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63  曙光のステージ

 

 どこか遠くから、俺に起きろと騒いでいる無粋なヤツ(葵のことだ)の声がする。


 お腹らへんに絶妙なヌクモリティを感じながら、勿体ない気分に浸る。もう少し寝ていたい。となれば、何か起きるべきではないと証明できそうな、素晴らしい言い訳を見つけなければなるまい。恐る恐る目蓋を微かに開くと、割合優しい明かりを感じ、でも素早く目を閉じた。現代の蛍光灯やらLEDは部屋の端っこまで馬鹿みたいに明るくなるが、精霊の明かりはどこか薄暗い部分が残る。異世界に来たことで、キッチリキチキチ症候群はやむを得ない事情によって破棄されたままでいる。こうした精霊の明かりも良いものだー、などと二度寝間際の状態で考えるのは至福に近い。


 そういいつつも覚醒は始まり、全身の状態チェックが自動的に開始される。今日はいつに無くよく眠れたようで、体がほどほどに柔らかい。下手な眠り方をすると、寝ている間に練習成果の幾分かが吹っ飛んでしまう。この苦労はシュウトには分からないだろう。しかし、この抱き枕のヌクモリティは素晴らしい。もしや、よく眠れたのはこいつのお陰では? 抱き枕と言えば、アニメ柄。アニメ柄と言えばダメヲタの象徴だ。そう思ってこれまで馬鹿にしていたが、なかなか悪くないではないか。俺もさっそく購入を検討せねば……というところまで考えて、はて、この抱き枕ってなんだっけな?という疑問が浮かぶ。寝ている間に毛布を丸めて抱き枕にしている時はあるが、抱き枕を使う習慣自体はない。


 横着をして、目を開けるより先に撫でてみた。何か毛がサラサラしている。ウチの猫は毛が長めだから、すぐに塊魂(かたまりだましい)になってしまって大変なのだ。こうサラサラとは中々いかない。というか、布団の中でなんて寝てくれない(涙) まぁ、寝相の問題で潰してしまいそうだからそれは別にいいんだけど、と言い訳しながら切ない気持ちになってみる。ミサカはミサカは……。


 しかたないので、やる夫みたいに片目だけをあけて、(チラッ)っと見てみた。あまり見覚えのないものが目の前にある。何処かで見たような気もするのだが、なんじゃらほい?と思っていると、抱き枕がこっちを向いた(こっちみんな)


ユフィリア:

「んー、おはよ~」

ジン:

「ああ、おはよう」


 ワーオ …………こいつは参った。1000万出しても買えない高級抱き枕だったらしい。などとハードボイルドなジョークをとっさに思い浮かべている自分を誉めてやろう。良く訓練された戦士はこの程度のことで慌てたりはしない。仙道ならば『まだ慌てる時間じゃない』とか、きっと言うだろう。たとえ30分遅刻してても、ゆっくりウンコしながらそんなことを言うに違いない。ともかく、下丹田は間に合わなかったので、瞬間的に無心でやり過ごしておいた。やはり天才。いや、こういうのは天才とは言わない。『ボクは自動的』なんだ。


 それにしても、頭頂部だったのか。なるほどどこかで見たことがあると思ったんだよ。いや、違う。いま考えるべきことはソレじゃない。そう、『男の朝の生理現象』が問題であーる。『逆あててんのよ戦略』で行くべきだろうか? うんにゃ、ボケたのはいいが、ツッコミ不在では後が怖い。特に相手がユフィリアでは解説を求められるとグダグダになってしまいかねん。……バカ野郎、今はそんなことはどうだっていい。


 『ありのまま、いま起こったことを話すぜ。一人で眠っていたと思ったら、ユフィリアが添い寝していた。何を言っているか分からないと思うが、俺も何をされたのか分からなかった。頭|(というか下半身)がどうにかなりそうだ。催眠術とか超スピードだなんてチャチなもんじゃあ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。』って、フルでポルナレフのAA(アスキーアート)ネタをやってる場合か!


 と、ここまでで0.5秒とかって東京大学物語ネタを振ってみたりしてねっ!


ジン:

「近いな」

ユフィリア:

「ふふっ、やっぱ照れるね」


 軽くスルーしやがったぞ、おぃ。それにしてもついに押し倒したのだろうか? やっちゃった? 最後までやっちゃった? しかし、全く記憶にないぞ。まさか酒でも飲んだとか? ともかく、今は如何に誤魔化すかが問題だ。いや待て、何を誤魔化せというのだろう。『僕は悪くない』……こういう時はスキル〈大嘘吐き〉(オールフィクション)の出番ではないのだろうか? あれ、あのスキルだと『なかったこと』になっちゃうんじゃないか? それって敗北じゃね? これ、勝ち目なくね?


ジン:

「ところで、そこで何をしているのかな?」

ユフィリア:

「もしかして、ぜんぜん覚えてないの?」


 ウェイウェイ(wait×2)、どうやら俺は何かやらかしたらしい。マジでか? 覚えてないとかそりゃねーぜGOD。


ジン:

「アレだろ、俺の寝込みを襲ったんだろ?」

ユフィリア:

「それは……そんな感じだけど」

ジン:

「やはりか。俺の貞操を奪おうとしたわけだな?」

ユフィリア:

「もぅ~、そんなことするわけないってば」


 ちょっと待とう。今日は心の声が止まらない。密着感ハンパなくてうまく考えがまとまらんぞ。いや、考えている時点でダメなのは分かっている。分かってはいるのだが、健全なる『いち男性』としてここで落ち着いていてはインポテンツのレッテルを張られかねない状況。断じて現役であると自己主張したい。……というかその辺りは下半身の暴君が自己主張していると思うのだが、見栄え的になんだか犯罪チックな気がするなぁ …………・・・



ジン:

「分かった。つまりこういうことだろう。……数ヶ月か数年だかの紆余曲折を経て俺たち二人は結ばれた。しかし、不慮の事故によって俺だけが記憶を失ってしまう。俺の記憶を取り戻そうと考えたお前は、寝床に潜り込み、俺の体に刻まれた『二人の愛の思い出』を辿ろうとしていた。そうだな?」

ユフィリア:

「あははははは!」


葵:

「ドアホウ。どこまで斬新な解釈を繰り出すんだ、このバカちんがぁ!!」

ジン:

「ドアホって言った……! それにバカちんまで……!? 父さんにだって言われたことないのにっ!!」

葵:

「バカと言われんで大人になったヤツがいるくわぁ! んなことより、さっさとユフィちゃんを解放しろっ!」

ジン:

「さ、あのチビはほっといて、二人の愛の巣に戻ろう……」

ユフィリア:

「いやーっ(笑)」


 ツッコミがいるならもうこちらのモノ。「勝ったな」「うむ」 ユフィリアにガバアッと、覆い被さるようにして抱きしめる。なんという役得タイム。というか、ちょっと惜しい。もうちょっと、もうちょっとだけこのままがいい。よいではないかー、よいではないかー。


葵:

「えーかげんにしろっ!」どげし

ジン:

「ぶべらっ!」


 などと冗談ノリになったところで適当に切り上げる。ふふふ、狙い通り。起き抜けの大ピンチも華麗に乗り越え、今日も俺は逝く。このタイミングしかないというこの展開力。これぞ無敵の証。悪魔の力や光子力、ゲッター線も目ではない。掛かってこいZ戦士!って、さすがに無茶を言い過ぎているな。惑星破壊する連中に勝とうと思わなくてもいいだろう。



 ……んで、かくかくしかじか。説明によれば、こういうことだったらしい。

 さっさと寝てしまった俺の顔にイタズラ書きしようとしたユフィリアが、俺に毛布に引っ張り込まれたのだとか。ガッチリとホールドされたまま、抱き枕にされてしまったという。どうも自動防御が発動したようだ。……なんとも悪いヤツが居たものだ。


ジン:

「なんだ、自業自得じゃないか」

ユフィリア:

「そう、なんだけどね」

葵:

「それで済まそうとすんな!」

ジン:

「でも、よくニキータが黙ってたな?」

ユフィリア:

「ううん。ニナも一緒だったよ」

ジン:

「あ、そうなの?」


 どうやら助けようとしたニキータも引っ張り込まれたようだ。脱出しようといろいろガンバったらしいが、俺にくっついていると段々と眠くなるのだという。それでユフィリアはそのまま寝てしまった、と。そっちも初耳だった。寝てる時に『爆睡フィールド』でも出しているのかもしれない。……うむ、悪いヤツも居たものだ。


ユフィリア:

「でも、すっごく良く眠れたよ。気持ち良かったー」

ジン:

「ぐぬぬ、なんてこったい。こんなおいしい状況で何もしなかったとは…………不覚っ」(ガクリ)


 自分の男としての完成度に不満を感じる。まぁ、誰彼かまわず無意識に襲いかかるのも困るのではあるが。


ユフィリア:

「葵さん、ニナは?」

葵:

「シュウ君と一緒に偵察に行ってもらってる」

ジン:

「とりあえず、不幸中の幸いは一晩シュウトを抱っこして寝てなかったことだろうな。……うおっ、想像しただけでゾッとした」


葵:

「いや、一緒だったけどね」





シュウト:

「そろそろ始まりそうだね……」

ニキータ:

「……そうね」

シュウト:

「一度、戻ろうか……」

ニキータ:

「……そうしましょう」


 真夜中に〈円卓会議〉の方で動きがあったらしく、「明け方に何か発表がある」という情報を入手していた。葵の指示で街中の様子を見に来たのだが、簡易的な舞台が既に設置され、〈D.D.D〉のメンバー達がお揃いの服装でキビキビと仕事をしていた。天幕なども複数設置されているし、裏でちゃくちゃくと準備が進んでいるらしい。



 ……しかし、気まずいことこの上ない。



 早々と寝たジンにイタズラしようとしてユフィリアが痛い目にあったまでは良かった(?)のだが、それを助けようしたニキータまで巻き込まれたため、ずいぶんとおかしなことになってしまった。仕方がないので救出を試みたのだが、案の定と言うべきか、一瞬で床に押さえ込まれ、自分まで巻き込まれただけで終わった。


 ユフィリア、ニキータ、自分(シュウト)の順でピッタリと体を密着した状態で横になっていた。もがいて脱出しようにも、何をされたのか、体がどうにも動かない。寝ているジンには手加減のようなものがないらしく、がんばっても全くの無駄だった。


 ニキータの背中が、自分の胸やお腹にぴったりと密着し、目の前は艶やかな赤い髪でいっぱいになっていた。いい匂いだと思ったが、そんなことを言おうものなら後でぶん殴られるだろうと思って自重しておいた。


 見ていた葵達はあっさりと匙を投げた。「朝になったらジンぷーが勝手に起きるっしょ」とのこと。このままだと絶対に眠れないと思ったのも束の間、1分と持たずに強烈な眠気に負け、気持ちよく眠りこけていた。そのまま朝までぐっすりと深い眠りを堪能する。


 間が悪かったのは、ニキータの方が先に起きてしまったことだ。必死な様子の彼女の声で目を覚ました時には、まだぴったりと密着したままだった。すでに強固な拘束は解かれていたため、一人ずつゆっくりと脱出に成功した。同じ事の繰り返しになるのを怖れ、ユフィリアのことは諦めるしかなかった。ジンとユフィリアは幸せそうに寝ていたし、どちらかと言えば、ニキータの方が自分にとっては大きな問題だっだ。


 結果的に無駄な努力になってしまったことは事実だ。それでニキータに恥ずかしい思いをさせてしまったのは、不徳の致すところ。謝罪するべきだと思っていた。このまま気まずいのはつらい。


シュウト:

「あの、ごめん」

ニキータ:

「気にしないでも平気よ」

シュウト:

「そんなこと、僕が余計なことをしなければよかった」

ニキータ:

「……? まぁ、男の子なんだし、仕方ないわよ」


シュウト:

(あれ? 微妙に話が噛み合ってないような?)


ニキータ:

「ほら、朝だものね?」

シュウト:

「朝? うん、朝だね」

ニキータ:

「私もちょっと慌てちゃったけど、もう気にしてないから」

シュウト:

「……ごめん、今って何の話をしてる?」

ニキータ:

「えっ?」

シュウト:

「えっ?」


 そのままニキータは押し黙ってしまった。訳がわからない。顔をみてもまだ周囲が暗くて表情はよく分からない。話の展開的に許してくれたらしいのだが……。





 ジン達を呼びに戻り、場所を確保する。

 いまやアキバの中央広場はみっちりと人で埋め尽くされていた。高校の学校行事を思い出して比較すると1000人では利かない気がする(この場合、大学は10000人規模なので比較対象にはしなかった)。食べ物を扱う店もさっそく営業を始めている。何か口に入れたかったが、買って戻ってをしているとかなり時間が掛かってしまいそうなので、諦めるしかなかった。


シュウト:

「始まりますね」

ジン:

「だな」


 なんとなく周囲から好奇の視線を集めてしまっていた。ほぼ間違いなくユフィリアがすぐ目の前に立っているからだろう。まだまだ薄暗いのだが、距離が近いとまるでうっすらと光っているような気がしてくる。


 それに気が付いているのか、まるっきり無視しているのか、ジンはユフィリアの頭を撫で始めてしまう。周囲の表情に苦々しいものが混じっていく。ユフィリアはいたずらっ子の様に笑うと、さっとジンにもたれ掛かった。


ユフィリア:

「ふふん。……らくちんらくちん♪」

ジン:

「こいつめ」


 周囲で血の涙を流している連中のことを、努めて意識しないようにしなければならないシュウトであった。



 やがて眼鏡の男性が舞台にあがる。広場では途端に静かにするものと、逆にザワザワと騒ぐ人間が入り交じっている。人間や組織の『練度の差』はこういう部分に現れる。喋るべきでない時にも喋らずにはいられないのは、訓練を受けたことがない証拠だ。


*****

シロエ:

「このような夜明けより集まっていただいて、嬉しく思います。〈記録の地平線〉(ログ・ホライズン)のシロエです……」

*****


ジン:

「ふぅーん、アイツがそうなのか」


 シロエは〈放蕩者の茶会〉の参謀として、一部のコアゲーマーにちょっと名前が知られているプレイヤーだ。今ではアキバに〈円卓会議〉を設立した陰の立役者でもある。シュウトとしては、少しばかり嫉妬に近い感情を抱かないでもない。


シュウト:

「ジンさんから見て、どうですか?」

ジン:

「うん、頭はキレそうだが、歩いたりの動きは平凡だな。素質はありそうだけど、魔法使いは運動能力だけで判断できないかんな」

シュウト:

「そうですか」


 光の精霊に照らされた舞台の上で彼は話を続けている。注意を話の方に戻しておいた。



*****

シロエ:

「……以上のような要因からザントリーフ半島の基部を中心に、関東北部の丘陵森林地帯には、最大2万弱の〈緑小鬼〉(ゴブリン)族が発生しています」 

*****



 葵達の情報は、いまシロエが発表している内容とほとんど変わらなかった。流石だと思うのと同時に、空恐ろしい気がしてくる。女傑たちの情報網は〈円卓会議〉の中枢付近にまで入り込んでいるのだろう。


 大半が事前に得ていた情報なので、誤差の確認程度で聞き流してしまえる。シュウトは少しばかり別のことを考えていた。これから(いくさ)になるのは分かる。だが、「戦え」と言われて「はい、そうですか」いう訳には行くまい。ミナミの|〈Plant hwyaden〉《プラント・フロウデン》とはそこが違う部分でもある。〈冒険者〉を金で雇うのだとしても、1000人からの部隊を運用するのに掛かる経費はどのくらいになるだろう? そんなことを考えてしまう。ジンの金銭的危機感が伝染したのかもしれない。



*****

シロエ:

「一方僕らの方ですが、おそらくこの軍勢からアキバの街を防衛することはさほど難しくないと考えられます。――食料以外の、特に技術面での自給率の高いこの街は一定の防衛力を持っています」

***** 


 やはりな、と思う。食料の確保はこの街の生命線である。


*****

シロエ:

「〈自由都市同盟〉を必ずしも、絶対に、助けなければならないわけではない。損得でいえば、助ける必要はない。繰り返しますが、助ける必要は、一切ありません。――その上で、聞いていただきたい話があります」

*****


 これは嘘だろう。統治には食料確保が前提にあるのだから、〈大地人〉を救わないという選択肢などあるはずがない。もっと〈冒険者〉達が自身で農業や漁業を手がけるようになってからでなければ、〈大地人〉を見殺しにするのは不利益にしかならない。


 可能性を考えれば、〈大地人〉を見殺しにしておいて、その農地なりを奪うという方法もあるかもしれない。これなら利益を生み出すことはできるが、この場合はアキバの〈冒険者〉の数がネックになってくる。なにもかもを自給自足するには、きちんと役割分担しなければならない。一万人規模の街というスケールは、存外、大きい。非効率を許容することはできないだろう。

 総合すると、〈大地人〉自身が自分たちの力で防衛できるから『見殺しにしても大丈夫』とは、かなり危なっかしい話だった。


ジン:

「ずいぶんと脅すなぁ。不安を前に押し出した自己防衛的な論法だが、どうする気だ?」


 ジンは小声で話しているので、聞こえているのはシュウトと寄りかかったままでいるユフィリアだけだ。レイシンや奈穂美と一緒にいる葵がこちらを見たが、話の内容までは聞こえていないらしい。



 舞台袖の天幕から背の高い戦士が出てきて、腕に掴んでいたもの(、、)を放り出す。――鎧姿の女の子だった。まるで何も知らされてなかったかのように、舞台の真ん中で呆然としている。


 ちょうどその時、朝日が広場を照らし始めるのだった。


ジン:

「うむ、いいタイミングだ」

ユフィリア:

「すごーい、ほそーい、可愛い!」


 ユフィリアが鎧姿の女の子をみてわめく。シュウトの場合、そちらにはあまり関心はない。『細い』というよりはガリガリだと思ってしまう程度だ。


シュウト:

「左が〈D.D.D〉のギルドマスター、クラスティさんです。……どうですか?」

ジン:

「いや、悪くねーよ。現代なら天才でも通るかもしれん。いい規模だな」

シュウト:

「規模、ですか?」

ユフィリア:

「うんうん。みんな凄いって言うよね」


 寄りかかったままのユフィリアの頭に、のしっとアゴをのせるジン。


ジン:

「しかし、なんなんだあの厨スペックは。イケメンで、背が高くて、強くて、大ギルドの親分、しかもモテメガネと来ましたよ? やっぱりいっぺん殺……いや、少ぉ~しばかり挫折を経験しといた方が、彼の今後のタメになるんじゃねーかなー?」

ユフィリア:

「大丈夫っ。ジンさんもカッコイイよ?」


ジン:

「……やっぱり? 俺もそうじゃないかと思ったんだよね」

シュウト:

「なんだかなぁ。ソレデイインデショウカ?」



 ――こうして世界の危機(ワールドクライシス)は地味に回避された。



 と、ガツンと鈍い音が広場に轟く。クラスティが愛用する幻想級の〈鮮血の魔人斧〉を床に突き立てた音だ。威風が辺りを払う。


 続けてガシャンと硬い音が続いた。向かって右にはシロエが先ほどまでは持っていなかった長い錫杖を床に突き立てている。


 二つの音に背中を押されたかのように、舞台中央の鎧姿の女の子が、一歩、前に進み出る。なにか、覚悟を決めたように見えた。


*****

レイネシア:

「――みなさん、はじめまして。私は〈大地人〉。〈自由都市同盟イースタル〉の一翼を担う、マイハマの町を治めるコーウェン家の娘、レイネシア=エルアルテ=コーウェンと申します。本日は皆さんにお願いがあってやってまいりました」

*****


 思ったより声が出ているな、と思う。これだけの聴衆を前にして堂々と弁舌を振るうのは、それだけでも見事と言っていい。そこに加えて、驚くほどの美しさだった。あどけなさを残す顔立ちだが、ユフィリアと比べても、そう遜色なさそうに思える。〈大地人〉であることを考えれば、これは驚異的なことのはずだ。更に礼儀作法や立ち振る舞いまで含めてしまったら、貴族の姫君である向こうの方が評価は上かもしれない。そんな女の子が朝日に照らし出され、きらきらと輝いてステージに立っている。


ジン:

「フン」


 ジンはしかし、気に入らない、という風に顔をしかめる。



*****

レイネシア:

「……包み隠すことなく申し上げますが、皆さんもご存じのヤマトの守護神たる〈イズモ騎士団〉はその行方も知れず、今回の件に対して、〈自由都市同盟イースタル〉は自らの力のみをもって対処しなければならなくなりました。こたびの……」

*****


 〈イズモ騎士団〉、つまり古来種の超戦士達は失踪しているらしい。葵達が掴んでいた情報とも一致し、確定したことになる。ちらりとアクアのことを思いだし、別のサーバーではどうなっているのか尋ねてみたかった。



*****

レイネシア:

「今、この瞬間も、我ら〈大地人〉の同胞は、祖父の地を守るために、剣を磨き、城壁を手当し、戦の支度を調えていると私は信じています。しかしそれだけではやはり多くの流血は、避けられないでしょう……」

*****


 正直なところ、「モンスターとの戦いなんて、僕らに任せておけよ」と言ってしまいたい気分ではいるのだ。弱い〈大地人〉が無駄に死ぬのを放置して『いい気分』で居られる訳でもない。普通の神経があれば、そう考えるハズだとシュウトは思っている。

 ドラゴンと戦っている人間に『普通の神経』とやらを語る資格があるかどうかは、少々疑念が残る部分ではあるのだが。


 日本人の大部分にとって、戦争は遠い過去の出来事でもあるし、この異世界に来て実際の戦闘に手を染めていてすら、二万もの大群との戦いに出張るのは気が引ける部分があるのだろう。戦闘は本来、怖いものなのだから、こういう部分は仕方がない。


 しかし、この問題で重要なのは、自分という少数の意見と、アキバ全体の意見との齟齬だ。「俺はOKだけど、みんなはどうかなぁ?」という感覚。付和雷同という言葉がある様に、『みんな』がどうするかを気にする部分の問題のはずだ。ほんの少し、『みんな』の背中を押せれば、良い意味で付和雷同することが出来る気がする。


 演壇では可憐な少女が、誰に責められてもいないのに、懺悔を始めていた。



*****

レイネシア:

「あまつさえ、我らが祖父の地を守るという神聖なる義務を、新興のアキバの街の〈円卓会議〉の皆さんに押しつける策略を練る始末です。不死たる〈冒険者〉――皆さんの力を当てにして、その武力をもって我と我が身を、領土を守ろうとしていたのです。わたしにその資格はないのですが……申し訳なく思います。そしてより申し訳なく思うのは、わたしもまた、その虫のよいお願いをしにきたからです」

*****


ジン:

「弱い人間が開き直って弱さを武器にしてやがる。青臭い正義や誠実さは、時に傲慢さを棚上げにする。たかだか正直さごときで、どんだけむしり取る気なのやら……」


 政治などのステージにおいて、『正直さ』は、個々人の『性格の良さ』を示すものではない。それらは単なる『武器』、もしくは『手段』としての価値に留まる。政治的な目的を効率良く達成するために用いられるだけの代物なのだ。性格が良い風に演じられるかどうかは、武器に対する習熟を意味しているのであって、その個々人の性質を表していると考えるべきではない。



*****

レイネシア:

「わたしにも〈自由都市同盟〉にも、支払えるものは多くありません。 ……この豊かな街の皆さんに贈れるものがあるのかどうか、見当もつきません。そして皆さんの自由を、対価で(あがな)おうとも思いません。でも、わたしはコーウェン家の娘として、マイハマの街を愛していますし、守る義務があります。――ですから――あの地へと参ります」

*****


 膝が折れ、彼女は頭を深く下げていた。



ジン:

「金は払わん、けど、助けろ、と。なるほど、そう来たか。なかなか良い根性をしているじゃないか(苦笑)」


 あまりにも図々しくて、いっそ清々しい。下手に少額で働かせられるよりは、タダ働きの方がマシなのでは? ということを言いたいらしい。下下(しもじも)の者達をアゴで使うのに慣れている人種のいいそうなことだと、ジンは呆れ顔だった。


 ところがそんな一方的な言い分であっても、美少女のお姫様が言っていると、まともそうに聞こえるのが恐ろしい。ジンの歪んで感じる視点でのつぶやきを聞いていなければ、意味もよく分からないまま、綺麗に丸め込まれてしまっているはずなのだ。


 ステージ上の声はほとんど聞き取れなくなっていた。か細い声はまるで泣いているように見える。


 シュウトにとっても、あんな女の子に泣かれると困るという焦りを感じてしまう。だったら、いっそ助けてしまった方がいい、という風になってくるのだ。美人で可憐で誠実そうで、これを助けないのでは人道に反する。まさに天罰モノだろう。


 なんとなくユフィリアを見て、(涙を武器に使わないもんな……)と比較してしまう。だから、自分に耐性がないのは仕方ないことなのだ、と自分に言い訳をしておいた。



 鉄を打ち鳴らす鋼の大合唱。広場の中央を占拠する〈D.D.D〉の一団が、続けて〈黒剣騎士団〉が戦場に赴くことを主張し始める。続けとばかりに角笛を吹き鳴らすもの達が現れ、鬨の声が上がる。



 ジンは何故か嬉しそうに、「サクラだ」「仕込みだ」と言って満面の笑みになっていた。


 これで趨勢は決まった。広場に居た大勢の〈冒険者〉達が思い思いの叫び声をあげていた。それに混じってユフィリアも周囲と一緒になって「おー!!」と叫んでいる。


ジン:

「だが、断る!!」

シュウト:

「そんなの大きな声で言わないでください!」


 レイネシア姫の後ろに控えていたクラスティと腹黒い参謀役のシロエが前に進み出る。



*****

クラスティ:

「これより、この街は。――我々のはじめての遠征へと出陣するっ。出征条件はレベル40以上っ。これは〈円卓会議〉からの布告(クエスト)である。そして、このクエストの報酬はただ一点。ここに立つひとりの〈大地人〉からの敬意であるっ。我こそはと思うものは、馬に乗り一路マイハマへと出発せよ!! 今回は危急の事情を考え合わせて電撃戦とする。そのため、編成については行軍中の指示となる。各自の自制と強力をお願いしたい。遠征総指揮はこのクラスティが執る」


シロエ:

「そして参謀は僕、シロエが務めます。まずは、先行打撃大隊を編成します。現在より15分以内に念話による連絡を行います。連絡のあったメンバーは…………」

*****



 先行打撃大隊に〈カトレヤ〉のメンバーが選ばれることはないだろう。主力部隊に参加するならば、東門で登録する必要がある。準備時間は15分しかない。

 いよいよ出陣となって、最後にもう一度大きな大きな鬨の声があがっていた。


シュウト:

「僕らはどうしますか?」

ジン:

「予定通りだ。俺はタダ働きの依頼は大嫌いなんだ。あのお嬢ちゃんの敬意なんざ欲しくもないねっ」

葵:

「あははっ。ジンぷーはね、結果的なタダ働きはOKでも、最初から『タダで働け』って言われるの大っ嫌いなんだよ」

ジン:

「当ったり前だろ。しかも、あんな小賢しい真似みせられて、『はい、そうですか』戦えるかってんだ」

シュウト:

「小賢しいって、何がですか?」

ジン:

「姫さんのあの衣装だよ」

葵:

「わかる。アレは良くなかったよね」

ユフィリア:

「なんで? 可愛かったよ」

ニキータ:

「スカートが短かったし、男ウケを狙い過ぎてるかも」


ジン:

「あれはなぁ、ヲタクをバカにしてんだって。『こういうのに萌えるんだろ?』っていう見下した視線が隠されていたねっ」

葵:

「それは考え過ぎかもしれないけど、確かに『この子に萌えろ!』とか指定されるのはウザいやね」

シュウト:

「そう、なんですか……」


 そんな風にはこれっぽちも思わなかった。


ジン:

「ヲタクってのはな、『誰に萌えるか』は自分で決めたい生き物なのだよ」うんうん

葵:

「ちょっとの違いで反感をかったりするもんなのよ」


 確かに考えてみれば〈大地人〉の鎧ではなかった。あの〈戦女神の銀鎧〉ヴァルキュリー・メイルはアキバで調達したものだろう。……と考えれば、レイネシア姫が「自分も戦場に行きます」というセリフも仕込み、もしくは鎧を着たことで雰囲気に流された事が考えられる。


ジン:

「萌え誘導はともかく、サクラでバンザイは良かったし、『技あり』二つで、かろうじて『一本』としておこうか。…………まぁ、俺も同じ立場だったら、同じことをやった可能性は高いしな」

葵:

「自己嫌悪があるなら、評価が下がるのは仕方ないね。やりたくなっちゃうよねー、ああいうのって」(ニタニタ)

ジン:

「やかましか、せからしか。……そろそろ出るぞ」

葵:

「よし、行ってこいっ!」

シュウト:

「あ、ちょっと待っててください」



 念話が掛かって来たため、その場を離れるシュウト。



ユフィリア:

「えっ、念話?」

ニキータ:

「もしかして……」

葵:

「『先行打撃大隊』に誘われちゃったりして?(笑)」

 

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