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54  お土産

 

 牛丼屋でジン達と一緒になりはしないかとビクビクしていたシュウトだったが、どうやら時間帯が別になったらしい。時間的にはお昼を少し過ぎたところだったが、今のアキバにはお昼休憩が厳密に決められて動いている人は少ない。店内は人が多くなったり、少なくなったりを不規則に行き来している風だった。


 醤油がベースとなっている牛丼の味を堪能し、醤油の偉大さを再確認する。素晴らしかった。本当は昨日も醤油味の料理を食べているのだが、むしろベヒモス肉がすべてを吹き飛していたため、醤油がどうとかの意味は失われていた。毎日、美味しいものばかり食べている気のするシュウトであった(事実、毎日美味しいものばかり食べているのだが)。


 現実世界で食べた牛丼チェーンの味がどうだったのか、遠い過去の思い出となってしまっていてよく分からない。いま食べているものと少し違う気がするのだが、具体的にどう違うのかまでは分からない。それでも十分に美味しかった。


 経費削減のためであろう薄切りにされた牛肉は、牛丼チェーンのものに比べればやや肉厚で、人の手で切ろうとすると厚みがまばらになってしまうようだ。それはそれで少し得をした気分になる。肉の味がしっかりと感じられた。


ユミカ:

「美味しいですか?」

シュウト:

「うん。思ってた以上に美味しいよ」

ユミカ:

「良かった」


 まるで自分が褒められたみたいにホッとしている彼女をみて、美味しいこととは関係なしに、一緒に来られて良かったと思う。


ユミカ:

「……ユフィさん達はアサクサに寄り道するって言ってました」


 どんぶりが運ばれてくる直前にユミカが念話していた相手は、どうやらユフィリアだったらしい。


シュウト:

「そうなんだ? でも、アサクサって何かあるのかな?」

ユミカ:

「どうでしょう……」


 言いよどむユミカは知らなさそうだと思い、話題を変えようと思う。

 シュウトの現在の目的は、本人的に本日のメインとなる『お土産を渡すこと』だった。牛丼屋の店内ではいささか落ち着きがないし、並んでいるお客さんの手前、長話をするのも気が引ける。どこか落ち着いて話ができそうな場所に移動しなければならないだろう。問題はそれがどこか?ということだ。


 ユミカの食べるペースを見ながら、それに合わせてペースを落とす。そんなことをシュウトが思いついたのは、昨日の細々とした注意のお陰であった。バクバクと食べてしまいたかったが、女の子を急がせるのはマナー違反らしい。こうした手順が様々にあって、何かミスをしてやしないか気がかりでならなかったが、初心者的には順調だと信じてやり切る他にない。女性というものが別次元の存在であるという認識を新たにしたシュウトであった。


 お互いに食べている間は会話が続かなくなるし、続かなくてもいいのだなぁと理解する。食べているユミカの顔を軽くみると、笑顔が返ってきた。シュウトも口角を上げて笑顔を返す。


シュウト:

(こういうの、なんかいいかも……)


 あたたかい気持ちになっていた。



ユミカ:

「あの、ここは私が払います」


 ゆっくりと食べ終わった二人が店を出ようとしたところで、支払いをユミカがすると言い始めた。またもや選択の時が来てしまったらしい。


 ジンに言わせると、デートで男が支払いを受け持つのは、女性の金銭・収入的な事情を考慮してのことなのだが、本音をいえばデートがちょっとつまらなくても、タダなら怒りの矛先から逃れることができるという『セーフティネット』のようなものらしい。


 一方でニキータの説明では、支払いを分担しようとする女の子はいまどき珍しくなくなっているのだそうだ。分担するフリだけで、男性がすべて支払いするべきだと考えているタイプもいるが、本当に割り勘にしてくれる子にはそうした方が安心感を与えることができるという。そういう女の子にはその優しさに感謝の気持ちを忘れないことが大切で、おごられることによる心理的負担を軽くしてあげるのもエスコートの内だという。


 金銭的負担と心理的負担。どちらを重視するタイプかでシュウトが取るべき行動が変わってくる。ユフィリア曰く、『ユミカはいい子だから大丈夫』とのことだが、その『いい子』とやらは果たしてどのような意味なのかまでは教えてくれなかった。


 シュウトの本音を言わせてもらえば、金貨1000枚ぐらいの買い物ならともかく、二人前でたかだか金貨数枚にしかならない牛丼の支払いごときで一喜一憂しないで欲しい。ましてや、いい子であるなら尚更だ。


シュウト:

「僕が払うから、そんなの気にしなくていいよ」


 サッとユミカの表情が変わった。どことなく悲しげな様子に見える。いや、間違いない。どうやら選択を間違えてしまったらしい。


 心の中で第一種警戒警報が鳴り響く。


シュウト:

(えっと、ジンさんならどうする? ジンさんならどうする? ジンさんなら……)


シュウト:

「じゃ、じゃあ、ワリカンにしようか?」

ユミカ:

「…………」(こくり)


 ジンの真似をして提案を小さくしてみたのだが、どうにかセーフだったらしい。割り勘のために少し多めに金貨を取り出したのだが、ユミカのくちびるがご不満な感じで、にゅっと突き出される。


シュウト:

「えと、ここはゴチソウになります」

ユミカ:

「はい♪」


 端数分を引っ込めてユミカに支払いを譲ると、嬉しそうにお金を受け取った彼女が精算をしに行った。いわゆる「消費税分は男が出すべき」と「支払いは男がやるべき」のルールとは反対だった。……世の中がよく分からない。

 暗黒大陸のうっそうと生い茂った密林を征く狩人の心理とは、こういうものなのではないかと思う。どこに死の危険が待ち受けているのやら、だ。



 お土産を渡す場所を考えながら街を歩いてゆく。それなりに長い時間を一緒にいたのだし、今日のデートはここまでで良いと思う。


 ユミカも何だが言葉少なげだった。シュウトが何か話題を、と思ったところで、手を伸ばせば届きそうな位置に彼女の手が見えた。


シュウト:

(そうか、手を握るぐらいした方がいいのではないか?)


 すると途端に頭がぐるぐるとし始めた。嫌がられたらどうしよう。いきなり握るのは失礼なのでは? 一言先に声を掛けるべきか? そっちの方が照れくさいような……。

 これはとんでもなく決断力を必要とする難題であった。頼みの綱はジンの教えである。(ジンさんならばどうする?)と自問する。


シュウト:

(忘れてた。ゴー&ストップだ。ゴーしてからストップ。ゴーだ)


 手の甲で、彼女の手の甲に触れる。一瞬ビクッと避けようとした。失敗か?と思ったのだが、おずおずと戻ってきた。突然だったから、ぶつかったと思ったのかもしれない。そう思ったら、戻ってきた手をそのままパッと握ってしまっていた。


 ユミカの反応を横目でみながら、照れくさい気持ちと、新しい冒険(クエスト)に勝利した感覚とで胸がいっぱいだった。

 これでシュウト的に今日は大満足である。



 気が付けば、駅を越えてブリッジ・オールエイジズに来ていた。街の南の出入り口でもあって、人通りはそれなりに多い場所だが、川を見ながら話をするのにちょうど良い気がした。


シュウト:

「渡したいものがあるんだ」


 そう切り出して橋で立ち止まり、お土産を取り出した。これぞとっておきである。


ユミカ:

「これって……?」


 それはベヒモス戦で得たドロップアイテムだった。宝石にも似たキューブ状のそれは見た目が綺麗だったので、ジンに許可を貰ってお土産にしたものである。どことなくレアドロップの気もして遠慮しようとしたら、ジンが良いと言って逆に押しつけられた形になってしまった。あのベヒモスはほとんどジンが一人で倒したようなものだったので、「俺が良いって言ったら良いんだよ」と、〈カトレヤ〉の皆に気を使う必要はないと言われていた。


 鑑定前のアイテムなので、詳しいことはシュウトにも分かっていない。石丸に見せれば鑑定して貰えるのは分かっていたが、モンスター好きの彼女に渡すのなら、鑑定前のアイテムの方が良いと思ったのだ。


ユミカ:

「何のアイテムですか?」


 ユミカは触らずに、まず顔を近づけて観察した。手渡してあげる。


シュウト:

「モンスターのドロップアイテムだよ」

ユミカ:

「見たことないです。なんのモンスターですか?」


 そう言って太陽に透かして観察していた。その夢中な感じ、つまり知的好奇心を引き出せたのが嬉しかった。してやったりという気分。


シュウト:

「何だと思う?」

ユミカ:

「えーっ? 岩石系のモンスターですか?」

シュウト:

「さぁ、どうだったかな。ともかく、貰ってよ」

ユミカ:

「それじゃあ、その謎もお土産ってことですね」


 嬉しそうにしているユミカに頷いて同意する。


ユミカ:

「……でも、これってなんだか高そうな気がします。貰っちゃっても良かったんですか?」

シュウト:

「ダメだよ、ヒントは無し」


 また近い内に会う約束をして別れ、シュウトはシブヤへの帰路についたのだった。この一日の経験を経て、(勘違いもいいところではあったが)ずいぶんと成長してしまった気のするシュウトであった。





 シュウト達が牛丼を食べていた頃、ジンとユフィリアはアサクサへとやって来ていた。


 現在、アサクサは変化の兆しを見せていた。

 元は浅草寺をモチーフとした和風の神殿が中心になった『門前街』であり、アキバを根城にする〈冒険者〉にとって最も近い〈大地人〉の街が、アサクサなのだ。低レベルクエストの舞台になることも多く、気軽に足を運ぶことができる。

 そのアサクサの街が、〈冒険者〉による好景気に対応しようと動き始めていたのである。


 〈大地人〉からの物資の多くは、マイハマの都へと自然に集まってくるため、〈冒険者〉達も仕入れのためにマイハマへと赴くことが多くなっていた。穀物や野菜などは、〈大地人〉から購入しなければ大量に入手することはできない。その物資の流れの一部が、アサクサを経由してアキバへと流れ始めていたのだ。隅田川を利用した大量輸送も計画中であり、静かな門前町はにわかに活気づいていたのである。


 別の方面でもアサクサに活気が生まれつつある。それが性風俗だった。

 約一万人が暮らすアキバだが、生活するだけならばそこらの廃墟で十分に間に合ってしまうし、同時に一万人が生活できる宿がある訳でもない。 購入してしまえばギルドスペースの方が宿よりも維持費が安く上がるのだが、掃除したり片付けたりの手間は自分たちで負担することになる。掃除屋の〈大地人〉を雇うという手もあるが、やはり金が掛かる。


 〈円卓会議〉の成立以後、アキバ経済が上を向き始めたのと同時に、宿の使用率が高くなって来ている。生活の向上は住処からだ。また、恋人達が二人きりになれる場所を考えると、人目のあるアキバは落ち着かないと考える者も出てくる。満室であちこちの宿をウロウロしたくないのは自然な感情でもあったのだろう。そこで目に付いたのがアサクサであった。


 マイハマの都は元々総合的なアミューズメント・パークをモチーフにしていたのでデートスポットとしての雰囲気は高そうに思えるが、アトラクションやパレードが行われている訳ではないし、二人で旅するには遠かった。ジンとユフィリアのような、戦士と回復役といった都合の良い組み合わせばかりではないのだ。その点でアサクサならば、後衛同士のカップルでも、レベルがそこそこあればたどり着くことが出来る距離にあった。



 ジンとユフィリアは、物珍しそうにアサクサの変化を観察しつつ、和風の神殿(寺院)にお参りし、元雷門からの参道で土産物を冷やかすと、蕎麦屋の話を耳にしたので、試しに入って注文を済ませたところだった。


 基本的な世界設定は中世西洋をモチーフとしているのだが、〈武士〉や〈神祇官〉という職業が設定されている関係か、ヤマトには和風の町並みも珍しくない。店内は和風な装飾だった。粉を挽く臼などが室内の端の方に置かれていた。



ユフィリア:

「お蕎麦が食べられるなんて思わなかった」

ジン:

「ああ、楽しみだな」


 店主は〈大地人〉の常連らしき壮年の男と会話していた。どことなく江戸っ子という気がする。聞くともなく聞こえてきた内容は、商人である常連の男が、自分の息子を魔法使いにしたらしいのだが、ツクバの街から最近戻って来たものの、実力の方はさっぱりで、家に引きこもって本ばかり読んで外に出ようとしない、といったどこの世界も同じなのか?という話だった。


 やがてジン達の分の蕎麦が出てきた。

 醤油を節約しているのか、色はやや薄い印象だったが、出汁の味が利いているつけ汁に、何割り蕎麦かまでは分からなかったが、コシのある蕎麦。割とまともに日本蕎麦として纏まっていた。


店主:

「お客さん達は〈冒険者〉の方々でしょう?どうですかい、ウチの蕎麦は?」


 〈冒険者〉の評価が気になるのだろう、食べ始めたところで店主が感想を聞きにきた。


ユフィリア:

「うん。とっても美味しいよ」


 笑顔で受け答えするユフィリアに鼻の下をのばす店主であった。


ジン:

「それをこの俺、海原ジン山に訊いてしまうとは……。店主を呼べっ!」

店主:

「……はぁ、店主は自分ですが。何かまずいことでも?」

ジン:

「いや、基本的に良くできている。蕎麦の打ち方もいい。〈冒険者〉に習ったな?」

店主:

「そうです。アサクサに蕎麦屋がないのは寂しいとおっしゃってました」


 別の料理屋をやっていたらしいのだが、さっぱり流行っていなかったという。それで縁があって、ひとりの〈冒険者〉に蕎麦打ちの修行をつけてもらい、ようやく開店までこぎ着けたという。


ジン:

「ふむ、奇特な奴もいたものだ。……しかしだ。なぜ、氷水で冷やさぬっ! 蕎麦を茹でたら、氷水でしめるのは基本中の基本だぞ」

店主:

「いやぁ、氷はそう簡単に手に入りません。アキバで買うにしても、運んでくるのに手間が掛かりますし」

ジン:

「フッ、そこの男とさっき話していたではないか。引きこもりの息子とやらに魔法で氷を作らせて小遣いでもやったらどうだ。 そっちの商人も少々強引にでも、息子を世間と関わりを持たせておいた方がいいのではないか? なんなら俺が戦闘に連れていって経験を積ませてやってもいい」


 この後は、ちょっとした手間だけで氷を使った商売ができそうだと気がついた商人が話を勝手に進めていった。盛り上がりに任せて食事に戻るジンだった。


ユフィリア:

「もう、ハラハラしたんだからね」


 ジンが店主にイチャモンを付けたことで、ユフィリアが眉を潜めていた。


ジン:

「はっはっは。色々と巧く行きそうだったからな。そうムクれるなよ、可愛い顔が台無しだぞ?」

ユフィリア:

「いじわる」


 そういうと蕎麦を(すす)らずに食べるユフィリアだった。


ジン:

「くらっ、蕎麦は啜って食えって。俺が恥ずかしいだろ?」

ユフィリア:

「そう?」


 ずるずるずばば、と音を立てて食べるジンの真似をして、すすすと控えめな音で蕎麦を啜るユフィリアだった。


ユフィリア:

「うん。美味しいね」

ジン:

「氷水でシメてるともっと旨いンだがな」

ユフィリア:

「あんまり冷たいと、お腹が冷えちゃいそう」


 そこで、ジンの動きが止まった。


ジン:

「俺、バカだ。……そういうことかよ」

ユフィリア:

「どうしたの、ジンさん?」

ジン:

「〈陽光の塔〉の病気、アレの正体が分かった」


 そういうと、ジンは念話をかけようとして、止めた。

 訳の分かっていないユフィリアの方をみて、意地の悪そうな顔で微笑む。ユフィリアの耳元に顔を近づけて小声で話しかけた。


ジン:

「たぶん、食中毒だ」

ユフィリア:

「……そっか! うん。そうだと思う」


 この世界では少しばかり痛んだ食材であっても、メニューから料理を作成すれば10秒でちゃんとした料理アイテムを作ることが出来る。それ故に、食中毒という概念はこれまで無かったのだろう。


 新しい料理の作り方は閉鎖的な〈陽光の塔〉の中にまで広がっていたのだと思われるが、衛生管理の知識は不十分だったと考えられる。これまでに経験したことのない食中毒というものを、謎の病気として捉えてしまったのも仕方がなかったかもしれない。


 そして真夏ともなれば食べ物は傷みやすくなる。通路を歩いている時にユフィリアが感じた酸っぱい匂いは、食べ物のすえたニオイだったのかもしれない。


ジン:

「ユフィだったら、どうやって解決する?」


 ジンは葵に連絡して何か手を打たせるつもりでいたが、今日はユフィリアの日である。ユフィリアの意見を尊重することにしてみた。


ユフィリア:

「食中毒は危ないよって、みんなが知ってればいいんだよね?」

ジン:

「そうだな。どうやったらみんなが知ってくれる?」

ユフィリア:

「うーん、怖い話にするとかってどう? 痛んだ食べ物を食べると、悪い精霊がおなかに悪さをする、だとか」

ジン:

「迷信を広めるのか。……いや、悪くないぞ。むしろ正解かもしれない。やるじゃん。なんだよ賢いな」

ユフィリア:

「あれれ、知らなかった?」

ジン:

「ああ、侮ってました」


 ジンが頭を下げる。少しばかり得意げに微笑むユフィリアだった。


 支払いを済ませると「また来る」と約束して場を辞した。そのまま帰還呪文を使ってシブヤに戻った。ジンとユフィリアのデートはここまでとなった。





 シュウトが〈カトレヤ〉のギルドホームに戻ってくると、ジン達は既に戻って来ており、葵を中心に相談事をしてるところだった。


シュウト:

「ただいま戻りました」

葵:

「シュウくんお帰り~」

ジン:

「おう、早かったな。楽しかったか?」

シュウト:

「はい」

ジン:

「んで、進展はあったか? 手を握るぐらいの事はしたんだろうな?」

シュウト:

「ええ、……なんとか」


 少し照れくさい気持ちにはなったが、肯定的な返事を返せて良かったと思う。


ジン:

「マジかよ」

アクア:

「へぇ、やるじゃない」

シュウト:

「どうも。……それはそうと、みんなで集まって何の相談ですか?」

ユフィリア:

「イケブクロの〈陽光の塔〉で謎の病気が流行っててね、それが食中毒じゃないかなって。それで、どうやって解決するかの作戦会議」


 積極的なユフィリアというのは少し珍しい感じがする。中心に入って、自分の意見を言っている様だった。


葵:

「何人か、死んで貰おっか」

シュウト:

「何か、ぶっそうな話ですね……」

葵:

「あはは、ホントに殺すわけじゃないって。食中毒で死んだ人がいるって嘘をついた方がインパクトあるっしょ?」

ジン:

「アキバに噂を流して都市伝説にでもなれば、他の〈冒険者〉達も食中毒対策で動く可能性が増える。なるべく手分けしたいところだからな」

葵:

「〈大地人〉にはユフィちゃんの考えた迷信を植え付ける作戦ね」

ニキータ:

「悪い精霊がお腹に悪さするのね? 良いアイデアだと思う」

ユフィリア:

「ありがと」

ジン:

「とりあえず、〈陽光の塔〉は俺たちで回ろう。レイも頼むぞ。メインはお前さんだからな」

レイシン:

「衛生管理の基本的なことでいいなら、大丈夫でしょ」

シュウト:

「待ってください。サファギン退治をした時の、ミウラの村にも僕らで行きませんか?」

ジン:

「あの村か……」

ニキータ:

「その方が良いと思います」


 意見をまとめるように、ニキータがジンや葵に向かって提案した。


ジン:

「……アクア、頼めるか?」

アクア:

「ミウラの村ね? 地図を見せて頂戴」

葵:

「動くのは明日?」

ジン:

「いや、今から動こう。早い方がいい」


レイシン:

「あの村に行くんだったら、お土産があった方がいいよね」

ユフィリア:

「お土産って?」

ジン:

「ちょっ、おいおい、まさかこのパターンは……、俺のベヒモスちゃんのお肉を、連れてっちまうつもりじゃないだろうな?」

レイシン:

「はっはっは」

ジン:

「マジかよ!? 勘弁してくれよ! 村人に贅沢おぼえさせちゃダメだろ!」

レイシン:

「はっはっはっは」


 レイシンの大盤振る舞いは癖のようなものらしい。こうなるとジンでも止められないらしく、葵が先に諦める発言をした。


葵:

「あたしも一緒に行くわ。最後にちょっとでも食べときたいし」

シュウト:

「止められないんですか? 葵さんでも?」

葵:

「正義は向こうにアリだからねー。みんなで美味しい方がいいんじゃないの?」


 これが夫婦の達観、もしくは諦観というものなのかもしれない。



 シブヤの〈妖精の輪〉から、ミウラの村に最も近いと思われる〈妖精の輪〉へと転移する。アクアの持つ〈妖精の指輪〉の力だった。


 馬を走らせて20分ほどでミウラの村に到着した。事情を説明して病人を探す。食中毒の人は居なかったが、別の病気に掛かっていた人をユフィリアが快癒させて行った。どうやら新鮮な魚を食べているお陰のようだ。


 村長を中心にちゃんとした説明をしておき、村人で料理が出来る人には迷信を伝えておく。レイシンが調理しながら、料理のイロハを改めて教えていった。夕飯はこの村で宴会である。村人が様々な食料を持ち寄ったため、気がついてみれば豪勢なお祭り騒ぎになっていた。



 みんなでたき火を囲い、旨い料理に舌鼓を打つ。隣に座っていたジンが、ベヒモス肉を刻んで作られたスープを飲み干し、名残惜しそうに器をあおって最後の一滴を舌の上に垂らしていた。村人もあまりの旨さに大騒ぎであった。子供たちが奇声をあげて飛び跳ねている。


 串焼きにされた魚を持って、ユフィリアが現れた。


ユフィリア:

「ジンさん、お魚だよ」

ジン:

「サンキュ」

ユフィリア:

「はい、シュウトも」

シュウト:

「ありがとう」


 ジンとシュウトの間に割り込むようにして、ユフィリアが座った。彼女は何も話さず、夜の気配をただ感じているように見えた。


 宴の大騒ぎで潮騒までは聞こえて来なかったが、磯の香りは感じる気がした。ビルなどで遮られることのない、海からの直接の風がこの村には吹いているのだろう。


 大きな焚き火からは火の粉が、まるで精霊のように夜空に昇り、散って消える。これと同じ光景をみたのは、現実世界の文化祭の最後を飾るキャンプファイヤの時だったと思い出す。ここまで大きな焚き火はそうそう必要にはならない。


 あの時は別になんとも思っては居なかった。学校のイベントには何の興味も持っていなかった。ああいうことをやろうと企画して実行するのは、今ならば大変だろうなぁと分かる。ギルドで実務をやらされてみると、色々な物事に想像もしない手間が掛かっていることが理解できるようになるのだ。


ジン:

「半分、食うか?」


 焼き魚の半面を食べ終えたジンが、ユフィリアに残りを差し出す。素直に受け取ってかぶりつくユフィリア。食べ物を分け与えることは、この世界に来てみると、原初的な愛の表現の気がした。命を分け合っているようで、なんだかくすぐったい気持ちになる。

 そういえば、自分が食べているのは彼女の分だったんじゃ? と今頃になって思い至った。悪いことをしてしまったかもしれない。でもそれ以上に、その優しさに感謝した。


ジン:

「明日はもう一度〈陽光の塔〉に行かなきゃならねーな」

ユフィリア:

「うん。私も一緒にいくね」

ジン:

「頼む。……しかし色々あったけど、デートっぽくはなかったな。牛丼も食い損ねちまったし」

ユフィリア:

「フフフ。でも、楽しかったよ?」

ジン:

「そうかい」


 ジンがユフィリアの頭に手を伸ばして、優しく撫でる。オレンジの光に照らされたユフィリアの横顔は美しく、嬉しそうだった。


葵:

「うーい、飲んでるかーい?」


 葵が仲間たちと一緒に歩いてくる。酒が入っているらしき器を持った葵が、ふらふらと歩くのは危なっかしい限りである。


ジン:

「バーカ、子供が酒飲んでんじゃねーよ」

葵:

「へへん。中身は大人れーす。それに、あらし、よっぱらってないろ?」


 逆に酔ったふりをしてみせる葵だった。

 酔ったふりをした人に絡まれ、今日の出来事を喋らされる。ユフィリアが楽しそうに語り始め、ジンが〈陽光の塔〉から落ちた話をした際には、かなり盛り上がった。ジン本人が「その話は止めろ」と行っているのに、ユフィリアは格好良かったの一点張りだ。葵がさんざんジンを言葉でなじったり責めたりし、ジンがムキになって言葉を返すのが面白くてシュウトも何度か大笑いしてジンに怒られてしまった。


 そのまま深夜まで宴が続いていたのだが、最後まで残らずに引き上げてることにした。レイシンに「また来て欲しい」と何度も村長から頼まれ、お土産に色々な食べ物を貰ってしまった。あげたものが何倍かになって戻って来た形だった。


 シブヤに戻り、溜置きしてある暖かい水で体を軽く流してから、シュウトは眠りについた。明日のことは明日にして、今はともかく眠りたい。



 おやすみなさい。

 


速度優先で。

見直し?なにそれ美味しいの? 状態です。( TДT)

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