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78  運動と言語

 

ジン:

「モノの教え方にも色々あるんだが、たとえば『正解しか教えないやり方』もあるわけだよ。自動車の教習所とかがそんな感じでなー。広く一般に教える場合、正解だけを教えるのはそう悪くない方法になる。だけど、今回はちょい深い部分にも触れるだろうから、『どうして間違いなのか?』も教えることにする。

 『正解』とは、厳密に言えば『間違いではないもの』とイコールではないんだが、間違いを理解する過程で、正解の範囲を限定する効果があるのも事実で……」

ユフィリア:

「いきなりむつかしいよ?」

ジン:

「すまん。……えっと、四角のなかに○を描く場合、○に色を塗る方法と、○以外の場所を塗りつぶす方法とがあるんだよ。直接○に色を塗るのが正解だけを教える方法。もうひとつ、○以外の場所を塗りつぶすと、自然と正解の○の場所が分かるようになるだろ? 間違ってる部分が分かると、正解の場所がわかりやすくなるってことだ」

ユフィリア:

「今のは分かり易かったけど、イコールじゃないのはなんで? 周りを塗りつぶしちゃえば、正解の場所は分かるんじゃないの?」

ジン:

「んー、現実はそうやって白黒では分けられないこともあるんだなー。正解が分からなくなっちゃうから、余計なところまで塗りつぶしちゃダメだとか思う優しい人が居たりすると、『念のため』に広めに空間を残しちゃったりするわけさ。そうなると少し大きな○が残る。でも、それは不正解を部分的に含む○なわけだろう? だから、正しいつもりでも勘違いが残ったりしてしまうのさ」

ユフィリア:

「優しさが間違いになっちゃうなんて、……むつかしいね」

シュウト:

「今の短い喩え話に、なんというか、社会の縮図を見たような……」

ジン:

「まとめるぞ。間違いだのの話も教えるけど、それは厳密な正解と付き合わせながら聞いたり覚えたりしないと意味がない。今回の正解は、内くるぶしの真下で立つ、だ!」

ユフィリア:

「うん!」

ジン:

「たいてい、間違いの方がインパクトが大きいから、そっちだけ覚えて後で勘違いをやらかすような、記憶のマジックが起こりやすいんだぜ」

シュウト:

「なるほど……」


 ――ド忘れする→必死になって思い出そうとする→かろうじて思い出したが、間違いの部分→思い出せたものにしがみつく→勘違いして失敗……こういうものがよく起こるパターンである。若いと記憶力が良いため、この手の問題を実感できないかもしれないのだが、自動車の教習所には様々な年代の人間がやってくるため、必要な工夫だと考えられる。


ジン:

「……んで、足の話をしていくわけだ。

 足というのはだな、横からみるとアルファベットのYをひっくり返した形をしているものなんだ。L字型の気がするが、そうじゃない。かかと側を短く切って、上から押しつぶした上下逆Yの字をしているんだ。これがTの字だと扁平足だな」


 Y字の分岐点が(くるぶし)になり、押しつぶしたYの形が足の甲のアーチ構造を表現している。このこともあってT字は扁平足だと強調していた。


(図1)

挿絵(By みてみん)


ジン:

「横から足をみれば自然と理解できると思うが、体重をかけるのにもっとも適しているのはどこかというと……」

シュウト:

「逆Yの字でいう、真っ直ぐの棒の下の辺りですよね。くるぶしの真下です」

ジン:

「そうだ。解剖学的にもカカトの骨がデカいから、カカトに体重を乗せて立つのが正しい。ところが長年、親指の母指球に体重を乗せるのが正しいとされて来たんだ。しかも、状況は今も大して改善されていない」

ユフィリア:

「……んと、どうして?」

ジン:

「まぁ、バカだからだなー。あったま悪いんだよ。低脳で使い物にならない連中がいて、我々を教育しやがったというかなんというか……」

シュウト:

「ちなみに、誰ですか?」


 呆れ気味にどうでもよさそうな感じで、どこかの誰かを批判するジン。


ジン:

「主に旧帝国軍人、かなぁ。……愚かな戦争だったかどうかには議論もあるだろう。命を懸けて戦ってくれた人達のおかげで、俺たちが存在できているのも事実だ。それでも、許されない愚行をやってくれたと思うよ。軍隊式という名前で西欧化したものの中に、歩き方と立ち方が含まれていたんだ。維新だの文明開化だので失われたものの一つが身体文化でな。本来、日本の魂を形作っていたものだ」

シュウト:

「第二次大戦前の話ですよね?」

ジン:

「フッ。その頃からずうっと破壊され続けて、現在に至るのだよ。その昔、兵隊だった人に『正しい立ち方』ってのを見せてもらったことがあるんだが、見事に母指球に体重を乗せていたよ。やっぱ、かなり前に傾いてんだよねぇ。それこそスキーのロングジャンプか、マイケル・ジャクソンかってぐらいにな。

 ……歩き方は今でも訓練が続いている。どこの小中学校でも、運動会の前にゃ行進の練習をするだろ?」

シュウト:

「ああ、そういえばウチは高校でもやってました」

ジン:

「協調性うんぬん言ってるけど、要は西洋軍隊方式だからなぁ。……江戸時代ぐらいまで、日本人の『歩き方』ってのは多種多様なものだったそうだ。歩き方で職業が分かるぐらいにな。その職業の歩き方になるところまで、個々人の運動性は特化されていたわけだ。すばらしいというか、もはや凄まじいレベルだ。こうなってくると正解なんて無いんだよ。……それなのに、たった一つの歩き方を正解だと決めつけて、押しつけてしまった。

 今でも母指球信仰は根深い問題でな。スポーツ漫画なんかが間違った情報を拡散している部分もある。原因を作ったのは帝国軍人でも、現在では自己洗脳ってこった。……その結果が『世界で一番歩き方が汚い国、日本』という汚名ですよ。やってくれたぜ、帝国軍人っ!」

シュウト:

「世界で一番、ダメなんですか?」

ジン:

「それはこういう話がある。……アジア人の顔ってのはあまり大差がないだろ? 喋らなきゃ、それが中国人なのか韓国人なのか、はたまた日本人なのかはなかなか見分けがつかない。でも日本人だけを見分けるコツがあるってんだなー。ちょっと昔のタイなんかでは、100バーツだか1000バーツだかでお土産を売りつけてくる連中がいたんだけど、なぜか日本語で話しかけてくるんだ。その時、日本人かどうかをどうやって見分けているのか質問した人がいた。その答えが、『日本人は歩き方が汚いからすぐに分かる』だった。アジアでダントツの最低なら、世界で最低ってことなんだよ」

シュウト:

「日本人としては残念としか……」


 個々人の歩き方以前に、日本人全体がそんな風に海外から見られているというのが寂しいような気持ちになるエピソードだった。


ジン:

「ま、日本人が『恥を知る民族』だなんて話は嘘っぱちってこった。中国や韓国みたいなモラル最底辺の国と比べて、少しマシって程度に過ぎない。歩き方が汚いだなんて、これ以上ないほど恥ずかしいことだけどサ、分かってないんだよねぇ~」


 深々と穴が空き、血が吹き出しているのに、更に抉られたような、そんな気分になる。ジンが感じている恥ずかしさの何分の1かは感じることが出来たと思う。


シュウト:

「なんで、そんなことになっちゃったんですか?」

ジン:

「わかんだろ? 大抵の奴らにとっては『歩き方』なんてどっちだっていい(、、、、、、、、)ことだからだよ。俺だって理解したのは二十歳なんてとっくに過ぎてたしな。間違った常識の中にいれば、誰だってそんなもんだ。

 いいか? 昔の戦争で日本を破壊したのは、アメリカなんかじゃない。アメリカは天皇を殺さなかった。人や建物は壊せても、形のない『日本の精神』を壊すことはしなかったし、出来なかった。だからなんだよ、日本の根本を壊したのは、日本人自身だ。それを忘れてはならない」

ニキータ:

「……でも、アメリカでも壊すことの出来なかった『日本の精神』は、いったいどうやったら破壊できるんですか?」

ジン:

「それだな。自分自身を根本から規定するものは何か?というのは、場合によっちゃ、かなり大きな問いだろう。……俺の答えは、人間の特性そのもの。立つ、歩く、走るといった二足歩行に関連する『運動能力』と、言葉を操ったりで話したりの『言語能力』、俺たちなら主に日本語のこと。この二つだと思ってる」

石丸:

「文武両道っスね」


 考えたこともない問題なので、どう反応していいのか分からなかった。ひとつの意見として、強い納得感はある。


ジン:

「この運動と言語の双方に強く影響するものが中心軸だ。そして中心軸に対して最大のネックを作るのが、地面との接地点である足の裏なんだ。

 ……話を元のルートに戻そう。今度は足を前から見ていくぞ。膝から下には骨が2本あって、太い方が内くるぶしに、細い方が外側のくるぶしに接続されている。ちょっと触って、感触を確かめてみろ」


(図2)

挿絵(By みてみん)


ジン:

「太い骨を『けい骨』、細い方は『ひ骨』という。名前はともかく、物理的に体重を支えるのに適しているのは、当然、太い骨の方だ。それが内側のくるぶしにつながっているから、内くるぶしの下で立つのが正しい立ち方になってくるわけだ」

ユフィリア:

「うん」


ジン:

「では、逆にひ骨で立つとどうなるのか。こっちは骨がかなり細いため、当然のように衝撃に弱い。従って、周辺の筋肉を固めて支えを作り始めるんだよ。アウターマッスルは大きいから、具体的に力を入れやすい。足の周りを筋肉で固め出すと、そのまま太モモをあがって腰、上半身まで全部が拘束の檻に閉じこめられてしまう。

 赤ちゃんみたいにフラフラしてる時に、足元がカチカチに固まってたら転びそうになっても咄嗟に動けなくなるから、そうすると簡単に転ぶわけだ。で、転びたくないから全身を固めようとしてしまう。こうして足輪から拘束する檻が作られてしまうんだ。

 ……つまり、たかだか足の裏の、ちょっと体重をかける位置だのの差が、全部を支配してしまうってコト。生まれた『後』の才能の差は、この辺で決まっちまってると思っていい」

シュウト:

「『才能の差』ですか? その話ってどこまで……」

ジン:

「んー、生まれる『前』からの才能は、母親の能力で決まる。出産ってのは一大事業でな、子供を生む時に母親が自動的に天才になることで、自分の一部である子供を天才として、そのまま産み落としているんだ。その母親の天才度の差が、生まれる前の子供の才能を形成している。この辺は金持ちだの何だのはまるで関係がない。柔らかいヤツが勝つ世界だな。

 だから、妊婦も、赤ちゃんも、そもそも全員が天才クラスなんだよ。その中で稀に妊婦として大天才な女性がいれば、大天才の赤ちゃんを産み落とすことになる。この辺に比べると、胎教だのがどの程度まで影響するかってのは、かなり微妙なラインだな」


ユフィリア:

「妊娠すると天才になれるの?」

ジン:

「みたいだぜ。男にはない機能だから、ちょっと羨ましいよ」

ユフィリア:

「勉強とか、できるようになる?」

ジン:

「勉強しなきゃ知識は増えないぞ。だが、持っている知識の運用は良くなるだろうね」

ユフィリア:

「スポーツは?」

ジン:

「出産後にも活躍してる女子のスポーツ選手はそこそこ居るけど、出産が影響しているかどうかは判断できないなー。元々、子供を天才として産むための天才化だ。その他の分野に応用してないで、ちゃんと子供を産んで育てろよって話だし」

ユフィリア:

「そっか、そうだね」

ニキータ:

「天才になると、どうなるんですか?」

ジン:

「ですから、わたしく現在は天才ではないし、出産経験もございません。……体が柔らかくても天才とは限らないけど、天才は体が柔らかいんだよ。そんで、だいたい共通するのは、体が柔らかいと基本状態が『幸せ』になるってことだろう。単純に生きてるのが快適だからな。出産を終えて子供が成長するに従って、元の硬い状態に戻っていくから、だんだんイライラするようになるのがパターンだな。まぁ、その辺りは個人差も大きいから、10年、15年と柔らかさを維持できる人もいる」


 ユフィリアの方を見てから、正直な感想を述べてみる。


シュウト:

「確かに、生きてるのが楽そうですよね」

ジン:

「だろう?」

ニキータ:

「そうかも」

ユフィリア:

「……? ねぇ、いまの何?」

ジン:

「何でもない。……という訳で、しんどい子育てもちゃーんとこなせるように、っていう神様のサービスタイムなのさ」

ユフィリア:

「じゃあ、たくさん子供を作れば、ずっとサービスタイムってこと?」

ジン:

「そうだ。特に出産に慣れてくると、癖になるって聞くね。出産のために体の構造が激変するから、最初は相当キツいらしいけど、その辺に慣れると、もっと子供が欲しくなる人も多い。……まぁ、実際のところ3人以上産んで育てて、初めて勝ち組って部分はあるかな」

ユフィリア:

「3人なら『勝ち組』なのはどうして?」

ジン:

「そりゃ、出生率が2.0を超えれば日本の人口が増えていくからな。やはり勝ち組を名乗る以上は、子供が最低3人いなきゃダメさ。それも多ければ多いほど良い。真の豊かさは、子供の数で決まるのだ。子供1人で2倍。2人で4倍、3人いれば8倍幸せだね」

ユフィリア:

「知らなかった……」

ニキータ:

「2の人数乗って、それは極端すぎでしょう。確かに、少子化を考えたら否定できない部分はあるけど、でも子育てしているママさんはみんな大変そうですよ?」

ジン:

「だからだ。子供が増えるごとに家事は重労働になっていく。多人数の子育ては本物の勝ち組じゃなきゃやれないだろう。

 だいたい、ちょっと前までは少し金がある家なんかじゃあ、お手伝いさんを雇ったりして助けてもらいつつ、同時に雇用を生み出していたもんなんだよ。その辺が薄っぺらくなって、地域社会が子育てを支援できなくなったのが現代の抱える問題さ。保育園に入所できないとか、色々な話があるよな」


 ――本来、金持ちほど沢山の子供をもうけるべきなのだが、日本の相続税の高さや、財産分与での取り分が『頭割り』になってしまうなどの問題もあって、子供をたくさん作ることにはデメリットも存在する。人数が多ければ単純に労働力が増える時代は過去になった。医療が発展したことでバックアップとしての兄弟を育てる必然も減っている。金持ちになっても子供を作る必要はなくなっているのだろう。


ジン:

「お母さんの体が硬くなるのと同じで、子供も成長と共に身体が硬くなっていく。ハタチまで柔らかさを維持できるケースは稀だ。これが、子供の頃は神童と呼ばれても、ハタチになったらただの人ってヤツの正体だ。柔らかさを失えば、自動的に才能も消える。中学校までは良くても、高校で根性論をやられると身体が固まってしまう、とかもここに絡んでくるわけだ」

シュウト:

「……才能って、いったい何なんですか?」

ジン:

「現状で理解できる範囲で定義しようとすれば、また別の答えになるけど、とりあえずそこらの問題を抜きにしていいのなら、『意識』のことだ。高度な能力を発揮させる『何か』という狭い意味では、中心軸や丹田なんかは才能そのものなんだよ。それらプラス方向の極意は、基本的に誰でも持っている意識が極めて濃くなったものだ。

 もう少し広い意味では、ハタチを越えても身体の柔らかさを持続できる能力、とかになってくるだろうな。躾や環境、それを得られる運、まぁ運のことかな。

 ……天才ってのは才能があるだけじゃダメで、もっと運とか文脈に近い何かだ。とりあえずは才能プラス運、と思っておけばいい。生まれ付きの運もあるだろうし、流れに乗れる運とかな。どんなに高度な能力があっても、運とかに選ばれなきゃ使い道なんかねーんだよ」

シュウト:

「その場合、ジンさんは……?」

ジン:

「選ばれてないな。だから、ラッキーなことに『主人公じゃない』のだよ」

ユフィリア:

「それがどうしてラッキーなの?」

ジン:

「主人公は苦戦してナンボだろ? しかも、たまに負けたりしなきゃならない。……残念ながら、俺には縁遠い話だね」

葵:

「ふざけんな、自分が無敵だって言いたいだけじゃんか!」

ジン:

「おぅ、遅かったな」


 倉庫に入ってきた葵の登場ツッコミで話が中断された。自分一人で食事スペースを掃除してきたらしく、プリプリと怒っていた。「どうにも今日は話があちこちに飛ぶなぁ~」とボヤくジンだった。


ユフィリア:

「やっぱり子供はたくさんがいいよね!」

ジン:

「しょーがないなー、子作りはオレに任せろ!」キリッ

ユフィリア:

「あはははっ! そういうの、絶対ゆーと思った!」


 こういう場合、ニキータがセクハラ阻止に入るのが常だ。どう反撃するのか見守っていたのだが、意外にも冷静そうに口を開いた。


ニキータ:

「……ねぇユフィ、子供って何人ぐらい欲しいの?」

ユフィリア:

「そうだなぁ~、えっとね~」

ニキータ:

「バスケよりも、バレーボールじゃない?」

ユフィリア:

「うん。野球もいいよね、サッカーとかどうなんだろう」

ジン:

「なぬっ!?」


 バスケットボール(5人)、バレーボール(6人)、野球(9人)、サッカー(11人)……養う側にとってすれば、子育ての金銭的負担は決して軽いものではない。今年ハタチになるというユフィリアが、毎年のように子供を産むとするなら、たとえ11人だろうと現実に可能だろう。彼女だけあって、口先だけで終わらないかもしれない。


 ジンが青くなっているのに気が付いているのか、いないのか、ユフィリアは「ラクロスって何人でやるスポーツだっけ?」などのお気楽発言を繰り広げている。……恐ろしい反撃もあったものだ。


ニキータ:

「あらあら、ジンさんが急に静かになったような~?」

ジン:

「……元々、物静かな男ですよ、ぼかぁ」

ニキータ:

「ユフィ、7人でも8人でもオーケーみたいよ?」

ユフィリア:

「えーっ? どうしよっかなー?」(←かなりわざとらしく)

ジン:

「ぐはっ。……ちくしょう! こっちの世界だったら幾らでも稼いでやるんだが、現実だとなぁ」

ニキータ:

「案外、だらしないわね」

ユフィリア:

「そうだね」


 余裕たっぷりで勝ちをもぎ取る女性コンビ。ジンだけではなく、男性陣はトコトン劣勢であった。……子供を10人、日本で普通に育てようと思ったら、いったい幾らかかるのやら、だ。


葵:

「だけどさー、ユフィちゃんによく似た女の子が何人かいれば、世界征服だって狙えるっしょ」(さらりと)

ジン:

「バカ野郎、オレの娘を野望の道具にする気か!」

ユフィリア:

「ジンさん、ちょっと気が早いと思うな(にっこり)」

ジン:

「とかいって、マンザラでもないんでしょ、そうでしょ? しゃらんらーん♪」





葵:

「おや、こんなところに肉片が?」

ジン:

「誰が肉片だ。イテテ」

ユフィリア:

「ジンさんが悪いんだからね」

ジン:

「へいへい。そんな照れんでも……って、何でもございません」


 ジンが軽口を言おうとした途端、ユフィリアとニキータの目が光る。獲物を狙う無機質な瞳だった。なんだかトラウマになりそうな気がする。


ジン:

「…………もう、今日は終わりでいいな?」

シュウト:

「まだ最初の30分だけしか、練習らしいことをしてませんよ!」

ジン:

「えーっ、だってさー。もう身も心もボロボロですよ? おムコさんにいけないぐらいだぜ?」

シュウト:

「その辺は責任もって引き取ってもらえばいいじゃないですか。ともかく、今は練習をですね?」

ニキータ:

「さらっと流したつもりかもしれないけど、今、敵を作ったわよ?」

シュウト:

「な、なんの話?」

ジン:

「おいおい、蒸し返すな。とばっちり喰うのはオレなんだぞ」

シュウト:

「そもそも、全部ジンさんのせいですよ?」

ジン:

「さて、じゃあ続きやるか。やる気でねぇなー」


 落ちものゲームの連続コンボか、テトリスで縦棒が連続し、立て続けに8ライン消す勢いで話を流してしまう。


ジン:

「力は抜いて、足は揃える。くっつけなくてもいいけど、まぁ、最初はくっつけておけばいい。そのまま、左に大きく体を傾ける。戻して、今度は右」


 身体を左右に移動させる練習のようなもの、をやる。


ジン:

「今度は前後。前~、戻して、後ろ~」


 しばらく続けてから、前後左右を組み合わせて適当に。


ジン:

「前~、戻して、左~、戻して、後ろ~、戻して、右にいくと思わせといて左~、戻して、前~、戻して、右~」


 延々とこれを繰り返していく。慣れて来たと思ったら、移動距離が半分になった。


ジン:

「じゃあ、移動距離を半分にするぞ~。右~、戻して、前~、戻して、後ろ~、戻して……」


 その後、1センチ、5ミリ、2.5ミリ、1ミリ、0.5ミリと距離を縮めて同じことを繰り返していく。


ジン:

「……ということで、このぐらいやれば、足の裏に自然~と、点か線を感じて移動させているはずだ」

ユフィリア:

「うん、うん」

ニキータ:

「そういえば……」

シュウト:

「確かに。これが中心軸なんですか?」

ジン:

「No、焦りは禁物ね、ボーイ」

葵:

「修羅の門とみた!」

ジン:

「アタリ。……じゃあ、そろそろ解説しながらやっていこう。まず、人間は物理的には3次元に存在しているので、高さ、幅、奥行きがある物体なわけです。そうなると、重心ってのが必然的に計算されて割り出すことが可能になってきます。まぁ、計算できるかどうかはともかく、物理的・仮想的には、物体としての人体に、重心ってものがあるわけだ。位置はだいたいミゾオチの下、ヘソの上辺りで、中心付近の奥、らしい。これは体型によっても変化する」

シュウト:

「重心、ですね」

ジン:

「で、重心から地面に垂直の線を下ろして、地面と接触する位置が、重心落下点。重心と重心落下点をつなぐ線が、重心線といわれるものになります。これは意識ではなくて、物理的・仮想的・自動的に計算されるものなんだ。有るか無いかで言えば、人体が物理的な実体を持ち、重力の発生する地球上にいる以上、自動的にあるかのように計算できちゃうもの、なわけだ。疑う余地はない。屈んだりして重心の位置が変化すれば、リアルタイムに再計算されて別の位置や場所に移動することになる。まぁ、誰かが計算してるわけじゃないけど」

ユフィリア:

「うん、絶対、誰にでもあるってコトだね」

ジン:

「無重力とかだと、その限りではないけどな。で、この物理的に計算されるものに重ね合わせるようにして形成されるのが、中心軸なわけだ。しかし、重心は上半身の途中までしかないだろ? だから、中心軸は重心よりも上にまで延長されているものなんだ」

ニキータ:

「頭の頂点までですね」

ジン:

「うんにゃ、最大範囲となると、余裕で宇宙の外とかだな」

シュウト:

「は、はい?」

ジン:

「意識とイメージは違う。妄想は想像であっても意識ではない。……中国武術だったか、日本武術だったかは定かじゃないんだが、『床の意識』というものが発見されてな? これが使えるようになると、床面に対する感覚が補強されて、かなり違ってくるんだが」

シュウト:

「はぁ、ジンさんのフローティング・スタンスみたいな感じですか?」

ジン:

「かなり近いね。で、だ」

ユフィリア:

「うん」

ジン:

「実はこの『床の意識』ってやつは、この世界の新料理法に近い大発見だったんだよ」

シュウト:

「そうなんですか?」

ジン:

「単なる言葉の問題だと思うかもしれないが、『床の意識』じゃなくって、『足裏の意識』であるべきだろ?」

葵:

「あっ……」

ジン:

「そう、意識は身体の外にも置くことが出来るものなんだよ。そこに気が付いたらあとは早かった。新料理法の応用と同じで、中心軸は大気圏を軽く突破して、銀河を超えて、宇宙の地平線、さらにはその先へと届かせられるようなものとして再発見されたのさ」

シュウト:

「どうして、そんなことが可能なんでしょう?」

ジン:

「その答えは科学的にはまだ存在していないよ。人間は意識そのものをロクに定義付けることも、数量化することも出来ていないんだ。ただ経験的に『ある』という同意によって存在が確認されているだけのもの、だな。だから、一歩間違えばオカルトでしかないね」

シュウト:

「オカルトじゃ、ないんですよね?」

ジン:

「その問いはナンセンスだね。〈大災害〉によって我々はこの世界にいる。しかも、魔法が現実に存在して作用してるってのに、意識がオカルトかどうかに何の意味があるんだ? 問題は役に立つかどうか?だけだ」

葵:

「そりゃ、そうだわ」


ジン:

「また脱線したよ。えっと、どこまで話したっけ?」

石丸:

「重心線に重なるように、中心線を形成するところまでっス」

ジン:

「そうだった、そうだった。で、意識ってのは妄想ではない。肉体と精神の狭間に作用するものなんだ。肉体を延々と考えていくと、どこまでが肉体で、どこからが精神か?という問題にぶつかる。脳は肉体か精神か。物体としての脳は肉体だが、精神活動を行っているかもしれない部位だな。じゃあ精神はどこにあるのか。何が精神で、どこから肉体になるのか? 見るという行為は肉体のそれだが、光を介して取得した視覚情報はどこまでが肉体的なのか?」

ユフィリア:

「て、哲学?」

ジン:

「つまり、ここで問題にしている意識ってのは、妄想のことではなくって、肉体的・精神的に影響力を持っていることが大事なんだよ。その両面的な性質を持つものが、鍛え、高めるべき意識なんだ。温かいと、重いとか、様々な質性を持っている。どうしても意識下に埋没しやすいけど、実感としては『ある』ものなんだ。『在る』ってのが大事なことなんだな。中心軸が無い人に中心軸が出来たら、少なくともしばらくの間はそこに在るって感覚が生まれる」

石丸:

「『在る』とどうなるんスか?」

ジン:

「重心線に重なるように中心軸が形成できると、重心を制御する機能が芽生える。実感として『在る』ものだから、脳内的・精神的には存在しているワケだ。だから、重心を制御する機能として『秩序化』される」

ニキータ:

「機能し始める、と」


ジン:

「そう。じゃあ逆の視点だ。内くるぶしの真下で立てるようになってくるとどうなるか。大半の人々は、なぜ、自らを檻に閉じこめて拘束して立っているのだろう」

ユフィリア:

「えっと、転ばないためでしょ?」

シュウト:

「あれっ? …………拘束しない場合、どうやったら立てるんですか?」

ニキータ:

「赤ちゃんみたいにフラフラすれば、立てるって話だけど」

シュウト:

「そうだった……」

葵:

「今の練習って、そういうことなのね?」

ジン:

「重心線があっても、外側に拘束を作らない場合、転ぶしかなくなる。これを転ばないようにするためには、重心を制御する仕組みが必要になる。足裏の移動距離を縮めて行った時、足の裏に力点を感じていたはずなんだ。その名を『支持点』という。線上になれば『支持線』だな」


 再度、ジンの号令で前後左右への移動を試してみる。確かに力点が感じられた。


シュウト:

「これは、いったい?」

ジン:

「この段階では、まだ重心線は感じにくいだろう。支持線だけがあるはずだ。身体を傾けると、反発力を出すために支持線が足先に移動しているだろう?」

ニキータ:

「傾けた方向に、力点があります」

ジン:

「足輪がなくなると、重心線はどこかの方向に倒れ始める。それを追い抜いて、支えるのが支持線だ。しかし、支えると、逆方向か何かに重心線は移動して、身体は倒れ始める。それを支えるために、支持線は重心線を追いかけっこして追い抜いてしているわけだ」

ニキータ:

「これが、赤ちゃんのフラフラの正体なんですね……」

ジン:

「そう。ついでにこれがフリーライドでいう、『フリー』のパートの本質部分だな。自由軸線運動の初歩なんだ。前に進む時、支持線を後ろに大きく飛ばしてやると、重心線は前方に一気に傾き始める。このモーメントを大きく取りながら移動したり加速するのがフリーの動き。中心軸がないとそのままコケて終わりだけどな」


 今度は重心線を移動させたら、時々そのまま戻さないで移動させる練習をする。


ジン:

「前~、戻して、右~右~そのまま動く~」


 お昼前までこの地味な練習を続けた結果、重心線と支持線の追いかけっこが感じられるようになってきた。きちんと力が抜けていると、身体は止まることがないらしい。


ジン:

「じゃあ、後はずっとこれを続けるんだぞ?」

シュウト:

「……夜まで続けるんですか?」


 今日は用事があるので少し困ってしまう。予定を忘れらてしまったのかと思ったが、違っていた。


ジン:

「いやいや、飲み会あんだろ? それとは別にずっと(、、、)なんだってば」

シュウト:

「あの、それは、どういう?」

ジン:

「だから、突然で申し訳ないけど、現実世界に帰っても、これから『死ぬまでずっと』やり続けるんだよ。立ったらバランスをとり続けんの。その内、座ってもバランスをとれるようになっから」


 言われてみれば、つまりそういうことらしい。拘束しないのであれば、バランスをとり続けなければならない。


ジン:

「大抵の人間は、ハードモードの存在を知らずに、ベリーイージーで人生をやっている。立つことは、拘束世界なら誰にでもできる程度のことでしかないが、フリーの世界ではハイパー高難易度だ。削っていない鉛筆なら机に立てることが出来ても、削った鉛筆は机に立つことはない。指に乗せてバランスを取るのにしても、10秒保たせられるヤツだってほとんどいない」


 つまり、ベリーイージーをやめて、イージーかノーマルモードで人生をプレイしろ、という話らしい。


ジン:

「3次元の物体のバランスをとり続ける作業は、コンピューターでもかなりの計算負荷がかかる。人体も同じだ。科学的に考えられる『人間の才能』とやらは、この『計算負荷』のことだ。バランスをとり続けることで、脳を常に刺激し続けるんだ。

 なんつーか、それが嫌で、みんなベリーイージーに逃げてんのかもしれないけどな」



午前2時半です。

手直しする時間がなかったので、もう放流して放置するしかないお魚さんの親の気持ちになった気分です。勝手に代弁すんなって感じですが。

いえ、80話近くなってくると、手直しってどうやったら出来るのか良く分からないんですよね。粗が目立つのでどうにかしたいんですが、もう物理的に無理じゃね?って感じでして。


今回の内容なんですがー。日本には天才が1人いるので、この辺の分野で日本は圧倒的な先進国だったりします。でもその人が死んだら後進国に逆戻りです。シャレになってません。


もう寝なければ。失礼します<(_ _)>

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