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59  船、天を翔ける

 

 ジンは去り、ユミカとは一緒に買い物することになってしまった。今のところ、完全に後手に回っていた。

 ユフィリアが「自分の防具を見に行きたい」と言うので、最初は防具を扱っている店に。


ユフィリア:

「ねぇ、コレ可愛いと思わない?」


 ユフィが指さしていたのは、金属プレートをたっぷりの布地で覆った女性の〈施療神官〉専用防具だった。白い魔法の布地に、ピンクに近い薄紅色のラインが入った華やかなもので、装備レベルは82。ユフィリアではまだ2つほどレベルが足りていない。


ニキータ:

「可愛いけど、まだ装備できないわね」

ユフィリア:

「無くなっちゃわないかな? 予約とかできたらいいんだけど」

ニキータ:

「どうかしら。今から買っておくとか?」

ユフィリア:

「ちょっとお金が足りないかな~」


 頭の方は考え事で忙しかったが、それでも、おざなりにならないように気をつけて返事をしておく。


 現時点で目的は二つある。

 ひとつめ、シュウトの服を購入すること。

 ふたつめ、ユミカを傷つけないようにすること。


 この2項がなぜ対立(コンフリクト)するかを考えるのだ。しかし、何点かの不確定要素のために論理的な答えが見つからない。


 シュウトとユミカが離れたタイミングで、ユフィリアが本題を振ってきた。


ユフィリア:

「ね、それでどうするの?」

ニキータ:

「一日無駄になっちゃうけど、やっぱり今日は何もしないのがいいかもしれない」


 最良ではないかもしれないが、最悪にもならない。


ユフィリア:

「……いっそ、全部ユミに選んでもらったらどう? それならジンさんにもバレないと思うし」

ニキータ:

「それも考えたけど、シュウトへの悪口が凄くなったら、服を選んだユミカも責任を感じることになるでしょう? それにジンさんは誤魔化せても、葵さんがね……」

ユフィリア:

「そうだ、葵さんもいるんだった」


 自分とユフィリア、ユミカの3人がそれぞれ選んだ服をマッチさせるのは難しい。ならば、ユミカにすべて選んで貰うという手段も考えられる。これならば統一性は確保できるだろう。


 仮にユミカの選んだ服が『一定の水準』を越えていなかったとしても、ジンには誰が選んだ服かなど見た目で判断できないだろうし、水準を越えているかどうか見抜けるかどうかも疑わしい。そこで、ニキータとユフィリアが「コレでいい」「大丈夫」と言っておけば、誤魔化せる可能性は高いと考えられる。


 でもそれはジンが相手だからであって、ギルドに戻れば葵には気付かれてしまうだろう。その結果、クラスティに迷惑が掛からなかったにしても、シュウトの服選びは失敗し、ギルドのお金を無駄遣いにしてしまうことになる。


 しかも、シュウトがやっかみから悪口を言われるようになり、洋服のセンスにまで言及されたら、ユミカが責任を感じることになりかねない。ユミカを傷つけたくないのに、今から責任を負わせることになってしまう。

 シュウトは立場的にユミカの選んだ服を『大事に仕舞っておいて着ない』という訳にはいかないから、ユミカが服を選んだ時点で詰みだ。


 逆に言えば、ユミカの選んだ服が水準を超えていれば、それですべて丸く収まるのだが、試しに期待してみるという訳にもいかない。


 まずユミカは目的を知らない。シュウトを周囲にアピールすることと同時に、罵詈雑言から護りたい。その目的を知ったらチョイスにどんな変化が現れるかも分からない。無難な選択をするかもしれないし、過剰なアピールに走るかもしれない。無難であれば悪口は避けられてもアピールとしては失敗するし、ギルドのお金を使っただけ無駄になる。過剰にアピールすれば奇抜な格好になって、シュウトは笑いものになるかもしれない。それではさすがに可哀想だ。


 目的を伝えなければ、自分が着てほしいと思う服や、シュウトに似合いそうな服を単純に選ぶことになるだろう。目的と結果にズレがあるかないかを運任せにするのでは、当然、分の悪い賭けにしかならない。


 また目的などのすべてを打ち明けられるか?といえば、それも難しい。いっそ〈カトレヤ〉に勧誘した方が幾分かマシというものだ。そもそも、どうやってシュウトをレベル91にするかなどは、ジンの特別な強さや、アクアの特殊な装備品といったオーパーツについて言及しなければならない。


 この問題の根本的な原因は、『ユミカがシュウトの服を自分で選ばなければ、傷付く(もしくはユフィリアとの友情に傷が付く)』という不確定な予想に基づいている。……もしかしたら彼女は傷つかないかもしれないではないか。

 例えば、シュウトが自分でどんな服を着るかを選んだら、彼女がとやかく言う理由はないだろう。このことからも、絶対にユミカが服装を選ぶ必要がある、という程ではない。


 もしかしたら、ユミカに話を通してしまえば済んでしまうぐらいの単純な話かもしれないのだ。通常であれば、『他人の彼氏には不干渉』といった不文律があるわけで、それが通用しにくい状況にあるのが問題だ。


 ギルドで行うことは、現実世界の企業での『仕事』に似ている。似てはいるが、ギルドはゲームの影響が濃く、遊びの延長線にあるものに感じられてしまい易い。仕事だって、感情的に割り切れるかどうかには個人差があるぐらいだから、ギルド活動に対してそこまでの強制力があるかどうかは見解が分かれてしまうだろう。



 事情をハッキリとユミカに話してしまいたい気分が強くなっていたが、ニキータとしては、ユフィリアの選択を尊重したかった。


 問題は他にもある。シュウトを蚊帳の外にしていることで、『善意の邪魔者』と化してしまっていることだ。このままだと、「ユミカにも服を選んで欲しい」などと言い出すのは目に見えていた。



 結論的には、善意でユミカのためを考えているつもりの自分達は単に状況を複雑にしていて、ジンのざっくりとした判断の方が正解なのだ。……ユフィリアが前に言ったセリフを思い出す。「だいたいジンさんの方が正しい」。……反論する気にもならない。


ニキータ:

(ジンさんの性格が悪いから、仕方なくユミカには遠慮して貰うしかない。……だなんて、まるっきり子供扱いされてるわね)


 『自分を言い訳に使え』と遠回しに言っているのだろう。彼方まで見透かしているかのようでカチンとこない訳ではないのだが、しかし、そんな『過保護な親代わり』に対してそのまま反抗期をやっていたら、それこそ子供となにも代わりがない。全体的な事情を呑み込んで、自分の最善と思う方向を選択しなければならないのだし、そうあるべきだ。


 それで親の意見が正しいと思うのなら、それを自分の責任で選ぶべきなのだ。服従して見えるかもしれないが、それは決して服従などではなく、自らが選んだ『名誉ある賛同』と呼ぶべきものになる。盲目的に反抗して逆を選ぶだけなら、精神的に支配されているのと変わりがない。


 ……とはいえ、素直に従うのはやはり面白くない。ジンの上を行く『もっと上手い手はないものだろうか?』と考えていた。ユフィリアならば、あるいはすべてをひっくり返す様なことを計算せずにやってしまうのかもしれない。しかし、目の前にいる彼女は何も考えてなさそうに見える。 ……たぶん、特に何かを考えているわけではないのだろう。


ニキータ:

「とりあえず、シュウトを巻き込みましょう」

ユフィリア:

「そうだね」


 ちらりとシュウト達のいる方向をみる。目算で距離や反響を計算し、ほんの僅かに声を強めにコントロールする。


ニキータ:

「このままだとジンさんがクラスティに迷惑を掛けることになるから、それだけは防がないと」


 アクアから習ったばかりの音波制御はまだまだ不完全だが、シュウトの耳の良さを考えれば、ある程度音量を絞ったままでも良いはずだった。


 想定通りに反応を示したシュウトが訝しげな視線を送ってくるので、にこやかな笑顔で手を振っておいた。嫌そうな顔付きのまま、ハンドサインで交代の指示を送ってくる。ユミカに会話を聞かれないようにするため、ユフィリアとポジション・チェンジ。


 歩いて行ったユフィリアは、あっさりと割り込みをかけ、ユミカとの会話を奪ってしまった。その後で配慮を効かせてゆっくりと歩いてくるシュウトを待った。ここで急ぐと不自然になるからだ。


ニキータ:

「どう、楽しんでる?」


 とぼけたセリフを言ってみる。もちろん、わざとだ。


シュウト:

「さっきまではね。どうなってるのか説明してほしいんだけど」

ニキータ:

「んー、ちょっと複雑、かな?」


 順を追って説明していく。シュウトをレベル91にする計画だと言ったら、びっくりしつつも喜んでいた。が、喜んでいたのも一瞬で、すぐに平静さを取り戻していた。ドラゴン素材の販売のことなどを伝えると、大体の状況を把握したらしく、すっきりした顔になった。


シュウト:

「確かにドラゴン素材を売り買いするなら、有名な戦士がいた方がいい」

ニキータ:

「シュウトがその役を押しつけられるのは嫌じゃないの? 有名になると敵が増えるけど」

シュウト:

「別に構わない。強くなれるなら、そのぐらいなんでもないよ」


 この時のシュウトが、自由意志を無視されたことではなく、格好つけなくてはいけないことに憂鬱になっていた、などとニキータには知る由もない。


シュウト:

「それで、クラスティさんがどう関係してくるの?」

ニキータ:

「買い物にユミカを混ぜちゃダメだって言われてね。私たちとユミカの関係を考えて、先回りしてNGにしたみたい。余計なことをするとあの人に謝罪させたり、戦って大恥かかせるって言い出したってワケ」

シュウト:

「メチャクチャだなぁ。…………わからないんだけど、別に仲良く選んだりすればいいんじゃないの?」


 この辺りから先に想像が及ばない辺りに差があるのだが、説明するのでは微妙な機微の話になってしまう。


 例えば、ユフィリアがユミカの選んだ服を認める発言をして、ニキータがそれをダメだと思ったらどうなるか。ユミカはシュウトの恋人的な立場であり、一方のニキータはギルドのお金を管理する立場にある。常にユフィリアを擁護したいニキータは、ユミカの選んだものを黙って受け入れた方が楽なのだ。ユフィリアがユミカとニキータのどちらを選ぶのか?という問題にすり替わったとしたら、そのストレスはどのくらいになるだろう。


 しかし、そんなことを口に出してしまえば、認めてしまうようなものである。……結局、この件でジンに守られているのはニキータなのだ。


ニキータ:

(ちょっと鈍くても、その方がいいのかもしれないけどね)


 心のかたちまで守ってくれようとしているジンはありがたい事はありがたいのだが、見透かされている様な気がして落ち着かない。目の前で良く分からないという顔をしているシュウトに安心している自分がいる。


石丸:

「戦闘でも責任者はひとりが鉄則っス。洋服を選ぶのも同じじゃないっスか? 洋服を選ぶのには論理的な正解はなく、趣味の問題になりがちっスから」


 近づいて来た石丸が言葉を挟んで来る。シュウトには分かりやすい答えだろう。


シュウト:

「そうか。言われてみれば、なんとなく分かります」

石丸:

「……ところで、ユフィさんたちが隣の店に移動してしまったっス」

ニキータ:

「こっちも行きましょ。はぐれないようにしなきゃ」



 買い物の量をなるべく制限しようと思い、最低限必要なものを考えてみると、今から夏物は買わなくてもいいだろうという結論になった。シュウトがアキバに来る時は戦闘装束のままだ。これはシブヤからアキバへと引っ越すまで状況は変わらないだろう。どんなに早くても、夏の間に引っ越しするところまでは行かないはずだ。

 

 そうなると、装備品やその周辺の道具などを中心に見て回り、Tシャツか何かを多少購入する程度に落ち着くのかもしれないと考えていた。……この時までは。


 会話しながら何軒か見て回り、屋台をつついて小腹を満たしたしていると、近くの建物にユミカが入って行った。


ユミカ:

「シュウトさん、これなんてどうですか?」


 柔らかそうな素材のパーカーを持って、シュウトに意見を求める。どうやら始まってしまったらしい。


シュウト:

「いいんじゃないかな、似合うと思うよ」


 男物と気付かずボケをかますシュウトに、ユミカがころころと笑った。


ユミカ:

「えっと、下は……」

亜矢:

「ちょっと、まさかスウェットのパンツを合わせるつもりじゃないでしょうね? 寝起きの弟が『パジャマでちょっとコンビニまで』って感じよ」

シュウト:

「えっ?」

ユミカ:

「あれっ? 亜矢さん、こんにちは」


 予想外の乱入者は、〈第8商店街〉の亜矢であった。ユミカとはあまり仲が良くないと思っていたのだが、むしろ彼女は嬉しそうな笑顔をしていた。

 今日の亜矢は、赤系の花柄ワンピースをメインに、丈の短い黒のカーディガンとリボン付きの黒い帽子を合わせている。私用の最中といった態である。


亜矢:

「シュウトに着せるなら、こういう感じの黒いシャツとかでしょ」


 ありがたいことに、ユミカ相手では言いにくいことでも、亜矢が参加するとなれば別だ。


ニキータ:

「素肌にこういう薄手のサマーセーターとか?」

亜矢:

「そう!」


 細身の引き締まった体に、サマーセーターなどをシンプルに。この時のポイントは、やはり胸元が見えていることだ。ちょっとした部分に男の色香を漂わせたい。普通なら着こなすことができずにかなりみっともないことになるのだが、シュウトは例外的に似合うハズだった。


シュウト:

「……なんだかチクチクしそうなんだけど」


 サマーセーターを触りながら、常識的なものいいをするシュウトのズレた部分はなごみ系と言えなくもない。しかし案の定、亜矢は噛みついていった。


亜矢:

「そこをそう感じさせないように着こなすのよ」

シュウト:

「そ、そうなんですか……」


 シュウトは自分で考えているよりも顔を知られているのだが、亜矢のことは知らないらしく、普段よりも丁寧な感じで対応している。

 「いわく、お洒落とは我慢である!」などのアリガチなお説教にも素直に頷き、傾聴するシュウトだった。


うらら:

「なになに? めずらしー組み合わせじゃん。あっ、シュウトくんもいるっ!」

花乃音:

「ホントだぁ~」

ルカ:

「シュウトって誰ですか?」

トモコ:

「あの男の子だよ。カッコイイんだよね」

ユフィリア:

「あれ~、みんなどうしたの?」


 そこに現れたのは、マダムのところで一緒になる女子会の主要メンバーばかりだった。つまり、亜矢もこのグループと一緒だったらしい。トモコ、亜矢、うらら、花乃音、ルカ、そしてケイトリンで6人だ。


 ケイトリンの視線を目の端に感じて、身震いしそうになる。こちらの視界の外に立ち、舐めるような眼差しでみつめてくる。最初は意識しすぎだと思ったのだが、やはり間違いない。どうにも苦手な相手だった。


ケイトリン:

「ひさしぶり、シュウト」

シュウト:

「どうも、お久しぶりです、ケイトさん」

ケイトリン:

「君、上手くやったよね」

シュウト:

「えと、……何がですか?」


 ケイトリンは〈シルバーソード〉に所属しているため、シュウトとも顔見知りなのだろう。ラメの入ったグレーのキャミソールに黒のパンツ姿の彼女は、少しばかり色っぽいスタイルだ。その肌の露出加減にシュウトが圧倒されて見えた。


 彼女は胸を強調するのに躊躇がない。男性が見る場所を自分から指定して、胸を見ている相手を観察して、心理的に優位に立つのだ。その感覚はニキータにも理解することはできるが、あまり好ましいとは思えない。


 反対に、大きめの胸を見られるのを気にするニキータやユミカは、重ね着してしまうことが多い。例えば、今日のユミカは7分袖のボーダーTシャツの上に、ロールアップしたチャコールグレイのチュニックを重ね着している。

 ニキータも私服ではブルゾンやジャケットを使うことが多い。家ではタートルニットを好んで着ていても、体のラインにフィットしすぎるため、胸の形を強調してしまうことから、外では着られない。ブラウスを使う場合などは、薄いキャミソールをインナーにするなどして、フィットし過ぎないようにしている。少し太ってみえるが、ドルマンスリーブのようなゆったりしたトップスをつい使ってしまいがちだ。



花乃音:

「石丸くんもいるんだ」

石丸:

「どうもっス」

花乃音:

「あたし欲しいのがあるんだけど、また、いいかな?」

石丸:

「少しなら大丈夫っス」


 〈ロデリック商会〉の花乃音は、どちらかと言えば、洋服は作る側の立場だ。さまざまな服が入手しやすい立場のせいか、少し珍しい格好をしたがる癖のある子だった。ちなみに今日の彼女は、オフホワイトにブルーの模様が入ったエスニックな印象のカフタンチュニックである。下はバギーパンツにしていて、Aラインのシルエットに纏めていた。

 彼女も石丸と一緒に買い物をして、大幅に値引きしてもらって味をしめた1人だ。


トモカ:

「そっか、シュウトくんの買い物してるんだ? たいへんだねぇ」

ニキータ:

「わかる?」

ルカ:

「…………」


 〈海洋機構〉のトモコは、このところ好んで〈グランデール〉のルカを連れ回していると耳にしていた。


 ルカは目に強い意思の光を持つ子だ。キチっとしたレトロワンピースの着こなしからは『自分を分かっている』というメッセージを感じる。対照的にトモコは、優しげな印象だがオバサンっぽくなってしまい易いスモックブラウスを上手く使って、可愛く纏めている。


亜矢:

「夏だからって、Tシャツだけじゃダメ。困ったときはやっぱりストールでしょう」

シュウト:

「こんなの首にかけたら、暑いだけの気が……」

亜矢:

「ごちゃごちゃ言わない。すぐ秋になるわよ。さ、使ってみて」


 ゆるく巻けばいいのだが、さっそくネジろうとするシュウト。


ニキータ:

「売り物だから、ネジっちゃダメよ」

亜矢:

「●尾彬かっての!」

ルカ:

「単に、教え方が下手なんじゃ……」


 ルカの呟きが耳に届いたらしく、亜矢が攻撃モードに移行する。


亜矢:

「はぁ、何? 文句あるわけ?」

ルカ:

「別に……」

亜矢:

「アンタの方が上手くやれるって訳? それなら見せて頂戴。それとも自信がないの? なら黙ってなさいよ」


 気の強いもの同士、いつかはぶつかるだろうと思っていたが、まさかここで始まるとは思わなかった。挑発を受けたルカが前に出る。


ルカ:

「彼の場合、少しモードのニュアンスを入れたいですね。……たぶん似合いますよ?」

シュウト:

「そういうの、よくわからないんだけど」

ルカ:

「大丈夫。見立てできる人がここには何人もいますから」


 そういうと、ルカは軽く口元に微笑みを浮かべる。亜矢とも違うその強引さは、より内面的というべきか。自分の自信で相手を引っ張ってしまうものだ。


うらら:

「なになに? シュウトくんの洋服を選ぶの?」

花乃音:

「そういうのはアタシらも混ぜなってば!」


 〈黒剣騎士団〉のうららは、襟刳りの深いボーダーTシャツにデニムというシンプルな格好を着こなしてモノにしている。


 うららは引き締まった細身で、背が高く、足も長い。シルエットが良いので、あまり服を選ばないのだ。この特性はユフィリアも同じだが、ユフィリアはガーリーなどのフェミニンなものもよく似合う。うららは自分をボーイッシュだと決めつけているところがあるので、隠しきれないフリルへの憧れをボヤくことがままあった。


 コイバナなどで『耳の早さ』がウリの彼女だが、口も相当に軽い。悪ノリして花乃音やユフィリアを巻き込んでしまうことがよくあった。


花乃音:

「はいはーい。エントリーナンバー1番。やっぱりマストなファッションアイテムと言えば、コレ!」


 メガネを掛けたユフィリアが横から登場し、ポーズを取る。


花乃音:

「そのレンズの向こうに隠しきれない知性が光るっ! なんと、本当に知性にプラスの効果もあるのが驚きの、メガネでございま~す!」


 完全にその気になったユフィリアが、次々とメガネを変えながらポーズをとる。リムレスのメガネで知的な表情になったり、赤いメガネを少し下にずらして可愛く上目使いをしたかと思えば、教育ママ的な三角メガネで気取ってみせる。誰が用意したのか、チョビヒゲと牛乳レンズの付いた鼻眼鏡のおもちゃまで付けようとしたので、さすがにそれはニキータが止めたほどだ。


 ユフィリア効果だろうか。いつの間にかギャラリーが増殖していた。周囲の店も宣伝になるとでも思ったのか、自分の店の商品を積極的に貸しはじめている。こうして次第にファッションショーと着せかえゲームの中間的な状況になっていった。もはやコントロール不能である。


うらら:

「オシャレアイテムといえば、そりゃあもう帽子でしょ。ハイ、ちょっとかぶってみて」

シュウト:

「ムレるから帽子ってあまり好きじゃないんだけど」

花乃音:

「まーまー、いいから、いいから」

トモコ:

「おー、似合うよ~」

花乃音:

「カワイイって~」

ルカ:

「そうでしょうか。自分を可愛いと勘違いした男ほど、みっともないものはないと思いますが」

シュウト:

「ご、ごめんなさい……」

ルカ:

「貴方のことではありません。……念のために言えば、ですが」



 やがて亜矢とルカの『シュウトのコーディネイト対決』が始まり、着せかえ人形扱いのシュウトは迷惑そうにしつつも、困った笑顔は崩さなかった。ギャラリーの歓声(主に女性)を浴び、照れて赤くなっている。


 いつの間にか鎧を脱いだユフィリアも、マネキン役で登場して歩いてみせたりしていた。ケイトリンやうらら、花乃音まで自分のコーディネイトを披露している。


 審査員役をやらされているニキータは、意外と悪くない展開だと思っていた。ルカと亜矢のコーディネイトの違いは参考になったし、インスピレーションがわいてくる。肝心のユミカはシュウトの着替えを手伝う係として亜矢に使われている。


 時たまユフィリアが寄ってきて、「アレだったらコッチの方がいいと思う」などと言いながらアイテムを交換して亜矢を怒らせたりした。それが実に絶妙なチョイスだったので幾つか採用するつもりだった。


ユフィリア:

「ニナも何か着てみない?」

ニキータ:

「私はいいわ。それより……」


 花乃音やうらら、ケイトリン達は、思い思いの服を着て、ギャラリーにアピールしている。それぞれ自分の所属するギルドでは一癖も二癖もある子ばかりなのだから、それも当然だろう。


 しかし、自分で輝ける子ばかりではない。内面に輝きを持っていても、それを表に出すのには別種の能力が、しばしば必要になるのだ。


 ニキータの言わんとすることを察したユフィリアは、何点かの服を取り、ユミカを連れて試着室に消えていった。花乃音が悪そうな顔をしてその後を追った。



ユフィリア:

「シュウト、こっち来て~!」

シュウト:

「どうかした?」

花乃音:

「ぱんぱかぱーん!」


 試着室のカーテンをサッと開けると、派手なビキニ水着にパレオを巻いたユミカが現れる。


ユフィリア:

「すっごく可愛いよ!ほら、何か言ってあげて」

シュウト:

「いや、こう突然だと、目のやり場に困るんだけど」

ユミカ:

「その、ごめんなさい……」(///)

シュウト:

「あ、いえ、すごく魅力的、です」

花乃音:

「ホラね、大成功!」


 ういういしい二人をみていると、まぶしい気分になってくる。


シュウト:

「えっと、そうだ。一緒に海に行けるといいね。……いや、もうクラゲが出ちゃうかも、だけど」

ユミカ:

「そうですね……」

花乃音:

「さ、ユミカもみんなにアピールしてこようか?」

ユミカ:

「これ以上は無理です。恥ずかしい」


 シャッ、とユミカは試着室のカーテンを閉めてしまい、花乃音が大笑いしていた。


 次第に男性ギャラリーから水着を期待するヤジが飛び始める。ここら辺りが引き際だと思うが、上手く終わるにもどうしようかと思っていたところで、ユフィリアがあっさりと幕を降ろしてしまった。


ユフィリア:

「……私、おなかすいちゃった」

うらら:

「そりゃそうだ。お昼過ぎてるもん」

トモコ:

「じゃあ、終わりにしましょ」

花乃音:

「そうそう。ユフィ、女子会あんだけど来る? 明後日だけど」

ユフィリア:

「予定わかんないけど、行く!」


 ユフィリアの周りにできる流れが渦を巻いてつむじ風になり、そのまま竜巻のように膨らむことがある。彼女達はその流れに逆らわずに舞い上がることが出来るのだ。そんな遊び上手ばかりだから、巧く距離を保ってユフィリアと付き合うことができるのだ。


 トモコ達とは別れて昼食に向かう。亜矢は最後までルカを敵視していたが、ルカは気にしないそぶりを貫いていた。いいコンビになりそうだった。2人のおかげもあって、どさくさに紛れにシュウトのアイテムを買い進めることができた。予想以上に良い買い物ができて満足である。



ニキータ:

「何を食べましょうか。リクエスト、ある?」

石丸:

「自分は何でも構わないっス」

ユフィリア:

「私、牛丼が食べたいなぁ」

シュウト:

「ごめん、僕らはこの間食べたから他のがいいんだけど」

ニキータ:

「それじゃ、分かれて別々に食べる?」

ユミカ:

「いえ、出来れば一緒がいいです。せっかくですし」

ユフィリア:

「それじゃあ、何がいいかな?」


?:

「俺のオススメは、〈キッチン・ぶぅ〉の揚げ物だ。うまいぞ」

ユフィリア:

「え? ガっちゃんだ! 久しぶり~」


 背後に数人の男達が立っていた。〈D.D.D〉のメンバーで、〈大災害〉以後に世話になった顔見知りばかりだ。戦場では屈強と言ってよい精鋭中の精鋭なのに、だからなのか、くつろいだ感じの、力が抜けた立ち姿をしていた。


 ユフィリアの言う『ガっちゃん』こと、“岩鉄”のガロードは〈狼牙族〉で〈守護戦士〉の大男だった。廃人プレイヤーの中でも古強者(ベテラン)の1人だ。


ガロード:

「最近、めっきり顔を見なくなったな。……まさか男でも出来たか?」

ユフィリア:

「んー、そんな感じ?」

ガロード:

「マジか?! いやいや、ダメだぞ、俺より強くなきゃ認めないからな」

ユフィリア:

「アハハ。良い人がいたら、ガっちゃんに挨拶しなきゃだネ」


 ユフィリアの冗談だと理解した他のメンバーも、あからさまにホッとしていた。


ガロード:

「おう、ユミカも一緒だったか。今日は急な休みにしちまって、悪かったな」

ユミカ:

「大丈夫です。お休みなのは嬉しいですから」


 ユミカに微笑み掛けると、ガロードはその横にいたシュウトに正対した。とたんに威圧感が増していく。


ガロード:

「話は聞いているぞ、“銀剣”のシュウト。〈シルバーソード〉の秘蔵っ子は、もう韓国荒らしに飽きたのか? 今じゃ跳ね返って女をはべらしてるそうじゃないか。上手いことやったな、おい」


 それは挨拶というには辛辣なものだった。ユフィリアが憮然とした表情になる。


シュウト:

「“岩鉄”ガロードさんの噂も聞いてます。戦闘部隊の鬼、クラスティさんを支える柱の1人ですね。しかし、〈D.D.D〉はすべてを手に入れなければ満足できないようだ。どうやら規模が大きく成りすぎて、傲慢になっているらしい」


 意外にも、シュウトが対等に言葉を返していた。後ろの〈D.D.D〉のメンバーがシュウトに向けて暴力の気配を発していたが、ガロードは破顔した。


ガロード:

「ハッハ、線の細い優男かと思ったが、中身は虎だな。いや、参った。 ……ところで、君はどうやってあの2人を口説いたんだ? 大手はみんな狙っていたことぐらい、知っていただろう」

シュウト:

「いえ、僕もどちらかといえば巻き込まれた口なので」

ガロード:

「そうか。……魔女は健在、ということか」


 目の隅でユミカが動いたのが映る。僅かに首を動かし、横目で様子をみる。


ラウル:

「ユミカ……」


 〈D.D.D〉の1人、ラウルがユミカに話しかけようとしていた。ユミカの方は顔を逸らしている。その様子から察するに、彼が前に付き合っていた相手なのだろう。しかも元彼の方は未練が残っている風に見える。たぶん、シュウトと仲良くしているところを見て嫉妬し、思わず行動に出てしまったのだろう。

 このやりとりにシュウトが気付いたかどうかは、判らなかった。



 結局、ガロードの勧めで〈キッチン・ぶぅ〉のトンカツを食べることになった。もらった割引券に敗北した。

 肉厚でジューシーな揚げたてのトンカツはかなりの美味だったが、一番小さいサイズを注文したのに、それでも手強いボリュームだ。お昼なのにがんばり過ぎている。


 遅い昼食を済ませて、午後は武器や防具を見て回った。


 私服や小物に関しては愚痴るだけだったシュウトが、自分の装備に関してはアレがいい、コレがいいを言い始めた。しかも、ワンランク上の品をみてチラチラとこちらの様子を伺ってくる。


シュウト:

「これとか、デザインとか凄くいいと思うんだけど、どうかな?」(チラッチラッ)

ニキータ:

「…………」(イラッ)

シュウト:

「その、スミマセン」



 石丸が掘り出し物を見つけたりしながら、そうして夕方近くまであちこちを見て回り、明るい内に帰路へと就くべくジンを呼び出すことにした。

 くたびれ果てた様子のシュウトは、ユミカと別れた途端、近くの壁に寄りかかって情けないことになっている。


ジン:

「よっ、お疲れ。どうだ、楽しかったか」

ユフィリア:

「もっちろん。ジンさんは一日なにしてたの?」

ジン:

「約束してたの思い出してアサクサ行って、青少年のレベル上げに付き合ってやって、蕎麦ゴチになってきた。天ぷらをケチろうとしやがったから痛い目に遭わせてやった。それはそうと……」

 

 にやにやと笑いながら、肩に手をおいてくる。重たい。


ジン:

「それで? どうよ、買い物の方は」

ニキータ:

「もちろん、上手く行きました。何も問題ありません」


 嘘ではない。予想よりも遙かにうまくいっていた。


ジン:

「ふーん、そいつは、つまらんね」


 確認もせずにそれだけ言って、出発となった。


 ユフィリアのおしゃべりを聞きながら、南側のルートを通っていた時のことだった。


 周囲よりも少しばかり高い場所に出ると、西の太陽が地に沈む直前の、柔らかなオレンジの光がくすんで見えた。その時、太陽と少しズレた方向に、魔法の氷で作られた永久を(かたど)った美しい城、〈エターナルアイスの古宮廷〉が見えた。


 その姿に息を飲む。夕日のオレンジ色に照らされて氷がキラキラと輝いて見えた。そこかしこでゴマ粒のように小さな人影があちらこちらに動いていた。これから夜の舞踏会が始まるのかもしれない。魔法のものらしき明かりが各所で点り、内側の光が溢れている様子は宝石箱を思わせる。まるで物語に出てくる魔法の城そのものだった。(それはそうだったのだけれど)


ジン:

「意外と、いいポイントだな」

石丸:

「そうっスね」

ジン:

「ニキータさんもお喜びのようで、何より」


 笑われている気配だったが、黙殺しておく。


ユフィリア:

「ねぇ、本当の本当は、クラスティさんと戦ったりしないよね?」

ジン:

「どうかな~、あんまり言うことを聞かない悪い子だったら、一回ぐらい無茶してもいっかなー、とかは思ってたよ。〈エターナルアイス~〉だったら、アキバでやるよりは色々と都合がいいしな」


 そう言ってニヤッと笑う。しっかりと釘を刺されてしまった。

 都合が良いというのは事実なのだろう。アキバの外でなら、情報漏洩を防ぐこともやりやすくなる。クラスティの名誉も、同時にジンの強さも秘密にできるかもしれない。



 そんなことを考えつつ、そのまま日が沈み切るまでの短い時間〈エターナルアイスの古宮廷〉をしっとりと眺め続けていた。



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