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49  小さな救済

 

葵:

「それで? 具体的には何を、どうやるつもり?」


 場所を変えて、少し広めに作られている葵の部屋に4人が立っていた。部屋の主である葵の他にはジン、石丸、アクアの顔ぶれで作戦会議である。

 断りも入れずベッドに「ぼふっ」と腰掛けながら、ジンが面倒くさそうに話を始めた。


ジン:

「どっちにしても金を稼いでアキバに引っ越すんだろ?」

葵:

「そうだけど、どうやって稼ぐのよ?」

ジン:

「予定通り、ドラゴンを狩る。シュウト達も鍛えられて一石二鳥だしな。まずは狩り場の確保から始める。〈妖精の輪〉の周期を調べるのに最低でも3日か4日は必要になるだろう。これはアクアにも手伝って貰うからな?」

アクア:

「あらあら、どうしてこの私がそんな事を手伝わなきゃいけないのかしら?」

ジン:

「それはお前さんが一番理解していると思うんだが?」


 立ったまま見下ろすアクアを、眠そうな視線で見つめ返すジン。


ジン:

「ちょうど俺に貸しを作りたかったところかと思ったんだが、違ったんなら別にいいぜ?」


 アクアがアキバに残り、ジン達と一緒に〈カトレヤ〉のギルドハウスまでやって来た理由を考えると、「ベヒモスの肉を食べたかったから」などというのは単なるフェイク、もしくは『ついで』でしかなく、ジンの力を好きな時に利用するべく渡りを付けておくためだと推測できる。


アクア:

「……次の『呼び出し』があるまでの間なら、何日か手伝ってもいいわ」

ジン:

「助かる。じゃあ、何かあったら声を掛けてくれて構わない。ま、悪巧みにゃ乗ってやれないがな」

アクア:

「フン、せいぜい利用してあげるから覚悟しておくことね」

ジン:

「よし、こっちの話は纏まったな」


葵:

「〈妖精の輪〉の周期を把握して、そこからは?」

ジン:

「ドラゴンの居る狩り場を見つけて独占だな。まぁ3ヶ月はもつだろ。その間にドラゴン系素材を独占する」

葵:

「狩り場の独占は分かるけど、素材の独占はどうやって……?」

ジン:

「ここからが優位性の悪用だな。 俺が戦えば、コストを押さえることが出来る。少し安く流せばどうなると思う? 割に合わなくなるから、仮に他のドラゴンハンターがいても撤退させ易くなるだろ」

葵:

「ぐわっ、きっちょねー(爆笑)」

石丸:

「流通する素材をコントロールするわけっスね?」

ジン:

「そうだ」


 ジンの発想は、ゲームに『コスト』の概念を持ち込む所にポイントがある。パーティ×3やレイド×1などのドラゴンと戦う場合、結局は〈冒険者〉達もフルレイド(24人隊)以上の組織でなければ対処することは出来ない。仮にドラゴンを倒せたとしても、市場に流通することになるドラゴン系素材とは、自分たちが装備などを作成するために取っておく部分を除いた『残り』であろう。この際、24人が働いている分の報酬が必要であるのだから、素材を売った額から配分することになる。


 比較してジン達の場合、ジンがメインで戦えばレイド×2ぐらいまでのドラゴンならば一人でも倒せる計算なのだ。1パーティは6人であるから、そのコストは単純計算で1/4以下。これならば少しばかり安く売り払ったとしても、十分に儲けが出ることになる。販売するドラゴン系素材の額に差が付けば、マーケットの価格調整機能によって他者が出品したドラゴン系素材の額も安くならざるを得ない。そうなれば自然と24人に配分する金額が圧迫され、「苦労したのに割が合わない」と感じることになるはずだった。状況が悪ければ装備維持費いわゆるランニングコストを下回ることで赤字になる可能性もあるのだ。


 ゲームではコストの概念はあまり意識されることはない。より感情的な報酬を重視するプレイヤーが多かったと考えられるのだ。しかし、この世界で経済活動を行うのであればコストを意識することになるのは自明なのだ。食うことや寝ることに頓着しなくて良かったゲーム時代でならともかく、現在では余程ブラックなギルドでも無い限り、報酬はキチンと払うのが当然の流れである。ましてやレイドを組んで回せるほどのプレイヤー達は貴重な人材・才能と言って良い。高給を求める権利があると言い換えても言い過ぎではないだろう。


 大きなドラゴンを倒すためにはレイドを組まなければならない。そしてレイドには様々なコストが掛かる。連携訓練などもゲームの世界が現実となったことで、各戦闘ギルドではほぼやり直しとなっていた。むしろその難易度はまったく新しい別の何かをやることに近かったのだ。ここに『連携コスト』と言うべき壁が一般プレイヤーのレイド参入を阻害する要因になる。

 ジン達であれば、パーティプレイの範囲でレイド級モンスターを倒すことによって、連携コストも低くしたままでいられることになる。


葵:

「それじゃあ、独占して値段を吊り上げるつもりなのね?」

ジン:

「いや、一時的にせよ独占したいのは『販路の確保』のためだ。狩って(、、、)来ても買って(、、、)貰えなきゃ金にならんだろ」

葵:

「うまいっ、座布団一枚っ!」

ジン:

「……駄洒落はともかく、ここはマジで考えどころなんだ」

石丸:

「マーケットには流したくないということっスか?」

ジン:

「売れるまでのタイムラグが問題だからな。一定の量が確保できてマーケットに流した場合、売れるまでの時間差で『過剰な在庫』になれば価格が下がるだけだ。それだと『流す量』を制限したりのコントロールは俺たち自身でやらなければならなくなる。同時に素材を管理するためにアキバに倉庫を用意したり、この世界じゃあまり必要ないが、保守・管理のコストが発生することも考えられる。その辺りを『人手で解決する』のは一般的だが、俺たちにとっては無駄でしかない」


葵:

「つまり、生産ギルドと交渉をもって直接に買い取らせたいわけね?」

ジン:

「簡単に言えばそうだ。だが、『コレを買ってください』とこっちから頼むのは面白くない。向こうから『売ってくれませんか?』と言わせる操作が必要なんだ」

葵:

「最初に立場が決まっちゃうと色々と面倒だものねぇ」


 資本力のある生産ギルドにこちらから「買ってください」と頼む場合、足下を見られると割引して販売しなければならなくなる。「今は必要ないけど、まけるなら買ってあげてもいいよ?」などと言われれば、結局マーケットに流すしかなくなってしまう。


 逆に「売ってくれ」と頼まれるのであれば交渉を有利に進められるし、値上げすることもできるようになるのだ。

 流通するドラゴン系素材を独占すれば嫌でも〈カトレヤ〉からしか購入できなくさせることができるのだから、ジンの狙いはここにあると言って良い。


葵:

「そこまでやるつもりなら、やっぱり値段を吊り上げることができると思うけど?」

ジン:

「悪徳商人をやるつもりは無いんだ。大きな意味ではアキバ自体を発展させたいわけで、それにはドラゴン系素材は欠かせないものだと思ってる」

葵:

「じゃあ、低価格で販売?」

ジン:

「値段が高ければ自分たちで狩りに行く人間が増えるだろうし、安ければ買えばいいやと思って戦わなくなってしまう。順番を考えるなら、ドラゴン素材を使った上位製作級の装備を入手することで、多くのプレイヤーが戦闘時の負担が減らせるようになるんだから、始めは安価な方がいい。値段を高くするにしてもアキバの経済力が上がって来てからってのが理想なんだが…………」

石丸:

「残念ながら、素材を安く売ったとしても流通する製品は通常の価格だと思うっス。武器や防具を作って販売する工程に関わっていなければ、利潤として抜かれるだけっス」

ジン:

「まー、そうなるわなぁ~。それはそれで、生産ギルドの能力を高めることにはなるんだろうけど(苦笑)」

アクア:

「皮肉ね。値段を高くすることは出来ても、安くすることは自分達の意志では出来ない……」

葵:

「少人数でやるにはちょっと限界っぽいわね。〈鍛冶屋〉持ちの子を探したりしようか?」

ジン:

「いや、販売コストを抱える余裕はない。それならマーケットに流した方がマシになる。生産ギルドと闘ってもいいことがあるとは思えないし」

石丸:

「ギリギリの選択っスね」


ジン:

「安く販売するにしても手順ってものがあるからな。安ければ単に質が悪いと思われるのがオチだ」

葵:

「『安かろう、悪かろう』ってヤツね」

ジン:

「だからまずはブランド化させる方向でいきたい。一般プレイヤーはともかく、素材集めに奔走する裏方連中には、無視できない程度の知名度が欲しい」

葵:

「ミーハーな知名度は不要ってことね。そりゃジンぷーらしいけど、ユフィちゃんがいると無理っぽくない?」

ジン:

「それもあるんだよな。アイツの扱いは、俺たちが気をつけて慎重にならないと。強力な武器にもなりうるが、災いの元にもなりかねない」

葵:

「いい子なんだけどね~」


 彼女はともかく目立った。葵がアキバで1時間ばかりアクアを案内していた時も、ユフィリアが1人で視線を集めてしまうのだ。羨ましいなどとは微塵も思わずに、(これまでどれだけ苦労してきたのだろう?)と心配してしまったほどだ。


ジン:

「影響力も見越して作戦を練らないとな。過保護にしても仕方ないんだが、なるべく外側から形ぐらいは整えてやりたい」

葵:

「ホントにそうだよねぇ」

ジン:

「なんで、とりあえずシュウトをスタープレイヤーにしようかと思う」

葵:

「ふはっ。面白そうだけど、どうしてそうなった? つか、ジンぷーがやればいいじゃん」

ジン:

「いやいや、アキバには二大英雄ライク〈守護戦士〉が既にいるからな。三番煎じは流石にイタダケない。それにシュウトはイケメンで目立つし、何かと都合がいいんだ。きっと女子にも大人気になれる」(にやにや)

葵:

「自分が目立ちたくないだけじゃん」

アクア:

「それ、スタープレイヤーなんて成ろうと思ってもそうそう成れるものじゃないでしょ。どうやるつもり?」

ジン:

「ふっふっふ。今なら『簡単な方法』があるのさ」(キラン)

葵:

「簡単な方法?」

ジン:

「レベル91にさせる。一番乗りできればベストだな。これでアキバ最強の〈暗殺者〉候補として一気に押し上げる。その〈暗殺者〉がいる戦闘ギルドだってなりゃ、もう評判はうなぎ登り。蒲焼き、鰻重、ひつまぶしってな」

葵:

「……んー、穴だらけの気がするけど、それっきゃないか」

アクア:

「それだと美男美女の組み合わせになりそうね」

葵:

「そういうことか!……って、それでいいの?」

ジン:

「何が?」

葵:

「だってジンぷー、ユフィちゃん気に入ってるじゃん。あの子だってまんざらでもなさそうなのに……」

アクア:

「シュウトの方が、貴方よりは説得力があるんでしょうけど」

ジン:

「大事なのは周囲が納得するストーリーだろ。『あの二人って付き合ってるんじゃない?』『美男美女のカップルだね』って勝手に勘違いするはずだろ? これならユフィリアの影響力も多少は削れるだろうし、シュウトが相手なら、あまり名前に傷が付かないで済む」


葵:

「……でも、勘違いじゃなくなっちゃうかも」

ジン:

「その時は、仲間として祝福してやろうぜ?」


 ジンがユフィリアに告白をして、既に玉砕していることを葵たちはしらない。当事者の二人と、その場に居たシュウトだけが知っていることである。

 先ほどまでのジンとユフィリアの仲睦まじい様子を見せられていただけに、唐突に突き放そうとして見えてしまう。計算してのことだとは思っても、感情のない冷たさを感じるのだ。


葵:

「……ミナミで何かあったでしょ」

ジン:

「別に何も」

葵:

「わかった。押し倒したんでしょ? そんで泣かれたんだ~」

ジン:

「ブッ、そんなことしてねーよ! どう考えたらそういう結論になるんだよ!」

葵:

「じゃあ、告白したけどフラレたとか?」

ジン:

「なんでそうなる……」

アクア:

「心音から察するに、正解ね」

ジン:

「嘘つくなゴラァ! ハ●タの某キャラ真似てんじゃねーよ!」

アクア:

「野外ならともかく、室内でこの距離よ? 集中すればちゃんと聞こえるわよ」

石丸:

「……凄い能力っスね」

葵:

「さ、ネタは上がっている。被告は正直に白状せよ。黙秘したら状況証拠のみにて有罪とし、直ちに裏付け捜査へと移行する!」

ジン:

「あーもー面倒くせぇなぁ。はいはい、そんなようなことがあったような気もするかもしれなくもないなー」


葵:

(むーん、ヘタレのジンぷーに告白させたとか。凄いなユフィちゃん)

アクア:

(ヘタレなのは間違いないわね)

葵:

(どっちかと言うと「恋愛とか面倒」とかカッコつけてフラレちまえってタイプのはずなんだけど。ホントは好きなんだけど、妙にツンデレしたがるっていうか?)

アクア:

(最悪ね。恋愛が上手く行く性格じゃないわ)

葵:

(そうなのよ、それであたしも苦労したんだわさ)

アクア:

(おっと、それって?)

葵:

(あぶぶぶ)



石丸:

「ジンさんの目的はアキバ経済の活性化っスか?」

ジン:

「うんにゃ、あくまでも『現実世界への帰還』だ。」

石丸:

「そうなると、調べた〈妖精の輪〉(フェアリーリング)は〈円卓会議〉に報告するべきっスが?」


ジン:

「……自由市場主義経済は、規制緩和などで『小さな政府』を実現させようとしたが、その結果は『過剰な効率』による破綻だった。皮肉にも、小さな政府に『大きな救済』を求めることになったわけだ」

石丸:

「2008年のサブプライムローンから始まる一連の世界不況のことっスね」

ジン:

「ああ。市場にはバランス調整機能は無かったんだな。初期段階ではその『効率』の良さによって小さなバランサーが働いてみえたが、やがてその効率そのものが『過剰に利益を追求』し始め、災厄を振りまくことになった。効率にバランス機能を求めたのは間違いだったわけだ。ある意味では破綻した後に、『政府による救済』までを含めて大きなバランス調整が働いたのかもしれないけどな」


葵:

「この場合、小さな政府ってのは〈円卓会議〉のことね?」

ジン:

「そうだな。行政能力だのを縮小するためなんだとは思うが、可能な限り自主性を頼みにした『小さな政府』になっている。これはやがて『大きな救済』が求められることになるだろう。『誰も責任を持てない問題』が出てくるのは時間の問題だ。そこで俺たちは自律的な経済主体として行動することが必要だと思う」

葵:

「それと〈妖精の輪〉がどう関係するわけ?」

ジン:

「富めるもの『だけ』が富む社会は不健全だ。〈妖精の輪〉の周期を報告したって、一部のギルドが忙しくなるだけだろう。ドラゴン素材を安く売っても利益として抜かれるのと同じだよ。今は『戦える人間だけが戦える』んだ。なんと言っても、レイドの壁は厚いからな。……そこで自律的な経済主体としての我々は、まず『先行者利益』を攻撃すべきだと思われる」

葵:

「大ギルドやヘビープレイヤー達の専制、もっと言えば『格差社会』を是正したいってこと?」

ジン:

「自律的に振る舞うべきだと言っているだけさ。自主性に任せた政治をやっていけば、結局、問題への対処で〈円卓会議〉参加の大ギルドへの依存度は上がっていくだろう。負担が増加すれば、当然、利益誘導が始まる。 ……このままだと現実世界に戻るためには、大ギルドだけでは足りない日がきっと来る。効率的な力だけではなくて、非効率な、一見して無駄に思える力もまた必要になると思うんだよ。だから、『小さな救済』を行う場がきっと必要になる」

葵:

「小さな、救済……?」







ユフィリア:

「シュウトは、ユミをちゃ~んと楽しませてあげるんだよ?」

シュウト:

「……それって、どうすればいいの?」

ユフィリア:

「え? 楽しいことなんて幾らでもあるでしょ?」←なんだって楽しめる人

ニキータ:

「デートプランはちゃんとしてて欲しいわね。でも、その場の状況に合わせて柔軟に。なんと言っても紳士的にね?」←常識的発言のつもり

シュウト:

「いや、そんなハイレベルな話をされても……」

ニキータ:

「そう?」


シュウト:

(突然デートとかって言われても、どうすればいいのか……)


 ちょっとお土産を渡したりするぐらいのつもりで居たシュウトは、ジンの発言を切っ掛けとして降ってわいた難題に頭を抱えていた。2人きりでデート、しかも今回は自分でプランを立てなければならない、らしき展開である。


シュウト:

「だいたい、遊びに行く場所と言われても…………」


 映画館や遊園地、その他の無難と思われる場所が絶無という状況で、初心者に何をどうすればいいのか思いつくはずもない。デートという単語に目をキラキラさせているユフィリアはもはや地獄の使者でしかないし、ニキータもどこかフワフワしていて発言から現実味が失われて感じる。


ユフィリア:

「それに何を着ていくか決めなきゃ!」

ニキータ:

「私達で見てあげるわ」

シュウト:

「いや、そんなに服とか持ってないんですけど……」

ユフィリア:

「シュウトは戦闘服が一番似合ってるもんねぇ~」

ニキータ:

「制服が似合うタイプ?」

ユフィリア:

「スーツとかタキシード?」

ニキータ:

「それはコスプレになっちゃうでしょ。これまでにない違った側面をアピールするのはどうかしら?」

ユフィリア:

「それ、面白そう!」

シュウト:

「ちょっと……、まって……」


 心強い気がしたのも束の間、シュウトを肴に会話を楽しんでいる2人に置いてけぼりにされた。

 その時、打ち合わせをしていたジン達が部屋からぞろぞろと出てくる。


ジン:

「ちょっくら出掛けてくっぞー」

シュウト:

「あの、ジンさんにちょっとご相談が……」

ジン:

「あー、悪いが今は急ぐから後にしてくんね? すぐ戻ってくっから」

ユフィリア:

「いってらっしゃーい」

シュウト:

「ああああ……」


葵:

「ん? シュウ君ってば、どうかした?」

シュウト:

「いえ、その、デートしなきゃならないみたいなんですが、どうすればいいのか分からなくて……」

葵:

「ああ、……そういう時は『ラブプラス』でもやって勉強するしかないね」

シュウト:

「そんなの、この世界に売ってませんよ……」

葵:

「ツッコミにキレが無いね。本気でグロッキー?」

シュウト:

「本気で困ってるんですってば」

ユフィリア:

「むー、それじゃユミとのデートが楽しみじゃないみたい」

シュウト:

「勝手にハードル上げてるのはそっちじゃないか……」


 強く言い返すことも間々ならず、ぐずぐずの状態のシュウトである。それを見て苦笑いしたニキータは、溜め息をついてから葵に話を振った。


ニキータ:

「そういえば、葵さんはレイシンさんと付き合い始めの頃ってどこでデートとかしてたんですか?」

葵:

「おっとぉ、それを訊いちゃうの? んっとね、んっとね」

シュウト:

「……是非とも短めにお願いします」

葵:

「いろんな所にいったよー。エッゾからロシアの方に入ったり、アメリカにも行ったし、ヨーロッパの方も色んな街を見て回ったね。小笠原も船を調達して行ってみたりしたっけか。懐かしいなぁ」

シュウト:

「海外旅行ばっかりじゃないですか。付き合い始めの話じゃないんですか?」

葵:

「そうだよ?」

レイシン:

「〈エルダー・テイル〉の中で行ったんだよ」

葵:

「良い思い出だよね~」


 料理中のレイシンが顔を出して注釈を付け加えて、消えた。うっとりと思い出に浸る葵の幸せそうな表情に、強いツッコミははばかられた。


シュウト:

「まったく参考にならないのは、何故……?」





 結局、テーブルに突っ伏してダウン状態のままジン達が戻って来るまで20分ばかりを無為に過ごす。シュウトを肴にするのに飽きたのか、ユフィリア達は既に女性3人で別の話題に興じていた。


ジン:

「悪かったな。なんか相談だって?」

シュウト:

「デートってどうすればいいんでしょうか?」

ジン:

「なんだ、そんな話か。んー、そうだなぁ。こういう時は、『ラブプラス』で勉強するしかないなっ!」

シュウト:

「……それはさっき葵さんにも言われました」

葵:

「ふぇっふぇっふぇ~、ジンぷーのセリフとったったー!」

ジン:

「人のネタ盗んじゃねーよ。 とっときのヤツだったのに」

シュウト:

「すみませんが、もう少し真面目にお願いできませんでしょうか……」

ジン:

「はぁ? 大体、なんで俺がリア充様のためにアドバイスとかしなきゃならんの? 大人しくもげりゃいいだろ。というか、ここはやはりもげるしかないわけだし、つーか、もげろ」

シュウト:

「もげますから、取りあえず助けてください」

ジン:

「もげろの意味分かってないだろ、お前……」

葵:

「うーむ、何というのび太君っぷり。素質あると思ったんだよねぇ」

ジン:

「コイツはいいけど、俺をドラえもんにするな!」



 気を取り直してもう一度。



ジン:

「しょうがないなー。俺のアンサートーカーを発動させちゃうゼ?」

葵:

「また分かりにくいネタを……」

シュウト:

「デートってどうすればいいんでしょうか?」

ジン:

「うむっ。お答えしよう! まず一緒にメシ食いに行って、相手に酒飲ましたりして、適当なところでキスをします。その後、加減を見ながらちょっと強引めにホテルか自宅に連れ込み、あとはズッコンバッコン、だなっっっ!」

シュウト:

「はぁ……」

ユフィリア:

「もう! ジンさん間違ったこと教えちゃダメ!」

ジン:

「何が? うっそ、どこか間違ってた?」


 割合、本気でうろたえるジン。


葵:

「いや、いってみればそういうことだけどさぁ、もうちょっとびぶらーとに包みなさいよ、びぶらーとに!」

石丸:

「オブラートっス」

葵:

「そのツッコミが欲しかった!」


アクア:

「カオスね……」

ニキータ:

「ええ、本当に……」


シュウト:

「石丸さん、何か参考になるアドバイスを……」

ジン:

「おまえ、そこに聞いちゃうの? なんて禁断のアクエリオンなことを?!」

葵:

「ヤバい。面白そう。興味あるわー」

石丸:

「……女の人と出かける場合、大抵は買い物という状況になるわけっス」

ジン:

「うむ、ありがちだな」

葵:

「これはまさの?」

石丸:

「ズバリ、値引き交渉を如何にして行うかが戦局を左右することになるわけっス。値引き交渉の極意は、何よりも原価を見抜くところにあるっス。価格帯の下調べに加え、現地で店舗の大きさや、従業員数、客や商品の回転率を参考にすることっス。誰しも赤字は出したくない、しかし、一方では新しくもっと売れる商品を陳列したいと思っているものっス。ここの心理を衝くのが……」


 ――10分経過。


シュウト:

「なんか別の意味でとても参考になりました」

葵:

「まさかの値引き交渉テクニック……」

ジン:

「まぁ、関西方面だと頼りになる人ってことになるのかもしれないが」

ユフィリア:

「ちょっと高い買い物をする時って、みんな、いしくんに一緒に来て貰うんだよ?」


 サブ職〈交易商人〉を選択している冒険者はそれなり多かったが、最大レベルにまで高めている人間となると、その数はかなり限られてくる。〈交易商人〉も〈鍛冶屋〉などのマゾ職に匹敵する手間の掛かるサブ職だったが、古参のヘビープレイヤーでもある石丸は着実に最高レベルまで高め終えていた。

 〈交易商人〉のレベルは値引き交渉時の割引率にも影響してくるため、男女を問わず買い物に引っ張り出されることが多かったのであるが、石丸の場合、いつの頃からか女性プレイヤーのお供ばかりが増えていた。


ジン:

「おい、『みんな』ってなんだ、『みんな』って!?」

シュウト:

「原価かぁ…………じゃなくって」



 あさっての方向に進みがちな雑談に翻弄され、シュウトの悩みが解決する見込みは立たないままであった。

 

デートどうしよう展開はまだ続きそうです。

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