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52  受け取るという優しさ

 

シュウト:

「かなり歩いたけど、疲れてない?」

ユミカ:

「大丈夫です。……なんだか今日のシュウトさん、優しい」

シュウト:

「そう、かな?」


 言われ慣れないセリフに照れくさい気持ちになる。これも昨日、ああしろ、こうしろと散々言われ続けた成果といえなくもない。


シュウト:

「ノドが乾いて来たし、ちょっとお茶にしようか?」

ユミカ:

「そうですか。それだったら、お気に入りのお店があるんです」

シュウト:

「本当? だったらそこに行こう」


 ニキータ達に言わせると、「大丈夫か?」と聞けば「大丈夫」と答えるが、本当は大丈夫じゃないらしい。何を言っているか分からなかったが、見栄のようなものなのだという。そんな嘘で状況をややこしくしないで欲しいのだが、ともかく、自分から切り出したりしなければいけないのだと言われていた。


 東京は夏ともなればジメジメと湿ったサウナのような状態になるものだが、この世界のカラリと乾いた空気には、蒸すような暑さはない。その代わりに夏の日光には軽く刺すような痛みがあり、日差しをさけて屋根や木陰の下に入れば、それだけで涼しく過ごすことができる。


 〈冒険者〉の体であるから、日焼けや熱中症を気にする必要はないのだが、『快適に過ごすこと』はデートの目的の一部らしい。


 そうして誘われた喫茶店には、スターバックスのようにオープンテラスの席もあった。パラソルで日差しを遮っていて、悪くなさそうに見える。ジンがニキータを誘っていたのを思い出し、外の席にするか尋ねたが、室内が良いと言われてしまった。どうやら人目が気になるようだ。

 〈D.D.D〉は人数が多いから、仲間に見つかるとからかわれたりするのかな?などと考えるシュウトだった。




 

 丸王はイラついていた。


 シュウトとユミカのデート現場を目撃し、怒りに震えるのを堪えていた。


 シュウトというナヨっとしたやつが誰とデートしていようが、それ自体はどうでもいい。ユフィリアにニキータという極上の女を囲っておきながら、まだ他に女を作ってのうのうと逢い引きしているのが腹立たしい。自分の苦労を踏みにじられた気分だった。


 ユフィリアがミナミへ出発すると言ってから約2週間。本当に居なくなっていたのは確認していた。すぐに自分のギルド〈黒曜鳥〉(ブラックスワン)の調整を始めたが、面白いぐらいに難航していた。


 そもそも悪事をやる度胸のある人間は少ない。

 ギルド仲間とは言っても、大体はノリやカッコ付けで方向が決まっている。ユフィリア達が姿を消したと分かったら、「もっと簡単だと思っていた」「面倒臭くなった」といって止めようとするメンバーが現れ始めた。怖じ気付いていたことを今頃になってぶちまけたのだろう。


 一方で、犯れる女はすべて犯りたいと思っているような色気違いも同じ場所にいる。こいつらは、ともすればギルドマスターである自分を無能だ、無責任だと罵ろうとしてくる。


 世の中にはバカしかいない。少なくとも丸王(じぶん)の周りではそうだ。


 仲間を調子付かせてしまったのが失敗だった。この世界の女達はあまりにもチョロ過ぎた。酒を飲ませて少し色目を使えば、あっさりと股を開く。仲間の前で交尾をおっぱじめる者もいたし、そのまま乱交に持ち込んだのも一人や二人ではない。


 〈冒険者〉の肉体になったことで、ほぼ全員が以前よりも整った容姿を持つことになったが、そのことで『美しくなった自分』を試したいオンナは幾らでもいた。『本当の身体』ではないのだから、粗雑に扱っても問題にはならない。偽物の身体が汚れても、本当の自分(の身体)には何の影響もないのだから、今の内に遊んでおけばいい。そんな勘違いをしている都合のいい女ばかりなのだ。


 抵抗を示す女もいたが、たいていは言い訳を求めているだけだった。快楽を得たいだけなのに、周囲の目を気にする素振りだけは一人前だ。理由さえ作ってやれば、誰よりも激しく行為に没頭する。男のものを自分から求めて頬張り、低い動物のような唸り声を上げて悶え狂う。……白目を剥いて失神していたのがあまりにも気持ち悪かったので、一晩使ったら裸のまま道ばたに放り捨ててやった。


 〈冒険者〉の無尽蔵の体力を『こういうこと』に使っていれば、飽きるのも早い。楽勝だと勘違いしたバカ共が普通の美人に飽きてしまい、欲望が加速するのは時間の問題だった。そこでターゲットにしたのが、ユフィリアとニキータの二人だった。


 ユフィリアはアキバでも最高の美人と評判だった。


 この世界でなら誰でも容姿がそれなりに整うが、その代わりに無個性な顔立ちになりやすい。元の世界での顔つきは欠点になることが大半だが、その欠点がなければ個性もなくなってしまう。最初の内は欠点の無い顔が美人に見えていたが、それにも慣れてくると大量生産された工場製品のごときつまらなさに気付くことになる。誰も彼も似たようなものでしかないのだ。


 その点でユフィリアというのは真逆の存在だった。ただそこにいるだけで華がある。その整った美貌にはやはり欠点はないのに、それでいて誰よりも個性的なのだ。女は中身だと言うが、本当にそうらしい。美しさという才能を生まれつき持っている、『美人』という名の天才。


 それにしたところで、バカなら興ざめというものだ。その意味ではあまり頭の良い女とも思えなかったが、そもそも女というのは子宮でものを考える生き物だ。どれだけ表面的に頭が良かろうとも、子宮がバカならば、バカなことをしでかす。逆に子宮がまともなら、頭が悪かろうとまともな女になる。女にとって必要な知恵はあらかじめ子宮に備わっているのだろう。ユフィリアは良い子宮をしているはずだ。だから美人としての資格もある。


 そのユフィリアといつも一緒にいるのが、ニキータだった。


 生意気な態度で男を見下しているところのある、勝ち気な女だ。理性が勝ちすぎれば子宮の言うことを聞かなくなり、大抵ろくなものじゃなくなるのだが、例外的にマトモな女だ。かなり頭が切れるのだろう。


 ユフィリアと一緒にいれば、その強すぎる光に目を奪われて気が付かなくなるが、ニキータも女として一級品だ。こちらは努力と計算による作られた美女だったが、元の素材も悪くない。


 ユフィリアの性質では、一緒にいると引っ張り上げられて美しく見えるということは起こらない。近くにいるだけでユフィリアがどれだけ美人なのか、同時にニキータはどれだけブスなのかと比較されるだけなのだ。

 一緒にいるだけでもクソ度胸というべきものだったが、それも『鑑賞に耐えうる』という自信がなければ出来ないことだ。


 ユフィリアの体つきはモデル的な意味で完璧に近い。背が高くて細いのだが、細すぎはしない。ダイエットをする必要のない、健康的でナチュラルな体つきだ。ボリュームは足りないので、抱きたいかどうかという意味では少々物足りない。一方でニキータは、同じく背が高いから細く見えていても、出るべきところが出ている。単純に体つきだけで抱きたくなるのはニキータの方だろう。ユフィリアは美人ゆえの興味や好奇心が勝り、ニキータには欲望をそそる部分がある。


 ギルドの仲間でも意見が分かれたのはここだった。ユフィリアでなければ意味がないという者もいるし、ニキータならべつに良いという意見もあった。両方じゃなきゃダメだと言うキチガイもいる。

 意見が分かれるのは分かっていたが、自分が矢面(やおもて)に立つ必要はない。対立が始まったら一歩引いて揉めるのに任せていたが、そうして観察していると何人かはギルドに対してリスキーなのが分かった。このまま長く放置しておくと、厄介ごとを引き起こすだろう。


 そういうバカはさっさと切り捨ててしまいたいが、時間を掛けて下拵えしてからでなければならない。まず孤立させて居心地を悪くし、自分から抜けさせるように誘導するのだ。それでもしがみついてくるようなら、仲間外れにし、イジメ抜いて心を折り、従順にさせたりもっと仲間内のストレスの捌け口に利用していくのだ。

 強引な手法は自分のリーダーシップに傷が付くので得策ではない。労力をかけずに他人を従わせるには『リーダーシップがある』と思わせておかなければならないからだ。それに比べれば、他のことなどどうでも良いことである。


 ユフィリアやニキータに狙いを定めたのは、(ひとえ)にリーダーシップを示すためでもある。PKまがいの行為にまで及んだのも、それがやっていて興奮するからだ。興味の薄れがちな仲間を率いるためには、様々なことを自分から仕掛けていく必要があった。そうやって抵抗は無駄だとユフィリア達に知らしめ、逆らう気を失わせて従わせる。


 しかし、ユフィリアは前よりも美しくなっていた。その美貌に迫力のようなものまで加わっていた。〈冒険者〉の体に馴染むことで、ますます美しくなっているかのようだった。どこか底知れない恐ろしさのようなものがある。目に見えないバリアのようなものに護られていて、力尽くでものにしようとしても何故か失敗しそうな雰囲気。根拠はないが、勘を無視するのは愚か者のすることだ。無限にオスを惹き付ける炎に飛び込めば、虫ケラのように燃え尽きてしまうかもしれない。


 女には慣れたつもりだったが、簡単に目を奪われ、惚れてしまいそうになる。このままいけばギルド内部での奪い合いになるだろう。誰かが独占しようとすれば争いの種になる。


 そのためニキータに狙いを変えたのだ。賢い女だか、強さを装っているのに過ぎない。弱さを隠そうにも隠しきれてなどいない。隙があるのはこちらなのだ。このまま脅しをかけていけばニキータならば崩せる自信があった。



 前回、いい感じに揺さぶりを掛けていたところで邪魔をしたのが、あのシュウトという〈暗殺者〉だった。戦闘ギルド〈シルバーソード〉で頭角を現していた次期主力候補。〈大災害〉以降は女を相手にしないクールな美男子で通っていた。普通に考えればゲームが得意なだけの、ただのガキなのだろうが、意外にも肝の据わっているところを見せていた。偵察に出した手下からも非凡な戦士と評価が高い。現実となったこの世界でも、ゲームの腕そのままに活躍しているらしい。


 ユフィリア達が〈カトレヤ〉というギルドに入ったのは、シュウトが〈シルバーソード〉を抜けた次期と一致している。誰もが狙っていた二人だ。他のギルドの連中も間抜けな顔を晒して嘆いていたし、小ギルドだがフリーではなくなったことで、こちらもやりにくくなってしまった。

 状況的にみて、ヤツが口説いたので間違いないだろう。女に興味なさそうなフリをしていたのも、手管の一部だったというわけだ。その証拠に、今日も女連れで街を呑気に散策ときている。


 一緒に居るのは〈D.D.D〉のユミカという女だった。この状況をどうにか利用できないか?と思ったが、〈D.D.D〉に手を出すのは考えものだった。デカいギルドとやりあうのは面倒だし、手間が掛かる。〈円卓会議〉で威張り散らしているクラスティのような大男はムカつくが、一泡ふかせるにしても自分たちで直接やるかどうかはよく考えてからにしなければならない。


 どうにかシュウトを陥れ、ついでにニキータも奪うような巧い手がないものだろうか。ニキータさえ手に入れば、芋づる式にユフィリアに脅しをかけることもできるようになるかもしれない……。







 ジンとユフィリアは〈陽光の塔〉内部を歩いていた。

 魔物は倒したものの、謎の病はそのままということで、様子をみるために中に入っていた。比較的人通りの少ない厨房の裏側や、荷物が積上がっているような通路を歩く。


ユフィリア:

「なんか酸っぱい匂いがする」

ジン:

「ん、……汗くさいか?」


 もともと女子の方が平均的に嗅覚が鋭い。ジンには感じられない匂いを嗅ぎ取っていてもあまり不思議ではなかった。念のためにと腕を軽く持ち上げて、くんかくんかと左右のワキの匂いを嗅いでみるジン。季節は真夏でもあるし、屋上の戦いではたっぷりと冷や汗をかいていた。


ユフィリア:

「ジンさんじゃないよ」

ジン:

「そうだろうとも。俺の匂い、好きだもんな?」

ユフィリア:

「そんなこと言ってない。聞いたこともない」

ジン:

「そうか? 俺、おまえの匂い好きだぜ」

ユフィリア:

「そんなこと言われても嬉しく、な い」


 前を歩いている代行の青年が微妙な顔をしながら振り返り、そこの部屋だと伝えてくる。ちょっと顔を赤くしたユフィリアが扉を開けた。


 大きめの室内には20人弱の患者が集められていた。疫病の蔓延を警戒しての隔離であろう。

 魔法のある世界では回復できる怪我や病気が大半である。〈大地人〉の都市では、回復薬の値段や、呪文の使い手のレベルが基本的な問題となる。


代行の青年:

「どうでしょうか?」

ジン:

「まずHPの確認からだな。死にそうな患者がいたら先に回復させて時間を稼ごう」

ユフィリア:

「うん。わかった」


 体力の少ない老人や子供には念のために回復呪文を掛けておくが、それだけでは病気自体が治ることはなかった。下痢や嘔吐、腹痛、発熱が主な症状のようだ。換気が不十分な室内にはすえた匂いがただよっていた。


 いくつかの呪文を試してみて、高位の状態回復呪文で症状を改善させることが出来たが、複数の状態異常を快癒してしまう呪文であるため、原因自体は分からなかった。

 ユフィリアのMP量に問題はないのだが、再使用規制時間の分だけはどうしても時間が掛かってしまう。一人、また一人と治していくのだが、必要な時間に焦れて騒ぎ出す病人が現れた。


憔悴したご婦人:

「ちょっと、こっちから先にやって頂戴よ!」

子供に付き添う母親:

「ダメよ、ウチの子が先です」

ジン:

「ちょっと待てって!心配しなくてもちゃんと全員を回復させるから」

恰幅のいい壮年男:

「申し訳ないが、順番は我々に決めさせていただきたい」


 症状が改善できると分かった途端、患者から批判の声があがる。主に自分を先に直せというものだ。先に病気に掛かった人間は長く苦しんだのだから、先に治る権利があると主張を始めた。街の中での地位を持ち出してくる者までいたため、部外者のジンにはどうすることも出来ない。代行の青年が必死になだめる方に回っていたが、誰もが早く苦しみから解放されたいと願っているのも分かってしまうため、強く言い聞かせることもできなかったし、若造だと舐められてしまっている部分もあった。

 段々と口論はヒートアップし、手がつけられなくなっていった。


ジン:

「ユフィ、こっちに来い!」


 ジンが〈大地人〉に囲まれているユフィリアに手を伸ばす。引っ張り合いに巻きこまれると判断してのことだったが、ユフィリアは動けなかった。否、動かなかった。


ユフィリア:

〈友愛〉(フラタニティ)!」


 僅かな詠唱から魔法が発動。ユフィリアを中心とした範囲に『友愛の波動』が投射され、術者に対するヘイトを大きく減少させると共に、幻惑(デイズ)の効果が現れ、村人の動きが停止する。その効果時間は6秒。〈施療神官〉にとって数少ない群衆操作(クラウドコントロール)系の呪文である。


 そのままユフィリアの姿は、こつぜんと消えてしまっていた。ヘイトを下げられたことで毒気を抜かれ、狐につままれた顔の病人やその家族たちばかりが残る。何かの奇跡を見たかのような、神秘的な雰囲気が残り香のように漂っていた。


 一緒になって幻惑(デイズ)の効果を受けていた代行の青年の腕を掴むと、まだ呆然としている病人たちをかき分け、ジンはさっさと扉の外に脱出した。


代行の青年:

「今のは一体? いえ、それよりもあの方は何処へ消えてしまったのですか?」

ジン:

「……この街って〈衛兵〉はどうなってる?」

代行の青年:

「〈衛兵〉、ですか? いえ、この街に居ません。塔内部で攻撃的な行動に及ぶと、自然と街の外に追放される奇跡が起こるのです」

ジン:

「そういうことか。さっきのあいつの魔法が攻撃として判定されたんだな。だったら街の外に居るはずだ。このまま迎えに行こう」

代行の青年:

「ですが、その……」


 室内に残してきた病人たちのことを思ってためらう。責任者としての顔が垣間見え、ジンは少しばかり微笑んだ。


ジン:

「しばらくほっとけ。頭を冷やす時間を与えた方が、うまくいく場合も多い」


 さっさと歩き出してしまうジンを、小走りで追いかけてる代行の青年であった。


ジン:

「しっかし攻撃禁止の都市か。今まで考えもしなかったけど、掴み合いの喧嘩も出来ないんじゃ、ネットみたいに口ばかり達者になるのかもしれねぇなぁ」

代行の青年:

「…………」



 その後ユフィリアを連れて戻った時には、病人たちは大人しくなっていた。順番を決めたのか、1人ずつ行儀良く待つことにしたらしい。時間はかかったが、今度こそ最後の1人まで無事に治療を終えることが出来た。


 こうしてジンとユフィリアは〈陽光の塔〉を立ち去ることになった。残念ながら、病の原因ばかりは分からないままであった。


代行の青年:

「少ないのですが、こちらは謝礼です」

ジン:

「…………」

ユフィリア:

「どうしたの?」

ジン:

「お前がガンバったのの報酬だろ。ほら、受け取れよ」

ユフィリア:

「別にがんばったわけじゃないから、そんなお礼とかなくても……」


 クエストであるならば、報酬を受け取るまでがクエストなのだが、今回、病人の治療はサービスの範囲であろう。

 ユフィリアは頂き物に関しては遠慮がちなタイプである。女子からのプレゼントには遠慮しないし大いに喜ぶのだが、男性から何かを受け取ることには慎重になる。それなりに謙虚さもあるのだが、どちらかといえば恋愛に発展するケースが多いためだった。告白されてもお断りしなければならないので、良い関係だと思っていても簡単に変化してしまう。


 この時、相手の男性が告白せず、片想いを持続させることで関係が維持されることが少ないのが彼女の魅力の特徴でもあった。OKを貰えそうな態度をとっているとか、隙だらけに見えるというわけでもないのだが、大勢が玉砕しようとするのは、好きで居続けることの負担に耐えられないからだ。フラれた後で片想いに似た好意を持続させるパターンが多く、逆ギレからの逆恨みを募らせる男性はあまりいない。好きの呪縛から解放されて、楽になれたからだと考えられる。


ジン:

「おいおい、お前にとって『人の命を救った』のが大した労力でなくても、こういう時には相手の気持ちを汲み取れるのが大人ってもんだぞ。謙虚さも大切だけど、感謝の気持ちを受け取らないのは失礼になる。ありがたく頂戴するのも時に相手を尊重することになるし、優しさってものだぜ?」

ユフィリア:

「そっか。……ごめんなさい」

代行の青年:

「いいえ。私共の仲間を救っていただき、本当に有り難うございました。感謝の言葉も尽きません。貴方のご厚意に、重ねてお礼を言わせてください」


 代行の青年はにっこりと微笑むと、感謝の言葉と共に、報酬の入った袋を渡した。受け取るユフィリアが笑顔なのはいつもと同じだが、嬉しそうに目を細めていた。


 見送りを断り、二人は次の目的地、アキバへと向かうことにした。





ユミカ:

「おなか、空いてませんか?」

シュウト:

「そうだね、そろそろ何か食べたりしようか」


 空腹を感じているわけではなかったが、ユミカに合わせるという作業にシュウトかなりの集中力を要していた。表面的には平静を取り繕っているものの、リラックスできているとはとても言えない。


 ユミカは本当にご飯を食べたいと思っているのだろうか?などと考えつつ、えいやっ!と誘う言葉を試してみる。セリフひとつひとつが何かギャンブルのようでもあって、これを難なくこなしている人達の凄さを思い知り、同時に何か間違えてやしないのかと疑念が脳裏をかすめていった。



 ジンに言わせれば『惚れられた強みを利用しろ』となるのだが、生真面目な性格が災いし、強気に攻めることが出来ない。攻める方向(=目的)が曖昧なので、攻めようにも攻められないのだ。そうして相手の要求になるべく応えようとしていくと、あっという間に後手に周らされ、次第に打つ手がなくなっていくのだが、そこまでの現状把握はシュウトの経験では届かない領域にあった。


シュウト:

「何か食べたいもの、ある?」


 チラりと牛丼が脳裏をよぎったのだが、0.1秒未満で打ち消した。

 

ユミカ:

「あの……牛丼屋さん、なんてダメですか?」

シュウト:

「えっと、それって?」

ユミカ:

「アキバに戻ってきたら食べに行きたいって言ってましたよね? わたしも、まだ食べてないんです」


 ミナミに到着する前から「牛丼食いてぇ」とジンが言い続けていたせいで、シュウトも牛丼熱(?)に感染してしまっていた。ユミカと念話していた時にも間を繋ごうとして牛丼を食べたいと言ったことがある。

 一緒に食べようと思っていたのか、まだ食べていないのだと言われれば、是非とも一緒に行きたいと思った。だが……。


シュウト:

「そうなんだ。……でも今日だと、ジンさん達と鉢合わせしちゃうかも」


 デート中に牛丼屋で食事する二組のカップルという光景を想像するとめまいに似たものを感じないでもない。


ユミカ:

「ジンさんという方とも、お会いしてみたいです」


 シュウトがユミカと念話をしていると、ジンを話題にすることもあった。それで気を使ったユミカがこんな事を言っているのだろうと想像する。


シュウト:

「ああ、えっとね、今日はジンさんとユフィリアも遊びに行ってて、昨日の内から牛丼を食べに行くって言ってたんだ。」


 ジンだけが来ているのならともかく、ユフィリアも一緒だと伝えておくべきだろう。牛丼を食べるのは構わないが、時間をずらしたり、またの機会にする方が良い。慣れないデート中の会話を見られたり聞かれたりとチェックされたくはなかったし、ユミカを晒し者にしてしまいそうだった。この辺り、友人を紹介するといった余裕がシュウトにはない。


ユミカ:

「ユフィさん、デートなんですね……」


 意外そうな顔をするユミカだった。

 これが逆効果となり、是非とも牛丼屋へ行こうという話になってしまう。ユフィリアのデート相手を見てみたいということのようだ。お陰でシュウトはジンに念話するなどして時間をズラしてもらうような調整をかけることも出来なくなってしまった。


 こうして牛丼屋へ行くことになってしまったシュウトは、変な緊張やドキドキ感で今から胃が重くなりつつあった。丼物は小ぶりなサイズを選ぼうと思う。どうか、一緒になりませんように、と何かの神的なものに祈るしかなかった。


シュウト:

(まぁ、なるようになるか……)


 隣を歩くユミカが楽しそうにしていることだけが、救いのように思えた。

 

デート展開、2話では終わりませんでした <(_ _)>

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