47 個性的な歩き方
シュウト:
「ご存じだったんですね?」
ジン:
「ゴゾンジ? 何を?」
ベヒモスとの戦いを終え、なんとかシブヤに戻って来たジンとシュウトだったが、仲間達がアキバにいたとは知らず、疲れ果ててそのままベッドに倒れ込んで寝てしまう。
翌朝に連絡が取れたため、現在はアキバへと迎えに行く途中である。低いレベルのままでいたい葵を連れて帰るためには、少なくともジンかシュウト、どちらかと合流しなければならないのだ。
戦いでの成長を経て、聞きたいことが幾つかあったシュウトは、まだ眠そうなジンに話しかけていた。
シュウト:
「矢に、気を乗せる方法のことです」
ジン:
「そういや出来てたみたいな?」
シュウト:
「気配を消してから、気を高めて撃ったら巧く行きました」
ジン:
「そうか。がんばったな。おめっとさん」
シュウト:
「それで考えてたんですが……」
ジン:
「んー?」
眠気を振り払うように伸びをするジン。
シュウト:
「気配を消す練習を始めたのって、たしか巧くいかなくて、悩みを相談した直後なんです。気分転換とか言ってましたけど、本当はこのための練習だったんですよね?」
ジン:
「……アレは、俺のミニマップの応用練ですよ? 暗闇で何にも見えなくても戦えるようにっていう。気配を消されるとまだ難易度高すぎてアウトだけどな」
シュウト:
「……それと弓の使用を禁じられてたのも謎だったんですが」
ジン:
「おま、人の話し聞いてる?」
シュウト:
「気配を消す練習と、気を高める練習を分けてやらせるためだったんですね。近接戦闘では気を消し、弓を使っている時は気を高めるって感じで」
ジン:
「いや、そこまで深く考えてないんですけど……」
シュウト:
「気を消すのと高めるのと両方同時にやると、混乱してしまうからだと思います。だから、ジンさんからすれば、そのうち僕が勝手に気付くのは分かっていた。時間の問題だったわけですよね?」
ジン:
「違うっつの。まぁ、仮にそうだとして、どうだったね?」
シュウト:
「自分でやり方を見つけたと思ったので、最初は凄く嬉しかったんですが、最後にアサシネイトを使った時になんとなく分かって、……複雑です」
ジン:
「気にくわない、と」
シュウト:
「そんなつもりはないんですが……、気付くの遅すぎるんじゃないかとか、やっぱり思惑通りだったのかなとか……」
ジン:
「面倒臭ぇヤツ。ベヒモス戦に間に合ったんだから、別に遅すぎはしなかっただろ?」
シュウト:
「それはそうなんですが」
ジン:
「じゃあ、手の上で転がされてたのが不満、と」
シュウト:
「いえ、その、地に足が着かない感じで……」
ジン:
「だいたいな、ちゃんと教えても『自分で気が付きたかった』ってムカつくヤツはいるし、自分で気付くのを待ってたら『ちゃんと教えてない』ってムカつかれたりするもんだろ。 人間はそういう生き物なの。状況に応じて都合良く態度をコロコロ変える女々しくて情けなくて、非論理的なウンコなんだよ」
シュウト:
「ウンコ……」
その通りのことを考えたため、シュウトには返す言葉もない。
ジン:
「学習の基本は人の真似だって言うだろ? だから、まずは人の真似して基本をキッチリ学ぶんだ。そっから自己流にアレンジしていけばいい」
これを別の言葉で言えば、『守・破・離』ということになる。
ジン:
「基本をキッチリとは言っても、真面目なヤツが原理主義に偏った場合、基本だけを律儀に守ろうとするから、応用が利かなくなる。他人がアレンジしだすのが許せなくなるし、一番マズいのは『勝敗の責任』を基本原理のせいにしちまうことなんだ。……口では、『原理を体現出来なかった自分のせい』とか言うんだけど、工夫したりだのの『自分で考えること』を放棄しているのと変わらなくなる。それで同じ方法論にしがみついて勝てる相手にだけ勝とうとするようになっちまうんだな」
ジン:
「逆にアレンジの場合だが、自分本位だと他人の言う通りにやるのはプライドが許さなくなるから、自己流を重視することになるわけだ。それだと基本原理がもともと持っていた理とか仕組みそのものを失ってしまいかねない。原理になってた部分、通用して上手くいってた理由を軽んじてしまうわけだな。 我流や自己流と言えばそれなりに聞こえは良くなるが、通用しなきゃ平凡以下のどうでもいいものでしかない。しかし、アレンジするには基本の持つ『利点』だけ理解してもダメだ。もう通用しなくなっている部分まで分かってこなきゃならん。難しい話を言えば、『他人が現状から得ているメリット』にまで頭が回らなきゃならない。その辺が欠けていると、自分の理解力の無さを棚に上げて、『ボクを理解してくれない』だとか、『悪いのは他人』とかって八つ当たりが始まるわけだ」
シュウト:
「……その、アレンジはしないとダメなんでしょうか?」
ジン:
「むずかしいね。世の中、正解のないモノも多いし、でも正解のあるモノも多いし。……正解があったとしても、目的によっても変わるし、状況や条件、いわゆる環境に影響を受ける。天の時、地の利、人の和ってな。さらに、最適・最善なんかの理想論は時間のスパンによっても変わってくる。なるべくロングスパンでの正解を目指すのが望ましいが、一時的な成功が必要な時も多い。……アレンジなしで全てに対応できる『真理』なんてないんだよ。これを『臨機応変』という。古い仕組みの場合、既に対策が取られているかもしれないだろ? ちゃんとモノにして、状況に応じて使い分けるっきゃないね」
シュウト:
「そうですか……」
ジン:
「んまぁ、ハタチ過ぎてりゃ、正解のある世界だけで生きて行けるわけじゃないからな。正解が無いものの重さも知らなきゃならんし、『正解なんてないんだ!』なんて言い訳がましいのもダメだ。正解がわかりにくい時ほど、理想的な答えに気付いた時は慎重にならなきゃいけないし。互いの立場の違いから最適解が分かってても妥協しなきゃならない場合も多いよ。
過去を知ればこれまでの繋がりが見えてくるものだし、敵を知れば対処法が見えてくる。しかし、それら外側の部分に囚われてしまえば、新しい発想は出てこなくなる。……他人に合わせて自分が変化をつけること。逆に自分に合わせて他人を変化させること。行為に没頭して、目的を忘れないこと」
シュウト:
「複雑すぎると思うんですが、どうすればいいんでしょう?」
ジン:
「『ちゃんと生きる』ってことだろうなー。『普通に』じゃねーぞ?」
シュウト:
「ちゃんと、ですか。…………あのー、少し前にに怒りが制御できてないって怒られたことがあったじゃないですか?」
ジン:
「おう、それがどうした」
シュウト:
「昨日もちょっと使っちゃいました。スミマセン」
ジン:
「ほい。そんで?」
シュウト:
「つかっちゃって良かったんでしょうか?」
ジン:
「……ダメって言ったって、昨日のことじゃあ、もう手遅れだろ?」
シュウト:
「いえ、その、今後の練習方針的な意味で大丈夫だったかな~、とか」
ジン:
「別に構わないぞ。獣化だろ? その内にちゃんとすっから」
シュウト:
「使ってもいいんですね? それだとご相談がありまして、上手く引き出して使うにはどうすればいいんでしょうか? あまり上手く怒れなくて……」
ジン:
「あー、そっか。獣化を誤解してんだよな。……んーと、基本的に『怒り』は抑圧で生まれるんだ。我慢して、我慢して、我慢の限界が来ると怒るって事になり易い。あんまり練習しようとせずに、自然に怒った時ぐらいにしとけ。タメとくぐらいが丁度良いんだ」
シュウト:
「なるほど。そういうものですか」
ジン:
「怒りっぽいヤツの獣化は、たびたび解放してっから、薄っぺらくて威力も小さい。単なる怒りモードになっちまうんだよ。まぁ、お前みたいに真面目なヤツは、ため込み過ぎると暴走して制御が利かなくなるかもだけど。…………これって物語に出てくる優しい師匠の場合は、『今後、二度と使うことはならん!』とか禁止して抑圧するんだよ。そんで罪悪感あんのにずるずる使っていって、最後に悲劇が待ってるパターンな」
シュウト:
「いえ、悲劇は困るんですが?」
ジン:
「物語の場合だっつの。平気平気。俺は優しくないから、最大限に自主性にお任せしたい人なわけよ」
シュウト:
「……面倒くさいんですよね?」
ジン:
「もちのロン。あ、女の子に暴走して襲いかかるようなら別だぞ?」
シュウト:
「えっ?……き、気を付けます」
そういう事は無いと思いたいが、未知の分野では保証もない。
ジン:
「ともかく。お前は鵜呑みにしたがるタイプだし、全部を教えるよりは、多少なりとも自分で気が付いたり、発見したりする機会を持った方がいいんだよな。そうすると色々なことに気が付き易くなんじゃねーの?」
シュウト:
「それは、なんとなく分かる気が。一生懸命やってたつもりなんですが、後から考えると身が入ってなかったみたいで」
ジン:
「ステージが上がると、色々なことが起こるもんさ。……それはそうと、そろそろ新しいこと教えたりせんとなぁ」
シュウト:
「新しいことですか? 今度は何を?」
ジン:
「……嬉しそうにしてっけど、自分のスタイルは決まったのかよ?」
シュウト:
「すみません、まだです。……というか、何を教わるかで変わって来ちゃいませんか?」
ジン:
「あんなー、スタイルったって、今から回復魔法だのを覚えられるわけじゃないんだぞ。お前はもう〈守護戦士〉にも〈召喚術師〉にもなれないんだから、〈暗殺者〉の中でどっち方向へビルドするかって話をしてるだけだろうがよ」
〈暗殺者〉の場合、武器によって至近距離から超長距離までの範囲で戦うことができる。遠距離から弓でダメージを稼ぐことも、ナイフで敵と戦うことも可能なのだ。トドメを刺す役割も得意だし、鍛えれば〈盗剣士〉がするように範囲攻撃でまんべんなくダメージを散らすこともできる。投げナイフや手裏剣などの近距離遠隔武器も使えるし、気配を消して背後に回る戦い方も得意だ。
シュウトのサブ職は〈矢師〉であるため、弓を使うところまではほぼ確定しているのだが、慣れてくると近接戦をやらないのも勿体ない気がして、決めきれずにいるのであった。
シュウト:
「あの、ジンさんが僕に希望する戦い方とかってありませんか?」
ジン:
「俺の望みはな、お前が全部やっつけて楽チンになるこった。……ばっか野郎、自分で決めろっつったろ。俺にやらされてどーすんだよ。自分で決めろ、んで、俺の望みを越えていけ!」
そんな話をしながらアキバへと向かう。その後も色々と聞きたかったことを質問できて、かなり満足なシュウトであった。
◆
ユフィリア:
「シュウト! こっちこっち~!」
銀葉の大樹の下に〈カトレヤ〉の仲間たちが集まっていた。最初にギルドで一番元気なユフィリアが手を振って合図してくる。
シュウト:
「ただいま戻りました」
葵:
「シュウくん、おかえり~」
ニキータ:
「予定よりかなり早かったわね」
シュウト:
「いろいろあって、昨日の夜にはシブヤに戻ってたんだけど……」
シュウトの後ろからこっそりと付いてきていたジンは、レイシンや石丸に軽く挨拶をすませていた。
葵:
「久しぶりじゃん」
ジン:
「よっ」
葵:
「ジンぷーのくせに、何をこそこそしてるんだか」
ジン:
「別に、そんなことないぞ?」
ユフィリア:
「ジンさん、おかえりなさい」
ジン:
「たでーま。……なんだ、機嫌良さそうだな。ちょっと拍子抜けしたよ」
ユフィリア:
「なんで? 機嫌ならずっといいよ」
小首を傾げながら、ユフィリアが輝く笑顔で返事をしていた。
ジン:
「あれ? ……そうだったっけ?」
ユフィリア:
「そうだよ」
ジン:
「そっか。そうだよな」
ユフィリア:
「あはははは」
ジン:
「わはははは」
屈託のない笑顔だった。不機嫌でダンマリしたことなど、微塵も感じさせはしない。事情を把握している仲間たちは、彼女の態度に若干引き気味になっている。
ジン:
「残念だな~。怒ってる顔とかちょっと見たかったんだけど」
ユフィリア:
「そう? 怒られたいなんて、趣味悪いよ?」
ジン:
「怖いもの見たさかな。いや、怒ってないならいいんだ。安心した」
ユフィリア:
「でも、みんなに黙って1人で行動するのはダメだったと思う」
ジン:
「わりぃ、わりぃ、反省はしてないが、後悔はしている!」
ぐいっ、と自慢げに胸を張ってみせるジン。
葵:
「それ逆っしょ。後悔しちゃダメじゃん。つか、謝罪は?」
ジン:
「フッ、男子たるもの、そう簡単に謝ったりしないものですよ?」
ユフィリア:
「しょうがないなぁ~、もう~」
ちょっとホホを膨らませて怒るようなフリをしてみせるのも、いつものユフィリアらしい態度で、和やかな歓談そのものだ。
ユフィリア:
「あれっ、ジンさん、レベルが83になってる。昨日は81だったのに」
ジン:
「あー、ちょっとな」
話すのはいいが、ここで説明するのは面倒なので後にしたいというニュアンスだったが、誤魔化した気分が強く香ってしまう。
ユフィリア:
「途中で念話が通じない時があったけど、あれってどうして?」
ジン:
「えっと、そうだったっけ……?」
ジンは目を逸らそうとする。いつしか心理的に追い込みをかけられていたため、無意識に『逃げたい』と思ったのが目の動きに現れてしまったものだ。
しかし、ユフィリアは両手で顔を挟みこみ、目を逸らさせなかった。はたから見ていると、まるでこれからキスでもするかの様でもあり、見ている側はドキッとさせられる。
ジン:
「むぎゅ」
ユフィリア:
「……海外サーバーって、何?」(ヒヤッ)
どこからか冷え冷えとした空気が広がって行き、夏もまっ盛りなはずのアキバに、あまり心地好くない涼しさをもたらす。銀葉の大樹が目当てで集まってきていた小鳥たちは、危険を察して早々と逃げ出していた。
ジン:
「あの、えと、途中、何か色々あったような?」
ユフィリア:
「私も一緒に『何か色々』したかったかも?」
ジン:
「も……申し訳ございませんでし、た?」
葵
「意志、弱っ!?」
この時のユフィリアは美し過ぎた。例えると、人間の生存を許さないがゆえに神秘的な、この世とは隔絶した『絶景』のそれに近い。
シュウト:
(やはり怒ってますよね……)
シュウトは直視してターゲットにされないように明後日の方向を見る。
自分たちとしてはかなり面倒な目にあっていたのだが、彼女の基準で考えれば、かなり面白い目にあっていたと思うのであろうことも分かる。
仲間に対する配慮に欠けていたから怒っているのではない。仲間ハズレで楽しそうなことからハブられたことに怒っているのだ。それが分かるのは、自分も『同じ』だからだ。彼女を出し抜いた歓びと罪悪感とはコインの裏表のようなものだった。
ニキータ:
「……フゥーン」
シュウト:
「……何かな?」(ギクリ)
ニキータ:
「別に?……ただちょっと、満足そうに見えたから」
シュウト:
「そう? 特にそんなことは、ないと思うんだけど」(ぎくぎくっ)
ニキータ:
「ウフフフフ」
ジン:
「バカっ、ちょっ、何すんだ! お前、今は普通の女の子じゃないんだぞ? 全盛時のアリ●ター・オー・フレイムも真っ青な……」
ユフィリア:
「バカって言った? それに普通の女の子じゃないって、何気にヒドくない?」
ジン:
「だー! とりあえず待とう。その腕力は不味いだろ。衛兵が来ちまうって、だからな?」
ユフィリア:
「そっかー、そうだね?……でも、ダメ」
ジン:
「はがっ! はへっへ! えーへーあ、ふうー!」(待てって!衛兵が来る!)
笑顔に青筋をあしらったユフィリアは、ジンのホホをむにっとつまむと、上下左右へと引っ張り、こねくり回した。情け容赦無しに見えるが、衛兵が来ない様子から手加減しているらしい。
どうにもこれが楽しくなってきたらしく、ちゃんとした言葉にならないジンの悲鳴(?)がしばらく続いた。
アクア:
「へー、その子がユフィリア?」
ジン:
「あがっ!?」
気が付けば、惨劇(?)のすぐ横まで銀髪の女性が近づいて来ていた。
ユフィリア:
「んー、どちらさま?」
シュウト:
「アクアさん!?」
アクアは、まじまじとユフィリアの顔を見ていたかと思うと、破顔して宣言した。
アクア:
「貴方、最高の素材だわ! 私と一緒にステージに立ちなさい。私達なら世界が穫れるわよ!」
ユフィリア:
「世界?」
ジン:
「アホか、何が世界だ。……お前、なんでまだいんだよ!?」
アクア:
「は? 夜も遅いからこの街に泊まったのよ。そんなの決まってるじゃない」
シュウト:
「それもそうですね……」
ユフィリア:
「ねぇ、このひと誰?」
ジン:
「あー、こいつはその、外国人なんだ。昨日出会って、戻ってくるのに協力してくれたっつーか、面倒を押しつけられたっつーか」
アクア:
「フンッ、頭の悪い紹介ありがとう。……アクアよ、よろしく」
ニキータ:
「外、国人?」
葵&ユフィリア
「「ええーっ!?」」
びっくりして目を回している女性陣の態度に満足したらしく、鷹揚な態度で周囲を見回しながら話し始める。
アクア:
「さすがアキバねっ。いろいろと美味しそうなものがあって目移りしちゃうわ。やっぱり世界の聖地だけあって、信者も敬虔で態度がいいのね」
葵:
「ようこそアキバへ。同好の士よ!」
アクア:
「ありがとう」
ジン:
「おーい、不審者と打ち解けるなって。……んで、まだ何か用か?」
アクア:
「昨日のアレよ。私にも権利はあるでしょう?」
ジン:
「あー、…………確かにな」
ユフィリア:
「なんの話?」
ジン:
「後のお楽しみさ」
ジン:
「じゃあ、とりあえず1時間ばかし自由時間にしよう。アクア、俺らのギルドはシブヤにあるから、後で移動になるからな」
アクア:
「ふぅーん。まぁ、良いわ。もう少し見て回りたかったし」
葵:
「じゃあ、あたしが案内してしんぜよう。これでもちょっと詳しいのよ」
ジン:
「……レイはちょっと残ってくれ。それと葵は俺に金」
葵:
「へ? 何のお金?」
ジン:
「俺の、装備の修繕費」
葵:
「あれっ、今回の仕事でいくら儲けたっけ?」
ジン:
「ばっか、それとこれは話がちげーだろ! 必要経費っ。ランニングコストなんだよ」
シュウト:
「そういえば〈ハーティ・ロード〉の葉月さんから預かったお金がありますよ。レイシンさんの料理のお礼だとか」
レイシン:
「はっはっは。やっといて良かったね」
葵:
「あれーっ? そうするとジンぷーはいくら稼いだのかなぁ?」(によによ)
ジン:
「おまっ、人の苦労も知らないでえっらそうに、くぬメス狐がぁ!」
ニキータ:
「仕方ないですね。今回はギルドから出しておきましょう」
葵:
「えーっ!? boo!boo!」
ジン:
「おおっ! ニキータさんマジ天使!」
ニキータ:
「気にしないでください。ちゃんとツケておきますから」(にっこり)
ジン:
「ちょっ、ニキータさんマジ鬼畜……」
アクア:
「ふ~ん、最強戦士様も形無しね。これがアレかしら、『強さは相対的』ってやつ? 勉強になるわ~」
ジン:
「うっさい(涙) これはアレですよ、ワザと負けてあげてるだけなんだから、勘違いしないでよねっ!」
葵:
「……それ、自分で言うとかなりみっともないよ?」
◇
半泣きで装備の修繕をしに行くジンと別れ、1時間の自由時間を使ってシュウトもぶらりと街の様子を見て回ることにする。武器や防具に掘り出し物がないかも確認しておきたいし、矢の材料の件もある。
新しい屋台などにも心惹かれるものがあるのだが、シブヤに戻ったら宴会になるので、買い食いは禁止になっているのが残念だった。噂の牛丼は別の日にするしかない。それと帰って来た報告をユミカに直接したかったが、こちらも出掛けているためタイミングが合わなかった。
シュウト:
(うわっ、こんなにヒドかったっけ……?)
久しぶりに戻って来たアキバは、いつもと同じ様に行き交う人々の活気が溢れていた。だが、その歩いている姿がどうしても気になってしまう。こんなことは初めてだった。
シュウト:
(以前は気にならなかったのに……)
背を丸めて歩いている人がいる。荷物を持っているわけでもないのに真っ直ぐ立てずに傾いて歩いている人がいる。腰がずり落ちたまま歩く少年がいる。膝を曲げたまま歩く女性も増えて感じる。全体的に角張った動きの人が多く、それでいて歩くスピードは早い。
歩いている姿がずいぶんと『個性的』になってきている気がしていた。シュウトがこれまで気が付いていなかっただけかもしれないが、もう少しみんな無個性な、ゲームキャラクターの歩き方をしていたと思う。その分だけ〈冒険者〉の体を使いこなしているのかもしれないが、使いこなすのにしてもあまり良い方向に向かっていない気がしてしまう。
比較して、シュウトの周辺には歩き方が上手な人達ばかりだ。
ユフィリアは「赤ちゃんが上手にそのまま大人になったみたい」だとジンが評価するほどナチュラルに姿勢が良く、伸びやかで癖のない歩き方をする。ニキータは「セクシー系だけど、ちょっと腰が入り気味」と言われ、スタイリッシュな颯爽とした歩き方だ。レイシンは「蹴りが主体だから重心が胸近くにあって、腰が切れている」と言われ、長い足がさらに長く見えるスマートな歩き方。石丸は「ありゃ、歩き慣れし過ぎだな」とジンに言われるほどで、何か職人めいた軽やかな足捌きをしていた。先日まで一緒に朝練をしていたさつき嬢も「軸がちゃんと通ってて良く訓練されてる」の通りに、品の良い美しい歩き方をしていた。……ジンの歩き方は、シュウトにはうまく評価できない。気分によって変えているのか、日によって違う気がしている。
シュウトの過去の経緯、(主に「モテるだろう?」とか「このイケメン野郎」などと友人やクラスメイトにからかわれることが多かったにも関わらず、実際にはその手の経験に乏しいこと)もあって、『格好をつける』ということにあまり良いイメージを持っていない。
下手な服を着ると妹が「それダサいから」などと罵ってくるため、せいぜいが『みっともないのは嫌だ』と考える程度で、その先に踏み込もうと思ったことはなかった。
ゲームをやっていれば『カッコイイ装備自慢』という楽しみ方をする人がいるのは分かる。それは『自分の格好良さ』ではなく、『装備の格好良さ』を楽しんでいるのだ。それを『持っている』『手にいれた』『選んだ』という間接的な格好良さはイヤミになりにくい。センスが良いとか、運や努力の証しとされるものだろう。
ゆえに、シュウトは戸惑っていた。
「格好良く歩けるようになりたい」と思ってしまったからだ。その欲求に気付いて自分に少し驚いていた。歩くことは運動で、運動能力は強さに繋がっている。しかし、格好良さを求める感性には慣れていない。強くなった際のオマケとして格好良いのであれば、それを受け入れるのにやぶさかではないのだが、ここまで考えれば分かってしまうように、かなり高い確率で強さと見た目の美しさには関係がありそうなのだ。
『カッコつけマンは嫌だ』というシュウトがナルシシズムを拒否する心情は、どこかでユフィリア達のようなリア充を見下す(見下し返す)、ひねくれたプライドに繋がっている部分がある。
ところが現実に、化粧や洋服だけではなく『美しく歩くこと』までしている彼女達をみれば、その美しくなろうとする努力にも理に適った部分があったと認めなければならなくなってしまうだろう。ここに自己矛盾を察したが故に、シュウトは戸惑っていたのである。
この時は「単に歩き方の問題だろう」と思考を頭から追い散らして終わりにしてしまっていた。
◆
――2時間後
アキバでそれぞれの用事を済ませたシュウト達は、その後シブヤに戻って来ていた。アクアと一緒に行動していた女性陣はすっかりと打ち解けていた。
帰り道は、アクアが自慢の〈蒼雷の一角獣〉を召喚したため、一度もモンスターと遭遇することなくシブヤまでたどり着くことができ、非常に楽だった。彼女の騎乗生物は『最上級の幻獣』であるため、低レベルのモンスターではその周囲に近づくことが出来なくなるらしい。
レイシン:
「じゃあ、ちょっと準備してくるから」
ジン:
「おう、頼むな」
料理が出来上がるまで、ミナミでのことを葵に話して聞かせていた。情報戦をすることになったと思ったら、翌朝スザクモンの敵モンスター群に気付いたこと、ふーみんの死亡からミナミの中にジンが助けに入ったこと、ユフィリアが村人の救出を提案したこと、最後にアギラの合流と解散までの流れをそれぞれ現場にいた人が語っていく。これで葵だけではなく、シュウト達も全体の流れが把握できた事になる。
葵:
「なるなる。最終日はいろいろあったんだね?……っても昨日のことか。となると急転直下って感じだ?」
シュウト:
「そうですね」
ジン:
「村人を助けたとは、ユフィリアは偉かったな。よくがんばった」
ユフィリア:
「あは。あの村の人達は間に合わなくなっちゃうと思ったから」
照れが入り交じった笑顔になるユフィリアを見ていて場が和む。ジンが「よしよし」といいながら頭を撫でていたが、ご機嫌とりの側面が強いと見てとれる。
葵:
「んでさ、途中の何かを端折ったでしょ? 誤魔化したつもりだろうけど、展開が急すぎだって。……何があったん?」
以前にも経験したような流れに(また!?)と思いつつも、シュウトはポーカーフェイスを試みる。男友達に言わせれば、表情の硬さには定評がある。
葵:
「ジンぷーとシュウ君は知ってるわけね? 石丸くんは読めないなー」
ユフィリア:
「……シュウトも知ってるの?」
アクア:
「ククッ、なんなの? 面白そうね」
残念ながら、鋭すぎる葵の目を誤魔化すには至らない。しかしどちらかと言えばユフィリアにバレた部分が怖ろしい。
葵:
「ちょっと! あたしには話せないってワケ?」
葵に気迫が宿る。普段の冗談9割の葵の姿しか見たことがないシュウトは瞠目する。情報分野は彼女の管轄であり、そのプライドを踏みにじってしまった気がしていた。しかし、ジンは……
ジン:
「だってお前、酔っぱらうと何でもペラペラ喋っちまうだろ?」
気にした様子もなくあっさりと受け流していた。
葵:
「ざっけろ! 大事なことは酔ったぐらいじゃ喋んないっつの!」
ジン:
「酔っぱらいのたわ言、乙。……お前が何を大事だと判断するかわかんねーじゃん」
葵:
「それはアタシに判断させなさいよ!」
牙をむき出しにしたチワワのような獰猛さだった。
ジン:
「……言っとくけど、俺、酔っぱらいの評価は低いぞ?」
軽い調子だったが、鉄のカーテンがひかれる。
葵:
「……知ってる」
葵は、拗ねた子供のような視線でジンを見る。執拗な追求を取りやめ、ジンは話を本題に戻すことにした。
ジン:
「……ユフィリアとニキータ、あとレイにも教えてない。仮説段階ってのも大きいけど、余計な心配させたくなかったし、知らなきゃ情報が漏れようもないってのもある。プレッシャーをかけたくないんだ」
葵:
「……あたしは?」
ジン:
「んー、念話で話して伝わるのか自信が無かったからな。ミナミから帰って来たらアキバ中で『知ってた』なんてことになったら目も当てられないし」
念話も電話などと同じで、顔が見えないと相手の理解の程度を誤解するおそれがある。顔を会わせて話すという行為の持っている潜在的な情報量は膨大なものなので、その情報的な欠落を身をもって学んでいれば、大事な話ほど、念話などで済ませようなどと思うはずがなかった。
ジン:
「要求通り、お前に判断させてやる。使い方も任せよう。だが、半端しやがったら、たとえお前でも許さねーぞ?」
葵:
「望むところよ!」
殺気などは込められていないかったが、有無を言わせない何かが込められていた。ジンが分厚くなったかのように、存在自体を重く感じる。
葵がその子供のような小さな体で必死に食らいついていくのを見ていると、驚嘆の念を禁じ得ない。
すっ、と立ち上がると、ジンは別室に葵を手招きする。一緒に平気そうな顔をしたアクアが付いていってしまったが、こちらもタダ者ではない。
ニキータ:
「……そんなにマズい話なの?」
シュウト:
「どうかな、僕が話の性質を正確に理解できているかどうか……」
ユフィリア:
「いしくん、どうなの?」
石丸:
「我々が知ったぐらいではどうにもならないっスね。武器で言えばせいぜい剣や斧みたいなものっス。しかし葵さんにとっては、毒ガスや戦略核兵器になるかもしれないっスから」
ユフィリア:
「うーん。よくわからないけど、凄そう」
ニキータ:
「……そう」
ニキータは何かに気付いただろうな、とシュウトにも分かった。内容はともかく、『現実世界への帰還に関わる話』ぐらいには辺りをつけているかもしれない。
しばらくして出てきた葵は楽しげな笑顔だった。あの話を聞いてよく笑えるものだと思う。
葵:
「もう、全然だったわよ。大したことないのにマジになっちゃって、ジンぷーもバカよねぇ。そうそう、ユフィちゃん達には裏を取ったら教えてあげるから、もうちょっと待っててね?」
ユフィリア:
「えーっ、なんだろ?」
ニキータ:
「分かりました」
レイシン:
「……お待たせ。料理できたから、運ぶの手伝って~」
ユフィリア:
「はーい!」
◇
食事の仕度をする合間を見て、ニキータはユフィリアと会話していた。
ニキータ:
「葵さん、嘘付いてたわね」
ユフィリア:
「ワザとだよ。嘘だって分からせたんだと思う」
ニキータ:
「そこまでする情報か。……あんまり聞きたくないわね」
葵が正直でも、上手に嘘を付いていても、どんな情報かをニキータは聞きたくなっていたと思う。葵はそのどちらでもない『自分は嘘を付いている』と悟らせたことで、自分たちに自制を促したのだろう。
ユフィリア:
「うーん」
ニキータ:
「ユフィは、知りたい?」
ユフィリア:
「別に大丈夫。ジンさんは意地悪だけど、善い人だもん」
ニキータ:
「ヘンタイだけどね」
ユフィリア:
「うふふ」
ユフィリア:
「……だけど責任って、何だったんだろ?」
ニキータ:
「え?」
ユフィリア:
「ううん、なんでも」
そういうと席に向かうユフィリア。あとは食事をするばかりとなっていた。
典型的な、いらんことまで書いてる感じのまとまりのなさでお送りいたします。宴会の食事シーンがメインのつもりで書いてたのに入らないとか orz