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58  船頭多くして

 

ジン:

「さっさと脱げ、シュウト」わきわき

シュウト:

「何でですか? どうしてそんな……」

ジン:

「黙って脱げ。さぁ、全部だ!」

シュウト:

「い、いろんな意味で怖いんですけど! ゎあーっ!」


 逃げようとするシュウトをあっさりと捕まえ、はぎ取りに掛かるジン。


ニキータ:

「災難だわね……」


 私はいつものように、苦笑いでため息をつくしかなかった。




 ユフィリアの何気ない一言が始まりだった。


ユフィリア:

「レベルが上がったから、アキバに何か新しい装備とか見に行きたいナー」


 彼女は起き抜けでも機嫌がよく、活力に溢れていて、その瞳はキラキラと輝いている。毎日が新鮮な感動で満ちているのだ。

 

 話を聞いていたジンが、ユフィリアに頼みごとをする。


ジン:

「それなら、ついでにシュウトの服も見繕ってくれねーか?」

ユフィリア:

「うん。いいよ」


 ユフィリアは快くOKする。その直後、葵がとびきり邪悪そうな顔で付け加えた。


葵:

「どうせなら全部、とっかえちゃおうよ」


 こうして『シュウト改造計画』の名の下に、だまし討ちで提出させた洗濯物をテーブルに広げ、葵がギルドマスター権限を用い、シュウトにあてがわれている個室から着衣など荷物のすべてを無断で持ち出してくる。ジンがなんと脅したのか、しぶしぶとシュウトはマジックバッグから服を出して並べるはめになっていた。更に、冒頭のやりとりの通り、着ていた服まで脱がせられ、あられもない下着ひとつの姿に。


ユフィリア:

「オー、良い身体してんじゃネーカ!」(スパァン!)

シュウト:

「いッ……なにすんだ!?」

ジン:

「イェーイ!」

ユフィリア:

「イェーイ!」


 ジンとユフィリアがハイタッチする。裸のシュウトに近づいたユフィリアが背中に一発、紅葉を作る。オッサン口調のおまけ付きだ。(ユフィにあまり変なことを教えないで欲しい)叩かれたシュウトは悶絶するのかと思ったが、痛覚緩和でそこまで痛く無かったらしい。ただ、手の形はクッキリと紅く刻まれていた。


ジン:

「な、簡単だったろ?」

ユフィリア:

「うん。昨日は一回も当たらなかったのにね」

シュウト:

「今のは不意打ちじゃないか!」

ジン:

「不意打ち? だからどうした。今ので1回死んだぞ、シュウト先生」

シュウト:

「くっ……」


 毛布をかぶらせ放置したシュウトを仲間外れにし、下着から私服、装備までのすべてのデザインをチェックしていく。


ジン:

「総取っ替えするから、ダサいのは捨てちまってくれ」

シュウト:

「そんな、勝手に……」

ユフィリア:

「小物はどうするの?」

ジン:

「それもだ。センスの悪いものや系統的に合わないものは、売るか捨てるかしないと。トータルでコーデしてくれ。普段使いのタオルやハンカチなんかも全部な」

シュウト:

「ちょっと待って下さい! どうしてこんな事になってるんですか!」

ジン:

「ギルドの方針だ。黙って従え。アレだ、格好良くしてやるから、期待して待て」

シュウト:

「ですから、せめて理由ぐらい」

シン:

「教えるべきか、教えないべきか。それが問題だ。……考えとくから、後にしろ」


 優しさの欠片も感じさせないジンの強引さに呆れてしまう。たぶん、シュウトのためなのだろうとは思うのだが、この段階ではイジリ倒して遊んでいるようにしか見えない。

 と、ジンから声を掛けられて我に返る。


ジン:

「ニキータも見てないで参加しろって」

ニキータ:

「……目的を聞かせて貰わないことには、こちらとしても選びようがありませんが?」


 ユミカとのデートに備えて格好良くしよう、などと考えているとは思えない。服を選ぶにしても、ストーリーのようなものが必要である。


ジン:

「……しょうがねぇな。じゃあ、こっちに来い」


 シュウトもかなり耳が良い。話を聞かれないようにジンは場所を変えることにした。ユフィリアも手招きしたので、一緒に付いてくることになった。





ジン:

「簡単に言うと、シュウトをレベル91にさせて、アキバでちょっと有名にするつもりなんだ。今の内に服装から何から一通りコーディネイトしておこうかと思ってな」

ユフィリア:

「91?」

ニキータ:

「それは、何のためにですか?」

ジン:

「ギルドの宣伝のためだ。ドラゴン素材を売るための作戦、その一部って感じかな」

ニキータ:

「…………」


 これから少し、いや、かなりの無茶をするつもりなのだろう。大手の戦闘ギルドが望んで、まだ得られていないレベル91を、後から追い抜いてシュウトに取らせようとしているようだ。


 〈カトレヤ〉の知名度を上げるためにシュウトの知名度を上げる。その目的で服装などを先にチェックしておくのだとすると、シュウトの外見の良さも利用しつつ、多方向へ同時にアピールしたいのだろう。男性からは強そうに見え、女性にはセックスアピールもする、といった具合だろうか。


ニキータ:

「予算はどのくらいですか?」

ジン:

「先行投資だからな、じゃんじゃん使ってくれて構わない」

ニキータ:

「限界まで?」

ジン:

「限界までだ」

ユフィリア:

「えーっ!? シュウトばっかりズルい!」


 普段使っているすべてを取り替えても、そこまでお金が掛かるわけでもない。問題は魔法の品だった。現在使っているものをなるべく多く残しつつ、全体のバランスを取れれば安く押さえることができるだろう。シュウトのレベルになってくると、武器や防具はすべてアーティファクト級以上かそれに準ずるものになるため、交換するにしても一カ所か、そのぐらいにしなければ、本当に限界までお金が掛かってしまう。


 趣味の良い物を揃えるにしても、方向性がバラバラだと成金趣味に見えてしまうので、これは難しい課題だった。それともう一つ、忘れてはならない大切な要素がある。


ジン:

「何か問題あるか?」

ニキータ:

「ひとつだけ、ユミカのことなんですが……」

ユフィリア:

「ユミがどうしたの?」

ニキータ:

「ユミカに黙ってシュウトの服を選ぶのは、どうかと思って」

ユフィリア:

「そんなの、ユミも一緒に選べばいいだけでしょ?」

ジン:

「あー、そういうのもあるのか。面倒だな……」


 ジンの視線を強く感じる。こちらの意思を確認したかったのだろう。でも視線を合わせないように、少し意識して外しておいた。


 たぶん考えている事は同じだろう。ユミカの希望を混ぜれば失敗する可能性が高い。誰かの一人の意見で強引に押し進めなければ、オシャレなど失敗するに決まっている。人数が増えるほど、無難なものになるか、ちぐはぐなものにしかならない。客観性は必要だが、それは個性とは真逆とも言える。


 かといって、ユミカはユフィリアの親しい友人だ。彼女を無視して話を進めることはできない。なるべく、そういうことはしたくなかった。


ジン:

「ユミカって子には悪いが、今回は買い物に混ぜるのは無しだ」


 先に手を打ったのはジンだった。


ユフィリア:

「どうして?」

ジン:

「遊び感覚の買い物じゃないんだぞ? ギルドの金を使うのに、他のギルドの子の意見を尊重してられない。選ぶ時の基準だとかセンス、世界観なんかがバラバラになるだろ。……実際のところ、シュウトが有名になったとしたら、ヤッカミなんかからも護ってやらなきゃならないんだ。今回の服装はその辺の予防線でもあるから、ちゃんとして貰わないと困るんだ」


 目立つことで敵が増えることは、痛いほど理解している。シュウトのためにそこまで考えていたのかと少し驚いた。


ユフィリア:

「ユミは確かに他のギルドだけど、ちゃんとやるならいいでしょ? 意見が参考になるかもしれないし」

ジン:

「ダメったらダメだ」

ユフィリア:

「ダメじゃないったらダメじゃない」

ジン:

「……もし、その子のせいで面倒なことになったら〈D.D.D〉に文句言いにいくぞ? 謝罪と賠償を要求して、ギルマスのクラスティに頭下げさせた上に、被害額のキッチリ3倍もぎ取ってやる。 いや、決闘を申し込もうか。一瞬でブチ殺して大恥かかせたりするのも面白そうだ。…………どう思う?」(ゴゴゴゴゴギギギギギガガガガガガ)


 狂気としか思えない異様な圧力を放ちつつ、言外に『俺は必ずやるぞ』と脅しを入れてくる。実際に口だけではないのが始末に負えない。


ニキータ:

「……ユフィ、この人はやりかねないから、ね?」

ユフィリア:

「うー。ズルいよ、ジンさん悪人だよ!」

ジン:

「何とでも言え」

ユフィリア:

「返り討ちにあっちゃえ!」

ジン:

「ありえないザーマス。 明日、俺に血の繋がりの無い妹がまとめて10人現れる『それなんてエロゲ展開』以上にありえないねっ!」


 小馬鹿にされて、ぷりぷりと怒るユフィリア。もはや何のために怒っていたか覚えているのか疑問だった。


ジン:

「……でもまぁ、シュウトのイメージコンサルは継続的な業務だからな。冬物とかもまた買わなきゃならないし、別の機会もあるだろう。今回はちょっとしたサプライズってことにしておけよ。ユミカちゃんを驚かしてやる感じとかでさぁ」

ユフィリア:

「サプライズ?……うーん」


 〈D.D.D〉にも最近まで世話になっていたので、クラスティに迷惑が掛かりそうな大げさな話になると、どうしても狼狽えてしまう。その後で日常的に扱う範囲に話が戻ってきたことでホッとしてしまっていた。

 たっぷりと脅しを利かせたところで妥協できそうなラインを示し、納得できる形の落としどころを提示する。そんな交渉術のようなものを使われているのが分かったとしても、自分の心の働きに逆らうのは難しかった。


ジン:

「じゃあ決まりな。責任者はニキータだからな、任せたぞ」





 朝食後、葵とレイシンを残してアキバに出発することになった。今日の朝練は無しで、買い物に当てるという。葵もシュウトの買い物に参加すると言ってきかなかったが、レイシンが料理するので一緒に残って欲しいと言って止めた。ジンとの無言のコンビネーション・プレイであろう。葵は「2人きりの時間を満喫する」と言って納得していた。


 理不尽さに諦めムードのシュウトは、黙っているつもりらしく静かだ。

 遊びにいく気分でウキウキとしているユフィリアが、怒っていたのも忘れてジンに話かけていた。


ユフィリア:

「ねぇ、ジンさんも防具とか変えたりしないの?」

ジン:

「俺は、このシリーズの上のヤツに変えるだけだから、もう少しレベルが上がってからだな」

ユフィリア:

「ふーん、それじゃあ外見は変わらないよね。もう少し派手なのとかに変えてみたら? 格好良くなるかもだよ?」

ジン:

「バーロー、俺は十二分にカッコウィ~だろうが」

ユフィリア:

「あははは。そうだけど、もっとカッコウィ~くなれるかもでしょ?」

ジン:

「分かってねーなー。……じゃあ特別に、強さで人類の上位10%に入れる、とっておきの方法を教えてやろうじゃないか」


 唐突な話題の変更はいつものことだ。『強さ』といったワードに、心ここに在らずだったシュウトがぴくりと目を覚ましたのが分かった。


ジン:

「強さと言っても色々あるもんなんだが、大体、人間の活動のほとんどで腕を使うことになる。スポーツでの例外なんてサッカーぐらいのもんだが、あれだってスローイングもあるし、ゴールキーパーもいる。ドリブルしてる時のボディバランスや肩の使い方、反則ギリギリのマリーシアもあるから、腕を使っていないとは言い難いわけだよ」


ジン:

「そんな感じで、あらゆるところで人間は腕を使う。だから、その本当の使い方を知るだけで、人類を上位と下位とに分類してしまうほどの差が作られてしまう、なんて言っちゃってもあんまり大げさでもないんだわ」

ニキータ:

「本当に、そんな根本的な能力差を決定する方法が、まだ世の中に知られずに存在しているんですか?」

ジン:

「いや、いっぱいあるぞ? 中心軸も丹田もそうだよ。知ってるかもしれないけど、鍛えてみようとまでは思ってないだろ? 結局、優先順位が低いわけだから、重要性を理解していないのだし、やっぱ大事じゃないんだから、知らないのも同然だろう」


ジン:

「軸だのはおいといて、今は、腕の使い方の話な。じゃあ、どうすればいいかと言うと……いや、かなり重要な話だから、もっとタメたり焦らしたりするべきなんだけど、性分なもんであっさりゲロってしまえば、その秘密は『第4の関節』にある」

シュウト:

「第4、ですか?」


ジン:

「手首、肘、肩と来たらもう分かるだろ?」

ユフィリア:

「えっ、どこ?」

シュウト:

「肩甲骨ですか?」

ジン:

「鎖骨だよ!鎖骨を繋げてる関節。正式には胸鎖関節な」


 ジンは、喉の下の胸鎖関節を指さしていた。


ジン:

「おめでとう。これで君達も人類の上位10%、悪くても20%ぐらいの中の一人だ」

シュウト:

「いやいやいや、それだけじゃ何も分かりませんから!(笑)」

ジン:

「えっ、分かんないの? マジなの? 死ぬの?」


 こういう場合は、おちゃらけがおさまるまで根気よく待つに限る。30秒ほどで本題に戻った。


ジン:

「じゃあ、構造面から行くと、胴体と腕を接続している骨は鎖骨だけなんだよ。肋骨の上に、鎖骨、肩甲骨、肩関節が乗っかってて、その横に腕がぶらーんと垂れ下がっているわけさ。このことから、鎖骨が折れたら腕は動かなくなる。それほど重要な部位だから、弱点にもなってしまうんだな」


 ――ちなみに、敵の無力化に鎖骨を狙うのは常套手段でもある。池波正太郎の時代小説などでも鎖骨を攻撃して敵を無力化している描写が確認できる。鎖骨は腕の骨と比べても細く、体の正面に位置している上に、筋肉に覆われていないため狙い易いのである。

 昔の柔道家や空手家はわざわざ鎖骨を折ることもあったといわれ、綺麗に折ることで治癒したときにより太く、頑丈になると信じられていた。


ジン:

「簡単に考えると運動方向としても、関節が一つ増えるのだから、かけ算が一つ増えるようなものだ。鎖骨の運用能力が低ければ、手首×肘×肩の計算になっちまう。それが鎖骨まで動くようになるんだから、運動方向だけでみても爆発的に増えることになるのがわかんだろ」


 例えば、バイオリンでは弦と直角になるように弓を動かすことで音を鳴らしている。この時の弓の動きは直線でなければならないのだが、しかし、人間の腕は『肩を中心とした運動』を起こすので曲線を描きやすい。これはペンや筆で長い直線を引こうとする場合にも、同じ問題が発生している。人体の構造上、肩が中心となれば、腕の長さが一定であることから、大きな動作になるほど、コンパスと同じように円を描いてしまうのだ。


 しかし、中心となる肩、それ自体が動いたとしたらどうなるだろう。

 バイオリンの演奏では腕の動きが窮屈にならないので、長時間の演奏にも容易に耐えられるようになってくる。運動性が大きく増すので、音色に幅を作ることも出来るようになるだろう。


 合気道の『合気上げ』という基本技にしても同じで、肩×肘の運動方向数では、合気を掛けることそのものが不可能である。肩を固定土台にしてしまえば、その運動方向を予想することは容易く、押さえ込む側は当然の様に腕を押さえつけることができてしまう。ここで鎖骨から肩~腕までが全体的に動くようになってくると、肩自体が可動なことで、固定されていた支点が揺動することになり、見た目からでは予想できない精妙な動作が可能になってくる。胸鎖関節までを腕を見なすことで、(具体的な技術はともかく)合気を掛ける上での基礎的な条件が整うのである。


ジン:

「威力についても大きく変化する。専門的には『甲腕一致』と言って、肩甲骨と腕の方向が一致することで力を強く出すことが可能になってくる」


ジン:

「素人の力自慢の場合は、主に手首を鍛えるんだ。前にも説明したように腕全体の力に対して、手首の力は弱くてネックになってしまう。だから、手首を重点的に鍛えて、腕全体の力を大きく発揮しようとする。それで腕相撲をやりたがり、自分は力持ちだぞ、とアピールするわけだな」


ジン:

「本当の強者は、肩を入れて、肩甲骨と腕の方向を一致させられるようになってくる。観察して分かりやすいのは体操選手とかだな」


 

 人間の場合、体幹部は前後には薄く、左右に広い平べったい形になっている。猫などの四足動物は逆に、前後(上下)に厚く、左右には細い形になっている。この構造の違いから、人間の肩甲骨は横に開いており、四つ足動物は縦に立つことになる。四つ足動物は、人間の腕に相当する前足と、肩甲骨の方向が揃う『甲腕一致』になるのだ。

 人間の場合は肩甲骨が開いているため、手を左右に大きく開いた時が、『甲腕一致』、腕を体の前に出して使っている場合は、『甲腕交差』の使い方になってしまうという。


 四足動物の『甲腕一致』は強烈な威力を持っている。馬にせよ、牛にせよ、人間を大きく越える自重を支え、なおかつ、人を遙かに越える速度で走ることをしている。


ジン:

「胸鎖関節から腕が使えてくれば、甲腕一致させられる。これは簡単に言えば、『腕だけの動作』と、『肩+腕の動作』という並列的な違いなわけだが、そこから直列的な意味の違いを引き出すことができるというわけだ」


 〈冒険者〉の筋力はクラスとレベルで定めれて一定の値になるため、腕力も決められた値から変化しない。しかし、腕だけの筋力と、肩+腕の筋力ではどちらが大きいかは論ずるまでもない。


ニキータ:

「武器のダメージも増えるんでしょうか?」

ジン:

「武器攻撃には物理限界があるけど、通常攻撃を1.5倍から2倍の威力にするぐらいなら、そんなに難しくはないな」

 

 5000点以上になると、『物理限界』が顔を出し始め、10000点からはその強大なる限界の壁に阻まれてしまうのだが、5000点以下のダメージ変動については、比較的、制約が緩い。ここでは難しくないとジンは言っているが、それでも難易度としては至難に分類される。


シュウト:

「意外と簡単そうですけど、他の戦闘ギルドでも気が付いてたりするんでしょうか?」

ジン:

「それは、まず無いな」

シュウト:

「でも、肩を入れれば良いだけですよね?」

ジン:

「わかっちょらんのー。鎧はどうするんだよ」

シュウト:

「あっ……そうか」


 話が一巡して戻ってきたことになる。唐突に感じた話題だったが、なるほど、鎧の選び方に直接影響する話題でもあるらしい。


ジン:

「幻想級なら使わないの勿体ないから仕方ないけどさー、〈守護戦士〉で俺と同じ鎧を使ってるヤツなんてほっとんどいねーし。全くと言って良いほど分かってないと思うね」


ユフィリア:

「私、ジンさんと同じヨロイにする……」

ジン:

「あれれー? さっき人のことダサい人扱いしなかったっけ?」

ユフィリア:

「それは、……だって知らなかったんだもん」(///)

ジン:

「俺、ちょー傷ついたんですけど。ハートはズタズタ、ブレイクしまくりんぐですよ?」

ユフィリア:

「もう、ごめんなさいってば!」


 ジンの使っている鎧は〈施療神官〉には装備できない代物のため、別のものを探さなければならなかった。


シュウト:

「でも、肩の周りが動かし易いデザインの鎧はそれなりに多いと思うんですが?」

ジン:

「まー、鎖骨のことなんか考えてもいない範囲でならな(苦笑)」


 ジンは立ち止まると、シュウトの前に肘を伸ばした状態で腕を突き出した。胸まで15センチほど離れている。みんなで何をするのか、不思議そうに見ていると、かけ声と共にジンが動いた。


ジン:

「ズームパンチ!」


 ドカンとシュウトの胸を突いていた。肘を伸ばしたままである。肩自体が大きくズレて、20センチ近く動いたことになる。


シュウト:

「今のは?」


 シュウトは胸を突かれた痛みなど、気にも留めていない。


ジン:

「このぐらい動かなきゃならないんだ」


 ゆっくりと見せてもらう。横を向いていた肩が、ほとんど前を向いていた。ガバッと大きく動いている。胸鎖関節によって肩が動くと聞いていたが、イメージしていたものとは根本的に異なっていた。


ジン:

「ほとんどの鎧は肩が前後方向に動かないから、右腕を使う場合は腰を軽く回して、右肩を前に出すことになる。左手で盾を使う場合は、左肩を前に出すわけだ」


 半身になることで、肩の方向と腕は一致しやすくなっている。


ジン:

「これを交互に、右肩、左肩、右、左、右、左、攻撃、防御、攻撃、防御、右、左、右、左……とやるのが普通の戦い方なわけだな」


 ジンが体を動かすのに併せてシュウトもユフィリアも真似をして体を揺すっていた。


ジン:

「これに移動を加えて上手に交互してるのを隠したり、交互の順番を変えたりと工夫していくわけだ。……だけど、武術ではこうやって体を回転させて使うのを嫌うんだ。動きがバレバレになるからな」



ジン:

「どれ、試しに肩が動くようにしてやろう」


 シュウトの後ろに立ち、左肩を撫でたり、腕を引っ張ったりしている。すると、やがて似たように動くようになっていった。


ジン:

「ニキータはどうする?」

ニキータ:

「……お願いします」


 体を触られることに少し抵抗はあったが、どうなるのか試してみたかった。肩周りをほぐすマッサージを受ける。丁寧な手つきの上に、服の上からでも感じるほど温かい手だった。素直に気持ち良い。

 腕を引っ張られたりしていると、やがて右肩がぐいっと動いた。やがて頭の中で回路が繋がったかのように、自分の意思でも動かせるようになる。動かせるようになってしまうと、もう自然だった。


 ジンは石丸にも同様の作業を繰り返していく。


 片側だけだったので、どこか落ち着かない。左側も少しだが動かせるようになっていたが、ごく僅かなものに留まっている。右肩は、それまで無かったものが、まるで最初から有ったような感じだった。認識することで、何かが変わっていた。


ユフィリア:

「じゃあ、次は私だね?」

ジン:

「その鎧だし、無理だな」

ユフィリア:

「なら、脱ぐ」

ジン:

「おいおい、女の子がそんな簡単に『脱ぐ』なんて言っちゃあいけねぇ。自重しろって。俺も疲れちまった」

ユフィリア:

「……優しくしてくれないと、グレるゾ」

ジン:

「プッ、ハハハ。可愛いな。じゃあ、後で特別に両肩やってやるよ」

ユフィリア:

「ほんと?」

ジン:

「おうとも。ついでにオッパイがおっきくなるように揉んでやるし、キスだってサービスしてやる」

ユフィリア:

「そういうのは、いらなーい!」(><)





 程なくして、アキバに到着する。モンスターとの戦いも1度きりだった。


シュウト:

「お手柔らかにお願いします」


 お洒落に偏見があるらしいシュウトは、気乗りしていない様子で萎れていた。地味・目立たない・普通・変じゃない……といった格好を好む性質なのだから、仕方がない。着てみると意外と気に入るのではないかと思っていた。良い服は高いが、それだけの価値がある場合もある。


ジン:

「石丸は悪いけど、買い物の手伝いを頼む」

石丸:

「了解っス」


 お財布の味方である石丸が一緒なのはやはり心強い。


?:

「あれ?…………こんにちは~」


 大通りに入ったところで、挨拶される。そちらを見ると、そこに立っていたのは……


ユフィリア:

「ユミ! やっほー!」


 間の悪いことに…………ユミカであった。シュウトが半ば強引に笑みを作っている。逆にジンは急速に不機嫌になっていった。

 しばらくユフィリアと話していて、ジンを紹介する流れになっていた。


ユフィリア:

「そっか、ユミは初めてだっけ。ジンさんだよ?」

ユミカ:

「あの、初めまして……」

ジン:

「ああ、話は聞いているよ。シュウトに良くしてくれているそうだね」


 大人の包容力を感じる、温かい対応だった。


ユミカ:

「いえ、お噂はかねがね……」

ジン:

「ハハハっ。どんな噂だかな? シュウトには立場上、辛く当たっちまうから、できれば、これからも優しくしてやってほしい」

ユミカ:

「あ、はい……」


ジン:

「ところで、だ。君のところのクラスティさんは、ご在宅かな?」


 来た。首根っこを掴まれた猫の気分で、背筋がギュッと縮まる思いだった。ユフィリアも同じようで、心の中で(ひー)と叫んでそうな表情をしていた。


ユミカ:

「えっ?……いえ、領主会議の最中ですので、エターナルアイスの方で宿泊してて、もう何日か戻って来ていません。帰りは、えっと……」

ジン:

「ああ、そうか、そうだったな。それならいいんだ」


 楽しそうに笑うジンだった。


ジン:

「じゃあ、アレだ。折角だし、今日は予定を変更して自由時間にするから、夕方ぐらいまで好きに使うといい。それと、帰りに『あまり寄り道したくない』から、上手いことやってくれ、な?」


 あからさまに、余計なことをすれば、帰りにエターナルアイスに寄り道するぞとほのめかしていた。関係ない他人の命を人質にしての脅迫などは、圧倒的に大人気ない。

 〈エターナルアイスの古宮廷〉に配置されている守備隊の規模では、ジンを止めるのは難しいだろう。


ユフィリア:

「ジンさんはどうするの?」

ジン:

「俺はお邪魔だろうから、一人で時間潰してるよ。牛丼もまだ食ってないしな」


 直訳すれば、女子の買い物に付き合いたくない、ということだ。


ジン:

「じゃ、仲良くやれよ?」


 ぽん、とシュウトの肩を叩いて、ジンは街中に歩いて去ってしまった。ユミカがいる以上、シュウトに逃げ場はない。


シュウト:

「今日って時間あるの?」

ユミカ:

「はい。急な休みで暇を持て余してて……」

シュウト:

「じゃあ、一緒に買い物に行かない?」

ユミカ:

「ぜひ、ご一緒したいです!」


 裏事情を知らないシュウトが、気を利かせたつもりなのか、嬉しくない方向に話を誘導していた。気が付いた時には既に後手に回っていた。


ユフィリア:

「ニナ、大丈夫?」

ニキータ:

「ええ。ともかく、どうにかしなきゃならないわね……」


 無意識に額に手を当てていたらしく、心配したユフィリアが声を掛けてきていた。すべての責任が両肩にのしかかる重さをずっしりと体感する。どうにかして、この買い物を乗り切らねばならない、らしい。



 面倒なことになってしまった、と心の中でため息をつくニキータであった。

 


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