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005  責任と対処


 ムカムカしながら昼食のパンを噛み千切る。味なんてロクにわからなかった。


ニキータ:

「シュウト、少しは落ち着いたら?」


 男装の戦闘服になり、すっかり『王子』スタイルのニキータが声を掛けてくる。僕の態度に苦笑いしていた。


シュウト:

「役割分担を守らなきゃ、連携は上手く行かないんだよ」


 どうしても、ついイライラした声が出してしまう。


ユフィリア:

「だけど、ジンさんって凄く上手いと思う。私、MP全然減らないんだよ?」


 ユフィリアが感心した様子でジンのフォローをする。それで余計にムッとしてしまった。この状況のまずさが分かっていないのだろう。こういう時、女子の気楽さは勘に触るものだった。







 アキバを出発したのは朝の7時頃だった。

 女子の2人はもしかしたら来ないかも、といった望みは儚く打ち砕かれ、誰も欠けることなく集合した。

 逆に、一番遅く現れたのがジンだったため、ユフィリアは小言を楽しむチャンスを逃さなかった。そうして幾つか確認してアキバを後にした。

 

 目的地の〈サファギンの洞窟〉までは現実世界の直線距離で約70キロの距離になる。〈エルダー・テイル〉のハーフガイアプロジェクトによってこの距離は50キロ程になっていた。


 ハーフガイアで単純に距離を1/2にしてしまうと、面積に換算した際に1/4になってしまう。……例えば、直線距離4キロの正方形の場合、その面積は16平方キロになる。ハーフガイアにするために面積を1/2にすれば8平方キロになる。従って、正方形の一辺は約2.8キロになる計算だ。地図を描くなどで厳密に測量するには、もっと複雑な計算を必要とするかもしれないが、一般の冒険者にとっては距離を7掛け(70%として計算すること)すれば概算値として十分なものになる。


 モニターを見ているプレイヤーが『ゲーム内の距離』を厳密に計算する必要も、確認する必要もなかった。しかし、この世界の住人になってしまったことで、距離には確かな意味が生まれていた。



 直線で50キロ程度の距離であれば、自動車であれば1時間で到着できることになる。

 ただし現実世界の場合、関東での50キロは法定速度に信号機、道路の混雑などがあって1時間で到着するのは難しい。

 これと比較して、異世界の場合はどうだろう。余計な混雑や信号のような制約は無くなっているが、同時に荒廃した世界は道路もなく、道自体がときおり断絶している。ゾーンの繋がり方で迂回を必要とする事や、モンスターという別種の障害が問題となる。


 では、どのぐらいの距離を移動できるのだろう。


 数世紀前の軍隊では1日10キロ移動できれば優秀と言われていた。

 古代からの記録を紐解けば、最優秀の軍隊の行軍速度(歩兵)が1日で約25キロ。強行軍で35キロと言われる。ちなみに人類の限界は1日100キロ付近とされる。

 これらの計算は軍隊という戦う人間の集団・組織であることを前提としている。武器や食料といった多くの荷物を運ばなければならず、最低速度を基準にする必要がある。


 全てを騎兵でまかなっていたモンゴル軍の場合でも1日で70~100キロといわれる。あまり知られていないことだが、馬は2時間の全力疾走が限界で、体温上昇により死に至る。このため、長時間を全力で走らせるわけにはいかない。


 ちなみに江戸時代では、江戸から鎌倉までの往復(約100キロ)を日帰りで旅した記録が複数残されている。日の出から日没まで12時間近くを悠々と移動し続けるのだ。現代人では考えにくい速力だが、〈冒険者〉の移動速度に体力はここに分類されるものだろう。

 単純な移動距離ならば徒歩で1日50キロが目安になるだろう。ただしモンスターの戦闘を考慮しなければならない。鎧などを身につけている事に加え、モンスターの出現頻度と強さに応じて移動距離は1日30キロにも15キロにもなってしまう。


 アキバから30~40キロの範囲はモンスターがさほど強くないため、馬を使っていれば戦闘になることは少ない。こうした事情から、頑張れば目的地の〈サファギンの洞窟〉まで1日で到達できる距離ともいえる。しかし、それでは夜にクエストに挑むことになってしまう。

 夜間はモンスターが活性化しやすく、〈冒険者〉側は視認性が落ちるためにとても不利だ。

 従って、初日は連携を確認する時間を作り、2日目にクエストをクリアして、帰還呪文でアキバに戻る段取りに決まった。


 最低ノルマは馬で4時間分。アキバからの距離で言えば、ヨコハマより先にいれば良いことになる。そこから先は歩きで戦闘しながら夕方まで移動を続け、キャンプできる場所を探すことになるだろう。

 カマクラやヨコスカに行けば〈大地人〉の宿もあるのだが、クエストに出ればそうそう宿に泊まれるわけではない。野営することも今回のコースの一環とした。先日の打ち合わせで女性陣も『それで別に構わない』ということで同意は得ている。


シュウト:

(……場所が悪ければ、宿のある街まで戻ってもいいし)


 実際のところ〈冒険者〉は死んでも大神殿に戻るだけなので、野営をしてもそこまで危険なわけでもない。今回のような旅で最も警戒しなければならないのはPKプレイヤーキラーの集団だ。無論、襲われる可能性なんてほとんどない。それでも女性陣が狙われていないとまでは言い切れない。アキバの外に出た女性プレイヤーが無差別に狙われる可能性は常にあるのだ。零細ギルドの小パーティなのだから、いくら気を付けても気の付け過ぎということにはならないだろう。


シュウト:

(その意味では、大手ってのは楽でいいかもしれないな……)


 大手の戦闘ギルドを襲おうと無謀なことを考えるプレイヤーはまずいない。返り討ちにあって痛い目を見るのが分かり切っているからだ。


 僕は〈フルレイド〉のリーダーこそ経験していないが、率先して仕事を引き受けていたので段取りは把握していたし、何が問題になりそうなのかも分かっているつもりだった。

 そうやって一人でピリピリしていたが、モンスターも出ないまま順調過ぎるほど順調で、10時過ぎにはあっさりとヨコハマも越えてしまっていた。……これは石丸が地理に詳しかったことが大きかった。


 ヨコハマには立ち寄らず、そのまま街から30分ばかり進んでから馬を降りることにした。この先は徒歩で三浦半島の南端へと向かう。とりあえず2時間ぐらい歩いて、それから昼食を取る予定だった。

 〈冒険者〉の身体は頑丈なので、女子でも歩きが全く苦にならない。(疲れたと騒ぎ始める子は当然いるが、もちろん体力的な意味ではない)むしろ乗り慣れない馬を飛ばすとオシリの方が気になるぐらいだった。



 戦闘に関しては前衛がジンとレイシン。後衛が残りの4人になり、魔法を使うユフィリアと石丸の両名を守る形になった。背後からの不意打ちを警戒するかどうかで中衛に入れる形にしたり、前・後衛のみにしたりする。〈施療神官〉は鎧まで装備できるし、そもそもモンスター相手にはあまり狙われないから心配しなくてもいい。石丸は〈妖術師〉なので装甲こそ紙だが、種族がドワーフなので意外に耐久力もある。ベテランプレイヤーなので、細心の注意を払ってしまうと逆に動きにくくさせてしまうだろう。つまり、このパーティは手が掛かりそうな部分が見当たらなかった。後は戦ってみて実際にどうかを確かめればいい。


 出発前にジンが言ってた基本方針は、敵が弱い間はとりあえず各個人で自由に戦ってみて、それから連携を調整しようということだけ。

 ジンやレイシンと一緒に戦ったことはまだなかった。レベルが高いため、シブヤらアキバへの移動も平和そのものだった。今度が初めての戦闘になるので、内心ではかなり楽しみだった。2人ともソロプレイヤーとして手練なのだ。きっと面白いことになるだろう。


シュウト:

(そう思ってたのに……)


 最初の戦闘でジンは襲いくる3体のオークの内、2体を軽くスルーしてしまっていた。レイシンの方を援護しようと狙いをつけていた僕はギクリとし、石丸も驚いて慌てていた。ニキータだけが鋭く反応して攻撃を加え、素早く1体を仕留める。慌てて矢を撃ち込み戦闘は無事に終了したものの、うっかりでは済まないミスだった。


 しかし、僕はここでは何も言わなかった。ほどなく、もう一度戦闘になった。


 ジンとレイシンの連携は上手く機能していて、彼らはたびたびスイッチしながら戦っていた。

 レイシンは〈ワイバーンキック〉という〈武闘家〉の基本となる特技を上手く使い、敵をジンと交換しつつ攻撃を加えていった。僕の目から見ても申し分の無い〈武闘家〉(モンク)の戦いっぷりだった。


 一方、ジンは攻撃をする時にあまりその場に留まることをしない。左右に斬っては抜け、斬っては抜けという独特な動き方、緩急の付け方をしていた。そして時たま1体か2体をスルーさせてしまうのだった。

 きちんと敵を引きつけてタウントし、その場で足止めさせるのが〈守護戦士〉やタンク職のルールなのに、それを守る気はないらしい。


 これには困ってしまった。最初は慌てていたが、段々と怒りが込み上げて来た。何しろ、ジンの動き方が読めないのだ。1回だけ攻撃をしてスルーするのか、2回攻撃してスルーするのか、スルーしないで倒してしまうのか、もしくはまったく攻撃しないで敵をスルーするのか。

 その間、弓を構えて待っていなければならなかった。肝心な時に矢が準備できていなかったりすると、フォローができないからだ。


 弓を使って一定時間に10発射ることが出来るとしたら、ジンの行動を見てから判断しなければならないため、この頻度が半分近くの5発か6発ぐらいまで下がってしまう。アタッカーである自分の攻撃回数の低下は当然ながらパーティ全体の攻撃力の低下に繋がる。今はまだ敵が弱いから問題にならないが、こんな状態ではまともに戦うことなど出来そうもない。


 僕から見ると、ジンはフラフラと動き過ぎにしか見えない。ちょっとのダメージを気にして避けようとしているようでは〈守護戦士〉としては頼りない。がっしりとした壁役としてパーティの精神的支柱であるべきで、そんな風にチョコチョコとポジションを変えているから敵をスルーしてしまうのだ。もう少し挑発系の特技を使ったりして、後衛のことも気にして貰わなければならない。


 しかし、一応であってもコーラー(リーダー)の役目を任されたのだと思い、言うだけ言ってみることもした。


シュウト:

「ジンさん、その戦い方ってソロプレイのまんまじゃないですか」

ジン:

「んー、そうか?」

シュウト:

「ちゃんとやってくださいよ。これじゃ連携が上手く行きません。……お願いしますね」

ジン:

「ああ、悪いな。フォロー頼むよ、コーラー」


 その後でもう一戦闘あったが、やはりというか、結果は変わらなかった。

 そのまま昼食を取る事にし、僕はイライラしながら齧っているパンでうさ晴らしをするハメになっていた。


 ジンが戦域哨戒(フィールドモニター)の役割を引き受けると言ったため、今は周囲の偵察をしに行っている。鎧を着ている〈守護戦士〉がフィールドモニターをするのは変な気がしたが、なんらかの特技かマジックアイテムでも持っているのだろうと解釈し、問い正すようなことはしなかった。苛立っているのでそれどころではなかった。


 レイシンや石丸も一緒に偵察に出たのか行動を別にしたため、僕とニキータ、ユフィリアの3人で先に食事をし、後で交代することになっていた。


ニキータ:

「でもね、まだ敵が弱いんだから、今はこっちに回してるだけかもしれないでしょう?」


 ニキータの言い方に、お姉さんがダダをこねる弟を諭す風のニュアンスを感じていた。まるで間違っているのが自分の側みたいに言われている気がする。


シュウト:

「それこそ強い敵が出てからじゃ遅いんだよ。……言うだけ言ったけど、やり方を変えようとしてないし」

ニキータ:

「相手にもきっと言い分があるんだから、そんな風に決め付けるのは良くないやり方よ?」

シュウト:

「壁役が壁をやらないんだぞ、間違ってるのは向こうじゃないか」



 こうして反論している間に、段々と僕の意見は強固なものになりつつあった。心の内では、ジンはソロ戦闘ばかりやっていたから、連携のやり方を忘れてるんじゃないのか?といった疑惑が育ちつつあった。


ユフィリア:

「シュウト、感じ悪いよ。間違ってるとかどうでもいい事でしょ! 怒んないでよ!」むー


 ユフィリアが立ち上がり、声を荒げる。


シュウト:

「間違ってるから怒ってるんだろ!」


 僕もまた立ち上がり、女性の言い分の意味の分からない部分にどうしようもなく腹をたて、なかばユフィリアを怒鳴りつけてしまっていた。


ユフィリア:

「怒ってるから、怒ってるんでしょ!」


 怒鳴ってもユフィリアは負けていなかった。怯むことなく怒鳴り返してくる。しかし、僕には更に意味の分からないことを言っているだけにしか聞えない。理解できない理屈をがなられても、どうしようもない。


ニキータ。

「はいはい。ユフィまで怒っちゃダメでしょ」


 ニキータが仲裁に入り、ユフィリアを後ろから抱きしめて止めた。

 まだ唸り続けているユフィリアをしばらくあやすのを聞き流し、ふくれっつらのまま座りなおした。この気まずい時間も全てジンが原因だと思った。


ニキータ:

「うーん、でもそうか。……ユフィの言いたいこと、私にも全部は分からないんだけど、原因はともかくとして、怒るのは良くないわね。今のシュウトはリーダーなんだし、リーダーが怒ってたら解決する人がいなくなっちゃうでしょう?」


 ユフィリアの頭を撫でて落ち着けながら、ニキータはユフィリアの言いたいことをなんとか言葉に直そうとしていた。


シュウト:

(解決?……そんなのあの人が勝手に折れて、ちゃんと壁役をやればいい。それで済む話じゃないか)


 そこまで考えて、自分の間違っている部分に気が付いてしまった。


シュウト:

(「僕が」ジンさんと交渉とかして、ちゃんと折れて貰わなきゃいけないってこと、なのか?)


 しかし、まだ釈然とはしない。感情の暴走は幾らか収まっていたが、何か間違っていると心が叫んでいた。


シュウト:

「ごめん、ちょっと考えさせてほしい……」


 僕は頭を冷やして考えなければならないと思い始めていた。今は他人を相手にする余裕は無かった。


ニキータ

「うん、いいわよ」


 微笑むと、ニキータはむくれるユフィリアを連れて、その場を離れることにしたらしい。

 1人になると、僕は頭を抱えて思考を整理しようとしたが、上手く考えが纏まらなかった。


シュウト:

(今、僕がやっていたことはなんだったんだろう? 怒って、不満だってアピールして、相手に気付いて貰おうとしてたのか? 僕は怒っているぞ!って脅していることに気付いて欲しかったのか。……僕が怒ることは脅しになったのか? いや、僕は何故、怒っていたのだろう。怒ることで、ジンさんに解決して貰おうとしていた。それって『僕が』責任者なのに、ジンさんに解決を委ねてたってことになるのか……?)


 内臓が冷たくなるような、恐怖に似た感覚に落ちていく。


シュウト:

(リーダーの仕事ぐらいできるって思っていたけど、基本的で一番肝心なことが、もしかして分かってなかったってことなんじゃないのか?)


 その想像にゾっとする。一体、「いつ」からだろう。……見当もつかない。

 自分にしても怒って喚き散らしているばかりのリーダーは決して高く評価しない。いないわけではないが、そういうタイプは、所詮、二流だと思う。まさか、自分がそういうタイプになっていたのかと思うと、身が縮む思いがした。

 しかし、まだ納得の出来ない事が心にしこりのように残っている。


シュウト:

(自分がバカなのはいい。とりあえずそれは認めたとしよう。それでもジンさんは、僕をリーダーとして成長させるために『こんなこと』をしたんだろうか? ……わざわざ壁役をやらないことで? いくらなんでも、そこまで操っていたわけじゃないような……)


 自己正当化したい感情と罪悪感に似た思考、そこに加えて謎らしきもので頭が一杯になっていた。


シュウト:

「だとしたら、一体、何が目的なんだろう……?」



 声に出して呟いた疑問は、風に乗り損ねたのか、誰にも届くことはなかった。







ニキータ:

「うん、いいわよ」


 自分でもかなり優しいと思う声だった。心の動きに少し戸惑うが、シュウトはそれどころではない状態だ。変な誤解をさせることはないだろう。


 シュウトは頭を抱えるようにして何かを考えている。彼の方はとりあえず放っておいても大丈夫だろう。

 ユフィリアを連れてその場を離れたのだが、彼女は本格的にむっつりとしていた。ユフィリアは怒ると貝が口をつぐむみたいに誰とも話さなくなる。付き合いが長いので、下手に慰めるよりも時間が経つのを待った方がいいと知っていた。ユフィリアを心配していると下手にあれこれ話しかけていると、2人で落ち込むみたいになってしまう。私が普段通りに振舞っていれば、その内、何かの切っ掛けでこの子も元気になるのだった。


 原因はジンにあるのだから、彼の所に連れて行って面倒をみさせようか、なんて考えてみたりもする。それは私にとってあまり良くない思考だった。


ニキータ:

(何がしたいのかもう少し説明してくれれば、悩むことだって無いかもしれないのに……)


 私は説明してくれた方が、分かり易くていいと思うクチだが、口で説明したら分からなくなることも世の中にはたくさんある事ぐらいは知っていた。決して長くはない社会人経験だったが、「そういうこと」は数限りなく起こる。多くの人間が口で教えられたことを心には刻まない。残念だが自分も例外とは言えない。凡庸なまま、ただ失敗を繰り返して痛い想いをする。


 考えてみると、シュウトは説明不足を怒ってはいなかった。シュウトが怒っていたのは、たぶん『自分の常識が通じなかったこと』だろう。その事は私にも分かる気がするのだ。


 誰であれ、自分の常識が正しいと信じたいものだ。譲れる部分は幾らでも譲ることが出来るが、時に譲れない部分に触れられてしまうと、全くどうしようもなくなる。

 特に『正しい事』は危険だ。簡単に譲れたはずが、正しいとなった途端、いつしか意固地になっていたりする。今回のケースも戦闘で効率よく闘うことが大切で、そのための連携やルールだったはず。なのに、いつの間にか『連携を遵守すること』が最上の価値にすり替わってしまっていた。

 なんとなくジンの考えていることが分かった気がする。

 異世界に来て、モンスターと実際に戦うことになったのに、ゲーム時代のルールや戦法、価値観を疑わなくてもいいのだろうか。



 他者との出会いは、自分が変わってしまうかもしれないという危険を孕んでいる。良い方向にも、悪い方向にもだ。そうして影響を与え合い、時に恋をし、友情を育み、喧嘩し、憎みあうのだろう。

 年上の人達はそうした感情をぶつけ合うことを時に面倒がる。彼らは彼らで自分達の常識で生きているからだ。……シュウトはこの先も独りで空回りし続けるのかもしれない。


ニキータ:

(そう思うと、ちょっぴり可哀想、かもね……)


 ユフィリアが顔を背けた。何事かと周囲を見渡せば、ジンがこちらに歩いて来ている。彼女は先にジンの接近に気が付いたのだろう。次第に鎧の響きが大きくなる。真っ直ぐこちらに向かうコースなので、立ち止まって待つことにした。


ジン:

「よっ」

ニキータ:

「お疲れ様です」


 言ってしまってから、この世界だと変な挨拶だなと思った。


ジン:

「もうメシは食ったか?」

ニキータ:

「はい。少し前に済ませました」


 この際だからさっきの計画通りに、不機嫌なユフィリアを任せてしまおうか?と悪魔の囁きが脳裏をよぎる。

 しかし、どうするか決める前に、ジンがニヤニヤしながらユフィリアをからかい始めていた。これは私のせい(、、)じゃない。目を逸らす。


ジン:

「お、リスがいるな?」


 機嫌が悪くて目を合わせようとしないユフィリアのほっぺを、指でつつく。触られた頬をガードしながらギラっと睨み返すユフィリア。


ジン:

「まだ口の中にご飯いっぱい詰め込んでモグモグしてんだろ? 食い意地張ってるな」

ユフィリア:

「……何も食べてない、です」


 ボソボソとした小さな声で反応する。話し始めた。これでもう大丈夫だろう。


ジン:

「なに? なんか怒ってんの?」

ユフィリア:

「……別に怒ってない、です」


 また少し、声が大きくなった。


ジン:

「なんだよ、じゃあリスってダメか? リス、可愛いだろ?」

ユフィリア:

「私、あんな出っ歯じゃないし」


 声を出したら弾みがついたのか、段々と普通の声量で話しつつある。


ジン:

「リスはダメか。じゃあウサギは?」

ユフィリア:

「ウサちゃんは、……好き」

ニキータ:

(えっと、ウサギも出っ歯なんじゃ……)


 意味不明の げっ歯類トーク(ただしウサギは草食哺乳類)のおかげか、ユフィリアは機嫌が良くなっていた。ジンに対して怒っていたわけではないので簡単に復活したのだろう。(本気で怒った女の子はこんなものでは済まないけどね)と内心では思う。それでもユフィリアに笑顔が戻ったのは嬉しかった。半日、長いと2日ぐらい口をきかなくなることだってある。


ジン:

「なぁ。アイツ、どうした?」


 ユフィリアの方がひと段落すると、私にさりげない風に質問してきた。やはりいくらかは気にしていたらしい。


ニキータ:

「なんとか大丈夫みたいですよ?……少し時間は掛かるかもしれませんけど」ニコリ

ジン:

「そっか、サンキュ」


 そういう距離感の取り方をみて、どこか微笑ましい気持ちになる。


ジン:

「俺はレイと合流して昼メシにするけど、そっちはどうするんだ?」

ニキータ:

「もう少し、2人で散歩しています」

ジン:

「そうか。ここらにモンスターはいなかったけど、気を付けろよ?」


 食事の後なので細々した用事を済ませておきたい。

 ジンは念話でレイシンに連絡を取っている。パーティーを組んでいれば同じゾーンにいる味方の方向が分かるので、合流するのは難しくない。「じゃあ後でな」と立ち去ってしまった。

 シュウトをあまり長い時間独りにさせておくのもどうかと思ったが、そのぐらいの配慮はしてくれるだろう。


ニキータ:

「大丈夫そうね?」


 ユフィリアに声を掛けたのだが、彼女は口を尖らせると「なんか、ずるい」と呟いた。







 昼休憩が終わり、シュウトは大人しくなったが、戦闘では特に進展が見られなかった。どうやら彼は考え続けているようだ。自分がどう行動すべきかはまだ分かっていないのか、あまり口をきこうとしていない。気を利かせたのか、今はレイシンがパーティーの音頭を取っていた。


ニキータ:

「どんな調子?」


 自分でもシュウトを構い過ぎている気がしたが、そろそろ私の方でも答えが知りたくなって来ている。少しぐらいなら構わないだろう。


シュウト:

「わからなくて、煮詰まってる」


 今度は逆に考え過ぎているようだ。微笑ましくて口元の表情を抑える。一生懸命な部分には好感が持てるが、男の子に対して可愛いと思うのはちょっと失礼かもしれない。


ニキータ:

「そういう時は行動しながら何かヒントを見つけるしかないんじゃない? もっと、自由に動いてみたら?」

シュウト:

「自由に?」


 シュウトは顔を上げてこちらを見る。上目遣いが縋るような表情に見えて、楽しくなってきてしまった。


ニキータ:

「ジンさんだって好きにやってるんだから、シュウトも、もっと自由にやってみたらいいんじゃないかな?」


 これが切っ掛けになったのか、次の戦闘の時に「それ」は起こった。

 戦闘になると、シュウトは弦を引き絞り、ジンの背中に向けてそのまま矢を放っていた。

 

 

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