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61  ドラゴンスレイヤー

 

シュウト:

「そろそろドラゴンに逃げられないように、何か作戦を考えるべきではないでしょうか?」


 昼食が済み、お茶で一服している時の話題にそう切り出してみる。午前だけで4戦。1度は戦わずに逃げられているので、がんばれば5戦できたかもしれない。結果は全て逃げられてしまっている。どうにかして逃がさないように知恵を絞らなければならない。


ジン:

「だから却下だっての。作戦なんてノンノン。ナンセンスだね」

シュウト:

「いい加減、理由を教えてください」

ジン:

「……んー、理由を教えなきゃ分からないんなら、結構ヤバいぞ? この中じゃ、お前(シュウト)が一番不利だろうし」

シュウト:

「僕が、不利なんですか?」


 ドキッとし、少し悲しくなり、冷たい不安に襲われる。


ユフィリア:

「でも、何かしないとドラゴンに逃げられちゃうんじゃないの?」

ジン:

「そーだなー」


 トコトン、どーでもよさそーな返事である。


シュウト:

(逃げられても、別に構わないってことなのかな?)


 何を考えているのか、どうにも良く分からない。


ニキータ:

「このままだと、一回も勝てない、なんてことにも……」

ジン:

「おいおい、尻尾巻いて逃げてるのはドラゴンの方だぞ? 俺達は負けてない。むしろ連勝街道を爆進中っすよ? そこは勘違いしないで欲しいねっ」

ニキータ:

「あ、すみません……」


 内心、引き分けぐらいのつもりでいた。逃がしてしまって倒しきってこそいないが、全て勝っている。これは本当のことである。


シュウト:

「作戦がダメなら、何かアドバイスみたいなものはないんですか?」


 戦った後で何も指摘もない。別に怒られたり、注意されたい訳ではないが、一言ぐらい何かを言われないとどう思われているのか不安になってくる。


ジン:

「アドバイス~ぅ? ……そうだなぁ。ニキータは、ドラゴンの攻撃範囲を円で考えてるみたいだけど、楕円のイメージの方がいいかも」

ニキータ:

「……気を付けます」

ジン:

「シュウトは、もうちょっとアドリブで戦えよ。ドラゴンと()をよく見ろ」

シュウト:

「アドリブ、ですか」


 作戦を決めない以上は全てアドリブということになるのだろう。


ジン:

「もうちょっと楽しめって。俺なんか、最高に楽しんでるぞ? 超面白れぇよ。ドラゴン最高ーっ!」


 いつもの眠そうな表情がさらに柔らかく、リラックスしきった感じでトロケている。つまり、戦ってて楽しいので逃げられてもあまり文句がない、とか、そういう話なのかもしれない。


ユフィリア:

「ね、私はどうすればいいの?」

ジン:

「ユフィは、アレだ。『乙女の恥じらい』をひとつまみプラスすれば、あとは好きにしてていいぞ?」


 ぐぐっと顔を近づけて、親指と人差し指をすり合わせるようにする。まるで料理に入れる調味料だ。


ニキータ:

「恥じらいは、ドラゴンと戦うのに関係ないでしょう」

ジン:

「いやいやいや、女の子が可愛いと男の子は俄然、ガンバれますよ。というか、その辺はむしろ死活問題っていうか。……だよな?」

シュウト:

「え? えっと、そうかもですね」

ニキータ:

「なんて悲しい生き物かしら……」


 憐れみと慈悲をブレンドさせて、理解ある感じの、優しげだが少し見下すようなニキータのセリフに、ジン諸共まとめてグサりと刺された気持ちになる。


ジン:

「ケッ、そう辛辣だと男が寄ってこねーぞ~」

ニキータ:

「あら、不自由はしてませんのでご心配なく。……そういう訳だから、真に受けちゃダメよ? 冗談8割で生きてる人なんだから」

ジン:

「ナメるな、9割オーバーでい」


ユフィリア:

「でも『乙女の恥じらい』って、難しい注文だよね……」

ジン:

「そ、そうか?」


 演技プランに悩む女優の表情でユフィリアが呟く。

 美人フィルターのせいもあって、意図が分からない。実は意外と、渾身の冗談のつもりなのかもしれない。


 突然、パッと表情が切り替わる。


ユフィリア:

「ところで、好きにしていいって、もしかして私がドラゴンを殴ったりしてもいいの?」

シュウト:

「いくらなんでも無茶だろ」

ジン:

「いいぞぉ、できるなら。ただし、俺がこのプリケツで『とうせんぼ』して邪魔してやんよ」


 立ち上がって背を向け、オシリをフリフリとうせんぼの真似を始める。対抗してユフィリアも立ち上がり、右や左に行くフェイトをかけるのだが、見事な左右の動きで通行止めにしてしまう。 おもむろにユフィリアは平手でそのオシリをひっぱたこうとしたが、ジンは背を向けたまま上手いこと避けてみせた。それがツボにはまったらしく、彼女は楽しげにハシャいでいた。


 楽しげにふざける2人を余所目に、ドラゴンと戦う時ぐらい、もうちょっと真面目でもいいのではないだろうか? 自分が不利とはどういうことなのだろう?などとシュウトはぐるぐると考え続けていた。



ジン:

「午後の戦いに向かう前に、ちょっと練習するぞぉ」


 仲間達を並べ、その前にジンが立つ。

 もしかしてドラゴンと戦うための準備だろうか?と一瞬期待するのだが、あまり関係は無さそうな練習である。


ジン:

「手と足を同時にクロスさせてからの~、オッス!」 ビシッ


 押忍のポーズから始め、片足立ちになりながら、肘と肘、膝と膝が重なるようにする。この時に体幹部はひねらずに正面をキープ。そして「押忍!」のかけ声と共に元の姿勢に戻りながら、腕はビシッと押忍のポーズを決める。


ジン:

「このクロスオッスを交互に、とりあえず300回な。いくぞ、イッチ!」

全員:

「「オッス!」」

ジン:

「ニィッ!」

全員:

「「オッス!」」


 100回からはシュウトが数を数え、200回からはユフィリアに交代する。

 雑にならないように、体をネジらないように、とジンが途中で指導しながら300回のクロス押忍を終える。元の体ならともかく、〈冒険者〉にとっては軽い運動でしかない。軽すぎて効果があるとは思えないほどだ。


 一点だけ、普段はたいてい眠そうなジンだが、この時ばかりは集中した表情を見せていた。どうやらレフ集中『MIN』の顔付きのようである。もしくは全力で戦う際にフェイスガードの下に隠れて見えない素顔なのでは?と、そんなことを思って見ていた。


ユフィリア:

「これいいね! 私、好きかも」

シュウト:

「さすが、気合いと根性の国のお姫さま……」

ジン:

「まぁ、中丹田と下丹田にも効果があるから、好きそうなトレーニングではあるな」

シュウト:

「それって、どんな効果があるんですか?」


ジン:

「色々あるから説明は面倒だ。もし、ドラゴンを倒せたら話してやろう。……じゃあ、午後のお楽しみと行こうか」




 ――5戦目。



ユフィリア:

「あーん。また逃げられちゃった~(涙)」


 休憩前より少しマシになっていたものの、ジンが防戦に回る時間が増えるほど逃げられ易くなる。5戦目はドラゴンブレスを受け止める真似までしていて逃げられたためか、みんなでがっくりと肩を落とす。いいところまでいけた分、徒労感も大きい。


ジン:

「まぁ、初日じゃこんなもんだ。気にしてもしゃーあんめぇ。な? 片づけて休憩すっぞ?」


 のろのろと動きだす仲間達。回復に掛かる小休止の間に、どうにかして気力を立て直さなければならない。



ユフィリア:

「くやしーなぁ。どうにかならないのかなぁ?」

シュウト:

「逃げられないような作戦を立てたいけど、ダメだって言われてるから」

ジン:

「ほー、どんな作戦だ? 試しに言ってみ?」

シュウト:

「ええっと、翼を狙って飛べなくするとかはどうでしょう」

ジン:

「よし、じゃあがんばれ。応援してやろう」

シュウト:

「僕が一人でやるんですか?」

ジン:

「俺はそんな暇ねーし。翼なんか狙ってたらバレっからな。対処されちまうだけだ」

シュウト:

「……ドラゴンに、ですか?」

ジン:

「そりゃそうだろ。ドラゴンを舐めちゃあ、いけねぇ。あいつら、かなり頭いいんだぞ? こっちの会話は筒抜けだと思った方がいい。ま、向こうが人語を喋れるかどうかは個体差によるみたいだけどな」


 仮にこの世界がゲームを元にしていたとしても、〈大地人〉にも知能や感情が備わっているのだから、ドラゴンに知性があっても別におかしくはないだろう。


 

 隣でニキータが不意にくすっと笑い出す。


シュウト:

「……どうかした?」

ニキータ:

「なんだか不思議ね。最初は怖くて仕方なかったのに、もうみんなで倒すことしか考えていないんだもの。まだ朝から何時間も経ってないのにね」


 そのまま、おかしそうにクスクスと笑い続けていた。


ユフィリア:

「そういえば、そうかも」


 ジンはそしらぬ表情を決め込み、あさっての方を見ているばかり。むしろレイシンの方が訳知り顔で微笑んでいる。こうなるのがまるで分かっていたみたいに。


 いつからなのか? ……ドラゴンと戦った後、次のドラゴンと戦うまでに何分か歩いて探さなければならない。30分近くウロウロする場合もある。妙にドラゴンだけしか出てこないゾーンであることも手伝って、ドラゴンに逃げられると、ひたすら歩くだけの時間が続いてしまい、苦痛に感じるのだ。さっさと次と戦いたいのに、そうはならない。だから逃げられるとガックリ来てしまう。そういう部分は確かにあって、逃げられたくない、倒したいと思うようになっていた。


 しかし、それだけのハズがない。ドラゴンへの恐怖は何処へ行ってしまったのか? その答えはジンにある。ジンと一緒に戦っていれば死なない。絶対的な精神的支柱に支えられ、いつしか恐怖も忘れて戦いに没頭している。まるで魔法に掛かったみたいに。


 冷静に考えると、これは異常な事態だ。まだたったの5戦しかしていないことを考え合わせると、通常では考えられないほどの速度で成長していることになってしまう。しかし、成長しているという実感の方はまるでないのだ。

 

 何か狙いがあるのだろうと考え、そのままシュウトは何も言わないでおくことにする。状況がそっくりだと思える。最初にサファギン退治に出かけたあの時も、良く分からないままでも良い方向に結果は転がっている。今度もそうなのかもしれない。



 ここからは苦戦の連続だった。


 ブレスを連発するドラゴンとの戦いは、死ななかったものの、どうしても被害が大きくなる。ジン本人は回避できても、仲間が巻き込まれる位置では庇わなければならない。意外と落ち着いて回復を捌いていくユフィリアに、少しばかり実力が付いてきていると評価を変える。ただし、ドラゴンにはまた逃げられる。


 また、空からの突撃をメインで戦うドラゴンもいた。地上にへばりついて戦うしかない。弓を射かけるものの、大したダメージを与えられない。呪文は詠唱するタイミングが難しい。滑空からの突撃を繰り返されると、接触の一瞬にダメージをたたき込むしかない。ドラゴン相手にそれを平然とやってのけるジンも凄まじいが、やはり飽きたような素振りで逃げられてしまう。対空迎撃能力は課題が残っている。


 さまざまに個性的な戦い方をしてくるドラゴンだが、そこに地形の変化が重なることで、一つとして『同じ戦闘』と思うものにならない。側面が崖になっている狭いポイントでの戦いや、斜面での戦闘など、それだけでも戦闘の難易度が増幅する地形も多い。


 パーティ×3ランクの小さなドラゴンが出てきた際は、これぞ倒しきるチャンスと思い定めて張り切る仲間達なのだが、小さい分だけ小回りが利き、素早い動きに翻弄される。恐怖感が薄れたためか、「注意が散漫になっている」と、ドラゴン戦で初めて指摘されることになった。


 ここまでで一番の難敵は、雷撃ブレスを駆使してくる黒竜である。巨大で狡猾なそのドラゴンは、巧妙な位置取りから仲間達にむけてブレスを容赦なく使ってくる。仲間を守るべく受け止めるジンだったが、雷撃への防御効果は弱く、鎧を貫通するダメージを被ってしまう。一撃で死ぬほどのダメージなのだが、ユフィリアの回復の甲斐もあって、何度か受け止めても死ぬことはない。しかし、明らかに全滅の危機に立たされていた。


 隙をみつけたレイシンが獣化からのフリーライドを開始。シュウトは初めて目にするジン以外のフリーライドに自身の『内なるケモノ』との類似性を感じた。

 猛攻を仕掛けるものの、巨大な黒竜は羽ばたきでこちらの動きを封じると、優雅に立ち去ってしまった。



 ここまでで12戦。午後は8戦したことになる。午後は30分に1度のペースで戦ったことになる。これまでの戦果は僅かにジンが部位破壊した素材に限られている。ランニングコストで考えれば赤字である。


 夏の長い日の下でも、夕暮れの赤い太陽が差し迫って来た。山陰に日が沈めば、夕暮れはすぐにも夜空へと変わってしまうだろう。西の空を見ながら、ジンが宣言する。 



ジン:

「よっし、ここいらで帰るか」

ユフィリア:

「……でも、まだ一回も倒してないよ? もうちょっとがんばろうよ!」

ジン:

「そんなこと言ったって、夜に戦うのはナシだ。明るいところで余裕勝ちできなきゃ、暗いところでなんて戦えないって」

ユフィリア:

「なら、明日も朝から戦う!」

石丸:

「〈妖精の輪〉は月齢による周期の変化があるっス。帰還したら数日は戻って来られないっス」

ユフィリア:

「それなら、泊まっていこ? それなら大丈夫でしょ?」

ジン:

「おいおい、明日は女子会あるって言ってたじゃねーか。 今日は帰って、風呂に入ってゆっくり休めって、な?」


ニキータ:

「どうしたの、ユフィ。無理は良くないわよ?」

ユフィリア:

「だって、もうちょっとでしょ? もう少しで倒せるのに、私達の都合でここで止めちゃっていいの?」


 その気持ちは痛いほど分かってしまう。自分たちがジンに迷惑を掛けているせいでドラゴンを逃してしまっている。せめて一度ぐらい倒さなければ帰るに帰れない。


シュウト:

「僕もユフィリアに賛成です。キャンプして泊まっていきましょう」

ユフィリア:

「そうだよね! 朝から戦って昼過ぎに帰れば、私達も間に合うし、そうしよ? いいでしょ、ジンさん」

ジン:

「えーっ、俺、疲れてんだけど……」


 ジンのために残るつもりなのに、本気で疲れていそうなセリフに微妙な雰囲気になってしまった。


レイシン:

「一応、食べ物の準備はしてあるから、こっちは大丈夫だよ」

石丸:

「キャンプするにしても場所が問題っス」

ジン:

「そんなん〈妖精の輪〉の安全なゾーンまで戻るしかないだろ。手っ取り早くシブヤに〈帰還呪文〉で戻るつもりでいたから、ここからだと……30分はかかるだろうな。その間にドラゴンとエンカウントしたらどうする気だよ?」

ユフィリア:

「戦って倒そうよ!」

シュウト:

「いやいや、そこはジンさんのミニマップで上手く避けられる危険は避けていきましょう」



 会いたい時には中々会えないのに、会いたくない時は妙に出会い易かったりする。2回ほど危ない目にあいつつも、なんとか無事に〈妖精の輪〉のゾーンにまで戻ってくることに成功する。


 食事の準備が整う前から、早くもジンが船を漕ぎ始めてしまう。かなり疲れているのだろう。普段は食欲の塊のように食べまくるのに、この日ばかりは睡眠をむさぼる方を好んだらしい。ユフィリアが甲斐甲斐しく世話をやき、毛布を掛けたり、テントまで連れて行ったりしていたが、もしかするとジン本人の記憶には残っていないかもしれない。


 まだ20時を過ぎた頃と思うが、それ以上なにかをする気にはならず、みんなで床につくことにする。ジンの眠気に誘われたのかもしれない。





 深夜に起きてしまうかと思ったが、起きてみると周囲はうっすらと明るくなっていた。もう朝焼けの時刻となると、9時間近く寝ている計算である。ここまで長く寝たのはいつ以来だろう。


 テントから出て、大きく伸びをする。左右に首を動かすとパキポキと骨の鳴る音がした。


レイシン:

「おはよう」

シュウト:

「おはようございます」


 朝食の準備を始めたところらしく、レイシンに挨拶を返した。食事の準備に関しては、いつも頭が下がるばかりである。のんびり寝ていたのかと思うと身が縮む思いだ。これに慣れてしまわないように、気を付けなければならない。


 ジンは既に起き出していて、一人でテントから離れてトレーニングのようなことをしていた。ただ立って、何かをしている。その背中を離れた所から見ていると、ユフィリアの元気な声が聞こえて、ジンが振り向いてしまった。





 朝食後、クロスオッスをしてからドラゴン戦へ。2日目の初戦は相手のサイズが小さかったこともあって、早めに逃げられてしまったが、いけそうな気がしていた。全員の調子が良い気がする。



 ――そして運命の14戦目。



ジン:

「デカい、な」


 レベルこそ83だが、レイド×2ランクの大物だった。長い尻尾を持ち、赤い瞳をしたメタル・グレーの、鋼鉄の様な鱗を持ったドラゴンである。これもまた初めてみるタイプだ。


 こちらにはまだ気が付いていない。背後から不意打ちのファーストショットを決めたかったが、不意を打つとそのまま逃げられてしまう場合もある。しかし、ジンは狙撃を指示した。


 〈ウォー・クライ〉を始めとして幾つかのBuffや反応起動回復を掛け終わった所で、シュウトが狙いを付ける。特技〈スナイパー・ショット〉を選択。射るのと同時にジンは飛び出していく手はずになっている。


 個人的な練習の結果、気配を消すための特技を特に使わなくても、気を乗せた矢を放てるようになっている。瞬間的に心を空っぽにしてから、たっぷりと気を乗せていく。矢が弓から離れると同時にジンが飛び出して行った。その後を弓鳴りの高い響きが追いかけていく。


 ファーストヒットを確認。振り向いたドラゴンが咆哮を轟かせる。ブレスにも似た風圧を突き抜けて襲いかかるジン。当然のようにダメージを与えている。これまでのドラゴン達はみなジンの一撃に『居住まいを正す』風な仕草をし、侮りを捨てて本気になるのだが、この鋼鉄の竜は傲然として態度を改める様子がない。どこか強者の風格のようなものを漂わせていた。


 戦いは苛烈さを増していく。これまでで一番キツい戦いだった。


 羽ばたきを利用して、重さを感じさせない軽妙なバックステップからドラゴンブレスに繋いでくる。広範囲を捉える劫火から仲間を守るべく、ジンがドラゴンに接近してブレスを受け止める。矢継ぎ早に呪文詠唱に入るユフィリアと石丸。横合いからレイシンがドラゴンの頭部に跳び蹴りを決めた。


 ドラゴンが後退する様子を見せないため、戦いは長引いていった。レイシンは早い段階からフリーライドを開始し、獣化して戦っている。強化された肉体でジンとのコンビネーションを行っている。

 仲間達は僅かな予兆を捉えて回避行動に移れるようになっていた。一晩休んで反応速度が増したかのようだ。慣れによるものか、経験が蓄積した結果だろう。


 空中に飛び上がったドラゴンが、その長い尾を振るう。まるでムチのような速度を持った攻撃なのだが、ジンはそれすらも躱してみせた。見てから動いたのでは確実に回避は間に合わない。かといって予測にしては正確すぎる。

 ……苛立ったドラゴンがニキータを巻き込んで乱暴に着地しようと動いた。危険なタイミングだった。


ニキータ:

「!」


 ニキータは身を投げ出すようにして跳躍。シュウトの位置からでは結果は分からない。ジンのフォローは無かったように見えた。


ユフィリア:

「ダメージ無し!」


 素早く脳内ステータスを確認してユフィリアが叫んだ。声に出すことで状況を共有するのだ。ニキータは辛くも回避に成功したことになる。一瞬速く石丸が何かの呪文詠唱を開始。


ジン:

「〈アンカーハウル〉!」


 着地に掛かる一瞬の隙をついて、ジンがタウンティングを決めた。ニキータの回避が成功したから、ではない。『回避できる』と信じたということだ。これまでならニキータのフォローを強いられ、このタイミングでタウンティングを入れられなかったのだから。


シュウト:

(いける、いけるぞ!?)


 期待感に体が突き動かされ、手は短剣を掴み、いつしか走り出していた。ドラゴンに自分でトドメを刺したいという欲が出ていた。無謀と知りつつ、ドラゴンに向けて突進する。頭の隅に『内なるケモノ』がチラりと顔を出したが、吠えだしたい衝動のようなものを無視する。


 〈アサシネイト〉を入れるべく、一直線に突っ込んで行くと、そのルートにジンが滑るように現れて、ギクリとする。ダメだという意思表示なのだろうか? ジンの首だけが自分の方に向けられる。フェイスガードの下の瞳に射られた気がした。そこで感じたものは、コミュニケーションが不成立になるほどの、意識体としての力の差だった。


 とっさに横にステップを入れる。意図の無い無意識の動きだった。その瞬間、元いたその場所を、ドラゴンの豪腕が通過していった。同時に天啓のように電撃が背筋を駆け上がり、理解できていなかったものを理解した。


 ドラゴンの動きを知ることは難しい。ドラゴンの大きさから、その動きを見てから回避していたのでは間に合わなくなる危険がある。予測するにしても、ドラゴンの予兆を解読することは困難を極めてしまう。だから、ジンの動きを見るのだ。ジンはドラゴンの動きに影響を受ける。ドラゴンもまたジンの動きに影響されている。ドラゴンを見るだけではダメで、ジンも見なければならなかったのだ。ドラゴンと一緒にジンの動きを見ることで、ドラゴンの動きを理解できる手がかりにできる。まさに『ジンを信じること』が鍵になっているのだ。


 躱せただろうに、ジンは剣と盾でドラゴンの爪をあえて受け止め、ずり下がった。そのことにドラゴンは意表を付かれたのだろう。瞬間的に動きが鈍る。同時に、石丸が唱えたダメージシールド(ダメージに反応起動する攻撃魔法)が、ジンの受けたダメージをキーとして起動し、複数の氷槍がドラゴンの腕を貫く。


 目が合った。ドラゴンの目がこちらを見ていた。思考の最中も動きは止めていない。自分が来るのをヤツは知っている。次の一撃に耐えるべく、こちらを見ていた。


シュウト:

「〈アサシネイト〉!!」


 がら空きの首めがけて〈アサシネイト〉を放ち、そのまま駆け抜ける。


レイシン:

「〈断空閃〉!」


 ジャンプ突進から決め技を放つレイシン。握られたドラゴン・ホーンズがドラゴンの顔面を痛打している。


石丸:

「〈スターダスト・レイン〉!」

ニキータ:

「〈スターダスト・レイン〉!」


 ニキータがマエストロ・エコーを利用した〈スターダスト・レイン〉の二重奏を奏でる。攻性の光が無数の柱のように降り注ぎ、ドラゴンの背を打つ。完全な総力戦、その最終局面だった。


ユフィリア:

「まだ!」


 最大限の猛攻すら凌ぎ、ドラゴンは生き残る。強靭な生命力で呪文にも抵抗している。最強の攻撃を連発したため、まるで技後硬直のように仲間達の動きが止まる。瞬間的に空白的な状況が生まれていた。

 そのドラゴンの前に立っているのは……



ジン:

終わりだ(ジ・エンド)


 目にも止まらぬ激烈な突進。その勢いのまま、ジンの剣が消える。否、剣先から根本までの全てが、鋼鉄の鱗など全ての抵抗も感じさせない速度でドラゴンの胸部に突き込まれていた。


 ドラゴンが断末魔の咆哮をし、ゆっくりと崩れ落ちていった。



 ――ジンにとって最高の技がカウンターの切り抜けだとすると、最強の技はこの全身全霊の突きである。突進の速度や体重などの全てを乗せて相手の中心を貫き、〈竜破斬〉の青い攻撃エネルギーを相手の体内で炸裂させるのだ。


 ただし、突き技の威力が大きすぎる場合、相手の体に埋まってしまい、引き抜くのに手間が掛かってしまうことから、乱戦の最中には不向きである。

 ジンの敵はモンスターであることが多いため、敵から剣を入手するようなことは出来ない。またアイテムロックの仕組みから、他人の武器は使えないことの方が多い。……従って、戦いの最後に使用するか、新しい剣を別に準備しなければならない。



 この時も、突き刺したは良いが、体の下側に入り込んで抜くことが出来なかったため、ドラゴンの体が時間経過によって消えてなくなるまで、自分の剣を回収することは出来なかった。



 勝った。……のだが、誰も何も言わなかった。



ジン:

「よし。レイ、はぎ取り頼むな」

レイシン:

「りょうかーい」


 ちょ、ちょっと待って欲しい。勝ったのに喜んだりしないつもりだろうか?


ジン:

「あ、しまった……」

シュウト:

「な、なんですか?」


 今度こそ、喜びのシーンだろう。そうに違いない。


ジン:

「おまえにEXPポーション飲むように言って無かった。……まぁ、いっか」


ユフィリア:

「プッ、フフフフ」

ニキータ:

「うふふふ……」

シュウト:

「わははははは!」


 緊張が解けたのか、一斉に笑いがこみ上げて来た。ユフィリアが「勝ったー!」と何度も叫んでいた。



 こうして、6人で最初のドラゴン討伐を成功させたのであった。




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