68 覚醒
『狙撃屋』と呼ばれる男がいた。
彼は〈暗殺者〉だったが、あまり近接戦には向いていなかった。瞬間的な判断力や反射速度、精密な動作が苦手で、焦ってくるとワケが分からなくなってしまう。ところが、人一倍負けるのが嫌いで、くやしがるタチだった。
そんな負けず嫌いがたどり着いたスタイルが、遠距離からの狙撃戦法。このスタイルは守りには適していないが、攻めには滅法強い。場所を選定するところから、装備品へのコダワリなど、秘訣と言える様々な工夫が必要な難易度もあったが、その手応えで逆に狙撃に魅了されていった。
だが、それも〈大災害〉が起こるまでの話である。
モンスターを狙撃して殺してもそこまで面白い訳でもない。現場でモンスターからドロップアイテムを集める必要もあって、仲間がいないと実際の所どうにもならない。……主戦場はPKなのだ。
〈大災害〉以降、プレイヤー殺しには少々異なった意味が重なってしまっている。いわゆる『人殺しへの禁忌』の感情である。……もともとはゲームに過ぎず、殺されたところで、多少アイテムを失うのと、経験値ダウンぐらいのペナルティしかない。それに別の種類のゲーム(FPSやTPSなど)では、人を殺すのは普通のことなのだ。しかし、なぜかMMORPGの世界ではPKなどと呼ばれ、『悪いこと』にされてしまっている。
それは『殺す側』から見た場合の傲慢な考えでしかなかったのだが、負けず嫌いの彼に『殺される側』の立場や感情は理解できなかったし、理解できたとしても「負け犬の言い訳である」として一蹴してしまう所があった。彼は自分に言い訳を許さず、そのために狭量になってしまう。
『狙撃屋』を名乗るようになっていた彼は、やがて行き場を失っていく。その頃に組んだのが〈黒曜鳥〉であった。〈大災害〉以後、狙撃の仕事はさらに高い隠密性が求められるようになった。そのためか、気付かれないように狙撃し、不意打ちに成功した時の達成感は逆に増えてもいる。良心の呵責やタブーへの抵触で興奮する性格だったこともあって、結局は〈黒曜鳥〉と行動を共にするようになっていった。
この日も一緒に行動していたのだが、ギルドには粗暴な人間が多いこともあって、同じ場所でキャンプする気にはなれず、離れた所に避難していた。狙撃できるポイントに居たのは、〈黒曜鳥〉の誰かを狙撃する訓練(=妄想)で楽しむつもりもあったためだ。
丸王から周辺の警戒を頼まれて、直ぐに〈暗殺者〉の男を発見した。近づく寸前になってようやく気配を消していたが、狙撃屋からはマヌケな姿が丸見えだった。
交渉が決裂してからは、木立に逃げ込んでいった。蘇生の邪魔をしようと弓を構えているのは、ここからは丸見えだった。
狙撃屋:
「げひひ。食らいやがれ」
周囲には誰もいない。だから本音のまま独り言を喋る。安全な場所から一方的な攻撃をすることに愉悦を感じていた。超長距離を狙撃できる大弓を構え、ウロチョロとしている小賢しい〈暗殺者〉を射抜かんと大きく弦を引き絞り、放つ。矢は長い距離を飛んで、吸い込まれるように命中していた。自分の有能さにうっとりする。
木立の中に入った〈暗殺者〉は、あちこちに動き回るため標的としては当てにくいのだが、時々10秒ばかり停止している。次の停止で仕留めてしまうつもりだった。
狙撃屋:
「はい、お疲れさん。げひゃ……ひゃ?」
手元が狂い、矢があさっての方向に飛んでいった。鈍い痛みにゆっくりと下をみると、胸元から青く光るモノが突き出ていた。
狙撃屋:
「あ゛っ?」
ようやく、背後に誰かが居ることに気が付く。振り返って確認しようとする緩慢な動きは、青く光っている突起物が移動し始めたことで中断された。
新しい痛みによって、剣を背後から突き刺され、そのまま胸を貫通しているらしい事を理解する。それが段々と頭の方へ移動を始めた。HPゲージは際限なく減り続けている。
胸を通り過ぎ、鎖骨から首、柔らかなノドが引き裂かれていく。下のアゴ、下の歯が破壊され、舌が切り裂かれた段階でまともな声は出なくなる。ノドの奥の焼けるような痛み。さらに上の歯から上アゴがグシャグシャになり、鼻を上がって来た剣が、目と目の間に到達する寸前になって、ようやく意識を失うことができた。
そのまま、青く光る剣は頭蓋骨を破壊して真っ暗な空に飛び出す。
背後に立っていたローブの男――ジンは、両手持ちしていたブロードバスタードソードを振って、剣についた血を払った。特技の光によってコーティングされていたかのように、新品同然の状態に戻る。
ジン:
「…………」
ユフィリアを狙撃した相手に恨みがあったジンは、こうして個人的な復讐を果たした。しかし、相手に特に言葉をかけたりはしなかった。
シュウトが戦っている方向をチラりと見てから、狙撃屋が残していった道具類を片づけ始めた。上半身を真っ二つにされた死骸が、アキバの大神殿に転送された時にはここに何の痕跡も残らなかった。
その後、背後から襲われる恐怖を知ってしまった狙撃屋は、スナイパーとしては致命的な、集中力を欠く状態になっていた。
◆
敵の範囲攻撃魔法が頭上を飛んで行き、味方後衛の中央で炸裂した。サブの回復役が自動的にフォローに入る。すばやく散開の指示出しをしていたため、被害は限定的である。
フルレイドの24人には満たないが、武装は完全な丸王たちと、フルレイドを超える人数はいても、鎧を来ていないメンバーもいる味方たちの戦いという構図だ。
そう太は見張りの当番をしていた様子で、完全武装。そのままメインタンクをやっている。互いの先制攻撃をやり過ごしたところで、ヘイトに準拠した戦闘に移行する。
このタイミングで抜け出して、後衛の魔術師達に襲いかかりたいところだが、集団戦の練度の問題で出足が遅れていた。当然のようにタウンティングの撃ち合いが始まる。
PvPなどと呼ばれる『人間同士の戦い』では、より経験がモノを言う。この意味ではPKもやっている丸王たちに有利なのだ。
ただし、シュウト自身としては、PKを撃退した経験は一度や二度どころではない。〈シルバーソード〉時代に韓国遠征に参加した際、日に数度の対PK戦も珍しく無かったため、かなりの経験を積んでいた。これは〈大災害〉の前の話なのだが、基本的な流れは分かっているつもりだった。
結局のところ、対人戦は『均衡点をいかにして打破するか?』ということに尽きる。互いにメインタンクを回復することが可能なので、その回復力の範囲を逸脱する方法が求められるのである。この場合もタンク役のヘイト・コントロールが前提である。逆に有能なタンク役はアタッカーの最大攻撃力を高めることすら出来る。
後衛やアタッカーは『ヘイトの稼ぎすぎ』に注意しつつ、幾つかの方法を駆使して均衡を打ち破る必要があった。
その方法の一つとして、〈暗殺者〉の使う最強の奥義、アサシネイトが存在する。ただし〈暗殺者〉一人当たり5分に1度しか使えないので無駄撃ちする訳にも行かない。
また滅多にないことだが、実力が拮抗しているならばMP切れを起こすまで戦い続ける事もある。人数が多いのでこの点では有利だが、短期決戦を望んでいるのはこちらの側も同じだった。
ここにケイトリンがいれば少しは違ったのかもしれないが、彼女は援軍を呼んで来ただけで、この戦いに参加していなかった。今は対人戦に興奮している味方を冷静にさせるのが優先事項である。集団戦では普段通りの連携を行うのが難しくなる。人間が相手なら尚更だった。
シュウト:
「落ち着いて! ターゲットを間違えるとヘイトが跳ねるぞ! 明かりの数をもっと増やして!」
人数の有利を活かしたいのだが、いかんせん経験不足がここで響いてくる。ソロの戦いなら、ソロプレイヤーが多い味方が負けたりはしないのだが、集団戦ではソロでの戦い方やその癖が足をひっぱることもある。
ここ数日で随分と良くなったとは言っても、緊急事態のまっただ中では制御は上手くいかない。かといって、押さえつけ過ぎてしまうと勢いをなくしてしまう。
セオリー通りに、メインタンクのそー太に対する回復を厚くしておく。メインヒーラーにコントロールを委ねて、無駄な回復を減らし、防御Buffや、〈神祇官〉のダメージ遮断呪文を重ねる。
そこまでを確認したところで、素早く目を動かしてより多くの情報を得ようとする。ほんの僅かな差が戦況を大きく影響することもある。
シュウト:
(丸王がいない……!?)
増えた明かりを頼りに敵陣を探る。弓を射る手を止めて考えること0.5秒。短剣を引き抜いて気配を消すタイプの特技、ステルス化を使う。
シュウト:
「させるか!」
丸王:
「チィッ!」
気配を消してステルス状態になった丸王は、そー太を背後から仕留めようと近付いて来ていた。魔法による範囲攻撃に巻き込まれないように散開しているため、潜り込むスペースが出来てしまっている。カバーは間にあったのだが、危ういタイミングだった。ここでヘイトを集めているメインタンクが落とされると、一気に形勢を逆転されてしまう。
ステルス化した相手は、同じくステルス状態になれば、その姿を見ることができる。厳密に言えば『透明化』とは別系統の特技なのだが、ほぼ透明になったのと同じ状態である。そのまま丸王と近接戦闘に入る。背後でのステルス同士の戦いにそー太は驚いていたようだった。
恐ろしい形相の丸王をみて、自分の表情をスッと冷ます。『猛然と』という形容が相応しい勢いで攻めたてているのだが、顔付きはクールにと念じる。心身の不一致感があるが、それもどこか『殺しの呼吸』に近い感覚だった。
次第に、恐ろしい形相をしなくても相手を威嚇できることが分かってきた。余裕ぶっておくだけで、こちらにまだまだ余裕があると勘違いしてくれるものらしい。心の余裕を演じているだけなのが、本当に余裕が生まれ、集中力が高まって感じる。好循環が実力差を広げていく。
次第に有利・不利がハッキリとし、不利を悟った丸王が素早く身を引いた。敵陣で不利な状態を続けることは愚かしい。正しい判断だ。〈アサシネイト〉が使えていたらたぶん落とせていたが、再使用規制中のため、残念ながら諦めるしかなかった。
気配を消して敵陣へ攻め入るのは、かなりリスキーな、難易度の高いプレイングである。丸王がこの戦術を駆使してきたのには驚いたが、そこそこ名前のあるプレイヤーなら当然の選択だろうと思い直す。
妄想のジン:
(……敵の力を利用しろ)
またしても過去にジンから言われたセリフを思い出していた。現在の課題は3つある。(1)矢に気を乗せる方法、(2)戦闘スタイルを決めること、(3)敵の力を利用すること。気の乗せ方は分かったが、スタイルと敵の力の利用法はまだ手付かずだった。
シュウト:
(試してみよう……)
丸王に出来ることなら、自分にも出来るはずだ。しかし、少々アレンジをしなければ芸がないと言われてしまうだろう。自分ならどうするかを素早く考えて実行に移す。
◆
ヒーラーの回復を受けた丸王は、撤退の時期を読み違えたかどうかを心配していた。引き際を間違えると痛手を被る。
仲間たちは熱くなっている。正面からの対人戦は久しぶりだ。ギリギリで勝てそうな状況に燃える気分は、根がゲーマーだからかもしれない。
ユミカと、ニキータが邪魔になり始めていた。いや、最初から邪魔だった。狙撃屋からの支援攻撃もない。連絡も付かない。所詮は部外者だったかと、そんな言葉で慰めておく。
仲間の一人から「マル、今度は向こうが消えた」と報告が来た。サッと眺めてシュウトが消えているの確認する。素早くステルス化するが、相手の姿は周囲に見当たらなかった。仲間の魔術師に『透明化』に注意するように指示を出したが、やはり忽然と消えてしまっている。
仲間のヒーラーが狙撃されたという声が聞こえた。突き刺さった矢を射た方向にヤツは現れたが、また姿が見えなくなったという。3人ほどアタッカーを送り込むが、追いつくことも出来ず、居場所も杳としてしれない。
丸王:
(面倒だな……どうする?)
ステルス化などの気配を消すための特技は連続使用にも限度がある。どこかで姿を現すことになるだろう。そこを狙うしかない。
また別の箇所に現れて矢を雨のように降らせてくる。ここが狙い目だったが、送り込んだアタッカーの目の前でまたしても姿が消えた。
丸王:
「違う、上だ!」
姿が消えたと思った時、気配を消したと思ったのだろう。高くジャンプし、背後に回ろうとしていたシュウトに反応できていない。真っ黒な衣装が暗闇の空に溶け込み、銀色の短剣が星のようだった。
結果、指示を出しても対処は間に合わず、背後攻撃を利用して再度ステルス化されてしまった。(これは背後攻撃によってステルス化する特技が存在していることによる)敵も利用して姿を眩ませる戦法らしい。
弓矢による攻撃に対して防備を固めるように指示する。これ以上、一方的に攻撃されると味方が混乱してしまう。
フレディ:
「くそっ、魔術師がやられた!」
油断していた。遠距離だけでは無かった。気配を消したシュウトは、知らぬ間に陣形深くに突入していた。一瞬、姿を現したと思ったら、味方の魔術師を倒してまた消えている。近接戦闘かと思えば、また離れた位置から矢を撃ってくる。これでは手のつけようがない。
丸王にも、召還術師に「追跡向きの召還獣はないか?」と声を掛けておくぐらいしかなかった。
◆
そー太:
「シュウト隊長、すげぇ! スゲェぜ!」
静:
「隊長無双! かっくいー!」
サイ:
「移動砲台。ううん、『消える移動砲台』……でも接近戦もしてる」
エルンスト:
「だが、あんな事が本当にできるのか?」
シュウトがここで見い出したものは、近接攻撃と遠隔攻撃とのマッチングの悪さを、気配消しによって補って戦うスタイルだった。ただ武器を持ち変えるだけではなく、気配(姿)を消すことで移動・ポジショニングも有効に行える。まるで消えたように見せかけるため、この時シュウトは一瞬でかなりの距離を走って、走り続けていた。
気配消しは、矢に『気』を乗せる事と相性が良い。ここに試作を重ねた高威力の矢が加わることになる。
気配消し、高い移動力、高威力の矢、気を乗せた射撃……。これまでの努力が結実し、ひとつの形が生まれてくる。その戦力に相応の素質や努力、実力が要求される高難易度のスタイルだったが、必死な心の内とは裏腹の、涼しげな表情で実行し続けていた。
丸王:
「ヤツらを先に始末しろ!」
側面や背後からの攻撃で攪乱を誘発してくるシュウトよりも、そー太達の方が勝ち易いと見て、丸王は仲間に指示を飛ばした。尻に火がついたように〈黒曜鳥〉の攻撃は圧力を増していく。
武器攻撃職による厳しい集中攻撃にそー太が苦しむその時、後方から滑り込むように前線に割り込む者が現れた。回転系の連続蹴りから続けて、範囲攻撃になる衝撃波を蹴り足から繰り出し、周囲の敵アタッカーを吹き飛ばす。
ニキータ:
「レイシンさん!」
捕まったままのニキータがその勇姿に声を上げる。
レイシン:
「お待たせ。今、助けるからね!」
レイシンに続けとばかりに、光の雨が敵陣に降り注ぐ。後方から攻撃魔法を放つのは石丸である。更に呪文詠唱を続けている。
丸王:
「これは、マズいな……」
道壁:
「マル、たかが数人の援軍だぞ。何を言ってる?」
丸王:
「違う、来るぞ!」
新たに、いくつもの魔法の光を灯した集団が小走りに現れる。その先頭には、この世のものとは思えぬ美貌の女がいた。暗闇すら切り裂く冷たい閃光のように、普段の彼女がみせる暖かな微笑みはない。
ユフィリア:
「もう終わりだよ。ニナとユミカを返して!」
〈D.D.D〉を引き連れて現れたユフィリアが強く命じる。これはもはや、勝利宣言に等しかった。
岩鉄のガロード:
「喧嘩は両成敗だが、ウチのユミカまで巻き込むとはいい度胸だ。覚悟はできているか!!」
丸王:
「〈D.D.D〉!? ……クソッ、撤退だ! 引くぞ!!」
シュウト:
「逃がすものか!」
素早く反応したシュウトが突撃しようとした時だった。目隠しをされたままのユミカが強く突き飛ばされ、そのまま地面に頭から倒れそうになった。シュウトの追撃はこれでタイミングを完全に逃してしまう。咄嗟にレイシンがユミカを抱き留め、その場に座らせた。
駆け寄ったユフィリアが目隠しと猿ぐつわを取り去る。
ユフィリア:
「ユミ、良かった!」
ユミカ:
「ユフィさん……?」
ぎゅーっと抱きしめるユフィリア。
ユフィリア:
「もう大丈夫だよ。でも、ごめんね。今はニナを取り戻さなきゃ。……シュウト!」
シュウト:
「ああ、急ごう」
そー太:
「隊長、俺たちも行くぜ!」
エルンスト:
「急ごう。悪人は逃げ足が早いと相場が決まっているからな」
ユミカ:
「シュウトさん」
シュウト:
「ごめん、また後で。……無事で良かった」
ユミカ:
「ごめんなさい! ごめん、なさい……」
ユミカを〈D.D.D〉の仲間に任せ、ニキータを連れて逃げていった敵を追いかけて走り始めた。
◆
ケイトリンは正しく、この瞬間をこそ狙っていた。
走って逃げていく連中からニキータを奪い返すべく、武器を引き抜いて突撃する。舞うような剣技で敵を八つ裂きにする。ヤツラは狙う獲物を間違えた。よりにもよってニキータに手を出すなどと、そんなクズを許す気などカケラもない。
丸王:
「伏兵か!? かまうな、散開して逃げろ! ヤツラに追いつかれるな!」
ケイトリン:
「くっ!」
徹底して逃げに徹している相手を屠るのは容易い。が、ニキータを抱えて走っていく相手にまでは届かなくなってしまった。邪魔になる相手を切りつけ、くやしさに獣のようなうなり声を上げた。
次の瞬間。
別のところから現れた影が、あっという間に周囲の敵を蹴散らし、あっさりとニキータを奪還してしまった。青く輝く剣が周囲の命を次々と奪っていく。死神のごとき簒奪者を前に、〈黒曜鳥〉は為す術もなく瓦解していた。
ジン:
「よっこいせっ、と」
影のように現れた戦士は、左肩にニキータを抱え直していた。周囲に数人が倒れて死に、それ以外のメンバーは必死に走り、散り散りに逃げ去ってしまっていた。無造作に転がっている中には、相手のリーダーや中核メンバーらしき名前もあったが、戦士はどうでもよさそうにしていた。
ずん、と男の前に立つケイトリンは、図々しくも言い放つ。
ケイトリン:
「返して」
ジン:
「何を?」
ケイトリン:
「その人、私が助けるはずだった」
ジン:
「そいつはご苦労さん。一足、足りなかったな」
ジンは『一足、遅かったな』とは言わなかった。タイミングの問題ではなく、実力の問題だと暗に言っていた。
ケイトリン:
「私のだから、返して!」
ニキータ:
「悪いんだけど、私はそういうつもり、無いんだけど……?」
呆れたようなニキータのコメントが差し挟まれる。
ジン:
「などと供述しており……。ウチのメンバーはこう言ってるんだが、どうする?」ニヤニヤ
殺してでも奪い取るべきかと考え、ケイトリンが動こうとする寸前、ジンの右手が殺気に反応したのか、軽く動いた。その動きだけで逆に殺されることを悟り、ケイトリンの戦意は失われてしまった。
ケイトリン:
「うぅ……」
ジン:
「フッ、いい子だ」
荷物から明かりを取り出し、ニキータを肩に担いだまま、男はシュウト達が戦っていた方向に歩いていく。とぼとぼと後をついて行くことしか出来ないケイトリンだった。
ニキータ:
「ありがとうございました」
ジン:
「おうよ。……ま、シュウトの方が早かったのは想定外だったがな」
ニキータ:
「はい」
シュウト達の居る方向に歩いて行くジンは独り言のように言った。
ジン:
「まさかアイツがねぇ。『その場に居合わせる』ってのは主人公に必要な条件、ほぼ唯一の資質だ。アイツに俺が必要なのかと思ってたんだが、もしかすると、俺にアイツが必要なのかもな」
ニキータは息を呑むだけで、何も応えられなかった。
ニキータ:
「……あの、助けていただいたのは大変ありがたかったんですが、そろそろ下ろして貰えませんか? 自分で歩けますから」
ジン:
「んー? だけどアンヨに傷があんじゃん。俺様が直々にナメナメして治してやろうか?」
ニキータ:
「結構です!」
ジン:
「おほ~、ムッチムチのフトモモだお。なんというご馳走!?」すりすり
ニキータ:
「いいから、早く下ろしてください!」
ジン:
「ハン、ダメに決まってるだろ」
語気を強めたニキータだったが、強くダメ出しされてしまう。冗談のノリかと思ったが、少し違っていることに遅ればせながら気が付く。
ニキータ:
「……もしかして、怒ってます?」
ジン:
「あったりめーだ!助けが必要だった癖に、俺を撒く気マンマンだったじゃねーか!」
ニキータ:
「アレは、ああすれば気が付いて貰えるかと思って……」
ジン:
「まさか、俺にケンカ売っといてタダで済むとか思ってたんか? べろ甘だなぁ、オイ」
ニキータ:
「でも、それは……」
前触れもなくジンの右手のブロードバスタードソードが閃き、肩の高さでピタリと静止する。
ジン:
「ここで戦るつもりか? 落ち着けって」
シュウト:
「…………ジンさん?」
剣を喉元に突きつけられ、急ブレーキを掛けたシュウトが浮き上がるように姿を現した。何の気配もないところからの攻撃。にも関わらず、目の前の戦士がどうやって見切ったのか、一部始終をみていたケイトリンの理解を完全に超えていた。
続けて複数の足音が続き、先頭のユフィリアが立ち止まる。
ユフィリア:
「ジンさん!…………ニナ、無事だったんだ。 良かった。よかった~」
苦手な相手が来たため、ケイトリンは隠れるように位置を変えた。シュウトの指揮する部隊も一通り揃って追いついて来ていた。
ユフィリアがジンの周りをウロウロする。ニキータを抱きしめようとして、下ろすのを待っているのだった。
ジン:
「でわっ! おまちかねの『お仕置きタイム』だッ!!」クワッ
ユフィリア:
「え? 何?」
ニキータ:
「ちょっと待って!」
ジン:
「ドゥワメだな(きっぱり)。 オシオキだべぇ~」
ニキータ:
「ヤッ!?」
ばちーん。
思い切りニキータのオシリを平手で打ちすえるジン。そのまま振りかぶって2発目。
ニキータ:
「キャ!……ちょっ! だめっ!!」
じたばたと足掻くニキータだったが、衆人環視の前で、お仕置きのオシリペンペンをされてしまう。ペンペンと表現するには、少しばかり派手なサウンドが暗闇の木立の中に響いた。
見ている大半の人間は事情が飲み込めず、反応に困って固まる。
20回ほど叩かれ、ようやく地面に戻される。女の子座りをしたニキータは、涙目になってオシリに手を当てていた。隠れて見ていたケイトリンは、こんな彼女も可愛いともだえる。これを萌えの精神とも言う。
ジン:
「ったく、どこの誰とも分からない連中にヤラレに行くバカがあるか。そういう時は、まず、俺にヤラせるのが筋ってもんだろうが!……というか、是非ともお願いします」
ニキータ:
「……貴方に抱かれるくらいなら、〈魔狂狼〉に食べられた方がマシ」
ジン:
「ほぅ、やっぱり悪いオオカミさんをご所望ですか? 無意識のレイプ願望ってか? そういうの、悪趣味だと思わないのかねぇ~」
ニキータ:
「そんなつもりじゃ……」
ジン:
「まー、よくある『白馬の王子様』幻想だとかも、元を正せばレイプの条件付き正当化だしな。 強引に自分を奪われても、ステキな王子様ならアリかも~?ってことだからな、アレ」
核心を突かれて言葉を失うニキータ。ジンにごしごしと頭をナデられるままにしていた。
ユフィリア:
「ニナ……」
ニキータ:
「ユフィ……」
ジン:
「うむ。これにて、一件落着!」
ニキータを抱きしめるユフィリア。そんな2人に背を向けて、独り解決を宣言して歩き去るジンであった。
音楽と共に止めを絵でエンディングに入り、カメラを引くと、抱き合っている2人の姿が入るというお約束の構図である(※シティハンターのEDネタ)
ユフィリア:
「……ジンさん」ぐわしっ
ジン:
「な、何かな~?」
気配もなく背後から忍び寄ったユフィリアが、両のコブシでジンのこめかみに近い部分をグリグリと締め付ける。俗にウメボシなどの名前で呼ばれる拷問技(?)である。
ユフィリア:
「どーして、ニナをイジメたの~?」ぐりぐりぐり
ジン:
「おい、やめろ。今よりも小顔になったらモテて大変だろ?」
ユフィリア:
「そっか。だったらもっとモテるようにしてあげなきゃね?」ぐりぐりぐり
ジン:
「痛て痛て。ニキータからケンカ売って来たんだぞ。当然の代償だろうが!」
ユフィリア:
「そういう自分は間に合わなかった癖にぃ~! どうして偉そうにしてるの!?」ぐりぐりぐりぐり
ジン:
「ちゃんと間に合ったじゃん。最後に助けたのオ・レ! 第一、最初に速効で気付いたからシュウトだって間に合ったんじゃねーんかよ!?」
ユフィリア:
「だからってオシリ叩かなくったっていいでしょ!」ぐりぐり
ジン:
「いいや、必要だね。悪人にホイホイ付いていくような悪い子は、身体で躾る他にねーわ!」
ユフィリア:
「……もしかして、好きな人をいじめたくなっちゃうタイプ?」
ジン:
「……それって嫉妬なの? そっかぁ~。それはいい傾向だな」
ユフィリア:
「ウフフフ」
ジン:
「わははは」
ユフィリア:
「ぱわーあっぷ!」ぎりぎりぐりぐりぐり
ジン:
「ちょい! 手加減しろ! やべっ、HPが減ってる!? あんまり力いれるな、頭が破裂する! 死んで脳漿ブチまけんぞ!」
ユフィリア:
「後で蘇生するから平気♪」
ジン:
「こっちが平気じゃねぇ!」
だがジンは余裕のあるところをみせ、ユフィリアを引きずったまま、シュウトのところに行き、頭を撫でることもしてみせた。
シュウト:
「ジンさん。あの、お久しぶりです」
ジン:
「三日ぶりか? よく頑張ったな。まぁツメは甘かったが、それも俺の出番を残しておいたと考えれば、気が利いていたぞ」
シュウト:
「は、はぁ……」
しつこくウメボシ攻撃を続けるユフィリアを引きずったままそんなことを言われても、さすがにシュール過ぎたらしい。苦笑いするシュウトだった。
ジン:
「どのくらい強くなったか、後で見てやろう」
シュウト:
「!……はい」
ユフィリアを引きずったままズカズカと歩いていくジンに釣られて、その場の全員が移動する。
シュウト:
「〈黒曜鳥〉はどうなったんですか?」
ジン:
「適当に何人か倒したけど。まぁ、逃げたのはほっとけばいいだろ」
シュウト:
「いいんですか?」
ジン:
「むしろ、今回の騒ぎを利用して手を打つべきだろうな」
シュウト:
「具体的にはどういう?」
先ほどまで戦っていた場所に戻ってくると、〈D.D.D〉がまだそこにいた。その様子を見て、ジンが困った表情になる。
ジン:
「あー、ともかくとりあえず、……お前は先にアッチをどうにかしてこい」
シュウト:
「えっ……?」
前方を確認してシュウトの動きが固まる。
シュウト:
「……あの、ユフィリアさん?」
ユフィリア:
「なに? 今、忙しいんだけど」ぐりぐり
ジン:
「いやいや、十分に暇だと思うが」
ユフィリア:
「ジンさんは黙ってようね?」ぐりぐりぐりぐり
シュウト:
「直ぐ済むよ。あれって、誰か知ってる?」
ユフィリア:
「ん?…………あっ!」
叩かれたオシリをさすりながら様子を見に来たニキータがユフィリアの側に立つ。
ニキータ:
「どうしたの?…………あぁ」
助けたユミカにしがみついている男がいた。男は膝をついて、彼女のお腹に顔を押し当てて、泣いているようだった。
ユフィリア:
「えっとね、ラウルって言って、その、ユミカの元彼っぽい人、みたいな?」
緊急事態にウメボシ攻撃を停止したユフィリアが、事情を説明するのに苦労していた。
シュウト:
「……ジンさん」
ジン:
「俺に訊くな」
シュウト:
「ジンさん」
ジン:
「だから、俺に訊くなってば」
シュウト:
「こういう時って、どうすればいいんでしょうか?」
半笑いで振り返るシュウトを見て、ジンはたじろぐ。
ジン:
「…………笑えば、いいと思うよ」
ユミカは自分の為に泣いているラウルの頭を、そっと抱きしめるのだった。
考えていたシーンが全部入らないという状態に。理屈としては正常なんですけど、悩んで時間が掛かりました(笑)
レイシンやユフィリアの到着が遅れたのは、喧嘩両成敗の立場をとる〈D.D.D〉とユフィリアが口論していた為で、人手が欲しいのにも関わらず「助けなんていらない!」と啖呵を切っています。これをラウルが逆に「(ユミカを)助けさせてくれ!」と頼んでいるのですが、描写はカットしてます。(出来事としてはありました)