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007  雨の森

 

石丸:

「地面の状態がいいっスね」

シュウト:

「じゃあ、テントはここで」


 僕たちはキャンプ地点を決めようとしていて、『森』と呼ぶには少々まばらな木立の中へと入っていた。思っていたよりもずっと場所が良くて嬉しくなる。


 だいたい「雨が降りそうだから、木の下にテントを張りたい」といった心理はミスの原因になりがちだ。テントを使う時は水捌けの良い場所を選ぶ必要があるのだが、森に入れば(上からの)雨が防げると勘違いして(下からの)地面のことは忘れてしまう。周囲よりも低いなど、場所が悪ければテントの中にまで水が入ってくるため、散々な目に遭う。枯葉が集まって腐葉土を作っている場所は、表面的に乾いていても、その下の土は湿っていることが多い。寝ている間に水たまりが出来て、テントが沈んでしまうこともある。


 それなら森を避ければどうだろう。見晴らしの良い場所で火を使ったりすれば、やはりゴブリンといった亜人間に見付かり易くなる。夜は眠りたい。夜襲は避けたいのが人情というものだろう。ここに加えて、木の近くであれば強風を避け易い。強風で木が揺れればザワザワとうるさいが、それでもテントが風で一晩中バタついて心配し続けるよりマシだ。固定が弱いとテントごと吹き飛ばされることも十分ありえる。


 ちなみに川の近くは蚊が多い。

 この手の贅沢を言い始めればキリがないので、目に付いた場所でさっさと決めてしまうことも大事なことではあるのだが。

 

ジン:

「確かにモンスターはいなかったんだが、……ちょっと静か過ぎるかもな」


 哨戒から戻ってきたジンが不安を口にするが、気のせいだろうと思う。


シュウト:

「モンスターはいないんですよね?」

ジン:

「ああ、それは間違いない」

シュウト:

「だったら問題ありませんよ。心配なら結界用の道具も使いますけど?」

ジン:

「……いや、そこまではしなくていい」


 結界用の道具とは、魔法を使えない〈職業〉(クラス)がキャンプするためのものだ。一口に結界と言っても、単に警報を出すもの、敵に気付かれにくくするもの、弱い敵ならそのまま追い返すものなどバリエーションは豊富だ。魔法攻撃職か回復職がいれば魔法を習得するので、それらはあまり必要なくなってくる。


レイシン:

「じゃあ料理の準備をしてくるから」 


 風向きを確認してからレイシンとユフィリアが移動した。

 料理する場所はテントから風下側に50~60m離れるのがセオリーになる。外で火を起こせば、たいてい煙が出る。風上で煙を出そうものなら、テントの中に煙が充満することになるのだ。寝る段階になって気が付き、煙たくて仕方が無い、なんてことも起こった。〈シルバーソード〉時代に仲間達とこれで痛い目をみた。その時は我慢できず、〈召喚術師〉(サモナー)に頼んで、風の精霊で換気してもらった。


 また、食べ物の臭いに誘われて狼などの動物系の敵が襲ってくることもある。この時にテントの近くで戦闘をすると、テントを破壊するといった二次被害を引き起こす原因になる。


 これらは現実でのキャンプ場でのマナーや初歩的なテクニックなのだ。それは自分の安全と直結していると、身を持って知ることになった。料理で出た生ゴミの処理も同様である。後片付けをちゃんとしなければ、匂いを辿れる動物やモンスターを警戒していることにならない。その他にも、火の始末をしっかりしなければ山火事の原因を作ってしまうかもしれない。小さな知識を積み重ねること、そして失敗を糧に知識を実践することが大切だった。



石丸:

「自分のテントを使うっス」


 そう言いながら石丸がマジックバッグから出してきたのは6人用としてはかなり大型のテントだった。寝るだけなら10人でも収容できる代物で、このサイズになると独力で組み立てるのは困難なはずだ。そう思っていたのに、石丸は馴れた手つきでテキパキと作業していった。慌てて手伝うのだが、自分を含めて3人いても天幕を持っているぐらいの役にしか立たなかった。ペグを地面に打ち込んで固定する作業でも、下手に手を出すとテントが引きつれたり、緩くて固定できてなかったりする。石丸にやり直して貰うと二度手間になってしまうため、今回はじっくり観察して、手伝える日が来ることをお祈りするだけにしておいた。


 その後、一応は女子のテントを別に出したいというので、ニキータの持ってきていた3人用のテントの設営も石丸が引き受け、これをさっさと済ませてしまった。テントの入り口を風下側にすることで雨風を防ぐことも忘れない。この辺りも当然の基本だ。


 イジメまがいの雑用係を押し付けられているせいかもしれないが、いくらかは石丸のサブ職〈交易商人〉のスキルによる部分もありそうだった。〈交易商人〉は交渉能力以外にも、交易で旅する時に使える特技を幾つも会得するらしい。レイシンのサブ職〈料理人〉もそうだが、より日常的な場面では非戦闘系のサブ職の方が強い。


 テントの設営を終え、レイシンの様子を見に行くことになった。

 周囲が薄暗いのは雨雲のせいもある。だが、雨はまだ降り始めていない。手元がよく見えるように、ユフィリアが魔法の明かりを出していた。予想の通りに料理の手伝いはしていない。特技も使えないのに下手に手を出すと、マンガのような大失敗になるのだから仕方が無い。


 石丸が火の管理を手伝い始める。『家での料理』と『キャンプでの料理』は完全に別物で、特に火の扱いが違うと聞いていた。サブ職としての〈料理人〉はそのどちらにも柔軟に対応するものだが、火力の調整を引き受けて貰えれば遥かにはかどるらしい。石丸は念を入れて料理に手を触れようとはせず、火の管理にだけ注意していた。


石丸:

「ここは引き受けるっス。ユフィさんは着替えてきたらどうっスか?」

ユフィリア:

「ありがと。そうするね」


 ユフィリアは装備したままの鎧を脱ぐため、テントに向かった。彼女の出した『魔法の明かり』も一緒に動き出す。それを見て、自分もなんとなくその後に付いていった。


ユフィリア:

「ご飯、楽しみ♪ ……シュウト、見た?」

シュウト:

「何を?」

ユフィリア:

飯盒(はんごう)でおコメ炊いてるんだよ。久しぶりだなぁ。アレって美味しいよね。オコゲの部分も食べたいな~」


シュウト:

「レイシンさんの料理はかなりのものだよ」

ユフィリア:

「そうでしょー、なんか手つきが違うもんね!」

シュウト:

「手つきって。……料理なんてやらないでしょ?」

ユフィリア:

「む~、失礼だなぁ。電気釜だけど、ご飯ぐらい普通に炊くし、カレーとか野菜炒めなんて誰にでも作れるんだよ。この世界だと〈料理人〉のサブ職がないから意味無いけど」

シュウト:

「へぇー、意外。じゃあ得意料理は?」

ユフィリア:

「え~、……ゴーヤチャンプル?」

シュウト:

「うわっ、あのニガいの苦手だ」

ユフィリア:

「分かってないなぁ、あのニガさがいいんだよ!」


 軽く手を振って、彼女は小さい方のテントに入っていった。







ジン:

「そこの、風上側に座れよ」


 食事が出来たので念話で女性陣を呼び出す。

 ニキータとユフィリアがフード付きのマントを身につけて現れた。ジンが声を掛け、自分と石丸とが腰を浮かせて座る場所を作った。


 石丸とユフィリアの魔法の明かりが揃い、場がいっそう明るくなる。すっかり日も暮れてしまった。夜の星空を雨雲が厚く遮っている。雨が降るのであれば、すぐにタープを組み立てるつもりでいた。幸い、まだ遠慮してくれている。どうせならこのまま雨には遠慮していて欲しいものだ。


 ユフィリアがどことなくソワソワしながら座り、期待に満ちた眼差しで飯盒を見ていた。その甲斐あってか、差し出された器にはオコゲの部分もちゃんと盛られていた。ユフィリアの瞳が輝くのを見て、男性陣は満たされていた。みんなにもオコゲが振舞われる。口に入れると確かに香ばしい。炊かれたお米は7分づきぐらいの僅かに黄色いものだが、みな美味しそうに食べている。少し硬めの炊き上がりが、口の中で噛み応えになっていた。久しぶりの白いご飯が嬉しい。


 キャンプで飯盒ならばカレーと行きたい所だったが、カレールーのようなものが普及していない。数種類の香辛料を安定して手に入れるのも難しいが、生産系ギルドのがんばりがあれば、その内アキバでも手に入るようになるかもしれない。

 カレーの代わりに、野菜のたっぷり入ったポトフ風のスープが振舞われた。しっかりと火の通った瑞々しい野菜を堪能する。肉と野菜で濃厚なうま味が出ており、塩で整えられた味に十二分に満足していた。それでも胡椒が足りず、どうしても一味足りないとレイシンから謝られてしまった。


 ジンはご飯にスープをかけて大雑把にかきこんで食べ始めてしまった。『食事』の雰囲気が一気に『メシ』になる。美味そうに食べているので自分も真似をすると、大胆にもユフィリアまでそれに倣ってしまった。

 ご飯が硬めに炊かれていることもあり、スープと絡まった米粒が口の中で踊る感触が堪らない。現実世界で食べたお茶漬けを懐かしく思いながら、飯盒で炊きたてのご飯を使った『スープかけご飯』をやってしまう贅沢は、美味しい上に楽しい気分にさせてくれた。

 2つの飯盒で8合のお米を炊いたのだが、6人で食べればキッチリなくなってしまう。スープの残りは明日もう一度食べることになるだろう。


 食後に紅茶の香りのするお茶が出された。茶葉の種類による向き不向きはあれど、緑茶に紅茶、ウーロン茶ですら『同じお茶の葉』から作ることができる。このためアキバでも早い段階から数種類のお茶を手に入れることができた。


 腹が満たされ、身体も心地好く温まる。夜の肌寒さと、手に持ったお茶の熱さとの対比が、まったりとした雰囲気を醸し出していた。会話してしまうのが惜しくなるような夜。口数も少なく火を眺めていると、そのパチパチとはぜる音が、なんだか遠くまで聞こえてしまいそうな気がした。


ジン:

「あふぅ、1日5回ぐらい昼寝したいなぁ」


 先程から言葉少なげだったジンが立ち上がり、「ワリーけど先に休むわ、夜警やるならテキトーに起こして」と言ってテントに戻ってしまった。まだ19時になったばかりだ。


シュウト:

「夜警ってどうしますか?」

レイシン:

「どうしよっか?」


 尋ねてみたのだが、レイシンも決めかねている。

 夜警は各ギルドで流儀が異なるため、やらないところは全くやらないらしい。それもこれも〈エルダー・テイル〉がゲームだった時代は1時間ごとに昼と夜が入れ替わっていたためだ。当然、『夜は寝る』なんてことは無く、戦闘終了後にMPを回復させたりするのが休憩の主目的だった。


 〈大災害〉後は2交代も3交代もあったのだが、有名な『ガリア戦記』を参考にすると、18時の日没から日の出までの12時間を4つに区分し、第一夜警時から第四夜警時として3時間づつに分割している。太陽を基準にしていることからも、これには一定の使い易さがあった。例えば、〈大規模戦闘〉(レイド)が4の倍数を採用しているため、夜警時の割り振りに向いていたりする。


 現代っ子には第一夜警時(18時~21時)は無意味な分類に思われるので、6人パーティの場合は第二夜警時(21時~24時)からの3区分を2人ペアが交代で担当する方法が合理的だと思われた。


シュウト:

「この辺りだったらやらなくてもいいんですけどね。敵が出たって、そんなに強くもないだろうし」


 女性陣がホッとする雰囲気が伝わって来て、苦笑いしてしまう。


レイシン:

「雨も降るだろうしね。うーん、でもなんか油断チックで嫌だなぁ。やっぱりやろうか」


 レイシンの言葉に気を引き締める。雨だと夜警は、正直やりたくない。ご飯が美味しかったので、どうしても気が弛んでしまう部分もあった。ジンが寝に行ったテントのことを考えて、ちょっと失敗したかな?と思う。夜警をする場合、担当のペア毎にテントがある方が便利なのだ。交代時に別の組を起こさないで済む。特に雨の場合、終了時に着替えたりすることになるので、同じテントだと仲間を起こしてしまい易い。


 連続して寝られない第三夜警時(0時~3時)が嫌がれるものだったが、これは早目に寝に行ったジンに任せることになった。勝手に決めていいのか?とレイシンに尋ねると「そのためでもあるから」と言われた。

 女性陣を第二夜警時にして、レイシンが第四夜警時(3時~6時)をやると言うので、自分はジンと一緒に第三に入ることにしておいた。これは石丸に第四夜警時を譲るつもりもあった。


ユフィリア:

「雨だ……」


 ユフィリアが夜空を見上げ、掌で雨を感じようとしていた。


レイシン:

「後片付け、しちゃおうか」


 レイシンが動き始め、石丸も立ち上がった。ニキータに「休んできなさい」と言われたので、甘えてしまうことにする。

 暗い中をテントの方に歩いていくと、光源から遠ざかるほどに、闇に包まれて往くことになる。流石に50m程度の距離で迷うことはない。〈暗視〉の特技もある。テントに近付くにつれて雨の勢いは増し、既に小雨になっていた。気になって振り返ると、慌てた風の4人の姿が見えた。悪いことをしたかも? と思ってしまう。


 いつの間にやら、テントの内側でランプらしき明かりが(とも)り、外に光が漏れ出していた。暗いと眠れないタチなのだろうか?といぶかしく思うのだが、次の瞬間、ジンが剣と盾を構えてテントから飛び出してきた。


ジン:

「敵だ!」







 ぐるりと周囲を見回すジン。それに釣られて自分も周囲の敵影を探してしまう。


ジン:

「いいから、武器を出せ!」

シュウト:

「は、はい」


 マジックバッグから弓を取り出し、素早く矢筒を背負う。ジンは周囲に視線を飛ばしながらも、レイシンに念話をして『敵に囲まれていること』を伝えている。


シュウト:

「用意、できました。合流しましょ……」

ジン:

「やばい、ヤバイ!」


 ジンに押されて立っていた場所から退避。歪な形をした『大きな何か』が回転しながら飛んで来たが、辛うじて避けらてた。地面でバウンドしたことでコースが大きく変わり、後ろにあったテントも被害を免れていた。


シュウト:

「岩、……ですか?」

ジン:

「デカい石っぽかったが」


 戦闘になった時にテントを巻き込まないため、移動しておくことを忘れない。


シュウト:

(岩みたいな攻撃は亜人間(デミヒューマン)じゃない。……巨人種なのか?)


 雨が強くなって来ている。手の甲で顔をぬぐいながら〈暗視〉を使って敵の姿を探す。確かに何かが動いている気配がする。段々と地響きに似た音があちこちで聞こえ始める。それはまるで……。


シュウト:

(まるで、大木が地面から引き抜かれているみたいな……?)


ジン:

「チッ。……トレントか」


 今や、付近の樹木が次々と大地の呪縛から解き放たれようとしていた。

 仲間と合流しようとする自分達の行動を理解しているかのように、行く手を塞ぎ、遮ってくる。


シュウト:

「〈レイニー・トレント〉? ……まさか、“雨の森”!?」


 〈レイニー・トレント〉。

 これは雨の時だけ魔物となって動き出す特殊なトレントで、通常は1~3体といった少数で現れ、冒険者に不意打ちをしかける高レベルモンスターだ。乾いている時は完全にただの樹木であり、魔法での探知にも反応せず、切っても燃やしても身を守ろうとしない。ゆえに経験点も入ることがない。雨が降るまで、それが〈レイニー・トレント〉かどうか知るすべのない特殊なモンスターだった。

 トレントは樹木系だが、雨に濡れていることで『水の属性』を持ち、火炎が致命的な弱点ではなくなっている。

 そもそも遭遇確率の低いモンスターだが、ごく稀に集団で冒険者を襲うことがあった。その場合の通称が『雨の森』。不意を衝かれると、熟練の〈冒険者〉でも簡単に全滅してしまうほど危険なモンスターとされていた。僕も実際に出会ったのはこれが初めてになる。


シュウト:

(どうする? ……何気に、かなりヤバいんだけど)







石丸:

「〈バーンドステイク〉!」


 長めの詠唱から石丸の魔法が炸裂する。地面から熱せられた杭が何度も敵を突き上げ、広範囲の敵を打ちのめした。しかしまだ数体の敵が動き続けていた。

 ジンからの念話で初撃の不意打ちこそ避けられたものの、2人と合流するどころかズルズルと後退させられていた。相手のモンスターにどこまでの知能があるのか、これが分断作戦だとしたら完璧に近い。


 こちらはレイシンに石丸、私、ユフィリアだ。後衛がこちらに集中し、その支援能力による戦闘継続力はあっても、レイシンが独力で前線を構築するのは難しい。こちらから合流しようとすれば後衛が弱点になる。囲まれないように、どうしても後退しながら戦う形になっていた。こうなるとシュウト達が移動してきて合流する形しかなかったが、敵に阻まれていて突破は厳しいという。


ニキータ:

(難しいところだけど……)


 レイシン単独でなら〈武闘家〉(モンク)の機動力や回避力を活かして敵中を突破できるだろう。後衛は、ハッキリ言ってお荷物だ。となると、このまま後退してゾーンを一度出てしまい、後衛を安全な位置に待機させ、レイシンが一人で戻るという流れになりそうだった。


ニキータ:

(もしかしたら、今にもシュウト達が突破してくるかも……?)


 もしも突破して来た時に自分達が待っていなかったら、それはやはり薄情な気もする。そんなのはただの感情論でしかないにしても、パーティの信頼関係なんて、本当に些細なところで決まってしまうものではなかったか。例えジリ貧であっても、このまま待っていたいというぼんやりとした欲求を自覚せずにはいられなかった。


レイシン:

「後退して、一度ゾーンから出て態勢を立て直そう」


 やがてレイシンが決断する。その横顔を見て、やはり単独で突破するつもりである事を知った。向こうのHPを考えればあまり時間はない。もしかしたらレイシンが行っても間に合わないかもしれない。


石丸:

「それしかなさそうっスね」


 石丸が同意する。これで私も頷くしかない。雨の勢いが増し、足元が柔らかくなり始めていた。後退するのであっても素早く行わなければならない。


ユフィリア:

「ダメ。そんなのダメだよ!」


ニキータ:

「ユフィ……」


 思わず振り向いてユフィリアを見る。しかし、その瞳に弱気の色はみえない。燃えているかのような、真っ直ぐな瞳が力強く輝いている。


ユフィリア:

「シュウトのHPが5割切ってるの。今から後退してたら、絶対に間に合わない」

ニキータ:

「それは……」


 同じゾーン内であるから、味方のステータスも、方向も分かる。ユフィリアの指摘の通り、シュウトはたぶんもたない。ここでユフィリアが後退すれば蘇生も間に合わず、そのまま大神殿送りになるだろう。


ユフィリア:

「一か八かなら、……走ろう!」


 その言葉が仲間の弱気を打ち砕いたのかもしれない。心に勇気の火が灯る。同じ失敗なら、みんなでした方がいい。

 私は黙ってうなずくと、永続式の援護歌を|〈舞い踊るパヴァーヌ〉《回避力強化》と〈仔鹿のロンド〉(移動速度強化)に変更した。石丸が素早く作戦を立案する。


石丸:

「今から炎の壁を作って敵を分断するっス。向こうとこちらがお互いに走れば、少しは距離が短くなるっス」

レイシン:

「みんな。……ありがとう」


 レイシンの礼は、葛藤による心苦しさと感謝を表していた。失敗すれば、ここで全滅することになる。だがユフィリアの発案だ。私に否やはない。それに、ユフィリアは成功しか頭になさそうだ。


 炎の壁が進行方向に向かって真っ直ぐに伸びていく。奥伝にまで鍛えられた魔法だ。4mほどの高さまで炎が吹き上がり、長さは15mほどに達していた。この区間を走り抜けたとしても、その先にはまだ50m以上の距離が残っている。


レイシン:

「よし、急ごう!」


 レイシンの号令と共に、全員で炎の道を駆け出した。

 飛んで来た岩を危ないところで走り抜けて回避する。炎の壁に焦がされながら延ばして来た敵の枝をサーベルで切り飛ばす。ぐんぐんと加速し、直ぐに側面の炎の守りが無くなった。ここから先頭はレイシンのまま、後衛の3人は並んで走る。


 ……前方に、薄明かりを頼りに戦っているシュウト達が見えた気がした。







ジン:

「無茶するなぁ、あいつ等」


 離れた場所で炎の壁が立ち上がった。僕達からもその光景は見えていた。光源を伴い、走る4人の姿が近づいてくる。こちらも移動しなければならない。


 ジンは動き続けながら、振り回される枝を次々と斬り捨てていた。何かの特技を使っているようで、雨でぬかるむ足元もなんのその、滑らかな足捌き・体捌きで戦っていた。軽く浮かんでいるような気さえする。


 するすると動き続けることで的を絞らせない。自分にヘイトを集めながらも、被弾は避けていた。巧い。いや、巧いなんてものじゃない。腰に下げたランタンの明かりだけを頼りに、暗闇の中、周囲から飛んでくる攻撃を捌き続けているのだ。戦闘ギルドでもここまで戦える戦士を僕は他に知らない。

 そのジンが僕のフォローに追われている。タウンティングで敵を引き付けてくれているのだが、完全に囲まれているので、さほど効果は上がらない。

 投げつけられる岩は辛うじて回避できていたが、矢を(つが)えて狙いをつけようと立ち止まる度にダメージを受けてしまう。足を引っ張っているのが辛い。流石にここまで不利な条件での戦闘は経験したことがない。元戦闘ギルドの肩書きも、たいして役に立たないものだと苦く笑う。


 そうして戦っている間に、〈レイニー・トレント〉に樹木を操る能力があることが分かってきた。その操られた樹木は、本体に比べて弱く倒し易いものにすぎない。だが〈レイニー・トレント〉本体を倒さない限り、周囲の樹木が間もなく新たなトレントとなって戦い始めた。これでは切りがない。視界も悪く、現状では本体を見分ける(すべ)もない。『雨の森』の恐ろしさとはこういうことだったかと知った。


 火に耐性があることを逆手にとって、火矢を射掛けることを思いついていた。効果があれば、それは水の属性を持つ〈レイニー・トレント〉ではないということだ。

 だが、火矢はあっても肝心の火がない。早い段階でたいまつでも出せれば少しは違ったかもしれないが、状況的に火を付けられるような悠長なタイミングなど無かった。



ジン:

「こっちも行くぞ!」

シュウト:

「はい!」


 一瞬の隙を付いて包囲を突破。まるで今までの戦闘はこのタイミングを作るためであったかのようだ。ジンの戦闘センスに舌を巻く。

 レイシン達は横に並んで走っていた。もう少しの距離だ。合流とはつまり、魔法の効果範囲内に入ることをいう。この場合、ユフィリアの回復魔法が届く範囲になれば合流したことになる。その後は後衛の防衛もしなければならないのだが、ともかく6人が揃えば何とかなる気がしていた。絶望的な状況なのに、僕はまるで絶望していない。確かに、何かの予感があったように思った。


 ニキータ達が敵に捕捉される。レイシンが敵を引き付け、仲間を先に行かせようとしていた。そのまま残りの3人が走り続ける。しかし行く手にはまたもやトレントが立ちふさがった。同時に僕達の側にも、行く手を塞ぐように2体のトレントが邪魔をしに来ている。

 石丸が攻撃され、ニキータ達の足が止まった。



シュウト:

(ダメなのか? あと一歩なのに……っ!)


 おぼろげに表情が見える距離がもどかしい。後衛3人の戦闘力は足りていない。このままでは……。


ジン:

「オオオッ!!」


 ジンが突進し、片側のトレントに体当たりのように一撃を見舞った。

 その瞬間、青い輝きが(ほとばし)った――







レイシン:

「先に行って! すぐに追いつくから」

ニキータ:

「わかりました!」


 レイシンが敵を引き付けている間に、回り込んでその脇をパスする。更に10mほど距離を稼いだが、トレントに行く手を塞がれてしまった。石丸が立ち止まり、呪文の詠唱を始めたが(したた)かに打ち据えられていた。くの字に折れ曲がるように、頭から地面に突っ伏してしまう。


ユフィリア:

「いしくん!?」

石丸:

「まだ、大丈夫っス」


 ユフィリアと共に立ち止まり、彼の安否を確認する。直ぐに返事が返って来た。ぬかるんだ地面に顔を突っ込んだため、石丸は泥だらけになっていた。

 ユフィリアを守るべく前に立つ。樹木のモンスターであるトレントが相手では、私の持つサーベルの細さが実に頼りない。ユフィリアもライトメイスを構えているが、打撃攻撃でもトレントへの効果は薄いだろう。

 レイシンはまだ後ろの敵に手こずっている。シュウト達もトレントに捕まった。……包囲が縮まって来ている。



ニキータ:

(もう一歩、なのに……っ!)



 その瞬間、目の端に青い光が疾走(はし)った。

 轟音と共にトレントがゆっくりと倒れていく。その枝や葉を突き破るようにして、駆け寄る影がふたつ。

 

 

ジン:

「〈アンカーハウル〉っ!!」


 私達の前に立ち塞がるトレントは、背後から強制的にターゲットの変更を迫られる。特技の使用に立ち止まった〈守護戦士〉(ガーディアン)の脇を 〈暗殺者〉(アサシン)の弓使いが駆け抜けた。走りながら矢をつがえ、ジャンプ。石丸を背後から狙うもう一体に矢を放った。命中。


シュウト:

「みんな、大丈夫か?」


 現れたシュウトは、泥にまみれ、傷だらけの姿だった。なんともサマにならないが、それでいいと思った。頼もしさとも安心感とも違った不思議な感覚。心配だった気持ちが落ち着いてくる。

 ユフィリアは何も言わずに回復呪文の詠唱を開始。仲間の傷を癒しつつ、改めて戦闘準備(セットアップ)


レイシン:

「お待たせ」


 レイシンが敵を振り払い、再合流。仲間が揃う。無事に、全員がここにいる。


ジン:

「……じゃあ、片付けるぞ。食後の運動といこうか」


 ジンが勝利を宣言する。6人揃っただけだったが、もうそれだけで勝てる気にさせられてしまう。



 しかし、ここからが大仕事だった。

 石丸がもう一度「炎の壁」を作り敵を分断。シュウトは火の点けられていない火矢をその壁越しに射る。〈レイニー・トレント〉には通じないが、操られただけの樹木には高い効果があった。また石丸は〈炎の剣〉の呪文を私のサーベルに付与していた。〈火の矢〉(フレアアロー)の呪文、〈オーブ・オブ・ラーヴァ〉の呪文を駆使して〈レイニー・トレント〉を区別して行く。


 レイシンは素手だったのが、いつの間にか朱塗りの爪系武器に切り替えて戦っていた。ジンとのコンビネーションで、後衛を守りながら前線を構築してゆく。メインタンク・サブタンクの連携がハイレベルなのは心強い。

 ジンは包囲が厚くならないようにたびたび移動の指示を出していた。

 ユフィリアは一生懸命に走った。途中2回ほど転んで尻餅を付いていたが、それでもジンやレイシンから離れないように付いていく。それだけで投げつけられた大きな石は狙いを外す効果があった。また自身に掛けていた反応起動回復魔法を使って、呪文を詠唱する石丸のガードに入ったりしていた。しかし、ユフィリアも鎧を身に着けていないので無茶はさせられない。

 ユフィリアが動くことでパーティ全体にリズムの様なものが生まれていた。連携が噛み合うことが次第に増えていく。そして……







 最後に残った〈レイニー・トレント〉をジンが叩き伏せると、操られていた樹木がゆっくりとその場に根を下ろした。戦いは、終わった。


 雨の中、周囲には倒れた樹の残骸がそちこちに散らばっている。周囲の樹木がなくなり、頭上を広く感じる。早くも雨はその勢いを減じていた。ずぶ濡れになってしまったが、今は小雨が気持ちよい。


ユフィリア:

「つっかれたー!」


 ユフィリアが倒したトレントに腰を下ろす。途中で何度か尻餅を付いていたため、座ってもこれ以上は汚れようがないぐらいだった。


 僕も何度か死に掛けたため、ドロドロだった。一度は投げつけられた岩の直撃を受け、そのまま下敷きになりそうな場面まであった。痛みはそこまで酷くないが、映像的には心臓にあまり良くないシーンだったと言われた。


 火炎系の攻撃をずいぶん使ったので、延焼の危険がないか確認し、ドロップアイテムを集めてテントの方に戻ってみた。意外にも大型のものは奇跡的に無事だった。女性陣の小型テントは潰れていて、中まで雨に濡れてぐちゃぐちゃだ。荷物は特に置いていなかったのが不幸中の幸いだろう。


ジン:

「今晩、どうする?」


 ジンが誰にともなく尋ねる。モンスターの出た場所で寝るのはどうかと思わずにいられないが、別の場所にテントを立て直したりする作業を雨の中でやるのはいかにも面倒だ。女性用のテントもどうにかしなければならない。


ユフィリア:

「もう、一緒に寝ちゃえばいいよ」


 ユフィリアがあっけらかんと言った。


ニキータ:

「そうね、着替えたり身体を拭いたりだけ、先にさせて貰えれば……」


 ニキータも同意する。精神的な疲労によるものだと思うが、困難を共に乗り越えたことで、チームとしての一体感が出来つつあるような気がした。


石丸:

「それじゃあ、お湯を沸かすっス」

ユフィリア:

「助かるぅ~」


 なんとなくドキドキするものがあったが、ともかく後始末を始めた。

 雨避けのタープを組み立て、湯を沸かし、女性用のテントを片付ける。食事をした場所に戻って穴を掘り、生ゴミの始末も忘れずに行った。

 女性陣が着替えを終えると、男性陣に交代する。乾いた衣服に着替えるだけで体がずいぶんと温まっていた。簡単に後始末するつもりだったが、結局はかなりの作業量になってしまった。


 夜警を立てるのを止め、結界用の呪文を石丸が設置する。そうしてやっとテントの中に落ち着くことが出来た。火の始末をしてしまう前に沸かしてあったお湯を使って、温かいお茶が配られる。これで今日の仕事は終わりだろう。


 ランプをテントの天井部分から吊り下げ、柔らかい明かりだけになる。内側に仕切りでもしようかと提案したものの、別に要らないとユフィリアが断った。すぐにでも眠りたかったはずが、何だか眠れない。くたびれてはいるのだが、厳しかった戦闘の余韻か、女性陣が一緒だからか、心はまだ少し興奮していた。


ユフィリア:

「なんか、修学旅行みたい」


 ユフィリアが足をパタパタさせている。行儀は悪いのだが、どこか尻尾を振っている犬みたいだった。


ジン:

「おいおい。修学旅行なのに、男と一緒の部屋で寝たのか?」

石丸:

「問題発言っスか?」

ユフィリア:

「ちがっ、男子がなんか遊びに来たりするでしょ? イヤらしい想像しないで!」

シュウト:

「いや、別にイヤらしい想像なんてしてないけど?」

レイシン:

「そうだよね」

ジン:

「あれー? 逆に、何を想像しちゃったのかな?」

ユフィリア:

「サイテー! サイテーだよ!!」


 ユフィリアが顔を真っ赤にしながら「中学の話だもん!」と弁明し、ニキータは援護もしないで腹を抱えて笑っていた。

 騒ぎが収まったところで、雨の森を切り抜けられたのはユフィリアの機転があったからだとレイシンが持ち上げていた。落としたり持ち上げたり忙しい。ユフィリアは照れつつも上機嫌だった。


 僕は、青い光のことを考えていた。

 ジンはあのトレントを一撃で倒していた。もしかしたら暗殺者の使う〈アサシネイト〉以上の破壊力になるのではないか? 乱戦だったから既にダメージが蓄積していた可能性はある。そうでなければ説明が付かない。なんとなく、ジンには何か秘密があるような気がした。隠れた実力者という以上の、何か。


シュウト:

「ジンさんって……」

ジン:

「あ?」

シュウト:

「いえ、なんでも。……あの、サブ職って何なんですか?」

ジン:

「ん?〈竜殺し〉だけど」

シュウト:

「ブッ、……それ、ガッカリ職じゃないですか!」

ジン:

「ブルータス、お前もか……」ふるふる


 なんとなく訊きそびれてサブ職のことを聞いてしまったのだが、こっちはこっちで地雷だった。


シュウト:

「いや、もっといいサブ職に変えましょうよ! いくらでもあるじゃないですか!」

ジン:

「イヤだよ。今から変えるのめんどくさいし。鍛え直してらんねぇって」

シュウト:

「強くなるためには、手間を惜しんじゃダメですって!」

ジン:

「あーもう、ウルサイなぁ。それよりドラゴン倒しに行こうぜ? もうちょいサブ職のレベル上げたいんだよなぁ~」

シュウト:

「ドラゴンって……」


 ドラゴンといえば最強クラスの幻獣だ。そんなのと戦いたいとか、何を考えているんだろう。今の戦力では絶対に戦ってはならない相手だ。レイドチームでだってヤバいっていうのに。


ジン:

「いや、ホラ、弱いヤツでいいんだって。あんまり飛ばないのとかさ?」

シュウト:

「だから、サブ職を変えればいいじゃないですか!」

ユフィリア:

「……ドラゴンかぁ~」


 終いにはユフィリアまで目を輝かせている。話を打ち切るべく、ランプの明かりを消してしまうことにした。「なにすんだよ」と言われたが、無視してしまうことにした。みんな疲れているのだ、早く寝ないと。

 ドラゴンなんて冗談ではない。〈シルバーソード〉の自分達ですら、そんなモンスターなんて手に負えなかったのだ。


 その後もしばらくの間は、暗闇の中で話たりクスクス笑う声がやまなかった。

 


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