ回復させていたが、それでも残りMPは3割ほどのはずだ。もし仮に壁が3枚あれば、1枚抜けさせて休息させられたかもしれない。自分が前衛をやれば、レイシンを回復させられるだろうか?……たとえそれが可能だったとしても、それでもジンを休息させることは出来そうも無い。ジンに代わりは利かないと、この時には既に分かっていた。



 ――今のシュウトには一秒一秒が重い。決断を急がなければならなかった。西に傾いた日はいつの間にか空の色を変えつつある。日没まであと30分程。それで今度は夕日にまで追い立てられている気分になるのだから、本人にすれば堪ったものではない。



 南の海では異変が起こり始めている。


 シュウト自身もグズグズしていたかった訳ではない。決断とはつまり、撤退を選ぶことなのだ。どう考えても、それ以外に方法はない。それでも自分の中の何かが拒絶していた。



シュウト:

(どうやら自分に嘘は付けそうにない。僕は、まだ……戦っていたい)



 負けて終わりたくなかった。この先にあるはずの何かを、どうしても知りたくなっていた。

 

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