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69  ほどほどに青く

 

葵:

「シュウくんってば、まだグジャラグジャラしてんの?」

ジン:

「ありゃあ、もうダメかもわからんね」

ユフィリア:

「もぅ、そんな簡単にダメ扱いしたら可哀想だよ」


 丸王の〈黒曜鳥〉(ブラックスワン)と短くも激しい戦いを終え、翌朝、更に夕方になっても、ユミカの事があってシュウトは沈みっぱなしでいた。


ジン:

「シュウト、いい加減シャキとせい」

シュウト:

「わかっては、いるんですが……」(ぐんにゃり)

葵:

「衛生兵! えいせいへーい!!」



 ゴブリン討伐軍は規模を大きく縮小し、しばらくは偵察部隊で北からの侵攻がないか確認することになっている。タダ働きをした大半の〈冒険者〉たちは現地解散のため、帰還呪文でアキバへ戻っていた。


 本陣はミドラウントの馬術庭園に設営されていたため、エルムとは念話での簡単な挨拶を済ませたきりだった。「では、また近いうちに」と笑うような声で言っていたので、これっきりにはならないと思う。


 部隊の仲間達は、愛想の無さそうなソロプレイヤー達も含めて、別れがたい雰囲気が残った。短い時間であっても、同じ釜のメシを喰い、共に過ごした濃密な時間はよい思い出であり、経験であり、絆のように感じるものだった。

 壮年風の〈冒険者〉エルンストの「機会があれば、また共に戦おう」という〆の言葉で解散した。面白いのは一部の隊員が「打ち上げをやろう」と言っていると、数人がさっさと逃げ出したりしていたことだろう。


 その後、マダム・ナオミの家で待っていた葵(酔っぱらってぐでんぐでん)やジン達と合流し、シブヤのギルドホームまで戻ってからは、真っ先にお風呂に入るところから始まった。自分の番が回って来て、のんびりと湯船タルだけどに浸かっていると、これが日常を回復させるための儀式のようなものだと思えてくる。


 その後、レイシンが夕食の準備をする間、ダラけたトークタイムでイジられているところだった。



ジン:

「ユミカちゃんを紹介したのってお前だろ? たまにゃ、そっちでどうにかしてみたらどうだ」

ユフィリア:

「そういえば、シュウトと遊びたいって子なら結構いるかも。声かけてみようか?」

ジン:

「出たよ、お約束のイケメンネタ。もげろ、爆発しろ!」

葵:

「女の傷は女で癒す作戦かぁ~。迎え酒ならぬ、迎え女!?」

ジン:

「ゴロが悪すぎる」

シュウト:

「そういうの、本気で勘弁してください……」

ジン&葵:

「「ですよねー?」」

ユフィリア:

「あ、ハモった」


 どうにかして面白い方向にもって行こうとする悪漢二人組に、そう落ち込んでばかりもいられないと思う。自衛しなければムチャクチャにされてしまいそうだ。……というか、これまでも常にムチャクチャにされていた気がする。



ジン:

「アレだぞ、シュウト。オーバーライドは基本的に『非モテの怨念の力』なんだから、今のお前は微妙に有資格者だぞ。どうだ、よろこべ!」

シュウト:

「あの、まだフラレたと決まったわけではないんですが……」


 非モテには優しい態度のジンだった。

 昨晩からユミカとは話も出来ていない。彼女に連絡しようにも、あまり経験したことのない種類の恐れを感じて、なんとなくためらってしまう。


ジン:

「難しいことはともかく、今晩は久しぶりに夜練でもするか」

シュウト:

「はい。お願いします」

葵:

「そういう風に問題を先送りすると、あとで痛い目にあうかもよ~?」

シュウト:

「ジンさん、……こういう場合はどうすれば?」

ジン:

「知らぬ、存ぜぬ。この手の問題に関して俺に質問しても、有益なアドバイスは得られないぞ。非モテが捌けるレベルを越えてるね」

葵:

「それはあるね」

ジン:

「だろ?」


 得意満面で胸をぐいぃっとせり出してみせるジン。そこで自慢げにする意味がわからない。頼りなさに溜息が出る。


シュウト:

「葵さん……」

葵:

「おおぅ、雨に濡れた子犬の『ボクをひろってください光線』とわっ! ……上達したね、シュウ君」

ユフィリア:

「おお!」

ジン:

「なんだ、そりゃ」

葵:

「なるようになるって。じゃなきゃ、君も『捨てないでくれ!』……じゃないや『別れたくないんだ!』つって彼女の胸で泣いてみれば?」

ジン:

「それなら条件的にイーブン……か」

シュウト:

「そんなプランをマジメに検討しないでください!」

葵:

「まー、初動を誤った気配がビンビンだから、覚悟しといた方がいいかもね?」

ジン:

「でもなー、ああいうのは結構クルぜ?」

葵:

「例えばだけどさー、ユフィちゃんに誰か余所の男が抱きついてたとしたら、アンタだったらどうすんの?」

ユフィリア:

「わたし?」

ジン:

「ああ、そりゃ簡単だ。『俺の女に触ってんじゃねぇ!』で顔面に蹴りを入れ、ぶっこぬいてスクリューパイル。そのまま流れるように追撃の大ダウン攻撃! ここまで確定だな。 …………そういえば、お前、どうしてあの時、蹴りを入れとかなかったんだ?(しれっと)」

シュウト:

「いや、蹴りって言われても」

ユフィリア:

「その前に、一部の内容が不適切だったと思う」(ジト目)

ジン:

「スクリューパイルじゃダメだったか。スプラッシュマウンテンにしとくか?」

ユフィリア:

「間違ってるの、そこじゃないし」

葵:

「スクリューパイル他はアリってことでいいんだ?」


 ……などと、くだらない会話をしている内に夕食の時間になる。

 戦闘時には食べられない凝った料理が並んでいた。『焼いただけ』のようなものばかり食べていたので、久しぶりのレイシンの料理に舌鼓を打つ。少しばかり元気が出た気がする。





 盾を振り回したジンに矢を叩き落とされる。素早く移動して接近を許さずに、次の矢を準備。


ジン:

「面倒くせぇ戦い方だな」


 『戦いにくい』と思わせただけでも大成功だと言って良かった。接近戦で勝ち目など無いが、一度ぐらいアタックするのが礼儀というものだと張り切る。


 範囲攻撃特技〈アロー・ランペイジ〉を選択。矢の『影』が瞬く間に増殖し、放たれると雨のようにジンに降り注いだ。その隙にステルス化して高速移動を開始。

 この『消える移動砲台』はサイの命名だったが、そのまま使わせて貰うことにした。もちろん、消えてから近接攻撃に転じることもできる。


 ジンの左後方から接近。なんなく見切られて攻撃を返される。更にアタックを続行。〈ガスト・ステップ〉で背面に移動してもう一度アタック。しかもここで無理矢理に〈アサシネイト〉に繋げておく。博打だが、ジンが様子見している間に使ってしまう。ちょっとしたイタズラ心だった。


ジン:

「うおっ、あっぶねぇ!」


 それでもちゃんと躱しているジン。素早くダッシュで離脱する。反撃が怖い。


ジン:

「それがお前のスタイルか。まぁ、なんだ。悪くないと言っておこうか」

シュウト:

「ですか!……ありがとうございます」


 感想を貰い、つられて足を止める。一息ついた感じになった。


ジン:

「まだだ。ちょいと崩しにかかるぞ?」


 終わったかと思ったが、続行するらしい。

 といっても、このスタイルをどう攻略するつもりなのか、まるで見当もつかない。自分の戦法で同じ事をされた場合、どう対抗するべきか分からないでいる。付け焼刃はこういう部分に現れるものなのだろう。


 すぐ考え付く対策となると、狭い場所に追いつめて逃げられなくする事、もしくは人数で塞いで逃げられなくする事、ぐらいだろうか。どうにか足を止めさせれば対処できるとは思う。つまり、自分は足を止められなければいいのだ。ここはいつもの練習場所なので、周囲は開けている。石丸やユフィリアの作り出した魔法の明かりの範囲外になってしまうが、特に移動先に困るようなことはない。ジンに足を止めさせられる要素は見あたらなかった。

 

ジン:

「そろそろいいか?…………いくぞ」


 アサシネイト以外の、特に『気配消し』の再使用規制が解除されるのを待ってから、戦闘再開。動きだしの見えない瞬間的な突進が襲ってくるため、全力で回避。そのまま高速走行を開始。


ジン:

「〈フローティング・スタンス〉」


 特技使用時の隙に矢を打ち込むぐらいの事はしたかったが、こちらの体勢が整っていない。体勢を崩すための見せ技としての突進だろう。それとて油断しているとそのまま喰われてしまうので、逃げるほかに選択肢はない。


 ジンはフローティング・スタンスから中速度のスライドステップ技『ムーンウォーク』を開始。普通に歩いている動きのまま何倍もの距離を移動してくる。走りながら矢を構えたところで、ジンの方が先に特技を使う。シールド突進。矢を射るものの、正面から盾に当たって弾かれる。ジンはそのまま突っ込んでくる。飛び退くように回避。ジンはそのまま滑って移動を続け、体を傾けることで大きくカーブする。


 移動ラインが交錯するポイントで、またもやシールド突進が繰り出される。すかさず加速して回避。まるでサッカーで、走るディフェンダーの背後にボールが蹴り込まれるキラーパスのような形で、ジンが後方を通過する。背後を取られて瞬間的に相手の位置が分からなくなる。ロスを避けるため、振り向かないように走り抜けてから矢を撃とうと振り向くと、シールド突進でジンが突っ込んでくる。回避は難しくないが、攻撃に転じる隙がない。……この状態がしばらく続いた。


シュウト:

(さっきから、全く攻撃できない……!)


 移動しながら矢を射るのは難しい。しかし、立ち止まっていれば近接戦に持ち込まれてしまう。ジンが短時間でこちらに対応してきているのが分かってきた。倒されてこそいないが、完全に封じ込められている。勝つためには攻撃に転じなければならないが、近接戦闘での勝ち目は無い。従って射撃攻撃をしなければならないのだが、その射撃を封じられていた。ジンはこちらのミス待ちをしている。このまま負けるのが分かったので、やがて走る速度を落とす。そのままプランBへ移行。


シュウト:

「…………ジンさん」

ジン:

「どうした、諦めたのか?」

シュウト:

「どうやったかよく分からなかったんですが、今のがこのスタイルの弱点というか、攻略ですよね?」

ジン:

「まー、そうなるかな」


 ジンの方も地面に後を残して停止する。


ユフィリア:

「んーと、どういうこと?」

ニキータ:

「さぁ?」

レイシン:

「わっはっは」

石丸:

「よく分からなかったっス」


ジン:

「別に、オーソドックスな対処法だろ? 弓は右側を射るのが苦手だから、シュウトの進行方向に対して右側にポジショニングしてただけだ」

シュウト:

「基本通りなんですね」

ジン:

「そのスタイルの優位性は移動速度にある。気配を消してしまえばもう誰にも追いつかれないから、安全に弓を射ることができるんだろ? だけど俺に単純な気配消しは通じない」

シュウト:

「走って稼ぐはずの距離や時間を潰されたから、弓を射ることができなかったんですね……」


 ジンが使うシールド突進による加速は、瞬間的にせよシュウトの移動速度を超えていた。フローティング・スタンスによって距離を引き延ばして移動技に変えているのだ。止まって弓を射る体勢に入ろうとすると襲われてしまうため、うまく攻撃することが出来なかったのだ。


ジン:

「同等の速度で動かれると成立しにくいんだろうな」

シュウト:

「そういうことだったんですか……」

ジン:

「ま、追いつくのは大変だから、そっちの攻撃を防げるってだけだがな。後は弓だけじゃなくて、投げナイフみたいな中距離武器を組み合わせると戦いの幅が広がるかなぁ」



 もう一つ、試してみたいことがある。無造作にジンに近づいていく。


シュウト:

「ジンさん」

ジン:

「ん?」


 静かに短剣を引き抜くと、余所見していたジンに無造作に斬りかかる。『殺しの呼吸』。これがプランBだった。


シュウト:

(ッ!?)


 次の瞬間に感じたのは、自分の首の熱さだった。

 自分から斬りに行ったハズなのに、ジンの方がこちらの首に剣を押し当て、のし掛かりながら剣を引き切っている。剣が首を切り裂くことの痛みはなく、熱さだけを感じた。


ジン:

「おっ、と。大丈夫か?」


 一瞬遅れて目の焦点が合うと、ジンは攻撃をすぐに停止した。切り裂かれた首から大量の血が吹き出す。声も出せない状態だったが、すぐにユフィリアが回復呪文を使ってくれた。

 回復呪文の詠唱中に何が起こったのか考える。明らかにジンは反応する前に反撃に移っていた。そんなことが果たして可能なのだろうか?


ユフィリア:

「できたよ」

シュウト:

「ありがとう」


 噴出す血を押さえていた手をそっと放してみて、大丈夫なのを確認する。かなり血で汚れてしまっていたが、放っておくことにする。時間経過で自然とキレイになるだろう。


ジン:

「……殺気を抑えた攻撃、か」

シュウト:

「『殺しの呼吸』と呼んでます。警戒的コミュニケーションの無視、ですよね?」

ジン:

「んー、そこまで会得してやがったか。まいったな……」


 渋いお茶を飲んだような顔をするジン。


シュウト:

「何か問題があったんでしょうか?」

ジン:

「それなぁ、戦闘の技じゃないんだよ。殺人の技法。暗殺者にとっては極意に近いものかもしれないんだけど、つまるところ、これでお前はめでたく犯罪者予備軍になったということだ」


シュウト:

「……はい?」


ジン:

「通常、武術の師匠が素質のある弟子を鍛える時に、どうしても問題になることが一つあってだな」

シュウト:

「はい」

ジン:

「武道・武術とは一側面をみれば暴力でしかない訳で、弟子を育てるということは犯罪者予備軍を育てるという要素を持つのさ」

シュウト:

「ええ。性格そのものが変化するっていう話ですよね?」


 ここまでは以前にも似たような内容を聞かされていた。


ジン:

「そうだ。だから、師匠は弟子を『ほどほど』に鍛えようとするわけだ。素質のある弟子は師匠を超えてしまうことが多いから、教える立場を維持できなくなるという意味合いもあってだな」

シュウト:

「なるほど」

ジン:

「これを回避するために、弟子は『大して強くない』という演技をする必要があるんだけど、……ともかくこの手の問題を総合して『擁護システム』と呼ぶ」

シュウト:

「擁護システム……」


ジン:

「師匠が自分の立場を守る、擁護するためのものだからだ。また、自分の育てた弟子が暴力行為を働いて犯罪者になった時、師匠が社会的立場を守るためにも、ほどほどに育てる方が何かと都合がいい」

シュウト:

「む、難しいんですね」

ジン:

「俺はそんなことをする必要は、今のところ無いから問題にはならない。だが、お前はこの擁護システムで対処する基本的な要件を超えてしまっている」

シュウト:

「そうなんですか?」


 いつの間に?というのが本音だった。


ジン:

「ここから先は、快楽殺人者への道なんだよ。ぶっちゃけよう。人を殺すのは気持ちいい。その技術を習得するのは『不道徳の極み』と言っていい」

シュウト:

「は、はぁ……」


 もの凄い展開に唖然となる。それを言ってしまっていいのだろうか?


ジン:

「必然的に、他者の命の価値は下がっていく。殺すために殺すようになっていくのさ」

シュウト:

「ジンさん……?」


 不安に駆られてジンの名前を呼んでしまう。そんな大事(、、、、、)だとは思えない。別段、自分は変わったつもりなどない。大袈裟なことを言ってからかわれているのではないか?と思ってしまう。否、ジンが大真面目だからこそ、自分が揺らぎそうで不安になってきてしまっている。


ジン:

「…………だから、突き抜ける必要がある」


 その一言で雰囲気が一変する。ジンの次の言葉を待つ。まるで暗闇の底まで落ちて、再上昇するかのうように、もしくは暗いトンネルを抜けたその先に光が待っているかのように、何かの希望が見えそうだった。


ジン:

「そのための概念が、活人拳なんだよ。破壊はどこまで行っても破壊でしかない。破壊を超えて、癒しの領域へ向かうことが活人への道なのだ」

シュウト:

「なるほど……」

ジン:

「悪いが、地獄を見てもらうぞ。しかし、活人の領域まではちゃんと連れてってやるからな」

シュウト:

「…………はい」


 もの凄く大事な話のような気がしたのだが、またもや意味は分からないままだった。(時がくるまで、理解はできないのかもしれない)とボンヤリ考えていた。





ジン:

「お前は新しくスタイルを身につけたから、次の目的を与えよう」

シュウト:

「分かりました」

ジン:

「じゃあ、今から俺がゆっくり攻撃するから、それを武器で防げ」

シュウト:

「それだけですか……?」


 よく意味が分からないまま、ショートソードを抜いて構える。剣の間合いの一歩ぶん外に、盾を持たないジンが剣をぶら下げて立った。


ジン:

「用意はいいか?」

シュウト:

「いつでもどうぞ」


 1秒・2秒と経過していく。ジンは動かなかった。ただ緊張感だけが増していく。攻撃を武器で防げとはどういう意味なのか? ゆっくり攻撃するのに防げない攻撃とは、全く理解できない。


 気が付くとジンが動いていた。普段の激烈な突進から比べると、まるで時間が停止してしまったかのように遅い。これならなんなく防げると思った時、自分の体が動かないことに気が付く。


シュウト:

(何で!?)


 腕が動き、頭に向かって軽く剣が振り下ろされる。大したスピードでもないのに、こっちの体が反応しない。まるでコントロールを誰かに奪われたみたいに。このままだと間に合わない。当たってしまう。時間が、ない。


シュウト:

(うおぉぉぉおおおおおおおお!!!)


 声も出ないまま、何かを限界まで振り絞る。ガキン!という金属音と共に、ジンの剣を跳ね上げていた。


ジン:

「ありゃ、…………さすがにゆっくり過ぎたか?」


 しかし、たらりと頭から血が垂れてくる。ぎりぎり頭を掠めていたらしい。つまり、間に合わなかった。


ユフィリア:

「なんで? ゆっくり攻撃しただけだよね?」

ニキータ:

「そうね」


 外から見ていた女性二人の発言からすれば、主観時間の問題ではなかったらしい。


ジン:

「どうよ、上手くいったか?」

シュウト:

「たぶんですけど。途中、体が動きませんでした。今のはなんなんですか?」

ジン:

「むっさっしの剣、さ。これの習得がお前の次の目標だからな」


 日本で最も有名な剣士・宮本武蔵。その剣の技を再現した結果だとジンは言った。


ジン:

「これが自在に使えるようになったら、ほぼ誰でも自由に殺せるようになるから、アキバには敵がいなくなる。んー、というかむしろ日本最強? つか日本の最強ならほとんど世界一だし、事実上『最強の暗殺者』になっちまうのかな」


 大げさな言いようだったが、最高レベルで全員が横並びの状況からすれば、半歩リードすればそれだけで世界最強になれてしまうと言えなくもない。嘘ではないが、真実は見せかけより小さいものだ。


シュウト:

「どういう仕組みなんですか?」

ジン:

「強ければ強いほど引っかかりやすくなる『ベテラン殺し』の一種だよ。お前らはこの技の美しさを理解する領域に達していないから、いま教えちゃうのは、もったいないんだけどな」


 そう前置きすると簡単に話はじめてしまった。相変わらずノリが軽過ぎて困る。


ジン:

「激・簡単に説明すると、ベテランほど反射速度を補うために気の感知を使っているから、気を使わないで動くと『まだ動いていない』と思って反応できなくなるのさ」

シュウト:

「そういうことだったんですか?」

ジン:

「優れた技ほど、原理はシンプルなもんさ」


 ――実力の足りないユフィリアやニキータの場合、視覚認知で反応しているため、ゆっくりやると引っかからない。その場合、素早く攻撃すれば反応できないので問題はない。

 シュウトは反射速度を気の感知で補うレベルに到達していたため、ジンが動いているのに、『まだ動いていない』と体は感じていて、故に反応を起こせなかったことになる。


ジン:

「ゲームの場合、有利不利がジャンケンのような関係を作っていることが大半だ。この相克の関係に巻き込まれてしまうと、グーはパーには勝てなくなる。かなりのレベル差がなければ厳しい。『強い』ということは、このジャンケン問題を克服してなきゃならないんだよ」

シュウト:

「それは、なんとなくわかります」


ジン:

「ゲーマーがジャンケン問題を克服するために使うメインの方法が、反射速度だ。ジャンケンで言う『後出し』を狙う訳だな」


 反射速度があれば、ギリギリの動きだしや動作の予兆からいわば合法的に『後出し』をして間に合わせることが出来るようになってくる。ジャンケン問題を克服したプレイヤーは、運任せではない絶対的な強さを手に入れられる、という仕組みである。これがゲームにおける『反射速度信仰』の根本原因であろう。


ジン:

「武術の場合も同様に、反射速度が必要で、それを補うために『気の感知』が絶対条件化してくるんだよ。人間の動作における動力源は筋肉だ。筋肉を動かすための『気』を、なんとなくのレベルでも感知することで、動作の初動を読んで反射速度を補うことが可能になっているんだ」


シュウト:

「つまり、筋肉を動かす時に、気を使わなければいいんですね?」

ジン:

「うんにゃ、それは違う。筋肉を動かそうとすれば、誰であれ『気』を使わずにはいられない。それは俺も一緒だ」


ニキータ:

「……それじゃあ筋肉を使わずに、体を動かしてたってことですか?」

ジン:

「イエス、おふこーす! それが『武蔵の剣』の原理なのだ!」びしっ


 親指を立ててサムズアップ。ジンの華麗なるドヤ顔が決まった。


ユフィリア:

「……? んーと、超能力か何かで動けばいいの?」

ジン:

「違う。まぁ、この世界なら魔法で似たようなことができるかもしれないけど、どっちにしろ魔力感知に引っ掛かるから一緒、なのかな」

石丸:

「申し訳ないっス。武蔵の『五輪の書』は読んだっスが、そんな技は書かれていなかったはずっスが?」

ジン:

「『結果どうなるのか』までは書いてないが、これはちゃんと書いてあるものさ。水の巻だな」



 ジンがもう一度やってみせるというので、数歩下がって様子をみる。


ジン:

「顔に力を入れない。目は細めにして、穏やかな顔つき。鼻筋をまっすぐに。おとがい、いわゆるアゴを気持ち出す感じで。アゴを引くと背中の筋肉が締まるから確かめてみろ」


 アゴを強く引くと、連動して背中や腰の筋肉が硬くなる。


ジン:

「アゴをゆるめて、力を抜いて肩を下げる。同時に首をまっすぐにして、うなじに力を入れる。首筋に引っ張られる感覚で背筋もまっすぐに。腹や腰は前に張ったり、逆にへこませたりしない。ニュートラルポジション」


 腰のポジションのくだりで、自分の腰が前に張っていたことに気が付く。そんなつもりは無かったのだが、ニュートラルを意識してみた。


ジン:

「足先から膝までに力を入れて、ブレーキを掛けておく。これで準備は完了だ。ちゃんと出来ていれば、力を入れていないのに体は前に出ようとしているはずだ」


 残念ながらそういう感覚にはなっていない。


ジン:

「後は、足にかけたブレーキを抜いてやればいい。動きだしで筋力を入れずに、逆に抜いてやるわけだ……」


 気が付くとジンが目の前にきていた。ぶつからないように寸前でブレーキをかける段階になって、ようやく移動していたことに気が付くレベルだった。速いとかの問題ではなく、認識そのものが出来ない感じ、が表現として近い。


ジン:

「ある程度強い連中は、『見える』から『反応できる』という論理で戦っている訳だが、こいつは『見える』けど『反応できない』という技なんだ」


 そもそも見えていない訳で、見えたとしても反応できない技という方が正確だと思った。ここまで極悪な技はそうそう無いだろう。しかも使う技はどれでも良いらしい。『殺しの呼吸』とどこか似ている気がしたが、明らかに上位技で、しかも互換性などありそうになかった。



ユフィリア:

「……ジンさんって、もしかしてけっこう凄い人?」

シュウト:

「それ、今頃……?」

ジン:

「べつに、大したことねーよ」

ニキータ:

「あら、珍しく謙虚ですね」

ジン:

「本当に凄いのは、俺じゃなくて宮本武蔵だからなー」



 ややあっけなくそんなことを言うジンだった。





ジン:

「シュウト」

シュウト:

「なんですか?」

ジン:

「月が出ているな」

シュウト:

「ええ……」


 ただ月を眺める。いつもと変わらない月夜だが、この世界だとなんとなく美しく感じられる。


ジン:

「こうして月を見るようにしておくといい。なるべく同じ時間帯に練習するのが望ましいんだ。そして月を見るたび思い出せ!」

シュウト:

「何をですか?」

ジン:

「泣け、叫べ、そして死ね!」

シュウト:

「…………」

石丸:

「八神庵っスね」

ジン:

「すまん、つい冗談を言わずにいられない体質が出た。シリアスは3分ともたないんだ」

シュウト:

「いつ、そんな設定になったんですか……?」


ジン:

「ともかく、現在を過去と未来に重ねるんだ。過去の練習はお前の軌跡だ。未来の練習はお前の力だ。現在は未来であり、過去でもある。月じゃなくてもいいけど、過去にやってきた積み重ねと、未来に行うであろう積み重ねを、月を見るたびに意識するといい」

シュウト:

「そうするとどうなるんですか?」

ジン:

「んー、練習効果が高まる、かな?」

シュウト:

「なんだか、ふわふわした話ですね」

ジン:

「いやいや、マジでマジで」


 月を見ながら、以前の練習を思い出してみた。そして次に、明日どんな練習をしているのかを考えてみるのだった。

 


擁護システムは、高岡英夫著『光と闇―現代武道の言語・記号論序説』の記述からの引用です。


祝・ログホラ再開



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