60 vs ドラゴン
ジン:
「なんだお前、さっきからチョロチョロとイジり回して。そんなに気に入ったのか?」
シュウト:
「使い慣れないので、どうも気になっちゃって」
用意された新しい装備は、と言っても部分的に交換した程度なのだが、速力重視から僅かに隠密性能を上げる方向にシフトしていた。黒を基調とした色使いに変更はなかったので安堵していた。シルエットが多少、良くなっているらしい。
困ったのは、腰にさしている新しい銀鞘の短剣の方だった。黒の服装をバックにキラキラとしたその輝きは、決して目に優しくない。隠密行動も行う〈暗殺者〉として、こんな目立つものを身につけなければならないのか?と思うと、少々(……いや、かなり)、頭が痛くなる。
第一、“銀剣”などと呼ばれるのは、所属していたギルドの名前から来ているもので、自分の特徴とは何の関係もない。「アイツ、どこのギルド?」「銀剣だろ」みたいな会話が元になっているはずなのだ。
だいたい、どうして自分ごときが〈シルバーソード〉の名前で呼ばれているのだろうか。たしかに秘密兵器だの秘蔵っ子だの、次期主力だのと言われていた時期もあるにはあったが、今からすると、なぜ自分程度がそんな扱いだったのか良く分からない。そんなホメ言葉で調子にのっていた事が恥ずかしいぐらいなのだ。
なにしろ〈カトレヤ〉の仲間達と比べたら、自分など無能も良いところだ。才能だって新人のユフィリアに劣っているような気がして仕方がない今日この頃なのだから。
それなのに、この『銀鞘の短剣』だ。
ニキータ達に言わせると、一カ所はポイントを作るのが基本だとかで、黒ベースだからこそ銀の短剣を配置したかったのだとか。シンプルでありながら、渋く成りすぎず、少し茶目っ気がどうのこうの……。良く分からないが、そういうものらしい。
しかし、ハッキリ言ってみっともないと思う。
隠れているつもりが、短剣がキラキラしていたらバカ丸出しだ。他のギルドの男連中に確実にバカ扱いされるだろう。下手に格好付けようとして、リキんだ結果、おっちょこちょいをやらかしそうな感じに見えるのではないか?
そんなようなことをジンに訴えてみた。
ジン:
「そんなもん、見せびらかしておいて、後で罠にでも使えばいいだろ」
あっさり一蹴されて終わりだった。
◇
シュウト:
「あれ、ここって……」
ユフィリア:
「もしかして、またミナミに行くの?」
ジンが「今日は戦いに出かける」というので準備し、シブヤの〈妖精の輪〉からやって来たのは、以前ミナミへ出かけた時に利用した中継ポイントだった。北関東にあるという〈妖精の輪〉である。
ジン:
「時間はどうだ?」
石丸:
「このままで大丈夫っス」
ジン:
「よし、行くぞ」
更に転移魔法陣から飛ぶ。景色が変化し、耳鳴りがした。何度か唾を飲み込んで治しておく。これは急な高低差が原因なのだろう。こちらもやはり見覚えのある岩だらけの山岳に立っていた。前回はすぐさま引き返したため、滞在時間の大半は帰還呪文の詠唱に使っていた。
シュウト:
「こっちが目的地だったんですね」
ジン:
「まぁな。……んじゃ、ドラゴン探しに行くぞ」
ニキータ:
「えっ?!」
シュウト:
「ちょっ、ちょっと待ってください」
ジン:
「ん? どうかしたか」
唐突にドラゴン戦の本番になるとは思わなかった。心の準備もまだ出来ていない。
シュウト:
「いえ、練習とかまだですよね? 作戦も立ててませんし」
ジン:
「あー、ぶっつけ本番で行く。以上」
シュウト:
「それは不味いですって。作戦ぐらい立てなきゃ、ジンさんは良くても僕らは無駄に死ぬだけです!」
きっと、分かっていない。ドラゴンを相手にする気なら、慎重に慎重を重ねなければならないのだ。6人という人数では、一つのミスが戦況を決めてしまいかねない。強く成りすぎたことで、その辺りの感覚に鈍くなっているとしか思えなかった。
ジン:
「ダメだ。作戦は立てない」
シュウト:
「ですが!」
ジン:
「いいか、泣こうが喚こうが無駄なんだ。怒っても何も意味はない。気合いだの根性だのでは一切、強くなることはないんだよ。お前等はコンディションの変化で弱くなることはあっても、強くなることはないんだ。まずそれを理解して、受け入れろ」
シュウト:
「それなら、普通に戦う時、みんな作戦を立ててるのは何故ですか?」
ジン:
「決まってる。なるべく弱くならないためだ。それだって作戦が的外れだったらあっさりダメになるんだ。反復練習をやればやるほど、『練習していない状況』に対する対応力は失われていく。ドラゴン戦でそんな非効率・不経済なことはやってられない。そんな暇なんてないんだよ」
さっぱり意味が分からない。ついには作戦まで否定し始めてしまった。仮に作戦を立てて行動するのが次善の策だったとしても、ぶっつけ本番で効率がいいわけがない。
シュウト:
「なら、どうすれば……」
ジン:
「安心しろ。最もエレガントな作戦を考えてある」
ジンは親指を立てて、ビシッと己自身を指した。作戦は立てないと言ったのではなかったのだろうか。
ジン:
「俺を信じろ」
シュウト:
「は?」
ジン:
「 俺 を 信 じ ろ !」
(えっ、それだけですか?)という雰囲気で、仲間達となんとなく顔を見合わせてみたりする。
ジン:
「お・れ・を、し・ん・じ・ろ!!」
ジンはしつこく同じセリフを繰り返すのみである。
ユフィリア:
「でも私、ジンさんのこと信じてるよ?」
シュウト:
「それは勿論、僕だって信じてますけど」
レイシン:
「はっはっは。やってみれば分かると思うよ、たぶん」
石丸:
「それはどういう意味っスか?」
ジン:
「決まってんだろ。お前等はまだ俺のことを、そんなに信じてないってこった。お前等が考えているより、本気の俺はちょっとばかし強いんだ」
正直、訳が分からないのはいつものことだ。焦りがないとは言わないが、この中では自分はマシな方だろう。ドラゴンと戦った経験もそれなりにある。ゲームと現実では色々と違うとは思うが、それは想定済みだ。問題は、初心者のユフィリアや、ハイエンドの経験が乏しいニキータの方だろう。
ゾーン外に出て、ドラゴンを探しながら付近のフィールドゾーンを散策する。〈妖精の輪〉周辺は安全地帯だったが、もう、いつどんなモンスターが出てもおかしくない状況である。
ドラゴンの出てくるのはパーティ向けのゾーンよりもランクが上の、いわゆるレイドゾーンである。ジンはそれを探しながら、シュウトに話を聞かせていた。
ジン:
「いいかシュウト。まずは美学を持つのだ」
シュウト:
「美学、ですか?」
ジン:
「そう。……いわゆる美学ってのは、人生のレフ度を高めるための工夫、と言い換える事が出来る。普段からレフ的に人生を過ごせば、ラフな思考、ラフな行動、ラフな存在からは距離をおくことができる。戦う時だけレフに振る舞えばいい、だなんて都合良くは行かないからな」
ここでレフと言っているのは、『リファイン』の略語としてのレフである。つまりレフ度とは、洗練されているかどうか、及びその度合い、といった意味になる。
シュウト:
「それは分かりますが、美学っていきなり言われてもどうすれば?」
ジン:
「美しく、華麗に、颯爽と、エレガントに。そんな感じでコダワリを持つことだろうな。まずはレフ集中『MIN』を覚えて使うところからだな」
ユフィリア:
「ミンって何?」
ジン:
「レフパワーを発揮する時の、細かいプラモデルを作ってる顔つきをするアレだよ。リファイン・コンセントレーション。最精密制御意識。『MIN』はマインド・フルネスの略語、だったかな。漢字で書けば、『身+心』で『身心』(一文字、造語)って感じだ」
――集中とは、辞書的には『意識を一ヶ所に向けること』を意味する。この語では意味が広すぎるため、ラフな集中から、レフな集中まで、全てを包含する概念になってしまう。例えば、全身を制御する場合の集中とは何を意味するのか。また、敵と対面している時の集中とはどうすることなのか?といった風に、用語的に見て『全体性』と相容れることがないため、有効な指針を含んでいない。
全身制御であれば、力を入れる・抜くを同時に制御しなければならない。それは『一点への集中』とは言えない。ラフな集中の場合、部分制御を投げ捨てて、一点集中によって全身に力を込めようとしてしまう。もう少しマシなレベルでも、筋出力にだけ意識を集中し、筋肉に力を『入れなかった部分』が勝手に脱力していたことにしてしまうのである。そうして積極的に脱力を行わないことで、脱力そのものにレベル差が生じれば、結果も自ずと変わってしまう。
また敵と相対する時は、相手の武器などの『危険な部分』に対して意識を集中しようしてしまう。これは『目付け』の問題でもあり、戦っている相手のどこを見ればいいのか?という問題と関わってくる。相手の全体を見る事(これを『観の目』という)が正解だが、それでは『集中していること』にはならない。
普段からラフ集中に慣れていれば、集中しなければ気が済まない精神状態になってくる。特に生死が掛かっている状況では、全力で一点への集中を欲してしまうのである。相手の武器をしっかりと見ないのでは、それが怠けているように感じられ、真剣に生き残ろうとする意志が弱いのではないか?などと思ってしまう。ラフ度が高い場合、力を入れれば頑張っていることになり、脱力しているのはいい加減であると感じてしまう。
それではあらゆる状況への対処は不可能である。フェイントには容易く引っかかり、ガチガチに固まった体は思ったようには動いてくれない。そうなれば、相手の実力が自分を下回っていて、人数が増えないことを祈るしかない。
ジン:
「ゲーマーの能力は、ことゲームにおいては天井知らずだからな。トップクラスにもなりゃ、高速反射や『観の目』ぐらいは当然、運用してるだろう」
シュウト:
「神懸かりな状態になる人ってたまにいますよね」
ジン:
「ああ、ゾーンはまた別の話題だがな。……とりあえずは質の高い集中状態を意識的に運用できるようにすることだ。そのためにも普段から美学を、」
ちらりと遠くの方を見やるジン。
ジン:
「おいでなすったか。ええい、取り急ぎドラゴンと戦うための『魔法の呪文』を教えといてやろう」
シュウト:
「魔法、ですか?」
剣を引き抜き、両手をあげる。
ジン:
「いくぞ!」
シュウト:
「は、はい」
ジン:
「うんにゃ~ら♪ ぐんにゃ~ら♪ ば~らバら~♪ ウーハッハァー!」
ふにゃふにゃと体を左右にゆすりながら、ジンは奇妙な踊りを踊った!
(しーん)
シュウト:
「その呪文、僕には高度過ぎてまだ使えないみたいです」
どうやらMPは吸い取られずに済んだらしい。むしろ凍てつく波動でBuffがかき消される効果があるのかもしれない。
一体、何の意味があるのか、さっぱりと分からない。美学を持つように求めたかと思えば、美学の欠片も感じられない呪文(踊り?)を教えたりする。説明を要求したかったが、バッサバッサと巨大生物の羽ばたきらしき音が近づいてくるので、後回しにするしかなさそうだった。
ユフィリア:
「うわっ、デッカイの来ちゃった!」
赤黒い鱗に、長い尻尾。重い炸裂音と共に地表に落下。金色の瞳がこちらを獲物として見据えている。そのまま間をおかずに『咆哮』を繰り出して来た。圧倒的な爆音が轟き、体の細胞がビリビリと痺れる。
……強い。生命体として段違いの力の差を感じる。
実力差を理解していても、体が固まる。最強のモンスターを前に、一瞬どうしていいのか分からなくなる。ドラゴンのシャウトで軽いパニックになっていたのだが、そのことに気が付いていなかった。何しろ敵のレベルやランクを調べようとも思っていなかったほどだ。
次の瞬間に目にしたのは、十数メートル先をジンが1人で突っ込んでいく姿だった。まるで爆風に吹き飛ばされたかの勢いで、ドラゴンに向かってぶっ飛んで行く。無謀に思えるその単独行は、他の誰より、ドラゴンよりもふたつ程タイミングが早かった。
青い輝きが剣に点り、その輝きが尾を曳いて、消えた。ドラゴンの目前に来てジンは更に加速。振り抜かれる爪をすり抜けて胴体に一撃を加え、そのまま切り抜けていった。
ドラゴンの首が曲がり、ジンを逃さないように向きを変える。自分達の存在などとうに忘れられ、ジンとドラゴンの両者だけで戦っていた。次々とブーストされた〈竜破斬〉が決まり、ドラゴンの命を削っていく。
絶対に近づいてはいけないような状況にも、ジンは難なく接近し、次々と攻撃やカウンターを入れて行った。巨体を誇るドラゴンと同等の速度で動けるからこそ、こういう真似ができるのだろう。
ドラゴンにとって10メートルの価値は、人間にとっての2メートルかそこらにしかならないはずなのだ。巨体とは思えない素早い動き、そのエネルギー量は、最初から人間とは比べものにならない。
以前から全力で戦うジンの姿をじっくり観察したいと思っていたが、実際に見てみるとほとんど参考にならなかった。攻撃力や防御力、回避力、反射速度まで全て段違いなのだ。最大速度はともかく、瞬間的な加速でも敵わないのは変則組み手の時に証明済みだ。
これが出来るのなら、人間と戦うのは退屈だろうと思ってしまう。ドラゴンと比べてしまえば、人は遅いし、力も弱い、何よりも脆いのだ。しかし、これは矛盾している話だった。なぜならジンもまた人間なのだから。
呆然としている間に、ドラゴンのHPを3割強も削っている。空中で3次元の機動を織り交ぜて戦っているドラゴンだったが、接触する度にカウンターでダメージを入れられていた。一方的に有効打を浴びせられて怒っているように見えた。
レイシン:
「じゃあ先にいくけど、無理しないようにね?」
それだけ言うと、戦線に加わるべく走ってゆくレイシンがいた。
これが切っ掛けになった。女子2人はまだ恐怖に震えている。巨大なレイド級モンスターとここまでの少人数で戦う経験は流石にないのだろう。
シュウト:
(僕だって、理解している分だけ怖いんだし、仕方ない)
弓を使い、接近しないで援護していくことなら可能だ。ベヒモス戦の時はアクアによる超威力の永続式援護歌があったが、今回はそれも無しである。
ここに至ってハッキリと理解できた。レイド級のモンスターと戦うのは、ジン1人にもの凄く負担を掛けるものだなどと勘違いしていた。本当は逆だ。ジンだけが平気なのであって、ジン以外は弱いまま、強い敵と対峙しなければならない。そういう目に遭うことである、と。
ユフィリア:
「ぐんにゃ~ら はんにゃ~ら ばーらばら~ ウーハッハァー☆」
唐突に、ユフィリアまでもが不思議な踊りを踊り出していた。破れかぶれな感じだったが、こんな変なことを言っててすら、それなりに可愛く聞こえるのは見事だと思う。
ユフィリア:
「……まだ怖いままだけど、体は動きそう」
しかも戦う気でいるらしい。やはり根性だけは普通の女性とは一線を画しているようだ。
ニキータ:
「うんニャ~♪ ぐんニャ~♪ バ~ラバ~ラッ♪ ウーハッハァ~ン♪」
ニキータも続く。猫っぽくニャ~と鳴くポーズを取ったり、最後のハッハーのところはセクシーな感じに変更したりと、かなり大胆なアレンジをしていた。
シュウト:
「随分と、余裕あるね」
ニキータ:
「フッ、ユフィにだけ戦わせたりしないし、ユフィにだけ恥ずかしい思いだってさせない」
他人のためにそこまでするのか、と少し感動してしまった。自分にはあまり無い感覚でもある。
どうやら、この不思議な踊りは強制的なリラックス効果を狙っているものらしく、2人とも怖いけれど体は動く状態になった様子である。
ユフィリア:
「行こ!」
ニキータと2人で弓による援護を行い、ユフィリアと石丸は隙を狙って呪文による援護だ。動き始めると戦い方を思い出してくるもので、ニキータは永続式援護歌に『移動速度強化』と『回避強化』を選択した。
ドラゴンのヘイトを一身に集めるジンは、何も喋らない。無駄口すら叩かないで黙々と戦っていた。レイシンすら足手まといにして、仲間を攻撃から守っていく。
動き回るドラゴンを相手に戦うのは、ゲームで経験したものとは大きく違う経験だった。何度も踏みつぶされそうになり、安全な距離を保つことだけでも一苦労だった。
初めてにしてはそれなりに頑張ったと思ったが、ジンが守りに回るとダメージ不足になり、仲間のミスをフォローしているタイミングであっさりと逃げられてしまった。残り体力4割というところまで追いつめていたが、正直に言えば、逃げてくれてホッとしていた。
同時にユフィリアがヘタってその場にしゃがみ込んでいた。
ユフィリア:
「凄かった~。めっちゃ怖かった~」
分厚くて重たいものがブンブンと動き回るのだ。ああいう質量の怖さは実際に経験しなければ分からない。ドラゴンの何気ない行動の一つ一つが大迫力なのだ。例えると、巨人が普通乗用車か何かを振り回している感覚に近いのではないだろうか。圧殺されるというのは根元的な恐怖の一つなのだろう。HPが残っていれば無事だと分かっていても、恐怖に身が、足が竦んだ。
ジン:
「だから言ったろ、俺を信じろって。ちゃ~んとみんな無事だったろ?」
ユフィリア:
「そうだけど~、だって怖いんだもん。もう無理だと思った」
興奮冷めやらぬ、という様子で喋り続けるユフィリアだった。喋ることでストレスを吐き出してしまうのだろう。ニキータと抱きしめあって、生きている喜びを再確認していた。
ジン:
「安心しろ。何があったってユフィだけは俺が守ってやる」
それはそうだろう。回復職の生存は最優先事項だ。ヒーラーさえ生きていれば全滅することはなくなるのだから。
ユフィリア:
「もぉ~、今そんなこと言われたら、好きになっちゃうかもだよ?」
ジン:
「なんだ、まだホレて無かったのか? 遠慮するな、どんどん好きになっていいぞ。許可してやる」
ユフィリア:
「ちょー偉そう!」
ジン:
「そう、偉いのだよ。 今、『ジンさん好き好き大好きファンクラブ』に加入すると、洗剤の他に、遊園地のチケットが特典として付いてくるぞ? しかもなんと、特別会員様限定、年会費は完全に無料にしてやろう」
ユフィリア:
「じゃあ、一ヶ月だけ試してみようかなぁ?……もうちょっとオマケつかないの?」
ジン:
「しかたない、お米券もサービスさせていただきます」
ユフィリア:
「やったね!」
シュウト:
「それ、新聞の勧誘とごっちゃになってるじゃないですか……」
誰かがツッコミを入れないと終わらないらしいので、仕方なくツッコミを入れていた。もはや義務か仕事みたいなものだ。
しばらく休憩タイムということで、主に精神的なものの回復待ちをしていた。反省点やダメ出しの類いをジンが指摘しなかったので、雑談に流れてしまっていた。
考え事をしていたニキータが言葉を切り出す。
ニキータ:
「あのドラゴンの恐怖ってどうにかならないものでしょうか?」
ユフィリア:
「うん、すっごく怖かった」
ジン:
「慣れるしかないだろ」
シュウト:
「何か〈特技〉でもあればいいんですけどね」
怖いかどうかは、プレイヤーの心理的な問題である。そこまでフォローする特技や呪文は存在していない。まさかゲーム中のモニターを見ているプレイヤーに作用する呪文などあるハズもない。
考えられるとすると、何かの副作用のようなものだろう。睡眠の魔法を受ければ、体と一緒に心も眠ってしまうのだから、似たような働きをする呪文があれば、怖くなくなるかもしれない。
ユフィリア:
「……さつきちゃん達が使ってた、だん、だだん!ってやつは?」
ニキータ:
「えっと〈ウォー・クライ〉のこと?」
ユフィリア:
「そう、それ!」
ジン:
「ああ、効果が弱いから使ってなかったな」
シュウト:
「ジンさんって、選択的にブーストできるんですよね? 〈ウォー・クライ〉もブースト出来るんじゃ」
ジン:
「やればできるだろう。でも、俺のブースト特技ってあんまり信用できないっていうか」
ユフィリア:
「じゃあ、次の時に試してみようよ」
ジン:
「だから~、あー、まぁ、いっか」
高地らしく爽やかな風が気持ちよい。ドラゴンを探して約20分。あてもなくウロウロと歩き回り、次の一体を発見していた。
シュウト:
「じゃあ、お願いします」
ジン:
「へいへい。やるぞ」
ユフィリア:
「うん!」
ミナミでミニマップを増幅させた時と同じように、気の爆流から高密度化を順序のように辿ってゆくジン。どういう仕組みなのか、〈竜破斬〉以外はブーストするのにそれなりに時間が掛かってしまうらしい。
ジン:
「〈ウォー・クライ〉ッ!!」
〈ウォー・クライ〉の効果が自分の体に及んだのを感じていた。段々と地面の奥底から力が溢れて漲り、荒々しい衝動が……
ジン:
「まぁまぁか? そこそこ効果が出たっぽいな、これ?…………あれ、どうした?」
ユフィリア:
「……ドラゴンなんか、簡単に勝てそう」
ニキータ:
「……ええ、問題にもならないわね」
ジン:
「なんだ? なんだかやけに強気だな」
シュウト:
「……今なら、弓なんて使わなくても」
石丸:
「……呪文も必要ないっス」
ジン:
「ちょっ、ちょっと待て。なんなんだ? 狂戦士化してんのか? レイ、こいつら止めるの手伝ってくれ!」
レイシン:
「……武器だって要らないよね。この身一つあれば」
ジン:
「お前も!? つか、狂戦士化じゃねぇし。 むしろもっとシンプルな凶暴性…………蛮族か?」
素手でドラゴンに向かって走り始めたユフィリア達。仕方なく、ジンは奥の手を使う。
ジン:
「でぇい、ちょっと待ていっ!うおおおおっ!!ブースト〈アンカーハウル〉!!!」
シュウト:
「!?……ぎゃー!!」
〈アンカーハウル・クエイク〉(命名者:シュウト)。
挑発特技である〈アンカーハウル〉を強引に強化・増幅した結果、あまり望んでいない効果が出てしまったという精神攻撃技である。ジンを中心とした半径50m(?・未測定)の範囲を全て巻き込み、精神や意識を直接的にグラグラと不安定にさせる。タウンティングによるの精神攻撃的な側面が強調されたものらしく、立っていられなくなるので全員がしゃがむか、寝そべることになる。
使用者のジンが地面を強く踏んでいる間は効果が持続し、敵味方関係なく影響を及ぼしてしまう。実験回数が少ないためドラゴンなどレイド級モンスターに効果があるかどうかなど詳細は不明。
精神に対する直接的な作用なので、範囲内にいる人物には抵抗が出来ない。これは抵抗できる次元とは無関係に作用するためでもある。立っていると思い切り倒れてしまいそうなので、どうしても地面に手を付くことになる。そのまましゃがんだり、横になって寝てしまったりしていても、この精神的な揺れがおさまることはない。いくら体が安定しても、心に直接作用しているために関係がないのだ。ジンが足を離して技を停止するまで、その不安定な精神状態が持続する。〈特技〉の使用、その他の行動が全て不能になるため、地面と仲良くする以外にない極悪の技だった。範囲内はジンも含めて誰も動きが取れなくなるのが難点でもある。
そのまま30秒ちかくジンは足を離さなかった。
ジン:
「ちょっとは落ち着いたか?」
シュウト:
「今のは、いったい何の拷問なんですか?」(くらくら)
ジン:
「ユフィリア、〈ウォー・クライ〉の効果をすぐに解除しろ!」
ユフィリア:
「りょうか~い」(へろへろ)
やっと落ち着きを取り戻した時には、すでにドラゴンは居なくなっていた。ゴタゴタしている間に、よくも狙われなかったものだと思う。
シュウトがジンを問いつめにかかる。
シュウト:
「どうしてあんな、変な技になっちゃうんですか?! 選択的にブーストできるんだったら、〈ウォー・クライ〉は能力強化だけ、〈アンカーハウル〉ならヘイトだけを増やせばいいじゃないですか!」
ジン:
「いや、元から存在している〈特技〉な訳で、こう、気とか?で無理矢理パワーアップさせると、どうなるのか良く分かんないんだよね(苦笑)」
ニキータ:
「もう少し、増幅の効果を弱めればいいのでは?」
ジン:
「それも試したけど、弱くやると増幅自体に失敗するから。……数千回だか練習を繰り返せば、狙った効果だけ増幅させられるかもだけど、〈竜破斬〉の時間短縮でそれやったら、もう他の事までは出来なかったんだよ。最初12秒毎だったのがだんだん6秒にまで下がって、そこから一気に2秒半ペースになったんだけど、いやぁ、アレは凄かった」
シュウト:
「その辺りの裏話はともかく、ブーストさせられるものでマトモな特技はあるんですか?」
ジン:
「……だからまぁ、〈竜破斬〉だけでも反則なぐらい強いわけだし、レベルブーストもできるし。うん、ボクちん大満足」
ニキータ:
「無いんですね、マトモなブースト特技……」
ジン:
「いやいや、使い所が難しいだけっていうか? ホラ、ブーストに時間が掛かるから実戦で使いにくいワケじゃん? だから別にいいかなー、なんて…………アレ、…………なんか、視線が冷たくね?」
周囲の冷たい視線に気付いて笑って誤魔化そうとしていた。どうも無敵の強さを体現した完成品かと思いきや、恐ろしいまでに未完成だったらしい。凄いような、凄くないような訳の分からない気持ちにさせられる。
その後も引き続き、ドラゴンを探しては戦うを繰り返していった。ブースト無しの〈ウォー・クライ〉を使っただけでも、恐怖にはそれなりに効果があるらしいことが分かった。
しかし、最初から全員が参加して戦っていると、ジンが単体で戦うよりも簡単に逃げられてしまう。戦っている時間も延び、誰も死なない代わりにダメージも稼げない。
それでもノンビリしたもので、ジンは別に何も言おうとしなかった。反省を促す小言や、改善のための指摘もない代わりに、褒めることもしない。ちょっと慰める台詞を言ってお終いだった。
仕方なくお昼にするべく、安全地帯である〈妖精の輪〉のあるゾーンに戻ることになった。
――この時、自分達の身に起きつつある『ちょっとした変化』にシュウト達の誰もが気付いてはいなかった。