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008  間奏

 

  (かす)かな音を感じて目を覚ました。それは音というよりも『外の気配』とでもいうべきものだった。肩まで掛かっていた毛布を除けて、明るい方に目をやる。天幕の一部が開け放たれたままになっていた。これは『さっさと起きろ』というメッセージなのか?と寝ぼけた頭で考えてみた。


シュウト:

(いや、きっと寝ている間にジンさんがオナラをしたとかで、空気を入れ替えているに違いない……)


 そんな失礼な想像をして状況を肯定しておく。今は2度寝の誘惑に抗し難い魅力を感じていた。その前にチラリと周囲の状況を確かめたのは、自分だけ寝過ごすような失態は避けたいという思いからだ。


シュウト:

(まだ寝ているのは? ……いや、起きてるのはレイシンさんとニキータだけか)


 これならまだ寝ていても平気そうだった。しかし、ユフィリアが寝ているのにニキータがこの場を離れている。いかにもな不用心の気がして、ちょっとしたイタズラ心が刺激される。

 モゾモゾと少し移動し、ユフィリアの寝顔を見てみた。女の子の寝顔を見ることに罪悪感や抵抗感もあったが、好奇心が勝った。


シュウト:

(うっ。これが天然ものの威力か……)


 天を畏れる気持ちというのだろうか。愛玩動物的可愛さでムニャムニャと寝ている姿は、びっくりするほどに愛らしい。正直に言って、起きて、動いて、くっちゃべっている時よりも、ずっと可愛いかった。

 だいたい油断している時はもうちょっと雑なものじゃなかろうか? ウチの妹的なヤツなどは……、といった風につらつら&しみじみと哲学的思考(?)が走り始めてしまう。


 ハッと自分の醜態に気が付き、誰かに見られていなかったかを、おそるおそる確かめる。誰かに見付かると後々まで痛い目をみることになりかねない。ニキータに見付かれば、せっかく生まれつつある信頼関係に致命的なダメージを負いかねない。それで距離をとられてしまえば、全て自分の責任ということになってしまうだろう。……それよりもっとイヤなのはジンに見付かってしまった場合だ。後々までからかわれるネタにされかねない。

 しかし、誰も気付いた様子はない。どうやら、無事にやり過ごせたようで、安心感から長く息を吐いていた。


 ジンはもっと豪快に寝ているだろうと思ったが、イビキもなく、うつ伏せでじっと寝ている。次の瞬間に飛び起き、僕を指さして笑ったりしないのかと疑ってしまうが、どうやら本当に寝ているらしい。

 たぶん大丈夫だろうと胸を撫で下ろし、気分を変えるためテントの外に出てみることにした。もう完全に目が醒めていたし、このままテントの中にいるのは危険な気がしたこともある。

 先に起きた2人もこんな感じで居た堪れなかったのかもしれない。



 外に出ると曇り空に特有の柔らかさがあった。十分に明るい。雨は既に止んでいた。夜に雨が降ると翌朝は少し暖かい気がする。地上の熱が雲に阻まれて逃げられないから、と誰かが言っていたと思う。

 そうして空を見ていたら、昨夜の激しかった戦いのことを自然と思い出していた。空が良く見えるのはトレントを倒してしまったからで、周囲の景色は樹木が減って、がらんとしたものになっていた。散乱していた敵の死骸の大半は、空気に溶けて消えてしまっている。


 高レベルのレイニー・トレントが7体。その操る樹木が1体につき約2本ずつ。しかし倒した敵は20体では利かなかった。操った樹木を前面に押し立て、倒されてもまた近くの樹木を操るという作戦を繰り返してきたためだ。40体近くの敵を倒すことになったと思う。

 人間の思考からすれば、当たり前の作戦行動ではあるだろう。しかし、モンスターが戦術を、もしくはそれに似たものを駆使してくると、どうにもイライラしてしまう。嫌な予感にも近い。


 僕の苛立ちの原因はどこにあったのだろう。今までのようにモンスターを倒していいのか、そうした問題への不安が根にあったように思う。

 例えば〈大地人〉にしても単なるゲームの登場人物ではなく、ほぼ普通の人間といってよい。ならば、ある段階を越えて知性のある『敵』が現れたとしたらどうなるのか。それはモンスターだからという理由で倒してよいものになるのかどうか。


 しかしコレとて人間の思考レベルを基準とした傲慢な価値判断に過ぎない。人間の知的水準に満たないものはモンスターだから倒してもよい。そう考えるのであれば、逆に人間を圧倒する知的存在によって人間が虐殺されても文句は言えないことになる。そして、ある程度文化的な行動を行うゴブリンを、僕ら〈冒険者〉は虐殺しているのだ。

 ことは複雑で、外見からの判断は更なる問題を引き起こす。外見が醜いから敵などと決め付けたとしても、話してみれば知的で穏やかな種族かもしれない。外見が美しいから知的だと思っても、攻撃的で邪悪であるかもしれない。

 加えて個体差の問題にまで踏み込んだらどうなるのだろうか。人間にも善人や悪人がいる。正確を期するのであれば、『状況に応じて』善にも悪にもなる、というべきだろうか。それなのに、否、それだからこそ、たまたま邪悪な個体との出会いが、その種族全体を悪と決め付ける理由になる可能性がある。もっと言えば、邪悪だと見做された種族の中に善人のような個体は全く存在しないと言えるのだろうか……?


シュウト:

(そういう意味では、ゲームって楽でいいんだけどなぁ)


 雨上がりの空気を胸に深く吸い込み、大きく吐き出す。

 身体(からだ)の目覚めとともに、新しい活力が湧き上がってくるのを感じていた。1度の冒険としては既に十分戦ったつもりでいたのだが、あらためてサファギン退治へ向かおうという気分になってくる。自分でもやるべきことをやろうという思いが強くなる。


ニキータ:

「おはよ」

シュウト:

「ああ、おはよう」


 声を掛けてきたのはニキータだった。昨晩から女性らしい格好をしたままでいた。今朝はいつもの『隙の無さ』が失われているようで、どこか色っぽく感じる。女性陣は2人ともかなりの美形なのだと、改めて確認する事になっていた。

 そうした気まずさを誤魔化すように声を掛ける。


シュウト:

「ずいぶん早起きだけど、どうかした?」

ニキータ:

「うん。レイシンさんとちょっと近くの川にね。髪をちゃんと洗ったりしたかったんだけど、昨日の雨で川が濁っててダメね。食器の洗い物で水を使ったりした分を、少し補充したかったんだけど……」


 レイシンと一緒というのは、念を入れて単独行動を避けたのだろう。水の方は汲んできてはいるようで水筒を軽く掲げてみせた。多少濁っていても後で水を清める魔法を使えばいいからだろう。


シュウト:

「それで、レイシンさんは?」

ニキータ:

「向こうで朝食の準備をしてる。テントの中で食べようって」

シュウト:

「うん。分かった」


 ニキータはユフィリアの様子を見に、テントに入っていった。







 朝食のメニューは、簡単そうなのに何故か美味しそうなサンドイッチと、昨晩の残りスープの味付けを変え、クリームシチュー風にしたものだ。材料に使われた牛乳は、アキバでもまだまだ貴重品である。朝からごつい食事の気もするが、昼は火を使わないように保存の利く物で簡単に済ませることになる。美味しい食事にありつけるチャンスを逃すわけにはいかない。〈冒険者〉の体は一説によれば太らないと言われているので、女性陣も旺盛な食欲を示すのが割りと普通だった。娯楽の少ない異世界ということもあり、楽しみは食に偏ってしまう。太らないのは本当にありがたい。


ユフィリア:

「おいひぃ~。もう今日はこの後一日ゴロゴロしていたい気分♪」


 毛布を巻きつけたままのユフィリアがやる気のないことを言い始める。ちょっと同意する部分はあるが、初志貫徹でやり遂げてしまわなければならない。そう口を挟もうとしたところ、


ユフィリア:

「そういえば、おかげさまでレベル79になりました!」


 ……と話題がアクロバットした。


ジン:

「そうか、じゃあ『レベルアップおめでとうソング』でも歌うか」

シュウト:

「……なんですか、それ?」

ジン:

「レベルアップ、おめでとう~♪……って、あれ? ネタ古かった?」


 段々と、ジンが変なことをするのを阻止するのが僕の役目になりつつあるような気がしてきた……。


ニキータ:

「もうすぐ80になるのね。ここまでは本当に早かったけれど、ここからは少し大変かもね」


 ユフィリアの頭をなでながら、ニキータがしみじみとした声で言った。

 ユフィリアは速成もいい所、周りにいた90レベルのプレイヤー達に連れまわされる形でレベル上げをしていたそうだ。


 〈大災害〉後もあちこちのギルドで実戦や戦闘訓練に混ざっていたのだが、大半のメンバーが90レベルだったこともあり、当時65レベルになったばかりのユフィリアは丁度いいレベルのモンスターを相手にしていたことになる。周りの連中にしても程良いハンデだろうし、彼女が絡めば大いに気合いも入ったのだろう。

 足手まといながらも、結果的にここまで順調に成長を続けてこれたことになる。〈大災害〉後に14もレベルを上げたプレイヤーはなかなかいないだろう。


 この時期にも様々なプレイヤーからアドバイスをされたというが、大まかに纏めると、(1)絶対に死なないこと、(2)回復しすぎないこと、の2点に集約されるという。それでヒーラーはなんとかなるのだとか。実に大雑把であり、なんとも恐ろしい話だが、実際にやってこれたのだとすればそう間違ってもいなかったのだろう。それ以外の細かい部分は詳しいプレイヤーが気をつけて采配してくれていたそうだ。

 基本的にMMOの場合はヒーラーに優しくする傾向があるし、女の子だし、可愛いし……(苦笑)


シュウト:

「じゃあ、焦ってレベル上げしてたってこと?」

ユフィリア:

「うん。みんなね、『さっさと90レベルになっとけよ』っていうし」


 速成には問題も多いので、みんな本心からそう言っているわけではないと思うのだが……。


ジン:

「挨拶で言ったセリフを真に受けてねーか?」

ユフィリア:

「そうなのかな?」


 ジンが予想するに、女性慣れしていないプレイヤーが話題にできるのはゲームのことが中心になりがちである。初心者を相手に上級者が言える『あまり意味のない挨拶』のようなセリフとして聞いた方が確かにしっくりくる。


ユフィリア:

「でも、早く一人前にならなきゃだね!」

シュウト:

「そんな急いで90レベルにしなくても……」

ユフィリア:

「なれる時に、なっておかないと」


 微妙な憐れみのニュアンスが彼女を傷つけていたのかもしれない。ともかく、早く一人前になりたいようだ。一人前っていうのもどこまでいけばいいのか、難しいと思うのだけど(苦笑)


 どちらにしても、ユフィリアのプレイヤーとしての熟練はこれからの重要な課題になるだろう。そもそも〈大災害〉後の世界で80レベル以上のモンスターと戦う機会そのものが激減している。レベル90に到達するには時間を掛けて同レベル帯の敵モンスターを倒して経験をつまなければならない。これから先は難しい時期が続くことになるはずだ。


ユフィリア:

「ジンさんも一緒に90レベルになっちゃおうよ」

ジン:

「それも悪くないな。じゃあ、一緒にドラゴン倒しにいくか?」

ユフィリア:

「行く!」

シュウト:

「だー、かー、らー、なんでドラゴンなんですか!?」

ユフィリア:

「……シュウト、もしかしてドラゴンが怖いの?」


 それを聞いて意外と笑い上戸らしきニキータが吹き出し、その後もしばらく笑い声をかみ殺すのに苦労していた。


シュウト:

「……ドラゴンと戦ったことも無い癖に」


 怒りで震えるのを堪えながら、なんとか言葉を絞り出す。無知なのだ。相手は無知だから、こんなことが言ってられるのだ。


ユフィリア:

「戦ったことはないけど、きっと大丈夫だよ。だって私、ジンさんと1つしかレベル違わないんだよ?」

ジン:

「そうそう、大丈夫だぞぅ?」

シュウト:

「んぐっ!」


 小型のドラゴンにはレベル80付近のものも多くいるし、群れやすいワイヴァーンはともかく、ドラゴン系は単体で出現することが殆どだ。魔物の群に囲まれて、数の暴力で押しつぶされるよりも、強くても単体を相手にした方がマシという考え方はあるかもしれない。

 ただし、ドラゴンはひたすら強い。HPもかなりあるし、対物理・対魔法抵抗が高いため、ダメージが通りにくい。攻撃力も当然高く、自然と長期戦になる。そして何よりもおっかない。

 そうしてみると、意外とユフィリアの成長を考えたら最適の相手と言えないことも、ない、ような?


 ……いや、決してそうではない。

 問題は経験を積む相手としては効率が悪すぎる。報酬も割が合わない。ドラゴンと言えばどこかの洞窟にたんまりとお宝を溜め込んでいるイメージがあるかもしれないが、それらは上位竜もしくは成竜、真竜などと呼ばれる個体で、その強さは小型~中型サイズとは段違いだ。


 現在問題にしている小型サイズの大半は上位竜に比べれば、エサを探しているところで遭遇するただのハラペコモンスターに過ぎない。お宝などはほぼドロップアイテムに限定されてしまうだろう。

 それでも、6人パーティーで挑むとしたら、ギリギリの戦いになるはずだ。10回戦って、6回勝てればいい方だ。安定して倒すのにはフルレイド以上の戦力が欲しい。


 結局、時間当たりの労力に対して実りが少な過ぎるのだ。しかもこれはゲーム時代の話でしかなく、実際のドラゴンを前にして恐怖せずに戦えるかどうかはまた別の問題だ。

 そうして考えれば、レベル80付近でドラゴンよりも弱い敵など幾らでもいる。それこそ昨晩のレイニー・トレントだって、危うく全滅しそうになったとはいっても、ドラゴンより間違いなく倒しやすい相手だ。


 ちなみにレイニー・トレントはランダム性の強いモンスターなので別の日に同じ場所に来ても再出現するわけではない。加えて水をかけても変化するわけではないので、出現するかどうかを確認するには雨を待たなければならない。どちらにしても、もうすぐ梅雨は終わってしまうだろう。


シュウト:

「それに、第一、…………」

ユフィリア:

「?」


 ニキータの方に視線を向ける。ニキータが僕の視線の『意味』に気付いているかどうかまでは分からない。


シュウト:

(それに、第一、このパーティがこの先も続くかどうかなんて、分からないじゃないか……)


 自分でも意外なことに『悪くない』と思い始めていた。







 朝食が終わり、しばらくして出発となった。

 目的地のサファギンの洞窟へ行く前に、念のために〈大地人〉の集落でクエスト登録をしておきたいと石丸が言った。サファギン退治の場所から2キロ程度の距離らしく、その程度の回り道をしても特に大きな変更とはならない。


 なんとなく、全員の口数が少なかった気がする。数回の戦闘をこなしつつ、ゆっくりと移動していた気がしたのだが、それでも昼前には三浦半島の南端に位置する〈大地人〉の集落に到着していた。


 集落は100戸あるかどうかといった村だった。

 時間的にちょうど良いので「ここで食事をしていこう」とユフィリアが言ったのが運の尽き。そもそも宿や食べ物屋があるわけではなく、よく聞いてみるたら、ここにはまだ新しい料理法が伝わっていなかった。〈円卓会議〉創設から10日。情報的に遅れていても不思議ではない。


 ジンと石丸が村長の方でクエストを受ける手続きをしに行き、その間にレイシンを中心とした残りのメンバーで食材を仕入れ、炊き出しみたいな真似をすることになってしまった。料理はシンプルに豚汁にしたいといっていたが、味噌がない。そのため今度もスープを作ることになった。


 最初は誰も寄ってなど来なかった。それも当然だろう。基本的に〈大地人〉は〈冒険者〉に好意的というわけではないのだ。クエストの発布が盛んであったり、プレイヤータウンが近い場所なら、商売人は金目当てに気さくにもなるものだろうが、一般の〈大地人〉では物珍しさと、噂に伝え聞く恐怖とが半々と云った感じになる。元々のNPCの設定だし、そんなものだろう。


 結局、ユフィリアとニキータが好奇心の旺盛そうな子供達を見つけ、巧みに誘惑していた。料理を口に入れてさえしまえばこちらのもの。一度火が点いてしまえば、あとはなし崩しに話が広がり、手隙の村人から順番に、集落に住まう大半の〈大地人〉が集まって来ることになった。



ジン:

「ナルホド、(ラチ)があかないから子供を拉致(ラチ)ったわけだな?」キラン

シュウト:

「いや、そんなドヤ顔とかされても……」


 意外と大事になっていてジンたちは驚いていた。スープのお椀を片手に焼き魚を食べつつ、僕から説明を受けたところだ。

 レイシンは料理法の解説のお礼として、半ば押し付けられた数々の食材を受け取って上機嫌だった。


シュウト:

「そっちはどうだったんですか?」


 焼き魚を限界近くまでほお張り、咀嚼していたジンの代わりに石丸が応答した。


石丸:

「どうやら今日がクエスト期限の最終日ということらしいっス」

ユフィリア:

「じゃあラッキーだったね、私達、間に合ったんでしょ?」


 幸運だったと無邪気に喜ぶユフィリアだが、朝は「一日ゴロゴロしていたい」とか言っていたのを僕は忘れていない。ただのイヤミにしかならないから言わないけど。


石丸:

「そうなんスが、止めておいた方がいいと釘を刺されたっス。例年に比べて今年は異常だとか。とてもクエストに見合った報酬は出せないと言っていたっス」

ニキータ:

「数が多いの?」

石丸:

「そうらしいっス」コクリ

シュウト:

「それで、どうしたんですか?」

ジン:

「そりゃ勿論、受けてきたさ。村から貰う報酬なんて別にどっちでもいいしな。……いや、貰えるものは貰うけど」


 口の中のものを飲み込んだジンがそう付け加える。


 その後もなんだかんだと村で時間をとられ、気が付けば既に14時を回っていた。遅くとも15時前には仕事に取り掛かりたいところである。


シュウト:

「それじゃあ、出発しますか」

ニキータ:

「そうね」


 村人達に挨拶するのは面倒なので、裏手に回り、そっといなくなることを選んだ。お礼は十分に受け取っている。もともと感謝して欲しくてしたことでもない。善行を施せば、自分が嬉しくなるものだろう。満更でもない気分になれる。

 これから村人にとっても脅威であろうサファギンの数も減らしてしまうことになるが、それはやはり『ついで』に過ぎない。


 〈冒険者〉は、飽く迄も自分達の目的や利益に従うのみ、である。







シュウト:

「なんだ、この数……?」


 戦端を開く前にと、僕らは離れた場所から偵察することにしていた。現実で毘沙門湾と呼ばれていた場所には、大勢のサファギン達がウジャウジャと溢れている。真夏の市民プールか、海水浴場のイメージに近い。


シュウト:

「そういえばジンさんって、戦域哨戒(フィールドモニター)やるって言ってましたよね?」

ジン:

「だっけな。えっと、1、2の3、……いっぱい」


 冷たいジト目で見やる。無言のツッコミに耐え切れなくなったのだろう。


ジン:

「冗談だろ、ちょっと待てって。えっと、1、2、3………………89、90、91っと。ざっと1/4数えて91。全体でえっと、364体。海だから見えてないのもいるとして、400体ぐらいか?」


 少なく見積もっても60倍以上の戦力比ということになる。

 90レベルのパーティの場合、サファギン相手なら10倍の60体は楽に倒せる。連携が上手く機能しているパーティならその倍、120体でも大丈夫だろう。

 問題は連続戦闘になった時のMPの消耗だ。〈吟遊詩人〉(バード)が仲間にいる場合、永続式の援護歌を使いつつ、呪文を節約しながら戦えば、3倍以上の180~200体ぐらいまでは行けるかもしれない。

 しかし、それはいわゆる『理論値』というヤツであって、普通に考えても限界の2~3倍の敵がいる計算になる。途中でMPがなくなるのは間違いないだろう。MPがなくなったからといって、すぐにやられて全滅とはならないが、窒息したみたいにジリジリと追い込まれていくことになる。


ニキータ:

「もしかして〈フルレイド〉で挑むクエストだったとか?」


 ニキータが石丸に問いかけていた。確かに〈フルレイド〉なら4パーティー分なので、1パーティ100体程度が担当になる。歯ごたえはあるが、熟練した戦闘ギルドになら軽い難易度でしかない。


石丸:

「そんなはずは……? いや、レイドは必要なかったはずっス」


 石丸はまだ納得いかない風だが、現実にこの数のモンスターは6人パーティには無理がある。


石丸:

「それにしても、数が多過ぎる気がするっス。この数では〈フルレイド〉でも高めの難易度になってしまうっス」


 そう言われて逆に気が付く。世の中には戦闘ギルドに入って、最先端でゲーム攻略をやっている人達ばかりではない。一般プレイヤー24人が、サファギン400体を倒すといった挑戦の難易度は、そこまで低くはないのかもしれない。

 〈シルバーソード〉を無意識に基準にして考えるのは良くないと反省する。


ユフィリア:

「それって新しい拡張パックのせいかな? だったら、凄いアイテムが出るかもしれないよね?」


 ユフィリアが自分に都合の良いこと言う。まず勝てるかどうかが問題だろう。クリアできなければお宝だって手に入らない。


ジン:

「じゃあ、そろそろ作戦を決めようか」


 ジンがあっさりとした調子で口を開いた。


みんな:

「「えっ?」」


 綺麗に唱和していた。レイシンは苦笑いしている。ジンが無茶を言うのも予想していたのだろう。


シュウト:

「ど、どうするんですか?」


 怖いもの見たさも手伝ってか、おそるおそる質問してみた。


ジン:

「そりゃあ、4~5回も休憩すりゃ400体いてもどうってことないんだし、オヤツ食って突撃すりゃ何とかなるだろ」


 それを聞いても誰も何も言わない。


石丸:

「あの、……ここの戦いは連続戦闘になるはずっス。一端戦い始めたら最後まで戦い切るしかないはずっスが?」


 石丸が状況の補足をしているが、ますます無理なように聞えてきた。


ユフィリア:

「じゃあ、魔法使える人だけMP回復しに休憩するってこと?」


 ユフィリアの余計な一言に愕然とする。思わず睨みつけていた。


ジン:

「基本方針はそれでいいか。ユフィと石丸はMPが尽きる前に休憩しにいくこと。特にユフィは仲間のHPを回復したりの準備をしてから休憩に行くんだぞ。ニキータも援護して、一緒に休憩に行けば戻りも早くなるだろ。……俺達3人は仲良く地獄行きだから、そのつもりでな?」


 どうやら僕は一緒に地獄行きになったらしい。これは久しぶりに大神殿行きかもしれないなぁ、と思った。〈シルバーソード〉の仲間が何人も死んで、復活したのを知っている。そこまで死に恐怖も拘りもない。

 ただ、ちゃんとレイドの準備さえ出来ていれば、なんの問題もないクエストで死ぬのはどうかと思ってしまう。ユフィリアの休憩中であれば、蘇生抜きでストレートに大神殿行きだ。しかもジンもレイシンも生き残って、自分だけそういう結果になりそうな気がして仕方が無い。


ジン:

「まぁ、俺とレイで300までは行けるだろうから、後はなんとかしろよ?」


 300体まで倒すなどと言ってても、完全な気休めにしか聞えない。そういう気休めを言うのも、もしかしたら『大人の務め』というやつなのかもしれないが。……まさか本気とか?


 その後、しばらく質問や相談しながら作戦や連携の細かい部分を打ち合わせる。ジンがあまりにも大丈夫そうに言うものだから、なんとなく大丈夫な気がして来たというべきか。ユフィリアなどは、すっかり勝つつもりになってしまっている。(それ、騙されてるだけだぞ)と心の中でツッコミを入れておいた。


 一人で辛気臭い気分に浸りながらも、矢をすぐに取り出せるように準備しておく。軽く100本以上は使うことになるだろう。魔法のカバンの中には特殊な矢も含めて400本近く入れてある。矢数自体はなんとか大丈夫のはずだ。100本まで取り出せる魔法の矢筒に通常の矢を入れておく。特殊な矢を30本ばかり入れた矢筒も用意して、2つ背負う。その他にもカバンの中に予備の矢筒を2つ用意し、取り出し易い場所に入れておく。


 ふと、レイシンが異様なものを握っているのに気が付いた。普段は黒い棍やスパイクチェイン、朱塗りの爪などを使っているのだが、今回はメイン武器を使うらしい。


シュウト:

「珍しい武器ですね?」


 好奇心が抑えられず質問する。他のメンバーも耳を(そばだ)てていた。


レイシン:

「ベースはファキールズ・ホーンズなんだけど、これはドラゴンの角で作られてる〈ドラゴン・ホーンズ〉っていうんだ。悪目立ちするから普段は使わないんだけどね」


 レイシンの持つ〈ドラゴン・ホーンズ〉は、互い違いに合わされた黒竜の角で作られている。中央には龍頭を模した飾りがあり、それがまるで盾のようでもある。

 幻想級でもおかしくない凝った造形なのだが、アーティファクト級の装備だという。普段から棍のような〈両手両刃武器〉を使っている理由がコレらしい。


 ――〈ドラゴン・ホーンズ〉はファキールズ・ホーンズをベースに、マドゥと組み合わせたもの。小さめの盾代わり(龍頭飾り)のある、ファキールズ・ホーンズの形状である。

 ファキールズ・ホーンズとは、インド周辺の托鉢僧(ファキール)の使う武器のことで、山羊の角で作られた武器。

 マドゥはインドの格闘技マーン・コンブの主要な武器のひとつとされ、盾と動物の角を組み合わせたもので、盾の横から動物の角が大きく飛び出している。

 


 気になってチラチラと見ていたが、ジンは特に装備を変える様子はなかった。普段通りにブロードバスタードソードとナイトプレート、ラウンドシールドのままだ。荷物をごそごそやっているのは『オヤツ』の準備らしい。


ジン:

「ほれ、いっとけ」


 差し出された料理は見た目こそ美味しそうなものだが……?


ユフィリア:

「美味しくなーい! これ、昔の料理!?」


 ユフィリアの言うように、メニューから作る料理、いわゆる“湿ったせんべい”だった。今ではかなりの高級品でも値崩れが止まらず、タダ同然の値段で取引されるようになっていた。


シュウト:

「なんで今更こんなものを?」


 僕も食べながら質問した。美味しくはないが、食べられないと駄々をこねるほどのものでもない。ちょっと塩か砂糖が欲しいぐらいの話だ。

 どうやったらこの湿ったせんべいを美味しく食べられるか〈シルバーソード〉でも議論になったことがある。その時の結論は『ハッピーターンの魔法の粉』ということになったが、作れないし、作り方も知らないのでまったくの無駄で不毛な議論だった。


ジン:

「戦闘前のスタミナ食だな。……最近の旨い料理がこの身体にとって良いとは限らないだろ?」


 ジンがニッコリと笑いながら言うのを見て、嫌そうだったユフィリアも食べることにしたようだ。一生懸命に噛んで、早く飲み込もうとしている。案外、聞き分けがいいというか。ニキータがタイミングよく用意した飲み物で飲み下し、食べ切っていた。


石丸:

「大手のギルドは“栄養バー”と呼んでるところもあるっス」


 そういう石丸もなんなく食べ切っている。僕もどうにか飲み込み、複数の効果が付与されていることを確認した。元はかなりの高級品らしい(苦笑)

 全員が食べ切ったところで、その時が来たことをジンが告げた。



ジン:

「じゃあ、行こうか」

 

 

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