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64  火照った夜

 

副隊長:

『しばらく。元気にやっているか』

シュウト:

「はい。ご無沙汰しています……」


 念話の相手は、元在籍していた戦闘ギルド、〈シルバーソード〉の副隊長だった。愛想の足りないギルドマスター・ウィリアムの代わりに、周りの面倒をよく見る人で、シュウトにとってかなり世話になった相手だった。彼がいなければ〈シルバーソード〉は回らないかもしれない、ぐらいに思っていた。


 ……しかし今になってみれば、それも役割の違いだったのが分かる。ジンが押して、レイシンが引くというような、役割分担の違いで相手を良い人かどうか判断していた気がする。


副隊長:

『朝早くから済まない』

シュウト:

「いえ、ゴブリンの騒ぎで起きてますから」

副隊長:

「こっちの用件もそのことだ。〈円卓会議〉から、レイドの指揮が取れる人間を出して欲しいと頼まれてな」

シュウト:

「……なるほど」

副隊長:

「レイド未経験者をかき集めて訓練なしでやらせるとなると、たとえゴブリン程度が相手だって、それなりに経験を積んでいるヤツを出さなきゃならない。 ……こっちの事情をいえば、ウィリアムが〈円卓会議〉を蹴って、立場が少々悪くなっててな。なるべくこういう時に人を出しておきたい」

シュウト:

「その辺りの事情は分かるんですが、……つまり僕ですか?(笑)」

副隊長:

『悪いか? お前にも義理ってものがあるだろう。少しぐらい手伝ったっていいじゃないか』


 ストレートな物言いに虚を突かれる。(ウィリアム(ギルマス)が指示したのだろうか?)というちょっとした考えを打ち消しつつ、『なんて図々しい』と思い直す。そうだった、副隊長はこういう人だったと思い出を微修正しておく。自然と苦笑いが浮かんだ。『辞めたんだからもう関係ない』ぐらいのことを言ってもいいはずなのだが、既に嫌な思い出は忘れてしまっている。残ったのは感謝の念ばかりだ。


シュウト:

「いや、こっちにも仲間がいるんで相談もなしじゃ……」

副隊長:

「ってことは、受けてくれるんだな? いやぁ、助かった」

シュウト:

「まだ受けるとは言ってません!」

副隊長:

「それとこっちからもサポートで人を出すから。まぁ名前だけでも〈シルバーソード〉の人間がいないと形にならないだろう?」


 受け答えを間違えた。強く断るニュアンスで言わなかったばかりに、押し切られてしまいそうだ。今にも念話を切られそうになって焦る。


シュウト:

「仲間に相談してみないと、決められませんってば!」

副隊長:

『おい、レイドのリーダーをやろうってのに、その程度の説得ができないでどうするんだ。それともやっぱり無理だったか?』

シュウト:

「無理じゃありません。ああ、もう、やりますよ。……やればいいんでしょう」


 カチンと来て、大きく出てしまった。〈シルバーソード〉を出て『弱くなった』と思われたくない気持ちが顔を出したのだろう。口に出してしまってから、見栄を張ったことを少々後悔する気持ちになっている。


副隊長:

『そうこなくっちゃな。それじゃ、後は頼んだ……』

シュウト:

「ちょっと待った! 人を寄越すんだったら名前とか待ち合わせとか、色々あるだろ!」

副隊長:

『おお、そうだった。お前もよく知ってる相手だ』

シュウト:

「誰ですか?」


 6人パーティを組んでよくダンジョンに出かけていたメンバーの顔を思い出していたが、言われたのは別の名前だった。


副隊長:

『ケイトだ。後は連絡を取り合って上手くやってくれ。じゃあな』


 相手に見えていないのをいいことに、思い切り顔をしかめる。ケイトリンの相手もするとなると、通常の2倍の労力が掛かる。要するに、面倒を押し付けられたのだと思った。





 念話を終えて戻ると、興味津々の顔付きをしている葵とユフィリアに出迎えられる。


ユフィリア:

「それで? どうだったの?」

シュウト:

「どうって、何が?」

葵:

「だ~から~、先行打撃大隊に呼ばれたの?」

シュウト:

「えっ? ……いえいえ、全っ然、誘われてませんってば」

ユフィリア:

「なんだー」

葵:

「チェッ、つまんないのっ」


 二人を放っておき、ジンのところに向かう。


シュウト:

「あのー、ジンさん……」

ジン:

「おう、どうした?」

シュウト:

「やっぱり、今から登録して出征に参加しませんか?」

ジン:

「はぁ? だから行かねぇっての」

シュウト:

「そこをどうにか……」

ジン:

「シュウト、回りくどい言い方は止めて、説明してみろ」

シュウト:

「はい。……〈シルバーソード〉の副隊長から、人数合わせで呼ばれました。レイド経験者に現場リーダーをやらせたいみたいです。交渉に失敗して、その、押し切られました」

葵:

「なるほど、そういうことね。昔のしがらみってヤツか」

ジン:

「面白そうな話だな。……いいだろう、行ってこい」

葵:

「うん、その方がいいかもね。中に人を送っておけば、状況を掴みやすいしね」

シュウト:

「それって、僕だけで、ですか?」

ジン:

「当然だな」


ユフィリア:

「そっかー。シュウト、がんばってね」

ニキータ:

「気を付けて」

レイシン:

「じゃあ、また後で」

石丸:

「こっちは任せて欲しいっス」

シュウト:

「あれっ、これで決まりなんですか?」


 説得も何もない。さっさと決まってしまって拍子抜けするのと同時に、パーティ内での自分の存在の軽さが妙に寂しく感じられる。居なくても大丈夫だと思われているのは仕方ないにしても、もう少し何かなかったのだろうか。


ジン:

「何かあったら……、いや、あっても連絡しなくていいぞ。今回は対処できそうにないし、自分でどうにかしてみろ」


 そう言い残すと、ジン達は風のように出撃して行った。





 居残りの葵に「コマメに連絡するように」と言われて送り出される。とりあえず合流しなければならないので、ケイトリンに念話をしておいた。参加者が自分一人だったのが気に入らなかった様子で、「アテが外れた」とこぼされてしまった。何のアテが外れたのやら……。


 次に東門の前に設営された登録所に向かう。当然、これでもかと人がごった返している。何人かの念話通信士のところに、1000人からの〈冒険者〉が集まっているからだ。しばらく様子を見ていると、人の流れが見えて来た。


 まず、きちんと列を作って並んでいる人達がいる。その列が複数あって、逆側はあまり整然としておらず、喧嘩の野次馬のように、なんとなく集まっている風に見える。個人的な好みの問題で、列に並ぼうとしたところで、ケイトリンに釘をさされた。


ケイトリン:

「私、並ぶのイヤだから」

シュウト:

「この状況で僕にどうしろと? ……分かった。ちょっと様子を見てくるから」


 気怠そうに、ひらひらと手を振って送り出される。

 特技を使って気配を消し、列に並んでいる先頭の方で何をしているのか見に行くと、それぞれの列の先頭の冒険者達が、名簿に自分で記入しているのが分かった。紙に簡単な枠を作り、名前やレベル、クラス、ギルド名などの記入項目を先に書いてしまい、相手に書き込ませる『セルフサービス方式』だ。この方式を真似した通信士の列が4つ以上あった。なるほど、上手いやり方だと思う。クエスト書類はサポート役の人間が纏めたものをその場で渡し、受付が終わってから質疑や念話の登録を行っていた。



 次は並んでいない側の様子を見に行く。

 バラけて人が集まっている側では、20センチ四方ぐらいの紙を配ってしまい、必要な項目を記入するように頼んでいた。ペンの貸し出しもやっていると声を出して呼びかけている。


 一瞬、どちらにすべきかで迷ったのだが、並ぶのが嫌な人が一緒なので、選択の余地はないと思い直す。


シュウト:

「登録用紙をください」

通信士の男:

「何人?」

シュウト:

「二人です」

通信士の男:

「この紙にまとめて書いて貰えるかな? ステータス表示される各項目ね」

シュウト:

「わかりました」

通信士の男:

「書くもの、ある?」

シュウト:

「持ってます」


 くすんだ色の、破れにくそうな硬さのメモ書きを渡される。通信士が手に持っている記入済みのものをチラりとのぞき見ると、だいたい横書きにして人数ごとに行を変えて書いてあった。


 ケイトリンのところに戻り、自分の分を記入してから用紙を渡そうとする。


ケイトリン:

「私のも書いておいて。それとギルド名は貴方も〈シルバーソード〉にしなさいよ」

シュウト:

「……はいはい」


 渋るケイトリンを連れて、登録用紙を提出に行く。集まっている人数が半分ぐらいになってしまっていた。比較して、名簿に記入しているグループの方は殆ど人数が減った様子はない。


 並べてあるクエスト書類を自分で取ってから、列に並ぶ。先頭では先ほどの通信士がイスに座って手続きをしていた。簡単な質問とフレンドリストの登録た。テンポよく次々と捌いていき、比較的短時間に自分たちの番が回って来る。


通信士の男:

「登録用紙をお預かりしまーす」

シュウト:

「お願いします」

通信士の男:

「あれ? 失礼ですけど、貴方は〈カトレヤ〉のシュウトさんですよね?」


 登録用紙の記入と、実際のステータス表示が違うので、念のために確認したのだろう。


シュウト:

「〈シルバーソード〉は少し前に辞めたんですが、人数合わせで駆り出されまして(苦笑)」

通信士の男:

「ああ、そういうことでしたか(笑) ……〈シルバーソード〉ってことは、もしかしてレイド経験者ですか?」

シュウト:

「はい。少しですけど」

ケイトリン:

「そうね、軽く300時間は超えてるわね」

通信士の男:

「それならもうベテランですよ。フルレイドのまとめ役をお願いできますか?」

シュウト:

「そのつもりで呼ばれてまして」

通信士の男:

「なるほど。そちらのレディは……?」

ケイトリン:

「名目上、付き添いね」

通信士の男:

「そうですね、〈シルバーソード〉ってだけで信用度とか違ってくるでしょうしねぇ(苦笑)……申し訳ないのですが、相談したいこともあるので、少々お待ち頂けますか?」

シュウト:

「ええ、わかりました」

ケイトリン:

「メンドくさい」


 自分達の後ろに並んでいた〈冒険者〉を先に捌いてしまう。それが終わると、登録用紙をめくり、素早く目を通しながら前後に位置を変えていく。この段階で大まかなパーティマッチングを行っているらしい。あまりの手際の良さに目を丸くしてしまう。


 一枚の用紙に名簿を作れば総覧できて見やすいという利点がある。その場合、全部が6人グループなら組み合わせが難しくならないのだが、ソロプレイヤーを中心とした細切れの場合、一枚の名簿であちらとこちらを組み合わせるのは手間になってしまうだろう。どうしてもレベルやクラスに応じて人を配置しなければならないからだ。この場合、紙をめくって位置を入れ替えながら纏めていく方法ならやりやすいような気がした。


通信士の男:

「すみません、お待たせしました」

シュウト:

「もうパーティマッチングまで終えたんですか?」

通信士の男:

「いえいえ、通信士ごとに『念話登録』を行っていますので、ここから他のグループと人数調整を行わないと終わりませんよ。大変なのはここからです。全数の把握なんかもしなければなりませんし」

シュウト:

「なるほど……」


 通信士ごとに100人前後の〈冒険者〉を登録していると、とあるグループでは回復役の数が極端に少なくなったりするかもしれない。その場合にはグループ間でトレードのような事をする必要があるのだろう。


通信士の男:

「ところで、フルレイドの指揮をお願いするにあたって、何か希望はありますか?」


 一瞬、相手の笑顔を勘ぐってしまう。こういう場合、有り合わせを押し付けてしまわないと作業的な難易度は高くなってしまう。シュウトにしても、人の心配をしていられる状況ではないが、相手の親切心は不自然に感じられた。……ふと、レイドの経験が足りないから勘所がつかめないのだろうか?などと思い付いていた。


シュウト:

「ヒーラーを最低でも5人。それよりも優先順位が高いのは〈吟遊詩人〉です。二人、最低でも一人は欲しいですね。人数は少ないよりは、多い方が良いですね。24人を超えてても構いません。後はこちらで対処できます」

通信士の男:

「それは……ええ、お約束できます。でも30人ぐらいお任せしても良いのですか?」

シュウト:

「大丈夫です。交代要員にしますので」

通信士の男:

「わかりました。それでは、お二人の念話登録を行ってしまいましょう」


 フレンドリストにはエルムと名前が登録される。〈海洋機構〉の所属だ。どうやら生産ギルドから後方支援に人を出したらしい。


通信士エルム:

「ホラー映画『エルム街の悪夢』のエルムです。よろしくです」

シュウト:

「〈カトレヤ〉のシュウトです。よろしくお願いします」


 意外と力強く、がっちりと握手された。



 東門からアキバの街を出ようとする時にちらりと確認したところ、別の通信士のところに並んでいる列は、ようやく半分の長さになったところだった。

 並ばなくて正解だったかもしれない、と少し不思議な気分になる。



 ここからの展開はゆっくりとしたものだった。運営側は幾ら時間があっても足りないだろうが、参加者としての感想は『随分と暇』という風に感じる。マイハマへと向かう途中で、目的地が〈ミドラウント馬術庭園〉に決定したと連絡が来た。現実世界で言う中山競馬場。競馬には詳しくないシュウトだったが、位置は分かる。


 〈ミドラウント馬術庭園〉への道中にパーティマッチングを行うと参謀のシロエは言っていたが、10キロ程度の距離で1000人を捌くのは無理だろうな、と考える。素直に歩けば2時間。戦闘をこなしながらでも3時間もあれば到着できる。



 先行した部隊が思いのほか手間取ったのか、出発から4時間かけてようやく目的地が見えて来た。

 シュウトとケイトリンはゆっくり出発したとは言え、全体からみれば真ん中ぐらいの位置だろう。後続が到着するにはまだまだ時間が掛かる。全員が到着するのは昼頃だろうか。


 ゴブリンの大群が迫っていることを考えると焦るような気持ちになるのだが、シュウト個人も未経験者にレイドを組ませて戦わなければならないというプレッシャーがある。次の出来事(イベント)が発生するまでの間隔の長さにイライラしそうになるが、そんな自分を軽く笑っておく。


シュウト:

(何をイライラしてるんだか……)


 今日中に出撃になるだろうか? 今のペースで考えれば、パーティマッチングまで行けばいい方で、そのまま野営かもしれない。朝一から動き始めてまだこんな状態なのは意外だった。これが戦争というものなのかもしれない。


シュウト:

(ジンさん達、どうしてるかな?)


 予定からすると、馬を飛ばして最初の村に辿りついている頃だろう。少人数だと動きが速いものだ。そういえば、自分に割り当てられた分のポーションをそのまま持って来てしまったと気付く。


シュウト:

「まぁ、いいか……」


 独り言の呟きに、隣のケイトリンが怪訝そうな顔をしたが、何も言わなかった。興味がないのだろう。


 ようやく〈ミドラウント馬術庭園〉に到着すると、先行隊が瓦礫を移動させているところだった。本陣をここに構えるとなると、ゴブリン達の主力はもっと東から来ているのだろう、と認識を修正しておいた。





 遠征軍の主力部隊は全員が〈ミドラウント馬術庭園〉に到着。葵からの情報では精霊船オキュペテーも出航してナラシノに到達、北上を開始したという。また、ジン達も最初の村に到着し、今は次の村へ移動中とのことだ。


 シュウトは通信士エルムの呼びかけで集合し、これから小隊を組む〈冒険者〉達との顔合わせが始まるところだった。時刻は15時ぐらいだろうか。


エルム:

「こちらが、皆さんのグループの取りまとめをお願いしたシュウトさんです」

シュウト:

「〈カトレヤ〉のシュウトです。よろしくお願いします」

 

 数えてみると自分たちを入れて32人いる。パラパラとまばらな拍手で歓迎を受けた。


エルム:

「これから連絡事項は、リーダーのシュウトさんから皆さんに伝達して貰いますね。万一ですが、シュウトさんと連絡が取れなくなった場合は、私に連絡をください。そんなことは滅多にある話じゃありませんけどね。えーっと、それじゃあ、後はよろしくお願いしますね」

シュウト:

「わかりました」


 そそくさと退散するエルムだったが、実はその方がやりやすい。リーダーは一人でなければならないからだ。


 グループ分の簡単な名簿も貰っている。異様なまでに仕事が速い人の気がする。パーティマッチングを終えたということは、他の通信士とメンバーのやりくりも済ませたのだろう。予備人員のやりくりからすると、後で人を融通して欲しいと言ってくるかもしれない、と頭の隅にメモしておく。


 目の前のメンバーを少し待たせておきながら、名簿をサッと確認してしまう。


シュウト:

「皆さんはソロや、2~3人の小グループで構成されていますね。まずは、僕と皆さんでフレンドリストに相互登録してしまいましょう」


 なるべくフレンドリーな笑顔で言ってみたつもりである。


年輩風の冒険者:

「その前に、どうして君がリーダーなのか説明して貰えないかな?」


 内容の割に、あまり険を含まない言い方で説明を要求される。日本人が相手だとあまりこういう展開にはならないのだが、話し合いで済みそうなので内心ではホッとしていた。「実力を見たい」と言われて一戦交えるぐらいのことは想定してある。


 間を取ってなんと答えようかと考える。本当の事情を説明するのは複雑なのだ。意外なことに、ケイトリンが先に動いた。


ケイトリン:

「〈シルバーソード〉から派遣されたのよ」

年輩風の冒険者:

「君は?」

ケイトリン:

「お目付役かしらね」


 待機中でもあって、ケイトリンは〈シルバーソード〉だと分かる衣装を身につけていない。しかし、誰かがステータス表示される彼女の所属ギルド名を見て、「〈シルバーソード〉の人だ」と指摘した。


年輩風の冒険者:

「〈シルバーソード〉の所属なら、女性でも君が指揮を執ればいいんじゃないのか?」


 〈シルバーソード〉の人間が現れたぐらいの事で、あっさりと風向きが変わってしまうのには苦笑いするしかない。年輩風の男性冒険者も、このまま抵抗を続ける気力は無さそうだったが、言い出した手前もあってか、念のためという雰囲気でツッコミを入れた。


ケイトリン:

「嫌よ、面倒じゃない」


 ……もの凄くダルくなる重い空気が漂う。ケイトリンは肉感的な美女ということもあって、納得させるキャラクターやスタイルを持っているのだった。細々とした仕事はしたがらないが、ひとたび戦いとなれば女性離れした実力を発揮するので〈シルバーソード〉では一目置かれていた。



年輩風の冒険者:

「だから、こっちの彼がリーダーをやるわけだな?」

ケイトリン:

「そうよ。でも、シュウトも元メンバーよ?」


 それだけ言うと、『自分の仕事は全て終わった』と言わんばかりの態度で休憩に入ってしまう。


シュウト:

「いろいろあって、駆り出されまして……」

年輩風の冒険者:

「そうだったのか……」


 ポンと肩を叩かれる。無言だったが(色々と大変そうだな)とその視線は語っていた(と思う)。周囲を見回しても、信頼というよりは同情の視線で見られていた。出だしから何をやっているのだろうと思ったが、気を取り直して言うべきことを言っておくことにする。


シュウト:

「どうやら今日は、このまま野営で終わりになりそうですね。明日は早朝から出撃の可能性があるので、早めに就寝するようにしてください」


 「はーい」という声が聞こえる。だいたい黙って聞いてくれているようだが、反応は薄い。


シュウト:

「今の内に大まかなイメージの話をしてしまいたいと思います。僕らの小隊は全員で32名です。これはフルレイドの24人を超える人数ですが、交代要員になってもらいますので、気にしなくて結構です」


 数人が頷くのを見て、先を続けていく。


シュウト:

「レイドを行う際、高度な連携をやろうとすると、かなりの時間と訓練が必要になってしまいます。ですが、今回はゴブリンが相手なので、そこまで難しいことには挑戦しません。実戦の状況をみながら、少しずつみんなで覚えていきましょう」


 反応が良くなって来たと思う。小さなプレッシャーをかけておかないと、適当に参加すればいいやと思う人間が増えてしまう。しかし、あまり大きなプレッシャーを掛けると、「無理だ」「不安だ」が始まってしまうので意味がない。


シュウト:

「今回の戦いで重要なポイントはひとつ。『MPの節約・維持』これだけです。たぶん、明日から何日か、朝から晩近くまで戦うことになると思います。僕らは人数が多いので、仲間内で交代して休憩する事ができるでしょう。それでもあまり無茶な戦い方をしていると、あっと言う間にMPがなくなってしまいます」


 この段階ではケイトリンを除く全員がきちんと話を聞いてくれている。


シュウト:

「MPを節約するにはどうすればいいか。前衛やアタッカーなら『特技を使わなければいい』ということになる訳ですが、特技を使わずに戦闘が長引くと、ダメージをたくさん貰うことになってしまいます。クラウドコントロールの話もあるんですが、ともかく、ダメージをたくさん受けてしまうと、前衛のMPは減っていないけれど、回復役のMPは減ってしまって、いざという時に残っていない……なんてことになったりします」


 ソロやパーティ戦闘ではなかなか長時間戦闘を経験することはない。ありがちな誤解は先に解説してしまって、なるべく正しいイメージに誘導しておく。


シュウト:

「後衛の考え方も同じですね。ですので、全員が均等にMPを使うイメージで、少し効率良く戦うぐらいの感覚で行きましょう。MPを温存するには、時間を掛けて、ゆっくりと戦うのがコツです」


 『慌てない』などは基本中の基本なのだが、なかなかコントロールできるものではない。急げば誰でも失敗が増えるものなのだ。一つ一つを確実にこなした結果として、戦士達は速く動けるようになるのである。そうなってはじめてベテランになれる。


シュウト:

「それでは、6人のパーティを作ってしまいましょう」


 パーティ単位での戦闘にも慣れていないかもしれないので、ここでも油断はできない。クラスによる役割があるので、パーティ作りはそこまで融通が利かない。最初は通信士のエルムが作った名簿の通りにパーティを作っておく。


 ここから役割分担の確認などをしてもらい、会話がない場合はシュウトも入って話題を引き出すようにしていく。これらの作業が全て終わる頃には、食事の時刻になるだろう。食事で個人行動を認めないのは、ルールとして言い渡してしまわなければならない。一緒に食事することで自然と仲良くなるものだとジンが言っていたからだ。少しでも一体感が生まれるチャンスがあるなら、今は逃せない。



 ぎこちないお見合いタイムが終わり、食事になると、やはり解放された気分になる。そこが狙い目だ。


 5つ作ったグループにそれぞれ顔を出し、飲み物を注いだりの接客を始める。若いリーダーは忙しいのである。あちこちのグループに顔を出すと、予期していなかったハプニングも起こってしまう。


女性ヒーラー:

「あのー、シュウト隊長って、カッコイイって言われませんか?」

シュウト:

「いや、あまり言われたことないよ」

女性ヒーラー:

「えーっ、嘘ですよー!」


シュウト:

(しまった。今は女の子にチヤホヤされるのは不味い)


 モテるという実感が無いせいで、そういう目で見られることもあるかも?という自意識過剰な予測を立て忘れてしまうのだ。


 女の子を適当に誤魔化しながら、男ばかりで集まって食べているグループに逃げ込む。年輩風の冒険者の隣に座って、にこやかに挨拶しておく。これで女の子達が万一追って来るようなことがあっても、この場が華やかになるので一石二鳥だろう。

 

 いろいろありながらも、今日出会ったばかりの人たちと一緒に食事や会話を楽しんでいる。昨日までは想像できなかった今日がここにはあった。社交的な自分を引っ張り出してきて、顔に笑顔を張り付けているのもまた、自分自身だった。

 

 しばらくして通信士のエルムが顔を見せる。『如才ない』とはこの事だろう。招き寄せて、最新の情報が無いか尋ねておく。



 火照ったいい夜だった。

 独りになれたタイミングにしゃがんで月を眺める。たくさんの『やるべき事』に囲まれて忙しく立ち回りつつ、自分の中の何処かが冷たく醒めているのを感じていた。自分が本当にやりたいことは『これ』ではない。今は『一時的な状態に過ぎない』と断じる。


 ――そうしてジン達のことを想うシュウトであった。

 


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