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71  手の内

 

葵:

「シュウ君、あたしのオムレツも食べていいんだからね?」

シュウト:

「あの、本当にもう大丈夫ですから……」


 朝から葵が妙に優しく、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて困る。予想はしていたが、ユミカにフラレた影響だろう。生温かい応援の眼差しに(ワザとやってるんじゃ?)と少しの疑念を抱きつつも、そうそう無碍にするのもはばかられるのであって、…………その丁寧さが、痛い。


葵:

「ごめんね」

シュウト:

「な、何がですか? いきなり謝らないでください」

葵:

「泣きたいよね? 泣きたくなるよね? あたしの胸で泣いてもいいんだよ?」

シュウト:

「いえ、結構です」

葵:

「そうだよね、こんなおチビちゃんのぺったりんこな胸じゃ、泣くに泣けよないよね。リアルだったら、ニキータちゃんにも負けないぐらいのボリュームがあるんだけど。そう、『ビッグボリューム』がね!」

ニキータ:

「葵さん、それ、何気にセクハラです」にっこり

シュウト:

「もう大丈夫ですから……」


 本当は大丈夫じゃないような気もするのだが、無理にでもそう言わなければ耐えられそうにない。母性が発動したにしても、明らかに方向を間違えていると思う。どうしてこうなってしまったのだろうか。


ユフィリア:

「…………ふぅ(ため息)」

ニキータ:

「ユフィ、大丈夫?」

ユフィリア:

「うん、ごめんね」


 しかも、落ち込んでいるのはむしろ、ユフィリアの方だったりする。友人であるユミカとの関係が微妙な状態のようで、あまり元気がない。天気で言えば曇りのち雨、降水確率40%といったところだろうか。

 念のために謝っておこうと思う。というか、謝らざるを得ない。


シュウト:

「あの、ごめん、僕のせいで……」

ユフィリア:

「ううん、シュウトが悪い訳じゃないから、気にしないで。人間関係にはこういうこともあるもん。仕方ないよ」


 それだけ言うと、また沈んだ表情に戻ってしまう。いつもの100%快晴のごとき元気さがないと、さすがに自分のせいだと責められている気分になる。


 もぐもぐと咀嚼していたものを飲み込み、ジンがミルクティーに手を伸ばす。一息ついてから一言。


ジン:

「パン食も嫌いじゃないが、朝はみそ汁が飲みたいのう」

葵:

「おじいちゃんか!」ビシッ


 空気って言葉を知らないのではないだろうか。まるっきり周囲の雰囲気を読んでいない発言だった。なにがしかのフォローを期待した自分が愚かだったと悟る。


レイシン:

「日本の朝ご飯がいいの?」

ジン:

「いんや、『おめざ』に飲みたいだけ」

レイシン:

「それなら……。うん、醤油も出てきたし、そろそろ味噌もあるんじゃないかな? 探しておくよ」

ジン:

「じゃあ、昼はアキバに買い出しで決定だな。よろしく~」

ユフィリア:

「お味噌汁って、そういえば久しぶりだね」

ジン:

「この世界はまだまだバリエーションが足りないからな。コーラとかポカリとか、たまに飲みたくならね?」

葵:

「アレだ、『果糖ブドウ糖液糖』的な?」

ジン:

「的な。とりあえずビックルが飲みたいんだよ。よく冷えたビックルはまさしく大人のご褒美と言えよう!」キリッ

葵:

「ビールじゃない辺りがジンぷーだぁね。そっち系なら、あたしはマミー派だわ」

シュウト:

「マミーだったらピルクルの方が好きですね」

葵:

「わかっちょらんのー、シュウ君」

ジン:

「レイは?」

レイシン:

「んー、敢えて言うならピルクルだけど」

葵:

「だー、りん? そ、それでたまにピルクルが冷蔵庫に入ってた訳?」

レイシン:

「わっはっはっは」

葵:

「は、謀ったな、シャア!」

ジン:

「……君の父上がいけないのだよ、ガルマ」


 コンビニやスーパーなどの売場で見かける範囲から考えると、マミーかピルクルが最大派閥だと予想される。ピルクル派の自分としては、なんとなく仲間を増やしたい気分もあって、女子二人組にも質問を投げてみた。


シュウト:

「二人はどうなの?」

ユフィリア:

「んー、そういうのはあんまり飲まないけど、プレミアムカルピスが好きだよ。ゆ~っくり飲むの」

ジン:

「ああ、アレか」

葵:

「カルピスと言えば、ぐんぐんグルトもあるでよ!」

ニキータ:

「私は、飲むヨーグルト系ね。R-1ヨーグルトとか」

ジン:

「くっ、セレブめ」


 R―1ヨーグルトだと何故セレブになるのか分からない。(……量?)

 ユフィリアによると、普段あまりお茶などは飲まないのだという。もっぱら水か、炭酸水(ゲロルシュタイナー?)、付き合いでコーヒー(スタバ?)ということだ。

 お茶ばかり飲むと、歯に茶渋が付いてしまうらしい。ニキータによれば、宝塚の人たちはお茶を飲む場合、必ずストローを使うようにして、前歯に触れないように徹底しているのだとか。


ジン:

「そういえば、まだ石丸に訊いてなかったな」

石丸:

「自分はミルージュ派っス」

葵:

「やられた! そこでヤクルトが来るかぁ」

ジン:

「通だな。あれも美味い」

シュウト:

「……なんでこんな話になってるんでしたっけ」

葵:

「そこはモチロン、『乳酸菌、飲んでるぅ?』って話っしょ」

ジン:

「言っとくが、俺はローゼンメイデンは見てないぞ」

葵:

「なっ、ジンぷーともあろうものが、なんと情けない!」(アムロ風に)

ジン:

「黙れ。麻生さんが見ていないと知った私は、あの作品から興味を失ったのだよ」(シャア風に)

シュウト:

「その麻生さんって誰ですか?」

葵:

「そりゃあ、元総理の麻生太郎さんでしょ。ジンぷーはネトウヨだからね」

ジン:

「ケッ、特亜と言われる中国・韓国に利益誘導する売国組織が多すぎるんだよ。もはやネトウヨは国士みたいなものだ。かならずや、失地を回復してみせる!」

ユフィリア:

「ネトウヨってなに?」

石丸:

「ネット上で右翼活動する人のことっス。右翼が保守派で、過去の経緯を大事にしつつ、少しずつ改善していく主義っス。左翼は革新派で、過去に囚われずに大胆に大きく変えようとする主義っス」

ジン:

「日本の場合、左は国際社会重視、右は国内問題重視でもある。海外問題を無視していいわけじゃないんだが、国内に負担をかけてでも海外重視の政策を採るのは国の在り方として褒められたものじゃないって言われているな」

ユフィリア:

「どうしてそうなってるの?」

ジン:

「そりゃいろいろあるけど、チェック機能を持つハズのマスコミの質が悪いのが悪循環の原因だろうな。新聞やテレビなどの大手マスコミは、偏った情報を社会に垂れ流し、大衆はそれを鵜呑みにしてしまう。戦時中のプロパガンダと大して変わっちゃいないんだよ。昔から日本も洗脳された社会なのさ。そうしていつしか若者は政治に関心を失い、ゲームのような個人的な世界に逃げ込んでしまうようになってしまった。

 ……そこを行くとネトウヨは右寄りの中立。つまり正義の味方なのですよ」

葵:

「陰謀論、乙!」

ジン:

「フッ、我々がドラゴン狩りをしているのも理由あってのことなのだ。全ては『大いなる計画』のためなのだよ……」(遠い目)

ユフィリア:

「そうだったんだ……」

ニキータ:

「こんなテキトーな人に騙されちゃダメ」

シュウト:

「〈エルダーテイル〉の中で頑張っても、あんまり意味がないんじゃ……」


 そうして朝食タイムは話が脱線しまくったまま終わった。





ジン:

「若干名、コンディションに問題のあるヤツがいるみたいだし、午前中は頭が空っぽでも出来るやつをやろうか」


 室内練習らしく、雑談するいつもの場所でそのまま始まった。着替えも必要ないらしい。


ジン:

「両手を優しくこすって、さすって、揉んでやる。気持ちよ~く、気持ちよく」すりすり


 全体的に手をこすり合わせると、「指の内側もしっかり」と指示される。


ジン:

「手首もさする、そのままヒジまで優しくさすります。気持ちよ~く、気持ちよ~く」


 時間をかけて、丁寧に腕をさすっていく。


ジン:

「ヒジより上、肩までさすってもいい。それから次にこうやって、手をぷらぷら動かして、振ったりしてやります」


 手首を上下にふったり、回転させたり、手のひらを上に向けて左右に動かしたり、必要以上に念入りに、30分はそうして腕を振ったり、さすったりを繰り返していた。


 しかし、これは始まりに過ぎなかった。


ジン:

「もっと気持ちよく、気持ちよ~く」

シュウト:

「あの、ジンさん?」

ジン:

「ん~、なんだ~?」さすりさすり

シュウト:

「これって、いつまで続けるんですか?」

ジン:

「ん~? そうだなぁ、とりあえず昼飯までかな」ぷらぷら

シュウト:

「えっ? 残り3時間半を、ただこれだけやるんですか?」

ジン:

「そうでございますよ」


 そこから1時間、黙々とただ腕をさすり、ぷらぷらと動かし続けた。そこからもう30分粘る。4時間の内の半分まで来たのだが、まだ半分だと思った途端に、緊張の糸が切れた。


シュウト:

「ジンさん」

ジン:

「ん~、どうした~?」ぷらぷら

シュウト:

「すみません、もう飽きたんですが……」


 ユフィリア達も手を下ろす。最初にギブアップしたのは情けないが、むしろ、いつかは誰かが言わなければならないはずで、それは自分の役目だろうという義務感のようなものがあった。


ジン:

「たったの2時間か、だらしねーなー」

シュウト:

「これって、何の意味があるんでしょうか?」

ジン:

「下手な戦闘訓練より、よほど強くなれる練習だとしたらどうする?」

シュウト:

「そうなんですか?」

ジン:

「どうするかって聞いてるんだよ」

シュウト:

「……がんばって続けます」

ジン:

「じゃあ、続けろ」

シュウト:

「いや、あの、もうちょっと、何か理由的なものは……?」

ジン:

「黙ってやれ」


 困り果てていると、横合いから笑い声が聞こえた。


葵:

「ぷはははっ!ジンぷーはいじめっ子だなぁ!」

ジン:

「フン、シュウトのヘタレっぷりは毎度の話だからな。新しいことを素直にやれない性格だぞ、コイツ」

シュウト:

「スミマセン……」

ジン:

「いやいや、最早そうこなくっちゃ物足りないぐらいだがね」


 肩をバンバンと叩かれた。一応、反論を試みる。


シュウト:

「いや、でも、みんなも飽きてたと思うんですよ……」

ジン:

「……石丸、この練習、つらいか?」

石丸:

「特には」

ジン:

「ユフィリアは?」

ユフィリア:

「大丈夫だよ。ただ手をさすって、ぷらぷらさせてるだけでしょ?」

ジン:

「なっ、やっぱりおまえヘタレだろ?」


 もしかしたら自分には堪え性がないのかもしれない、と情けない気分になってくる。質問に選んだ相手が特に我慢強いメンバーであることを差し引いても、この中では我慢する能力が低いことで間違いはなさそうである。


ジン:

「いいか、手がしっかりと柔らかくなったらどうなると思う?」

シュウト:

「えっと……」


 手が柔らかくて戦闘の何の役に立つのかと考えて、あまり思いつかない。むしろパソコンなどのキーボードを叩いたりするのが早くなるとか、そういうイメージだった。


ジン:

「わからないか? ……実はな、これは女の子にとって大変に有意義な練習なのですよ。江戸伸介レベルはちょっと無理だけど、洗練を極めた指先でゆ~っくりとなで回してあげれば、幸せな感覚にトロけてしまうであろうことは間違いないっていう」

石丸:

「『甘い生活』っスね」


 さりげなく、そばにいたユフィリアの頭を撫でようとするジンだったが、ユフィリアの方がぴょんと跳んで避ける。


ユフィリア:

「やだっ! えっちなことしようとしてるでしょ!」

ジン:

「チィッ、ばーれーたーかー!」げっへっへ

葵:

「ノンノン。今よ、教えた通りになさい」

ユフィリア:

「わかりました先生!……いくよ、ジンさん!」

ジン:

「むっ、よくワカランが、……こいっ!」


 胸の前で手を蛇のように動かして、構えをとるジン。口で「ドシュー、ドシュー」と言いながら拳を突き出す。石丸が「聖闘士星矢っスね」とつぶやくのが聞こえた。

 次第に高まってゆく緊迫感セブンセンシズ一呼吸おいて、ユフィリアが、動いた……!



ユフィリア:

「『エッチなことはいけないと思います!』」どどーん☆



 (えっ? それだけ?)と思ったのも束の間、ジンはダメージを受けたかのようにグラついた。


ジン:

「………………ちょっ、それ、ドン引きなんですけど。 葵~! テメー、変なことまで教えてんじゃねぇよ!」

葵:

「あれ? ジンぷー、こういうの好きっしょ?」キョトン

ジン:

「バカ! あれはちょいイノセンス入って恋愛を拒絶しつつ、でもちょっとエッチなことにも興味があったりの好奇心が隠れているニュアンスが大事で、……ともかくパンピーに仕込んだ上辺のセリフに萌えられるとか勘違いしてンじゃねーよ!」

葵:

「まーまー、細かいことはヨイではないか~。YOU、たのしんじゃいなYO!」

ジン:

「よくねーんだよ! 『萌え』ってのはなぁ、細かいことへのコダワリ抜きに語れねーんだよ!『神は細部に宿る』、基本だろ!」

ユフィリア:

「『不潔です!』『エッチなことはいけないと思います!』」

ジン:

「ぐはっ(喀血) うううっ、最悪だ。これほどの美人を無駄撃ちしやがって。 …………お願い、もう止めて。俺のライフはゼロよ」がっくり


 うなだれるジン。対照的に、勝ち誇るのはユフィリアだ。


ユフィリア:

「効果テキメンだねっ♪ さっすが先生!」

葵:

「こんなハズじゃなかったんだけどなぁ~。ま、いっか。……それと!あたしのことは先生ではなく、これからは師匠と呼ぶよーに!」

ユフィリア:

「わかりました、ししょー!」

葵:

「うむっ!」


 目を細めて威厳らしきを醸し出そうとする葵。

 とりあえずしおしおになっているジンに、練習の続きを促すべく話しかけることにした。


シュウト:

「ジンさん、そろそろ冗談は終わりにしませんか?」

ジン:

「……俺はちょっぴり心が折れたので、後は各自で練習するように。あと2時間、がんばれ」

シュウト:

「うえっ!?」

ユフィリア:

「りょうかーい♪」


 そこから2時間たっぷり、手をさすったり、ブラブラと動かしたりをやり続け…………、疲れた。





ジン:

「アキバの中ではやらなくてもいいけど、行き帰りは手を揉んだりさすったりやるんだぞ」

シュウト:

「まだやるんですか!?」


 昼食後、ジン抜きで買い出し部隊を結成し、アキバへと向かおうとしていた。なぜか出かける寸前になって葵に呼び止められる。


葵:

「ちょっち待って。んとね、〈黒曜鳥〉(ブラックスワン)なんだけど、アキバから出て行ったみたい」

シュウト:

「そうなんですか?」

葵:

「うん。だから(、、、)、逆に注意してね。行き先が分かっていないの。近くに潜伏しているかもしれないし。じゃなきゃ、北海道のススキノか、ミナミに行くつもりなのかもしれないし」


 ソファーでぐったりしていたジンが体を起こす。


ジン:

「俺も行った方がいいか?」

葵:

「その方が安全ではあるけど……」


 そう言われてしまうと、ちょっと意地を張りたくなってくる。


シュウト:

「いえ、大丈夫です。ジンさんは休んでてください」

ジン:

「いいってんなら、任せっけどさ。レイもいるし平気か? とりま、行きよりも『帰り』に気をつけろよ」

シュウト:

「わかりました」

ユフィリア:

「んと、どうして?」

ニキータ:

「行きはこのホームから出るのを監視してないとダメだけど、帰りはアキバで発見すればいいだけだから、帰りの方が襲われる可能性が高いでしょ」

ジン:

「そういうこと。シブヤの街中で怪しい動きはない。ついでに言えば、わざわざ街の外で見張りを立てる理由もない。俺のミニマップだのの能力を知っていない限り、そういう動き方にはならないだろ」

ユフィリア:

「ふむふむ」

シュウト:

「それじゃ、いってきます」


 やることがあると時間が経つのは早いもので、アキバに到着し、あちこちに寄り道しながら買い物をしていたら、いつの間にかシブヤに戻る時間になっていた。レイシンには夕飯の支度をする時間が必要なので、暗くなる前から戻らなければならない。ジンも葵も「おなかへったー」と何かの雛みたいに叫ぶので急いで戻るのだ。……あの二人はダメなところが本当によく似ている。


 帰り道に手をさすりながらレイシンに質問してみた。


シュウト:

「レイシンさん、この練習ってどんな意味があるんですか?」

レイシン:

「それは、帰ってからでいいんじゃないの?」

シュウト:

「そうなんですけど、レイシンさんの意見も聞いてみたいじゃないですか」

レイシン:

「んー、前にやった時は『指先が器用になれば料理にもプラスだぞ』って言われたけど、それだけが理由じゃないみたいだよ」

シュウト:

「なるほど……」


 理論的なことを押さえて練習してなかったことを意外に思う。そのまま、周囲に気を付けながら帰り道を急いだ。





ジン:

「では、シュウトくんお待ちかねの、理論編・解答編に入りたいと思います」


 たっぷりと時間をかけて夕食を堪能した後で、ようやくジンの話が始まる。トマト煮込みにされたロールキャベツが絶品で、非常に満足するものだった。


ジン:

「現象面では『手の内』などと言われる剣を持つ時の手の状態、理屈としては『把捉性拘束』の問題の解決が主眼となーる」

ユフィリア:

「はそくせーって何?」

ジン:

「手でギュッと握ることだ。それをやると体が硬くなっちゃうよって話なんだぜ」

シュウト:

「ギュッと握っちゃダメな訳ですか?」

ジン:

「いやいや、これがそう簡単な話ではないのだよ。順を追って話さなきゃならないんだが、剣などの手で扱う道具には、必ず『持ち方』と『握り方』があるんだ。しかし、これは大抵の場合、『同じもの』として扱われてしまう。

 ゴルフのクラブとかだと指の配置とかな。親指はどうのこうの、重ねてどうするこうするっていうヤツだけど、これは持ち方であり握り方になってしまっている」

シュウト:

「その二つが同じものだと、何が問題なんでしょう?」

ジン:

「実は、持ち方は自由でいいんだ。持ちやすいように好きに持てばいい。一方、握り方は柔らかく握らなきゃならない。ということで、手だの指だのの形にこだわる意味はないんだけど、そっちばっかり重視してると、柔らかく握ることなんて二の次、三の次にされてしまうんだな。剣を使う時も全く同じだ」


 ナイフやショートソードを握っている時のことを思い出してみるのだが、あまり意識したことは無かった。


ジン:

「こっちの世界だと、握力が強いせいもあるし、アイテムロックがある武器なんかじゃ、手から落とすという事がもともと起こりにくい。ホントの現実だと、握力が無くなったり、敵の血や自分の汗で滑ったりがよく起こるんだよ。しかし、秘伝というか、よく言われることで『剣は柔らかく握れ』ってのがあるんだ」

シュウト:

「じゃあ、それが常識ってことなんですね?」


 剣を柔らかく握るというのが、どうも特別な話ではないらしいと分かってくる。


ジン:

「まぁ、武蔵の五輪の書にも書いてあることだしな。

 だけど、3人も切るとなるとそのままグワシっと掴む『クソ握り』じゃないと持ち続けられない!みたいな話もあってだなー。普通の場合、柔らかく握ってたら『人なんか切れないじゃん!』ってことなんだ。その場合、武蔵の二刀流なんかだったら余計に剣なんて持ってられないはずなんだよ」

シュウト:

「両手持ちならともかく、二刀流はそれぞれ片手持ちですもんね……」

ユフィリア:

「んーと、結局、柔らかく持っていいの? 持っちゃダメなの?」


ジン:

「まず『柔らかくなんて持てない』が実際の認識なんだよ。

 柔らかく持つの反対は、硬く持つこと。一方で、弱く握るの反対が、強く握ることなのだから、この論理では、柔らかく握るためには、弱く握らなければならない。強く握ることはすなわち、硬く握ることになってしまう。……ではここから得られる論理的な正解は?」

ニキータ:

「えっと、たぶんですけど、必要最低限の力で握る、かと」

ジン:

「正解。だけど50点。なぜならば、この論理の内に答えはないからだ。ではどうなっているかというと……」

ユフィリア:

「わかった! 手を柔らかくしちゃえば、強く握っても柔らかいままなんだ、でしょ?」

ジン:

「おっと、……どうしてそう思った?」

ユフィリア:

「だって、今日は一日ずっと手を柔らかくする練習をやってたでしょ? だから、そうかなって。……あれ、間違ってた?」

ジン:

「いいや、大当たりだ。正解者に拍手!」


 立ち上がって拍手するジンに合わせ、みんなも立ち上がって拍手をする。それを受けてユフィリアがその場で回って歓喜を表現していた。


ユフィリア:

「ありがとー!ありがとー!」くるくる

シュウト:

「あははは。…………でもアレですね、そう聞かされるとなんだか当たり前みたいな話ですね」

ジン:

「まーな。大抵のこたぁ、気が付いてしまえば簡単なもんだからな。だが、剣道をやっているほぼ全員が、コレに気が付かずに現役を終えてしまう、って程度にはインパクトのある話なんだぞ。現役の連中は、いきなりこんな話を聞かされても受け入れられないはずさ。でもそうやって否定しても、マトモな認識力があれば裏で手をさすり始めるはずさ。……後でさっちんにも聞いてみな?」

シュウト:

「そう、します……」


 もしかすると途轍もない情報を聞いたのかもしれないが、普段から何気なく『途轍もないことだらけ』なので、よく分からないまま『そういうものか』と思って終わりにしてしまっている。さつき嬢の反応から教えられることも多い。


ジン:

「本当は、足の裏から先に訓練するべきだったんだが、今日は頭を使わなくていいように、ともかく手をさすったり、ぷらぷら揺すったりする日にしたわけだ。なぜ、足裏の方が先かというと、手は何かを持たなきゃ関係ないが、足の裏は立てば必ず地面と接触してしまうからだ。という訳で、次は把捉性拘束の話な」

石丸:

「立てば足の裏から拘束され、武器を持つと手から拘束されるという順番っスね」

ジン:

「さすが石くん、そゆこと」

シュウト:

「なるほど……」


ジン:

「すばらしく簡単に説明するわけだが、脳みその中では部分が全体に影響する仕組みになっている。だから、一部分に硬くする命令を出すと、その周辺部分も自動的に硬くなってしまうんだな。これは脳からの出力側。

 同様に、体が硬くなっているとその信号をキャッチして、対応する脳の部分が硬いというシグナルをだす。それが脳内で周辺部分にも影響する。たとえば、服とかで体を締め付けたり。これは入力側。

 脳への出力と入力は同時っぽいけど、僅かにズレがある。だからどちらからでも影響させることができる。鍛錬はこの部分を利用するんだ。

 脳内では基本的に、腕だのの『体の部位』と対応する『脳内の部位』が決められていて、手や指、腕を担当している範囲はその中でも最も広かったりする」

石丸:

「ペンフィールドのホムンクルスっスね?」

ジン:

「そうだな」

ユフィリア:

「それって何?」


 ペンフィールドのホムンクルス。

 これは体と対応する脳領域の『割合』から作られた人型のことで、手と口が妙にデカい不気味な人形(もしく絵)のことを言う。

 フロイトの心理学では、ほとんど全てを『性欲の裏返し』などと説明しようとするが、脳内領域における性器の割合の小ささをこのホムンクルスによって示したため、反証に近い行為となっている。


(画像)

挿絵(By みてみん)


 

ジン:

「しかしだ。脳の一部が損傷しても、他の部分がこれを補うことが出来たりする仕組みがあるんだよ。手とか足、みたいな厳密な区別があると、脳が損傷した時のフォローやバックアップが効かなくなるから、あまり区別してないんだな。これが全体に影響してしまい易い原因。おかげで多少の問題があっても、リハビリしているとその内に別ルートを構築して動けるようにできたりするわけな。

脳と体とが1対1関係になっていなくて、一部が全体に影響する仕組みになっている。従って、武器をこれでもか!と硬く握りしめていると……」

シュウト:

「脳内での区別が厳密じゃないから、他の部分も勝手に固まって、硬くなってしまう」

ジン:

「そういうこと。どれだけがんばって柔らかくしても、手を硬く握ってしまえば無駄っつーことになりかねないワケ。直接的には筋肉の硬直からハンドスピードの減衰、そこから逆に影響が起こって反射速度にロスが出たりする」

ユフィリア:

「ぜんぜん簡単じゃなかったね」

ジン:

「わかりませんでしたか、お姫様?」

ユフィリア:

「やわらか頭ならいいんでしょ? でも、脳って柔らかくなるの?」

ジン:

「なるさ。脳が硬直化すると老化現象を起こすんだ。これは直接的な細胞の老化じゃなくて、運動機能不全のほう。つまり、老化ってのは体の硬直化のことをいうんだ。体が硬くなるっていうのは、脳内の神経細胞が使われない状態で長らく放置されてしまって、使われない神経細胞が衰弱する現象。そのままだと脳と体とのリンクが途切れてしまうんだよ。そうなっちゃうと、動かしたくても、もう体は動かなくなる。動かさないから動かしにくくなる。更に動かしにくくなっている訳だから、動かすのがおっくうにもなる。そんな状態が続けば、脳が縮んでいってしまうから、最終的には寝たきりになるしかない。悪循環だな。

 活発な脳活動をしている代表といえば赤ん坊だな。劣化していない脳はシナプスとか呼ばれる神経細胞がたくさんある状態なんだ。赤ちゃん自体もふんわりしながらずっしりと重みがあって、何よりも柔らかい。……さわったことはあるかい?」

ユフィリア:

「うん。すっごく可愛かった」

シュウト:

「ちょっとアレですけど、シナプスがたくさんあるのが強さの秘訣、みたいな感じですか?」

ジン:

「それは赤ちゃんは強いか?という質問になっちまうだろ。答えは、赤ちゃんは柔らかい、だ。強さとはある種の総合力のことだし、柔らかさはその一要素に過ぎん。それが一番に重要な要素だったとしても、柔らかさだけで勝つことはできない。他の要素が最低限そろってなきゃ無理だ。だから赤ちゃんは弱い。

 『頭の体操』というベストセラーになったパズル本の著者がその本の中で、脳神経系の回路を水路に例えていたんだ。使われない水路は細くなって消えていく。逆によく使われる水路は太く強くなっていく、と。パズル本としての趣旨は、頭をいろいろと使って、違う見方をすることで様々な刺激を脳に与えることにあったはずだが、鍛練にも同様のことが言える。

 鍛錬、特に反復練習ってのは、脳の中の水路を太くしていくことに近しい。ただ、その水路を太くし過ぎるとこれまた依存が起こり、他の部分の水路が細く・弱くなってしまうんだ。ここに鍛練の難しさがある」


ニキータ:

「脳の水路を太くし過ぎてもダメ、バランスを求めて太くしないのもダメってことね……」

シュウト:

「水路が細くなると、体のどこかが硬くなっちゃうんですよね?」

ジン:

「そうなるな。普通は水路を太くしすぎると『飽きる』ように出来ている。刺激が足りなくなると、つまらなくなるんだ。ここから、『成長は面白い』ということが言えるようになってくる。同時に新しいことを始めるのはストレスがあったりする。脳神経系が増える時にかかる負担をストレスとして感じやすいわけさ。だから人は新しいことを避けようとする性質がある。成長はストレスであり、面白味なんだ」

葵:

「つまらなくなるから、他のことをやろうとする。そのことで別の脳内回路が刺激される仕組みがあるってことね。……だったら基本としては飽きるまでは同じ事を続けた方がいいみたいね」

ユフィリア:

「人間って、うまく出来てるんだね」

葵:

「んー、でも、恋人に飽きるのも刺激が足りなくなるから、かもしれないわよ。浮気の仕組みなのかも?」

ジン:

「飽きっぽいヤツが言うと本当らしく聞こえるね。レイはそろそろ気を付けた方がいいんじゃないか?」

葵:

「バカたれ! だーりんとは、まだラブラブなんだからね!」

レイシン:

「わっはっは。まだラブラブだから」


 レイシンが珍しく愛情表現に近いセリフを言ったことで感激したのか、葵は彼の腕を抱きしめて身をすり寄せるのだった。


シュウト:

「ところで丁度、飽きて来てたところなので別の練習をしませんか?」

ジン:

「アホか! ちっとも柔らかくなってねーだろうが!」

ユフィリア:

「えっ、まだ続けるの!?」

ジン:

「とーじぇんネ!」


 似非中国人風の発音でユフィリアのコメントを否定的に肯定(もしくは肯定的に否定)するジンだった。


ジン:

「しかたないなー、この種の鍛練のキモを教えておこうか。

 現実世界での我々人間ってのは、五体満足なら、その肉体的素質には大差がないんだよ。それでも一般人と金メダリストぐらいには差がついてしまうものなんだ。専門的な訓練や、身長だの金持ちだの環境だのの生まれながらの素質、男女差なんかも原因だろうな。

 ここでの問題は〈冒険者〉である今の状態の方だ。〈冒険者〉は最高レベル、いまならレベル90だが、その状態では全員が金メダリストに相当すると言っていい。人間やアルヴ、ドワーフといった種族はあるが、〈冒険者〉そのものがサイヤ人的な『戦闘民族』と考えられる。一般人というくくりが存在せず、全部が『戦士階級』なんだ」


 RPGで戦闘をするためのキャラクターが元になっているのだから、これは当然と言えば当然のことだろう。


シュウト:

「……つまり鍛練とは、人間にとっての金メダリストになること。〈冒険者〉なら、金メダリストよりも上の存在に近づくこと……」

ジン:

「大抵のプレイヤーが現状でやっていることは、元の世界の自分でいようとするあまり、『戦士階級』の下に『一般階級』をもうけて、そこに甘んじようってことだな」

シュウト:

「前から言ってる『自分化の罠』ですね」

ジン:

「うむ。プレイヤー全員が戦いに向いているとは言えないから、そりゃ仕方のない面もあるんだが、そんなことをいったって、『個々の能力』というのは全体の集団によって定義されてしまいやすい。全体のレベルが低ければ、その山の頂点も相対的・統計的に低くなっちまう。現状は〈冒険者〉の高度な肉体性能に支えてもらってどうにか戦えている状態だ。 そもそも〈冒険者〉の肉体性能を引き出して駆使するだけでも、人間の一般人である我々には大仕事なんだ。だけど、更にその先にあるハズの『〈冒険者〉の肉体性能を高めること』をしなければ、俺の考えるレベルで鍛練をした事にはならないんだよ」

ニキータ:

「ですが、そんなこと可能なんですか? いえ、ジンさん自身が証明になっている事は分かっているんですが、〈冒険者〉は、レベルによってその能力に限界が設定されているのでは?」


 珍しくニキータが異を唱える。理屈として納得できない部分をどうにか言葉にしようとしているようだった。


ジン:

「面倒くさく言おうとすると、『物理的な機能限界』と『普通』って概念との間に、鍛練可能な領域が必ず存在している、みたいな話とかになる。だが、とりあえずここでは簡単に説明する。そもそも〈冒険者〉の体ってのは、とある場所は鍛えられるように出来てるのだ」

ユフィリア:

「えっ、どこ?」

シュウト:

「ここまでの話からすれば、脳ってことですよね?」


 ユフィリアの答えを踏襲した形なので、ある意味ではカンニングのようなものだ。


葵:

「……そっか、『記憶』だ」

ジン:

「シュウトで合っているけど、葵の方が説明しやすいな。〈冒険者〉ではなく、人間として生活するには出来事を記憶し続けなきゃならない。それはつまり、常に変化し続けるってことを意味している。変化が可能なら、成長も可能ってことだ。〈冒険者〉としてのレベルによってステータスが固定されていても、精神や心は変化しなきゃならない。これは矛盾だ。キャラクターとして精神が入っていない状態でなら、外部からゲームキャラクターを操るって形式で処理できたし、矛盾も無かったかもしれないがな」

レイシン:

「でも確かに、新しい方法で料理していると、サブ職のレベルとは無関係に慣れたり、上達できたりしてるかもしれない」

シュウト:

「レイシンさんって、まだ上達してるんですか?」

レイシン:

「はっはっは。まだまだ全然へたっぴぃだからね」


 あれだけ料理できて、まだ全然というのは恐ろしい気がする。しかし、料理歴なんかからすれば、駆け出しもいいところなのだという。「毎日作るようになって、ちょっと慣れただけだよ」とは本人の弁だった。


 考えてみれば、経験点などもある種の『体験的な記憶』を数値化したものに他ならない。その数値によってレベルなどの肉体的な要素が上がるとすれば、記憶の持つ影響は計り知れない不気味さをもっているような気がしてくる。


ジン:

「一面の真理を述べれば、〈冒険者〉の体からから見た場合に、俺たちの精神がそのまま〈冒険者〉の体にとっての才能そのものってことになるんだよ。故に、生かすも殺すも自分次第…………っていうほど自由は効かないんだけどな。やっぱし偶然に近い形で運用されてしまっている訳で」

葵:

「人生なんて、そんなもんでしょ」

ジン:

「だーねー。レイ、緑茶ない?」

葵:

「お茶受けもお願いネ」

シュウト:

「だから、そこで老け込まないでくださいってば!」


 ヨボヨボゴッコでお茶をすすろうという魂胆はまるっきり見え見えであり、これは速攻で阻止しておかなければならない。そのまま30分ぐらいお茶を飲んでダラけるに違いないのだ。


ジン:

「んだよー、ずんぶん喋ったし、食後の一服って大事じゃね?」

シュウト:

「断固として続きをお願いします」

ジン:

「だから、さすったり、ぷらぷらしたりすればいーじゃん」

シュウト:

「……もうちょっと何かないんですか?」

ジン:

「工夫のない男には、魅力もないな。……もうちょっと感謝の念をこめてさすったりしろよ。お前ら、自分の手足が動くのが当たり前になりすぎてんだよ。世の中には地雷踏んで義足の人もたくさんいるし、腕がない人だって大勢いらっしゃいます。 腕があって何事もなく動く奇跡に感謝して、『いつもアリガト、ちゅっ』ぐらいしろっつーの!」

ユフィリア:

「いつもアリガト(すりすり) チュッ」


 (いと)おしそうに頬ずりをして、キスするユフィリアには躊躇の欠片もなかった。本心からやっているのが分かる。なんというべきか、先にやられてしまうと、逆に動きにくかったりするものではなかろうか。


葵:

「いやぁ、ユフィちゃんは素直だなー」

ジン:

「美徳ってヤツだな。それに比べてそこなとっつぁんボーヤときたら」

葵:

「シュウくんもイイコなんだけどネ」


 めちゃくちゃ言われているような気がしたが、とりあえずスルーしておく。ユフィリアと一緒にされたらたまらない。

 そのユフィリアはジンに触れそうなぐらい近づいていた。


ユフィリア:

「ねーねー、ジンさんの手、みせて? すっごく柔らかいんでしょ?」

ジン:

「オゥ、ノー! 『手の内は見せるな』っていうだろ? 基本中の基本っすよ」

ニキータ:

「ああ、そのままの意味でも使えるんだ」

シュウト:

「あの、それって仲間が相手でもダメなものなんですか……?」

ジン:

「本当ならダメだ。手にできるマメとか、タコとかの配置や特徴で敵に与える情報なんかを、昔は重視していたらしい。現代ではそんな所から意味を読みとれる人間なんて皆無だから、まっったく問題ないんだけどな。でも、俺の手なんて見せたら『極意』までバレる可能性があるんだぜ」

シュウト:

「極意って、確かジンさんのオリジナル特技のことですよね?」

ジン:

「いやいや、この場合は、本来の意味である『極まった意識』の事だ。つまり『手の内を整える』に関する極意は、手を柔らかくすること、なのだよ。その結果というか、その原因ってのが、手の意識が極まった状態ってことだな」


シュウト:

(……って事は、手の意識を極めるための練習なのか)


 何かがノド元まで出てこようとしていた。もう少しの気がして、ジッとそれが出てくるのを待つ。


ユフィリア:

「見せるのがダメなら、握手ならいいでしょ?」

ジン:

「そんなことしなくても、全身をくまなく撫で回してやるってば。ほーら、いい子いい子」

ユフィリア:

「もう!『えっちなのはいけないと思います!』」

ジン:

「フッ、甘いな。聖闘士(セイント)に一度でも見せた技は、もはや通じることはないのだよ」

ユフィリア:

「ズルいよ~」


 ユフィリアの頭に手を伸ばしたジンは、軽く撫でた後でホホに手を当てた。ホホをさわられたユフィリアは、自然な動作でジンの手をとり、確認するようにその内側を触る。ジンもそれを拒絶はしない。ともあれ、それほどエロティックなことにはならなかった。


ユフィリア:

「あったかい。それにプニプニしてるね」

ジン:

「手の中の骨と筋肉とが、最低でも分離してなきゃこうならない。握った時に、骨の硬さまで届かせない感じかな。それを超えると、骨も柔らかくなるように練習を続けるんだ。そうやって手を疑似的に『液化』させて行くのさ」

ユフィリア:

「骨も?」

ジン:

「骨も。本当に柔らかくなったりはしないけど、骨だから硬いままでいいだなんて甘えは、この手の練習にはない。

 ……じゃあ、後は寝るまでずっとこの練習な。それと今夜は練習が終わったら直ぐに寝ること。寝る前に誰かと念話したりは禁止だ。余計な情報を入れると寝た時の効果が半減するから勿体ないんだ。今の内に用事は済ませておけよ?」

シュウト:

「なんか、テスト前の一夜漬けみたいですね?」

ジン:

「短時間でどうにかしようとしてんだから、似たようなもんだ。睡眠を利用する学習法は、その事で頭をいっぱいにしてから少し早めに寝るってのが基本だからな」


 用事を済ませに行った女子二人を待っている間に、手が柔らかくなったらどうなるのだろう?と考えてみる。弓を使う場合、『離れ』が良くなったりするかもしれない。気を通しやすくなる等のことも考えられる。


シュウト:

(もしかして…………)


 気を込めて矢を射る時に、手に気を集めるようにしているのだった。同じように両手に気を集めてから、手をさすってみた。それがどことなく面白い。『意、至る気』ならば、気が集まっていれば、そこに意識もあるという事になるはずだ。


シュウト:

「ジンさん、こういうのってアリですか?」

ジン:

「いいんじゃねーの? 工夫は結構なことだ。自由にやってみろ。ダメだったらダメ出ししてやるから」



 手に気を集めるようにしてからは、気の維持の難しさも手伝ってあまり飽きることもなくなった。揉み込むなどで強めに刺激を与え、手や腕の中の『骨』と『筋肉』の剥離を促すことを目的に、さすったり、動かしたりし続ける。言われた通りに寝る直前で止めるころには、すっかり疲れ、手の皮膚がこすりすぎてピリピリして感じるほどだった。〈冒険者〉の強靱な肉体をもってしてもコレなので、人間の体ではこんなに長くは続けられない練習だとも思う。



 疲れ果てていたためか、その晩はあっさりと眠っていた。

 気付けば朝になっており、起きた瞬間からに異常を察していた。なんと布団の中の手がパンパンに腫れ上がって、野球のグローブほどのサイズになってしまったような感触があった。


 布団の中の手がどんな惨状になのか、おそるおそる確認しようと外に出してみたところ、意外なことに元のサイズから何も変化していなかった。1~2ミリは大きくなっているかもしれないが、元のサイズをそこまで厳密に把握しているワケもない。


 何が起こっているのか?と、まじまじと自分の手を見つめる。良いことなのか、悪いことなのかの判別ができない。シビレるような感覚が消えるまでの5分ほどの間、そのままじっと動かずにいるのだった。

 



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