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EX  鞘走り と 剣聖

 

アクア:

「ハロー! 久しぶりね」

ジン:

「またお前か……」


 ジンの『朝のお味噌汁タイム』に颯爽と現れたのはアクアだった。久しぶりと言いつつ、三日前に用事を押しつけたばかりだ。


シュウト:

「アクアさん、おはようございます」

アクア:

「こっちは朝なのよね。モーニンっ!」

シュウト:

「妙にテンション高めですね」

アクア:

「ひとつ仕事を終えて、これから寝るトコなのよ。その前に、報酬を払えって言われてね。ついでだからココに来たの。レイシンの作る食事は最高ですもの!」

ジン:

「報酬? 聞き捨てならんな、そういうのは俺にこそ払え!」

アクア:

「払ってあげるわよ。カマン!」

エリオ:

「おじゃまするでござる」


 そう言って入って来たのは、高い身長に浅黒い肌をしたサムライ。南米で出会った『ござる』が口癖のエリオだった。

 扉を開けると、ゾウリを脱いで裸足になろうとしていた。


ジン:

「んー、と?」

エリオ:

「ジン殿、お久しぶりでござる!」

ジン:

「ああ、お前、ゴザルか」

シュウト:

「あの、ここのフロアは靴のままで大丈夫ですよ」

エリオ:

「そうでござるか。おお、シュウト殿もお久しぶりでござる!」

シュウト:

「どうも……」


 どうもでござると言いそうになり、言葉尻が淀む。

 ジンの前までやってくると、突然、床に正座して頭を地面に押しつけ、土下座の体勢になるエリオだった。


エリオ:

「ジン殿! 今日こそ弟子にして頂きたく!なにとぞ!なにとぞ!!」

ジン:

「ホゥ、なかなか良い心がけ、じゃあないか」

エリオ:

「では!」

ジン:

「だが、断る!!」バッバーン!


 ジョジョ立ちといういつものスタイルでばっさり真っ二つ。

 以前にベヒモスを倒した後にも見たやりとりなので、2回目では何も感想はない。土下座からそのままグシャッと倒れ、「またでござるか~」と涙を流すエリオだった。


シュウト:

「別に、いいんじゃありませんか?」

ジン:

「こいつ、土下座したいだけの人だから。なっ、日本かぶれ」

エリオ:

「そ、そんなことは無いでござる……」

ジン:

「目を逸らすな、目を。……まぁ、いいや。弟子にはしてやれんが、冥土の土産に剣なら教えてやろう。何にしようかな」

シュウト:

「冥土って……」

エリオ:

「では! イアイをお願いするでござる!」

シュウト:

「居合い、ですか」


 という訳で居合いを教える話になっていた。けれど、最初からいきなり躓いてしまう。


ジン:

「なんじゃ、こりゃあああ!」

エリオ:

「どうしたでござる?」

ジン:

「ばっかやろう、こんな鞘モドキで居合いができるか!」

シュウト:

「えっと、僕にも見せてください」


 エリオの刀は、幻想級の二刀一対。銘をサイウン・ズイウンという。受け取って自分でもこしらえを見てみると、鞘が大変にいい加減な代物だった。まずサイズが合っていない。どうやって抜いているのかすら、分からなかった。


シュウト:

「これって、……別の刀の鞘でしょう?」

エリオ:

「鞘は最初から無かったでござる。仕方ないので、こうしているでござるが、これまで何も問題なかったでござる」

ジン:

「ドゥアホウ! 居合いは鞘があってナンボだっちゅーの!!」

シュウト:

「そうなんですか?」

エリオ:

「そうでござるか?」

ジン:

「マジか、なんも分かってねーな。……ダメだ、アキバ行くぞ!」


 こういうわけで面倒がるアクアを連れ出し、シブヤの〈妖精の輪〉からアキバに一番近いカンダの古書林までジャンプ。そこでアクアと別れ、あっという間にアキバに到着した。


 ジンはそのままズンズンと歩いていくと、入り組んだ街中から目的地らしき刀剣ショップに入って行った。エリオがアキバの活気に驚く間も与えない電撃的速度だった。


 店の中にはアチコチに刀が置かれている。店番なのか店主なのか分からない人がいて、小さな声で「いらっしゃい」と言った切り後は何も起こらなかった。NPCじゃないかと思ってステータスを2度見してしまった。


シュウト:

「こんな店があるんですね……」


 ジンを真似て普段は反りのない『直剣』タイプのショートソード(もしくは銀鞘の短剣)を使うようにしているのだが、〈暗殺者〉は脇差しサイズの小刀なら大抵のものが装備可能である。何本かある高位制作級のようなお宝を前にすると、ワクワク感で目移りしてしまいそうになる。


エリオ:

「世界最強の日本刀がこんなに……。ここはすばらしい場所でござる!」

ジン:

「練習用に装備レベルが低いヤツを一本買っとくか。ともかく先に鞘だな。さっさと武器を出せ」

エリオ:

「ござる」


 エリオに武器を出させると、店主?のところへ持って行く。受け取るとためつすがめつ、あらゆる角度、部分をじっくりと検分する店主?だった。


店主:

「珍しい……」

ジン:

「マトモな鞘が欲しい。できるか?」

店主:

「夕方、また、来て」

ジン:

「早いな。幾らだ?」

店主:

「6000でいい」

エリオ:

「高いでござる!?」

ジン:

「2本分で6000だろ? それならいい値段だろう」

店主:

(こくり、こくり)


 装備レベルの低いものをついでに練習用として一本頼むと、短いセリフで「オススメ」と出されたものをそのまま購入することになった。


ジン:

「ほれ、全部で7000だな」

エリオ:

「あ、あ、あ、あの……」ガクガクブルブル


 財布を握りしめて震えるエリオにジンが盛大なため息をつく。


ジン:

「まっさっか、剣を教わりに来て、金も出してくださいって? バカかお前!?」

エリオ:

「この所、クエストにも行ってないので、お小遣いが足りないでござるよ~」

ジン:

「……シュウト、お前、手持ち幾らある?」


 結局、金を払ってやる『優しいジンさん』なのだった。ドラゴン狩りで素材は貯まって来てはいるのだが、換金はまだで、現状はかなり苦しかったりするのだ。


 無事に買い物を済ませ、鞘が完成するまでの待ち時間にと、アキバの外で練習地点を探そうと店の外に出ると、エリオが引き留めようとしてきた。


エリオ:

「まって欲しいでござる! カタナを預けたままでござるよ?!」

ジン:

「だから、夕方に取りにくればいいだろ?」

エリオ:

「そんなことをしたら、幻想級の愛刀が盗まれてしまうでござる!」

シュウト:

「は?」

ジン:

「いいんだよ。日本じゃ、そんなこと滅多に起こらないっつーの。ここは文明国・ニッポンなの! どこぞの発展途上国じゃあるめーし、アイテムロックのある武器なんか誰も取らねえよ」

エリオ:

「それは、そうかもしれないでござるが……」


 まだ何となく納得していない様子のエリオだったが、しぶしぶと後を付いてきた。このあたりは文化の違いというものだろうか。配慮的にはエリオの方が正しいのだが、お店の人を侮辱することになってしまうのが難しいところだった。アクアの指輪は〈妖精の輪〉の転移先を選択可能にしてしまう。この世界では完全にオーパーツ以外の何物でもないため、エリオが外国人だからという言い訳すら使えないので、仕方がない。





ジン:

「とりあえずそれのコイクチを切ってくれ」

エリオ:

「?」

ジン:

「すいません、外人さん、その練習刀を抜けるようにストッパーを外してくれませんか?」

エリオ:

「了解でござる」


 〈守護戦士〉は装備可能になっていないので、コイクチが切れないらしい。エリオは流石に慣れた感じで、親指を使って押して開いた。


ジン:

「ふむ……」


 一通り刀を確認してから、説明を開始するジンだった。


ジン:

「この動作を『コイクチを切る』というんだが、居合いを練習する場合は特に注意が必要なんだ。刃がカスるだけでザックリ切れるから、注意すること。これは刃物の特性で、引き切るともの凄く良く切れるんだ。居合いをやる人は親指とか、指の股を何度も切っちゃってることが多い。んだもんで、とある名人だと、親指と人差し指で押し開いてたりするな」


エリオ:

「どうして親指が切れるでござるか?」

ジン:

「居合いをする時は、刃を上に向けて腰に差すからだ。これが次のポイントで、居合いの高速化に繋がる大事な部分でもある。普段から武器を抜き差ししていれば良くわかるだろうが、刃を上にしていた方が、手で持ち易い」

シュウト:

「結構、抜いた後で持ち替えたりする人っていますよね」


 これは抜いた時の持ち手で、そのまま攻撃できなければならないためだ。武器に慣れていない場合、抜いた後で正しく持てていなければ、例えば刃が付いていない場所で敵を叩くことになってしまう。


ジン:

「外人の映画とかで、刃物を抜いた時に得意げに持ち替えたりしてるの見ると、バカだなぁ、と思うね。あの瞬間に2歩ぐらい一気に踏み込んでみ? 10人中2~3人ぐらい、落としたりお手玉したりするぜ、きっと」

シュウト:

「……それ、今度やってみます」


 ジンの話には、ちょっとしたところに『戦いを有利に進めるヒント』が隠れていたりするので侮れない。映画のヒーローならともかく、普通の人がお手玉してしまう可能性は十分にある。


ジン:

「それはともかく。刃を下にしている場合は、かなり深く握らないと、抜いた時に刃が正面からズレるだろ? 慌てると早く抜くこともできない。抜く瞬間も窮屈だから、腕の動きがかなり制限される。やっぱり変幻自在とは行かないんだよな」

エリオ:

「ふぅーむ。ちょっといいでござるか?」

ジン:

「どーぞ」


 練習刀を使って、刃を上にしたり、下にしたりさせ、持ち手の確認を何度も行っているエリオだった。

 自分でも短剣を使って同じようなことをやってみる。装備の仕方にも影響してくる重要な部分だ。ちょっとしたことで対処能力が向上する。握った瞬間から持ち替えないで済むようにきちんと工夫しておくべきだ。


ジン:

「んで、そこのヤツ。……いつまで聞いてるつもりだ?」

シュウト:

「えっ?」


 木の陰から出てきたのは、かなり爽やかな印象の青年だった。歳の頃は自分とほとんど変わらないように思える。しかし、自分が陰気に思えるほど雰囲気が違った。

 特に意識もせずにステータスを確認。これは癖になっているので、念のためとすら思わない行為だ。クラス〈武士〉、ギルド〈西風の旅団〉、名前はソウジロウ=セタ。なるほど、鎧を着てはいないが腰に刀を帯びている。


シュウト:

(ん、ソウジロウ…………あれっ? 西風の、剣聖ソウジロウ!!?)


ソウジロウ:

「すみません。おもしろそうな話をしていたので、つい」

ジン:

「悪いが、かくれんぼなら別の場所でやってくれっか?」

ソウジロウ:

「それなんですけど、……僕もまぜてもらってもいいですか?」

ジン:

「ん? まぁ、別に構わんけど」


 一風変わった戦闘ギルド〈西風の旅団〉のギルドマスター、剣聖ソウジロウのハズなのだが、ジンはまるで意に介した様子もない。ステータスを確認してないのだろうか? そんなことはないと思いたいが、そうとしか思えなかった。外国人のエリオは日本のギルドマスターなんて知っているハズもないし、この場で状況を理解しているのは自分だけのようだ。

 (ジンさんに教えたりした方がいいのでは?)と悩んでいると、ソウジロウからふんわりとした笑顔を向けられ、なんだか喋らない方がいいような気がしてきた。


ジン:

「次。居合いってのは、実のところ抜くのがとても難しいものなんだ。早く抜こうとすればするほど難易度が上がる。日本刀には『反り』があるだろ? このカーブの形状に合わせて、丁寧に鞘から抜いてやらなきゃならない。力づくで抜こうとしても、引っかかってしまうから上手く抜けなくなってくるわけだ」


 かけ声と共に抜く練習をするエリオ。ソウジロウも自分の刀を割合ゆっくりと抜いて、感触を確認してるようだった。なんとなくソウジロウを目で追ってしまう。


エリオ:

「早く抜くのは本当に難しいでござるね。それもこれもこの鞘のせいでござる。どうして曲がっているでござるか!」

ソウジロウ:

「あははは。そういえば何故なんでしょうね?」

ジン:

「そりゃ、刀が曲がっているからだろ。だが、鞘ってのは単なる剣の入れ物じゃなくて、もう少しちゃんとした芸術品なんだぞ」

エリオ:

「なんと!」

シュウト:

「そうなんですか?」

ジン:

「鞘は中が刃に触れないように作られているものでな。触れていると錆びたり・痛んだりの問題が出るんだ。だから、一つ一つ刀の形に合わせて作ってるらしい。いわゆる職人の技ですよ」

シュウト:

「意外と手間が掛かってそうな物なんですね……」

ジン:

「昔は鞘で殴ったりするような真似って、あまりしなかったみたいなんだよな。鞘の方で殴られるなんて、誰も思わなくなるぐらいに」


 ――昔は鞘で人を殴ることなどは考えられなかった様だが、現代では鞘を使って人を殴る作品が多くなっている。出てきた当時は斬新な表現だったのかもしれないが、日本刀が身近な物ではなくなってしまったため、『鞘でも殴ればいい』という風に考える非常識の方が、むしろ主流になりつつある。当然ながら、鞘で殴っていれば歪んだり、壊れたりして、刀を納めることはできなくなってしまうだろう。


 これらは『鞘は安い』という誤解がイメージの原因と考えられる。貧乏な浪人の『竹光』のような、刀を売って生活の足しにするというエピソードが影響している可能性もある。刀身は高いから売れる(質に入れられる)けれど、鞘は売らない。それは武士が見栄を張るためなのだが、その裏では「鞘が安いからかも?」といった連想が働き易い。

 ゲームなどでは鞘は剣のオマケとして付属していて、購入することはない。鞘だけを買うことなど、普通は考えられないという要素もある。


ジン:

「それで居合いを実戦で使用する場合の注意点なんだけど、実戦での有効性は、実のところあまり無いと思っていい」

シュウト:

「そうなんですか?」

ジン:

「んー、実際には『居合いは近場の鉄砲』と言われるぐらい早く抜くものだったらしいけど、そのぐらい早く抜けないと役に立たないとも言える。それで、どういうシチュエーションで使える技術かというと、居合い抜きが届く近距離で、双方がまだ武器を抜いていない状態ってことになる。ここから論理的に導き出される想定される戦場はドコだね?」

ソウジロウ:

「主に街の中や室内、たぶん会話中などですね」

ジン:

「そういうこと。この世界だと大きな街には衛兵がいたりするだろ? プレイヤー同士で会話する場合、衛兵の居ない村とかでワザワザ対話しなきゃならない状況ってのはイレギュラーの範囲になるだろう」

エリオ:

「使いどころが難しいでござるね……」

ソウジロウ:

「不意打ちへの対応だと、それなりに役に立つはずです」

シュウト:

「あっ、なるほど」


 ミニマップが使えるジンの場合、不意打ちを成立させるのが難しい、という意味もあって、なんだか妙に納得することができた。『殺しの呼吸』を使って不意打ちを仕掛けた時にあざやかに反撃されたのは記憶に新しい。


ジン:

「では、メインディッシュの話をしてやろう。『鞘走り』っていう技術を聞いたことがあるかい?」


 ――鞘走り。

 鞘走りと呼ばれる技術は、『デコピンの原理』を利用していると考えられていた。鞘の内側に刀を引っかけて力を加え続け、抵抗が外れた時にデコピンの要領で威力や速度を増す方法である。しかし、刀も鞘も反っているので、力を入れると余計に抜きにくいものになってしまう。実際問題として、鞘や刀が傷つくので好ましくないとされる。居合いの技術は如何に抵抗無く抜刀するか?という問題を追求しているため、その逆の技術というのは一見すると『それらしく』感じるものでもある。


ジン:

「だけど、本来の『鞘走り』と考えられているものは、ちょっと違うんだな。原理の再現は簡単だ。……エリオ」


 エリオを立たせると、コイクチを切らせて準備をさせる。


ジン:

「刃を上にして腰に差し、水平に近くすると山なりの形になるだろ?」

エリオ:

「こうでござるか?」

ジン:

「おーけー、そのまま、軽く半歩踏み込んで、止まる。すると、刀が自然とするする~っと前に抜けて行こうとするはずだ」


 エリオが左腰をこちらに見える形で立ち、正面左に半歩踏み込む。すると、上手いこと刀がするするっと抜け始めた。


ジン:

「いいぞ。それが『鞘走り』だ」

エリオ:

「意外と簡単でござるね」

ソウジロウ:

「…………」


 ジンがニヤリと口元を歪め、そのまま破顔してうれしそうな笑顔になった。


ジン:

「わかるかな? わっかんねーだろうなぁ。この論理の美しさ!さいっこうだろう!」

エリオ:

「ど、どういうことでござる?」

シュウト:

「……説明、お願いします」

ジン:

「ふっふーん。おまえら降参か? よろしい!ならば、説明しよう!」


 ここで嬉しそうにしているジンの説明欲求を邪魔してしまうような、性格の悪いことは出来ない。そもそも何が言いたいのかさっぱり分からなかったりもする。ソウジロウは何か分かったのだろうか?と表情を盗み見たのだが、楽しそうに笑顔でいるのみだった。


ジン:

「結論から言えば、『刀が自然と抜けていく』ところにポイントがあるんだ。この運動を感知して、その妨げにならないように刀を抜けば、それがもっとも自然な抜刀運動になるって寸法さ。この刀の自発的な運動こそが超高速の抜刀を可能にする秘訣なんだ。

 そして、そのためには刀は刃を上にしていなければならない。山型のカーブがあるから、移動動作によって自発運動が起こるのさ。刃を下にして谷型のカーブだったとしたら、自発運動が起こっても、元の位置に戻ろうとするだろ?

 それだけじゃない。持ち手の問題もある。刃を上にしているからこそ、添えるだけで済むんだよ。深く握らなきゃならなかったとしたら、自発運動を捉えて抜刀を高速化させることなんて出来なかったはずだ」

ソウジロウ:

「まるで、全てが抜刀のためにあるような……」

ジン:

「そう! 日本刀の美しい曲線から、人体構造、刃物としての論理、全てが一体になってくるんだ。しかも、鞘走りは更に先の世界への架け橋でもある」

シュウト:

「先の、世界?」


ジン:

「つまり鞘走りってのは、『移動抜刀術』の存在を示しているのさ!」


ソウジロウ:

「あっ、そうか! 凄い! 本当に凄い話ですねっ!!」


 後半は流石についていけず、エリオを2人、ポカーンとしてしまう。なんだか凄そうな話なのだが、まるで理解できなかった。


エリオ:

「どういうことでござる?」

シュウト:

「さぁ……?」

ジン:

「前提を知らなきゃ、まぁ、そんな反応になるわな(苦笑)」

シュウト:

「なんか、スミマセン」


 ――居合いや抜刀術は、『その場に停止して行う』というイメージが強い。映像などで目に触れる機会のあるものは、座っている状態から抜刀する演舞が多く含まれていることも影響しているだろう。

 従ってフィクションでの扱いも、相手が切りかかってくるものを、その抜き打ちの速度でもって『迎撃する技』として描写されることが多い。


 移動抜刀術ということは、自分から動いて、相手を斬ることのできる間合いへと飛び込んで行くことを意味している。『鞘走り』という言葉が成立した理由を考えてみると、移動抜刀術を駆使した人達によって工夫された専門用語である可能性が高い。


ジン:

「昔、示現流の達人と、どっかの居合いの達人が勝負したって話があってな、これは本当にあったのかどうか確認できてないんだけども、示現流の跳びこんでくる上段に、居合い側がまるで反応できなかったそうだ。嘘か本当か知らんが、ありそうな話ではあるんだよな」

エリオ:

「なれば、示現流の方が強いわけでござるね!」

ジン:

「いや、このエピソードは、厳密にいえば示現流にずいぶん有利な形でやった試合だとみなすべきなんだよ。

 最初っから飛び込んでいける距離でスタートしてるのが問題でな。この場合、次の一本は武器を抜いていない至近距離から始めないと、流派の特性で不公平になる。示現流の側は加速できる距離がなければ、本来の実力は発揮できないはずだから、『距離を作る苦労も無しでスタート』だとズルくなっちまうんだ。

 ただ、居合の側はそのルールでOKしてるハズだから、負けてりゃ自分の責任以外のナニモノでもないんだけどサ」


シュウト:

「この場合、なぜ居合いは負けたんでしょう? お話だと、距離があると負けるってことみたいですが?」

ジン:

「示現流は、移動速度+武器速度の合成。居合いはその場からだから、武器速度のみ。武器速度が同じなら示現流が圧勝する仕組みだ。多少、居合いの攻撃速度が早くても、攻撃タイミングを決めるのは示現流の側だから、やる前からかなり有利なんだよ。居合い側は、かなりの実力差が無いと、この不利を埋めるのは難しかったろう」


ソウジロウ:

「その話が事実だった場合、居合い側が自分達の実力を過信した、とも考えられますね。……もし移動抜刀術が存在していたなら、自分から斬りにいけた、ということになるはずですが?」

ジン:

「まぁ、ずいぶん前に失伝して歴史に埋もれたか、奥義だから一部の人間にしか教えなかったか、もしくは難しすぎて技術として体系化まで行き損ねたか。そこまではわからないけどな」

シュウト:

「それって、どのくらい難しいんですか?」

ジン:

「至難の上、超高難易度技だ。普通にやったら俺にもできん。アキバでも出来る奴が一人いるかいないか、だな。…………あの、なんて名前だったっけ? 剣聖とか言われてチョーシこいてるハーレムギルドのマスター君だったら、もしかたらやれるかもしれない」


シュウト:

(うあっ、ジンさん、ぜんぜん気付いてないっ!)


 恐る恐る横目で様子をみると、俯いて顔を赤くしているソウジロウがいた。


シュウト:

(僕には言えそうにありません。無理です、ゴメンナサイ……)


 この状況で言える蛮勇の持ち合わせはなかった。これ以上、恥ずかしいことにならないことを祈るのみである。心の中で謝罪するしかなかった。


エリオ:

「どの辺りが難しいでござるか? 鞘走りはもう出来るでござるよ」

ジン:

「ばーたれ。実戦でやるのはめっちゃムズいんだよ。居合いはほぼ完璧な論理で構築されてるんだが、唯ひとつ、難しすぎて実現性が低いのが問題なんだ。このせいで実戦には不向きだとか、理念だけとか言われちまう始末なんだぜ」


 少し動きながら練習をすると、鞘走りが上手く行ったり行かなかったりする。ぴょんぴょん飛び跳ねたり、バタバタしたりの動きでは、鞘走りが起こらないのだ。原理を再現することと、実戦で100%使いこなすこととでは、要求される練度が全く違う。


 エリオを敵役で立たせ、ジンが刀をもってゆっくりと説明しながら状況を再現していく。


ジン:

「コイクチを斬った状態で、刀に手を添える。相手が打ち掛かってくる気配を感じたら、素早く相手の懐に飛び込むんだ。跳ねるのでもダッシュでもなく、滑るようになめらかに。自分の左腰を相手に密着、というかぶつけにいく気持ち。あくまでも気持ちだけ。ぶつかって動きを止めないようにすること。この時、相手の攻撃は躱しつつ、同時に鞘走りを発動させ、刀の自発運動を邪魔しないように抜刀していくわけ。ここが難しいんだ。振り下ろされる相手の武器よりも早く動かなきゃならん。しかも緊張してカタナを強く握ってしまっても上手くいかない。刃の根元を相手に押し当てるようにして、そのまま踏み込んだ速度を殺さないように、抜刀切り。体重と移動速度が乗る上に、鞘の形状に沿って抜かれることで斬撃力までもが上乗せされる。これぞ超高速・超威力の抜刀術!ってな。

 難しいのはやはり踏み込みだ。相手の斜め前に滑り込むんだが、この時に相手の攻撃を避けようと体が開いても威力が逃げて失敗する。ビビると全部ダメになるわけだ」



 二人の〈武士〉がそれぞれに抜刀術の練習をするが、苦戦している様子だった。踏み込み距離を少しずつ伸ばし、鞘走りを発生させる練習を繰り返し、ついでのように抜刀する。


エリオ:

「むずかしいでござる」

ソウジロウ:

「…………フッ!」


 滑らかな踏み込みから抜刀までを一気に行う。その時、刀から一瞬だけライトエフェクトの光が発せられ、しかし途中で消えた。


シュウト:

「ライトエフェクト!」

ソウジロウ:

「今のは、一体…………?」

ジン:

「抜刀術のモーション入力か何かだろう。……ふむ、お前さんなかなか筋がいいねぇ。みっちり鍛えれば、ハーレム剣聖にも勝てるかもしれないな」

ソウジロウ:

「そうですか」

シュウト:

(ですから、その人が本人なんですってば!!)(><)



 その時、遠くの方から女の人の呼ぶ声が聞こえた。


女性の声:

「ソウ様~」

ソウジロウ:

「ああ、これはいけない。どうやらお迎えが来てしまったようです」

ジン:

「ソウ様、ねぇ」


 まもなく女の子がこの場所を発見し、ソウジロウに「どうして念話にでないのですか!?」などと詰め寄って行った。


ジン:

「おろ、〈西風の旅団〉の女の子じゃねーか」

シュウト:

(女の子のステータスなら確認するんですか!!!?)


 怒っているのかジャレているのか分からない感じの女の子を脇に退けると、爽やかな笑顔でジンに向けて自己紹介をした。


ソウジロウ:

「申し遅れました。〈西風の旅団〉というギルドでマスターをやっています、ソウジロウ=セタです。剣聖とか言われてチョーシこいてて、ほんと、スミマセン」

ジン:

「えっ、そうなん? (確認中)あははは…………ワリ」


 たいへん気不味い空気が漂う。一人笑顔のソウジロウは、ジンから見事に一本とっていた。意味の分かっていないエリオはぽかんとしている。


ソウジロウ:

「ところで、僕と一度、勝負しませんか?」


 口調は穏やかな調子のままに、鋭い殺気が飛んでくる。剣気と呼ばれるものだ。ここまで鋭く迫ってくるものは(ジンを除いて)初めてだった。

 エリオと二人、思わず身構えてしまう。しかし、剣気を向けられた当の本人は、いたって平然としていた。


ジン:

「いんや、やめとくわ」


 そんな調子で軽くスルーしてしまう。


ソウジロウ:

「……フラれちゃいましたね」


 残念そうなような、それでいて安堵したような表情で呟くソウジロウだった。


 ――この場合の『剣気』は、潜水艦でいうソナーに近い性質を持つ。自分の殺気で相手に反応を起こさせ、その心理的・精神的な距離を計るようにして使われる。間合いを計る際に『距離』を目算だけではなく、内的な感覚を補助的に利用するためである。

 ソウジロウのような技術タイプの剣士は、あらゆる手段をもって精度の高いコントロールを行おうとする。その一つの手段としての威嚇だと考えられる。

 ところが、ジンは剣気というソナーに無反応だった。通常であれば、剣気に反応できなければ、すなわち殺されてしまう。人間の自然な反応として、攻撃されれば反応を起こすのが当たり前なのだ。ところが、ジンの場合は懐が異常に深いため、敵の攻撃をより体の近くで対処できる。しかも、ソウジロウはジンの中心軸の『内側』にいる。ジンはその間合いの遠さと懐の深さの両側面の発達により、このぐらいの威嚇なら軽く無視できてしまう。


 この手の精神攻撃を行うにはリスクもある。特に上位者に対して安易に行えば致命的な結果を招くことも珍しくない。

 壁がある所に手を付こうとして、壁がなければどうなるか。つんのめる。これと同じことが気当たりでも起こる。つんのめる代わりに、酷い場合は『毒気が抜かれて』しまうのだ。言い換えれば、高めた闘志を根こそぎ失ってしまう危険があった。戦わないで済めばいいが、もし戦えばどうなるか。そんなコンディションで戦って剣士が集中を保てる道理などない。


 ソウジロウだから、毒気(=闘志)を抜かれずに済んだ。しかし、目算と内部とで距離感に誤差が生まれてしまっている。その差は10センチまではなくとも、5センチ近いものになる。ジンの反応を捉えられなかったことで、予想よりも『遠くにいる』と体は感じてしまうのだ。そんなことは無いと頭で分かっていても、体はそうは動かない。するとジンの攻撃は5センチ分早く踏み込まれてしまうことになり、ソウジロウの攻撃は5センチ分遅くなってしまう。

 この誤差を修正するのに、どんなに早くても2秒はかかってしまうだろう。ジンを相手にしてのこの2秒は、絶望以外の結果を生み出さない。残酷なまでの惨敗フラグを、しかし青年は辛うじて回避できたことになる。



西風の旅団の女性:

「ソウさま、あの者たちは何だったのですか?」

ソウジロウ:

「うーん、何だったんだろうねぇ?」

西風の旅団の女性:

「もう、そうやってすぐごまかすんですね」


 ――自分の剣気を受けて、動じなかったエリオ、受け流したシュウト、まるで意にも介さなかったジン。拗ねたフリをする女の子の頭をなでながら、隠れた実力者の存在に微笑むソウジロウであった。





ジン:

「てンめ、シュウト! 気が付いてて黙ってやがったな? おかげでいい恥かいたじゃねぇか!」

シュウト:

「僕のせいじゃないですよ! ステータスの確認をしてないからじゃないですか!……女の子の方はちゃんと確認したクセに(ボソ)」

ジン:

「うっせ、口答えすんな! ホモじゃあるまいし、男の名前なんて調べて何が楽しいんだ。……イモの名前がカボチャだろうと、ジャガイモだろうと、どうだっていいことだ」

シュウト:

「カボチャはイモじゃないと思います」

エリオ:

「さっきから何の話でござる?」

ジン:

「チッ。なんでもねーよ」


 エリオの鞘が出来上がる夕方まで、居合いの練習を繰り返すことになる。ソウジロウほど覚えがいい訳ではないが、エリオも優れた素質を持つ戦士で、少しずつ努力を積み重ねて、結果に結びつけることが出来るタイプに見えた。


エリオ:

「一筋縄ではいかないでござるね……」

シュウト:

「これって、ジンさんでも出来ないんですよね?」

ジン:

「んー、ホントは出来ないっていうか、俺がやると『全くの別のもの』になっちまうんだ。鞘走りからの移動抜刀術ってのは、究極的にギリギリ成立するかどうかって技なんだ。フィクションではこのギリギリ感をエンタメ的に盛り上げて描写するんだけど、フリーライドが使えると、あっさりできちゃうから、つまらないんだよね」


シュウト:

「それって、…………結局はできるって事ですよね?」

ジン:

「どうだろう? 敵の剣が自分の頭を叩き割ろうと振り下ろされるんだぜ? 〈冒険者〉と違って人間は切られたら死ぬ。HPに守られていないし、復活もしない、兜だって戦争の時ぐらいしか身につけない。そういう絶対に失敗できない状況で使う技術なんだよ。その難しさを知らないで使うのは、やっぱ何か違うんじゃねーかなぁ?

 でもまぁ、フリーライドが使えなきゃ、難しすぎるって部分は実際のところあるんだけども」

シュウト:

「そんなに違うんですか?」

ジン:

「うむ。『あー、そろそろ剣がくるなぁ』で、ひょいっと間合いを詰めて、サッと剣を抜きながらズバッと切るだけだから。ていうか、敵の剣がそんな簡単に避けられるんだったら、別にもう居合いだとかにこだわる必要もないわけで……」

シュウト:

「なるほど……」


 ――エンタメがエンタメであるためには、フリーライドの描写は不適切であると言わねばならない。『拘束された世界』での戦闘を描かなければ、盛り上げを作ることそのものが難しくなってしまうという事情もある。

 達人と呼ばれる人々は、ジンがフリーライドと呼ぶものを駆使することが出来たフリーの世界の住人達である。その姿はまるで努力の必要がない天才のように描写される。簡単そうにサッと出来てしまうような、そういう雰囲気を持っていたと考えられているのだ。


シュウト:

「ところで、どうして手合わせを断ったんですか? 噂の女殺しの人ですよ? 大っ嫌いですよね?」

ジン:

「おいおい、察してくれよ。取り巻きの女の子が見てないところで倒したって、何も面白くないだろ? 1センチ角のサイの目にする手間が面倒臭くて止めただけだ」

シュウト:

「たくさんの女の子が見てたら、それはそれで『女の子の前で恥をかかせたら可哀想』とか言うんじゃないですか?」

ジン:

「また口答えしやがったな! じゃあ何か? 俺があの若造にビビってたって言いたいんか!!」

シュウト:

「ジンさんって何だかんだで優しいですよね……」

エリオ:

「そうでござる! そのうち弟子にもして貰うでござる!」


ジン:

「ケッ。いいぜー、いいけど、俺が『恥ずかしくない程度』におまえらが強くなれたら、な?」ニヤリ

 


ちょっと飽きが来てたので書きたいものを先に書きました。時系列の問題は後で辻褄を合わせたいと思います。

(その後、位置的には80.5話に相当することになりました。<(_ _)>)


ログホラで大人気のキャラにゲストで登場して貰いました。エクストラの話なので、気楽に読んでいただければ、と思っております。


ユフィリア・ニキータが出てこないのは、ゲストキャラと面識がある設定のためです。オチが成立しなくなってしまうので(笑)


……内容は重いかも?

特に居合いに関しては真偽の問題があるんですけど、フィクションです。エンタメです! と逃げ道を用意させて頂きたく<(_ _)>

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