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43  アクアとブルー

 

ジン:

「……まいったな、お姫様(ユフィリア)はお冠だとさ」

シュウト:

「自業自得ですよね(苦笑)」

ジン:

「頼むから、マジでお前だけでも帰ってくんない?」

シュウト:

「そうしたいのは山々なんですが……」

ジン:

「何でだよ、一緒に来たって何もでねーぞ?……くっそぉ~、99%嘘だって分かってるのに」


 ミナミでの仕事を終え、〈ハーティ・ロード〉と分かれたシュウト達は、ホームタウンであるシブヤへ帰還しようとした。ところが、ふーみんを助けるためにミナミの街中に入ってしまっていたジンは、帰還呪文では戻れなくなっていた。独り徒歩で帰るつもりで、仲間達には黙って残ってしまう。

 事前に情報を得ていたシュウトは一緒に残ったのだが、ジンに「さっさと帰れ、なんなら殺してやろうか?(ゴゴゴゴゴ)」と言われたため、咄嗟に「いえ、実は僕もミナミの中にジンさんを探しに入ってしまったんです!」と嘘を付いた。ミニマップを使えるジンでもこの嘘を完全には否定することが出来ず、しぶしぶ同行を認めることになった。


 これらの事情を説明するためにレイシンに念話したところ、ユフィリアが久しぶりにお怒りモードでダンマリ姫君をやっているらしく「ヤバいぞ、早くどうにかしないと(ガクガクブルブル)」という状況である。


ジン:

「よっこらせっと」


 年齢相応の掛け声を放ちつつ、しゃがんで何やら始めたかと思えば、鎧を脱いで、片っ端から魔法の鞄に突っ込んでいるところだった。


シュウト:

「…………寝る準備ですか? こんなところでキャンプとか?」

ジン:

「走って帰る準備だろ。なんつーの? 滑って行くのはさすがにムリだって分かったからな。……どっかでマグマの上とかを歩ける感じの、『永久に溶けない氷の靴』みたいなの入手しないとダメだ」

シュウト:

「ありそうな気がしますね、そういうの」

ジン:

「普通のRPGだったらな。MMOじゃ厳しいかもしれん。かといって炎耐性のアミュレットとかで代用じゃ意味ないし」

シュウト:

「靴がすり減るからですよね?」

ジン:

「そう。というわけで、せっかくの新技だがしばらく封印」

シュウト:

「あれだけ派手に転んだのに、まだ諦めてないんですか(苦笑)」

ジン:

「当~然」


 MMORPGの場合、多人数プレイになる環境から、イベントクリアに必須の装備品というものは設定しにくい。6人パーティであれば6組、24人であれば24組も揃えなければならないためだ。仮にマグマの上を歩かせたい場合は、呪文を使用したり、消費アイテムやイベントで入手するキーアイテムにマグマを凍らせる機能などを持たせたり、謎を解くことで橋が架かって通過できるようになる仕組みにしておく方が合理的だ。

 必須素材集めで渋滞し、モンスターのリポップを几帳面に並んで待つ日本人プレイヤーの図というのは、運営サイドのデザイン能力の低さを露わにしてしまうものでもある。


シュウト:

「でも、鎧なしで大丈夫なんですか?」

ジン:

「もともと俺一人だったら鎧とかあんま要らないし。フィールドゾーン突っ切ってシブヤまで戻るだけなら軽い方がいいやん」

シュウト:

「えっと、それって……?」

ジン:

「自分の身は自分で守ろうぜ?」キラン☆

シュウト:

「がんばります……」


 気配を消して誤魔化せばなんとかなるだろうと、かなりいい加減な算段を立てる。どちらにしてもジンがモンスターと戦うのに付き合っていたら、命など幾つ合っても足りる訳がない。もちろん、シュウトは死ねばシブヤの大神殿に戻るだけなので問題はないのだが、それも締まらない。死んで戻るぐらいなら、帰還呪文で戻るべきなのだ。僅かなりともジンの役に立たなければ残った意味がないではないか。


シュウト:

「大まかにはどうする予定ですか?

ジン:

「んー、1人だったら1日200キロぐらいの予定だったけど、お前がいるとどうなるかなぁ」

シュウト:

「1日200キロって凄くありませんか?」

ジン:

「現実に大阪~東京間がだいたい600キロって言われてるだろ? トンネルだののショートカット無しだけど、ハーフガイアだからロスがあるとしてもそのまま600キロで計算するとして、時速60キロで10時間の距離だな。人間の世界記録で100mは時速約40キロ。マラソンは42キロを2時間だから、時速20キロ。そのペースで10時間走れば200キロ。〈冒険者〉の体なら、マラソンの練習をしていなくたって1日200キロならぜんぜん不可能じゃない」

シュウト:

「そんなに巧く行くもんですか?」

ジン:

「問題は、道の起伏だとか、川を渡ったりの手間、道に迷うだのの基本的な『旅』の部分だな。モンスターはレイドモンスターじゃなきゃ、どうとでもなる。そんなのよりレイが居なくてメシがないことが一番の難問だ」

シュウト:

「いえ、まっすぐ行こうにもスザクモンの大軍勢なんですけど……」

ジン:

「ぶっちゃけ、側面からなら横切ることぐらいは出来るだろ。まぁ、この位置からだと右手(=南側)に淀川があるから、キョウの方向からくる軍団とは『正面』になっちまうんだがな」

シュウト:

「……さすがにジンさんでも正面突破は無茶ですよね」

ジン:

「んー、やってやれなくはないかもだけど、試してみたいとは思わないなー。これから走ってくのに疲れるのヤダし。途中で〈Plant hwyaden〉の連中が出てきそうだし。いや、もう戦ってるかもだし」

シュウト:

「…………」


 川でもその上を移動できる幽鬼系のモンスター以外は、淀川のような物理的な障害によって行動を阻まれる。それが結果的にモンスターの軍勢が移動する筋道を決定している部分があった。


 〈スザクモンの鬼祭り〉は〈ヘイアンの呪禁都〉から、地獄の蓋が開かれてモンスターが湧き出して来ていることから、ミナミ周辺に縄張りをもつ亜人間の氏族たちと相性がいいとは言えず、鬼祭りの鬼どもに押し出された周囲のモンスターが被害を拡大させる傾向にあった。

 これはもう少し未来に発生する〈ゴブリン王の帰還〉が周辺氏族を取り込んで大軍団となったのとは事情がことなっている。


 ジンの台詞は強がりか、はたまた負けず嫌いだろうと思いながら、天を仰ぎみるシュウトだったが、そこで奇妙なものを見ることになった。


シュウト:

「ジンさん、あそこに飛行機が飛んでるんですが?」

ジン:

「ん?……おおっ、ありゃあ、一番デカいドラゴンじゃねーの?」

シュウト:

「あれが、神竜……?」


 神竜。

 世界の各サーバーに1体づつ存在しているとされ、〈冒険者〉では決して倒すことの出来ない桁違いの戦闘力を持っている『絶対の存在』であった。古来種が関わるハイエンドクエストで稀に(間接的に)登場する。彼らの存在は大きすぎるため、身震いしただけでも付近のモンスターが雪崩を打って逃げ出すほどの影響を作り出してしまうのだ。それらの余波がシナリオに使われることがあった。


 〈エルダー・テイル〉というゲームと、セルデリアという世界は、どこまで行っても征服しきることの出来ない『闇の部分』を持っている。ハーフガイアとして与えられた広大な冒険の舞台が一つと、この神竜に代表される決して勝つことの出来ない異形の魔物がそれに該当するだろう。


 問題なのは何も神竜だけではない。前回の大型アップデートの際には、イギリスを含む北欧サーバーにおいて、神竜のひとつ、〈月光竜〉ムーンライト・ドラゴンが、オリジナル・フェンリルとの戦いに敗れるという展開があり、ワールドニュースとなった。


 日本のシュウト達にはほぼ関係ない話ではあったが、引用元となる北欧神話の主神オーディンがフェンリルに飲み込まれて倒される展開は有名でもあったことと、フェンリル自体が『月喰らい』の異名で呼ばれる最上級の魔物となれば、『月光竜』では分が悪そうに思え、これは予定されていた展開なのだろうと考察されていた。……ネタ的には「アース神族がんばれ」(→北欧の〈冒険者〉がんばれ)というのがだいたいの気分であろう。


 ちなみに現在シュウト達の遙か頭上、ジンのミニマップの範囲外を飛んでいるのが、日本サーバーの神竜、〈聖龍〉ディヴァイン・ドラゴンであった。“神風”と呼ばれるストームサンダーブレスを使用する凶悪なまでの絶対的破壊者ではあるが、知的で平和主義者であるため、自ら好んで戦うことはない。時々、他のモンスターでは飛ぶことも出来ない高高度を優雅に飛んでいる姿をみることができる。これら神竜には重力や推力、空気力学、その他の『空を飛ぶための科学的理由』は適用されない。揚力で飛んでいるわけでもないし、極限環境下での生存能力からみても、酸素呼吸すら不要だと考えられている。前述の〈月光竜〉はまさに『月から飛んできた』という逸話を持つ神竜でもある。


 ゲーム時代のモニター画面では上空をみることはあまりしなかったし、森の中やダンジョンに潜っていれば空とは自然と縁遠くなるもので、シュウトでも咄嗟に何なのか分からなかった。目撃情報は多いが、意外とみんな自分の目では見ていなかったりするものなのだ。この世界にあって、自分の目で見るということは、解像度の差を越えて強烈なインパクトを感じさせる体験といえた。実在するということの重さのようなものがそうさせているのかもしれない。


シュウト:

「……ジンさんなら、アレも倒せたりするんですか?」

ジン:

「わはははは。さっすがに一人じゃ無理だろ。桁外れなんだろ? アレと戦うには、いろいろな“理由”が要るだろうさ」

シュウト:

「理由、ですか?」

ジン:

「戦う理由とか、強い理由とか、勝つ理由とか、もっと仲間がいる理由とかだな。要するに、『主人公』にでもならないと無理っつーか。もしくは主人公の仲間になるとかだけど、そういうヤツと知り合いになる予定は、今のところないなぁ」


シュウト:

「今でも十分に主人公みたいな強さですけど」

ジン:

「んなもん、レギオンレイドにも勝てない程度ですよ。……まぁ、主人公はともかく、スーパーヒロイン級はひとり近くにいるけど、さ」

シュウト:

「それじゃ、ユフィリアを口説けば主人公ですか?」

ジン:

「俺はフラれたばっかだけどな! お前、がんばってみるか?」

シュウト:

「いえ、遠慮しておきます(汗)」

ジン:

「性格はまだまだお猿さんだけど、きっと今にスゲェ女になるぞ?」


 そんな話をしながら、ゆるゆると走り出す。最初の1時間は準備運動だと言う。ジンはミナミの偵察をしたがっていたが、シュウトを連れて近付くことは出来ない。モンスターに一人で襲われることになってしまうため、『ちょっとそこらに待たせておく』という訳にも行かず、仕方なく北側の山岳部に入り込んで、キョウの方向へと向かって走っていた。


 何度かモンスターの集団と出会いもしたのだが、宣言通り、あっさりと突破していく。左右に斬り抜けながら、敵が死んでも死ななくてもお構いなしに踏み込み、突っ切る。敵モンスターが狙いを定めて攻撃するよりも、ジンがすり抜けるほうが素早く、相手を次々と置き去りにして敵陣を抜け切ってそのまま離脱してしまう。シュウトはジンに注目が集まっているのを利用して気配を消し、同じように敵の間を走り抜けていった。


ジン:

「そろそろ走るぞ?」

シュウト:

「了解です」


 シュウトの全速力からすれば物足りないが、気持ちよいぐらいのスピードで快調に飛ばす。ジンと併走しながら、文明が発達する以前の人類はこうだったのかもしれないなどと考えていた。


 ――その時



 バシッ



ジン:

「おっ、何の音だ?」


 スピードを落として振り返るジンに合わせてシュウトも立ち止まる。しばらく様子を伺っていると、またもや「バシッ」という音と共に(雨雲もないのに)、蒼い落雷が落ちた。続けて数度の落雷があって、それは段々とこちらに近付いて来ていた。


シュウト:

「ジンさん、これは一体?」

ジン:

「向かって来てるな。……なんというか、『強い気配』だけど」

シュウト:

「雷系の上級モンスターですか?」

ジン:

「わからん」


 ジンが軽く合図したので、シュウトは弓を持って下がった。同じラインで踏ん張っても邪魔になるのは分かっていたが、正体不明の敵を相手するのに、シュウトにしても先に下がるのは気が引ける。それが分かっているので、ジンは合図を送って下がらせることをするのだ。


 またも蒼い雷が落ち、その辺りから白い馬のような獣が現れた。子馬かロバかと思うような小ささだったが、意外にも人が乗っているではないか。(ひづめ)が地面を叩く音が無く、走って近付く姿にしては余りにも静か過ぎたことから、異様な不気味さを醸し出していた。現実か幻覚かの区別を付けにくく感じるほどだ。


ジン:

「とりあえず、人だな」


 ジンは構えを解いてこちらに敵意の無いことを表す。セオリー通りの対応だ。


シュウト:

(蒼い雷を纏った、白い一角獣!?)


 聞いたこともない騎乗生物に跨がって現れたのは、銀髪の女性だった。素早く脳内メニューを開いて、表示されるステータスを確認する。


 アクア、〈吟遊詩人〉、レベル90、ギルド無所属。


アクア:

「コニチワー、イイ、オ天気、デスネー」

シュウト:

(なぜ、カタコト?)

ジン:

(雷が降ってるけどな)


 小声でそれぞれにツッコミを入れる。

 長い銀髪、ちょっと白過ぎる肌。青い瞳はエネルギーに溢れて見える。白のドレスだが、陰になっている部分が青く見える不思議な代物。形はアイドルの舞台衣装に似ていた。

 一角獣から降りると、カタコトの会話を続けようと近付いてくる。


アクア:

「ワタシのニポーンゴ、ワカリマスデスカー?」

ジン:

「ああ、何とかな」

シュウト:

「とてもお上手ですね?」

アクア:

「何だ!あなた達、英語がすっごく上手じゃない!日本人だからてっきり英語なんて話せないと思ってたわ! あーあ、せっかく私の日本語学習の成果が火を噴く時だと思ってたのに!」


ジン:

「いいや、俺は英語なんて喋れないぞ?」

アクア:

「…………どういうこと?」

シュウト:

「これって翻訳機能ですよね? 随分と高性能な感じで、ほとんど違和感ありませんけど」


 シュウトは元所属ギルドの関係で、ゲーム時代に海外サーバーで冒険した経験があっての発言だった。


アクア:

「あー、そういうことなの?」

ジン:

「……みたいだな」


 微妙な空気になってしまうが、彼女はあっさりと無かったことにした。強キャラの持ち主らしい。


アクア:

「まぁ、いいわ。好都合よ」


ジン:

「……で、そっちらさんは、海外サーバーのゲームマスターか何かでいいのかい?」

アクア:

「なんの話?」

ジン:

「俺の所に来たんだとすれば、その可能性がかなり高いと思うんだが?」


 海外からの客人なのはシュウトにも分かるが、ゲーム製作関係者だと予想する理由がわからず、突飛に感じてしまう。


アクア:

「残念だけど、違うわ」


 ジンの台詞に、アクアは笑みを作る。ここまで凄みのある笑いをみることは、なかなか経験できないように思われた。


ジン:

「だが、『ログ』にアクセスできるんだろ?」

アクア:

「あなた、そこまで狙っていたってわけ?」

ジン:

「狙っちゃいないが、考えはするだろ」

アクア:

「それもそうね。……私の所には念話が来たわ」

ジン:

「で、動いてるって訳か。怪しいな。外れなんじゃねーの?」

アクア:

「壁の花はイヤよ。踊ってた方が、マシ」

ジン:

「ちげぇーねぇ」


アクア:

「アクアよ」

ジン:

「ジンだ。こっちのはシュウト」


 そうして2人は握手を交わした。シュウトには意味のわからない(別の意味での)片言会話に面食らってしまう。


 後にシュウトがジンに確認した意味・内容は大まかに以下となる。

 〈エルダー・テイル〉はアップデート後にバランス調整をするために、プレイログのようなものを使っているらしい。世界各所の開発運営チームが、バランスを破壊するアイテムやサブ職、召喚獣などを設定しないように確認できるようにしているのだ。ジンは〈守護戦士〉としては異常な攻撃力をもっているため、ゲームであればバランス修正の対象になるハズだと考えていた。しかし、〈大災害〉以降はその気配がない。したがって、一番可能性が高いのは誰も世界の管理なんてしていない状態になってしまっているということだろう。つまり、本当に異世界に来てしまっていることになる。……この状況は、少なくとも日本サーバーの管理者が不在、もしくはジンを黙認・放置しているとも保留して考えなければならない。


 ここにアクアが現れた。ということは、プレイログを見られる立場で、且つ、会話内容から英語圏の人間となる。たとえば海外サーバーの管理者がジンのところまでやって来たという可能性がある。(アクアの騎乗生物は走っている時に音がしないことから、低空飛行タイプなのが分かる。そうなれば、少なくとも海を越えてくることは出来ることになる)

 この場合、『この世界』は実はまだゲームの中であり、現実世界からその光景を見ている管理者が存在していることが考えられる。管理者がアクアという『キャラクター』をパソコンで操って、ジンのところまで移動させた可能性が出てくる。


 目立つ活動を控えているジンにピンポイントでたどり着くには、ほぼプレイログにアクセスして、その異常な攻撃力などを知る他に手段がない。ジンが真っ先にその可能性に言及したことから、アクアはそれらの背景を察して「狙っていたのか?」と質問したのだ。これでジンが圧倒的な攻撃力を持っているとアクアが知っていることが分かり、その上で管理者からのアクセスを待っていたのか?という意味になる。ジンはその可能性ぐらいは当然に考えていたと答える。目立たない立場でいることで、『別の理由による接触』が不可能になる。そうしてプレイログを見られる立場の人間から接触される可能性があることも(一応は)考えていたらしい。


 また、ジンを『この場所』で捕捉するということは、ほぼモニターされているということを意味している。継続的に追跡しなければ、場所が中途半端過ぎて出会うことなどは考えにくい。「偶然、道に迷って声をかけました」は不自然だし、正直に言って無理がある。

 つまりアクアはモニターしている何者かの指令で送られて来たと考えられるのだ。ここで彼女は、「私の所には、念話が来るのよ」と言う。言外に、正体不明、アクアも会ったことはないのかもしれないという意味だとジンは理解した。同時にジンの所には念話じゃなく、人を(アクアを)送ったということになる。この違いをどう解釈するべきか?というのはまた別の問題として残る。


 指令を出す存在には必ず何かの目的がある。それは自分たちの目的(現実世界への帰還)から見れば、実は関係ないのではないか?怪しいのでは?と問うのだが、アクアは「壁の花はイヤ」、つまり、何もしないでジッと立っているだけは嫌だ、それならば、操られていようが動いていた方が(踊らされていた方が)何倍も良い。そこから何かの情報なりを得られる可能性が高まるというものだと答えた。


 『自分で選んで騙されている人間』に、「おまえ、騙されてんじゃねーの?」というセリフはナンセンスで意味がない。信用ならないという点で、信用できる。アクア本人は騙す気が無くても、結果的に指令された内容によっては自分たちを騙すことがあるかもしれないが、それは自分たちが気を付けるべきことだろう。相手は信用ならないと『知っている』のだから。また、彼女同様に『騙されてみる』のも一興というものだろう。現状ではそう簡単に死なない(死ねない)のだから、何が自分たちにとっての『損』なのかは実際にその状況になってから考えるべきことだからだ。



 ――レベルの近いもの同士が短時間で互いに理解しあったのを見たのだとシュウトはまだ理解できずにいた。会話自体、凝った嘘を混ぜられる単語数でもない。隠しているのか、知らないのかの区別は付けられないが、一定の信用を与えてもいいとジンは判断していた。



ジン:

「さっきから気になってたんだが、日本で有名なツンデレ声優の声だよな? 実は声優さん本人がプレイヤー?とかってドキドキしてんだけど」


(注意:あくまでも2018年が舞台です)



アクア:

「ああ、私、自分の声を忘れちゃってるから」

ジン:

「自分の声を、忘れた?」

アクア:

「この体だとほぼ完全な声帯模写ができるの。声だけじゃなくて、耳もいいから、反響があれば他人が聞こえているであろう声も再現できるわ」


 自分の声を録音して聞いてみると、自分が聞こえているものとは少々異なったものとして聞こえる現象はよく知られているだろう。これは頭蓋などに音が響いた結果なのだが、アクアは声色を変える前の自分の声を正確に記憶していなかったため、どんな声だったのかを忘れてしまっていた。

 完全な声帯模写が可能になると、どんな声を出すかが自在に成りすぎてしまい、『元の声』のようなものは曖昧すぎて分からなくなってしまうものらしい。


 人間の聴覚は僅かなニュアンスの違いも聞き分ける能力を持っている。モノマネ芸人の場合は、逆に印象的なニュアンスを強調することで『聞き分け』を逆用し、イメージ補完させることをしているのだが、アクアのケースは自分のニュアンスを把握していなかったため、口調だけが似ている下手なモノマネのように思われてしまう結果となった。……つまり、アクア本人ではない別のプレイヤーが、〈大災害〉に巻き込まれたのだろうと周囲に思われたのである。それは同時に彼女のアカウントを別人が盗用しているように思われることを意味した。


アクア:

「私の場合、逆に声質を一定に保つ方が難しいのよ。男声と女声がワンセンテンスで入り交じって話したら気色悪いことになるの。だから、声の座標みたいなもので、分かりやすい声を使っているのよ」


ジン:

「つまり、お前の『日本語学習』とやらは、ネットで日本のアニメを見ることなわけだな、お嬢さん?」

アクア:

「……心外ね、違法にアップロードされたものなんて見てないわ(キリッ)」

ジン:

「それはともかく、いろいろな声真似が出来るってことだよな?、じゃ、じゃあ……」




 ――放送を自粛しております。しばらくおまちください。――




ジン:

「神だ、神がいた……」

アクア:

「フッ、これで分かったでしょう?」


 オタク系宴会芸における究極的な神技を目の当たりにし、ジンは轟沈していた。元ネタの大半を知らなかったシュウトは、よく分からないやりとりに呆然とするばかりである。僅かな時間で声を調整し、女性の声どころか男性の声も自在に操っている。もはや七色どころではなく、万色の声と呼ぶのが相応しい。


ジン:

「んで、そろそろ本題に戻りたいんだけど、何しに現れたんだ?」


 座ったまま、ジンが尋ねる。ジンにあって、それで何をする気でいたのかということだろう。


アクア:

「トウキョウに戻りたいんでしょう? 助けてあげようかと思って」

シュウト:

「……あの騎乗生物は、どうみても一人用ですけど?」

アクア:

「私には『別の手段』があるのよ」


 そういうと、手を顔の高さまで持ち上げ、指輪をみせる。


ジン:

「なるほど、それで? 何を企んでる?」

アクア:

「ちょっと手伝って欲しいだけよ」(ニッコリ)

ジン:

「怪しさ満点だな」


 そういいつつも、ジンは立ち上がる。オーケーしたという意志表示のようだ。


アクア:

「それじゃ付いてきて」


 一角獣に跨がり、こちらに声をかけてくるアクア。


ジン:

「お前だけ馬に乗っていくのかよ」

アクア:

「アンタ達は走っても十分に速いじゃない。この子でも追いつけないかと焦ったわよ。それと!」

ジン:

「ん?」

アクア:

「馬じゃないわ。それに一角獣(ユニコーン)でもない。この子は〈蒼雷の一角獣〉(キリン)なのよ!」


 愛馬を自慢する、誇らしい顔での宣言であった。キリンと言っても、アフリカのサバンナなどに生息している首の長い草食動物のことではなく、最上級に位置する幻獣としての麒麟(キリン)のことだろう。日本では某ビールメーカーのシンボルデザインとして有名だ。

 


シュウト:

「……キリンって、あんな形でしたっけ?」

ジン:

「いや、たぶん別のゲームのキリンをそのまま真似たんだろ。そんな無茶しやがったのは一体どこのサーバーだろうな?」

シュウト:

「ああ、東洋の神秘ってヤツですね」


 日本文化をよく知らないまま真似る開発陣がいる場合に起こる、トンデモな装備などがあるらしい話はシュウトも耳にしていた。〈武士〉(サムライ)〈神祇官〉(カンナギ)のようなメイン職業があることで、文化的な統一性は低くなってしまっているのだ。世界の各サーバーごとで日本的な装備やアイテムの解釈は、様々なバリエーションを見せている。


アクア:

「ゴチャゴチャ言ってないで、行くわよ? ほんっとにもう!さっきから全部聞こえてるのよ!私の耳は他人の数十倍の感度なんだから、悪口なんて言ったら5キロ先からでも蹴りにいくから、よく覚えときなさい!」



 そういって先頭を走り始めたアクアを追って走る。

 先ほどから全くモンスターが現れないのは、彼女のキリンによる能力だとシュウトが知るのはもうしばらく後のことになる。

 


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