66 宝石のような
ユミカ:
『馬術庭園からシュウトさんが出発するのも見てたんですよ?』
シュウト:
「そうだったんだ? ゴメン、同じ場所に居たなんて気が付かなかった……」
ユミカは〈D.D.D〉なのだから、あの場に参加しててもおかしくない。どうして思い至らなかったのだろう?と自分に首を傾げてしまう。
包囲戦二日目も終了し、ゴブリン軍はほぼ壊滅状態にある。エルムとの念話では、明日で当面のカタは付くという。アキバ討伐軍はその規模を大幅に縮小する見込みだった。タダ働きの〈冒険者〉達をそう何日も拘束しておくことはできない。これは当然の処置だろう。
その後もしばらくは南下してくるゴブリン軍が追加されて来ないかどうか、偵察や監視を強化することになるだろう。しかし、ゴブリン王は〈七つ滝城塞〉から出てこない、というのが参謀部の予想だった。シュウトも同じ意見である。王が出て来ないのであれば、今回を上回る規模の戦闘はありえないということになる。
ユミカ:
『明日は食料の護送で前線に移動すると思います。その時に少しでも会えたらいいですね』
シュウト:
「わかった。……まだモンスターも出るだろうし、気を付けて」
ユミカ:
『はい。シュウトさんも』
シュウトの預かる小隊の士気は高かった。今夜はまだ夜襲に備えて見張りを立てなければならないが、誰も嫌がる素振りを見せてはいない。シュウト自身は特に何かをしたつもりはなかったが、信頼されているようなので、やりやすくて助かっている。
鎧や兜を脱いだサイが、シュウトに軽く会釈して通り過ぎた。
シュウト:
(まさか、女の子だったとは……)
痛恨のミスである。昨日の包囲戦が一段落して休憩できたのは完全な真夜中だった。その時、兜を脱いだサイを見るまで全く気が付きもしなかった。ショートヘアでボーイッシュに見えても、顔立ちは完全に女性のそれである。道理で顔が思い出せないはずだと膝を打っていた。
同じく勘違いしていたそー太が「おまえ、女だったのか!?」と大きな声を出したことで、シュウトもまとめてサイに気付かれてしまった。
つまり、包囲戦の総攻撃に先鋒として女の子を立たせたことになってしまうのだ。サイの友達の女の子に「シュウト隊長ってやっぱりドSですね」などと言われてしまった。面目次第もございません状態なのだが、『ドS』という表現に関して余計なことを吹き込んだ人物がいるに違いないと察し、思い切りケイトリンを睨みつけておいた。残念ながらその効果のほどは伺いしれない。
勘違いがバレてしまったため、何度も「本当に申し訳ない」と謝ったシュウトだったが、当のサイはというと、「先鋒に選んで貰えて嬉しかった」と言っていた。これで何も言えなくなってしまう。実際、シュウトもサイを選んで正解だと思っていた。
勢いに乗っていく時は、そー太をメインタンクにした方がテンポは良くなるのだが、厳しい状況でも安定した働きができるサイの地力は、それはそれで高く評価すべきものだ。混戦からの立て直しが素早く行えたのは、まさに彼女のおかげだ。
見張りの当番中に、矢の補充を行おうと素材を取り出す。実際に矢の数も心許ないのだが、こうしていると隊員達が気をつかって、話し掛けるのを遠慮してくれるようなので、独りの時間が作れるという意味もある。
たったの10秒で数本の矢が作成できるとは言っても、逆に言えば、1分間に6回が限度ということにもなる。黙々と作成に勤しんでいた手を止めると、振り向かずに声を掛ける。
シュウト:
「足音ぐらい出してくれないと、怖いんですけど?」
ケイトリン:
「…………どうして分かった?」
聞き覚えのある女性の声。
シュウト:
「気配で、と言いたいところだけど、お酒の匂いで、かな。戦時の深酒は禁止だって分かってる?」
ケイトリン:
「このぐらいじゃ酔わない」
振り返って姿を確認すると、小瓶を軽く振っているケイトリンがそこに立っていた。
ケイトリン:
「…………」
シュウト:
「…………」
横に座ると、しばらく無言のままだった。矢を作るために手は動かしているが、なんだか居心地が悪い。何か話題はないかと考えていたところで、ケイトリンが口を開いた。
ケイトリン:
「だいぶ上達したわね」
シュウト:
「ああ、みんな筋が良いから」
主語は無かったが、ケイトリンの視線で小隊の隊員達のことだと分かる。短い期間だったが、みんな本当に上達したと思う。
ケイトリン:
「貴方の力があればこそ、でしょ」
シュウト:
「いや、そんなことはないけど」
少し驚いた。シュウトの知っているケイトリンは、そう簡単に人をホメたりはしなかった。
ケイトリン:
「ね、そろそろ戻っていらっしゃいよ」
シュウト:
「それって……」
〈シルバーソード〉に、ということだろうか。
ケイトリン:
「ギルマスはまだ知らない。でも、副長はそのつもり。私は、フヌケてるなら要らないと思ってた」
シュウト:
「そうなんだ。なんか嬉しいや。けど……」
ケイトリン:
「貴方の力は、小さなギルドで埋もれさせていいものじゃない」
最後まで言わせないように、言葉を被せてくるケイトリン。
ケイトリン:
「違う?……小さなギルドでは出来ないこと、手の届かない場所があることは、分かっているはず」
シュウト:
「まぁ、そうかな」
ケイトリン:
「でしょう? 今の仲間を裏切りたくないなら、一緒に合流すればいいじゃない」
〈シルバーソード〉の仲間達に戦闘訓練を施すジンの姿を思い描いてみる。誇らしいような、寂しいような気がする。自分たちで独占していい人ではないのかもしれない。だが正直に言えば、自分が鍛えてもらうための時間が減るのは嫌だった。
仮に一緒に行こうと誘ってみるとして、そこでジンが何と言うかを考えると、「じゃあ、さいなら」で自分だけ出て行くことになりそうだった。背筋を悪寒が走り、ブルッと身を震わせる。
シュウト:
「ありがとう。でも、やっぱり……ゴメン」
ケイトリン:
「クッ……」
不機嫌になり、むっつりと黙り込んでしまう。怒らせてしまったらしい。しばらく間があってから、悔しさや怒りを滲ませた言葉を吐き出した。
ケイトリン:
「そう。やっぱり、独占するつもりなのね」
シュウト:
「独占って……?」
ギクリとし、(まさかジンさんのこと?)と思って顔色を伺う。心を読まれたのかと思ったが、そんなことがあるわけもない。
ケイトリン:
「本当の価値なんて分かりもしない癖に……っ!」
シュウト:
「本当の価値……?」
内心に怒りをため込んだ鋭い目付きに、おっかなびっくり訊ねてみる。怒っている女性にどう対処していいのかなんて、さっぱり分からない。
ケイトリン:
「分かるっていうの? あの宝石のような人の価値が。アンタの所になんて縛り付けてていいワケがないのに」
シュウト:
「え…………?」
どうやら誰かのことを言っているらしい。宝石と表現するならばジンではないのだろう。そうなると候補は限られてくる。
シュウト:
「ユフィリアのこと?」
ケイトリン:
「ッ、違う! あんな悪魔みたいな女のことじゃない!」
シュウト:
「待った! ゴメン、悪かった。だけど、ちょっと落ち着いて」
ケイトリンが声を荒げたので、見張りシフトの隊員達がこっちを振り返って見ていた。殴られるのを覚悟しつつ、落ち着くように求める。しかし、周囲に見られていることに気が付いたケイトリンは、そのまま何処かへ歩いて去ってしまった。
重たい溜息を吐いていると、「隊長、痴話喧嘩ですか?」とニヤニヤした顔で隊員に笑われてしまった。「そんなんじゃない」と否定しておいたが、訳知り顔で納得した風だったので、理解はされなかったのだと思う。
唐突に怒り出したので、もしかするとケイトリンは少し情緒が不安定なのかもしれないと考えてみる。この異世界に連れてこられて、不安な日々を送っているのだ。少しばかり不安定だからといって、責められなければならないようなことではない。
逆にいうと、戦闘に適応しようとしている自分は、ケイトリンの言うように『ドS』なのかもしれない。どちらが異常かを決めつけることに、意味などありはしないのではないか。
それにしても、あのプライドの高そうなケイトリンに『宝石』とまで言わせるのは誰のことなのだろう。そして、ユフィリアのことをなぜ、悪魔と呼んだのか。
シュウト:
(ユフィリアじゃなきゃ、ニキータってこと、だよなぁ……)
ニキータもかなりの美人で間違いない。けれど、話が見えてこなかった。もやもやとした気分のまま、矢を作る作業を再開する。
シュウト:
(あ、そうか。今さっきの勧誘は……)
しばらく後になってから気が付いた。ケイトリンの目的は、もしかすると最初からニキータだったのかもしれない。
◆
翌日、無事に包囲戦三日目も終了した。この日は大きな戦闘にはならなかった。ゴブリン軍はほぼ殲滅したと思われる。
現在、前線に大規模な宿営地を設定し、炊き出しを行って戦いに一区切りを付けようとしているところだった。シュウト達の部隊も宿営地にたどり着き、食事を始めようとしているところだった。
そー太:
「それじゃあ、シュウト隊長から一言!」
周囲にはやし立てられ、なんとなくその場に立つことになってしまう。こういうのはあまり得意ではなかった。
シュウト:
「それじゃあ、みなさんお疲れさまでした……」
エルンスト:
「それじゃ味気ないだろう」
続きの言葉を考えている間に、壮年風の冒険者――エルンストがツッコミを入れたため、どっと笑い声がわいた。
シュウト:
「えー、明日の朝、帰還呪文でアキバに戻る予定です。万一の夜襲に備えてもう一泊するので、今夜はゆっくり休めるワケじゃありませんが、その……」
静:
「それ、ただの連絡事項じゃないですか!」
またまたツッコミと笑い声。サイの親友の静だ。『全く静かじゃないのに静』と言われていた。
シュウト:
「じゃあ、えっと、隊長だなんて呼ばれるのも今日までです。そこそこ上手くやれたのも、みなさんの協力があったお陰です。ありがとうございました」
丁寧に頭を下げておく。本当に、みんな頑張ってくれた。
サイ:
「そこそこじゃ、ない」
そー太:
「おっ!? 喋りやがった」
エルンスト:
「そうだ。見事な隊長っぷりだったぞ」
シュウト:
「ありがとう……」
そー太:
「挨拶が長いぜ隊長、乾杯にしよう!」
シュウト:
「そうだね。あと少し、がんばりましょう。乾杯!」
隊員たち:
「「かんぱーい!!」」
談笑が盛り上がったのは始めの1時間ぐらいのもので、意外とあっさり終わりになった。酒が入っているでもないし、夜営の交代もある。人付き合いを敬遠するソロプレイヤーも混じっているせいだろう。しかし、満足感は十分にあった。機会があればまた一緒に戦おうとみんなに声をかけてもらえたのは嬉しかった。
真夏の太陽のにじむような暑さも夜の風で薄れてきている。それぞれが思い思いの場所で涼んだり、さっさと寝たりしているようだ。ゴブリンの脅威は去った。まだ気を緩めるには早いのだが、今日辺りからは安心して眠れる、というのが全員の本音だろう。
こうして個々人の自由行動になるのは都合が良かった。〈カトレヤ〉の仲間達も近くに夜営していると聞いているが、まずはユミカと会っておきたい。追跡されてひやかされないように、細心の注意を払うつもりでいたが、かなりやりやすくなったと思う。
こちらの手がすいた事を念話で伝え、待ち合わせの時間と場所を設定する。30分ほどで向こうも仕事が一段落するという。〈D.D.D〉の予備隊は後方支援などの面倒な部分を引き受けているので、広域偵察から物資の護送、プレイヤー同士の喧嘩の仲裁まで、やることは多かったらしい。必要な役割とはいえ、前線で戦いたかったメンバーも中にはいるだろう。心から「お疲れさま」と声をかけておいた。
30分ばかり目立たないように時間を潰すのはさほど苦ではない。ユミカと会ったら何を話そうかと考えておくことにする。
◆
包囲網を形成していた主力軍が集合している宿営地に、そこそこ近い場所を選び、ジン達もテントを出してキャンプしていた。ある程度まで近づいておけば、人数が多いのでモンスター除けぐらいにはなるだろうと考えてのことだ。
強行軍からの村の防衛、避難誘導などを忙しくこなしていたのも昨日までで、今はほとんど急ぎの用はない。包囲を抜けてくるゴブリンがいれば見つけて、叩いておくぐらいの自主的な遊軍活動である。
鎧を脱いでリラックスしていたジンが頭を上げた。
ジン:
「おい、ユフィリア。ニキータってドコ行ったんだ?」
ユフィリア:
「うーうん。 出かけたの? 聞いてないよ」
レイシン:
「……ミニマップで分かるんじゃないの?」
ジン:
「いや、宿営地の方に歩いて行ってるけどさ、シュウトにでも会いに行ったのかと思って」
親指で宿営地の方向を指し示す。最初に異変に気が付いたのはジンだった。
石丸:
「ニキータさんなら、念話が掛かって来ていたみたいっス」
ジン:
「むむっ、こりはまさか、シュウトとの密会フラグか? アヤツラ、いつの間に」
ユフィリア:
「もう、ユミが悲しむようなこと、ニナがするわけないでしょ」
ジン:
「わっかんねーぞぅ? 好きになったら所かまわずチュッチュしたくなるかもしんねーじゃん」
ユフィリア:
「それは、ジンさんでしょ」
ジン:
「ばっか、俺はちげーって。TPOを語らせてみ? 俺の右に出るヤツなんて……って聞いてないし」
ニキータに確認の念話を掛けているユフィリア。
ユフィリア:
「あれっ? 出ないんだけど……」
ジン:
「あぁ……っ?」
レイシン:
「え…………」
石丸:
「……っスか」
トラブルの確率が一気に50%程まで引き上がる。冗談の雰囲気は消えていた。
レイシン:
「何かあったのかな」
ジン:
「……石丸、念話が通じない状況ってどんなだ?」
石丸:
「意図的に出ない、戦闘中などで忙しくて出られない、寝ているなどしてコールに気付かない、もしくは、別の誰かと念話中っス」
ユフィリア:
「誰かと念話中ってこと?」
ユフィリアはまだトラブルではない可能性を考えている。
ジン:
「『出かける』の一言もなしでか? ちょっとそこまでトイレにしたって、お前に声ぐらい掛けていくだろ」
ユフィリア:
「そうだけど……」
レイシン:
「とりあえず、追いかけておこうか?」
ジン:
「だな。そろそろ人の多いところに入るぞ」
石丸:
「今、パーティー登録が解除されたっス!」
パーティーに登録しているメンバーは、ハグレても同一ゾーンにいれば方向が把握できる。自分の意思でパーティーを解除したということ、それも〈冒険者〉が多い場所で、となれば、ジンのミニマップによる追跡を自覚的に振り切るつもりがあるという事だ。
ジン:
「やべぇ、分かんなくなるぞ……」
ユフィリア:
「ジンさん!」
ジン:
「無理だって。この距離で人混みに紛れられたらミニマップじゃ追跡できない。……つーか、あいつ俺にケンカ売ってやがんな? 後でたっぷりオシオキしてやるっ」
ユフィリア:
「もう、変なことしちゃダメなんだからねっ!」
鎧を装着する間も惜しいとばかりに、武器とマジックバッグをつかみむと4人は暗闇の中を走り始めた。
石丸:
「どうするっスか?」
ユフィリア:
「だけど、本当にトラブルなのかな?」
ジン:
「お前にも秘密の密会相手ってか? それだって、俺にノゾキに来てくださいと言わんばかりの態度だぞ。ノゾかない訳に行くかっ」
石丸:
「だからこそ、ジンさんにだけ分かるSOSとも考えられるっス」
ユフィリア:
「そっ……か」
心配にユフィリアの顔が曇る。
ジン:
「えーっと、ニキータに念話があって、俺たちにヘルプできない状況ってどんなだ? …………んー、まずシュウトに連絡!」
話題を変えるつもりなのか、思考を声に出すジン。走りながらなので、考えにくそうだ。
ユフィリア:
「わかった。一緒に探して貰えばいいんだよね?」
ジン:
「あいつが無事ならな」
ユフィリア:
「ん、つながった! シュウトは平気。……うん、ちょっと待って」
シュウトと念話しながらジンの話を優先するユフィリア。
ジン:
「ユフィリアはここにいる。シュウトも無事。となりゃ、ニキータ相手に人質になるのって他に誰かいるのか? 根本的に人質って筋が違ってるのか……?」
ユフィリア:
「まさか、ユミカ……?」
ジン:
「直ぐ確認しろ。……だけどあの子は〈D.D.D〉だぞ」
誰であれ、規模の大きいギルドを相手に喧嘩をふっかけるような真似をしてくるとは考えにくかった。
ジン:
「ヤツらにしては、大胆というか」
石丸:
「粗雑という印象を受けるっス」
ここでいう『ヤツら』とは、丸王がギルドマスターの〈黒曜鳥〉というギルドの事だった。
クレバーとまでは言わないものの、慎重な連中だという認識がジン達にはあった。モンスターPKを仕掛けてくるぐらいなので、地味だが、しつこくて扱いに困る攻撃が来ると思っていた。
唐突に走るスピードを落とすジン。
レイシン:
「どうするの?」
ジン:
「やることができた。スマン、そっちは任せる」
レイシン:
「分かった」
立ち止まったジンを置き去りにして、人の集まる宿営地へと急ぐ3人であった。
◆
ユフィリア:
『つながった!シュウトは平気』
約束の場所でユミカを待っていたシュウトは、ユフィリアからの唐突な念話に驚いていた。
シュウト:
「何かあったの?」
ユフィリア:
『うん、ちょっと待って』
慌てている口調から、移動中に念話を掛けていることが分かる。ユフィリアの次の台詞を待つ。
ユフィリア:
『まさか、ユミカ……?』
シュウト:
「えっ?」
それだけ話したと思うと、ユフィリアからの念話は途切れてしまう。
いつもは時間より先に来ているユミカなのだが、ギルドの仕事が長引いているのだろう。既に5分ほど待っているところだった。ユフィリアの態度からすると、何かの事件に巻きこまれた可能性がある。
周囲を見回しても、ユミカらしき人物が近づいてくる様子はない。
長くは掛からず、ユフィリアからの念話がもう一度かかってきた。
ユフィリア:
『えっと、ニナが何も言わずに出て行っちゃったの。連絡が付かないから、そっちでも探して。だけどジンさんは、誰かが人質になってるんじゃないかって。それで、ユミカにも連絡が取れないの!』
半分、悲鳴のようだった。お陰でシュウトの方はかえって落ち着くことができた。
シュウト:
「分かったから落ち着いて。宿営地に来てるんだよな? ジンさんは?」
ユフィリア:
『途中で別れた。やることがあるって』
シュウト:
(あの人は先読みして状況を追い抜こうとする)
想定される最悪の状況は何か。いま伝えなければならないことは何だろう。
シュウト:
「たぶん、この場に丸王たちのギルド、黒曜鳥が来てる。ミドラウントの馬術庭園で見かけたから、今回の包囲戦に参加してたんだと思う」
ユフィリア:
『えっ? じゃあ……』
シュウト:
「ユフィリアは独りで探しちゃダメだ。レイシンさんと一緒にいるように」
ユフィリア:
『うん、分かった』
念話が切れたので、念のために自分からもユミカに念話を入れてみる。…………やはり繋がらない。
1000人がバラバラに休んでいる宿営地で、たった1人を探すのは困難だが、20人ぐらいの丸王達のギルドを探すのならいくらか方法があるだろう。
シュウト:
(ジンさんなら、どうする?)
ジンなら仮定を立てて問題を逆算していくだろう。黒曜鳥だと最初から決めつけてしまい、ミニマップで怪しいグループを特定するはずだった。では『怪しい』とはどういう状態か。
シュウト:
(そうか。人の集まっている場所にいるはずがない……)
ユミカが捕まっていて、それを脅迫のネタにニキータを呼び出したのだと仮定してみる。しかし、〈D.D.D〉のメンバーといつも一緒にいるユミカを誘拐したりすることは難しい。となると、すべてはこの15分ぐらいの間で起こったことになりそうだった。
シュウト:
(敵をアシストしたのは、…………僕だ)
約束の5分か10分前に来ていた、もしくは来ようとしていた途中の道でユミカを見つけ、丸王達はチャンスだと思ったのだろう。ユミカは一人で、しかも周囲に誰もいなくて抵抗できなかったのではないか。待ち合わせを人気の無い場所に設定したのが間違いだった。近くまで迎えに行くべきだった。
それよりもまず、戦場にいるのを忘れて、浮かれた気分で待ち合わせなどしようしたから、こういう目にあう。いや、ユミカをこういう目に遭わせてしまう。痛恨の極みだ。
敵に対する怒りと、自分の愚かさを責める感情がごちゃまぜになって冷静さを吹き飛ばしてしまいそうだった。闇雲に飛び出して、そこら中を走り回って探したい気持ちが突き上げてくるのだが、それを無理矢理に押し込めておく。まず居場所のアタリを付けてしまわなければならない。
シュウト:
(ここが待ち合わせの地点だから、ユミカは向こう側からくる。女の子を連れ去るのに、あまり目立つ場所は通れない。ジンさんたちのキャンプはここから西北西方向。ニキータが歩いてくるとしたら宿営地に入ってから人の多い場所を通った…………南西のどこか人気の無いポイント!)
地を蹴り、木の上に飛び乗ると、手もつかって素早く登っていく。高い場所から南西方向に光源を探す。
シュウト:
「あった。あそこか、あそこ」
数カ所の光源を見つけ、木から一気に飛び降りる。着地して、すぐさま駆け出すシュウトであった。
◆
丸王:
「一体どういうつもりだ、道壁!」
道壁トオルは、意識を失った女を手下に運ばせて戻ってきた。地面に降ろした女に素早く目を走らせる。ギルドに表示されたのは〈D.D.D〉の文字だった。考えられる中でも最悪の展開だ。
丸王:
「キサマ、〈D.D.D〉に喧嘩を売るつもりか!!」
道壁を大喝するのだが、本人には効き目がなく、他のメンバーが竦むばかりだった。
道壁:
「何を怖れているんだ、マル」
丸王:
「〈ハーメルン〉の二の舞になるつもりか!」
道壁:
「あのマヌケなギルドか? そんな気はない」
丸王:
「なら、なぜ!?」
なぜ自分に相談もなしに、こんなことをしてくるのか問い詰めたかった。しかし、ギルドメンバーに与える不安が大きく成りすぎている気がした。自制しなければならない。
道壁:
「……よく見てみろ」
アゴでさらってきた女の方を示す。
黒髪、ボブカット、背は低め、軽く丸みを帯びた体形。
シュウト:
「こいつは……」
あのシュウトという〈暗殺者〉がアキバで連れていた女で、名前はユミカといった。
丸王:
「…………〈D.D.D〉はどうする」
道壁:
「向こうは1000人もいるギルドだぞ? 1人ぐらい居なくなったから、なんだ? 直ぐにどうこうなる訳がない」
丸王:
「…………」
勝算はどのくらいあるだろう。もしかしたらまだ助かる芽があるのか? 頭の中で考えていてすぐには反論できなかった。沈黙を肯定と受け取ったらしく、道壁は自信ありげに言葉を続けた。
道壁:
「現場を押さえられなければ大丈夫だ。20人に輪姦されたなんて話、簡単に人に言えるか? たとえ言えたとしても、証拠なんて残りゃしない。しらばっくれて、しばらく大人しくしときゃいい。だろう?」
服を破いても、耐久値の範囲で自動修復される。体を傷つけても回復呪文ひとつで元通りになる。しかし、やり方が適当すぎる。何の計画もなしに上手く事が進むとは考えにくい。
道壁:
「それと、こいつを餌にニキータを呼び出しておいた」
丸王:
「なん……だと……」
もはや怒りを超えて、呆れた声が出る。
道壁:
「お前がやろうとしていたことだろう。それを、俺が代わりにやってやる」
相手の目を見る。ニラむでもなく、探ろうとするでもなく。
ギルドマスターである自分の権力に対する挑戦だった。これをタダで済ます訳にはいかない。道壁の狙いが失敗するように仕向けたいところだが、残念ながら今は運命共同体でもある。上手く事を運ばなければならないだろう。