表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/260

44  フレンドリスト

 

アクア:

「ここで良いんじゃないかしら。ちょうどいい時刻ね。日が昇り始めたわ」

ジン:

「おい、ドコだ、ココ?」

アクア:

「南アメリカ大陸」

ジン:

「……意味が分からん」

シュウト:

「でも、それっぽい景色ですよ? 時間もぜんぜん違いますし……」


 アクアに連れられて、ジンとシュウトは近くの〈妖精の輪〉へと移動し、そのままいずこかへと転移した。到着した場所は暗く、植生や匂いのようなものからすべて違っていた。小高い丘のような場所まで一緒に歩いて登って来たところで、太陽が世界をゆっくりと照らしはじめる。ちょうど良く周辺が見える場所のようだった。朝の澄んだ空気の中で、輝く世界が広がっていく光景を見ていると心が洗われる気がする。


アクア:

「あそこに小さな村が見えるでしょ?」

ジン:

「ああ、こんな時間じゃ誰も起きちゃいないかもな」

アクア:

「〈大地人〉の朝は早いわよ? 何人も起きて働いているわ」

シュウト:

「もしかして聞こえてるんですか?」

アクア:

「当然。ともかく、そろそろ見えると思うんだけど………… アレかしら、たぶんあの小さい山みたいなのがそうよ」

ジン:

「お宝でも眠ってるってか?」

アクア:

「モンスターよ。これからアレを倒すの」

ジン:

「まさか、あのサイズで? 王蟲か何かだってか?」


 しばらく見ていると、小さな村の方向に向かってその小山がゆっくりと動いて見えた。距離があるために分かりにくいが、近付いてみればかなりの大きさになるだろう。

 王蟲といえば、『風の谷のナ●シカ』で有名な虫の王様のような怪物のことだが、〈エルダー・テイル〉には似たようなものはいても、そのままの王蟲が登場するわけではないため、これはジンの冗談である。

 気になったシュウトはよく目を凝らして見てみる。


シュウト:

「いえ、ベヒモス……みたい、なんですけど?」

アクア:

「ここから見えるの? 凄いわね~」

ジン:

「待て、ちょっと待とう。……倒すって言ったよな?」

アクア:

「そうよ」

ジン:

「ちなみに、誰が?」

アクア:

「主に、貴方が」

ジン:

「あはははは」

アクア:

「ウフフフフ」


 ベヒモス。

 旧約聖書が原典と言われる陸の怪物で、海のリヴァイアサン(レヴィアタン)と対を成す、知名度の高い巨大モンスターだ。

 〈エルダー・テイル〉の場合であっても、その強さはドラゴン種に勝るとも劣らない。また、その大きさから戦う状況はかなり限定されている。広い空間が必要で、小型サイズであってもダブルレイド以上の戦力を必要とする。戦闘で勝つのも困難な難敵ではあったが、むしろ出会うことそのものがドラゴンよりも遙かに難しいと言えた。

 ……だが極めて稀に、ほぼ何の前触れもなく集団で現れて、破壊をまき散らすことがあった。


ジン:

「……この人数でぇ? 回復役(ヒーラー)も居ないのにぃ?」

シュウト:

「レベル88、レイドランクは……×3、みたいですね」

アクア:

「ほら、小型じゃない。楽勝でしょ?」

シュウト:

「中の下とかです。確かにランク的に言えば、初見でもレギオンレイドならなんとか勝てる相手ですが……」

ジン:

「ムチャクチャ言ってんじゃねーよ!どこに味方のレギオンが居るんだよ! 敵が強すぎるだろ、常識で考えろよ! この3人でどうにかなるわけねーだろ!……シュウト!テメェ、いったい誰の味方だコラ!? あぁん、コラ?」

シュウト:

「いえ、別にそういう意味じゃ、というかキャラが変わってません?」

アクア:

「……大人しく諦めなさいよ、往生際が悪いわよ」

ジン:

「なんなんだよ、その翻訳おかしいだろ、『往生際』に対応する英語なんかあんのかよ!?」

シュウト:

「翻訳機能に八つ当たりしても……」

ジン:

「つーか、テメェはなんで落ち着いてやがる!」

シュウト:

「いやぁ、ジンさんならなんだかんだ言っても勝てるのかなって」

アクア:

「聞いてるわよ? メンターシステムに介入して、レベルチートまでしてるらしいじゃない」

シュウト:

「メンター?」

ジン:

「なにそれ? 師範(メンター)システムってこと? えっ、マジで? そうなの?」

シュウト:

「分かって、なかったんですか?(汗)」


 ジンは何やら気を入れたりしてさっそく試してみている。


ジン:

「………………あっ、ホントだ。出力あがった」(あっさり)

アクア:

「みなさい、コレでいけるじゃない。でしょ?」

ジン:

「他人事みたいに言いやがって……」

アクア:

「他人事だもの」


 もの凄くあっさりと言い放つアクア。

 もの凄く嫌そうに渋い顔をしてみせるジン。


ジン:

「……じゃあ、あの小さな村をベヒモスから守るのが目的なのか?」

アクア:

「まさか、あの村はついでよ。本命はあっち」


 アクアが指さした方向には、かなり大きめの都市がある。単純に考えて、ベヒモスは行きがけの駄賃で村をつぶし、そのまま都市へと向かうであろうことが分かった。


アクア:

「ここらでは最大規模の〈大地人〉の都市って話よ」

ジン:

「城壁で阻まれたりするんじゃ? ……いや、いい」


 イベントによって都市の城壁が壊れるシナリオでなければ、ゲーム時代は大丈夫だった。しかし、〈大災害〉以降にシナリオなどはない。ベヒモスであれば城壁を破壊して突き進む可能性も十分にある。街中に入り込んでしまえば、〈大地人〉の都市は大きな痛手を被るのだ。仮に、城壁を乗り越える確率が半々だとしても、そんな曖昧な可能性を頼みに放置してしまうのが悪手であるのは論を待たない。

 また、どちらにしても小さな村を踏み潰して通過するのは変わらないのだ。城壁を理由に戦いを渋れば、村に暮らす人々を見殺しにすることになってしまう。


 腹の底から吐き出す盛大なため息をつくと、ジンは鎧の装着を始めた。


シュウト:

「随分と嫌がってますね?」

ジン:

「そりゃ、死ねばミナミに飛ばされるからな。くっそ、ユフィリアだけでも連れてくればこんなことには……」

シュウト:

「負けそうなんですか? ……というか、ジンさんって実際にはどのくらいの強さなんですか?」

ジン:

「分からんって言っただろ? レイド×1は平気だが、レイド×2は戦ったこともない。それでもギリなんとかなると思う。だが、レイド×3となると…………」


 たらり、と冷や汗が流れた気がした。朝の時間帯は涼しいので、単なる気のせいだったが、ジンの抱えている重苦しい緊迫感は皮膚感覚として伝わってきた。

 冷静に考えてみて、フルレイドで戦う対軍モンスター相手では回復役以外にも様々なサポートが入った上で長期戦を行うことになる。回復なしである以上、シュウトは外から弓でダメージを稼ぐ役割になるが、ジンはあのベヒモスを相手にダメージを受けないように戦わなければならない。その難しさたるや不可能なレベルとしか思えない。レイド経験があれば余計にそう感じるものだ。


シュウト:

「じゃあ、こういうのはどうでしょう。この付近の〈冒険者〉に知らせて、退治してもらうっていうのは?」

アクア:

「良い案ね。じゃあ、レギオンレイドを引っ張って来て頂戴。あんまり時間が無いから急いでね?」

シュウト:

「えっと、それは、どういう……?」

アクア:

「……あのね、〈大災害〉以後の世界は悲惨なものなの。指輪の力で数カ所回ってみたけど、どこもマトモに自治なんて機能してないわ。みんな自分のことで精一杯。それも仕方ないわよ、これだけの異常事態なのだから。日本は例外中の例外ね。二つの都市国家に分裂しているみたいだけど、それでも十分に素晴らしいわ」

ジン:

「なるほどな。それじゃあ、期待できないな……」

シュウト:

「だからって、頼んでみなきゃ分からないじゃないですか?」

アクア:

「私はここには何の伝手(ツテ)もないわ。それとも貴方がお願いしたら、どこかの戦闘ギルドが急いで準備して駆けつけてくれるものなの? 何か魅力的な報酬でも用意できるの?」

シュウト:

「僕も何もありません。でも人助けなんですよ?」

ジン:

「……ヤメヤメ。シュウト、いいか? 基本的に、人助けができるのは余裕のある人間だけだ。〈円卓会議〉が成立する前の世界が、ここでまだ続いているんだとしたら、かなり殺伐としているはずだろ?」

シュウト:

「……それじゃ、ジンさんはどうなるんですか?」

ジン:

「それなー、んー、お前がガンバってダメージを稼いで、1秒でも速く倒すしかないなー」

アクア:

「何よ、私は負ける気なんて無いわよ? この私がいるんだから、勝つに決まってるでしょう!」

シュウト:

「その自信は、どこから……?」

アクア:

「ちょっと静かに!…………」


 アクアは急に口をつぐむと、両耳に手をあてがう。どうやら音を拾っている様だった。


アクア:

「雑音だから翻訳機能が働かないけど、あの村で動きがあったわ。騒ぎになってるみたい」

ジン:

「ベヒモスに気が付いたのか?」

アクア:

「……村がパニックになると面倒ね」

シュウト:

「こっちもそろそろ下りて準備しましょう。作戦はどうしますか?」

ジン:

「えっと、後方側面からシュウトが弓で先制。その後は俺が正面でマトになりながら、村から軌道を逸らすように誘導しつつ戦う。これは勝てない場合の保険だな。シュウトはそのまま後背からダメージを稼げ。……アクアはどうする?」

アクア:

「私は最高の歌を聴かせてあげる。期待して良いわよ?」

ジン:

「へいへい。……んじゃ、いくケ」

シュウト:

「…………あれは?」


 その時、村から戦士らしき人影が現れ、村の前で仁王立ちしているのが見えた。一人というのはさすがに無謀としか思えないのだが……。





 シブヤへと帰還を果たしたレイシン達は、久しぶりに〈カトレヤ〉のギルドホームへと戻って来ていた。そのことはニキータにしても自然と頬が緩むことではあったが、ユフィリアの心は快晴とは行かなかった。


 笑顔が消え、整った美貌のまま険しい顔付きになるという器用なことをしつつ、会話を拒否していた。彼女は本当に怒ったら黙り込む。それで『世界より恩寵が消えた』と言わんばかりに罰を与えるのだ。

 どうということはないと他人は思うかもしれないが、ニキータはその怖さを知っていた。以前にユフィリアに恋した男性が、彼女を怒らせてしまった時に、同じように黙り込んだことがある。その時の彼は、一瞬にして絶望に突き落とされていた。この『愛さない』という怒り方は、とても基本的な罰らしい。


 人は怒って怒鳴られたり、殴られることを怖れる。ニキータも同じだ。そのような暴力的なものではないが、子供が母親の愛を失ったと知ってうろたえるような種類の、足下が崩れさる恐ろしさを秘めている。もしくは、宗教を信奉する者たちが、神の愛を失うような気分になるのかもしれない。


ニキータ:

(ユフィだから、罰になるんでしょうけどね……)


 ユフィリアはいつもジンが昼寝するソファーの、彼の座る場所を踏みつけるようにどっかりと腰を下ろすと、むっつりと動かなくなってしまった。怒らせたのはジンなのだから、責任を取って機嫌をとるべきだとニキータは思うが、戻ってくるのは数日後になりそうなので、とんだとばっちりである。


ニキータ:

(そこまで怒ってるわけじゃなさそうね)


 本当に怒って、嫌っていたらジンの場所になど決して座らないだろう。怒り方がまだまだ可愛らしいのだ。


 普通に考えれば、ジンが相談なしに一人で居残ったことが問題だろう。しかし、相談などしていたらユフィリアも残って、一緒に歩いて帰ると言ってきかなかった可能性が高い。だから、ジンは何も言わなかったのだろう。それでも何も相談しなくても大丈夫だと思ったのであれば、それはジンの『甘え』というものなのだ。……といっても、逆に言えば仲間への信頼とも取れる。「やぁー、ゴメンゴメン」「しょうがないなぁ、もう」という関係が成立するのは親しい間柄だけなのだから。たぶん、ユフィリアはこのことに気が付いているのだろうとニキータは思う。


 一方で、足手まといだから先に帰らされたのだという見方もできる。ジンがユフィリア達と一緒に戻ろうと思えば、アキバまで一月近い時間が必要になるだろう。夜になればキチンとキャンプをして眠り、狩りをしながら食事の支度に時間を使い、洋服を洗濯して乾かしたり、水浴びや湯で体を拭いて体が匂わないようにしながら移動すれば、自然とそのぐらいの時間は掛かってしまうものだ。そもそも生活部分の基本形をしっかりとさせていなければ、いざと言うときに無理が効かなくなるとジンが自分で言っていたぐらいなのだ。

 彼ひとりであれば、適当に眠り、適当に食事をして、大半の時間を移動に使って、またたく間に戻ってくるに違いない。ユフィリアやニキータにそういう負担を掛けるのを嫌がるのは、その程度にしか信頼されていないことにもなる。


ニキータ:

(問題は、シュウトよね……)


 レイシンや石丸に事情を説明し、先に帰ってもらうように頼むのならばニキータにも分かる。しかし、ジンが果たしてシュウトに「残ってくれ」と頼むものだろうか? ……きっと『勝手に残った』のに違いない。その想像はニキータには珍しくほとんど確信めいていた。そうなると、今度は仲間に『出し抜かれた』という意味が出てくる。黙って嘘を付いたのが2人ということになる。……(果たして彼女は誰に対して怒っているのかしら?)とニキータは内心でそっとため息をついていた。


 実際のところ、彼女個人としては、どちらでもいい話題でしかなかった。こうして帰還呪文で帰ってきて文句はないし、みんなで一月かけてアキバまで戻っても良かったのだ。仮に許せない状況があるとしたら、ジンが黙ってユフィリアと2人で居残ったりした場合だろう。想像しただけでも怒髪天を衝きかけ、笑みを作らざるを得ないほどだ(とても怖い笑顔であった)。


レイシン:

「どうしたの?…………ああ、そうなんだ?」


 レイシンが念話を始めていた。

 相手はジンからであり、内容はふーみんを助ける時にミナミに入ってしまったために帰還呪文を使えなくなってしまっているという事と、シュウトがジンを探しにミナミに入ってしまったと『主張』している事の2点であった。

 ふーみんの死亡とミナミからの脱出がうまくいったことはニキータも耳にしていたが、それにジンが関わっていたことには想像が及ばなかった。ふーみんにしても知らない相手ではない。ジンが助けたことは正しかったと(ニキータは)納得できた。シュウトに関しては……


石丸:

「それはおかしいっスね。自分と一緒にいたので、シュウトくんはミナミの中には入っていないっス」


 石丸の発言は、空気を読んでのものか、読めていないでのものなのか、ニキータにはまったく判断できなかった。これでジンが弟子のシュウトを優遇(もしくは特別待遇という名の虐待)していなかった(らしい)ことが分かったが、それでも肝心のユフィリアは聴いていないフリをしたままだった。


レイシン:

「アキバまで行くのにユフィさんの力を借りたいんだけど……」

ニキータ:

「えっと、葵さんですね。申し訳ないんですが、ユフィは、今はもうミニマップの力を使えなくなっていて……」

レイシン:

「そうだったんだ。……それは、残念だったね」


 話題の中心になっているユフィリアは、唇が少しばかりとんがり、眼が左右にキョロキョロと動いていた。


ニキータ:

「…………すみません(汗)」

レイシン:

「とりあえず、ちょっと出かけてくるね?」

ニキータ:

「はい……」


 〈武闘家〉(モンク)であるレイシンのソロ戦闘能力は高い。アキバまで一人で葵の顔を見に出かけることも十分に可能である。片道1時間として2時間は戻らないだろうと思っていたら、30分と立たない内に戻って来た。


レイシン:

「今日はいろいろあって、朝からあまり食べていなかったでしょ」


 そう言うと、手早く料理を始めてしまった。オレンジの光が射し込み、夕暮れを教える頃には食事の支度が整っていた。時間的には少し早めの夕食ということになる。


石丸:

「美味しそうっスね」


 石丸が席についても、ユフィリアは動こうとしない。ニキータが動こうとするのを抑えて、レイシンが話しに行った。


レイシン:

「ユフィさん、食事が出来たんだけど、食べてくれないかな?」

ユフィリア:

「…………」

レイシン:

「手抜き料理だけど、それなりに美味しく作れたと思うんだけどなぁ。…………仕方ないね、勿体ないけど、食べないならゴミ箱に直行かな」

ユフィリア:

「!」


 まだ黙したままだったが、立ち上がってテーブルに付いていた。


レイシン:

「さ、召し上がれ」


 口を尖らせたままでいたが、ぱくりと一口食べると、ビックリした様子でモゾモゾしだし、行儀悪くもちいさく足をぱたぱたさせた。


ユフィリア:

「むー、…………ジンさんは意地悪だけど、レイシンさんもズルい」

レイシン:

「はっはっは。ユフィさんにそう言って貰えたら光栄だね」

ニキータ:

「それじゃ私たちも」

石丸:

「いただきますっス」


 ユフィリアが悶えていたのは、メイン料理で出された『アクアパッツァ』と呼ばれる白身魚をワインと水で煮た料理だった。出汁を使わない料理なのだが、魚から出た旨味たっぷりのスープと一緒に食べると、舌がとろけて体が浮き上がって感じるほどだ。即席で作られているため、貝など他の魚介類が入っていないにも関わらず旨味によるしっかりした軸が作られ、その周りに豊かで複雑な味わいをまとっている。


 外の皮がカリッとするぐらいまで温め直したパンの、内側のモチモチした部分に、アクアパッツァのスープを付けて堪能する。素晴らしかった。イタリア料理はニキータも好きで、このメニューも食べたことは何度かあったが、レイシンの作ったものは週に1度は食べたいメニューとして殿堂入りを果たしていた。


 食後のミルクティーを入れているレイシンに秘訣を聞いてみると、「この世界のお魚がいいんじゃないかな?」ということだった。いつもながら参考にならない意見である。


ユフィリア:

「ごちそうさまでした。今日もとっても美味しかったです」

レイシン:

「おそまつでした」

ユフィリア:

「一息付いたら、行こっ」

ニキータ:

「どこに?」

ユフィリア:

「とりあえず、アキバで葵さんと合流でしょ?」

レイシン:

「もう暗いし、あの2人がいないとなると、シブヤに連れて帰ってくるのは難しくなっちゃうんだけど」

石丸:

「そうっスね」

ユフィリア:

「なら、2人が戻ってくるまでアキバで待てばいいんじゃない?」

ニキータ:

「…………それも悪くないかもね」

石丸:

「…………」

レイシン:

「……そうしよっか。ただし、個人行動しないようにね?」

ユフィリア:

「うん!」





葵:

「いやーん!皆の衆、久しぶり~。出番がなくて寂しかったよ~!」

ユフィリア:

「葵さん!ただいま~、あはははっ、すっごく派手になってる!」


 アキバに南側から入り、ブリッジオールエイジズを渡って銀葉の大樹へ向かうと、葵が手を振りながら駆け寄ってきた。以前は低レベル〈召喚術師〉向けのローブなどを着ていたが、今ではすっかりローティーン向けのオシャレを楽しんでいた。


マダム奈穂美:

「ニーキー!お久しぶり!」

ニキータ:

「ナオミ姉さん? それじゃあ……」

レイシン:

「今度のことは、本当にありがとうございました」

マダム奈穂美:

「い~え~、もう、とっっても楽しかったですから~」


 葵がアキバで身を寄せていたのが、マダム奈穂美のところだったとはニキータも知らなかった。〈カトレヤ〉や葵のことは知っている口振りだったが、ここまで関係が深いとは思っていなかった。

 マダム奈穂美はホネスティの名物〈召喚術師〉で、個人用の住宅まで持っている噂を聞いていた。葵の満足そうな表情を見るに、遊び尽くしたのだろうと思われる。


ニキータ:

(ギルドのお金って、まだ残っているのかしら?)


 元々は葵とレイシンのお金なのだが、残金を想像してちょっと青くなってしまうニキータであった。


 ユフィリアが誰かを探すように周囲を見回している。そちらに気を取られていると、葵がまるでたった今、この瞬間にレイシンに気が付いたかのような素振りをして、二人の再会ごっこを始めた。助走をつけるべく下がり、思い切り感情を込めて演じる。


葵:

「だー、りん? ダーリンなの? やだ、こんなところで? あたし、すっごく逢いたかったんだよ……?」

レイシン:

「はっはっは」


 (5分近く無視してたのに……)というニキータの心のツッコミはともかく、瞳にこぼれんばかりの涙をたたえた葵の女優っぷりに、呆れるのを通り越して、逆に凄いと思ってしまう。


葵:

「だ―ー、りぃ――ーん!」

レイシン:

「はっはっは」


 レイシンに駆け寄る葵だったが、スネアかスローでも掛けられているんじゃないかと思うような、自前スローモーション演出に脱帽する。人生を楽しむってこういうことなのかも?と哲学の深淵へ思いを馳せつつ、(葵さんがレイシンさんに抱きついたところで、音楽が流れる演出を入れるのはどうかしら?)と思いついて、その想像に吹き出しそうになるニキータだ。……当然、マジックバッグに手を突っ込んで楽器を取り出すのは確定事項である。


 この時に走って来た人影が、二人の再会に見事に割って入り、最後に飛びつこうと構えていた葵はタイミングを外して体勢を崩して、ぺちゃっ、とその場に倒れていた。


ユミカ:

「ユフィさん!お帰りなさい!あの、たいへんなんです!」

ユフィリア:

「ユミ、ただいま!どうしたの?」

ユミカ:

「あの、シュウトさんが、シュウトさんの……」


葵:

「あぅあぅあぅ、か、感動の再会シーンががが」

レイシン:

「はっはっは、大丈夫?立てる?」

葵:

「ふにゅ~(涙) おにょれ~、ゆるしゃん!」

レイシン:

「はっはっはっは」


 あわてているユミカをなだめ、まずはどこかに落ち着こうということになり、近くの宿を借りることにして、ニキータ達はマダムにお礼を言って別れた。5人分の部屋を確保して、その一室にユミカを含めた6人が入る。


 ユミカは〈D.D.D〉に所属するヒーラーで、モンスター博士と言われている女の子だ。シュウトとちょっといい雰囲気になり、友達以上恋人未満(?)な関係を続けていた。デートした後にすぐさまミナミへの遠征に出発したことからプチ遠距離恋愛になっている。デート以来、ちゃんと顔を合わせたりはできていないらしい。

 ユフィリアの友人のひとりであり、真面目で、黒髪のマッシュルームカットがよく似合う、背の割にグラマラスなスタイルをしている魅力的な子だった。はじめて顔を見た葵は「ふーん」「へー」「ほー」などとニヤニヤしていた。


ニキータ:

「とりあえず挨拶は省略しましょう。どうしたの、ユミカ?」

ユミカ:

「ええっと、ユフィさんから戻って来たって念話で聞いたんですが、シュウトさんのフレンドリストを見たら……」

ユフィリア:

「ごめんね、さっきも言ったと思うけど、シュウトはちょっと事情があって、遅れるんだよ」

ユミカ:

「それは分かっています。でも、シュウトさんが非表示になっていて……」

ユフィリア:

「それって、どういうこと?」


葵:

「フレンドリストが非表示なの? じゃあ、一緒にいるジンぷーに連絡してみよっか。……あれ? 本当につながらない。ちょっ、どうして?」

石丸:

「…………」

ユフィリア:

「それって、どういうことなの?」

葵:

「ログインをしていないか、でなければ、えっと、海外サーバーにいるってことのハズよ。でも海外の別サーバーなら、同じギルドのメンバーにはギルドサーチ機能が使えたはず。それに反応しないってことは…………」


 ミナミからの戻ろうとしていたのに、〈妖精の輪〉を使って海外に転移したとは考えにくいだろう。とすれば、ジン達だけがログアウトして『この世界から去ってしまった』という可能性がひとつ。もっと恐ろしいのは、死亡してミナミの大神殿に転移する際に復活できずに『消去された』という可能性だ。


ユフィリア:

「じゃあ、もしかして…………」


 移動中にモンスターか〈冒険者〉に襲われて、死んだ可能性が高い。

 仮に大神殿のブラックリストに載ってしまっているのだとしたら、彼らを救うには、そのブラックリストから削除するしかない。権限を持つものにお願いしてダメならば、ミナミの大神殿を上書き購入してブラックリストの操作権限を取得しなければならないことになる。

 否、ジン達が消えているのだとすれば、消そうとして消したことになるのだから、最初から上書き購入するつもりで作戦を立てなければならないことになる。


 もっと別の可能性は無いか?と考えるニキータだったが、焦るばかりでよく頭が回らなかった。シュウトだけならともかく、あのジンが一緒に居てダメだったなどということがあるのかと、信じられない気持ちでいっぱいであった。


石丸:

「……あの、申し訳ないんスが、単に海外サーバーに居るだけじゃないっスか?」

葵:

「だからさ、普通は海外サーバーにいると念話って出来ないんだよ。だけど、同じギルドならギルドサーチ機能っていうのがあるから、念話できるようになるの!」

石丸:

「今、葵さんはジンさんに念話しようとしたんじゃないっスか?」

葵:

「そうだよ」


ニキータ:

「……そういうことね」

ユフィリア:

「えっ、えっ、どういうこと?」


 論より証拠と、ニキータはさっさとシュウトに対して念話してみることにした。予想通りに、ギルドサーチ機能によってシュウトに呼び出しが掛かる。

 

シュウト:

『もしもしっ!』

ニキータ:

「シュウト!アナタ達、いま何処にいるの?」


 シュウトと念話が通じたことで、全員の視線がニキータに集まる。


シュウト:

『ごめん、戦闘中なんだ。後で説明するから! クッ……』

葵:

「ねぇ、ジンぷーは? 一緒かどうか聞いて!」

ニキータ:

「ジンさんは? 大丈夫なの?」

シュウト:

『ジンさんも一緒だけど、あんまり大丈夫じゃない!ゴメ』

ニキータ:

「シュウト? シュ…………切れました。何か、いま戦闘中みたいで」

レイシン:

「とりあえず、無事ってことだね。よかったじゃん」



ユフィリア:

「ねぇ、今のって結局どういうこと?ぜんぜん分かんないよ」

ニキータ:

「最初から説明すると、ユミカはシュウトに念話しようとして、非表示になっていた」

ユミカ:

「そうです」

ニキータ:

「次に葵さんは、ジンさんに念話しようとした」

葵:

「凡ミスもいいとこよ。ジンぷーがギルド無所属なの忘れてたわ」

石丸:

「葵さんのフレンドリストの順番も一因っスね。たぶんジンさんやレイシンさんは最初のあたりに並んでいて、咄嗟に呼び出し易いんじゃないっスか?」

葵:

「そうなの。キャラをリメイクした時、ジンぷーもいたからね」

ニキータ:

「同じギルドなら海外サーバーでも念話が出来る。従って、〈カトレヤ〉のギルドメンバーならシュウトには念話できたって事」

ユフィリア:

「そっか。…………でも、どうして海外サーバーに?」

葵:

「んー、ジンぷーは強運の持ち主で、基本的に護身発動してるから、あんまり変な事件に巻き込まれないはずなんだけどね。……まぁ、〈大災害〉に巻き込まれた時点でアレなんだけど」

レイシン:

「眠いとか言ってたのを強引に引き留めてなかったっけ?」

葵:

「テヘッ♪ だって、お祭りの日だったし」

石丸:

「それは……グッジョブっスね」

葵:

「でしょ? 10年に1度レベルの仕事したっしょ。あたし働き杉~」


 謎は残ったが、その後はユミカを交えて、遅くまで歓談に興じることになった。ユミカが場を辞した後は酒宴となり、シュウトがいなかったため、逃亡する男子メンバーを見逃し、女達の宴を体力の許す限りに行うの3人であった。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ