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79  上座にて

 

シュウト:

「すみません、アキバに到着したので……」

さつき嬢:

『わかった。いつもありがとう』


 昼食後、用事のために出かける。アキバまではさつき嬢に念話しながら移動する。同行者がいないとこういう時間のやりくりもできる。本日の練習内容がテーマだが、話が複雑なのでまとめるのに時間が掛かってしまう。少し不甲斐ないが、さつき嬢に助け船を出して貰いつつ、なるべくニュアンスを大事にして伝えるように心がけた。これが復習にもなっているので、理解が進む部分もある。


 アキバには到着したものの、夜の飲み会までにはまだしばらく時間があった。『もう一つの用事』を済ませるべく、待ち合わせ場所に急ぐ。


シュウト:

「お待たせしました」

副隊長:

「いや、こっちも着いたばかりだ。時間通りだな」

シュウト:

「基本です。それで、お話というのは?」

副隊長:

「こんなところで始める気か? まずは落ち着けるところに行こう。こっちだ、ついてこい」


 もう一つの用事とは、シルバーソード時代の副隊長からの呼び出しだった。これはカトレヤのみんなには言いにくかった。ゴブリン戦で駆り出された話の続きである。だが、いまの状態では古巣への借りは残っていないだろう。逆に謝礼のひとつももぎ取って帰るぐらいのつもりだ。


 案内されたのは近場の喫茶店らしき場所。無意識に上座を譲って座ろうとすると、強引に奥に行くように促される。そこまで上客の扱いをされるはずもない。何かあるのだろうとは思ったが、ともかく目の前のことに集中する。考えられる話題はそれほど多くはない。


 せっかくのオゴリなので、目一杯高いものを選んで注文する。飲み物が運ばれてくると、さっそく本題に入る副隊長だった。


副隊長:

「どうだ、そろそろ戻ってこないか?」

シュウト:

「えっと、この間の謝礼が貰えるんじゃないかって、期待して来たんですが?」

副隊長:

「なんだ、交渉術か? 世慣れたな」

シュウト:

「……苦労してまして」


 戻ってくるように誘われる可能性も、正直に言って考えてはいた。……というよりも期待していた、と言うべきだろうか。もちろん戻る気持ちなどないのだが、相手にはそう言わせたかった部分はある。自分の価値を認めさせたい欲求だろうか。

 それが妙にあっさりと叶ってしまい、少しばかり拍子抜けしてしまう。勝ったと思うような高揚感や、達成感はない。子供じみた意地だったな、と反省する。意地が汚くなっては、よくない。


シュウト:

「ありがたい申し出ですが……」


 なんの有り難みも感じないままに、断る時の常套句を口にした。


副隊長:

「…………おまえ、この世界についてどう思う?」

シュウト:

「どう、とは?」


 突然の話題変更は副隊長のスタイルだ。しかし、質問が漠然とし過ぎていて、どうにも意味がとれない。


副隊長:

「いいと思うか、悪いと思うかだ」

シュウト:

「いいと思っています」

副隊長:

「本気か?」

シュウト:

「はい。マイナスよりも、プラスの方が大きいです。もともと、大学に行かない時間は、部屋に篭もってゲームばかりしていたせいもあるかもしれません。人との出会いがあって、学ぶことがあって、成長の手応えがある。なんだかんだと充実しています。

 モンスターがそこらじゅうにいるような異世界ですけど、だからこそ、人との繋がりだとか、絆みたいなものが深く、暖かく感じられて……」


 言葉にはしなかったが、夜空に輝く星のような彼方の目標に向けて、一歩、また一歩と努力を積み重ねていくのは、意外にも自分の性に合っているようだ、と思っていた。むしろジンが存在するのは、直ぐ隣の見える距離の『異世界』だったりするのだが。

 

副隊長:

「俺は、なんだか居心地が良過ぎる気がしている。このまま、この世界で落ち着いてしまいそうで、それが怖くなってきた。前線で戦っていて、死ぬこともないではないが、仲間の蘇生魔法か、大神殿かで、直ぐに生き返ることができる。そうしたら、怖さがどんどん無くなっていってる気がしてな。今じゃ、もう戦うことも、いや、死ぬことも怖くはない。

 ……この不安を無くしてしまったら、どうなるのかって考えるんだ。いつしか自分の魂がなくなって、そこにはただのゲームキャラクターだけが残るんじゃないのか、ってな」


 弱気な副隊長とは、まったく意外なものを見た。実に反応に困る。

 言わんとする内容には共感を覚える。前線に立っている人間ゆえの感想であり、焦りだろう。現状への満足感を拒絶して、次のステージを目指す。そこには戦闘ギルドらしいストイックさが感じられる。


副隊長:

「この世界は、ゲームとしての約束事が崩れつつある。今の内にどうにかしなきゃならん」

シュウト:

「約束事?」

副隊長:

「ゲームバランスのことだ。先日のゴブリン討伐もそうだろ? ゲームの枠組みが壊れはじめて感じる。これがゲームならば、元の世界にだって帰れなきゃおかしいが、このままだといずれゲームでは無くなってしまうだろう。ゲームじゃなくなってしまえば、帰れなくなっても別におかくない。

 ……なぁ、戻ってこないか? 俺たちには戦力になる人間が、もっとたくさん必要だ」

シュウト:

「すみません……」


 『ゲームであること』にしがみついていた元の仲間達は、ゲームが終わろうとしていることで、足下が崩れる感覚を味わっているのかもしれない。最初に〈シルバーソード〉を退団しようと決めた時の、なんともいいようのない感覚が蘇ってくる。たったの3ヶ月だが、もう思い出せないぐらい昔のことになってしまっていた。

 残念ながら、副隊長の感じている不安に対して返せる言葉の持ち合わせはなかった。


副隊長:

「いや、結論は急がなくていい。お前のことだ、状況を理解すれば戻って来たくなるだろう。それと、ウィリアムもお前には期待していた」

シュウト:

「ギルマスが……」


 ダメ押しのつもりだったのだろう。手応えにニヤリと微笑む副隊長だった。押され気味なのを自覚する。交渉事には慣れない、などといつまでも言っていられる訳でもない。


シュウト:

「今日は、この辺で失礼します。」

副隊長:

「バカ野郎、奢った分ぐらいは付き合え。……それはそうと、ミナミの話は聞いているか?」


 そこから30分ばかり、なんだかんだと色々な話に付き合わされる。副隊長がここまでお喋り好きだったとは思わなかった。

 話の内容は、最先端の情報に触れている人にとっては目新しいものは特になかった。こちらが弱小ギルドに入ったと聞いて、知らないこともあるだろうと、気を利かせてくれたらしい。


 ミナミの|〈Plant hwyaden〉《プラント フロウデン》に関しては、噂話と推測がごちゃ混ぜになったレベルの話しか出ない。こちらからも何か言おうかとも思ったが、まさかミナミまで出かけて行って、〈スザクモンの鬼祭り〉に巻き込まれて帰って来た、などと話せる訳もない。


 以前、ジンに「対外交渉で使えなくなるかも」と脅されたのがようやく少し理解できた気がした。ロクに話せることがない上に、表情を読まれたら何か知ってることまで見抜かれてしまう。知らないでいる方が安全なのだが、あの時は知らずに済ませることはできなかった。たとえあの時に戻れたとしても、何度やったところで結果は同じになるだろう。


シュウト:

(見えてるものが、違うんだな……)


 戦闘ギルドが攻略の最前線にいるものだとばかり思っていたが、案外、自分達は進んだ位置にいるらしい。

 会話の端々から戦闘ギルドのプライドのようなものが臭って、鼻に付く部分もあった。〈シルバーソード〉の、この感覚の中にそのまま居続け、完全に染まっている自分を想像してみる。今の状況とどちらが幸せなのか?と考えてみたが、比べるだけ無駄だった。幸せの種類が違う。しかし、自分にとってどちらの幸せが好ましいか?に関しては、答えはとっくに出ていた。

 それと91レベル到達の進行状況も聞けた。〈黒剣騎士団〉と先を争っているそうだが、もうすぐらしい。


シュウト:

「では、今度こそ失礼します」

副隊長:

「またな」

シュウト:

「またって、次があったとしたら、今度は報酬ぐらい用意してください」

副隊長:

「なんだ、奢っただろう?」


 おどけるように誤魔化す副隊長を尻目に、今度こそ店を後にした。ようやく感謝の気持ちが胸に沸き上がってくる。自分に良くしてくれる人には、元気でいて欲しい。たとえ道は違っていても。



副隊長:

「……ヒョイヒョイ帰ってくるもんだと思ってたが。見込みが甘かったか」 


 ――副隊長がひとりごちる。

 シュウトの座っていた場所のすぐ背後の席に、店内で不自然にフードをかぶった人物がいた。シュウトが帰った途端、鬱陶しそうにフードを跳ね上げる。派手な銀髪があふれ出て、露わとなる。エルフ独特の癖のある容貌。〈シルバーソード〉のギルドマスター、ウィリアム・マサチューセッツその人であった。


ウィリアム:

「何が交渉なら任せろ、だ。最初っからダメだといっただろ」

副隊長:

「フン、今のは俺のせいじゃない。誰かにカリスマが無いせいだ」

ウィリアム:

「なんだ、オレのせいだってのか?」

副隊長:

「ほぉ、カリスマの無さに自覚があったのか?」


 強く目を逸らすと、フン、と鼻をならすウィリアムだった。





シュウト:

「ごめん、遅くなったかな?」

静:

『ぜんぜんですよ!勝手に始まっちゃってますけど、ノリがいいだけですから! じゃあ近くなんで、迎えに行きますね!』

シュウト:

「どの辺り? こっちが行くから、店の前で待っててくれる?」

静:

『すみません。中央通りの肉屋ってわかります? あそこの3件隣の通りの、そうですそうです! じゃあ、おまちしてまーす!』


 次の予定は、ゴブリン軍討伐の際、部隊を組んだ仲間との飲み会だった。数日とはいえ、かなり濃密な時間を過ごした相手なので、約束を断ることはしたくなかったのだ。

 時間には15分程度の余裕を見ていたつもりだったが、待ち合わせ場所には誰もいなかった。主催者の“ぜんぜん静かじゃない”静に念話してみると、すでに酒盛りは始まっていたらしい。黙ってみんなで突っ立っているよりはいいかもしれないが、時間に遅れた人がこぼれてしまわないのかと気になってしまう。


シュウト:

(もう一週間? まだ一週間、かな……)


 ぽつりと一人でアキバの街を歩き、さっきまでは気が付かなかった熱気のようなものを感じる。

 ゴブリン軍との戦いから六日。アキバの街は初めての敵の存在に燃え上がっていたし、まだその熱は冷めていなかった。お風呂で言えば、やっと入り頃の温度といったところだろう。


 ゴブリン戦役は、一応の終結をみている。今後も北からの進軍には注意するのだろうが、戦時下のような警戒態勢は解除される。〈D.D.D〉のような大手のギルドが前線から戻ってくれば、徐々に『これまでのアキバ』へと戻っていくことになるはずだ。ただし、『これまでのアキバ』なんて都合のいいものがあったかどうかは、かなり微妙なところだが。


シュウト:

(彼女、どうしているかな……?)


 彼女――ユミカはまだ、前線にいるのだろうか。そう意識してしまうと、街でばったり会ったりしないかが気になってくる。会って顔をみたいような、気不味いから会いたくないような、複雑な感情を持て余す。『もう関係のない人』といった様な単純明瞭な割り切り方は出来ずにいる。ゴブリン戦の余波に燃えるアキバのように、自分の中にもまだぬくもりのような温度が残っているような気がした。


 彼女と別れる切っ掛けとなった丸王たち〈黒曜鳥〉(ブラックスワン)は、今も行方不明のままだ。葵も情報を得られないでいる。

 〈カトレヤ〉では誰も何も言わないが、〈黒曜鳥〉への警戒はむしろ増していた。〈冒険者〉は殺しても死ぬことがない。戦って倒しても、それが決着とはならないのだ。


 ところが皮肉にも、ユミカが〈D.D.D〉のメンバーだったお陰で、〈黒曜鳥〉はアキバ内での立場を失う結果となった。アキバのどこかに潜伏しているか、別の街に移動している可能性もある。もっと言えば、単にギルドを解散し、名称を変えて再結成する方法もありえる。脅威を完全に取り除くことは難しいが、組織に対して大きなダメージになったのは間違いない。その影響がどういう形で現れるかだろう。八つ当たりの復讐を狙っているかもしれないし、萎縮して大人しくなるかもしれないし。


静:

「ココでーす!」


 静がこちらを見つけたらしく、ブンブンと手を振って合図を送ってくる。思考は保留し、軽く小走りで向かうことにした。 





静:

「真打ち登場! 我らが隊長の入場でーす!」

シュウト:

「ど、どうも……」


 意図せず遅れての登場となってしまい恐縮する。マシンガンの集中砲火のように、みんなの視線が自分に向けられ、自分の顔が穴だらけになりそうだ。


 店内の様子からすると、特に『居酒屋』という訳ではなく、通常の食事所の一角を貸し切って宴会をしているもののようだ。食べ物にパスタやピザが並んでいるのが特徴だろう。別の一角でも余所の宴会客がいるようなので、こういう使われ方をされる場所らしい。


 奥の方の席を勧められ、泳いでかき分けるように奥へ。そー太に謝って中に入る。6人掛けのテーブルが5つ。みんなイスを移動させて思い思いの場所に座っているらしい。自分の座る場所だけは壁から座面が突き出ているタイプだ。本日2回目の上座でもある。


 店員らしき〈大地人〉のウエイトレスに飲み物を注文しようと思い、みんなが何を飲んでいるのか観察する。ところが、未成年までまとめて麦系大人ジュースを飲んでいるような気がして、頭が痛くなってくる。


静:

「じゃ、ここいらで隊長から一言、お願いします!」

シュウト:

「いきなり!? えっと、お疲れさまです。遅くなってすみません」


 その場に立って、ぺこりと頭を下げる。「おっせーよぉ!」「まってた!来るのずっとまってた!」などのヤジに頭をかく。


静:

「あー、すいません。それはアタシのせいです。遅れて登場して貰おうと思ったんで、30分ばかし遅く集合時間を伝えときました! でも15分前に来ちゃったんで、迎えにいけなかったりしました!」

シュウト:

「そ、そうなんだ? ……えっと、ともかく今日は楽しみましょう!」

静:

「でわでわ~、改めまして、くわんぷわ~い!」

みんな:

「「かんぱ~い!!」」


 注文する自由は無かった。大人麦ジュースを手渡され、乾杯のかけ声であおる仲間達に続く。年齢はバラバラだし、〈冒険者〉は見た目で判断が付きにくいからアレだけども、これはいいのだろうか?という疑問と共に半分ばかりノドに流し込んだ。苦い。


シュウト:

「けっこう集まったね」

静:

「隊長の名前を出したら一発ですよ!」

シュウト:

「じゃなくって、主催ってどうやってやってるの? 全員をフレに登録してたってこと?」

静:

「まさか~。通信士のエルムさんに協力を依頼しました!」

シュウト:

「……よく、引き受けてくれたね」

静:

「えーっ? すっごい軽い調子で『そういうのは得意だからまかせろ』って感じでしたよ!すっごいスピードで『アレとコレと決めてね。わかんない? じゃあこっちでテキトーに決めちゃうけどいーい?』みたいな」

シュウト:

(うーん、目に浮かぶようだ……)

静:

「あ、でも、今日は予定が重なっちゃってるみたいで、顔出すつもりだけど、ちょっと遅くなりそうだって言ってましたよ。隊長と話したいそうです!」

シュウト:

「そうなんだ?」


 エルムとは少しばかり話がしてみたいような気もする。ジンたちとは別の意味で、彼も凄腕だ。


 ちょこんと座ってしまうと、後はひな祭りのお飾りにでもなったかのようにやることがない。もう隊長ではないので、隊長と呼ばれると困ってしまう。ここではただの大学生に過ぎない。人生的にはずっと先輩の人も混じっていた部隊だった訳で、どうしていいのかよくわからない。


シュウト:

(まぁ、大人しくしていればいいのかな……?)


 隊長だったために、こういう場でも主役級の扱いを受けているだけで、本当はお飾りのはずだ。にこにこしているのがここでの仕事だろう。


そー太:

「隊長! ここのピザうまいから喰いなよ!」

シュウト:

「ありがとう、いただくよ」

サイ:

「サラダも、ある……」

シュウト:

「うん。野菜もたべなきゃね」

みんな:

「…………」

シュウト:

「…………」もぐもぐ



 ――この場合、『鈍感野郎』と書いてシュウトとルビを振る。

 『仲間になりたそうにこちらをみている』系の熱視線にもまるで気が付かず、周囲をヤキモキさせたまま長時間の放置プレイに入るシュウトであった。

 これは順番も悪かった。普段は鈍くても、戦闘になると別人のように輝き出すのが周囲からみたシュウトの評価、になりやすい。……ところが出会いが戦闘状態で、そのまま数日を過ごしてしまっている。レイドの連携を成立させるためだけに、あらゆる工夫をし、コミュニケーションを密にすることも厭わない。

 そんな調子で、普段のシュウトの鈍いところにはお目にかかる機会はなかったのである。目的がないと動き方が途端に分からなくなるらしい。このあまりの違いに調子が狂い、間を掴めなくなってしまうのも道理である。

 案の定、(誰が話しかけにいく?)といった水面下での牽制にもさっぱり気が付かない。そのまま時間だけが過ぎ去っていった。雑談レベルから先に進む気配はない。 


 そのような攻防とは関係ないまま、盛り上がっている人達を眺め、(ああ、飲み会も楽しいものだな)などとノンキをかましているシュウトなのであった……



エルンスト:

「おい、もうちょっと優しくしてやったらどうだ?」

シュウト:

「えっと、スミマセン……?」


 何を注意されたのかよくわからない。やれやれ、という顔で酒を勧められる。礼を言って一度受けてから、逆に相手のコップにも注ぐ。年輩の人に先に注がせてしまって恐縮である。ちょっとタイミングが遅れてしまった。


エルンスト:

「君は、アキバのどこら辺に住んでいる? 東側か?」

シュウト:

「いえ、今はシブヤなんです」

エルンスト:

「ほう。だが、シブヤじゃ不便だろう?」

シュウト:

「もう慣れちゃってますけど、そうなんですよね……」


 ――流石に、自分の話を周囲の人々が聞いているのには気が付いている。しかし、なぜ注目されているのかには想像が及んでいない。シブヤに住んでいるなんて珍しいのだろう、ぐらいのものだ。


エルンスト:

「そういえば、あの後はどうなった? 彼女とは大丈夫だったか?」

シュウト:

「あの時は、とても助かりました。みんなにもお礼を言いたかったんです。でも、残念なんですが……」

エルンスト:

「そうか……」


 ――脅威の聞き耳率の高さで内容を把握するや、水面下での牽制は一挙に戦いへと昇華しようとしていた。……ところが、ここでアクシデントが発生する。


静:

「1げっとズサーーっっ!」

シュウト:

「ちょっ、ちょっと?!」


 ――並んで座っているのも構わず、静が華麗にダイブ。シュウトは咄嗟に壁側にもたれてスペースを作る。そー太もその動きを反射的に真似ている。周囲をまきこんで静はシュウトにタックルを決める。暴走王、爆誕。

 

静:

「シュウト隊長、ゲッツ!」

そー太:

「ゲッツじゃねぇだろ! バカかお前は!」

名護っしゅ:

「ゲッター、タヒね!」

シュウト:

「大丈夫? かなり酔ってるみたいだけど」

静:

「そんなことはいいんです。別れたんですか? 別れたんですよね? さぁ、答えましょう。別れました? まだ別れてない? どっちなんですか!いや、むしろ別れてて欲しい!」

シュウト:

「………………(こくり)」


 そんな言いにくいことを大声で連呼されても困る。周囲の視線が痛い。対処に困り、軽く肯いて答えを示すことにした。目一杯、嫌そうな、苦い顔をしたつもりだった。


静:

「いやーん、別れちゃいましたか!そうですか! でわっ! 隊長はフリーなので、あたしがもらっちゃいます! ゲッツです!」くわっ!


 喝采とブーイングが渦巻く店内で、突然の所有宣言を(なぜか下敷きにされながら)聞かされている自分の未来はどっちなのか?と自暴自棄な気分になって聞いていた。


シュウト:

(もしかして『モテる』って、こういう目に遭うことを言うのかなァ? 何も良いこと無いような気がするんですが、ジンさん……)


 別れてまだ一週間すら経っていない新しい傷口なのに、塩を塗り込むような『別れました宣言』までされている。もう泣きそうだった。今なら涙を流しても許されるのではないだろうか。


エルンスト:

「ゲッツじゃない。飲み過ぎだ馬鹿者。主催がそんなんでどうする」

まり

「ずるいぞ!」

りえ

「フライングだ!」

静:

「フライングゲット! トライですよ! なんでダメなんですか? 審判は買収されてますか? また韓国が裏で手を回したんですね? なんて汚い奴らだ!」

レイラ:

「フライングは無効!」

赤音:

「無香空間。レノアハピネス」

エルンスト:

「ドサマギに韓国のせいにしてるんじゃない。……おい、サイ。お前の相方だぞ、どうにかしろ」

静:

「フライングハピネス!」

サイ:

「酔いが醒めたら死ぬほど後悔する。だから別にいい」

そー太:

「よくねーだろ! 今、この瞬間、迷惑なんだろ!?」

静:

「たいちょ~。うへへへ」くんかくんか

シュウト:

「ああ、なんか匂いを嗅がれてる……」

大槻:

「ダメだ、こりゃあ!」





〈大地人〉ウェイトレス:

「あの、ら、らすとおーだー? になりますっ!」


 ラストオーダーの意味も良く分かっていない感じの〈大地人〉ウェイトレスの態度に、時間制らしきことを知る。どうやら〈冒険者〉側の文化に染まりつつあるらしい。


エルンスト:

「よし、ラストだからバンバン頼めよ!」

静:

「ハイハイハイ! 飲みます! まだ飲むよー!!!」


 なぜか気勢をあげるエルンストに疑問を感じつつ、しがみついて匂いを堪能していた静がどこかに行ってくれてホッとする。 


そー太:

「エルムの兄貴は来なかったなぁ」

シュウト:

「そうだね。忙しいんだよ、きっと」

そー太:

「あのさ、隊長は聞いてるか? ススキノまで遠征軍を出すらしいんだよ」

シュウト:

「そうなんだ? いや、初耳だよ」


 ススキノの治安悪化は噂で知る程度だった。困った問題だとは思うが、遠い北の大地の話でもあって、(そういうものか)と思うに留まっている。


そー太:

「でさ、俺たち遠征に参加しようかと思ってんだけど、どうかな?」

サイ:

「……そうなのか?」


 ――かなりの勝負に出た(つもりの)そー太であった。彼の言わんとしていることはつまり、『隊長も一緒に行こうぜ、てか、いくだろ?』の様な内容ではあったが、それをキチンと口にしないで伝わると思ったら大間違いなのである。今のシュウトは鈍さの固まりであった。

 そー太の大胆な提案に動揺するサイ。シュウトが参加するのならば、自分たちも参加したかったのだが、酔って大暴れしている静が正気に戻るまでは、勝手にどうするか決める訳にもいかない。


シュウト:

「うん、戦闘ギルドが主導するだろうし、きっと良い経験になると思う。エルムさんに話せば、たぶん何とか参加させてくれるんじゃないかな。……がんばって」


 ――シュウトには参加の意思はない。むしろ決定権などは何も持っていない。参加したかったらどうぞご勝手に?などと言われかねない弱い立場なのだ。というか、一度そういう目に遭って懲りているのである。

 心からの暖かな激励に二の句を継げなくなり、そー太が黙り込む。シュウトの目からは感激したかのように見え、サイの目には玉砕したようにしか見えなかった。


サイ:

(危ない。罠にはまるところだった……(汗))


 ――これでそー太は『やっぱり行きませんでした』とは言えないだろう、とサイは考える。自殺点のハットトリックのようなものである。その恐ろしさに身震いするサイ。


 しばらくすると、ラストオーダーで注文した品が運ばれ、次々とテーブルに並べられていった。そのまま予約してあった時間の終了に併せて盛り上がりは加速していく。


シュウト:

(うん。これだけ盛り上がったら、今日は成功かな?)


 次があるかどうかは分からないけれど、うまく行くのは良いことだと思う。エルンスト達も別のテーブルでずいぶんと話し込んでいるらしい。こういう状況での話題に困りがちなシュウトだったが、今日はこの飲み会に来る前に〈シルバーソード〉の副隊長に会って来ている。副隊長の話を少々アレンジし、迷惑をかけないようにして話すことで助かっていた。持つべきものは昔の先輩、といったところだろうか。



 ……どうしたことか、予約した時間が過ぎても一向に終わる気配がない。〈大地人〉ウェイトレスが硬い表情で空いた食器を下げている。

 近くにきたエルンストに話しかけてみる。もちろん、善意のつもりだ。


シュウト:

「あの、もう時間なのでお開きにしませんか? 続きは二次会ってことで別の店で……」

エルンスト:

「何を言ってる? まだ終わらんよ!」


 そのままどこかに行ってしまった。困った感じの〈大地人〉ウェイトレスのあきらめが入ったため息を見て、シュウトの思考回路に火が入る。


シュウト:

(そういうこと、かな……?)


 自分の少ない経験と、比較・類推して状況を割り出す。どうやらこれは店側との勝負、いわばゲームのようなものらしい。隣の別グループの飲み会も似たような状況にあるようだった。

 店側からすればさっさと次の客を入れて回転率を高めたいのだろうが、自分たちはお金を払っているので、なるべく長くこの場所に留まっていたい、という構図だろう。時間ギリギリになることで尻に火が付き、盛り上がっているような部分もあるようだ。


シュウト:

(そういえば、支払いとかは……?)


 主催者の静はかなり酔っている。もし、自分が到着する前にお金を集めていたのでなければ、まだ集金していないことになる。30人の飲み食いだと結構な金額だろう。現実とは物価が違うとはいえ、個人の財布から支払うのは大変だ。自分も懐にそれほど余裕がある訳でもない。


シュウト:

「ごめん、静ってどうしたの?」

りえ:

「えっと、まりちゃん、静ドコ?」

まり:

「えーっ? その辺で死んでるんじゃない?」

りえ:

「ねーねー、静ってどこ行ったか知ってるー?」


 りえがみんなに向かって大きな声で質問すると、誰かが店の外に行ったと答えた。礼を言って店の外へ向かう。静は店のすぐ外に倒れていた。


シュウト:

「どうしたの? こんなところで何してるの?」

静:

「隊長、あの、あそこまで連れてってください」

シュウト:

「あの土のところ? それって……」

静:

「いいから!お願いします、ちょっと急いで」

シュウト:

「…………いいけど」

静:

「だっこー!」


 横抱きに抱え上げると、首に手が回される。意味がわからないまま、歩き始める。


静:

「お姫様だっこです。夢が一つ叶っちゃいました」

シュウト:

「良かったね」

静:

「……隊長」

シュウト:

「何?」

静:

「ちゅーしてください」

シュウト:

「…………」

静:

「ダメですか? あたし可愛くないですか? 魅力ないですか?」


 台詞だけ聞けば、殊勝なことを言って聞こえる。けれど、実際の静はプンプンと酒臭い匂いをさせていた。酔っぱらいのたわ言以上の価値があるはずもない。酔っていて、理性の存在が怪しい状態の相手につけ込んで『そういうこと』をして良いとも思えない。


シュウト:

「はい、到着したよ。ここでいい?」

静:

「つれないです。イケズです。 あの、ここまで運んでもらってアレなんですが、ちょっと向こうに行っててもら……」

シュウト:

「……?」


 ダッコされたまま、地面の側にくるりと振り向くような器用なことをする静だった。落としそうになってちょっとあわてる。


静:

「ボエーッ」


 びちゃびちゃびちゃびちゃ……




 スプラッシュ寸前で気が付き、足を引いた、と思う。跳ねた分はしかたない。でも直撃は避けられたと思いたかった。


シュウト:

(…………負けた)


 ――言いしれぬ深い敗北感に打ちのめされるシュウト。

 アイデンティティに思わぬ大ダメージを負ってしまう。なんとなくの漠然としたイメージで、シュウトは強気の女性の尻にひかれて、負けっぱなしで生きていくつもりでいたところがあった。本人にそうした自覚がある訳ではない。そうなるだろうという予感に近いイメージだ。敢えて言葉にすればそういう感覚になる。本人的にはそれ以外の形になりそうもない、というのが真相に近いだろう。

 だがこの瞬間に彼に去来した感情は、真逆の方向性を持っていた。吐瀉物の上に静を落として、そのまま見なかったことにして立ち去りたい、という欲求・欲望。気が付きたくなかった自分の『別の側面』だった。


 シュウトの様子を見に外へ出た仲間たちが、静の粗相に気が付く。惨事を前に、野次馬的に様子を見にくる者が増えるのは必然だったろう。



シュウト:

(なんだろう、暗い、……水面(みなも)?)


 脳裏にどこか別の次元を幻視する。暗い空間には水が敷き詰められ、空中に何かが浮かんでいる。キラキラと輝く何かの下で、水が幾重にも波紋を作る。この物体は何だろう。とても大切な……。そう、あれは生命の……


 ――何か種らしきものが砕け散り、光の破片になって消える。 

 シュウトの瞳からハイライトが消え、単色の薄い青色に変化する。


そー太:

「なんだ? 頭の中に音楽が……」

エルンスト:

「どこかで聞いたことのあるイントロが」

りえ:

「INVOKE?」

まり:

「シュウトさん……」


 ――ゆっくりと振り向いたシュウトの雰囲気が一変している。その違いに息を飲む。酒場では、どこに座っているかすらよく分からなくなるような若者に過ぎなかったのだ。それが今では、神経質に感じるほどの電気的な情報走査を飛ばしつつ、本人は静謐なままでいる。厳しい戦闘時に指揮していたものと重なる姿であった。


シュウト:

「みんな、終わりにするぞ。まず料金の確認を。人数で割って集金する」

そー太:

「あの、もう何人か潰れてます」

シュウト:

「分かってる。僕が立て替えるからいい。動けなくなっている人数の確認も頼む。それと近場で宿の手配だ。念のために男女で分けて二部屋」

りえ:

「二部屋じゃベッドが足りないかも、です」

シュウト:

「潰れている人間にベッドなんて贅沢だ。床に転がしておけばいい。この店からもさっさと追い出してしまおう。サイ、忘れ物をしていないかの最終確認を頼む。……それと魔法使いを呼んでくれ。ここ(、、)の処理を頼みたい」

サイ:

「了解」


ひそひそ声1:

(やっべ、覚醒してるよ)

ひそひそ声2:

(割れてたよな?)

ひそひそ声3:

(やっぱ世代が違うんだな)

静:

「ウィ~♪」



 ――畳みかけるような指示出しにビビりながらもテキパキと動く仲間達。よく訓練された動きだった。力のあるクラス数人で、酔って潰れた者を宿まで運搬する。そこまで終えても10分程度しか掛からなかった。


エルンスト:

「よーし、二次会いくヤツは集まってくれ!」

シュウト:

「それじゃ、僕は明日も朝から用事があるので、ここで」

そー太:

「お疲れさまでした!」

サイ:

「お疲れさまです」


 ――振り向かずに立ち去るシュウトを見ながら、プレッシャーから解放されてホッと息をつく仲間達であった。


エルンスト:

「フム、最後が一番おもしろかったな」

名護っしゅ:

「まぁ、そうだ」

大槻:

「そりゃあな」


 ――結局、物静かに座っているだけの青年では、平凡でしかない。それでは面白くもなんともないのだろう。


エルム:

「やぁやぁ、みなさん遅くなってスミマセン」

エルンスト:

「一足おそかったな。ヤツなら今、帰ったぞ」

エルム:

「おや、それは残念。ですが、彼となら次の機会もあるでしょう。……みなさんは、これから二次会ですか?」

大槻:

「当然」

エルム:

「そうこなくっちゃ! では行きましょうか!」


 ――鮮やかな主役交代が行われ、エルムが夜の先陣に立つ。二次会参加者によれば、その晩はかなり盛り上がったという。

 


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