表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/260

73  生存戦略

 

シュウト:

「中心軸って、そんなに凄いんですか?」


 フリーライドを構成する因子である『無心』と、オートアタックの関係を説明する中で、制御システムとして中心軸の方が遙かに、圧倒的に優れていると説明するジンだった。


ジン:

「軸のデキ具合にもよるがな。ダーウィンの進化論を仮に信じるとするなら、猿が立てるようになって、言葉を話せるようになり、やがて文明まで築いたりしたののほぼ全部が、中心軸のおかげってことになる。あらゆる運動、精神文化活動がその影響下にあるし、それらは全部が中心軸によって強化される」

シュウト:

「全部、ってどこまでの全部なんですか?」

ジン:

「思いつく限りすべてだ。……そりゃ厳密にいえば、水泳なんかは魚類化の方向性をもっているから、水平軸を発達させることで、最終的に中心軸ではないものを駆使することになるらしい。そういう意味では、魚みたいに人間じゃないものを目指す場合には、最終的に中心軸の制御は向いていないことになるのかもしれないんだけど」

シュウト:

「でも、その程度、ってことですよね?」

ジン:

「そーな。この中心軸ってのは、脳の発達との関係でも一応は説明できるんだ。脳の発達という方向で考えると、生物の基本戦略は『巨体化』となる。ゾウだとか、イルカ、クジラなんかは、体を大きくすることで、ついでに脳の容量も増やそうとしている。もちろん全ては結果的にそうなっているって事だ。

 一方の猿なんかは、脳を下から支える戦略を取ったんだ。結果として、体を大きくしないまま、脳の肥大化に成功させたと考えられる」

ユフィリア:

「下から支える?」

ニキータ:

「足で支えたってことね」

ジン:

「本当に進化論が正しいと仮定すればだけど、猿だのは生き残るために木に登ったりしていたからだろうな。木に登る、降りる、という上下方向の運動に特化することで、体幹部が『頭の下』に入ることになる。

 逆に言うと、犬みたいな四本足の場合、脳を大きくすると頭が重くなるから、バランスが悪くて支えるのが辛くなっちゃうんだ」

ユフィリア:

「うーん。頭だけでっかいワンちゃんって、肩がコりそうだし、可哀想だね」

ジン:

「バランスが悪いだけならいいけど、野生動物は動きが鈍くなると天敵に食われちまうかんな」

シュウト:

「……下から支えて脳が大きくなれたからこそ、二足歩行が可能になり、言語も発生させ得た、って事ですか」

ジン:

「スゲェだろ? 中心軸こそは人間の本質みたいなものなんだよ」

アクア:

「もちろんそれが凄いのは分かるんだけど、一方で運動能力は捨て去る結果になったんじゃない? 動物に比べると人間は弱すぎるでしょう?」

ジン:

「そこがなぁ~」

シュウト:

「そんなに弱いんですか?」

ジン:

「その辺りは微妙な話題だったりする。人間だと最速で時速40キロ前後が限界だが、体重が200キロ、300キロあるような、牛とか、それよりももっと大きいゾウでも、時速60キロ以上で走れたりする。

 ここに関連する話に、狼に育てられた子供の話がある。結論的には、完全な二足歩行もできなかったし、喋るのにも限界があったらしいんだ。しかし、狼の群と一緒に生活しようとしたら、かなりの速度で走らなきゃならない。ところが、四つん這いのまま、子供がもの凄いスピードで走ってたのが目撃されてるらしくてさ」

葵:

「おお、意外と人間って、動物の運動能力が残ってるやん」

ジン:

「だが、同時に人間ってのは、ハード特性としては立ったり、喋ったりが可能なマシンのはずだろ? でもそれができなかったことになる。……そりゃ、努力不足の可能性もあるが、ソフトとしての中心軸が作れなかったから、と考えた方がスマートだな」

石丸:

「この場合、中心軸を形成すると、運動能力が失われる、という方向っスが?」

ジン:

「それは安定を求めた結果だよ。人は足輪を形成してアウターマッスルを固めたことで、中心軸をコンクリート詰めにして閉じこめてしまい、オートバランサーの機能を捨てる選択をし続けている。この強大な拘束は、人類の歴史や未来までも縛り付けてしまってるんだ。……つっても、膨大な運動能力なんかあったって、現実にドラゴンとかがいる訳じゃないから、あんま使い道ってないんだけどさ」


 ジンの立場を考えれば、強くなるべき理由がない世界というものは寂しそうに思える。だがそれは、自分たちにとっては喜ぶべきことだ。このエルダーテイルの世界のように、周囲に化け物が闊歩する殺伐とした現実世界は辛い。〈冒険者〉の強靱な肉体無くして耐えられるかどうかは怪しい。

 一方、葵に言わせると『ジンぷーはこのゲームに愛されている』となる。この世界はジンにとっては住み易く、生き易い場所かもしれない。少なくとも〈大災害〉に巻き込まれたことも含めて、ジンという人にとって何が幸運で、何が不幸だったかは、簡単に決めつけられない気がした。……しかし、現実に帰還することを目的にしている人なだけに、存在自体が矛盾してしまっている。自分が強く在るのを止めるために強くなろうとしているのだから。

 この問題は、いつか自分の身にも降りかかることになる…………のかもしれない。



ジン:

「まぁ、人類の祖先ってヤツは、元から強くなかったのかもしれねぇんだけどな。単純に木に登って逃げまくってた動物だったのかも。その意味では、弱さを変質させることに成功したって可能性は高いと思うんだよ。

 弱肉強食の世界で『強いもの』が生き残るって考え方である『適者生存』は、進化論でみれば破綻する。例えば、サメなんかは強かったから進化しなかった生き物の代表だ。この場合『強い』って事は、成長はともかく、進化を否定してしまうんだ。……ここは重要なポイントだかんな?」

シュウト:

「はい」


 ジンのように強くなってしまえば、それ以上には成長できない、もしくは、しにくくなっていくのだろう。しかし、本人はそんな気は毛頭ないらしい。もしも自分が今のジンと同じぐらい強くなれたとしたら、そこで成長が止まってしまってもおかしくはないのに、だ。

 脳内回路の問題とあわせて考えると、成長の打ち止めは、水路が十分に太くなり、『もう飽きてしまった状態』となる。人間の祖先の猿は、自分の弱さを強みに変え、知性という武器を手に入れた。……のだとすれば、同じように弱さに強くなるためのヒントが隠されている可能性は高い。苦手な分野に自分がまったく別の何かに『進化するチャンス』が隠されていないとも限らない。


葵:

「わかった!つまりこうでしょ。……せいぞ~ん♪」

葵&アクア

「「せんりゃく~☆」」


 何故かここでアクアが歌い始めてしまった。歌う意味はさっぱり分からなかったが、素人の耳でもわかる。超絶に上手い。葵とのデュエットもノリノリだ。(ろくろナイト……?)


シュウト:

「あの、なんでここで歌が始まるんですか?」

ジン:

「いいじゃねーか。これがインド映画だったら全員で踊り狂うところだぞ?」

シュウト:

「……日本人で本当に良かったです」

ジン:

「それはそれで、楽しそうな気もするんだけどな」

葵:

「きっと何者にもなれないお前たちに告げる!」

ジン:

「やかましいわ!」


 胸を反らし、傲然と宣言する葵。それはたぶん何かの作品の登場キャラクターの台詞だろう。それにしても、胸の反らし具合は体幹起立反射なのかもしれない、とあまり関係ないことを思った。


ユフィリア:

「なんかすっごく楽しそう!」


 珍しくユフィリアが悔しげにしている。アクアも参加したためかもしれない。


ジン:

「世の中にはまだまだ、お前の知らない面白いことがたっっくさんあるのだよ」

ユフィリア:

「うーっ」


 噛みつきそうな目つきで、誰かの何かに対して復讐を誓うような顔付きユフィリアだった。(……いやいや、あなたも葵さんと同じ道を歩む気ですか?)と心の中でツッコミを入れる。

 以前に聞いた話では、葵も元はオタクではなかったのだという。生まれつきオタク気質だったので、本来の道に戻っただけだったとも笑っていたけれど。



アクア:

「……で、中心軸と無心ってのはどう関係するわけ?」

ジン:

「ああ、無心つってボーッとしてても意味ないかんな。中心軸で制御する時に無心を使うんだよ……って、チョイしゃべり過ぎかな」

シュウト:

「えっ?」

ユフィリア:

「今のどういうこと?」

ジン:

「ひみちゅー。時がくれば分かるであろう」うんうん


 誤魔化す素振りを見せてはいるが、なんだかポロっと喋ってしまった、というよりは、むしろ計算の上で敢えて聞かせたらしい。核心部分に触れたのだろう。すると分からないことだらけなのが分かってくる。これだけ説明されても、まださっぱり理解していないらしい。無心とは何か? 中心軸による制御とは具体的にどうやるものなのか……?


ジン:

「アレですよ。そこらのマッチョイズムは、こういう面倒っぽい事を考えるのをぜーんぶほっぽりだしちまって、『気合いだ』『根性だ』、最近だと『情熱だ』とか言えばいいと思ってる訳なんですね。俺から言わせれば、それこそ『怠け根性』さ。分からないからって考えるのを怠けてねぇで、気合いだの根性だのでどうにかしてみせろってんだ」

葵:

「おぅおぅ、誤魔化し入れやがったぜ」

ジン:

「るせー」

ユフィリア:

「でも、難しいことが分からない人だっているよ?」

ジン:

「分かるヤツだっているさ。だけど、分からないフリをしておけば、根性論をやっていられるんだな。その結果、ついてこられないヤツは切り捨ててもいいってことにしちまえるのさ。

 例えば、中学で才能あるって言われてたヤツが、高校に入ったらまるっきり通用しなかったりするケースなんて幾らでもある。 その内の一部は、根性論で才能を潰されたのかもしれないわけさ。

 やり方はこうだ。個々の向き不向きなんて考えずに、みんな一律に、キツイ練習をさせておく。で、『この程度の練習についてこれないヤツには、本当の才能なんて無かったんだ』とか(うそぶ)いておくわけだ。指導者ってのは本当に楽な商売だぜ? 学校なら代わりなんて次の年になりゃ自動的に入ってくるからな。後はキツイ練習で生き残った連中が結果を出せば、名監督とか言われるクズの出来上がりだ。こういう時、下手に手加減なんぞすると結果が出なくなるから監督は損をするだけなんだよ。鬼になってともかくしごいときゃ、世間にゃ褒められ易くなる」

ユフィリア:

「良くないよ、そんなの良くないよ!」

ジン:

「でも、それが現実だ。なんでもかんでも情熱~とか言ってれば、結果はこうなるんだ」

シュウト:

「そう聞かされると、ちょっとエグいですね」

ユフィリア:

「どうにかできないの?」

ジン:

「俺にどうしろって? だいたい、潰されたヤツが言えば負け犬の遠吠えだし、潰されなかったヤツは成功体験で洗脳済みなんだ。一応、体育会系の根性論は、年々ゆるやかになって来てる。同時にモラルも無くなってるっぽいけどな。一応は、関係者の努力で少しずつマシになってはきている、と思うんだけどなー」

葵:

「……実際、やる気とか情熱とかが無いと、なんにも始まらないのかもしれないんだけどねぇ。たぶん情熱を言い訳にすれば、他人に迷惑かけてもOKってことにしたいんでしょ。やり口がズルいっていうか、幼稚だぁね」

アクア:

「情熱で押し切らないと動かない愚図やノロマが多すぎるだけかもしれないわ。幼稚な連中に幼稚な方法で対抗するなら、あまり間違ってもいないでしょ」

ジン:

「いいや、『情熱にほだされた』とか言えば、体面や言い訳がつくんだとすれば、もはや共犯関係だ。つまり情熱ってやつは、愚図やノロマを肯定して再生産する仕組みだってことになる」

アクア:

「情熱的にアタックされない限り、自分から動く理由はなくなるってことね。モテない人間の甘ったれと同じじゃない」

ユフィリア:

「……どうにかできないの?」


 ユフィリアの再アタック。珍しく突っかかっていくなぁ、と思って成り行きを見守る。


ジン:

「んー、結論的には『ザコは見下すに限る』が定石なんだけど」

アクア:

「プッ」

シュウト:

「それはまた、……過激ですね」

ユフィリア:

「どういう意味? ただの意地悪?」

ジン:

「親切心では世界はなかなか変えられないんだよ。親切で教えてあげようとしても、相手に拒絶されるのがオチだ。良いことをして褒められたいと思っても、相手からすれば迷惑にしか感じられない。上から目線で、現場の苦労も知らずに何を言ってやがる!とか思われてお終いだな」

ユフィリア:

「相手のためになることでも?」

ジン:

「相手のためになることだから、かな。酒やタバコを止めさせるのも、『健康に悪いから』みたいな、『正しいこと』を言ったって無駄だろ? 本人がその気にならなきゃな」

ユフィリア:

「どうして?」

ジン:

「それこそ、依存しているからさ。多くの場合、なにがしかの犠牲を払っている。今までやってきたことを変えるっていうのは、間違いを認めることに近い。自分の過去を間違いだったと否定されたら、誰だって嫌なものだ。それを他人から簡単に否定されて、『はい、そうですか』と改められるかというと、中々そうは行かない。タバコぐらいならともかく、勉強だのスポーツだのの場合、テキトーにしかやってなかった連中だけじゃないんだよ。真面目で、一生懸命な人もいて、たくさんの犠牲を払ってしまってる。自由になる時間、我慢した楽しみ、痛い思いをした記憶、仲間との楽しかった時間、……そんなのを背負ってしまっているかもしれない。それを間違いだったと認めるのは、やっぱり苦しいことだろ」

ユフィリア:

「簡単に『それ間違ってるよ!』なんていっちゃダメなんだね……」

ジン:

「部分的に変えれば済んじまうケースも多いんだけどな」


 これらの依存は脳内回路の形成とも比較して考えなければならない。太く強くした脳内回路が間違っているので、別の方法論に取り替える、というのは心理的抵抗が働く。元の方法が楽に感じるのだ。


アクア:

「それでも、他人の行いを変えなければならない時もある」


 他人の痛みを知り、それでも立たなければならいのだ。アクアの凛然とした姿には、決意が滲んでみえた。人の気持ちを理解しようとすれば、どこか弱気になってしまうものだが、彼女にはすべての逆風を跳ね返してでも進む覚悟が見える。


ジン:

「どんな言い訳があっても、自分の怠慢で他人を傷つけて平気でいるケースはあるからなー」

シュウト:

「依存していて、相手が現状に満足している場合はどうすればいいんですか?」

ジン:

「うむ、話を元のラインに戻そう。まず『自分は正しいことをやっている』とすべての人間が実は思っている。社会的に許されないと分かっていても、仕方なく『やらなければならないこと』をしているつもりだったりする。自分の基準で『本当にやってはいけないこと』を意図的にしてしまう人間はほとんどいないんだよ」

石丸:

「認識論の基礎的な立場っスね」

ジン:

「それでも、自分のやっていることが正しいかどうかは、みんなが常に不安に思っているものなんだ。勝ちたいと思っている人間ほど、そういう傾向は強い。その『もしかしたら自分たちは間違っているかもしれない』といった心理を衝くんだ。誰だって、時代遅れの間違った練習方法をやったせいで惨敗したり、周囲に笑われたり、文句を言われたりしたくはないものだからな。

 だから、その嫌がることをしてやればいい。状況を変えたいのなら、悪役をやる程度の覚悟はなきゃならないんだ。相手を一方的に叩きのめし、バカだ、チョンだと見下してせせら笑ってやれば、嫌でも変わらずには要られなくなる」

ユフィリア:

「でも、それだと嫌われちゃうよ?」

ジン:

「相手のためを思うその善意が本物なら、一時的にしろ、嫌われても仕方がないんじゃねーの? もちろん、相手が素直に話を聞かない場合に限って、ではあるけど」

ユフィリア:

「……わかんない」

ジン:

「まぁ、俺はそんな面倒なことをするのは趣味じゃないけどな。でもそれが他人に冷たい態度だってことは自覚してるぜ?」

ユフィリア:

「そうなの?」

ジン:

「自分の大事な人間を守れなきゃ、なんの意味もないからな。他人の面倒をみるのなんて、あまった時間にやるオマケ程度で十分さ」

ユフィリア:

「大事な人って、葵さんとレイシンさんの事だよね」

ジン:

「ばっか、お前のことだよ」

ユフィリア:

「やーん。…………本当?」

ジン:

「ああ。大切に、想ってる」

葵:

「ひゅーひゅー!」

 

 安定のイチャラブ劇場だった。葵の冷やかしに対して、ユフィリアの肩を抱き寄せつつ、片腕を上げて応えてみせるジン。ユフィリアまでも目元で横ピースをしている。


ジン:

「こうした脳内回路の形成による依存心の問題は、人間を拘束する要因の一つでもある。なんとしてもβ世界とか、フリーとかに到達しないように、しないようにと工夫した結果みたいなもんだ」

ユフィリア:

「どうしてなの?」

ジン:

「自由であることは、楽ではないから、かもな」


シュウト:

「ところで今日なんですが、この後どうしますか?」

ジン:

「まず朝メシだな。その後は風呂にしよう」

アクア:

「あら、嬉しいわね」





 レイシンがお客様の存在に燃えたのか、朝から優雅な(豪勢な?)朝食になった。ジンがモリモリと食べ続ける一方で、ユフィリアは「朝からこんなに食べられない」と悔しそうにしている。するとジンがからかうように、「超うめー」「最高!」と煽るようなことを言って彼女から睨まれていた。


ニキータ:

「本当に美味しい。止まらなくなりそう」

シュウト:

「まだ食べられる? こっちの皿もあるんだけど」

ニキータ:

「……さすがに、もう入らないわ」

葵:

「にしし。大盛り女子って増えてるみたいだかんね」

ジン:

「葵も普通に食べるよな、その体の割に」

シュウト:

「そういえば……」

葵:

「食べた分がドコに行くと思ってんの? ココですよ、ココ」


 『ぺったんこな胸(本人談)』を強調表現。途端にニキータがさりげなく顔を逸らしたため、余計なことにも気が付いてしまった。まだ食べられるのに違いない。下手に追求するべきではなかった。自分の鈍さが恨めしい。


アクア:

「美味しいわ。素晴らしいわね。このミルクティーも、こんなに美味しいのは飲んだことない」

レイシン:

「はっはっは。喜んでもらえて、何より」

シュウト:

「……前から思っていたんですけど、レイシンさんっていつ訓練とかしてるんですか? 料理ばっかりしているような気がするんですが?」

ジン:

「おいおい。訓練の成果を毎日味わってるだろ?」

シュウト:

「でも、毎日戦闘してるわけじゃないですよね?」

ユフィリア:

「……料理のことじゃないの?」


 煙に巻かれたような気がして、微妙な顔をしてしまう。


ジン:

「それじゃ、一つ隠し芸を見せちゃおうかな。レイ、紅茶の準備を頼む」

レイシン:

「アレをやっちゃうの?」

ジン:

「そろそろ良いだろ」

レイシン:

「ネタバレは困るんだけどなぁ(苦笑)」


 準備されたのは、ポットに入った紅茶と空のカップが三つ。あとはカップに注ぐだけの状態だ。


ジン:

「まずシュウトが注いでみな」

シュウト:

「僕ですか? ……普通に注げばいいんですよね?」


 一つのカップに注ぐ。これは調理に相当しないので、味に変化はない。これが変化してしまうと、口の中に入れる時や、箸でつまんで口に運ぶのも調理になってしまうため、すべての味がなくなってしまう。


ジン:

「じゃあ、次はレイが注ぐ番だな」

レイシン:

「うーん。うまく行くかな」

ジン:

「普段通りだろ」


 レイシンは真剣をまなざしで、かなり丁寧にカップに注いで行く。紅茶がゆっくりとカップを満たしていく。琥珀色とか言いたくなるのだが、宝石に詳しいわけでもない。ここに砂糖とミルクを入れれば、いつも飲んでいるミルクティーになるはずだ。


ジン:

「飲み比べてみな?」


 手元の自分が入れた分を飲んでから、レイシンの入れたものを飲んでみる。比べるとよく分かるのだが、まるでおいしさが違っていた。


ユフィリア:

「どうして? すっごく美味しい!」

ニキータ:

「レイシンさんの入れた方は、いつもの味ね。問題はシュウトの方なのよ」

アクア:

「面白いわね。で、もう一つのカップは何に使うの?」

ジン:

「それは見てのお楽しみ。最後は俺がやってやんよ」

レイシン:

「早くしないと、渋くなっちゃうよ?」

ジン:

「おい、そこでプレッシャーかけんなって。 まぁ『荒神』使うから、プレッシャー関係ないけど、なっ!」


 気合いを入れたらしく、ジンの表情や雰囲気が一変する。


シュウト:

「……何をしてるんですか?」

レイシン:

「オートアタックの上位版だね。彼のは『荒神』っていうんだ。今までに何度も見てるよ」


 ジンは無言のまま紅茶の入っているポットに触れると、まるで天井から紐で釣り上げたようなの動きで、『つい』と持ち上げる。

 ポットから赤い液体があふれ、細い糸の滝を作る。ジンの生み出す紅茶の滝は、硬質で滑らかなを景観を途中で崩し、微かに飛沫をたてながらカップの中心へと吸い込まれていった。


ジン:

「ぷぅ~。……よし、巧くいったと思う。試してみな?」

ユフィリア:

「お先」


 さっと手を出したユフィリアに一番手を譲る。一口飲んだところで、その顔に戸惑いが浮かぶ。


ユフィリア:

「あれっ? なにコレ……?」

ジン:

「シュウトも飲んでみな」


 『?』を顔に浮かべているユフィリアからカップを受け取り、反対側から口をつける。赤い液体が口から流れ込んで舌に絡むものの、特徴がなくて感想が出にくい。否、何の味もしない。まるでお湯のようだった。


ユフィリア:

「やっぱり変でしょ? だって、ただのお湯みたいなんだもん」

アクア:

「貸して」


 紅茶のカップを受け取ると、まず香りを試してから口を付けるアクア。


アクア:

「香りもない。完全にお湯になってる。……ということは『調理』をしたってことね」

ユフィリア:

「でも、シュウトが同じことをしても、紅茶のままだったでしょ?」

石丸:

「『注ぐこと』を調理化できるということっスね。それならレイシンさんの紅茶が美味しい理由もそれと関係があると考えられるっス」

ジン:

「ふふふのふ。これぞエクストラ調理。調理段階を追加する手法なんだぜ!」


 追加調理技術。

 これは調理課程での超精密動作を『追加調理』と認識させ、〈料理人〉のスキルを持つ者に限って、更に味を良くすることが可能になる、と仮定される特技外特技である。


葵:

「なんか、コレどっかで見たことがあるような気がするんだけど」

アクア:

「…………デキャンタ、かな?」

葵:

「それだ!」

ジン:

「謎解きが早えーんだよ!」


 デキャンタ(デカンタ)。

 ワインの栓を開け、首の細い瓶に移し替えることを言う。長年の熟成による(おり)と呼ばれる沈殿物と分離することか第一の目的とされる。

 しかし、ワインを空気に触れさせることになるため、酸化するなどして味わいや香りが無くなってしまうケースもある。ワイン自体の向き不向きもあるが、この道の達人の手にかかれば、味わいを引き出すことができるという。


 今回の追加調理法であれば、デキャンタを応用した口伝技と位置付けることができる。


 『注ぐ』についての仮説を以下に述べる。

 まず液体には粘性がある。この粘性が水滴を作ったり、表面張力を発生させる。(粘性が低ければ、玉の形状とはならない)その粘性の正体は、分子結合力である。液体は静止に近い状態では一つの分子結合体になっている。つまり、カップに注ぎ入れる『途中』までは、一つの固まりのままで存在しているのだ。

 この『固体状の液体』を、地球の中心とカップの中心とが重なる中心軸線上に完璧に制御しながら通過させ、その際に固体の性質を微かに『破裂』させる(液化の過程で飛沫(しぶき)へと変わる)。すると、空気を含ませながら中心軸の気と交わり、『液状の液体』へと生まれ変わる。このことで一定の現象(美味しくなる、ビールの場合なら泡が長持ちする等)が起こると考えられる。 


 この破裂系の技術では、お粥なども『花が咲く』と言われる状態(煮込むことでお米の形が崩す)などがある。発芽玄米なども一種の破裂状態と言える。本来の形状を残しつつ、僅かに破裂させる方式・方法論のようなものがあると予想される。



アクア:

「……もしこれが成立するとなると、液状のものに対して何らかのプラス効果を付与できるってことになるんじゃない?」

葵:

「ん? どゆこと?」

アクア:

「たとえば回復ポーションとか。あれも液体でしょ」

ジン:

「なん、だと……!?」

レイシン:

「ああ、そういうことか。それは試してなかったね」

ジン:

「水が美味しくなるところまではやったんだけどな。なるほど、ポーションか」

シュウト:

「もし、回復力が高まったら、凄い発見ですね」

アクア:

「巧くいったら、発見者は私ね」

ジン:

「バカ野郎、いまのところ技術的に可能なのはレイだけなんだぞ!」

ユフィリア:

「そっか、ジンさんがやると水になっちゃうんだっけ」

アクア:

「応用力の差ね。頭が硬いんじゃない?」

ジン:

「ぐぬぬ」

ニキータ:

「味が良くなるだけだったりして」

ジン:

「いや待て、ポカリスウェット味の回復ポーションなら、売れるな」

シュウト:

「……売るつもりなんですか?」


 お風呂の準備をする間に商品開発が始まる。

 結果は部分的に成功で、全体的には失敗だった。回復効果は高くならない代わりに、ランダムで能力強化のバフが発生することまでは突き止めた。しかし、外見からでは成功・失敗の判定ができない。ポーションであれば、実際に飲んでみるまで成功したのかどうか、どんなバフが発動するかも分からない。

 紅茶などに比べて失敗率が高いこと、失敗すると回復薬としての効果まで無くなってしまうことから、製作者のレイシン自身が販売には反対した。「責任がとれない」とのこと。ちなみに名前は、ユフィリアのコメントから『びっくりポーション』になった。



ジン:

「ダメか、こりゃ売れねーわ」

シュウト:

「ですね。戦闘中に飲んだら『回復しませんでした』なんて、絶対に許してもらえませんよ」

レイシン:

「ごめん、ポーションだと量が少ないせいか、上手くいかないみたいで」

ジン:

「かめへんかめへん。味も悪くなかったし、成功したようなもんだ。後はお前も上位戦闘モードをモノにしてくれればいいんだし?」ニヤリ

レイシン:

「いやぁ、無理じゃないかな(笑)」

シュウト:

「それにしても、冷気耐性プラスとか、攻撃速度上昇とか、なんでランダムなんですかね?」

アクア:

「繰り返し実験して、法則を見つけるしかないわね」

ジン:

「ポーション飲みまくれってか? 勘弁してくれよ」





 お風呂の準備が整い、葵から順番に入っていく。客人のアクアは2番手である。カラスの行水でさっと上がってきた。

 次はユフィリアとニキータの番だ。最近、彼女たちは一緒に入るようになっていた。少しでも長く入っていたいから、らしい。熱めに調整するために、ジンがえっちらおっちらと熱湯の大鍋を持って風呂場に向かう。


ジン:

「よし、終わったな。しばらく休憩っと」

葵:

「ジンぷー、ごくろう」

アクア:

「いいお湯だったけど、毎回こうじゃ手間でしょ?」

ジン:

「文明の利器が偉大だって思い知っているところだよ」

アクア:

「それに、冬になったらどうするの? 途中で寒くなると思うんだけど」

ジン:

「追い炊きなー。その頃にはアキバに引っ越し終わってる予定だがなー。どうしようか?」

レイシン:

「その頃にはなんとかなってるんじゃない?」

葵:

「ボイラーみたいなのを誰かが作ってくれるでしょ、きっと」

アクア:

「……ぬるいわね」

シュウト:

「お湯ですか?」

アクア:

「頭が、よ!」

ジン:

「でも、んなこと言われたってさー。現実世界に帰還するのが最優先課題じゃね? 風呂なんて二の次だろ」

葵:

「ニキータちゃんには聞かせられないセリフね」

ジン:

「……まさか録音してないだろうな?」

アクア:

「そんなこといいから、なにかアイデアを出しなさいよ」

シュウト:

「そんなメチャクチャな……(笑)」

ジン:

「えーっ?…………やはりここはアレか」

葵:

「アレって、『アレ?』」

ジン:

「そう、アレだよ、アレ」

レイシン:

「えーっ、アレなの?」

石丸:

「アレっスか」

シュウト:

「まさか、本気でアレを?」

アクア:

「アレアレうるさいのよ」どげしっ

シュウト:

「あいたっ!」


 何故かわからないけれど、自分だけ蹴られた。たまに混じってみればこれだ。向いてないのかも。


アクア:

「……で、そのアレって何よ?」

ジン:

「聞いたことはないか?『ドラゴン袋』の伝説を」

葵:

「あ、そっちのアレなの?」

レイシン:

「なんか、いやーな予感がしてきたんだけど」

シュウト:

「ドラゴン袋って何ですか?」

ジン:

「ドラゴンは色々なブレスを吐くだろ? そのブレスを吐くための器官が体の中にあって、エネルギーを蓄積している場所、と考えられているのだ」

アクア:

「つまり、電池のようなものってこと? 炎とか電気をため込める何かが入っている感じの?」

シュウト:

「じゃあ、ドラゴンを倒した後で、はぎ取ればいいんですよね?」

レイシン:

「いや、そんな簡単な話じゃないと思うなー……」

ジン:

「やってみれば、なんとかなるんじゃねーの?」

石丸:

「問題点は二つっスね。一つ目は、ドラゴンを倒した後でその体内からドラゴン袋をはぎ取る、その解剖学的な位置を把握しなければならない点っス。もう一つは、はぎ取る際の危険性があるかもしれない点っスね」

アクア:

「そもそも、あるの? そんな臓器」

ジン:

「んー、D&Dの系譜だとすれば、ありそうなんだけど」

レイシン:

「その問題もそうだけど、消滅までに解剖みたいなことしなきゃいけないんだよね? 時間がまるで足りないと思うんだけど……」

シュウト:

「ドラゴンの体って、大きい上に、すごく硬いですもんね」

レイシン:

「重たいってのもあるからね」

アクア:

「有る無しも分かってない、場所も不明、解剖に手間が掛かる、その上で持ち出そうとしたら爆発するかもしれない、だなんて……」

ジン&アクア

「「燃えてきた(ぜ&わ)!」」


シュウト:

(ダメだこの人達、早くなんとかしないと…………)


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ