65 包囲網/東の空に向かって
さつき嬢:
『そうか、そういう事情なら仕方ない』
さつき嬢に連絡し、〈ゴブリン王の帰還〉が発生した事情を伝えておく。ここ二日ばかり間が開いてしまっていたので、その謝罪も兼ねていた。
シュウト:
「そういえば、〈イズモ騎士団〉が行方不明だとか」
さつき嬢:
『それも初耳だ。あそこは、出雲大社だったか……』
さつき嬢とその仲間達〈ハーティロード〉の面々は、九州のナカスの街に移動中である。ミナミで別れてから既に2週間近い時間が経過していた。彼女の沈黙からは、出雲大社に寄って状況が確認できないか?と考えている雰囲気が窺える。しかし、寄り道するのはかなりの手間になりそうだった。
さつき嬢:
『……ともかく状況は理解した。君たちの武運を祈っているよ』
シュウト:
「ありがとうございます」
念話はそこで切れた。
年齢はほぼ同じ頃の相手なのだが、つい敬語を使ってしまうのは何故だろう?などと考えながら、手元の作業を続ける。念話をしながら、銀鞘の短剣に糸をくくり付ける作業も同時にしていたのだ。
ジンに言われてこの『目立つ派手な短剣』を罠に使うことを考えていて、短剣だけでは微妙に使いにくいため、アキバで糸を仕入れてあった。これをちゃんと結んでおけば、何処かに引っかけるなりして使えるだろう。
最初は鞘にぐるぐると巻き付けてみたのだが、糸を取り出して使おうとひっぱってみると、引き出すのにとても時間がかかる。短剣ぐるぐる回すことになるので、傍から見たらかなりみっともない状態だ。
試行錯誤の末に、ジグザグに折りたたみ、最後に軽く止めることにした。これならストッパーを外して伸ばせば、一瞬で糸が使える。準備や片付けは面倒だが、要らなければ糸なんて切って捨ててしまえばいい。
朝もかなり早い時間だったが、〈ミドラウントの馬術庭園〉に設置されたこの拠点では、生産ギルドと思われる〈冒険者〉達が、既に炊き出しの料理を作り始めていた。1000人に及ぶ人数を食べさせるのは一苦労だから、自然と動きだしが早くなるのだろう。
朝食を逃してしまうと、夜までマトモな食事にありつくのは難しくなるだろう。夜中にまたここまで戻ってくるのか、それとも前線に近い場所で野営するのか、その辺りも分かっていない。
小隊のメンバーで誰か食事が作れる人材がいるのか、今の内に確認しておかなければならない。それと出撃が掛かる前に、自分の預かる小隊を朝食にさせてしまおうと決めた。
◇
「笑顔でスパルタ」だの言われたが、全員を叩き起こして無理矢理に朝食にさせた。その食事中、クラスティ率いる先行打撃大隊が、ゴブリン軍本体との戦闘を開始したというニュースが入る。
これを受けて参謀本部は、パーティマッチングを終えている部隊から矢継ぎ早に送り出すことを決める。エルムの管轄する自分達も出撃する側に入っていたので、食事を急がせたのは正解だった。
『戦いの勢い』のような形の無いものを維持するのは、案外むずかしい。昨日はレイネシア姫が演説したことや、ゴブリン征伐に出撃したという事『それ自体』に、どこか燃え上がるような熱気があったのだが、戦いもせず暇なまま一晩休んでしまうと、事情は違ってくる。移動するのもダルい空気になってくるのだ。
出撃と聞いてもピンと来ていない若い子達に「急げ、オシリをひっぱたくぞ」と脅して急がせてみる。こういう言葉が自分から出てきたことも意外な気がしていた。
女子隊員:
「隊長、お尻がさわりたいんですか? セクハラしてもいいですよ」
シュウト:
「いいから、急いで(苦笑)」
一人の大胆なセリフに、数人がギャーギャーと騒ぎ出す。若い異性というのは奇怪な生き物だと再認識する。言葉には気を付けねばならない。
点呼をとり、準備が整ったことを確認。出撃で〈ミドラウントの馬術庭園〉から外に出ようとする時、〈黒曜鳥〉が参加していた事に気が付いた。同じ場所で寝泊まりしていたようだ。
素早くギルドマスターの丸王の姿を探すも、見つけられない。(何事もなければいいが)と一抹の不安を覚える。
〈黒曜鳥〉とは、ユフィリアやニキータをつけ回し、シュウト達〈カトレヤ〉にモンスターPKなどの攻撃を仕掛けてきたギルドだった。
ミナミから戻って以来、特に接触してくる気配も無かったのだが、油断することはできない。
向こうはこちらに気が付いているのだろうか? 目立つ2人が一緒にいないのだから、全く気付いていないかもしれない。それが楽観に過ぎないとしても、小隊のメンバーと一緒にいることだし、滅多なことにはならないはずだった。そして、今は彼らのことを考えている場合ではない。意識から追い出してしまおうと決めた。
◆
――丸王はイライラしていた。
ゴブリン退治にギルドで参加したのは、対外的に『良い顔』を見せておこうという配慮をしたからだ。普段から善良なフリをしておけば、何かでしくじったとしても、大目にみて貰える可能性が高くなる。そのため、渋るメンバー達をなだめて、どうにか連れて来ることに成功していたのだ。
戦っていれば不満も出ないのだが、〈ミドラウント馬術庭園〉で一泊すると、もう愚痴を言い始めた。猫を被っているため、外ヅラは大人しいのだが、その分、ギルド内部で不満をぶつけるのに余念がない。
昨晩も酒が無いだののワガママを言い始め、他の部隊の女にちょっかいを掛けようとしていた。“陽気な”メイズは少しばかり陽気すぎる。
それを止めると、「ならアキバに戻る」と言い始めた。マックスとフレディの二人組だ。嫌ならばさっさと帰還すればいいものを、仲間を見つけようと騒ぎ出す。「ギルマスが考えなしだからだ」と罵り、自分の正当性を言い募る。どうにもならないクズだ。
本心は分かっている。この異世界が怖ろしいのだ。一人で立ち向かう勇気がない。それを隠すために八つ当たりをする。似たもの同士が集まるのか、他のメンバーも似たり寄ったりだ。
一人だけ違うヤツもいる。道壁トオル。単に粗暴なだけの人間で、仲間からも怖れられていた。人望は無いが、逆らう者もいないため、自然とナンバー2に収まっている。
……これだけ集団行動が苦手なタイプが集まると冗談にしか見えない。所詮はゲームの中だけの『仲間ごっこ』だったのが分かる。異世界に取り残されて、別の人間と新しく仲間ごっこを始めることなど出来なかったのだろう。
どうにかやっていかなければならないのだ。あちらの世界に戻れば、二度と顔を合わせることはないのだから、それまでの辛抱というものだ。
◆
北に移動するに連れて、ゴブリンと遭遇する回数も増えて行った。
カスミレイク西部の丘陵地帯に敵主力軍団が要るという情報が入っていた。千葉県の北部、茨城に入った辺りのポイントだった。ここを〈ミドラウント馬術庭園〉から出発した主力本体で包囲しつつ、ザントリーフに閉じこめてしまう作戦である。
フルレイドの24人を超える32人の部隊を預かるシュウトは、アクビをかみ殺して顔に出さないようにと努力していた。
現在も交戦中なのだが、敵の数が少ないので問題にならない。1パーティーでも処理できるところに32人で襲いかかるのはガンバリ過ぎだろう。
緊張しているのか、ぎこちなく戦う前衛をぼんやりと眺めながら、頭がどんどんヒマになっていくのをどうにもできなかった。
シュウト:
(ゆっくり戦えと言ったのは、確かに自分なんだけど……)
まるでコマンドバトル方式になってしまったかのような、交互の攻防を見せられていると、(ジンではないのに)眠くなってしまう。指揮官としては、お世辞にも褒められた態度ではない。
攻撃が来る!と思った1秒近く前から、防御の体勢で待ってしまっているのだ(これは誇張で0.7秒程度だろう)。〈冒険者〉の反応速度を考えたら、0.5秒、欲を言えば0.4秒までは我慢して欲しい。ギリギリまで動くなりして、攻撃の芯をズラすぐらいのことをするべきなのだ。
シュウト:
(ジンさんやレイシンさんは、0.3秒どころか、ヒットする直前まで動き続けるかも。ジンさんだと、大体……)
想像のジン:
(あのなぁ、1秒あったら10mは移動できるんだぞ? 戦闘中だから6mで計算するとしても、0.3秒あったら2m弱動ける計算じゃねーか。反応速度を考えたって、半分で1m。攻撃なんぞ当たらないっつーの)
シュウト:
(……うん。こういうの言いそうだ(笑) そのまた半分でも50cmか。50cmでも上手く動けば回避できる。いや、もっと次の攻撃に有利なポジションが取れるんじゃないかな。あっ、……これってなんだかレイシンさんっぽい)
想像のジンが思いの外、本人っぽかったことで嬉しくなり、思考を巡らせて楽しんでいた。更に考え続けていると、今度はレイシンの戦闘法に近づいていくではないか。
シュウトは、ジンの戦闘スタイルよりも、レイシンのスタイルに憧れがある。ジンのスタイルは『強いから強い』というミもフタも無いものに感じるのだが、レイシンはポジショニングなどを上手く駆使しているため、自分にも出来なくはないと感じていて、いつも真似しようと思いながら戦っていた。
そもそもシュウトは弓を使って中距離から制圧していくタイプなので、近接戦のスタイルは固まっておらず、『これだ!』というイメージはまだ無い。
中距離の制圧とは、映画などの銃撃戦でよく見る『撃ち合い』のシーンでやっていることである。弾をばらまいて相手をその場に釘付けにするのだ。ひとたび接近を許してしまうと、銃同士の戦いはめちゃくちゃな乱射戦状態になってしまうため、生き残れるかどうかが『運試し』になってしまう。
ゲーム中の弓兵は、相手の近接攻撃の外側から間合いを保持しつつ、相手の行動を圧することになる。壁役を障害物の様に使い、呪文使いへの接近を防ぎながら、不用意な相手の行動の頭を抑えつける。素早くトドメを刺すことも役割の内だ。
敵から攻撃されないように振る舞うので、見た目は矢を連打して撃っているだけの簡単そうな仕事に見える。しかし、上手いプレイヤー同士が連携すると『空間制圧』を演出できるため、群衆管理に貢献できるようになっていく。
シュウト:
(でもまぁ、ジンさんだとフレームとかで計算してそうだけど。えっと、1秒が60フレームのはずだから、0.3秒だと、んー、20フレームぐらいかな?)
想像のジン:
(レギオンレイド相手に20フレームも硬直してたら、3回は死ねるな……)
唐突に、シュウトの脳裏にジンの声が鳴った。それは閃きにも似ていて、苦笑いの気配も生々しいもので、思考が強く刺激される。
シュウト:
(違った。……そうか、20フレームあったら、ジンさんは自分から先に攻撃できる)
瞬間と言っても良い『0.3秒』の使い方で、ジンとレイシンの違いが分かった気がした。その背後にある運動能力や戦闘に対する認識の違いに、ほんの少しだけだが、触れることができた。
ゆっくりと戦っている部隊の前衛達を見ながら、(勉強になるなぁ~)とノンビリしたことを思う。このところ教わるばかりで、自分で考えることをしていなかったのかもしれない。少しばかり反省しなければと思う。
部隊の方は、攻撃の芯を喰わないように指導したかったが、もう少し多人数戦闘に慣れるまでは、焦らせるような事を言うべきではないだろう。指揮している自分が焦っては上手く行くものも上手くいくハズがない。
シュウト:
「よし、そろそろ次のパーティと交代してみようか」
守護戦士の少年:
「って、戦闘中の交代ってどうやるんですか?!」
ゴブリン軍の本体が近づくに連れて、遭遇する敵の数が増して来ていた。戦闘中の部隊の変更・再編成も今の内から仕込んでおかなければ、いざという時に間に合わなくなる。
シュウト:
「大丈夫。ひとつひとつ、ゆっくりやっていこう」
ケイトリン:
「フッ」
隣で暇そうにしているケイトリンに鼻で笑われる。簡易版レイドなどと言っておきながら、本物のレイドと同じ事をさせようとしているのだ。大体は『速度』が違うだけである。ゴブリン相手にゆっくりと、丁寧に順序よく行程を重ねていくのならば、訓練されたレイド部隊と同じことをさせるにしても、そこまで難しくはない。
シュウト:
「メインタンクからサブタンクに、ヘイトを移しながら交代してみよう。まずアタッカーからヘイト転送先を、サブタンクに変更!」
守護戦士の少年(そー太):
「次はオレだぜ!こっちに回してくれ!」
守護戦士の少年、そー太は、この部隊では良く動けているプレイヤーの一人だ。友達と一緒に今回の遠征軍に参加している。本人が言うには、対人・対亜人間に特化した装備で揃えているらしく、ゴブリンとの戦いに自信をのぞかせていた。
シュウト:
「そー太、タウンティングをもっと使って!」
ともかく場所を入れ替わろうとしてしまうのを制止する。ヘイトリストの順位こそが重要なのだが、目の前で暴れている敵がいると、つい、そちらに気を取られてしまうのだ。
矢で援護する。シュウトの予測では少しだけ間に合わない。最初から失敗してしまうと、「難しそうだ」と先入観に染まってしまう。ここは上手く行かせたい。そうして、チラりとケイトリンの方を見やる。
シュウト:
「ケイトさん」
ケイトリン:
「……やれやれ。シュウトは可愛い顔して、人遣いが荒いのね? 意外とSなんじゃない?」
シュウト:
「Sって……、それはともかく、今はお願いします(苦笑)」
ケイトリン:
「暇つぶしに丁度いいかもね」
サボって何もしないと決め込んでいるのに、『人遣いが荒い』とまで言われるとは思わなかった。
細身の剣、――レイピアを抜刀すると、地を這うような低く前傾した姿勢で前線に切り込んで行く。二刀が踊るように舞った。剣風をまき散らし、周囲のゴブリン達を散々に痛めつけていく。そのハリケーンのごとき姿は、まさしく〈盗剣士〉の真骨頂でもある。
血しぶき、血煙の中でケイトリンは舞い続ける。妖刀のきらめきに似た美しさと恐ろしさとを同居させ、見る者の目をも奪い、殺す。軽やかな剣の舞に見えて、その一撃一撃は慮外の威力を秘め、ゴブリン達に死の慈悲を与えていく。
同じレベルの同じ〈職業〉ならば、同じことができるはずなのだが、戦闘ギルドの一線級の人物が行うと、こうも違うものかと部隊の皆が目をまるく見開いている。
その間もシュウトは次々と矢を放ち、戦いやすいように援護を切らさないでおいた。援護の質によって結果が大きく違ってしまうためだ。
通常、アタッカーはその攻撃力の高さから、長く戦い続けることは出来ない。瞬く間に盾役のヘイト値を追い越してしまうためだ。追い越してしまうと、ヘイトリストの最上位のプレイヤーに対して敵が殺到するため、せっかく構築した戦線も崩れてしまう。これを管理しながら戦うのが集団戦闘のキモになっている。パーティでも、レイドでも、大枠の事情は変わらない。
しかし、ヘイトの自然減少はゆっくりとしか行われない。そのため、〈暗殺者〉は一度にまとめて、〈盗剣士〉は毎秒少しずつ、それぞれヘイトを他者に転送するための特技を有している。
ケイトリンの独り舞台は通常ではありえないほど、長く続いていた。
サボって何もしておらず、ヘイトが空であったからだ。このため、しばらく戦い続けていてもタンク役のヘイト値を超えることがない。
そのまま毎秒の転送をしながら、状況を安定させてしまう。交代する次のメインタンク・そー太には、この間にアンカーハウルを何度か使わせておいた。
シュウト:
「お疲れさま、ケイトさん」
ひと暴れして戻って来たケイトリンに慰労の言葉を掛ける。
ケイトリン:
「…………」
じっと見ている。否、見られている。何なのか良くわからないのだが、睨まれているのかもしれない。
シュウト:
「あの、……何でしょうか?」
なんとなく気圧され、丁寧語になってしまった。
ケイトリン:
「……また上手くなってる。的確な援護だった。いいえ、少しだけど、私を誘導しようとしてるフシがあった」
シュウト:
「…………」
褒められたのか、これから怒ろうとしているかが分からず、黙って次の言葉を待つ。
ケイトリン:
「ふうん。てっきり弱くなってると思ってたけど、努力してはいたワケだ」
シュウト:
「まぁ、それなりには……」
妙に高密度の緊迫感が漂う。言いたいことを全部は言っていない様な、歯切れの悪さとも違う、篭められたメッセージの『重さ』から、意味を読みとれない部分に焦る感覚。
ケイトリン:
「まぁ、いいわ」
興味を無くしたのか、唐突に終わりになった。まるで気まぐれな猫だ。そのまま女の子に囲まれていた。面倒見が良いわけでもないのに、ああなのだ。なんとなく〈シルバーソード〉にいた頃も、女の子が周囲に集まっていた。
愉快そうな笑い声が高く響いた。まだ戦闘中だから気を抜きすぎないように、と声を掛けておいた。
◆
エルム:
『エリア地図を配れば、もう少し意志の疎通がやり易くなったかもしれませんね』
シュウト:
「それでも縮尺の問題は残るでしょう」
エルム:
『そこなんですよね。あまり書類を増やしたくはないんですが、念話していると位置をちゃんと言えない人も多くて。せめて移動だけでも指示できればと思ってしまいます』
ここで話題にしているエリア地図とは、縦・横を線で区切ってあり、『1A』『3D』などの呼び方で位置を表すことが出来る地図のことである。今は現実世界での地名やランドマークになる地形、有名なゾーン名称などを目印に使っているのだが、全員が同じエリア地図を持っていれば、『3Eから5Gへ移動』と言った形で指示を出すことができる。
しかし、これには縮尺の問題が絡んでくる。1/150000などの広域地図と、1/30000以下などの詳細な地図とでは、扱う範囲が違うためである。
現在は、集団行動しているとはとても思えない範囲・距離感覚で包囲を展開している。隣の部隊との距離は、電車で一駅分もあるかもしれない。これを段々と狭めて行くのだが、この段階では広い範囲を扱う地図が必要になる。
最終的に敵ゴブリン軍との戦闘が始まる段になると、今度は狭い範囲の地図が必要になってくる。広い範囲を扱う地図で『5G』などの指示を出していると、その範囲に多くの部隊が入り交じって混乱することになってしまう。
ところが、狭い範囲を扱う詳細な地図を用意するのは難しい。今回のような戦いの場合、ダンジョンなどとは違って、決戦の場所がどこになるか事前に決まっていない。状況は流動的であるから、広域の地図1枚に対して、それに対応する詳細な地図は何枚も、事によっては何十枚も用意しなければならなくなってしまう。今回のような突発的な事件ではそんな準備をしているヒマなどは無かったのだ。
シュウトも現在行動している近辺の地形にはそこそこ詳しい。しかし、全員が同じ地図を準備していなければ、統一的な指示はできないので意味がない。それらの準備で完璧を期すると更に書類の枚数が増えることになり、用意する手間は数倍化してしまう。加えて、書類の枚数が増えるとその読み間違いも起こってくるためトラブルの原因になってしまう。
クラスティ率いる先行打撃大隊は、交戦しながら北に切り上がり、ゴブリン軍の怒りの矛先をかき集めるように突き進んでいる。〈ミドラウント馬術庭園〉から出発した主力部隊は、これを追いかけている最中である。ゴブリン軍の南西方向への進軍を阻み、包囲を形成しようと展開中なのだ。
おおまかには、戦闘ギルドを中心とした、攻撃を目的とする部隊と、周辺の被害を減らすために包囲を目的とする部隊に別れている。エルムの担当する〈冒険者〉達は出発が早かったこともあって、包囲する側に回っていた。全体で包囲を形成するためには、満遍なく敵の周囲の陣地を囲う必要があり、シュウト達もかなりの大回りをさせられている。
急げばクラスティ達の先行打撃大隊の近くに行ける配置だったが、交戦範囲が極めて広いこともあり、そういうことにはならないだろうと考えていた。何より、包囲のための行動中にそう突出する訳にもいかない。
シュウト:
(そう、現状の最大の問題点は、それだ)
地図の件にしても、要するに『他の部隊との連携が取れないこと』が問題なのだ。敵の中に一部隊だけ突出しているのかどうかも分からない。自分達は気を付けることが出来たとしても、別の部隊がそういうトラブルに巻き込まれているかもしれないのだし、それが例えば、隣り合った部隊だったとしても、フォローすらできない。
シュウト:
(ジンさんなら、どうする……?)
点在する部隊と、出発点の司令部。それらをリンクさせている光のイメージ。自分がアクセスするべきなのは何処なのか? 答えは明白だろう。……問題はここで何をさせるか、だった。
◇
エルム:
『ところで、何か現場で気が付いたことはありませんか?』
シュウト:
「そうですね。貴方が仕事するフリをしていることは分かりました」
エルム:
『あっはっは。これはバレてしまいましたねー。独りで暇そうにしていると目を付けられてしまいますので』
頻繁に念話を掛けてくるエルムは、最新情報がなければ雑談に興じていた。もしかしたら、好かれたのかもしれないと思ったのだが、冷静に考えれば仕事をしているフリをするためだろうと気が付く。
彼のように仕事が速すぎるのも困ったもので、周りは何か仕事をしているのに、自分だけ暇そうにしている訳にも行かないのだろう。悪びれずに種明かししてくるので、嫌な気分にはならなかった。
……ここで自分の作戦を実行に移すことにする。
シュウト:
「……もし、何か仕事がしたいのであれば、1分あたりの撃破数を確認するといいかもしれません」
エルム:
『撃破数、ですか?』
シュウト:
「これから先は、長時間の交戦になっていきます。交代が必要かどうかの把握をするにも、何かの基準が必要なんです。撃破数のカウントを詳細に行えば、モンスターの配置傾向も同時に掴めるかもしれません」
エルム:
『……1分はどうやって計測しますか? 時計を持っていない人もいるでしょう』
シュウト:
「適当な特技の技後硬直で計ればいいんですよ。最初の内は撃破数の競争みたいになるかもしれませんが、平均値が分かれば、ガンバリ過ぎて無駄なMPを使っていないかどうか判断の材料にできるでしょう」
エルム:
『もしくは実力があるかもしれないですね。逆に撃破数が少ない場合は、なにか原因があるか、もう少し頑張れるというワケですね。……なるほど、〈吟遊詩人〉の有無まで分かれば、早めに交代が必要になりそうな部隊などは、確かに予測できる』
納得すれば話は速かった。細かい部分を詰め、さっそく実行に移してみると言って念話を切ってしまった。何とか上手く行ったと思う。
誤算があったとすれば、エルムの能力を見誤ったことだろう。
エルム:
『少し時間が掛かってしまいました。……面白い試みですので、いま全軍でこのサンプリングをやっているところです』
僅か30分ほどで再び念話が掛かってくる。その時には自分の管轄部隊については情報をキチンとまとめ終わっていて、さらに全軍でも同じ事をやり始めるというオマケが付いて来ていた。予想を遙かに上回る戦果である。最優秀の人材というのは、こういうレベルなのかと戦慄に似たものを覚える。
『サンプリング』と名前を付けてしまって、共有速度を数倍化したのだろう。
エルムから全体の状況を聞かされ、シュウトの意識は戦術レベルからだんだんと戦略レベルに近い『広域展開』をはじめていた。頭の中で状況を描いていくと、サンプリングの成果なのか、かの参謀のキメの細かい用兵までもが感じられる様になって来ている。何よりも念話通信網の確立を急いでいた。これで他の部隊との横の連絡を可能にし、有機的な包囲を実現しようというのである。
そうこうしている間に、ゴブリン軍の本陣に接近しようとしていた。
他の部隊とも連絡しあい、連携するのだ。これから総攻撃を仕掛けることになるはずだった。まだ明るい時間帯にどうにか間に合ったらしい。真夏の夜まではもう少し時間がある。
ゴブリンの大軍団の姿が見え、シュウトの預かる部隊の隊員達にも、次第に緊張感が生まれていった。
◆
何百、何千、何万かと思うようなゴブリンの群。あちらこちらに魔狂狼や他の種族も混じって見える、まさしく異形の大軍団であった。……いまにも決戦が始まろうとしている。
敵の数が多い。多すぎた。まるで自分達だけで、数千のゴブリンを相手にしなければならないかのように、みな硬直している。パソコンのモニターでは表示しきれないであろう数の敵影。しかしここはモニターの解像度を遙かに越える、詳細にして精緻なる異世界なのだ。しかも厄介なことに、〈冒険者〉の瞳は視力が高く、その隅々まで鮮明に捉えることが出来る。
そー太:
「マジかよ……」
どんな切っ掛けで戦闘が始まってしまうかも分からない。次の瞬間、ゴブリン達から数百の矢がこちらに向かって飛んでくるかもしれなかった。今の内にフォローが必要だろうと判断する。
シュウト:
「大丈夫。やることは変わらない。敵を小分けにして各個に撃破していくだけだよ。ヘイトの管理をキチンとして、ターゲットが跳ねないようにすれば問題ない。だけど、長時間の戦闘になるだろうから、これまで以上にMPが切れないように注意しないとね」
心細そうに、しかし、しっかりと頷く隊員達に微笑みかける。
ここに存在するのは敵ばかりではない。
左右の少し離れた所には味方の部隊も見えるようになっていた。巨大な包囲が敷かれているハズで、かなり北側に陣取っているシュウト達からは、南方の部隊はとても見えやしない。
シュウト:
「最初はサイがメインタンクだ」
サイ:
「……(こくり)」
そー太:
「チェッ、仕方ない。一番槍は譲ってやるぜ」
サイも〈守護戦士〉であり、この中では良く動けている一人である。
斧槍を使う両手武器のスタイルで、防御に盾を使わない分、鎧は頑丈なものを選んでいる。特に分厚いヘルメットを被っていて顔が分からない。昨晩、食事した時、男性メンバーの顔は全員確認したつもりだったが、どうも記憶にない。物静かなタイプだから気が付かなかったのかもしれない。
シュウトは彼に先鋒を任せても大丈夫だと確信していた。そー太のような元気者とは対照的で、必要な事しか喋らないが、落ち着いていて平均点が高いタイプの戦士だった。ノリの善し悪しに影響を受けにくいので、期待値がバラつかない。状況が厳しい時ほど、実力が発揮してみえるタイプだ。
やがて南側の部隊から津波のように、順に気勢が上がり始めた。……いよいよ戦闘が始まる。
シュウト:
「来るぞ! 全員、ハラから声を出せ!!」
隣の部隊とほぼ同時に、限界まで声を出して叫ぶ。突撃のタイミングが分からないのか、隣の部隊が歩き始めたのに釣られて、歩き始めてしまう。気持ちと共に走り出したい気分を堪えるように何度も「まだだ!」と叫ぶ。
先にゴブリン軍の突撃が始まり、出遅れてしまう。走って襲いかかろうとするゴブリンの群。まばらに矢が飛んでくるが、飛距離が足りずに地面に落ちる。
シュウトも内心では(まだか? まだなのか?)と隣の部隊を見ながら、何度も突撃のタイミングを計っていた。連携が取れないと自分達だけ突出してしまう。突出すれば敵に囲まれる。それは避けたい基本的なミスなのだ。
――その時だ。我慢し切れなかったのか、隣の部隊が走り始める。シュウトも間をおかずに叫んだ。
シュウト:
「いくぞ、突撃!!」
恐怖をかき消さんと、熱狂のまま敵ゴブリン兵めがけて突っ込んで行く。もはや後戻りは出来ない。心の冷静な部分は(この熱狂は危険だ)と感じていたが、既に放たれた矢のごとく、部隊は離陸してしまっていた。ならば少々ハードにでも、ともかく着地させなければならない。
激突。
走るゴブリン兵と前衛の戦士たちが衝突する。〈冒険者〉が小さな勝利をおさめ、ぶつかったゴブリン達が吹き飛ぶのだが、後続のゴブリン達が抜け出して突撃を続けてくる。
シュウト:
「陣地を固めろ! 敵を入り込ませるな!」
敵味方が入り交じる混乱の状態をいち早く立て直し、通常のパターンに戻さなければならない。熱狂の力を借りるのはここまでで十分なのだ。
サイを中心とする前衛が体を寄せて物理的に壁を作り、ゴブリンの進入を阻止する。部隊の内側に入り込んでしまったゴブリン兵を、アタッカー達が追いつめ、ひとつひとつトドメをさしてゆく。
シュウト:
「続けて魔法使い、攻撃呪文を叩き込め!」
壁役が阻止している間に後衛を停止させ、呪文詠唱をさせる。呪文の行使は移動中には出来ないためだ。ヘイト管理が不十分でも、ここは強引に突破させる。攻撃魔法の力を前面に押し出すのだ。
呪文が完成するや、激しい魔法の威力が重なり、メインタンクをやっているサイの前の空間がぽっかりと広がった。タイミングを逃さず、空間を支配する。
シュウト:
「前進!行けるところまで進め!」
唾を飛ばす勢いで檄を飛ばす。指示に素早く反応したサイが突進し、ハルバードを振り回して後続のゴブリン兵を吹き飛ばした。
こうして最初にストップ&ゴーのリズムを作ってしまう。戦闘は陣地の奪い合いとも言える。後はこの繰り返しを身につけさせればいい。前進し、陣地を守り、敵を倒したらまた前に進むの繰り返しだ。
サイ:
「〈アンカーハウル〉!」
タウンティング特技を使うサイの声が聞こえる。声変わりしていないような印象を受ける。
ここからはタウンティングを重ねて、ヘイトを管理していかなければならない。熱狂の力を借りて戦闘の『入り』には成功した。しかし、ここからが本番である。長い長い戦いが始まったに過ぎない。
◆
包囲網が縮まり、既に各所で本格的な戦闘に入っていた。エルムは全員の武運を祈りながら、のんびりしているところだ。この状況で通信士にできる事はそう多くない。主役は戦場の〈冒険者〉達である。下手に念話して邪魔になったら申し訳ない。緊急の連絡に対応できるように待機しているのも大切な仕事、でもある。少々のんびりさせてもらうのならば罪にはなるまい、と思う。
総合的に考えて、勝ちはほぼ決まったも同然だった。部隊ごとの戦力はゴブリンと比べて圧倒的なのだし、包囲自体もそこそこ上手くいった。素人軍団にしては出来すぎのレベルだろう。参謀のシロエの知謀もさることながら、それに応じることの出来るプレイヤー達の行動力も、エルムの想像を上回っており優秀だといって良いレベルだ。
優秀と言えば、あのシュウトという青年もそうだ。面白いと言えば語弊があるかもしれないが、どうも何かを期待してしまう。マジメな好青年にはつまらないタイプが多いものだが、彼はどこか人を惹き付けるものを持っている。特殊なのだろう。ああいう年下の友人がギルドの外にいるのは悪くない。これっきりにするのはもったいない、などと考えていた。
その時、外で荒っぽい声が聞こえた。何事かと思って立ち上がる。「カラシンを呼べ!」と怒鳴りつけている声は、我らが参謀殿のものの様に思えた。
彼、――シロエもまた異形の才を持つ人物だ。苛烈なまでの鋭さと同時に、緻密さを兼ね備えている。その瞳は遠くまで見えすぎていて、足下が見えていない頼りなさを覚える。影の様に付き従う小柄な〈暗殺者〉がその足下をカバーしているのかもしれない。
エルムが外の状況を確認しに出た時、夕日とは逆の、まだ青い東の空に一頭のグリフォンが駆け上がっていくところだった。
◆
ユフィリア:
「ジンさん、大丈夫? 眠くない?」
ジン:
「もちろんネムネムっすよ。俺は常に眠い人なんだぜ?」
シュウトと別れたニキータ達は、一昼夜を駆け回り、更に夕暮れになってもまだ動き続けていた。ゴブリン軍の主力部隊への包囲・攻撃が始まったことで、ようやく戦闘回数が減って来ており、一息付くことができるようになっていた。
ジン:
「それなのにこの2日で1時間も寝れてないだとか、超カワイソウだらう? さっ、慰めてくれ。カラダで」
ユフィリア:
「かわいそ、かわいそ」(なでなで)
ジン:
「いやいや、ユフィさん? そうじゃなくってですね?」
ユフィリア:
「?……良い子、良い子?」(なでなで)
ジン:
「おま、分かっててやってんだろ?」
ユフィリア:
「え? 何? ぜんぜんわかんない」(にっこり)
『ジンが寝ていない=全員が寝ていない』という事なのだが、シュウトが居ない分、否、それ以上の負担を引き受けたのは、当然のことながらジンだった。
手抜きと言いながら、普段は見せない超高速の剣技で歩きながら次々と敵を切り刻んでいた。いわく、「小手先の技なのでシュウトが真似すると困るから、普段は使わない」とかなんとか。
相当眠くなっていると思われたが、ユフィリア相手にくだらない冗談を言っているのでまだ平気なのだろう。
ニキータ:
「下品な冗談はともかく、これからどうしますか?」
ジン:
「下品でもなければ冗談のつもりもないが、とりあえずやれることは大体やったろう。そろそろ休憩してもいい頃合いじゃねーの?」
いつか以来の凄まじい強行軍だった。久しぶりでどうなるかと思ったが、温泉目当てのあの時に比べると、寝ていないのに加えて戦闘続きにも関わらず、数段マシな状態だった。強行軍の辛さを経験していたことで、力の配分が上手くなっていたのかもしれない。
……もっと言えば、あの当時は『〈冒険者〉であること』を今よりも全く理解できていなかったのだ。人間にとって無理なことでも、〈冒険者〉には無理でもなんでもなかったりする。その違いを理解させるのに、ある程度の負荷を掛ける必要があったのかもしれない。
しかし、今は良くても現実に戻った時が怖い。同じ調子で無茶できると思えば、痛い目にあってしまうかもしれない。
石丸:
「睡眠もっスが、何か食べたいのもあるっス」
レイシン:
「じゃあ、手っ取り早く何か作っちゃおうか?」
ユフィリア:
「やった!ごっはんっ♪ ごっはんっ♪」
ニキータ:
「すみません、お疲れのところ……」
レイシン:
「あっはっは。平気平気」
そうして夕食の支度が始まる。ジンが「あつい、あつい」と言いながら、おこした火にあおいで風を送ったり、作業するレイシンの手元を照らす魔法の明かりをユフィリアが出したりしている、そんな時だった。
ジン:
「なんだ!?」
何の前触れもなく立ち上がるジン。足下の焚き火で枝がパチリと音を立てて弾ける。
ユフィリア:
「ジンさん?!」
レイシン:
「……何?」
石丸:
「敵っスか?」
なんとなく、仲間達も腰を浮かせて直ぐに動ける体勢になっている。ジンはキョロキョロと、遠くの空に『何か』を探しているようだった。
ジン:
「まただ。あの時に似ている……」
ユフィリア:
「あの時って?」
レイシン:
「……オーバーライドに成功した時のこと?」
ジン:
「ああ。たぶんだけど、世界が動いてる。……何かが変わったんだ」
石丸:
「自分には何も感じられないっス」
ユフィリア:
「ねぇ、…………もしかして、私たち帰れるの?」
ユフィリアのその発言に全員がハッとなった。いつか現実世界に戻る日が来るはずで、それはこんな風に『何でもない瞬間』に訪れるものかもしれない。
そのまましばらく待ってみたが、特に変化した様な所は感じられなかった。
ジン:
「……すぐにどうこう、って事じゃなさそうだな。ま、メシにしようぜ」
レイシン:
「支度を中断しちゃったから、もうちょっと待ってて」
ひとつ息を付いて、腰を落ち着ける。
ユフィリア:
「そうだよね。…………まだ、終わりじゃないよね」
ささやくようなユフィリアの言葉は、元の世界に戻れなくて残念な様にも、まだその時ではないと分かって安堵した様にも聞こえた。
ニキータ:
(私は、どうなのだろう……?)
ユフィリアの言葉を聞きながら、納得する気持ちがあった。まだ終わって欲しくない気持ちが自分にもあることに気が付いてしまう。いや、今すぐにでも帰りたいという気持ちは常にあるのだ。帰る事が何よりも正しいのは間違いない。
だけれど、まだ何かが中途半端で、やるべきことが終わっていないことに後悔しそうな、そんな感情も同時に存在していた。そのことが少なからずショックだった。
沈みつつある夕日とは反対の、東の空を見やる。
そちらの方向ではゴブリン軍への包囲網が作られ、戦闘が開始されているという。――シュウトもまた、そこで戦っている。
◆
交戦開始からどのくらい経ったのか、既に暗闇での戦闘が延々と続いていた。ザントリーフの中央丘陵地帯の森林部分での戦闘を行っていた。包囲の北側に位置していたシュウト達の部隊は、しばらく前まで〈フクロウ熊〉や大型の〈魔狂狼〉などを含んだ強力な混成部隊との戦闘を余儀なくされていたが、その流れも少しずつ終わりに向かっていた。
特に、夜間戦闘に特化した部隊からの援護があり、敵を横切るように突撃して行ったことにかなり救われていた。『ナイトウォーカー』率いる、〈夜歩くモノ〉たち。
現在は森の中に逃げ込んだり、襲いかかって来たりするゴブリン兵と散発的な戦闘状況である。
シュウトはこの暗闇に対して、常に多めの明かりを絶やさぬようにと指示をしていた。暗闇の中で戦うのに必要なのは勿論のこと、夜目が利くゴブリン達を少しでも威圧する意味、加えて自分達の位置を他の部隊に知らしめる目的もあった。
少し大きめのシュウト達の部隊には交代要員などの余力がある。MP切れした他の部隊から補給に人が集まって来ることもあり、人員の貸し出しも応急処置として行うこともしていた。
シュウト:
(そろそろ、潮時なんだけど……)
勝っているので士気は高いが、密度の高い戦闘を繰り返していて緊張状態が続いている。ふつり、と心の糸が切れる前に、締めくくりや仕切り直しの状態に持ち込みたい。ゲームでなら相手を全滅させるまで戦闘を続けることになるのだが、戦闘で大切なのは、落とし所をいつ、どこで、どうつけるかという事なのだ。それはタイミングの問題でもあるので、参謀本部からの指示待ちになる。
エルムに念話をして様子をうかがってみようか?と思っている時、当の相手から先に掛かって来た。
エルム:
『やりましたよ。クラスティ氏の大隊がゴブリン・ジェネラルの討伐に成功しました』
シュウト:
「それで、本部からの指示は?」
エルム:
『いえ? 特には……』
鈍い。彼らしさがない。心の中だけで舌打ちしながら、違和感をしまい込む。今は状況を利用した次の手を打つべきなのだ。
シュウト:
「全軍で勝ち鬨を上げさせて、敵を撤退に追い込みましょう」
エルム:
『なるほど』
シュウト:
「追撃して更に数を稼ぎます」
エルム:
『ですが、深追いは……』
シュウト:
「セオリーではそうです。ですが、ゴブリン相手なら多少、深追いをしてでも攻撃を続行すべきなんです」
自分の預かる部隊に勝ち鬨の叫びを上げさせる。少し遅れて、各所で上がり始める勝ち鬨の声が聞こえる。エルムがやってくれたのだ。
勝利の叫びを聞きながら、ゴブリンに向かって(下がれ、後退して陣容を立て直せ)と念を送る。リーダーが倒れた今なら、帰れるはずなのだ。
……そんなように、獣同然の亜人間の知性に期待をかけている自分を滑稽に思うのだが、割合あっさりとゴブリン達の後退は始まった。待っていたとばかりに追撃の指示をだし、自分も駆け出す。
ここからは時間との戦いだ。背中を見せて逃げ出すゴブリン達を背後から一方的に狩り続けるサービスタイムになるだろう。
――シュウトも小剣を振るって敵に襲い掛かりながら、頭の隅では(もしかして、居ないのか?)と、アキバが誇る腹黒い参謀の不在を感じていたのであった。
ごぶさたでございます。とりあえず更新でございます。
タイトルなのですがー、量的には2話弱あるかもなのでこうなっています。分割する余力とかなかったので。ではでは。(8/20 AM3:04)




