48 秘められた嘘
ジン:
「夏なのに鍋料理ってか」
アクア:
「私、日本のハシは使えないわよ」
ユフィリア:
「スプーンとフォークでいいでしょ?」
石丸:
「アクアさんは、肉食は大丈夫っスか?」
アクア:
「ありがとう。宗教のことなら問題ないわ。どっちにしても今日のは『普通の肉』じゃないし。でしょ?」
レイシン:
「はっはっは。とりあえず、食べてみて?」
みんなで囲むテーブルの真ん中には、鉄製の普通の鍋が置かれている。ご飯と器、簡単な付け合わせ、飲みものは水というシンプルな構成だった。
ジン:
「とりま、いただきまーす」
仲間たち:
「「いただきまーす」」
ガパッとフタを開く。鍋一杯に、薄切りのお肉と葉物の野菜とがいっぱいに入っている。形式はハリハリ鍋に近い。次第に食欲を刺激する香りが室内に広がっていった。まずは一口。
レイシンを除く全員:
「「!?」」
誰も何も言わなかった。一瞬の間があって、そこからは黙々と口に運び続け、1分と経たずに鍋は空になってしまう。ただレイシンだけが、にこにこと楽しそうにその様子を微笑んで見ていた。
ユフィリア:
「すっごーい、おいしー。おいしすぎ。涙でそう~」
アクア:
「……貴方、食べ過ぎじゃないの?」
ジン:
「フォークでモタモタしてるからだろ? ハシを覚えろ、ハシを」
葵:
「やばい。本気で旨いんだけど。何コレ?」
石丸:
「初めての味っスね」
レイシン:
「あっはっは。一気に無くなったね。ハイ、まだあるからね」
最初の鍋では食事に参加していなかったレイシンが、2つ目の鍋を持って現れ、「どん」と置いた。フタを開くと、またまた何とも言えぬ香りがし、自分のよだれで溺れそうになる。味付けは少し変えているらしい。レイシンが座ったところで第2ラウンドが始まる。さしもの欠食児童達も、今回はゆっくりと味わう『心の余裕』を取り戻していた。
ニキータ:
「本当に、凄いわ。この薄さでここまで美味しいなんて!」
ユフィリア:
「もう教えてくれてもいいでしょ? これって何のお肉?」
ジン:
「……ベヒモスの肉だ」
元々ベヒモスは、リヴァイアサンと共に世界の終末に殺され、最後の審判で許された人々の食事として供されることになっている。ゲーム時代においても、その遭遇率の低さや強さからかなりのレア食材であり、極上の味わいとされていた。
レイシン:
「可能な限り薄く切ったんだけど、それでも味がしっかりしているんだよね。……そうそう。ご飯のお代わりもあるけど、鍋がまだたくさんあるからあまり食べないでね?」
アキバで味見したレイシンもあまりの旨さに驚き、一人に一つの鍋として8つめまで用意するべく鍋を買い足すことにしたぐらいだったが、結局は5つめの鍋で終了した。味の良さもそうだが、肉の持つ満足感が異常に大きいため、満腹になるのが早かったのだ。
また、レイシンの忠告をさっくり聞き流したジンが「うまいうまい」と言いながら白米をモリモリと食べて見せつけ、ユフィリアが真似したのが終わりを早めた。シュウトも負けじとご飯のお代わりをしたためだ。ハシで摘んだ肉や野菜からこぼれる汁をご飯の上でワンクッションさせると、白米に味が染み込んで色づくのである。そこのごはんがまた格別な味わいを醸し出すのである。
ユフィリア:
「美味しいかったー、しあわせー、まんぷくー」
ジン:
「これ、ト●コだったら絶対、グルメ細胞がパワーアップしてんな」
アクア:
「ちょっと強くなった気がするわね」
ジン:
「人間ってより〈冒険者〉にとって美味しいのかもしれないな」
葵:
「食材がどんだけ凄かろうと、最後は料理人が活かしも殺しもしてしまうものだからね。これもダーリンの実力あってのものなのだよ」
レイシン:
「いやいや、鍋は誰にでも作れるよ。醤油と砂糖ぐらいじゃ味が足りないかな?と思ったけど、お肉から出たダシで美味しくなっちゃってたしね」
ニキータ:
「水菜もすごく美味しかったんですが……」
ユフィリア:
「……?」
レイシン:
「これで冬だったら、白菜でミルフィーユ鍋にしたんだけどねぇ」
ユフィリア:
「えーっ!それもすっごく食べたい!」
ジン:
「まぁなぁ。……でも倒すの大変だったんだぞ」
ユフィリア:
「ジンさんだったらまた倒せるよ!」
ジン:
「いや、ですから、んー、まぁ、えーっ?」
石丸:
「今度はリヴァイアサンをお願いしたいっス」
アクア:
「それは良いわね!」
ジン:
「ゲーッ、へんな言質とろうとすんなよ!」
レイシン:
「はっはっは。でも、もの凄く薄く切ったから、まだ食べられるよ」
アクア:
「そうなの?」
ジン:
「よしっ、ステーキかハンバーグで頼む!」
葵:
「ハムとかソーセージにして保存した方が良くない?」
レイシン:
「他の肉も混ぜて、かさ増ししとこうか?」
ユフィリア:
「そのまま食べた方が美味しいよ」
ジン:
「だな。まぁ、また狩りに行けばいいさ。……すんげーしんどかったけどな」
シュウト:
「その時までに、もっと強くなってなきゃですね」
ユフィリア:
「うん! それでもっと美味しいもの食べよっ!」
◇
食後のまったりとした時間に、場所を変え、今度はその後のアクアとの出会いからベヒモス戦までを語って聞かせていた。
ジン:
「そんな感じで、倒して帰って来たわけだ」
葵:
「ツッコミ所、多すぎ。どうして4人でレイド×3倒すかな?」
ジン:
「正直、運が良かっただけだったなぁ。一人でも欠けたら負けてたし。ゴザルがいて助かっちったぜ」
アクア:
「運を引き寄せるのも、実力のうちよ」
きっぱりと言い切るアクアだった。自分に言い聞かせていたようにも感じられた。
シュウト:
「ジンさんはもちろんですけど、アクアさんの永続式援護歌の威力が凄かったのが大きいですよね。アレがなかったら少なくとも僕は死んでましたから」
アクア:
「シュウトも見所があるわよ。背後から一人で攻めて、しかも保たせるのなんて、なかなかできることじゃないわ。フィニッシュも貴方だしね」
シュウト:
「ありがとうございます」
あからさまなリップサービスだったが、ありがたく頂戴しておくことにする。そう年齢が違うとも思えないのだが、彼女には既に貫禄のようなものが備わっていた。その態度を支えるものは根拠のない自信などではない。彼女もジンと同じ、限界を超えた戦士なのだ。
唐突に、にやりと意地の悪い笑顔を浮かべると、アクアは台詞を付け加えた。
アクア:
「それに比べて、誰かさんの情けないことったら無いわ。『くっそぉ~、ユフィリアがいれば~』って何回言ってたかしら?」
ジンの台詞部分は、本人の声色を完全再現してみせるサービスっぷりだ。そのせいで、聞いていた側にはジン自身が喋ったとした思えなかった。その声色に注意が向いてしまい、言った内容はおざなりにされてしまうほどだ。
葵:
「えっ、今の何? ジンぷー?」
ジン:
「俺じゃねーよ。声を変えるのはアイツの得意技だ」
皆の驚きを余所にひとりユフィリアが立ち上がり、てくてくとジンのところへと歩いていく。ソファにいるジンの脇にくっつくようにして座ると、得意げな笑顔となってジンをその至近距離から見つめた。
ジン:
「……なんだよ?」
ユフィリア:
「後悔したんだ?」
嬉しそうにそんなことを言う。ジンの旗色はとことんまで悪い。
ジン:
「だからなんだよ」
ぶっきらぼうな言い方をするジンの頭にユフィリアが手を伸ばし、
ユフィリア:
「いいこ、いいこ」
大胆にも頭を撫で始めてしまう。これにはさしものジンも顔を歪めるしかない。
ジン:
「オッサンの頭を撫でるなっつー……」
笑顔で頭を撫でているユフィリアは本当に褒めているつもりなのかもしれないが、ジンの憮然とした表情を見ていると『可愛らしい復讐』の続きのような気がしてくる。
シュウトは(やはり彼女は敵に回すべきではないな)と思いながらも、(ああすればジンさんに勝てるのか……)と呑気なことを考えていた。とはいえ、自分が真似しようとすれば、次の瞬間に真っ二つにされる事ぐらい分かってはいたが。
女性という立場を利用しているユフィリアの、これしかないという勝ち方にズルさや微笑ましさ、それとちょっとした畏怖を感じてしまう。
――ある意味で、これはユフィリアが人間世界の頂点に君臨した図であった。しかし、その事には誰も気付いていない。この手の行為をする場合の気恥ずかしさも無く、『ユフィリアだから』といった具合に周囲には自然な風に納得させてしまう性格や雰囲気があった。
ジンの側からすれば15歳近く年下の女の子に頭を撫でられたからと、そうそう嬉しくなるわけにも行かない。口元がほころびそうになるのは、本人の意図せざる肉体の反応であったため、苦心して表情を殺そうと努めた結果、苦虫を噛み潰したような顔つきになっていた。
ジン:
「お前、SかMで言えば、S入ってるよな」
ユフィリア:
「ふふ。今日は少しぐらいの憎まれ口なら許してあげる♪」
ジン:
「ちっぱいのクセに生意気な……」
ユフィリア:
「いいこ、いいこ」
ジン:
「ぐぅ……」
かろうじて『ぐぅの音』ぐらいは出せたらしい。
アクア:
(プププ)
ジン:
「笑うな、クソ女。てめぇが余計なこと言うからだろうが!」
アクア:
「ブッ、ぶはははははは!」
笑いを堪えきれず、ついにアクアが腹をよじらせて笑いだしてしまう。
葵:
「もしかして、アクアちゃんもジンぷーと同じなの?」
ジン:
「ん? ああ、『オーバーライド』を使ってるみたいだな。俺と方法論は違うみたいだが」
シュウト:
「オーバーライド……?」
ユフィリア:
「ジンさん、オーバーライドって何?」
興味が他に移ったことで、ようやく頭から手を除けたユフィリアに、嬉々として答えるジン。
ジン:
「なんというか、体の操縦法のことなんだ。人間の俺たちが〈冒険者〉のボディを乗りこなす方法の話で、簡単にいやぁ、車の運転みたいなもんなんだけど、『オーバーライド』の場合、ドライバーの力で車自体をパワーアップさせるって感じだな」
アクア:
「たしかにそんな感じね」
アクアもあっさりと同意する。
葵:
「車の潜在能力を引き出すんじゃないの?」
ジン:
「いや、限界性能を超えるからオーバーライドだ。限界性能を引き出すまでのはフリーライドって呼んでる。『フリーの世界』に到達したライド法って造語だな」
ユフィリア:
「じゃあ、『フリーの世界』って何?」
ジン:
「さてね。まだひみちゅー」(>3<)
ユフィリア:
「むー、何でイジワルするのかな?」
ジン:
「いろいろと都合があるんだよ。……しょうがないなぁー、それじゃあ今夜、俺と2人で『フリーの世界』を体験してみようか?」
ユフィリア:
「またエッチな話で誤魔化そうとしてる」
ジン:
「いやいや、そんなことは、……あるね」(キリッ)
アクア:
「……真面目な話、私もその『フリーの世界』ってのに興味があるんだけど」
ジン:
「悪いが、もう喋りすぎてるからまた今度な」
葵:
「ふむ。察するに、シュウ君が『まだその域に達していない』ってことかな?」
ジン:
「そのとーり!」
某クイズの元司会者の口調で肯定する。
アクア:
「それじゃあ、仕方ないわね」
ユフィリア:
「もう~、シュウト~」
シュウト:
「…………えっと、なんか、すいません」
理不尽な言われようの気がしたが、下手に標的にされたくもなかったため、ここはとりあえずぺこぺこと頭を下げておくことにした。
話の展開自体はシュウトにとって悪くない流れでもある。聞きたかった内容にかなり近づいてきていた。こういう時に下手に質問して怒られたりするのよりも、なるべく静かにしておいて、口を滑らせてもらう方がありがたかったりする。
葵:
「それで、シュウ君ってば、今どのくらいなの? 何合目?」
ジン:
「まだまだ全然。やっとこ山の麓にたどり着いたぐらいの0合目。基礎練習も始まってねーし」
シュウト:
「そうなんですか?!」
それなりに強くなった気がしていただけに、予想外の進行状況に愕然とする。
ジン:
「おいおい、落ち込むなよ? いいか、こういう時こそ逆に考えるんだ。これからいっぱい強くなれるんだ!ってな。むしろ良かったじゃないか。うんうん」
葵:
「なんぞ詐欺師っぽい言い方じゃのぅ」
見えないヒゲをしごくかのように、顎を撫でる葵。
ジン:
「ったく山の麓まで旅しないで、どうやって山に登るつもりなんだよ。勘違いがありそうだから言っておくけど、普通にやったら上達にはだいたい10000時間掛かるなんて言われてんだぞ? 準備できてないヤツを速成する側の身にもなっていただきたい」
石丸:
「一万時間の法則っスね」
一万時間の法則。
これはマルコム・グラッドウェルが『天才 成功する人々の法則』という本の中で指摘した上達法則である。おおまかには、量的な鍛錬を継続して行うことで、結果的に上達することが出来るというもの。
仮に1日24時間を練習に費やすことが可能だったとしても417日も必要になってしまう。10年掛けられるなら1日2.7時間、5年でどうにかしようとするなら1日5.4時間の練習時間が必要になり、2年でなら毎日13.7時間である。
ジン:
「一万時間の法則は、単なる楽観論だと俺は思ってる。もちろん、そこそこ上達することはできるし、量的な鍛錬は必須事項だ。だからと言って、誰でも10000時間練習すれば天才になれるか?と言えば、そんなものは嘘でしかない。10000時間程度の鍛錬をこなしたヤツなんて世の中には幾らでもいるんだからな」
シュウト:
「やっぱり、上達するまでの時間を短縮するためには、質の高い練習が必要なんですよね?」
ジン:
「より正確には、『質量転換』と『量質転換』のどちらが有効か?という議論だな。一万時間の法則は、量質転換だという主張になる」
質量転換とは、質の高いトレーニングを行うことで、量的な練習の代わりとするもののことである。緊張漂う1時間の本番は、ダラダラと行う100時間の練習に勝る効果がある、などと言われる。
逆に量質転換は、量的なトレーニングを行うことで、質を高めることに繋がるという意味になる。とにもかくにも100時間、1000時間と練習を続けることが重要で、次第に質的な上達にも繋がってくるという意味がある。
ジン:
「ある所までは質量転換の方が効率がいい。レベルの高い人間のコーチングによって上の領域にシフトし易くなるから、余計な手間を省くことができる。しかし、その分野で一流になっしまった後では、頼れるのは量質転換だけになってしまうんだ。最前線に立つ者は既存の正解の後追いが出来なくなる。そこからは自分で新たに道を切り拓いていくことになるからだな」
シュウト:
「えっと、それじゃあ僕の場合はまだ質量転換で良いってことですね?」
ジン:
「そうなんだけど、そこまで単純じゃないつーか。動機付けとか、訓練の習慣化もだし、評価言語なんかも重要だ。 そこに場の空気だのの同調圧力とかがいろいろあった上で、それなりの知識を与えつつ、しかし、目標は小さく区切って階段を登らせたいし、アレだ、いろいろだな!」
葵:
「そんな面倒くさいことしてんの?」
ジン:
「当然だろ?やるからには、それなりに配慮させていただいてますがな」
シュウト:
「でも、全部を先に教えちゃった方がいいんじゃないですか?」
ジン:
「俺はその方が楽だけどな。別に、分かってることを全部ゲロっちまってもいいんだけど、そうなるとお前はほぼ確実に潰れちまうからな」
シュウト:
「潰れるって一体……?」
ジン:
「バッドエンドへのルートはだいたい決まってるんだよ。理論的なことを教えてやったら、その他のことをおざなりにしてオーバーライドの練習ばっかりやって、さっぱり身に付かずに不満たらたら愚痴や文句を言うようになって、結局は人間関係をこじらせて飛び出していくことになるだろう。ここの雑用をやめて時間を作れたと喜んだのも束の間、独力でどうにかしようとあがいてもまるでモノに出来ず、現実逃避で酒に溺れたりするようになるハズだ。いや、シュウトの面なら寄ってくる女がそれなりにいるだろうから、飽きるまでセックス三昧かもしれんな。そうやって5年、短くても3年は無駄になるだろうから、なんとか負け犬根性から立ち直って、しかもここに戻ってこられたとしても、その時にはもう才能なんて片鱗すら残っちゃいないだろうし、独学で身につけた変な癖が抜けなくて今の3~4倍は苦労することになるって感じかな? でもまぁ、立ち直る前に現実世界に戻っちゃってるかもしれないから、帰還した後で乱れた生活習慣を立て直すのに苦労するって話かもしれないな(笑)」
ほぼ予知に近い内容のストーリーに、干潮のように血の気が引いていく。うつろな目で世界を呪う自分の姿が脳裏に浮かんでは消えていった。〈カトレヤ〉を出て行くことなど想像したことも無かったが、イメージを与えられてしまい、どこか現実味を帯びてしまっていた。
シュウト:
「さすがに、そんな風にはならないと思うんですが」
ジン:
「そっか? お前、意外と『今時のキレやすい若者』してるぞ? 前のギルド辞めて出てきてるし、今は獣化したりとかな(笑)」
シュウト:
「そんな……」
ゆとり小僧に続いて、自分には当てはまらないと思っていた若者的なレッテルを張られて狼狽える。しかし『内なるケモノ』のことがあるので言い返すこともできない。(外からはそう見えるのだろうか?)と頭を抱えたくなってきていた。
ジン:
「どうするね、知りたがりのシュウト先生? 本当にこうなるか試してみっか? えっと、オーバーライドの理論的な側面から言うと、基本的には身体の……」
シュウト:
「ちょっと待ってください! わーっ!わーわーわー!」
耳を押さえ、声を出して防御する。みっともないだとかの体面を気にしている場合では無かった。何かの瀬戸際にいた。もう必死である。
葵:
「……ジンぷー、それはさすがにイジメすぎ」
ユフィリア:
「そうだよ、ちょっと可哀想だよ? 良い気味だけど」
ニキータ:
「性格や底意地の悪さが前面に出ちゃってるわね」
アクア:
「言われ放題ね」
「もう大丈夫」ということで耳を押さえていたシュウトを葵が会話に復帰させてくれた。
ジン:
「まぁ、そういうわけで、シュウトを潰すのには刃物すら必要ないわけですよ」
葵:
「真実の方が厄介なのは、いつの世も同じ、か」
シュウト:
「本当に、勘弁してください……」
ジン:
「まぁ、なんだ、軽いジョークだってば、な?」
葵:
「嘘つけ」
ユフィリア:
「本気だったよね」
ニキータ:
「殺る気だったわ」
アクア:
「冗談には聞こえなかったでしょ」
女性陣が味方だとちょっと(いや、かなり)心強い。ここの男性陣はスタンド・アローンで、団結などしないこともあるからだろう。
ジン:
「悪かった。あたしが悪ぅございやした!……だいたいシュウトがさっさとスタイルを決めてりゃ、もう少し理論的な話をして、スムーズに基礎練に入れたんだ。もう全部シュウトが悪いんだけどな」
葵:
「悪かったと言った次の瞬間に、シュウ君に責任転嫁しやがるか」
ユフィリア:
「ジンさん、反省してない!」
ジン:
「わーった、わーったよ。じゃあサービスしよう。……ちょっとだけよん?」
ジン:
「この世界は厄介な問題を抱えているんだ。……肉体性能の限界を規定するものは何だと思う?」
ユフィリア:
「えーっ? 何?」
アクア:
「……くだらないわね。それって同語反復でしょう?」
ユフィリア:
「えっと、いしくん?」
石丸:
「同じ語句を反復して説明するような、あまり意味の無い言い回しの事っス。従ってこの場合は、肉体性能の限界を規定するのは、肉体性能ということになると思われるっス」
ジン:
「そう。レベルアップ以外に体を鍛える手段がないのだから、この世界では超回復や環境適応をアテにしておこなう肉体鍛錬の手法には『何の意味もない』んだ。この意味を正確に理解しない限り、本当の意味で強くなることはできない。不可能なんだ」
シュウト:
「それは、たぶん『分かっていること』だと思うんですが。 だから、最初から『気の増幅』をやらせていたんですよね?」
ジン:
「そうだな。……というわけで、この話題はここまでとする」
ユフィリア:
「えーっ? ぜんぜん分かんないよ?」
ジン:
「あれー? ちょっと頭の働きが鈍いんじゃね?」
ユフィリア:
「意地悪ジンさん。嫌味ジンさん」
ニキータ:
「……まとめると、肉体性能の限界から解放されて自由になるのが『フリーの世界』で、肉体限界を迂回する手法・方法論としてのライド法、そこから先の世界へ行くとオーバーライドって感じかしら」
ユフィリア:
「さっすがニナ、頭いい!」
ジン:
「うん。どこかのチッパイなお猿さんとは大違いだな」
ユフィリア:
「えーっ、お猿さんはイヤ。あんまり可愛くないし」
シュウト:
「そういう問題なの?」
石丸:
「今の話から分かることはまだあるっス。体が鍛えられないのだとすると……」
ジン:
「石丸、ストップだ」
石丸:
「了解っス」
静かにストップを掛けたジン。表情の変わらない石丸。難しい顔になる葵。『?』を顔に浮かべるユフィリア。思案顔になるニキータ。いつもの笑顔のままでいるレイシン。そして口元に笑みを浮かべるアクア。
石丸の言葉の端から『理解の気配』が伝播し、シュウトの思考回路に火が入る。まるでトートロジーのように同じ意味や内容を反復させただけの気がしていたが、それでは何も理解できていないことになるのだろう。
考えてみれば、肉体を鍛えられないのだとすると、体を鍛えるのはなぜなのか?といったことや、成長できないのなら一万時間の法則は無視できる可能性があることなども分かる。ライドというのも何かの『技』ではなく、もっと根本的な能力のことを示唆しているらしい。ジンの思考法からすれば、本質的な方向で考えてくることは予想できるはずだった。
これらは次のステップの話題なのだろう。つい今しがた先を考えるのは良くないと戒められたばかりである。考える楽しみは後に取っておけばいいのだ。ただし、その頃には楽しみではなくなっている可能性が高いのではあるが。
葵:
「……そんで、これからどうするつもり?」
ジン:
「これからは本格的にギルド活動を開始する。いくつかの新プロジェクトを立ち上げる。準備に数日掛かるから、それまでは待機だな」
葵:
「具体的には何をするの?」
ジン:
「優位性を悪用する。準備は石丸に手伝って貰う。いいな?」
石丸:
「了解っス」
シュウト:
「それ、僕も手伝います」
ジン:
「お前はやることがあるだろ? 彼女とデートとかしてこいよ」
ユフィリア:
「うん。それがいいよ!」
にこにこしているユフィリアを尻目に重い溜め息が漏れる。話しやすい相手なので念話にはそこそれ慣れて来ていたが、デートするとなると別種の緊張が漂ってくる。失敗しなければいいのだが。
ジン:
「ニキータ、いつもの女子会はどうなってる?」
ニキータ:
「すみません。後で確認しておきます」
葵:
「〈エターナルアイス〉で貴族会合があるんだもんね?」
ニキータ:
「〈円卓会議〉の参加ギルドだと準備が忙しかったりするみたいですね」
葵:
「そうそう、初心者向けの強化合宿みたいなイベントもあったよ。もう出発してるんだったかな? どっちかというと、水着持って九十九里でバカンスみたいな話だったけど(笑)」
ジン:
「〈大地人〉とアキバ〈円卓会議〉がどういう関係になるのかは、先々、重要な問題になるだろうな」
シュウト:
「それって、どうなるんでしょう?」
葵:
「この世界とか、この地域との関わり合いの『深さ』を決めるってことだからね。貴族として地域の一員になる場合、たとえばモンスターに襲われてたら『助ける義務』みたいなものが発生しちゃうかもなんだよ」
ジン:
「ミナミは〈大地人〉と〈冒険者〉が統一されているようなもんだからな。後になれば有利・不利の比較がされるようになるだろう。なにより、ここから先はゲームのルールが変わっていくことになる。〈大地人〉を使ったシムシティのような形になるハズなんだ」
石丸:
「むしろ『ポピュラス』っスね?」
ジン:
「それそれ。ただしプレイヤーとして参加するけどな」
シムシティとは、『街を作っていく』というコンセプトのシミュレーションゲームであり、版を重ね、かなりの知名度を誇っているものである。一方のポピュラスはゴッドゲームと分類され、神となって民族を繁栄させるというコンセプトのゲームであった。
ユフィリア:
「んー? どういうこと?」
葵:
「〈大地人〉を繁栄させる戦略ゲームになっていくってことなのね?」
ジン:
「その形になるのはまず間違いないだろう。国力を決めるのは全体の文化レベルだし、かといって〈冒険者〉だけの経済発展じゃ先が続かない。戦闘能力があっても人数が少なすぎる。そうなると〈大地人〉を巻き込んで彼らごと発展させないと、総合的な国力は上がってこない」
アクア:
「なるほど。モンスターによる被害を少なくしつつ、技術供与しながら文明レベルを上げていく。その結果、総合的なパワーが上がるってわけね」
シュウトにしてもこの世界での出来事や〈大地人〉との関わり合いというものが、現実世界に帰還するまでの『一時的な腰掛け』でしかないと考えていた部分があった。しかし、ミナミの戦略目標が『この世界に永住すること』であるとするなら、いつ帰還できるか分からないなりに先々を見て動きを決めて行かなければならないことが分かってきた。
帰還できるのが3ヶ月先か、3年後か30年先かは分からないのだ。3ヶ月のつもりで何もせずに30年が経過したらどうなるのかと言えば、無計画なその場しのぎで日々を暮らすことになるだろう。比較してミナミは最初から永住することを目的とした計画を立てて実行してくる可能性が高い。1~2年ならともかく、5年や10年といった時間は結果的に大きな差となって返ってくることになるのだろう。
石丸:
「ところで、〈スザクモンの鬼祭り〉が発生したこで、東日本でも〈ゴブリン王の帰還〉が発動している可能性があるっス」
ジン:
「そういやそうだったな。6年ごとに同時発生だよな? リセットされてるかもしれんし、1/6よりは確率がもうちょっとあるか?」
石丸:
「いえ、完全に1/2っス」
〈ゴブリン王の帰還〉がゲーム内時間で2年ごと。〈スザクモンの鬼祭り〉はゲーム内時間で3年ごとに発生する。
このことから、ジンは6年に一度だけ『同時に』発生すると考えたのである。しかし、〈大災害〉によってゲームイベントの発生がリセットされた可能性を考えて、今年は同時に起こる可能性もあると言ったのであった。
一方で石丸は、〈ゴブリン王の帰還〉が発動する可能性は1/2になると考えている。〈ゴブリン王の帰還〉は発生する・しないが交互になる。スザクモンの発生をすでに確認しているのだから、同時発生の確率は無視できるため、単純な1/2の問題である。
石丸:
「〈ゴブリン王の帰還〉がすでに発生している場合、東北の〈七つ滝城塞〉までアキバから遠征軍を出す必要が出てくるかもしれないっス」
実際にはこの時すでに〈ゴブリン王の帰還〉によってゴブリンの軍団が南下している最中であったのだが、ジン達はその可能性をまったく考慮していなかった。数百キロの距離を数を増やしながら遠征してくるなどとは予想していなかったのである。
――こうしてアキバもまた、大きな戦いの炎に飲み込まれようとしていた。
タイトルの「秘められた嘘」なのですが、作中のあんまり重要じゃない部分に明らかな嘘がありまする。もとは構成ミスなんですが、そのままぶっこんだという代物ですね。
えっと、その他の部分は、諦めました<(_ _)>