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86  笑う悪夢

 

ニキータ:

「後ろも」


 肩に触れて少し強引にユフィリアを回転させる。後ろ姿をひとつひとつチェックしていった。髪から首筋、洋服の乱れやシワ、足下まで丁寧に。大きな問題はない。今日も可愛く仕上がっている。


ユフィリア:

「じゃあ、いってくるね!」

ジン:

「おう。行ってこい」

ニキータ:

「いってきます」

シュウト:

「えと、がんばって……?」


 言葉に詰まったシュウトが「がんばれ」と言う。何をがんばればいいのか?と考えて、微笑んでしまう。

 女子会向けのドレスで街中を歩いてみせるつもりは無かったので、上から薄手のマントを羽織った。コートを使うと、ドレスの形が崩れてしまうかもしれないから。


 待機場所として借りた宿からアキバの街に繰り出す。西の空に残った僅かな光が消えていく。通りに目をやれば、そこには魔法の灯りで眩しいほどに輝いていた。その一つ一つが、人の作り出したもの、人間の存在する証しでもある。


ユフィリア:

「いこ?」

ニキータ:

「そうね」


 今日はちょっとしたサプライズを用意してある。ジンの考える作戦はあるのだろうけれど、それとは関係なく、サプライズの効果を高めるにはどうすればいいのだろう?と考える。そこそこ見栄えの良いプレゼントなのだから、今日は始めから優位に立っているのも同然だ。特に気負いするようなことはない。

 ただ、ジンの作戦はタイミングが間違っている気がしてならない。本当に上手く行くのか、よく分からなかった。


ユフィリア:

「みんな、喜んでくれるかな?」

ニキータ:

「大丈夫よ、とってもよく出来てるもの……」


 今のどうという事のないやりとりに、普段に無い何かを感じていた。

 もしかすると、ジンはユフィリアにプレゼントをあげさせたかったのかもしれない。プレゼントは貰う側ばかりが喜ぶものではない。贈る側にも贈る側なりの喜びがあるものだ。


ニキータ:

(みんな、ユフィには甘いのかも)


 それが間違っていることだとは、断じて思わない。





三佐:

「ニキータ」


 ――聞き覚えのある声にニキータが振り向くと、そこには珍しい人物が立っていた。〈D.D.D〉の高山三佐である。彼女がどう思っているかは分からないが、ニキータにとっては親しい友人だと思っている数少ない女性の一人である。


ニキータ:

「三佐さん、よく来られましたね?」

三佐:

「ああ。遠征に出ることになったから、都合を付けてきた」


 高山三佐は〈大災害〉があって忙しくなってしまった一人だ。あの状況で〈D.D.D〉に大きな混乱は無かったのも、幾分かは彼女が目を光らせていたこともあるのだろう。

 三佐は〈大災害〉以降、マダムの女子会への参加は控えていて、代わりとばかりにユミカを送り出していた節がある。お互いにこういう場はあまり主戦場とは言えない。女の子同士でにらみ合って、どうでもいいようなことでイザコザを起こす。それを見物して楽しんだり、優越を覚える場所なのだ。でも、楽しいことがまったくない訳ではないし、参加しないと面倒になることも多い。


三佐:

「ウチの子達が、失礼をした」

ニキータ:

「いいえ、元々こちらの事情に巻き込んでしまったのが原因ですから」

三佐:

「そういってくれると、助かる」


 三佐は謝罪のためもあって、わざわざ出向いて来たようだ。事件の全体を考えれば、丸王に狙われた自分達の問題に、ユミカを一方的に巻き込んでしまった形である。先に謝罪されると、こちらの格好が付かない。


 ただ、ユミカ救出時に〈D.D.D〉のガロードがユフィリアと揉めたらしい。喧嘩両成敗で規範を示そうとしたガロードに、『だったら、助けていらない!』などと啖呵を切っていたらしい。後で聞かされた時には、そこで援軍を断ってどうするのか?と思いもしたが、『小さな考え』を蹴飛ばしてしまう辺りがユフィリアらしくもあった。

 その時、ラウルが逆に『ユミカを助けさせて欲しい』と懇願していたようなのだ。その結果が、例の大逆転ということになる。ユミカとその元カレであるラウルのいざこざに、シュウトが知らずに巻き込まれていただけ、と言えなくもない。この辺りは当事者間でしか分からない微妙な問題もあるのだろう。


ニキータ:

「ユミカは?」

三佐:

「いろいろあったようだし、しばらくココには顔を出せないかもしれない」

ニキータ:

「そうでしょうね」

三佐:

「顔を出せるようになったら、また仲良くしてやってほしい」

ニキータ:

「それは、ええ。もちろん」


 硬い表情のまま、口元だけがフッと弛ませる笑い方をする三佐だった。


ユフィリア:

「三佐さん、こんばんは!」

三佐:

「やぁ、久しぶりだな、ユフィ」

ユフィリア:

「ウフフフ」


 少し強めに、まるでほつれた髪を元の位置に戻すように、頭を撫でつける。懐いてくる動物をあやすのに慣れた手付き、というのだろうか。


三佐:

「これで私の用は済んだな」

マダム菜穂美:

「……あら、もうお帰り?」


 挨拶して回っていた菜穂美が、たまたま近くを通りがかる。


三佐:

「ああ、お邪魔した」

ユフィリア:

「もう帰っちゃうの?」

ニキータ:

「あの、まだ時間は大丈夫ですか? 少しだけ待っていて欲しくて」

三佐:

「何かあるのか?」

ユフィリア:

「サプライズなんだよ!」





 女子会が中弛みする頃を見計らい、予定より早く仕掛けてしまうことにした。遅刻者もほとんど出揃っているし、三佐が帰ってしまう前に例のモノを渡してしまいたいのもあった。


 マダムと、会場として使っている酒場のスタッフとに相談し、了解を得ておく。目立たないように歩いて準備を進める。

 アクセサリーを置く場所がなければ、トレイにでも乗せて、自分が持っていればいいと思っていた。だが、たまたま部屋の隅に丁度いいサイズの小型テーブルがあるではないか。そこには大きな花瓶を乗せていたため、頼んで花瓶をよけてもらうことができた。スタッフの男性がテーブルを移動させる。今度は厨房に頼み、先ほどのテーブルからはみ出すサイズのトレイを借りることにした。その上にアクセサリーを並べて配置。ここの見栄えは重要なので、ユフィリアと一緒に裏で作業する。魔法の灯りでたっぷりと光を染み込ませてから布地で覆う。これをさりげなくテーブルまで運ぶのだけれど、ここが一番緊張した。……これで準備完了だ。


マダム菜穂美:

「皆さま、ちょっとよろしいかしら?」


 ノリノリのマダムが、司会進行をかって出てくれた。今にも笑い出してしまいそうな、笑顔の気配のまま口を開いていた。その様子が、なんとも品、というよりはセクシーな雰囲気を漂わせている。参加者の注目が集まるのたっぷりと待ってから、言葉を続けた。


マダム菜穂美:

「私たちの親愛なる友人、ニキとユフィから、ちょっとお話があるそうよ。少し、部屋を暗くするけど、慌てて歩き回らないで頂戴ね?」


 マダムの合図で室内が程良い薄暗さになる。これぐらいなら周囲が見えなくなるほどではない。こちらが歩くのにも支障が出ないだろう。


ユフィリア:

「行こ」

ニキータ:

「ええ」


 隠していた手をどけると、胸元のアクセサリーはうっすらと光を放ち、その存在をアピールし始めた。ユフィリアと一緒に参加者の前へと進み出る。どよめきが起こった。光るアクセサリーの演出で、まず注目を集めることには成功したようだ。

 そのまま置いておいたトレイの所に進んで行き、布を大げさな感じで取り払う。中からは輝くアクセサリーが現れるという寸法だ。そして、それは狙い通りになった。


 もっと一斉に近寄ってくるかと思っていたのだが、数を揃えて来たからか、警戒させてしまったのかもしれない。その場で声を上げただけに止まった。確かに豪華そうに見える。暗いままでいるのを気にしたのか、マダムが合図して部屋が元の明るさに戻った。

 ここで口火を切って質問したのは、〈黒剣騎士団〉のうららだった。


うらら:

「ユフィ、それなーにー?」

ユフィリア:

「えっとね、今日はアクセサリーを持って来たの」

ニキータ:

「製作はロデ研にお願いしました。花乃音(かのん)、ありがとう」


 ちょっと照れた感じの花乃音に注目が集まる。ここで一拍置くのを忘れない。


ユフィリア:

「特別にぃ、お手頃な価格でぇ~、と思ったんだけどぉ、みんなにはいつもお世話になってるし~……」

ニキータ:

「どうするの?」

ユフィリア:

「どうしよっか? ……どうしたらいいかな?」


 じらすように、期待感を高めていく。みな物欲しそうにしていても、ハッキリと『頂戴!』などと叫ぶ手合いは居なかった。

 ユフィリアと顔を見合わせる。下品になる前に煽るのを止めた。何も言わないよりはマシという程度だが、このぐらいで十分だろう。


ニキータ:

「ギルド〈カトレヤ〉より、皆さまへ、日頃の感謝と、今後のご挨拶として、ささやかな贈り物を、させて頂きたいと思います」


 後ろの人たちにも聞き取り易いように、区切りながら丁寧な口調で話す。

 まず「「ウソ!?」」という反応が一段と高く響き、続くようにざわめきが半ば怒号のように弾けた。

 ユフィリアが手を取り、花乃音を前に連れてくる。自分はマダムに、それぞれ最初のプレゼントを渡した。


ユフィリア:

「ゴメンね、最初からこうするつもりだったから」

花乃音:

「だって、コレいいの? 大丈夫なの?」

ユフィリア:

「使い終わったらって、約束したでしょ? 用事は終わったから、大丈夫」


マダム菜穂美:

「ワオ! いいのかしら?」

ニキータ:

「もちろん。全員分、キチンと用意してあります」

マダム菜穂美:

「ニー、キー!」


 感極まったようにユフィに強く抱きつく花乃音。一方でマダムの方はライトな抱擁の後、西洋風に左右のホホに触れるかどうかのキスをして来た。


 その後、トレイを持ち、ユフィリアと一緒に、一人ずつ手渡して回った。「受け取れない」と遠慮しようとする子もいたので、「宝石じゃないから」などと説明して、どうにかして受け取って貰うことにしていた。要らないと言っていても、簡単に諦めて欲しくはないだろう。お返しをしなければならないと感じるのを怖れているだけなのだ。『こちらが頼んで受け取ってもらったのだから、貴方に貸しは増えない』と分からせてあげるのだ。その方が『あの時、もう少し粘って欲しかった』などと後で愚痴を言われるよりはずっといい。


三佐:

「いいのか? 久しぶりに顔を出した私に、渡してしまって?」

ユフィリア:

「もちろんだよ!」

ニキータ:

「ええ、どうぞ。遠慮しないで」

三佐:

「困ったな、来なかったリーゼに恨まれてしまいそうだ」



トモコ:

「可愛い!このイヤリングのを貰っても?」

ニキータ:

「ええ、どうぞ」

ユフィリア:

「ルカちゃんも、受け取って」

ルカ:

「どうも。……ですが、なぜ、こんなことを?」

亜矢:

「決まってるわ。人気取りのために決まってるわ」


 〈グランデール〉のルカが冷静に疑問を口にした。しかし、タイミングの悪いことに、亜矢が混ぜ返してしまう。物事は自分を基準にしか考えられないというが、典型的な思い込みの激しさだった。


ユフィリア:

「亜矢さんには、これがいいよ!」

亜矢:

「ちょっと、ヤメっ」


 抵抗虚しく、襲いかかるユフィリアの好きなように弄くられ、アクセサリーを付けられてしまった。近くに居たトモコがサッと手鏡を渡す。


ユフィリア:

「すっごい似合う! 可愛い」

亜矢:

「うぐ…………その、あり、がと」


 鏡を見て、まんざらでも無かったのだろう。

 そんな亜矢の態度を見て、うららと花乃音が後ろでニヨニヨと笑っていた。亜矢も普段は素直になれないだけで、お礼も言わないような悪人ではない。それをみんな分かっているのだ。


 一通り配り終えて、締めの挨拶を行う。


ニキータ:

「使われている水晶は、ちゃんとした宝石ではありません。だから、お値段の方はあまり期待しないでね。……明るい所から、暗いところに持って行くと光ります」

ユフィリア:

「冒険に持って行ったりすると、モンスターに居場所がバレちゃうかも?」


 念のためにシュウトとの約束を果たしておく。笑い声が聞こえて来たのでこれで十分満足だろう。実際、本当の宝石ではないが、ドラゴンの素材を使っているので、逆に宝石の細工物よりも高くつく可能性もあった。

 宝飾品としては戦闘向きの特殊効果が無いため、そのまま防具として有用な訳ではない。ただし、鑑定士が鑑定するときに『能力付与』がされる場合がある。ドラゴン素材をメインで使っているので、付与される能力次第では、面白い値段になるかもしれないと石丸からは聞かされていた。


ニキータ:

「今後とも、我々ともども、ギルド〈カトレヤ〉を」

ニキータ&ユフィリア:

「「よろしくお願い致します」」


 ドレスのスカートを摘み、タイミングを揃えて上品に一礼する。これは何度も練習していたものだった。暖かな拍手の渦に包まれる。





トモコ:

「こら、エルム!」

エルム:

「これはこれは。トモコお嬢様は今夜もお美しい。素晴らしいドレスですね。夜会の帰りか何かでしょうか?」

トモコ:

「口先で誤魔化そうとしない。まーた飲んで来たの? 君ってヤツはぁ~、もぅ~」

エルム:

「ええ。お付き合いも大切な『お仕事』ですので」

トモコ:

「どうだか。ただ飲みたいだけなんでしょう?」

エルム:

「かも、しれませんね」


 笑顔のガードで曖昧に応えるエルム。


トモコ:

「君はデキル子なんだから、もうちょっとがんばってみない? その方が女の子にもモテると思うけど」

エルム:

「そうでしょうか?」

トモコ:

「そうだよ。ここだけの話、……密かに人気、あるわよ?」

エルム:

「それは別にモテているわけではありませんよ。飲み会要員として便利だからに過ぎません。酒飲みとして特Aクラスを自負しております!」

トモコ:

「まぁ、君が居ると盛り上がるけどね」


 彼は本人の自覚よりも女子に人気がある。顔立ちの基本ラインは整っている方だし、女性への態度も丁寧。話も面白くて笑わせてくれる。しかし、どうしてものっぺらぼうに笑顔を張り付けただけに見えてしまうのだ。そういう上辺な感じはあまり好きではなかった。

 

エルム:

「……なぜ、体をまさぐるのですか?」

トモコ:

「んー、どっかに『やる気スイッチ』があるんじゃないかと思って?」

エルム:

「私の求愛に応えて、やっと素直になってくれたのかと」

トモコ:

「だから、その辺が嘘くさいんだって。君が、もうちょっとやる気を見せてくれたら、考えてもいいんだけどねぇ」

エルム:

「心外ですね、私は常にやる気に満ち満ちています!」

トモコ:

「口先ばっかり。……だったら、さっさと何処かに所属して、お仕事しなさい。このまま冠婚葬祭部長にでもなるつもり?」

エルム:

「いやぁ、そこはもう、部門連絡会としてトモコさんの下で働く所存であります!」

トモコ:

「……コキ使うよ? 青島くん」ジト目

エルム:

「お手柔らかにお願いします、すみれさん」にっこり


 卒がない。なさ過ぎだ。こういうところが問題なのだろう。『本気を出さない病』の症状が悪化している。現実世界でも本気を出してくれるのなら、かなり楽な生活ができそうな気がするのだが、尻を叩く程度ではどうにかなりそうもない。


トモコ:

「部門連絡会ねぇ、……本気?」

エルム:

「勿論です。……(情報の重要性を理解していれば、他の選択肢などありえませんよ)」ボソッ

トモコ:

「ふーん、だけど、なんだかこのところ愚痴られることが増えてて」

エルム:

「そうなのですか?」

トモコ:

「あっちばっかり優先するなとか、いい素材がないとか、そんなのばっかりよ。人と話すの好きだからいいんだけどね」

エルム:

「なるほど、なるほど」


 人と話をするのが好きなせいで『部門連絡会』の名前をつけられる羽目になったのだが、仕方がないと諦めていた。どうしたって連絡係は必要になる。念話では出来ない話もあるのだし、誰かが橋渡しをしなければならないこともあるだろう。〈海洋機構〉は大きくなり過ぎてしまって、人の顔を覚えられなくなっている。自分のような『話し好き』が人と話をしなければ、他人だらけになってしまう。


トモコ:

「…………」

エルム:

「なんですか、ジッと見つめて?」

トモコ:

「何かいいは方法ないの? パパッと解決してみせてよ」


 そうエルムはとんでもなく有能だと言われている。仕事しているところを見たことがないけれど、人によってはそのせいで嫌われてすらいる。アイツをもっと働かせろ!と言う人もいるが、アイツを絶対に働かせるな!と言う人もいる。


エルム:

「無茶を言いますねぇ。方法はありますが、時間が掛かりますよ」

トモコ:

「どんな方法?」

エルム:

「銀行です。 銀行を作れば、いま言った問題はだいたい解決するでしょう」

トモコ:

「そうなの? どうして?」

エルム:

「実社会の経験があれば、銀行の重要性は分かるはずですよ。金融は経済の動脈といいますからね。……この街は今、ほとんど全てがニコニコ現金払いなのです。これだと資金繰りがとても面倒になります。投資した資金を一度回収してから、次の投資先に回さなければなりません。これでは全てに時間が掛かってしまいます。信用創造でお金を増やし、レバレッジをかけて数倍の投資額を使うことができれば、一度にたくさんのことができるようになるでしょう。長期的な投資も増やせるでしょうね。経済発展の速力は指数関数的に増大するはずです」

トモコ:

「じゃあ、君が作っちゃっおうよ。銀行」

エルム:

「簡単に言ってくれますねぇ。……残念ながら今はまだ無理です。だいたい半年先ぐらいまで待たなければならないでしょう。今から作っても失敗するだけですから」

トモコ:

「どうして?」

エルム:

「需要と供給の問題ともいえます。必要性があって、初めて成功が見込めるのですよ。……たとえば、学生などは現金での確実なやりとりを好み、借金することに抵抗があるかもしれません。こんな早い時期から銀行施設を作ったとしても、借金に対する抵抗感を増幅するだけかもしれませんね」

トモコ:

「うん。私も借金するのは、ちょっとイヤかも?」

エルム:

「しかし、ゆくゆくは借金できる組織と、借金できない組織とで線引きされ、豊かさに差が付くことになるでしょう。これは成功法則をパラダイムシフトさせるのに近いことなのです。準備期間も無しでは厳しいところですね」

トモコ:

「……それ、銀行を作ってもあまり解決しないんじゃない?」

エルム:

「そういう側面もありますが、総合するとアキバの経済規模では、銀行は『まだ不必要』なのです。必要性がパンパンに膨らんで、破裂する半歩前に差し出す。そうして、ようやく上手くいくものですよ。ただ思い付いたからといって、早いもの勝ちになどなりません。それに……」

トモコ:

「それに、何?」

エルム:

「〈海洋機構〉の名前で銀行をやるのは、ちょっと難しいところですからね」

トモコ:

「どうして? 信用創造で資金が増えるなら、銀行屋さんをやった方が儲かるんじゃない?」

エルム:

「もともとウチのギルドは、こと資金に関しては最も有利なポジションにいます。単純に人数が多いということは、力ですからね。ほかから借金などしなくても、ギルドメンバーから集めれば、大抵のことはそれで済んでしまいます。これは他のギルド、〈D.D.D〉はもとより、生産ギルドである〈ロデリック商会〉や〈第八商店街〉の追随すら許しません。

 ……あまりにも有利過ぎるので、ここで銀行の話を持ち出したとしても胡散臭い話になってしまうでしょう。たとえば、〈海洋機構〉が他の生産ギルドを潰しに掛かろうとしている、などの陰口を言われる程度なら軽い方ですね」

トモコ:

「『おまえらには必要ないだろ』ぐらいは言われるかもしれないわね」

エルム:

「そうです。誰か、外部の人間が提案したものに乗っかる、といった形になるのが望ましいのですよ。〈海洋機構〉が、ではなく、〈円卓会議〉が設立する銀行という方が、アキバ全体の発展にふさわしいモノですから」

トモコ:

「なんだか夢みたいな話じゃない?」

エルム:

「ええ。思い付くだけなら、誰でも思い付きます。実際に実現させようと動けるかどうかが真の問題でしょう。金貨を調達するのか、金貨を鋳造するのか。もしくは紙幣にするのか、偽造対策をどうするのか、……と言った具合で、決めなければならないことも沢山ありますからね」

トモコ:

「……エルムは、どうしてその話を私にしたの?」

エルム:

「私の記憶では、貴方からの質問に答えたつもり、だったのですが?」にっこり


 ――部門連絡会として、このアイデアをギルド中に拡散して欲しいのかどうかを確認しようとしたトモコだったが、エルムの真意は計れないままだった。彼女は自分の胸だけに秘めておこうと考えた。軽々に口にすべき内容ではなさそうに感じる。


トモコ:

「そうだ。……ちょっと、見てくれる?」

エルム:

「なんでしょうか」


 明かりの途切れている所にまで歩いて行き、振り返る。ユフィリア達から貰ったイヤリングが光っているはずだった。


トモコ:

「どう? 光ってない?」

エルム:

「ほぅ。珍しいものの様ですね。デザインも素晴らしい。とてもよくお似合いですよ」


 狙い通り、エルムは少し大げさに驚いた風のコメントを返してくれる。プレゼントされたばかりのイヤリングの自慢をしたかったので、欲しい反応をそつなく返してくれるだけであっても、やはり嬉しいものだ。


エルム:

「それを、どちらで?」


 エルムの丁寧な口調の問いかけに、ほんのちょっぴり剣呑なトゲが混じる。それは『どこの男性から貰ったのか?』といった意味に受け取る。軽い駆け引き(ゲーム)が、女としての部分を満足させる。最前線から退いているにしても、退役したつもりはない。


トモコ:

「今夜の女子会。ユフィとニキータからのプレゼントでね、みんなに配ってたの。宝石じゃないらしいけど、デザインも可愛いし、気に入ってるわ」

エルム:

「ユフィとニキータ……? ああ、“半妖精”とその“王子”のことですね。彼女たちが配ったというのですか? コレを?」


 やはりエルムも知っていた。有名な二人組だから当然だろう。しかし、もう二人組ではないのだ。名前も無いような小さなギルドに入ったと知って、最初は驚いたものだ。『銀剣のシュウト』が一緒でなければ、納得できなかったに違いない。


エルム:

「みんなというのは、何人ぐらいなのですか?」

トモコ:

「30人弱かな? いくつか種類もあって」

エルム:

「しかし、宝石じゃないとは言っても、30人分ともなれば、結構な額になりそうなものです。……なぜ、彼女たちはプレゼントしたりしたのでしょう? 普段、こういうプレゼント交換のようなこともしているのですか?」

トモコ:

「そんな、ないない。お菓子を持ち寄ったりする程度よ。みんな個人で参加してるから、そんなお金とか掛けられないし」


 ギルド代表みたいな顔をしているけれど、こんなお遊びのためにお金を出してくれ、なんて上に頼める訳もない。

 理由を考えているのか、難しい顔になったエルムに慌てる。ちょっと自慢して、少し誉められたかっただけなのに悩ませてしまったようだ。


トモコ:

「えっと、あの子達、少し前にギルドに入ったのよ。ギルドからのご挨拶ですって言ってたけど。なんて名前だっけかな。花の名前。蘭の一種で……カトレ()だっけな? 違う、〈カトレヤ〉だった」


 念話のフレンドリストで確認したので、間違いない。


エルム:

「〈カトレヤ〉?…………はて、最近どこかで?」


 エルムも少し上を見ていた。たぶん同じように脳内でフレンドリストを触っているのだろう。

 ゴブリンが大挙して襲ってきた時、所在なさげな感じで暇そうにしていたので、通信士の仕事をやるように私が押しつけたのだ。つまり、今のエルムは通信士の仕事をしていて、フレンドリストに100件以上の新しい名前が登録されていることになるのだ。


エルム:

「そうか、()か…………」


 納得したかの響きでそう呟いた。例えるならば、複雑なパズルで重要なピースを見つけたかのような、もしくは、最初からそこにあるべきものが、本当にそうであることが分かったかのうような、そんな感じに見えた。


トモコ:

「えっ? ちょっと……」


 無言のまま、おもむろに距離を詰めてくる。一歩後退したが、そこは壁だった。逃げられない。大胆な、あまりにも大胆なアタックだった。足の間にまで踏み込まれ、柔らかなスカートがゆがむ。男性の匂いに混じってアルコールの匂いがした。

 顔が近づいて来て、思わず目を瞑った。


トモコ:

(…………?)


 1秒、2秒と待っても、何も起こらない。目を開けてみると、なんと、イヤリングをじっと観察していただけらしかった。まず唖然とした。次にわけのわからない怒りを感じた。最後に心の中で悪態と文句が入り交じったものを毒づく。


エルム:

「これは……?」


 いつも笑顔なエルムの細い目が見開かれる。考えをまとめるためか、キスができそうな距離からようやく一歩後退した。口元に手をやり、目がスッと細まる。

 一言、文句を言ってやろうと思ったのだが、考え事の邪魔はできなかった。こういう自分の性格は、普段は好ましくても、今回は残念な気がする。


 エルムは、静かに笑った。

 今さっきのドッキリのせいもあったのだろうか、心臓が跳ね上がる。表情はさほど動いていないのに、全然違っている。張り付けた笑顔ではなかった。世界の全てを敵にまわしているかのような不敵さで、面白そうに笑っていた。肌が泡立つ感覚が全身に広がっていく。


トモコ:

(『やる気スイッチ』が入るトコ、みちゃった……!)


エルム:

「さっ、行きますよ」

トモコ:

「えっ、えっ? ドコ?」

エルム:

「まずはギルマスのところです」


 手首をぎゅっと掴まれ、そのまま引きずられそうになる。


トモコ:

「ちょっと、この格好で?!」

エルム:

「ははは、見せびらかしてやりましょう」


 よくわからずドレス姿のまま、ギルマスのいる鍛冶工房まで引っ張られて行くハメになっていた。





エルム:

「大将! お話があります」

ミチタカ:

「…………結婚の報告か?」

トモコ:

「ち、違います」


 艶やかなドレス姿のトモコを連れ、エルムがやって来る。駆け落ちでもするのか?というような格好をしている。からかうと、照れた様子でトモコは握られていた手を振り払った。横目で動きを追いながら、『また面倒なヤツが来たぞ』と警戒していた。間を取るように、タオルで汗を拭き、とっくにぬるくなった水でノドを湿らせる。


ミチタカ:

「で、なんだ? 20万以下の決済なら、許可は要らないと言ってあるだろう」

トモコ:

「そ、そうなの?」

エルム:

「いやだなぁ~、それじゃ足りないからココに来たに決まっているじゃないですか~」


 金貨で20万枚までの決済に許可が必要ないというのは、部門長にならともかく、ただのギルドメンバーには到底与えられないような権限だ。トモコが驚くのも当然だろう。そんなことをしたらギルドが崩壊してしまう。こんな特例を与えているのはエルムぐらいのものだ。第一、これ以上の金額を都合するには、少なからず内部で調整が必要になる。ギルドマスターだからと言って、自分が簡単にどうにか出来る訳でもない。


ミチタカ:

「いくらだ? 50か?」

エルム:

「そうですね、最低でも100。150は用意したいところなんですが」

トモコ:

「げ、げえ」


 トモコがそんな声を出すところは聞いたことが無かったし、本音を言えばあまり聞きたくは無かった。エルムは平気そうな顔で「あまり品が良くありませんでしたよ」などとツッコミを入れている。デリカシーに欠ける気もしたが、こういうものは相手にもよるのだ。親切で無視すると『ツッコんでくれ』と言って怒るのもたまにいる。


ミチタカ:

「もうすぐ総会があるだろう。そこで議題に乗せればいい」

トモコ:

「ギルマス、なんか彼に甘くないですか?」

エルム:

「申し訳ありませんが、ギルド総会で間に合う程度の話でしたら、大将にご迷惑をお掛けしようとは思いません」

ミチタカ:

「“ご迷惑”なのが共通認識だったと分かっただけでも、今日のは収穫だったな。……いつまでに必要なんだ?」

エルム:

「大変、言いにくいのですが『明日の朝』です」

ミチタカ:

「…………」

トモコ:

「…………」

エルム:

「いやぁ、とても言いにくかったのでどうしようかと。……本当ですよ?」


 ツッコミ所が多すぎて、ドレにもツッコミを入れられない。もしや新手のツッコミ回避戦法なのか?と呆れるのを通り越して感嘆してしまう。


ミチタカ:

「儲かるんだろうな?」

トモコ:

「ミチタカさん!」

エルム:

「それは、もう。利益も大きいですが、潜在的な価値はその数倍にもなるでしょう。このギルドにとっても、アキバにとっても、これは重要な案件です」


 他人がどう文句を言おうと、最終的に納得させ、黙らせるにはどうすればいいのか。一番簡単な方法はデカく儲けることだろう。

 エルムという奴はいつもは暇そうにしていても、儲け話を見つけて持ってくると、ドカンと大きく当てる。嗅覚のようなものが利くのだろう。大きく儲けるので、こいつを好きな人間と嫌いな人間とに分かれる。鮮やかに利益を持って行かれる商売敵にとっても悪夢なのだが、後処理にてんやわんやしなければならない身内にとっても、同じように『悪夢』なのだ。


ミチタカ:

「裏は取れているんだろうな?」

エルム:

「今回は時間との勝負なのですが……」


 トモコから片側のイヤリングを借りると、「これを見てください」と差し出して来た。一目見ただけでも、かなり作りが良い。最高レベルの作り手の作品だろう。


エルム:

「暗いところでは、光ります」

ミチタカ:

「ほう、フローライトか?」


 蛍石(フローライト)自体は珍しい鉱物ではない。この世界での蛍石の性質が同じかどうかは確認しなければならないが、どちらにしても硬度が低いので防具などには使わない。光る性質を使って科学実験をするのなら、ロデ研に回した方がいいぐらいだ。


ミチタカ:

「おい。……こいつは?!」

エルム:

「わかりますか。ええ、間違いないでしょう」

トモコ:

「何かあったの?」

エルム:

「ドラゴンの素材を使っているのですよ」

ミチタカ:

「フローライト・ドラゴンだな。 扱ったことがある。確かレアモンスターだったと思ったが?」

エルム:

「これと同等のアクセサリーを30ばかり作ってプレゼントとして配ったそうです。購入価格で考えれば、金貨3000~3500枚と言ったところでしょうか。ニーキュッパならお買い得でしょう」


 ただの宝石だったとすれば、金貨800枚でも少し高い。しかしそれがドラゴンの素材を元にしているとなれば話は別だ。


トモコ:

「さっ、えっ? 3000もするの?それを30個も配ったってこと?」


 金貨3000枚を30個も配れば、それは当然、金貨にして9万枚を出費した計算になる。しかし、生産ギルドでは『そういう風』には考えない。


ミチタカ:

「普通のギルドがコレを作ろうと思ったら、原価割れだろう。5000は掛かりそうなものだが」

エルム:

「有名なブランドでもあれば、5000だろうと買い手はつくでしょう」


 条件によっては原価割れまではしないといいたいらしい。確かにその通りだ。素材購入から製作の手間賃までで5000近く掛かってしまうだろう。


ミチタカ:

「回りくどい話は止めよう。方法は一つだ。倒して剥ぎ取るしかない」

エルム:

「倒したかどうかはともかく、はい。そうなりますね」


 たとえば、モンスター同士が戦うか何かしていれば、倒れたモンスターを漁夫の利のように剥ぎ取ることは可能かもしれない。消滅までの間しか猶予がないのだから、その場に居合わせなければならないが、そういう幸運が無いとは言い切れない。だが、問題はそこではない。


エルム:

「今回の場合、ドロップアイテムではアクセサリーの数が問題になって来ます」

トモコ:

「何体ものドラゴンを倒さなきゃ、作れないよね」

ミチタカ:

「どういうことなんだ?」

エルム:

「結論としては『新しい方法』を使ったのでしょう。ドロップアイテムとして落ちるのを待たずに、自ら剥ぎ取りを行ってもアイテムとして獲得できることが分かっています」

ミチタカ:

「それなら一体のドラゴンの死骸さえあれば、30個のアクセサリーを作れるという訳だな」

エルム:

「そうなります」

トモコ:

「でもそれって、〈大災害〉の後ってことにならない?」


 少なく見積もっても、ドラゴン一体分のドロップアイテムを獲得したギルドがある、と言う話になりそうだった。今の〈D.D.D〉や〈黒剣騎士団〉にドラゴンを倒す力があるだろうか? やってやれなくはないだろうが、微妙な辺りだろう。


トモコ:

「どうしてプレゼントにして配ったりしたのかな? 9万でしょ? 勿体ないと思うんだけど」

ミチタカ:

「オレはもう金銭感覚が狂っちまっているが、確かに小ギルドがポンと出せる額ではないかもしれんな」

エルム:

「原価は半分ぐらいだと思いますが、言ってしまえば、そのぐらい使っても、大して痛くないということでしょう」


 金貨9万枚、原価を仮に5万と考えてみる。プレゼントとして配ってしまってもさほど痛くないということは、使った金額は全体の5%以下ということになりそうだった。5万が5%だとすれば、100%はその20倍、つまり金貨にして100万枚だ。

 少額を換金する場合は何も困らないが、100万ともなってくると、その方法はかなり限られてくる。マーケットに出品しても少なからず影響がでるだろう。ドラゴンの素材ともなれば、噂にならないはずがない。しかし、マーケットを見張っている連中からそんな報告は聞いていない。仮に自分たちで武具を作れる連中だったとしても、余った材料は売り払うのが自然な流れだろう。


エルム:

「問題は、言い方はアレですが、稚拙だということです」

トモコ:

「稚拙って?」

エルム:

「こんなやり方ではどこにも繋がっていかないでしょう。5万以上の出費をする意味がない。宣伝としては弱いのですよ。点がどこにも繋がらず、線にならない。このままでは女の子たちが宝石箱にしまって終わりです。

 ……何か、点を線に変える魔法でもあるのでしょうか?」

ミチタカ:

「目的か……。確かに気になるところだな」

トモコ:

「ただの挨拶だったりしてね。『これから商売を始めますよ、よろしくね?』みたいな」

エルム:

「…………ふむ」

ミチタカ:

「無いともいい切れんな」

トモコ:

「ごめん、適当に言ってみただけなんだけど」

エルム:

「いやぁ、さすがです。トモコさんにはいつも教わってばかりですね」



ミチタカ:

(さて。あとは伸るか、反るか……)


 後は決断するかどうかだった。〈海洋機構〉全体の経済規模からすれば、失敗のリスクがあったとしても許容できる範囲でしかない。巧くやれば継続的に取引可能な相手先になる可能性もある。小規模のギルドがドラゴンを本当に倒せるのかどうか。それよりも発見した戦ってることの方が問題かもしれない。これはあまり信憑性のある話とは言えない。

 内部の調整は本当に厳しい。明日の朝までだと、幾らかき集められるのか。強引に動いたとして、それを納得させる材料としてはいささか弱い。ハイリスクゆえにスルーしてしまってもいい案件ではないだろうか。


 エルムはフラりと、先程まで自分が作業をしていた炉の近くへ歩いて言った。材料に使っていた鉱石をひとつ、つまみ上げる。じろじろと観察しているが、安価でいくらでも手に入る素材の一つでしかない。最近は高価な魔法の素材は枯渇しつつあるので、おいそれと使ってしまえる訳ではない。鈍らないようにするための手慰みであれば尚更だ。


エルム:

「なるほど」ポイッ


 つまらなさそうに投げ捨てた。後ろも見ず適当に、どうでも良さそうな態度だった。


トモコ:

「エルム! ちゃんと元の場所に戻しなさい!」


 慌てたトモコの注意も聞き流し、自分のすぐ近くまで歩いて来る。全て、ちゃんと理解できているのだろう。


エルム:

「あんなモノを叩いていて、それで満足なのですか?」


 ささやくような声で、決断を迫ってくる。しかし、それはどうしようもなく安っぽい挑発だった。『笑う悪夢』は、リスクを選べと言外に命じている。

 自分はアキバ最大ギルドのギルドマスター。肩書きは立派なものだが、内情はそうでもない。ちっぽけなオヤジに過ぎない。そんなことは自分が一番よく分かっている。挑発されるまでもないことだ。できることなんてたかがしれている。ハラをくくって、責任を取るぐらいしかない。

 そうして、自分が何者だったのか思い出していた。



ミチタカ:

「……200だ」

トモコ:

「えっ?」

ミチタカ:

「金貨で200万枚、とりあえずは俺の名前だけで動かせるリミットはそんなもんだろう。名前は好きに使っていい。明日の朝までに集められるだけ集めてみるんだな。ケツはもってやる。……ただし!」

エルム:

「はい」

ミチタカ:

「ドラゴンの素材は必ず持って来るんだ。余所に渡すんじゃないぞ!」

エルム:

「了解であります!!」ビシッ


 笑う悪夢ではない、ただのエルムが折り目正しく敬礼していた。

 トモコは放り投げられた鉱石を拾い上げ、元の場所に戻していた。「男の子ってどうしてロマンを求めちゃうのかなぁ?」などとボヤいている。さもありなん。

 ハラをくくってしまうと気分が良くなってきた。貴族を相手に、ごちゃごちゃしたハラの読み合いに巻き込まれるのよりずっといい。


エルム:

「さ、行きましょう」

トモコ:

「また? なぜ? というかドコに?」

エルム:

「何故も何も、今度こそ正しく部門連絡会のお仕事じゃありませんか。経理部のジュボックさんをお願いします。私は調達部に。アムンゼンさんからは少しばかり多めに搾り取らなければなりません」

トモコ:

「まだドレスのままなんですけど。もういい加減に着替えさせて!」

ミチタカ:

「そのまま行け。その方が話が早くなるだろう」

エルム:

「そうですとも。よくお似合いですよ」にっこり


 あまりのことに目を白黒させているトモコをからかうのを忘れないでおく。これも大切な業務の一環だ。ギルドマスターは大忙しなのだ。





ニキータ:

「お待たせしました」

ユフィリア:

「オーケーだよ」

ジン:

「んじゃ、そろそろけーるか」


 もう深夜になろうかという時間なのだが、これからシブヤに戻ろうとしていた。一泊しても良かったのだが、今日は帰ろうということになっていた。きっと、朝食をどこで食べるかが問題なのだろう。

 ユフィリアとニキータが女子会から戻って来たのはしばらく前だ。ニキータが酒を飲んで赤くなっていたので、休憩を取っていたのである。ユフィリアは少々のお酒では何も影響ないらしい。ニキータが休んでいる間、何があったかを話していた。

 

シュウト:

「えっと、ちょっと時間ください」


 突然の念話に慌てて断りを入れる。申し訳程度の距離だけ離れて、通話状態にする。

 

シュウト:

「もしもし?」

エルム:

『夜分遅くに申し訳ございません。わたくし、〈海洋機構〉のエルム、と申します』

シュウト:

「エルムさん! どうも。どうかしたんですか?」

エルム:

『はい。〈カトレヤ〉様はシブヤにギルドを構えていらっしゃるとか。明日、是非ともお邪魔させて頂きたいのですが?』


 少しばかり余計に丁寧な口調に違和感を覚えつつ、遊びに来たいというのを断る理由もないし、と考えて返事をする。


シュウト:

「はぁ。別に、構いませんが」

エルム:

『失礼かとは思ったのですが、朝食がお済みになった頃でいかがでしょう?』

シュウト:

「……もしかして急ぎの用事ですか? ちょうどアキバに来ていますので、アキバで会いませんか? なんでしたら今からでも大丈夫ですけど」

エルム:

「ははは。えーっとですね、『商談』で伺いたいと思っているのです。急なことでしたので、こちらも準備でバタバタしていまして。先に担当者の方にアポイントをお願いしたかったのですが?」

シュウト:

「あ! そういう話なんですか? えっ、でも、それって……」


 予想外のところから振って沸いた話だった。それにしたって、ユフィリアたちが女子会で無料配布してから、まだ3時間は経っていないだろう。いや、スピードは問題にならない。相手はあの(、、)エルムなのだから。


エルム:

『ご理解頂けたようですね。もしかすると貴方が担当かと思っていたのですが?』

シュウト:

「いえいえ。……少々、お待ちいただけますか? 確認しだい、折り返しご連絡させていただきます」

エルム:

『分かりました。よろしくお願い致します』


 展開が早すぎてついていくのが精一杯だ。どういうことなのだろう。考えるより先に報告することにした。


シュウト:

「ジンさん」

ジン:

「おあー?」

シュウト:

「商談したいという人から、連絡を貰ったんですが……?」

ジン:

「……マジでか?」


 ともかく了承の旨をエルムには伝えて、我らは真っ暗な道を、シブヤに向けて歩き始めることになっていた。

 

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