表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/260

55  曇りのち、雨

 

さつき嬢:

『つまり忘れていた、と?』

シュウト:

「申し訳、ございませんでした」


 朝早くからかかってきた念話で起こされる。苛立ちよりも驚きが勝り、誰だろうと慌てて出てみれば、〈ハーティ・ロード〉のさつき嬢からであった。こまめに連絡するように言われていたのに、すっかり忘れ去ってしまっていた。


 ベッドの上で正座したシュウトは、頭を下げて謝罪する。これは姿勢の変化が声の響き方に影響するためだ。頭を下げた時は声がくぐもった感じになるので、頭を下げていることがなんとなく相手にも伝わるのだと親から躾られていた。正座なのは気分的なものである。


さつき嬢:

『仕方がないな。やはり私から君に念話しよう。毎朝、朝練の()に念話させて貰うから、そのつもりでいてくれ』

シュウト:

「それって、朝の五時とか六時とかですか? その、せめて朝練の()にしていただくことは……?」

さつき嬢:

『それでは報告内容を朝練に活かせないだろう。君も朝練してるんだったらどうせ起きるのだし、手間は変わらないと思うが?』


 さつき嬢は、ジンとシュウトがこちらでも朝練をやっているのだと思っているらしい。なるほど、それで朝にこだわっていたのかと腑に落ちる。


シュウト:

「その、夜はどうでしょう? 寝起きで頭が回っていない状態だと、重要な話を漏らしてしまう可能性が高いと思われるのですが……」


 がんばって言い訳をひねり出す。事実、今のシュウトはここ数日の出来事を上手く思い出す自信がなかった。


さつき嬢:

『私は寝付きが良い方だが、寝た後で起こされるのは嫌いだ。移動中の身なので、交代で見張りに立つこともあるから就寝時間が不規則でもある。夜はあまり好ましくない。……少しはこちらも譲歩しよう』


 どうにか朝練後、もしくはシュウトから朝の内に連絡すると約束を取り付けることに成功した。二日に一度、ただし重要な話題はその日の内に、という条件になった。妥当な範囲だと思う。


 さっそくミナミの帰りがどうなったかの話から始めた。アクアとの出会いとベヒモス戦をかいつまんで話す。ベヒモスを倒した後でジンに弟子入りを志願した南米サムライ・エリオの事や、あっさり断ったのに結局はエリオに色々と教えていたジンのことなどを伝える。


 またシュウト自身の『内なるケモノ』、いわゆる獣化現象についても一通り考えを披露しておいた。この辺りで時間切れとなったが、さつき嬢と念話で話すのはシュウトにとっても良い経験だった。話すことで見えてくることもあったし、一流の剣士であるさつき嬢の考えを聞けることは貴重かもしれないのだと気が付く。


さつき嬢:

『まったく、まだまだ話していないことがあるようじゃないか?』

シュウト:

「あと少しだけです。……たぶん」

さつき嬢:

『どうだろうな。どうやら君は嘘つきの様だ。……明日も続きを楽しみにしている』


 『ゆとり小僧』、『今時のキレ易い若者』に続いて、今度は『嘘つき』にされてしまった。まさに『不徳の致すところ』というやつで、苦笑いするしかない。


シュウト:

「了解です」

さつき嬢:

『次に忘れるような事があれば、日の出と共に念話するから、そのつもりで』

シュウト:

「わ、わかりました」

さつき嬢:

『ハハハ、冗談さ。情報源は大切にしないといけないからな。では、また明日』


 たまっていた息を吐き出す。朝イチから大変な目にあったとは思ったが、念話のやりとり自体は少し楽しみになっているシュウトであった。





 ユミカはシュウトから貰ったお土産の正体を調べるためにアキバの街を歩いていた。ギルドで親しくしている人には、あまり自慢にならないように尋ねてみたのだが、珍しい品物のようで専門的な所で尋ねてみたほうがいいとアドバイスされた。


 マダム奈穂美の集まりで知り合いになった人達、たとえば〈海洋機構〉のトモコを頼って、詳しそうな人を紹介してもらおうと考える。


ユミカ:

(トモコさんに話しちゃうと、話が広がっちゃうかも?)


 ユミカは『ファンタジー好き』が講じてMMORPGに手を出した口だが、これは女子ではそう珍しくもない。最初の内は上手く喋れなかったのだが、モンスターの話題が切っ掛けとなり、今では男性プレイヤー達とも会話できるようになり、いつのまにか『モンスター博士』と呼ばれるほど詳しくなってしまっていた。


 〈エルダー・テイル〉では、モンスターの情報を知る手がかりが極めて限られている。名前やレベル、ランクは表示されるが、その他の情報は戦ってみて、解析してゆくほかにない。

 更に〈大災害〉でインターネットも使えなくなり、情報の外部的な蓄積が失われたことで、モンスターの生き字引的存在の彼女は大事にされるようになっていた。


 〈D.D.D〉のギルドマスターであるクラスティにも2回ばかり褒められたことがあり、それが彼女の密かな自慢だった。戦闘の方はさほど上手いわけでもないのだが、〈大災害〉以降、その知識を買われて第二や第三部隊に参加することが多くなっている。これは経験を積ませてモンスターの知識を実地で増やさせるための処置だった。1000人を超す大ギルドの第二部隊は彼女にとって緊張する場所だったが、とても光栄なのでがんばろうと思っていた。



亜矢:

「っとにもう! イライラするったら…………あら、ユミカじゃない?」

ユミカ:

「亜矢さん、こんにちは」


 マダム'S サロンの常連、〈第八商店街〉の亜矢と道ですれ違う。イライラしていた様子だったので、気付かれないといいなと思ったユミカだったが、願いもむなしく話しかけられてしまった。


亜矢:

「昨日シュウトとアキバで会ってたわね」

ユミカ:

「ええ、まぁ」


 ブリッコに見えるユミカは、亜矢に嫌われているらしいのだが、シュウトとのデートを目撃したため話しかけたようだ。


亜矢:

「悪いことは言わないから、早く別れなさい」

ユミカ:

「でも、まだ付き合ってるわけでもないので……」


 告白していないし、されてもいない。手を握られたぐらいで付き合っているとはいえないだろう。従って、判断は保留である。


亜矢:

「シュウトのギルドにはあの女(、、、)がいるのよ? 傷付くだけだって分からないの?」

ユミカ:

「それは、……分かっているつもりです」



 十分に分かっている。しかし、「大丈夫」とまでは言えなかった。


 シュウトと一緒に街を巡るのは楽しかった。穏やかで紳士的な態度ではあるものの、自分にあまり興味がないのでは?と不安にさせられる。いや、楽しそうにはしてくれているのだ。しかし、それは自分と一緒だからというよりも、この状況が物珍しいからでは?という疑念が浮かんで消えてくれない。


 時間をかけて自分の良いところを分かってもらうしかない。そうやってグッと心の中でガッツポーズを作るユミカなのだ。


 シュウトが女性に対してあまり積極的で無い部分については、実のところ好ましいとすら思っていた。何せあちらのギルドにはアキバでも最高ランクの美人である彼女(、、)がいる。不安にならないと言えば嘘になってしまう。


 引き合わされて最初にデートした時に比べて、今回、シュウトは女性の扱いなどで長足の進歩を遂げていた。女性に興味を持ち始めたのかもしれない。それは、終わりを早めるのではないかと本当は気がかりだった。


 ユフィリアのことは信頼している。

 紹介した手前、彼女からは決してシュウトに手を出さない。そういう部分に関しては100%信じられる。けれど、シュウトの側からはどうだろう。いつまでも彼女に興味を持たないでいられるものなのだろうか? ちょっとした切っ掛けでもあれば、自分のことなどあっさりと忘れられてしまうかもしれない。ユフィリアは(努めて出さないようにしているが)男性が夢中になってしまう何かを持っている人なのだ。


 だから、なるべくなら自分の在籍する〈D.D.D〉に来て欲しいと思っていた。


 ――この時のユミカには、〈カトレヤ〉がシュウトの立ち上げたギルドに見えている。このため、シュウトが自分のギルドを別に作って、ユミカがそこに移籍するという視点は持ち得なかった。既に自分のギルドを作っていて、そこにユフィリア達がいるという状態だと思っていた。



 ユフィリア達が〈カトレヤ〉を抜けて、何処かへ去ってくれるのを願うのはさすがに非情に感じる。新しいギルドでの楽しげな様子は、ユフィリアからの念話でよく聞き知っているのだから。かといって、自分が〈カトレヤ〉に参加するのでは、魅力の塊のようなユフィリアと戦うことに成りかねない。直接的に比較されて勝つ自信などは無いので、それは避けたいところだった。


 優しいユフィリアのことは嫌いになれないし、嫌いたくもない。だから、シュウトから〈D.D.D〉に来ると言って欲しかった。少しだけ、そういう話題をふってみたりもしたのだが、なんの反応もなかった。


 まだ好きだとも言ってもらってもいないのだし、焦って答えを迫ると結果が裏目に出てしまいそうで怖い。……もっと深く求められても応じるつもりはあったが、そういう気配はない人なので寄る辺とすることもできず不安になってしまう。


 自分に魅力が無いだけかもしれない。

 背の低さや太り気味な体型にコンプレックスがないと言えば嘘になる。〈冒険者〉の体になってサイズ補正されてはいるのだが、それは現実世界に戻ることができた時に、受け入れて貰えるかどうかリスクになるという意味合いが残ってしまうのだ。



亜矢:

「まったく、私だったら一日だって耐えられない」


 ブツブツと文句を言う亜矢だったが、ユミカを心配して言っているらしかった。ユフィリアを目の敵にしている亜矢だが、気になって気になって仕方ないのだろうと思っていた。本当の本当は好きだから、平然と友達をやりたいのだけれど、怖くて近付けない。でも、そのことを認められもしない。攻撃的に振る舞って自分の方を意識させようとするのは、自分だけ意識しているのが我慢ならないから、なのかも。


 ユフィリアも決して亜矢が嫌いではないらしい。少しばかり残念な人、というのがユミカの評価であった。


 ユミカはふと思い出したことを尋ねてみた。少々気になっている案件だった。


ユミカ:

「ところで、食中毒の話って聞きました?」

亜矢:

「何それ……、詳しく聞かせてちょうだい」


 亜矢の顔付きが代わり、真剣さを帯びる。


ユミカ:

「私もシュウトさんから聞いたんですけど、〈大地人〉の街で食中毒による死者が出たとかで」

亜矢:

「そう。……どこの街だったか聞いてる?」


 その沈痛な面持ちは、彼女が責任を感じていることを如実に物語っていた。


 生産ギルドの中でも亜矢の所属する〈第八商店街〉は食品の流通に強い。寿司に代表される生モノをこよなく愛する日本人は、食品の鮮度に非常に敏感で、しかも厳しい態度を取りがちであった。夏場ともなれば商品が痛みやすくなるのは当然の話なのだが、誰も何も言わなくとも最終消費者の手に届くまできちんとした商品の提供を目指している。日本人の感覚からすれば、それが当たり前のことなのだ。生産ギルドの関連部門は胃を痛くしながら、物資のやりくりを毎日こなしているのである。


ユミカ:

「イケブクロの〈陽光の塔〉です」

亜矢:

「〈陽光の塔〉か……。油断してたことに、なるんでしょうね」


 イケブクロにある〈陽光の塔〉は、閉鎖的な〈大地人〉の都市なので生産ギルドであっても付き合いがない場所だろう。それでも自分たちの油断だと言う。

 亜矢の態度があまりに痛々しいので、早めにネタバラシをすることにした。


ユミカ:

「でも大丈夫です。……嘘って、言ってましたから」

亜矢:

「はぁ?」


 シュウトから念話で食中毒の話を聞き、それとなく〈D.D.D〉にも噂を流して欲しいと頼まれていたのだが、しばらくするともう一度シュウトから連絡があって、噂の拡散は取りやめになっていた。


 これは葵が噂を流そうとしたところ、付き合いのある生産ギルドの人間から「どうしても止めてくれ」と頼まれたためだった。「百害あって一利なし」だという。責任をもって食中毒対策で動くという確約を取り付けて、噂を流すのを葵は止めた。たっぷりと『貸し』をもぎ取った形である。


 これにはユミカも賛成だった。

 食中毒で人が死んだとなれば、ギルドマスターであるクラスティは調査に人を派遣するだろうと思ったのだ。〈円卓会議〉が発表した調理法が結果的に人を死に至らしめたのだとすれば、決して無責任な噂のまま放置したりしないだろう。話が大きくならない方がよい。


 亜矢に尋ねてみたのは、生産ギルドの方では実際にどういう話になっているのか?という確認と、自分の好奇心からであった。


亜矢:

「何よ、それ! アナーキズム、いいえ、もう完全にテロリズムの発想じゃないの! 心無い噂で傷つく方の身にもなれっていうのよ!」


 誰も死んでいないことと、〈大地人〉が食中毒で死なないようにするために、〈冒険者〉達に警告する目的で噂を流そうとしていたことを教えると、亜矢は街中での人目も気にせずに怒り始めてしまった。


 商品の鮮度に気を付けて、安全なように、安全なようにと心を配っている生産ギルドからすれば、食中毒で被害者が出たと言われるとかなりのマイナスイメージになる。それが自分たちに関係なくても、だ。

 〈冒険者〉の場合、仮に食中毒になっても呪文ですぐに回復できるし、そもそも死のうとしても死ぬことはできない。食中毒ぐらいでは大した問題にはならないのだ。


 それでも、ちゃんとした商品を売ろうと努力しているのである。安全性への疑いはメンバーの士気を大きく下げる。たとえば軽い調子で「これ食っても大丈夫か?」などと聞かれても、食中毒のことを言われていると思えばだんだんと心が(すさ)んでしまうものだ。


亜矢:

「まったく、気楽に事件をでっち上げられたらたまったものじゃないわ!」

ユミカ:

「…………」


 生産ギルドの立場も、憤慨する亜矢の気持ちも分かる。だが、〈大地人〉を救おうとしたシュウト達が間違っていたとも、ユミカには思えなかった。二つの立場のどちらも間違ってはいないのではないだろうか。

 ただ亜矢の様に、それらの『正しい意見』に両側から挟まれてしまう立場の人たちが苦しむのを、どうすればいいのかは分からなかった。


 ひとしきり怒ってみせた亜矢が、少しばかり冷静さを取り戻してユミカに質問する。


亜矢:

「ところで、その食中毒ってのは『本当に』あったことなの?」

ユミカ:

「そうみたいです」

亜矢:

「その人たち、どうなった?」

ユミカ:

「ユフィリアさんが助けたそうです」

亜矢:

「…………」


 押し黙る。気まずいのであろうが、沈黙は長くは続かなかった。


亜矢:

「貴方、友達でしょ。お礼を言っといて貰える?」

ユミカ:

亜矢さんから(、、、、、、)ですか?」


 意地の悪い質問かもしれないとは思ったが、いつもきつくあたられているので、お返しの意味はあるもしれない。


亜矢:

「いいえ、〈第八商店街〉を代表…………待って、やっぱり私からよ」


 そう言ったところで、小声で何やらを呟く。


亜矢:

「そうよ、今朝のアレはそういうことだったわけね。この私に八つ当たりとは、良い度胸じゃないの」


 くるりと身を翻し、唐突に来た道を戻ってゆく。と、思い出したように振り返ってユミカに礼を言った。


亜矢:

「なかなか楽しい話だったわ。……またね(、、、)

ユミカ:

「はい」


 照れくさそうに「またね」と言って、そのまま亜矢は去って言った。これはユミカにしても意外なセリフだった。


 ともかく、〈第八商店街〉の中で動きがあったようで安心する。

 こうして考えてみると、シュウトの在籍する〈カトレヤ〉とは不思議なギルドであるようにユミカには思えてきた。先日まではミナミへ出かけていて、一時は念話も通じなくなる海外サーバーにいたかと思えば、今度は食中毒で裏から噂を操ろうと動いていたりする。


ユミカ:

(一体、なんだろう?)


 少し活動的な小ギルドがあっても、別段おかしくはない。シュウトがいるのだから、ユミカにとって活動的なのはプラスイメージが強い。何もしていない人よりは、何かしていて欲しいような気もする。



 そのまま最初の目的の通りに、〈海洋機構〉のトモコに鑑定のスキルを持つ人物を紹介してもらい、シュウトからお土産として受け取った宝石のようなキューブについて鑑定してもらうことになった。


狼牙族の鑑定人:

「こいつは凄い。よくこんなものを手に入れられたな?」


 鑑定をお願いした〈海洋機構〉の鑑定人は、驚きに半ば興奮していた。


狼牙族の鑑定人:

「いや、さすが〈D.D.D〉ということか。〈大災害〉以降、ベヒモスを倒したという話は聞いていなかったが、最近かい?」

ユミカ:

「いえ、……〈大災害〉の前だったと思います」


 ベヒモスという単語を聞き直そうとして声を出しかけたが、辛うじて堪える。相手は〈D.D.D〉が倒したモンスターのドロップアイテムを鑑定に来たと思っているらしい。それならば倒したモンスターの名前を知らないのは不味かろう。盗んで来たと思われるのは嫌だった。


狼牙族の鑑定人:

「そうか、いや、そうだろうな。おめでとう。これは貴重な品物だよ」


 鑑定人は、良いものを見たと喜んでいた。しかも鑑定料をまけてもらえた。その代わり、売る時は直接自分のところに持ってきて欲しいと頼まれる。当面、売るつもりはないのでユミカはOKしておいた。


 ユミカの手の中には、ベヒモスのドロップアイテムがあった。こんなものをあっさりとプレゼントとして貰っても、一体どう反応すればいいのか分からない。高価すぎる気がした。


 ……しかし、それ以上に、シュウトの素性に怪しいものを感じてしまう。最低でも50人、もしくはそれ以上が在籍する戦闘ギルドでなければ、手に入らないアイテムのはずだ。


ユミカ:

「どういうこと、なんだろう……?」


 お土産に貰った品物を鑑定する前よりも、鑑定した後の方が謎は増えて感じるユミカであった。





 食中毒の警告のため〈陽光の塔〉へ行き、戻って来た午後。〈カトレヤ〉のテーブルでユフィリアが何やら書き物をしているところだった。


シュウト:

「何してるの?」

ユフィリア:

「シュウトには関係ないでしょ」


 気を使って話しかけてみたものの、冷たくあしらわれてしまう。

 ミウラの村でユフィリアを怒らせてしまい、まだ機嫌が悪いままだった。ジンが〈陽光の塔〉から落ちそうになった話で、ユフィリアのミニマップが使えなくなっている話を聞き、つい嬉しそうな表情になってしまった。それを見咎められ、不機嫌なまま現在に至っている。


シュウト:

「だから、本当にゴメンって」

ユフィリア:

「すぐに謝ればいいと思ってる。ちょっとデートが上手くいったからって、いい気になってない?」

シュウト:

「……そう、かな」


 調子にのってただろうか?と自問しつつ、邪魔しないように離れた位置に座った。やることが途切れたので、そのまま何となくボーっとしていた。見るともなしに彼女を見ていると、面白い顔になって天井を見たり、真剣に紙に向かい合ったりしている。どうやら脳内メニューの内容を確認しながら、何か書き出しているらしい。ということは、自分の特技についてまとめたりしているのだろう。


葵:

「ありゃりゃ、熱い視線で見つめちゃって。ここも真夏だねぇ」

シュウト:

「……変なこと言わないでください」


 通りがかりにシュウトをからかった葵がそのままユフィリアに近づいていった。


葵:

「ユフィちゃん何してんの?」

ユフィリア:

「えっと、クイズを考えてるの」


 チラりとシュウトの方に厳しい視線を送りながらも、葵にはにこやかに対応するユフィリアだった。


葵:

「どんな問題?」

ユフィリア:

「30秒間で最も大きく回復させる方法は?ってクイズ。これが考えた答えなんだけど、ハズレだって言われて」

葵:

「どりどり、おねーちゃんが見てあげよう~」


 ユフィリアは特技の使用順を羅列した紙を葵に見せていた。キャラをリメイクしてしまう前、葵は名うての〈施療神官〉だったと聞いている。


 普通に考えて、特技使用のローテーション問題であろう。基本的には威力の高い回復呪文から順に使っていけばいい。ともかく最大回復量を求めるというのであれば、集団を回復させる呪文を使い、30秒間という制限があるので、詠唱時間などを吟味して、なるべく多くの呪文を使うように工夫していけばいいはずだ。


葵:

「最初にこれを使って、次にこれ、うん、うん。これなら悪くないんじゃない?」

ユフィリア:

「ホント? じゃあ何がダメなのかなぁ~。それがわかんなくて」

葵:

「あっ、もしかして、これって出題者はジンぷーなんじゃない?」

ユフィリア:

「そうだけど?」

葵:

「あははっ。だったら、引っかけ問題だよ。答えはリフレーミングね、きっと」

ユフィリア:

「リフレーミング?」


 リフレーミングとは、思考の枠組み(=フレーム)を再調整するという意味を持つ。考える思考の前提を組み直すことで、別の視点から問題を考え直すという思考方法のことである。


葵:

「なんでもアリなんだよ、きっと。何でもアリだったら、どうする?」

ユフィリア:

「なんでもって、何でもいいの?」



 足音がして、頭にタオルを乗せたジンがちょうどよく入って来た。定位置になっているソファに『ぼすん』と座ると、よく絞った濡れタオルで頭を押さえ、指先でわしゃわしゃと小刻みに拭き始めた。


 これは冷水摩擦と言う方法の一部で、入浴の代わりにタオルで体を拭いて清潔にしつつ、マッサージの効果で疲労を回復するものである。


 ユフィリアがテーブルから立ち、ジンの側に近づいて行った。


ユフィリア:

「ねぇねぇ、ジンさん」

ジン:

「あー? なんぞなもし」

ユフィリア:

「クイズの答えだけど、ユミカを連れてきて二人で回復呪文を使う、とかでもいいの?」

ジン:

「おー、それでもいいぞ。良く分かったな?」

葵:

「やっぱりね!」

ジン:

「ははーん」

ユフィリア:

「むー。なんだか問題もイジワルな感じ。呪文をちゃんと覚えてるかどうかのテストでしょ?」

ジン:

「何でもありって言っただろ?……知識は覚えただけじゃダメさ。実際に使えるようになってこなきゃならない。リフレーミングに気が付くのが難しいのは分かってたけど、答えを出すまでに色々と考えるのが訓練になると思ってさ」

ユフィリア:

「でも、実際にはユミカを連れてこれらないかもでしょ?」

ジン:

「別に実際に可能な範囲でも色々考えられるだろ。ニキータに〈慈母のアンセム〉を使わせたり、みんなに回復ポーションを飲ませたり、反応起動回復を使っておいて、お互いに軽く殴って起動させたりとかさ」


 〈慈母のアンセム〉は、永続式援護歌の一種で、回復呪文の威力を僅かだが高める効果を持つ特技である。


ユフィリア:

「そうだけど、なんだか上手く誤魔化された感じ」

ジン:

「と、言うか。……おお、ゆふぃりあ よ、こたえ を おしえて もらった とわ、なんと なさけない」

ユフィリア:

「えっ、そんなことないヨ?」


 説明を聞いても不満げなユフィリアに、DQ1の王様のようなセリフで返すジン。途端に口元から笑顔が広がり、にこやかに受け流そうとするユフィリア姫だった。


ジン:

「あーあ。カンニングするとか、呆れたね。呆れ果てたね」

ユフィリア:

「具体的には教えてもらってないもん」

葵:

「そーだよ。ちょっとヒントを出しただけっていうか?」

ジン:

「ダメだな。罪には罰をもって報いよう。もう俺は教えてやらん。そこのちっこいのに教わるがいい」

葵:

「……それって最初からそのつもりだったんじゃ?」

ユフィリア:

「ジンさん、ほんとに怒ってる?」

ジン:

「いや、本当に呪文を含めた専門的なことは葵に習うといい。そいつはなかなか得難い教師だぞ? なにせ伝説の持ち主だからな」

ユフィリア:

「伝説?」

葵:

「そんな、時代も、あったかも?」

ジン:

「ケケケ。何せ、ついたあだ名は『不死身の魔法少女』だもんな?」

レイシン:

「ああ、懐かしい名前だねぇ~」


 タイミングよくレイシンが現れ、昔の話を懐かしそうに事実と認めていた。厨二病全開の恥ずかしい要素を二つ並べたその二つ名に、葵当人は肯定も否定もしない微妙な顔付きをするばかりであった。



ジン:

「もう十年以上も昔の話だ。今、アキバで大きな顔してるギルドは、大半が無かったか、もっとずっと規模が小さかった」

葵:

「その頃のあたしは、戦闘ギルドでブイブイ言わせてたのよ。レイドでハイエンドこなしたりしてね」

ジン:

「どんなクエストからも生きて帰ってくる女ヒーラーがいるって話はちょっと噂になっててな。しかし、当時の俺たちは弱小ギルドも良いところで、パーティ向けのチンケなクエストをこなすのに精一杯だったりしたわけ」

葵:

「結論から言おう。ジンぷーはあたしが育てた!」

シュウト:

「結論を急ぎすぎです」

ジン:

「俺達は仲間のヒーラーが辞めることになって、ちょうど困ってたんだ。その時にひょんな事から葵が仲間になったんだが、これがな……」

レイシン:

「あの時は苦労したよね(苦笑)」

ユフィリア:

「何があったの?」

ジン:

「んー。こいつ、とんでもないビビリでな。自分だけ助かるためにさっさと帰ったりログアウトしちまうんだよ。後で噂の当人だと知ったときには、そりゃ不死身なわけだと思ったけど、そん時はンなことは知らないワケだろ? さすがに回復役がいないとゲームにならないから、そこからはもう接待プレイですよ」


葵:

「ジンぷー達が下手過ぎたの。私だってむざむざ死ぬわけにも行かないじゃん。周囲にも期待されてたわけだし。……なんつってもホレ、超絶美人ヒーラーの加入に、性欲を持て余した狼みたいなアレがあんなんなってて、もぅ大変だったし」


 後半部分のセリフは軽く聞き流して話を続けるジン。


ジン:

「俺も、前に話したラインも、どっちかと言えば無茶する方が好みなんだが、誰かさんは死にそうになると帰っちまうもんだから、これでもかと慎重にプレイするようになって行ったんだ。途中で危なくなって来ると、なだめて機嫌とったりしてな。それでもダメでとなると、最初から準備万端整えて、死なないようにあらゆることをやるようになった。もうちょっと、もうちょっとだけ!とか言いながらのプレイだよ。なんか〈エルダー・テイル〉の中で完全に別のゲームをやるようになって、気が付けば長時間プレイするのが目的、みたいになっちまってた」

レイシン:

「はっはっは。でも段々と、生き残るのが上手くなっていったんだよね」

葵:

「全部、あたしのお陰じゃん」


 ぐいいっと胸を見せつけるように反らす葵お得意のポージング。


ジン:

「誰かさんのお陰で、あの時期だけで俺は100回ぐらい死んでんだけどな。経験点返せっつー話だろ」

葵:

「だっらしなーい。100回も死んでるとか、超よわよわしー(笑)」

ユフィリア:

「葵さんって、死んだことあるの?」

ジン:

「俺たちと一緒の頃は、ゼロのままだったろ」

葵:

「んー、ジンぷー達が居なくなって気が抜けたのか、ポロっと1回死んじゃってさー。その後にもう1回死んじゃって、『ああ、もうダメだな』と思って、それで現役から引退したんだよね。こう、生き残るセンスっていうか、危機感をあんまり感じなくなっちゃったというか……」

シュウト:

「たったの2回しか死んでないんですか?」

葵:

「そだよ」


 戦士職や物理攻撃職では無いとはいえ、長い期間に様々な冒険に出ていて、まるで死んだことがないというのはあからさまに何かがおかしかった。戦闘ギルドに居たとしても、よっぽど大事にされていたとしか思えない。絶対に死なないでいるには、冒険に出ないしか方法はないのだ。


シュウト:

「それでボス戦とかどうしてたんですか? 閉じ込められたりとかしょっちゅうですけど」

ジン:

「だから、葵がいる限りは全滅しないんだよ。ヤバい時はボス戦になる前に逃げやがるし」

シュウト:

「でも、それだけじゃ通用しない場合もあるんじゃ……?」

レイシン:

「今とは環境も違うから、何とかなっちゃったんだよね」


 通常、冒険の最中に勝手に帰ったりしたら非難轟々であるはずなのだが、そこはどうにか受け入れたシュウトであった。これまでに経験した様々な条件戦を、一度も死なずに突破できる人がいるとは思えなかった。


ジン:

「あのギルド、お前が抜けてから勝てなくなって、ゴタゴタした末に潰れちまったもんな」

葵:

「まぁ、そうなると思ってたけどね」

シュウト:

「…………葵さんって、どうしてそのギルド辞めたんですか?」


 シュウトも戦闘ギルド〈シルバーソード〉を辞めて来ている。なんとなく共感する部分もあったし、他人事なので好奇心が疼いたのかもしれない。


葵:

「んー、なんでだったかなー? ずいぶん昔のことだし」

ジン:

「その抜け忍したの、彼氏との喧嘩が理由だろ。さんざん愚痴ってたじゃねーか」

葵:

「てへぺろ。なんつってー」


 軽く笑って誤魔化していた。


 人に歴史あり、なのだろう。

 こうしてユフィリアは葵に師事することになり、格闘戦はジンが別に教えても良いということで話がまとまった。



 外は曇り空で、どこか湿った雰囲気が漂っていた。久しぶりに雨になりそうだった。

 その日の作業を終え、夕食を済ませ、風呂から上がって一息ついていると、しとしとと静かに雨が降り始めた。少し涼しくなれば、ぐんと眠りやすくなるだろう。


 寝る前にユミカから念話がある。ユフィリアがプリプリと怒っていた話になり、笑いながら「あんまり怒らせちゃダメですよ」と諫められてしまった。話が筒抜けなのはちょっとどうにもなりそうにない。

 おやすみを言って念話を終わらせたが、眠りやすそうな夜なのに、どうにも夢の中で|魘〈うな〉されそうだなぁ、と思った。



 ――〈緑小鬼(ゴブリン)〉の大軍団にアキバの面々が気付くまで、残り6日。

 

いつもお世話になっております。<(_ _)>


先送りにしていた3巻・4巻のタイムスケジュールを調べるのに手間取りました。( TДT)

記憶よりもゴブリン戦発動が後ろだったので、こっちのスケジュールにも影響が出てしまいました(笑)


直ぐに次の作業を開始いたしたく。ではでは。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ