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62  鷲獅子の飛んだ夜

 

ジン:

「ザルなのはいかんともしがたいな。延々、南下して来たんだとすると、どこかの警戒ラインに引っかかった時点で、情報を得ていなければならないんだが」

奈穂美:

「〈大地人〉との連携も含めて、領主会議の結果待ちかしらね」

葵:

「だーねぇ~。モンスターは基本的にゾーンに出現して、ゾーン間の移動はしないって建前なんだし。仮にアキバが油断してたって言っても責められないっしょ」

シュウト:

「領主会議中でトップ不在だったのが響いたんでしょうか?」

ジン:

「トップが集まっているなら逆に情報を集めるのは簡単だろう。連絡手段があればだけど」

葵:

「アキバに助けを求めることになるから、情報を出さなかったのかもしれないね。交渉だの何だので二の足を踏んだのかな?」






ジン:

「学習では、常に体感というか『体験的な知識』が先にこなければダメなんだ。理論や概念はその後で、体験を言語化する段階で利用するものなんだよ」

シュウト:

「理論や概念を説明した後で、体験をプラスするのはダメなんですか?」

ジン:

「場合によってはそれもアリだけど、視点ってものは厄介な性質を持っているだろ? ときに説明したもの以外を盲点に入れてしまったりする。そうやって言葉で作られた概念に沿った『キレイな経験』をしようとしてしまうと、ダメなエリート主義まっしぐらだな(苦笑)」


 実際のエリートはエリート主義の陥穽に対してとても敏感で、普通以上に『ちゃんと』しようとする傾向があるのだという。


シュウト:

「先に説明できないから、謎かけみたいになってるんですね」

ジン:

「まぁ、そういうこった」


 ――ドラゴンに勝ったシュウト達は「このまま気分良く終わろう」という話になり、シブヤへ戻ることにしていた。そのまま連勝できればいいが、次にまた逃げられてしまうと、倒すまで続けたくなってしまう。


 葵が起きてくるより早い時間帯のシブヤへ帰還し、優雅に朝風呂で体を清潔にしておく。昼食後もしばらくのんびりと過ごし、今はユフィリア達をアキバへ護衛していく最中である。


 ユフィリア達はいつものとは別の、イレギュラーな女子会だという。ジンはこの手のイベントに寛容で、むしろ積極的に参加するように促している側面があった。男女で行う『合コン』ならともかく、女子だけで行う飲み会なら止める理由もないのだろう。多少は情報源として期待している部分もあるのだと思われる。


 護衛ならシュウトだけでも良かったのだが、ジンも早めに防具の修復をしておこうと、一緒に付いて来ることになった。ジンとは街に入ればそこでお別れだが、シュウトはしばらく街中でも護衛を続けることになっている。夕食は女子会不参加のユミカと一緒にとる予定だ。



シュウト:

「僕が不利だと言ってたのは、逆にレイドの経験があったからですか?」

ジン:

「そうだ。通常は、潜在的に戦略→戦術→戦闘という順になっている。人数とかの戦力が揃っていて、その前提で戦術が使えるから、必然的に戦闘で勝てるって寸法だな。しかし、俺達にはそれが出来ない」

シュウト:

「人数がいないからですね。でもジンさんがいれば戦闘レイヤーでは勝てる。だから逆に戦闘→戦術→戦略の方向になってなければダメだったってことですね」

ジン:

「そうそう。要するに、ドラゴンを作戦に従わせるための労力だの、リスクだのが大き過ぎるんだよ」



 作戦を立て、それに合わせて戦闘を行って行くには、人数のようなリソースが多くなければならない。誘導と言えば聞こえはいいが、ドラゴンを半ば無理矢理に、作戦通りに行動させる必要がある。その仕掛けをジンがやり、切り札もジンの役割になるのでは、作戦らしい作戦なぞ立てられるわけがない。


 それ故に、戦闘レイヤーから生まれる優位性を捨てない形で戦術レイヤーを構築しなければならなかった。そこではジンを信頼して合わせる形になるのが条件になる。言葉で説明すれば単純そうだが、戦闘状況から戦術を構築する場合、その多彩さが難題になる。アドリブのような即時応答性や高い判断力、戦闘そのものを構築して勝利に結びつける総合的なセンスが必要になってくる。これは立案した作戦に従って行動する事からすれば真逆に近い。


 今ならば理解できるのだが、先に説明を受けても納得できたかどうかは分からなかった。手痛い失敗をするまで学ぼうとはしなかった、かもしれない。


ニキータ:

「でも、最初から全部、計画通りですよね?」

シュウト:

「全部って?」

ニキータ:

「遊動型のパーティ戦闘も、全てドラゴンと戦うために用意されていたものだと思う」

ジン:

「そうだけど、ちょっと違うんだな。名前はともかく、ドラゴンと戦ってていつの間にかああなったんだよ」

シュウト:

「ドラゴンと戦うための戦型だったから、あんなに早く動きに慣れることが出来たんですね……」

ジン:

「そう。計画通りとかそういうのじゃなくて、最初からドラゴンと戦うこと『しか』考えてないんだ」


 それ故に、ドラゴンと戦うための『特別な練習』などしなかったのだろう。普段の戦闘が全てそのための練習だったのなら納得できる。


 ひとつ思い出して、気になっていたことを聞いてみることにした。


シュウト:

「ところで、あのジンさんを中心にしてネットワークみたいな感じで戦うのは、何て言うんですか?」

ジン:

「んー、お前が何を感じたのかよく分からんが、名前というか、概念的には『有機的な連携』とか『アイコンタクト』になるんじゃねーの?」

シュウト:

「……そういうものじゃないと思うんですけど」


 少しムッとしてしまう。それらの表面的な言葉では、あの時に得た感覚を表現できていない。


ジン:

「そのイライラは答えだがなー。体験は概念を超えている。他者との間で共通的に理解できる範囲が、言葉や概念になるんだ。それは最大公約数みたいなもので、全部を表現していないし、そんなものは目指してもいない。概念は記憶として固着させるために、全体的な経験から切り出されたエッセンス、宝石みたいなものだ。原石をみて、宝石をみたら、大きさがあまりに違って嘆きたくなるって話だな」


シュウト:

「そうですか。……でも、ジンさんの動きにうまく連動できるようになれば、これまでの戦闘法とは全く違ったものになると思うんです」


 シュウトはまだ考えを纏め切れておらず、漠然とした可能性を感じている段階だった。ジンの動きに連動することが出来れば、ジンの戦闘力を部分的に利用出来るようになる。ポジショニングや回避だけでも、その恩恵は計り知れないものになるだろう。



 シュウトは知らなかったが、双方向のリンクやネットワークを利用する集団戦闘法は複数の名前でアイデアが存在しており、決して真新しいものではない。一例をあげれば、漫画『ファイブスター物語』では『RAIDーGIG』という名前でその構想が語られている。

 これらは強力な戦闘能力であることから、テレパシーを応用する等の形式で語られることが多い。


 そもそも〈大規模戦闘〉(レイド)の語原と考えられている『RAID』も、複数のハードディスクをまとめて一つの装置として管理する技術『Redundant Arrays of Inexpensive Disks』から来ていると考えられる。ここから複数のものを有機的に連携させ、一つの生命体のように扱うことを意図しているのだ。


ジン:

「しかし、中央制御方式なんて、普通に古代からあるけどなー。現代のインターネットやクラウドなんてのは、『代替の利かない中心』を失わせる方向で作られてんだし」


 このインターネットやクラウドの持つ『脱中心性』は、ポストモダン思想に影響を受けている。ポストモダンとは、近代の構造主義を批判しようとして生まれた思想・哲学などの潮流のことではあるが、その正確な形は我々が『ただ中にいる』事によって不明確になってしまっている。


 前段の構造主義は、主に静的な『中心性』を持つシステムやメカニズムのこととして認識される。例としては食物連鎖のようなピラミッド型のヒエラルキーや、その頂点的な意味を強くもつ『王侯貴族による支配』などである。


 構造主義とは「現象の背後にある構造メカニズムを分析することによって、システムの内的文法を取り出すことが出来る」というアイデアに由来する。

 たとえば、レヴィ・ストロースが人類学で示したように、未開社会においても『婚姻規則の体系』が存在しており、近親相姦の禁止(インセスト・タブー)などはどの社会にも広く見られるものだと言われる。ルールなど無さそうな場所にも、秩序があり、メカニズムがあるのだ。

 西洋史は『野蛮』から『秩序』が生まれた、とする世界観(もしくは対立的な認識)を持つものであったため、未開社会においてもシステムがあること(野生の思考)の発見は、構造主義を大きな流れへと導いていった。


 しかし、構造主義の普遍性(真理、ロゴス)を追求し、変化を許容しない姿勢、性質は『中心主義』的であるとして批判の対象になっていった。


 これをやや強引にこじつけてしまえば、『市民革命の成果』を否定するような言論を封じたかったのであろうと考えられる。

 西洋社会は市民革命によって、王侯貴族による支配を打破し、現在にいたる市民社会、市民政治を手に入れることが出来たのである。王侯貴族による支配のごとき、『中心主義的な思想』に対する拒否感が強く存在する下地がそこにはある。


 結果、近代的な構造主義の『次』に来るものとして、ポスト構造主義、さらにポストモダンと呼ばれる思想を辿ることになる。

 ポストモダンは中心主義の否定から、大まかに脱中心的な展開をみせた。中心主義的な『大きな物語』が終焉し、多様な価値観による『小さな物語』の時代が来ると予言されたのである。


 この場合、『中心-周辺』の構図から、単純な『周辺マージナル主義』という反対の方向にはならず、政治において一般市民が台頭したように、全てを平等に、より並列に、価値を平準化しようとすることで、新しいアイデアとする方法が目立つ。

 水平思考などはその最たるものであろう。また、一時期流行した口コミなども、多数の意見によるランキング方式から、個人的なオススメを利用しようとした活動となっている。


 このようにポストモダンでは『中心的な価値』に『絶対性をおかない風潮』となって、生活に緩やかに根付いていくものと観察される。


 前述したRAIDも、データ保護の観点から一部のディスクが故障してもデータが失われないような仕組みになっている。『代替が利く』ということは、中心的な機能に依存しないという意味合いになる。



 このように、戦闘の組織化について話題にするだけであっても、その背後には『思想的背景』が存在している。普段から我々が見聞きしている物語やエンタメだけでなく、学校や企業といった組織から、インターネットでのサービスなどの様々な分野で、ポストモダンが応用された何かに触れる機会が多くなっているのだ。


 刑事ドラマ『踊る大捜査線』では、「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ!」という有名なセリフがある。通信機器の発達によって、『中心-周辺』がリアルタイムに接続されてしまった現代を舞台に、コミカルに、またシリアスに、脱中心性を表現したセリフになっている。この場合は会議室が中心、現場が周辺である。


 ジン達の戦闘でも、冗長性を大きく取れるのであれば、イレギュラーな状況にも対応できるようにしておくべきなのだ。たとえば、誰かがジンの代わりも務められるようにしておくことや、ユフィリアが倒れても治癒力を失わないような人材の確保、などがそれにあたる。


 組織の役割論であれば、全員が指揮者である必要はない。

 しかし、人員の損失が前提であるような場合、司令官が倒れても、誰かが代理を務められるようにしておくべき、ではあるだろう。ジン達の戦闘でも、全員が指揮官並の創造性を求められている部分がある。


ジン:

「いわゆる管理職にもやり方はいろいろあるんだろうけど、最初から全員に指揮官であることを求める風潮はダメだな。その多くは単に自分が楽をしようとしてるだけだ。 管理者ってのは、作業者に対して、まず頭を使わなくてもいいように用意していくべきなんだ。頭を使わないとミスするようなシステムじゃ、ミスが頻発するのに決まってる。単なる作業者からプレイヤーに転換するのは、管理がちゃんと出来て、その次のレベルの話なんだ」


シュウト:

「僕らは最初から考えられるプレイヤーでいることを求められているような気がするんですが……」

ジン:

「そうかい? それにしては作業者的に扱うと『人間扱いされてない!』とばかりに反発するヤツが後を絶たない気がするんだが……」


 ユフィリアにせよ、ニキータにせよ、それぞれ思うところがあった様子で、誰も反論はしなかった。口元を引き結んで笑顔を殺しているのみである。



ユフィリア:

「ジンさん達って、難しい話が好きだよね」

ジン:

「ああ。理論派は、理論が分からないと落ち着かないからな。頭の中で試行錯誤して、できそうだと思えば自信がつくっていうかさ」

ユフィリア:

「ふぅーん」

ジン:

「結局は、大半を感覚的に処理しなきゃならないんだけど、理屈かわかってると安心するんだろう」

ユフィリア:

「そうなんだ?」

シュウト:

「そう、かも……」

ジン:

「自分の感受性に自信が持てない『かあいそーな人』なんだよ」

ユフィリア:

「そっかー。じゃあ、シュウトってかわいそうな人なんだ?」

ジン:

「そうそう」

シュウト:

「くっ……」


 二人して人をもてあそんでいるだけなのは分かっているが、理不尽な気がしてならない。自分とて決して鈍いつもりはない。基準がおかしいだけなのだ。


ユフィリア:

「感受性が大事なら、難しい話って本当はあんまり必要ないの?」

ジン:

「いや、他人に教える場合に、詳しい内容を理解している方が有利ってこともあるかな。『自分』という名の他人に、モノを教える場合にも役に立つしな」

ユフィリア:

「自分って、他人なの?」

ジン:

「人間にもいろいろあるし、そう思っておいた方が便利な場合も多いかもしれないんだぜ」

ユフィリア:

「ぜんぜん分からないんだけど」

ジン:

「そうだなぁ、いつものユフィちゃんが元気なユフィちゃんだとすると、お疲れユフィちゃんな時もあるかもしれないよな? いつも通り元気なユフィちゃんでいたいと思っても、お疲れユフィちゃんはヘソを曲げています。説得は困難だ。さあ、どうする?」

ユフィリア:

「大好きだよって言って抱きしめる!」

ジン:

「…………お前が天才なのは分かったが、お疲れユフィちゃんと、それを抱きしめたユフィちゃんと、『本当の自分』なのはどっちなんだい?」

ユフィリア:

「んー、全部(、、)かな」

ジン:

「はい、天才は考える必要なし」

ユフィリア:

「ねぇ、今のってどういうこと?」

ニキータ:

「……さぁ?(苦笑)」


 大事なことが感覚的に分かって答えが出せるのなら、考える必要はないよなぁ、と思う。ズルいような気もするが、憧れはしないので、個性の違いのようなものだろうと思っておくことにする。『分からない、けれど、使える』というのは、意識してしまうと少し気持ち悪くなるものだ。電子レンジやパソコンなど、身の回りで『そういうもの』が増えているが、全てを『そういうものだ』と納得して分かったつもりになってもいいものなのかどうか。





 ブリッジ・オールエイジスでぼんやりと川を眺めていたところ、聞き慣れたおちゃらけボイスで意識を引き戻される。


葵:

「とうちゃーく!」


 外見が幼いからだろうか、中の人は三十路(みそじ)を(検閲削除)のに、声だけでも幼く聞こえるから不思議だ。


 時刻は21時にもなろうか。〈カトレヤ〉のメンバーはアキバに集まることになっていた。葵を渋い顔をしながら背負っているジン、笑顔のレイシン、後ろからついてくる石丸の姿も見える。


 ユミカと夕食を終える頃に、葵から唐突に連絡があった。内容は、そのままアキバで待機の命令である。どうもアキバの方向にゴブリンの大群が進行して来ているという情報をキャッチしたらしい。〈D.D.D〉のユミカにとっても寝耳に水の話だったようで、食事を終えたところでギルドへ戻るようにいって帰しておいた。


 葵は「アキバに乗り込む!」と言ってきかず、慌ただしく集合の予定を立てる。そこまでしてしまうと、他にやるべきこともなくなり、ぼーっと川を眺める時間になってしまっていた。



ジン:

「ごくろうさん。待ったか?」

シュウト:

「いえ、大丈夫です。ジンさんこそ、トンボ返りじゃないですか(笑)」

ジン:

「ああ、面倒ったらないね」

葵:

「んー、ユフィちゃん達は?」

シュウト:

「まだ来てませんね」

ジン:

「アレじゃねーか?」


 パタパタと走ってくる女性が3人。ユフィリアとニキータは見慣れないドレス姿をしていた。まるで社交界のような出で立ちで、女子会というのは何の行事なのだろう?などと思ってしまう。


ユフィリア:

「ごめんね、待った?」

ジン:

「ほほう。似合うな。可愛いぜ」

ユフィリア:

「えへっ、ありがと☆」


 薄桃色のスカートをひらひらさせながら、ちょっとポーズをとってみたりするユフィリア。


ジン:

「おぜうさま、ボクと踊ってくださいますか?」

ユフィリア:

「ちょっとだけならいいよ?」


 一方で葵は見知らぬ相手とやりとりしていた。ステータス情報によれば、〈ホネスティ〉の〈召喚術師〉、奈穂美という(太っているわけではないのだが)恰幅の良さそうな女性である。威厳というほど怖そうには見えないし、肝っ玉母さんの母性とも違う。リーダー体質のような、なんとも言葉にしにくい雰囲気の持ち主だ。


葵:

「いつも悪いわね」

奈穂美:

「光栄の極みですわ。どうぞ、ご案内いたします」


 そうして連れて行かれたのは、マダム奈穂美の自宅だった。


奈穂美:

「お好きな場所にどうぞ」

ジン:

「悪いね。お邪魔します」

奈穂美:

「あの、お噂はかねがね……」

ジン:

「ん? ああ、どうも」


 居間にはたくさんのクッションが置かれていたので、めいめいが思い思いの場所に陣取る。〈召喚術師〉の自宅だけあってか、軽く冷風が入る居心地の良い空間が保たれていた。飲み物の用意を手伝うために、レイシンが動いて奈穂美の後を追った。


 冷たいお茶を受け取り、床やテーブルの上に、それぞれがコースターに乗せて置く。


葵:

「じゃあ、始めようか。正直、情報は常に錯綜中だけど、事実らしき話だけ話すからね。石丸くん、地図出して?」

石丸:

「了解っス」


 関東全域を表した広域地図を選んで、大体の状況を伝える。


葵:

「夏合宿のために何十人かがザントリーフ、つまり千葉県の銚子方面に出かけていたんだけど、数名がゴブリンと複数回遭遇。確認してみると、山を越えた北側に進行中のゴブリンの大規模集団を発見したわけね。これが何時間か前の出来事。数は数千から数万」


奈穂美:

「最新の高空偵察による情報では、約二万とか」


葵:

「それと同時刻に、メイニオン海岸で数百体からなるサファギンの集団が現れてる。海岸で訓練していたグループが襲撃を受けたって」


シュウト:

「多いですね……」

 

 このようなモンスターの大規模発生はミナミで経験済みだった。ミナミでは、〈スザクモンの鬼祭り〉が原因だと分かったが、今回は不可解な亜人間の進行ということになる。


ジン:

「つまり、北側から進行してきたゴブリンの大集団が、アキバ周辺に迫って来ているってことだな? 民族大移動かなにか知らないが、この手の大規模組織が作れるってのは、この世界だと亜人間、関東側だとゴブリンってことになり易いわけだ」


 これはモンスターの総数を考えてみると分かる。ドラゴンは強くても数はそこまで多くはない。巨人や魔獣なども状況は同じだ。大規模集団を作るには元々の総数が多くなければならない。その条件に適合するのは、この世界では主に亜人間ということになるだろう。そして関東~東北方面で言えば、亜人間の中でもゴブリンが棲息している地域になっている。


葵:

「そうなるけど、……要するに〈ゴブリン王の帰還〉でしょ、コレ?」


 誰も言わないから言ったという風に、葵が言葉にして確定させてしまう。それは経験済みだからこそ、どうしても思い浮かべてしまう名詞でもあった。ジンも分かっていて、あえて避けた言葉だからこそ、葵は突きつけたように思えた。


ジン:

「まさかだろ? 秋田の方にある〈七つ滝城塞〉から、ゴブリンどもが何百キロか行軍して、わざわざアキバを襲うって、本気かよ」


石丸:

「厳密には、周辺部族を取りまとめて大規模化していると考えられるっス。南下してくる間に段々と数を増したわけっスね」


 〈ゴブリン王の帰還〉イベントが発生すること自体は想定していた。しかし、ゴブリン王の居場所である〈七つ滝城塞〉でてっきり問題が起こるものだと思っていたのである。その内、アキバから遠征軍を出すようなことになるかもしれない、ぐらいには考えていたのだが、まさか大規模集団が遠路はるばる出張してきて、アキバ周辺で被害をまき散らすなどとは夢にも思わない。


 不思議と、予見できていたことで、まるで自分達に責任があるような気がしてしまう。現実には〈カトレヤ〉のメンバーで〈ゴブリン王〉のクエストを事前に終わらせてしまえる時間などは無かったのだが。



ジン:

「まぁいい。とりあえず〈ゴブリン王〉のイベントだとして、どうしてこんな直前になるまで分からなかったのかが問題だ。こうザルなのはいかんともしがたいな。延々と南下して来たんだとすると、どこかの警戒ラインに引っかかった時点で情報を得ていなければならないんだが」


奈穂美:

「〈大地人〉との連携も含めて、領主会議の結果待ちかしらね」

葵:

「だーねぇ~。モンスターは基本的にゾーンに出現して、ゾーン間の移動はしないって建前なんだし。仮にアキバが油断してたって言っても責められないっしょ」


シュウト:

「領主会議中でトップ不在だったのが響いたんでしょうか?」

ジン:

「トップが集まっているなら逆に情報を集めるのは簡単だろう。連絡手段があればだが」

葵:

「アキバに助けを求めることになるから、情報を出さなかったのかもしれないね。交渉だの何だので二の足を踏んだのかな?」



 漠然とした不安感がつのってゆく。できることの少なさが息苦しさのように感じられる。二万にもなる大集団を前にすれば、一介の〈冒険者〉など無力である。


ユフィリア:

「これから、どうなるの?」


 皆の意志を代弁するかのように、ユフィリアが誰にともなく訊ねた。


ジン:

「……『どうなるか』は分からん。しかし、『どうするか』なら、自分達で決められる」


 我らがリーダーは動じていなかった。仲間達も無言で頷く。


葵:

「んで、どうするつもり?」

ジン:

「とりあえず、付近の小さな村を避難させたり、攻撃されていたら防衛したりだろうな。明日の朝イチから動くぞ。本当は今からすぐにでも動きたいところなんだが、暗い中で下手に動くと、ミイラ取りがミイラになっちまう」


 ドラゴンすら倒せるようになりつつあるのだが、夜の行動で油断はできない。特に地形効果に対しては慎重でなければならない。たとえば行き止まりの逃げ場のない場所で500体のゴブリンに襲われでもすれば、どうしても苦戦を強いられるだろう。また、川などの足場の悪い場所に追い込まれたら、やはり平時の実力を発揮できないはずだ。『暗い』ということ一つとっても、視界が利きにくい他にも様々な困難がつきまとう。ミニマップを使えるジンはともかく、他のメンバーは何かの拍子ではぐれたりする可能性もありうる。


葵:

「なる。今のうちに準備できるものはしておいた方が良さそうだね。とりあえず回復ポーションなんかを買っておこうか」

シュウト:

「数は、どのくらいでしょう?」

ジン:

「なるべく多く持っていきたい。5~600本とか?」

シュウト:

「えっ!? そんなに買うんですか?」


 効果によって値段も変わってくるのだが、一本で金貨100枚ならそれだけで6万もの出費になってしまう。


ジン:

「別に自分たちで使うためじゃないぞ? 村に配ったりするのに使うんだから、このぐらい当然だ。それにポーションは腐らないから、余っても別に困らないしな。…………だけど、なるべく安くたのむ(苦笑)」

石丸:

「任せて欲しいっス」


 知っている限りの小さな村をピックアップし、大まかに移動経路などを決めておく。以前に細かなクエストをこなしていた関係で、この手の情報にはそれなりに詳しくなっていた。


ジン:

「これで後は、どうにかしたいのなら、朝イチからじゃなきゃ遅すぎるんだが、日本人的には根回しの最中かもしれないからなぁ」


 唐突なコメントだったが、領主会議や〈円卓会議〉の代表者たちに対してのものらしい。期待したいところだったが、信用はできない。


ジン:

「よし、石丸たちはポーション他の準備。葵は引き続き情報収集を頼む」

シュウト:

「分かりました」

ユフィリア:

「ジンさんは?」

ジン:

「俺は、一番大事な仕事をせねばならぬ」(キリッ)


 指揮官的に頭脳労働でもするのだろうかと見ていたら、自分の荷物から毛布を取り出して横になろうとしていた。これは確実に就寝の体勢だ。


葵:

「ちょい! テメェ、待ちやがれ」

ジン:

「なンだよ……」←心底、うっとうしそうに

葵:

「なに寝ようとしてやがんだ、コラ? 一番大事な仕事ってそれかい!」

ジン:

「たりめぇよ。俺は寝るっ! 休める時に休んでおくのが戦士のお仕事なんだよ。じゃ、そういうことで。…………お休み、とっつぁ~ん」

石丸:

「カリオストロっスね」


 言ってしまえば、今は戦争直前なのである。この状況に興奮している葵は、半ば以上お祭り気分なので、今夜は眠れなくても構わないのだろう。


 ミナミでの状況から推察するに、過程はどうあれアキバが立ち上がることにはなるだろう。この問題を即座に解決できるのはアキバの戦力しかないからだ。争点は「いつ立ち上がるか?」だけと言ってよい。早ければ明日か明後日、遅ければアキバが囲まれるまで傍観する可能性もあるのだ。


 無事にアキバが立ち上がったと仮定して、その次の問題は敵集団の拡散を如何にして封じ込めるか?にある。なるべく多くを一気に叩いてしまい、拡散しないように取り囲んで殲滅できればベストなのだ。

 

 実数を確認していないから何とも言えなかったが、この戦いは一日で終わることはないだろう。初戦でどれだけの成功をおさめるかによって、その後の展開も変わってくる。初日になるべく多くの敵を刈り取れればいいが、小集団が拡散するほど周辺の被害は増えてしまう。周辺の小さな村を防衛するつもりなら、それだけ自分たちの負担も増えていくだろう。


 ならば、普段通りにきちんと休んでおくのが正解なのだ。興奮して起きていて、戦いの最中にアクビしている訳にはいかない。困った人ではあったが、合理的なのだ。


 用意がすんだら、ジンを見習って早めに休もうと思うシュウトであった。





 ――やがてゴブリン軍の噂は街中に広まっていった。アキバの街は深夜になっても興奮して眠れなくなってしまったかのようである。その上空を二頭のグリフォンが、二組の男女を乗せて飛来しようとしていた。

 


タイトルの無意味っぷりは仕様です。日時を表現できれば十分という。

 

一身上の都合で更新いたします。都合とは、設定を考えるのに邪魔なので書いた分をさっさと放出とかそういう類いの話であります。


設定(主に名前)を決めねばなりませぬ。そろそろマジで名前を決めないと書けません。こうなったら設定を深く作って、ヒントを出すしかないのかも。ネトゲっぽいHNとか、どうすりゃいいのかと。……ネトゲやろうかなぁ

( TДT)

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