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006  戦闘陣形


 自分の間違いに気が付いたことで、僕は怒っていた状態から一転して、卑屈な精神状態に陥っていた。ジンの『気に入りそうな答え』を見付けようとするのだが、それが何か分からない。そんな状態でニキータに「自由にやってみろ」と言われ、少々やけっぱちな気分になっていた。


 ほどなくホブゴブリンの集団との遭遇戦になった。背の高い近接格闘タイプも混じっている。ジンが先手を取って攻撃しに行くが、敵のHPはそこそこ高く、一撃では仕留め切れないと思われた。



 ――次は左に切り抜ける。


 何度か繰り返された光景が脳裏でイメージと重なる。使うのをすっかり忘れていた「受動離れ」の撃ち方で、ジンの攻撃直後に合わせて追撃。


シュウト:

(はいはい。そこで左に斬り抜けるんでしょ? ……ココだ!)


 深く考えることなく味方の背中に向けて矢を放つ。僕の予想通りにジンは左に斬撃を加えつつ移動。直後のタイミングでモンスターに矢が突き刺さる。重なるように連続する攻撃音。それは相手を倒すのに十分なダメージを生み出していた。

 連携が巧く決まった手応えに、小さくガッツポーズを決めていた。







ニキータ:

「ちょっ、と!?」


 これを見ていた後衛のメンバーは、シュウトが怒った末にジンの背中に矢を射たものと思って慌てた。シュウトは特に反応していない。もう一方の当事者であるジンはそのまま次の敵に向かっていくのみ。『危険な行為』に対して何とも思っていないかのようだった。


ニキータ:

「さっきの、アレはちょっと危ないでしょう?」


 戦闘が終わり、私は注意することにした。

 味方への誤射は注意してもし過ぎることはない。ゲームが現実になったことでの戦闘の難しさ。その一つが、いわゆる『フレンドリーファイア』の問題だった。

 ゲームであれば、味方への攻撃は透過したり、たとえ命中してもダメージ無しになることがある。しかし、この世界でそんな手加減は存在しない。当たればダメージが発生する。従って、味方に攻撃をたびたび当ててしまうような雑なプレイヤーはそれなりに対処される。武器の変更を強制されたり、狩りの仲間から排除される。


シュウト:

「えっと。……なにが?」


 だが、シュウトは自分が何を言われたのか理解していなかった。あのタイミングならジンには当たらないと分かっていたそうだ。むしろ当人はファインプレイぐらいの意識しかなかった。


ジン:

「そろそろ休憩を挟むか」

レイシン:

「そうだね。何回か戦ったし」


 ジンとレイシンは、ユフィリアから回復を受けるとさっさと哨戒に出てしまった。これは私たちに『会話する時間』を与える目的もあるのだろう。

 戦闘が終わってもジンは何も言おうとしなかった。レイシンもにっこりと笑って「ちょっと行って来るから」と言ったきりだ。実害がないので、問題視しなければ問題にはならないのだが、見方によれば謝罪を許さないという解釈もできる。どうしても私は気になってしまう。


石丸:

「どうしたんスか?」


 石丸が会話に参加しようと近付いていく。


ニキータ:

「さっきの、矢が当たりそうだったでしょう?」


 少し急ぎめの口調で先に説明しておく。

 石丸が会話に加わるのは歓迎すべきことだった。現状、シュウトとユフィリアは喧嘩した後の『微妙な距離感』のままでいる。石丸が会話に参加すればユフィリアにも発言の機会を作れる。……けれど、今の段階でシュウトのミス(?)を、ユフィリアの口から石丸に説明させたくなかった。そんなことを許せば、元の木阿弥になりかねない。


石丸:

「アレっスね。自分も少し驚いたっスが、あれで正しいんじゃないっスか?」

ニキータ:

「……正しい?」

石丸:

「ジンさんは敵の正面にあまり立たないようにしてるっス。だから背の低い敵でも、魔法を当てにいけるっス」

ユフィリア:

「そっかぁ」


 石丸は「あのタイミングはギリギリだったっスが」と付け加えるのを忘れなかった。


シュウト:

「石丸さん、ジンさん達の連携ってどう思いますか?」


 追加の文言は耳に入らなかったのか、味方が増えたことに我が意を得たりと、シュウトは意見を求めていた。石丸はひとつ頷いて話し始めた。


石丸:

「ジンさん達がやっているのは、たぶん『遊動型の連携』っスね。〈守護戦士〉のいないパーティだと、たまにやってるところもあるみたいっス」


 石丸の解説によれば、戦闘陣形(フォーメーション)には固定型・遊動型・移動型があると云う。

 固定型は普通に戦っていればそうなるものだ。ゲームシステム自体が固定型を想定しているためだろう。盾役が前線を構築して敵を固定する。敵を固定するために味方の前衛も固定される。前線が固定されることで後衛も固定されることになる。こうして戦闘陣形(フォーメーション)は固定型の中で様々なバリエーションを生み出すことになる。


 遊動型とはソロ戦闘の方式を取り入れたもので、6人パーティの戦闘で稀に使われているものという。遊動型ではかなり複雑な動きを個々人に要求するため、〈フルレイド〉や〈レギオンレイド〉では使えない。どこのギルドも〈大規模戦闘〉(レイド)を成立させることを第一に優先せざるを得ず、そのため余計な複雑さは排除されている。パーティ単位でなら、遊動型に似た複雑な陣形操作をこなすギルドもあるという。しかし、それぞれのパーティは固定型での戦闘を行うもののようだ。


 ハイエンドが〈大規模戦闘〉(レイド)になっている昨今、遊動型の連係はどうしてもメインストリームにはなれない。それでも息のあったメンバーと一緒になら、遊動型の連係は少ない戦力を活かすことのできる優れた戦闘陣形(フォーメーション)に成り得るものと言っていた。


 更に突出した移動型の戦闘陣形も存在したようだが、それは流石に有効性に疑問が残ったのか廃れてしまったという。大規模ギルドで戦士職を大量に投入できる環境でなら、もしかしたら復活させることが出来るかもしれないが、それがどのような動き方になるのかは石丸にも説明できないという。


ユフィリア:

「それで、その遊動型ってどうやればいいの?」

石丸、

「そこまでは分からないっス。メンバーの組合せによっても変化するらしいので、どう答えたらいいのか自分にも見当がつかないっス」


 ユフィリアの疑問はもっともなものだが、石丸にも正しい方法などは分からないそうだ。組合せで正解が変わるのであれば、仕方が無い。


ニキータ:

「ソロっぽく戦いながら、プラスして連携すればいい、ってことよね?」


 私は慎重に発言してみたが、やはりイメージが付いてきていないのは否めない。


ユフィリア:

「私も前で戦えばいいのかな?」

石丸:

「いや、それは違うと思うっス」


 ユフィリアは魔法効果のあるライトメイスをぶんぶんと振りまわしてやる気をアピールしていた。しかし、無茶はさせられないので石丸も否定したのだろう。回復職が最初に倒れたら困ったことになる。


ニキータ:

「シュウト?」


 黙ったままのシュウトに気が付いて声をかける。


シュウト:

「ああ、お陰でかなり分かった気がする。でも、とりあえずは今まで通りでいこう」


 石丸の話がヒントになったのか、シュウトは早く次の戦闘で試したくて堪らない、といった態度だった。

 話が終わるのを見計らったかのようにジンとレイシンが戻り、話し合いの場は流れていった。


シュウト:

「なぁ、半妖精?」


 シュウトは意を決するように踏み出すと、ユフィリアに声を掛ける。


ユフィリア:

「なに?」


 半眼でシュウトを見やるユフィリア。『まだ不機嫌だゾ』という分かり易いアピールだ。


シュウト:

「ごめん。さっきの態度は、良くなかったと思ってる」


 一気に言い切って、軽く頭を下げていた。グズグズとされるよりずっと良い。潔い態度だと思った。

 シュウトが伏せた頭を上げた時、ユフィリアの半眼だった瞳はまあるく見開かれていた。視線が横に泳ぎ、上を回って一周してくるのをシュウトはそのまま見ていた。やがてユフィリアの口角が持ち上がり、どこかで見たような笑みを作っていた。


ユフィリア:

「ふぅ~ん、そっかー。でもどうしよっかな~」


 イタズラをたくらむ悪い顔付きである。何が出てくるのかとシュウトも少し身構えている。


ユフィリア:

「ま、いっか。しょうがないなァ、じゃあ怪我したら回復してあげるね」


 あっさりとお赦しが出た。微笑ましのだが、何故だが、残念な気もした。シュウトも拍子抜けしたような顔をしている。


シュウト:

「なんだよそれ。回復もしない気だったのか? ヒドいな」

ユフィリア:

「当たり前だよ。次にオネーサンを怒らせたらそうなるんだからね!」


 どうやら仲たがいは解消できたらしい。レイシンが「行くよー!」と言うので、私達は小走りで追いかけていった。意識を次の戦いに向けて切り替える必要がある。


 もうしばらくすると夕方になってしまう。

 西の空に太陽を探すと、なんだか妙に雲の動きが早い。これでもし雨にでもなれば、面倒なことになるだろう。

 まず暗くなる前に夕飯やキャンプする場所を探すことになりそうだった。







シュウト:

「うーん……」


 ヤキモキとしながら戦闘になるのを待つのだが、出て欲しい時に限ってモンスターは現れない。今日の移動を終える前に、戦闘で結果を出しておきたかったのだが、この分では難しいかもしれない。


 レイシンは「何か一品作りたいね」と言っていた。ちょうどいい獲物がいたら狩りを手伝って欲しいと頼まれる。「わかりました」とは応えたものの、多少、上の空になっていた。


ジン:

「少し寄り道するか……」


 前を歩いてたジンはそれだけ言うと、進行方向を少し左へと修正した。しばらく歩き、木立の影で全員をしゃがませると待ち伏せを指示。

 僕は訳が分からないまま弓を準備。……すると、1分と待たずにトロウルを含むホブゴブリンの小集団が現れた。先制攻撃の絶好のチャンス。もちろん十分に引き付ける必要がある。まだ2分ほど我慢しなければならない。一度、通り過ぎるのを待つのだ。

 

ジン:

「(……いくぞ?)」


 くしゃみをしたり、枝を踏んだりするような初歩的なミスもなく、側背面から不意を突いての先制攻撃。

 ここでの僕の計画は、ジンの攻撃直後にもう一度矢を的中させることだった。とりあえず同じことをしてみれば、何かが分かるのではないかと期待してのことだ。なぜか脳裏に邪魔な声が浮かび上がる。


シュウト:

(そういえば『感覚の再現はタブー』って言ってなかったっけ?)


 よりにもよって戦闘が始まる直前に思い出すか?と自分をなじる。慌てつつ(この場合の自己ベストってなんだろう?)と自問する。時間が無い。ワケもわからない。そのままとりあえず矢を(つが)え、ホブゴブリンよりも大きいトロウルに狙いをつける。


シュウト:

(待てよ、“盾”を残してみるか……)


 トロウルの近くにいたホブゴブリンに狙いを変えて矢を射る。命中。

 ある程度以上の知能が敵にある場合、同士討ちを避けるためにモンスター同士もお互いに少し距離をあける。特に集団戦ではその性質が原因で散開しがちであり、範囲攻撃に捉えられる敵の数が少なくなる効果がある。


 大型のモンスターともなれば、身体のサイズに合わせて縄張りに似た空間も大きくなる。よってその後ろにいる敵はその分だけ大きく迂回することになるのだ。

 ジンとレイシンはソロ戦闘の戦い方を応用しているため、状況に応じて『大型の敵』を残して盾代わりのようにしていた。立ち位置をスイッチしながら戦うこともあって、何度か敵の同士討ちをさせることにも成功している。大型サイズの敵が暴れると同士討ちし易い。ちなみにこの同士討ちを狙うのは、ジンよりもレイシンの方が上手かった。



 パーティーバトルにおけるダメージコントロールは、ダメージ量を基準にしている。毒や石化などの特殊攻撃といった例外はあるが、基本的に大型の敵から受ける攻撃はサイズに比例したようにダメージ値が大きい。大きなダメージは、ヒーラーによる回復量を大きくすることに繋がる。逆にいえば、被弾するダメージ値を低く抑えれば、それだけヒーラーのMPを節約するができる。……言い方を変えれば、1戦闘でのパーティの総HPとは、基本値と回復(ヒール)できるHP量の合計という風に考えられるのだ。

 大まかにはそれが僕の常識でもある。ましてや不意打ちによる先制攻撃なのだし、一番強い敵にダメージを与えてダメージ量を下げるのがセオリーだと思う。


 しかし、ソロ戦闘では攻撃される回数を基準にモノを考えるらしい事に気付いた。

 ただ、それで攻撃される回数が少なくなったとしても、その全てが大ダメージならば総ダメージ値は大きくなるだろう。例えば、蚊に刺されるようなダメージを何度か受けたところで、総ダメージはそう大きくはならない。それこそ大ダメージ1発分で済むかもしれない。


シュウト:

(じゃあ、どうすればいいんだろう?)


 側面に移動したレイシンが大型と自分の間に小型のモンスターを挟んでいるのが見えた。やはり巧い。


シュウト:

(やっぱり小型を先に仕留めるのは間違いなのか?)


 そう考えて先程は攻撃しなかったトロウルに矢を射掛ける。ヘイト値が上昇したのか、トロウルはシュウトをターゲットに変えた。しかし、一歩目を踏み出した所でその歩みが鈍る。ジンに狙いを付けていたホブゴブリンに邪魔をされたためだ。どうやらレイシンと同じように小型の敵が盾になったようだ。どこか、ごく最近、自分も似た経験した気がするのだが?と考える。


シュウト:

(……違う。タイムラグを作ってるのか!)


 ジンの戦法についていけず、自分の攻撃回数を減らされていた事に思い至る。そこに気付くことで、連鎖的に昼間、自分が怒っていた原因が『戦闘で活躍できなかったこと』にあったのだとハッキリした。

 あまりにも苦かった。幼稚な自分に気が付き、唇を噛んで血を出しそうになる。でも、それもくだらないパフォーマンスだと吐き捨てる。


 今はタイムラグも攻撃回数の低下も感じていない。これまで息苦しかったのに、思い切り呼吸ができる風に感じている。どうやら何かのコツをつかみかけているらしい。

 全体を見渡し、ちょうどジンの邪魔になりそうな敵をみつけて矢を射る。的中したホブゴブリンにジンが攻撃を加えてトドメを刺した。今の自分は、こうした具合でかなり自由に行動できている。

 固定型、いわゆる通常の戦術や連携で選択できる行動は、より厳密な正解が存在することもしばしばだった。しかし遊動型ではそれらの厳密な正解は存在しにくくなる。直感や閃き、戦闘センスの領域が広がっていた。


 敵陣深くに踏み込んだジンが、周囲の敵をすべて巻き込んでのタウンティングを決めた。石丸の方向に向かっていた敵もすべて反転し、ジンの方向に『がら空きの背中』をさらして戻り始める。


シュウト:

(そうだよ、最初からそうやってくれれば……)


 しかし、ジンのやったことは『違う』。それが分かってしまった。

 最初からこれを狙っていたのだとすると、見えていたものがまるで違うことになる。全方向を敵に囲まれても、ポジションを変えながら被弾を避け、敵を引きずり回している。見たことのないタンク役だった。

 ジンを追いかけるのに夢中で隙だらけのモンスターを次々と減らしていく。

 

 自らが従うべき『ルールの違い』に気が付くことで、どうやら僕は動けるようになり、違いが見えるようになって来ていた。


 十分な余力を残してモンスターを片付け、流れ作業でドロップアイテムの獲得など後処理をする。今回、僕はかなり満足できていた。ニキータとユフィリアが駆け寄ってくる。



ニキータ:

「今までと、かなり違ってたみたいね」

シュウト:

「まぁ、そうかな。なんとなく分かってきたと思う」

ユフィリア:

「で、どうやればいいの? ゆーどー型の連携、分かったんでしょ?」


 待ちきれずに質問をかぶせてくるユフィリアに苦笑しつつも、説明しようと口を開こうとした。


シュウト:

「アレ? ……ん~っと」


 言葉にして説明することが出来ない。そのことに遅蒔きながら気が付いた。後から考えれば、弓で敵を狙って、射ただけだ。客観的な視点でいえば普段の戦闘でやっている事とほとんど変わるところがない。細かいテクニックや発見にしても、説明したところで「ああ、そう」と言われてしまうようなものばかり。ましてや、ヒーラーのユフィリアがどう行動すべきかの指針についてはさっぱりわからなかった。


シュウト:

「ソロっぽく、でも自由に行動するって感じなんだけど……」


 なんとか言葉をひねり出してはみたが、2人とも悪い冗談を聞かされた時の顔をしていた。それもそうだろう。自分自身も振り出しに戻ったか、今までよりも悪化したかもしれないと思ったほどだ。

 ……本当にどうしたものだろう。自分のことは何とかなりそうなだけに、余計に困ってしまう。


ユフィリア:

「もういいよね。答えを訊いてくる!」


 決然とジンの方に歩いてゆくユフィリアだった。分からないことを質問するのはもちろん悪いことではないのだが、ニキータは『あっちゃ~』という顔をしていた。僕も仕方が無いと溜息をついた。



ユフィリア:

「ジンさん!」

ジン:

「ん? ……どうした」

ユフィリア:

「あのね、ゆーどー型の連携ってどうやればいいの?」

ジン:

「ゆーどー型? ……なにそれ?」

ユフィリア:

「!?」


シュウト:

(うわぁー、台無しだ……)


 身振り手振りを交えて本人なりに一生懸命説明していたが、ジンは本気で意味がわからないらしい。ユフィリアの説明で逆に分からなくさせた部分もあるかもしれなかった。失意のユフィリアがトボトボと帰還する。突撃兵が爆死したので打つ手が無くなった。石丸が慰めの言葉を掛けている。

 ニキータが空に向かって独り言を始めた。そちらをみると、どうやら誰かと念話をしていた。


ユフィリア:

「……誰?」

ニキータ:

「葵さん。連携の話だけど、『とりあえず走れ』って。明日のためとかが、どうとか?」

シュウト:

(『打つべし』じゃないんだ……)


 ジンとユフィリアの会話を聞いていたレイシンが、ニキータにアドバイスして居残りの葵に念話をかけさせたようだ。

 遊動型の連携では前衛がソロの動きをするため、後衛を守りにくい。このため、後衛は前衛の後を追いかけて移動して、無理矢理にでも守らせろという意味で「走れ」ということらしい。


 元々は、前衛が後衛を守りたくても守れない状況で生まれた戦術機動が始まりらしい。その場合、前衛を囮にして後衛が自主的に身の安全を図る必要があり、その場合は逆方向(?)に走って逃げることになる。回復役ヒーラーが生き残るのは戦闘での鉄則であり、第一優先課題なのだから、至極真っ当な意見とも言える。


 僕らは出発し、続きは歩きながらとなった。後衛の4人で自然と固まって会話を続ける。


シュウト:

「それじゃあ、狭いダンジョンじゃ使えないってことかも……?」


 話しながらジンの背中をチラ見する。その場になるまで分からないんだろうな、という不安めいた感覚があった。期待感があると言ってしまうには、ちょっと信用ならない相手だ。


 石丸に向かってダメージコントロールとタイムラグの関係について分かったことを話しておく。魔法攻撃職には移動阻害の呪文もあるので、話しておいた方がいいと思ったのだ。〈妖術師〉(ソーサラー)のそれは、魔法の鎖で相手を一時的に捕縛するものだ。


石丸:

「なるほど、敵の時間を攻撃するわけっスね。確かにジンさん達の連携とは相性が良さそうっス」


 石丸は直ぐに理解を示した。敵の移動を阻害すること自体は一般的な戦術でも使うからだろう。しかし、ここでの問題は根本的なレベルで戦術的な優先度にまで高めて運用することにある。相手のタイムラグやタイムロス自体を、狙いどころとして目的にすることがこれまで無かったのだ。言われてみればナルホドと思う程度の、ちょっとした視点の変更である。


 これまで移動を阻害するのは、もっぱら『前線を構築するため』だった。ソロの魔法使いにとっては直接攻撃を防ぐための手段でもある。それらの目的は『相手との距離をとる』ためであって、『時間を作る』という目的では使っていない。しかも、そのワン・アイデアを一過性の行動としてではなく、パーティの戦術レベルで目的化しようという試みだった。


シュウト:

〈妖術師〉(ソーサラー)の攻撃力を活かした連携も考えなきゃだな……)


 石丸の表情を探りながら、そんな風に考える。弓による攻撃は意味合いが魔法攻撃と良く似ている。後衛からの単発攻撃が弓によるものか、魔法によるものか?と考えれば、そこに大きな違いはない。

 魔法攻撃職は範囲攻撃呪文を使い、敵集団にまとめてダメージを加えなければ、弓との差別化が図れない。僕が弓を使うことで、石丸のMPを節約できるのは利点でもあるが、石丸の存在意義を少なからず削っていることも自覚していた。

 加えて、ジン達が移動しながら戦っているため、集団を一度に攻撃する範囲攻撃魔法は使いにくいという側面も出てくる。……ここに移動阻害の呪文まで要求していては、まるで小技のオンパレードだろう。それは〈付与魔術師〉(エンチャンター)向きの戦術方針である。〈妖術師〉(ソーサラー)の利点を活かせないのであれば、それは連携として完全なものとは言い得ない。


ユフィリア:

「とりあえず走ればいいんだよね?」


 ユフィリアはやるべきことが分かって元気を取り戻していた。しかし、今の話は難しそうだったのか、聞く前から理解することを諦めていた。口で説明したり頭で理解するよりも、実際に戦いの中でやってみて覚える方が向いているのだろう。そんな態度のユフィリアに、『決して馬鹿ではないのだから勿体無い』と思う。それでも口に出しては何も言わないでおいた。


レイシン:

「そろそろ、夜営の準備をしようか?」


 レイシンが振り向いて声をかけてくる。西の空を見ながら、確かに頃合だと思った。敵の弱そうなゾーンを探したり、食事やテントの準備などをしていれば、あっという間に暗くなってしまうだろう。


シュウト:

「そうですね。場所を探したりしましょう」


 どことなく全員がホッとした雰囲気になる。新しいパーティーでの初日はどこかしら緊張するものだ。傭兵出身のプレイヤーが多く、シュウトには顔見知りばかりだったが、それとは関係なく濃密な一日だった。


シュウト:

(いや、まだ『今日』は終わっていない……)


 午後の移動距離はたぶん15キロ程度だろう。これなら全体の4/5の距離を消化しているはずだ。これなら明日の正午前には楽に目的地に到着できるだろう。


ジン:

「あれってウサギじゃね?」


 ジンが指差す方向に野ウサギらしき影が見える。


レイシン:

「シチューに入れようか?」

シュウト:

「それなら捕まえます」


 レイシンが料理の話をしているため、弓を構える。小さな目標だが、命中系の特技を使えばそうそう外さない。


ユフィリア:

「やーっ! ウサギ禁止!」


 ユフィリアが謎の抵抗を始めていた。ニキータは笑いを堪えられず吹き出していた。どうやら彼女にとって、ウサキは食べ物ではないらしい。


ジン:

「どうした? ウサギの肉が入ってた方が、シチューだって美味くなるぞ?」

ユフィリア:

「いやだ! 美味しくなくていい!」


 ジンが真面目な顔でユフィリアをからかう。ムキになって抵抗するユフィリア。

 

シュウト:

「あの、急がないと逃げられちゃうんだけど?」

ユフィリア:

「ダメだからねっ、殺したら絶対ダメだからね!」


 もはや捕まえる気はないのだが、からかうためだけに、わざわざ弦を引いてみせると、ギャーギャー騒いだ。学校で飼育係でもやっていたらウサギの肉を食べようとは思わないかもしれない。まだ生きているとなれば尚の事だろう。

 必死で抵抗するユフィリアに腹の底からこみあげてくる笑いを堪えながら、怒ったり泣いたりする前に負けておくことは忘れない。



 こうして『ウサギ肉禁止』がこのパーティーでの最初のルールになった。

 

 

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