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39  戦いの舞

 

傷顔守護戦士:

「マズいぞ!」

高貞守護戦士:

「既に始まっていたか!?」

さつき:

「各自、散開して救援に当たれ!油断するな!」

一同:

「「了解!」」


 霜村達が村に到着した段階で、既に魔物が村の中にまで入り込んでいた。閉じられた家のドアを破壊しようとするモンスターの姿が見えたため、咄嗟にさつき嬢が散開の指示を出していた。


 霜村の選んだメンバーは、霜村本人とさつき嬢、睦実、長瀬友、傷顔守護戦士、高貞守護戦士の6人で、睦実、長瀬友の2人を除けば残りは前衛の戦士職という防御重視の選択だった。戻りに村人を護送することも視野に入れているのだろう。ここにユフィリア、ニキータ、レイシンという〈カトレヤ〉組が加わっていた。言いだしっぺのユフィリアが「絶対に行く!」と言い張ったのは言うまでもない。


 村の各所で個々人が戦うことで応急処置的に時間を稼ぎ、霜村を中心とした本隊が援軍に行くという戦法で手早く処理を終える。前衛が多過ぎる配置であったことも、今の時間稼ぎには向いていた。


 とりあえず村に入り込んでいたモンスターへの対処を終えて確認してみると、村人に重症者が出ていた。かなり酷い傷で、本来なら死を待つしかない者が3人もいる。ユフィリアと睦実は、涙を流してすがり付く家族を引き剥がして回復呪文を使った。苦しんでいたのも一瞬で、中級の即時回復呪文であっさりと完治させることができた。


 即時回復呪文とは、多くのRPGでメジャーな存在の、『瞬時にダメージを回復する』タイプの回復呪文のことを意味する。ある意味では通常の(、、、)回復呪文ということになるのだが、〈施療神官〉の反応起動型回復呪文や〈森呪遣い〉の持続型回復呪文に対応する用語として、即時回復呪文(インスタントヒール)と呼ばれている。


ユフィリア:

「間に合って良かったね」

睦実:

「うん、うん…………」


 うつむいて泣きそうになっている睦実の姿を見ながら、さつきにはその気持ちが分かって心苦しかった。つい先ほどまで「別に助けなくてもいいものだろう」などと思っていたからだ。

 ところが目の前に被害者がいて、その家族が悲しんでいれば、たとえ間に合って助けられたにしても、自分が恥ずかしくなりもするのだ。助けに行こうと言い出したユフィリアなればこそ、素直に「間に合って良かった」と言える。しかし、自分達にそんな資格があるのだろうかと複雑な気分になってしまう。別段、油断していたつもりもないし、最善を尽くしていたつもりだったのに、それだけでは全く足りていない。

 本当に、助けられて良かった。間に合ってよかった。自分達に助ける力があってよかった。そして、ユフィリアが助けたいと言ってくれて本当によかった。



高貞守護戦士:

「さつき隊長! モンスターの追加です。広場に来てください」

さつき:

「了解した!」


 睦実&ユフィリアと一緒に広場へ移動する。村の中央部であろう広場に来ると、状況は一瞬で理解できた。東の峰から亜人間がこちらへ向かってくるのが見える。蠢くその姿は軽く100体を超え、その勢いはまだ途切れることがない。最終的に200体になるのか300体なのか、はたまた1000体を越えるのかもしれない。


 仲間たちに広がる沈黙が重い。


 数が多過ぎる。こちらの戦力は9人きりだ。何よりもここで仲間を失うわけには行かなかった。誰かが死んだ時、万一、蘇生が間に合わなければミナミに転送されてしまう。今度はふーみんの時のように助かる見込みはないだろう。しかし、放っておいて逃げ出せばここの村人は全員が死ぬしかない。

 村の代表者が血相を変え、脱出の準備を急がせるために出て行った。しばらく他の都市に避難するにしても、こまごまとした荷物を持って行こうとする者が少なからずいるためだ。命と引き換えにいろいろと諦めてもらうしかないだろう。


霜村:

「やるしかなかろう」


 他のメンバーもその言葉に同意する。しかし、その悲壮な決意は自暴自棄と紙一重のものだった。良くない雰囲気に流されている。こんなコンディションでは僅かにでも均衡が破られた時にどうなるものか。さつき嬢は粘ることが出来なくなると予感していた。





レイシン:

「ちょっと良くない雰囲気だね」

ニキータ:

「数の多さに萎縮してるのね……」

レイシン:

「何かで気分を変えられればいいんだけど」


 ニキータは自分がほとんど恐怖を感じていないことが不思議だった。この場にジンがいれば余裕で眠そうな顔をしていただろうし、その横でシュウトが内心ワクワクしているのに顔には出さず澄まし顔をしていたはずで、それを見て自分は和んでいたのだろうな、と思う。シュウトは平和主義そうな顔をしているが、実はかなりの戦闘好き(バトルマニア)だ。アレなら元々戦闘ギルド〈シルバー・ソード〉にいたのも当然だろう。ジンと一緒に戦っていればそれで幸せなのだから、周囲の女の子はおもしろくないに違いない。

 彼らがいないのに、自分は恐怖を感じていない。本当におかしくなってしまったのかもしれない。(慣れは怖いな……)と独りごちる。一息ついて、どうしたものか?と考えていると、横に来ていたユフィリアと目が合った。


ユフィリア:

「ニナ、どうしたの?」

ニキータ:

「…………そうね、久しぶりにアレ、やろうか?」

ユフィリア:

「アレ?……うん!」





さつき:

「いつも通りに戦えば問題ない。大丈夫だ。自分の力を信じるんだ」


 仲間達は悪い方に想像を働かせてしまっている。それを励ましていたさつき嬢だったが、あまり効果は上がっていない。残り時間は少ない。霜村はなぜか沈黙したままだった。……さつき自身にしても、そんなに勝ち目があるとは思っていない。しばらく時間を稼いで、村人達と一緒に逃げられればそれで正解なのだ。自分達の役割は『一時的な時間稼ぎ』に他ならない。みんな頭では分かっていても、まだ途切れぬ魔物の群れが見えていると、目に見える分、不安になってしまうのだろう。



 ――リィィーーーン



 その音にハッとなって振り返ると、そこにはユフィリアが目を閉じて立っていた。彼女の後ろにはニキータが弓を持って控えていて、続けて2度、3度と弓弦を弾くと、幻想的な音色が心地よく周囲に響き渡った。弓は〈吟遊詩人〉の使う武楽器という特殊な装備だろう。しかし、彼女達は一体何をするつもりなのか。その奇妙な光景に目がまるくなった。


 前触れもなく、すぃ、とユフィリアが動き出す。表情の消えた彼女は、その美しさがいっそう際立ってみえた。首筋に手をやり、茶色の長髪を持ち上げる。しっとりと重そうな髪が艶やかに輝き、そのまま開くように手を離せばフワっと広がり、そのまま滑らかに波打って流れ落ちていった。



 〈ハーティ・ロード〉のメンバーは度肝を抜かれていた。何が始まったのか理解が追いついていかない。髪をかき揚げたユフィリアを見て、(シャンプーのCM?)と思うのが精一杯だ。冷静にツッコミを入れられたのはそこまでであり、流れ落ちる髪に視線どころか、魂まで奪われそうになっている。……凶悪なまでの美しさは脅威以外の何物でもなく、冷たく輝く美貌からは痺れそうな気配すら漂ってくる。否、息を呑むと、空気の冷たさにノドがひりつくではないか。


傷顔守護戦士:

(バカな、今は夏だぞ……)


 突如として出現した幻想的な舞台に、戦場の重苦しさは吹き散らされてしまう。


 ゆっくりと開かれていくユフィリアの瞳。腕を天に掲げてゆく姿に、祈りのような神秘的な表情が加わる。その場に居たものは、〈大地人〉の村人も含めた全員が、モンスターの接近も忘れてうっとりと見入ってしまっていた。


 そっと腕を下ろすと、ユフィリアは不安そうに自身を抱きしめた。観衆も寒さのようなものに身をすくめる。そこに炎のような赤が目に飛び込んでくる。……ニキータだ。ユフィリアを庇うように前に進み出ると、2人は恋人のように寄り添って立った。ユフィリアが安堵の薄い微笑みを浮かべるや、世界にあたたかさが戻ってくる。


 ニキータの手に握られたサーベルや、派手な色遣いの男装ファッションは、分かり易い男装の麗人のそれだった。仕草は男性にとっての男性らしさではなく、『女性からみた男性らしさ』を表現している。そのことによってニキータはこの状況をフィクションへと変えてみせてしまった。これには大きなプラス効果がある。


 ユフィリアの美しさは現実のものである。それ故に、脅威となってしまうのだ。現実であれば、簡単に心を許さないようにブレーキを掛けなければならない。だからなのか、逆に人間はフィクションの中に真実を見るのである。自分よりも一回り以上も若いアイドルに血道を上げる人間がたくさんいるように、フィクションであれば遠慮なく熱中することが許される。そのことを多くの人が体験として知っている。


 ユフィリアとニキータが全てを計算していたというわけではない。始まりは、ちょっとした余興でポーズをとってみせたりしたことだった。〈大災害〉からこっち、あちこちのギルドで傭兵のように集団戦に参加していたことで、盛り上げ係のような真似をしていたのである。好評を博して何度もリクエストされるようになり、お呼びが掛かり易くなっていったので、そのまま続けていたのだ。飽きられないように簡単な趣向を凝らす内に、落ち着いたのが現在のユフィリアを守る男装のニキータという演目だった。


 彼女達は、これをジン達の前では一度も演じたことがない。シュウトは〈シルバーソード〉時代に見ているのだが、ジン達の前で演じるのは少しばかり気恥ずかしく、何よりも『必要がなかった』ためだ。


 ユフィリアとニキータは、お互いの背を預けるようにして立つと、それぞれの得物を魔物の群れに向けて『戦う』という決意を表現してみせた。



長瀬友:

「すごい……きれい……」

睦美:

「ファビュラスマックス……」


 睦実が長瀬友と手をとりあって興奮しているのをみて、ニキータはウィンクを送る。この手のサービス精神がなければこの役は務まらない。


睦実:

「きゃー、きゃー、きゃー!」

長瀬友:

「ああっ、ニキータ様ぁン」


 身悶える2人。ナガトモなどはシュウトに熱を上げていたはずが、あっさりとニキータに転んでしまった。彼女たちのようにノリが良いのはこういう時にはありがたい。


霜村:

「ふはははは!……なるほど、見事な芸だ。我等も負けていられんな!」


 愉快そうに大笑する霜村が前に出る。

 刀を胸元に掲げ、ピタリと動きを止めたかと思うと、長い刀をズラズラズラっと引き抜いてゆく。霜村の愛用する変身刀『華不花』である。鞘から抜き放たれたその一振りは、既に一回り以上も大きさが異なっている。それはどうやっても鞘に収まるはずがないものだった。軽く振ってから肩に担ぐのだが、その姿は悔しい程にキマっていた。

 

 〈ハーティ・ロード〉の戦士たちも次々とおのれの武器を抜き、構えてゆく。その姿には歴戦の誇りが戻ってきていた。

 

レイシン:

「それじゃ、こっちの番かな?」


 そう呟くと、意外と茶目っ気のあるレイシンが、マジックバッグから異様な武器を引き出す。美しくも禍々しい黒色で染め抜かれたドラゴンホーンズ。中央部に盾の代わりとなる竜頭の飾りは精巧な作りで、まるで生きているかのようだ。初めて見る者たちをギョッとさせながら、準備運動のように軽く打ちこみの形をなぞっていく。最後に高く跳びあがると、気合の入った一撃をビシっと決めつつ、さつき嬢の右側に並んだ。


さつき:

「マドゥー、いえ、変形のファキールズ・ホーンズですね?」

レイシン:

「正解。……話は聞いているよ、凄く強いんだってね」

さつき:

「いえ、私などまだまだです。ジン殿と組まれている貴方には物足りないでしょう」

レイシン:

「そっか、もう知って(、、、、、)るんだね?」

さつき:

「……はい」


 恥ずかしそうな、誇らしそうな表情をすると、さつぎ嬢は剣を上げて合図を送った。それに応えて傷顔守護戦士が気合の入った声を上げる。


傷顔守護戦士:

「おおおぉぉ~~っ!」


 だん、だ、だん!


 この声が合図だったのだろう。〈ハーティ・ロード〉のメンバーがそれぞれに同じリズムを刻んでいた。地を踏みしめるもの、手を叩くもの、武器を打ち鳴らすものもいる。


 だん、だ、だん!


傷顔守護戦士:

「〈ウォー・クライ〉!」


 打ち鳴らされるリズムに特技の使用が続く。その効果が体に纏わり付くように感じられる。


 〈ウォー・クライ〉。

 〈守護戦士〉の用いる大規模戦闘用の特技のひとつであり、味方の士気を鼓舞することで、各種能力値を上昇させる効果があるものだ。通常の特技であれば、1グループ(〈冒険者〉の場合は、1パーティの6人)までにしか作用しないものが大半だが、この特技はレギオンレイドまでの仲間全員に効果を波及させることができる。他のBuff(※)と競合しないことや、効果が長く続くこと、リキャストが短いなど、デメリットが殆ど存在しない代わりに威力も小さい。1人分の〈ウォー・クライ〉は重ね掛けできないが、別の〈守護戦士〉がそれぞれ使えば、4人分までを重ね掛けすることができる。4人分を使ったとしても、まだその効果は小さいのだが、96人を強化可能であるため、チリも積もればなんとやらで使うと使わないとでは大きく違ってくる。


(※)バフ。自分や味方の能力値等を向上させる呪文やスキルの効果。


 だん、だ、だん!


高貞守護戦士:

「〈ウォー・クライ〉!」


 傷顔守護戦士に続いて二人目の〈ウォー・クライ〉が発動した。


 だん、だ、だん!


 だん、だ、だん!


 リズムに合わせて体を動かすことで、心までもひとつになっていくようだった。ユフィリアも楽しげに体を揺らして手を叩いている。

 この儀式は〈ハーティ・ロード〉独自のものである。誰かが遊びで始めたものが、そのままギルドのしきたりのようになって続いている。現実世界にいた時はモニターの前でみんなが音を鳴らしていたものだ。


 だん、だ、だん!


 だん、だ、だん!


 段々とさつき嬢の背中に全員の視線が、気持ちが集まっていく。焦らすかのように反応のない彼女を動かそうと、音が強まっていく。最高潮に達しようかというその時、逆手にもった剣をサッと掲げると、地面に向けて剣を一気に突き刺し、その言葉を発した。


さつき:

「〈ウォー・クライ〉!!」


 秘伝にまで高められた〈ウォー・クライ〉の効果が全員に波及する。能力値の上昇だけではなく、士気がたかまることで一体感に包まれる。全員が自然と鬨の声を上げていた。魂に炎が灯る快感は、向かってくる敵モンスターを恐れる気持ちを粉々に打ち砕いてしまう。


 〈守護戦士〉のさつき嬢を中心に、右に〈武闘家〉のレイシン、左に〈武士〉の霜村が立った。後衛は〈吟遊詩人〉のニキータ、〈施療神官〉のユフィリア、〈妖術師〉の長瀬友に決まる。


 他のメンバーは自然と村人の脱出を誘導する役目を担うことになる。こちらも同じように大変な役目だ。手際よく行わなければ全てを台無しにしてしまう。



睦実:

「さっちんを、お願いね?」

ユフィリア:

「うん、まかせて!」


 頷き合うと、睦実は走って行った。

 作戦は村の入り口で迎え撃ち、後退しながら広場に誘導するというものだ。入り口で防衛しようとすると、モンスターが広がってあちこちから村に入り込んでしまうためだ。あえて動線を決めて誘導し、最終的に広場の入り口で押さえ込むことにする。


霜村:

「始まるぞ、気を引き締めろ!」

さつき:

「いくぞ!」


 さつき嬢は殺到するモンスターの一体に、先制の一撃を決めた。





ジン:

「〈タウンティングブロウ〉!……いいぞ!」


 初撃だけジンがタウンティング系の攻撃特技を使えば、後はアタッカー4人が敵に群がるように躍り掛かっていく。こちらは前衛に5人を配置しており、〈暗殺者〉のシュウトとキサラギ、〈盗剣士〉の葉月と水梨が〈守護戦士〉のジンをオマケのように中心にして囲む超攻撃的シフトであった。後衛は潜入班のヒーラーが1人で務めている。その他の潜入班の仲間や、〈妖術師〉の石丸、〈吟遊詩人〉のふーみんは今のところ補欠要員としてベンチを温めている。


 葉月たちはミナミの地理をよく把握していて、〈冒険者〉があまり利用しないゾーンを選んで移動している。〈冒険者〉とすれ違う場合も、顔を合わせないような地形だったので問題はなさそうに思える。しかし、どうしも遠回りせざるを得ない様子で、移動するゾーン数が多くなってくると、敵の出現頻度も高くなってしまう。出てくるのは大半が雑魚モンスターなので、殲滅速度を優先すると物理攻撃職がMPを惜しまずに突撃する方が良くなってくるのだろう。


 範囲攻撃呪文をもっている〈妖術師〉を配置する場合、ヘイト管理に失敗してターゲットが後衛に跳ねてしまうことを考慮しなければならない。このせいで〈妖術師〉のプレイヤーは慎重な特技使用が求められることになるのだし、〈吟遊詩人〉の永続式援護歌などの支援が必要になってしまう。雑魚が相手であればアタッカー陣に多少の無茶をさせてでも殴らせてしまい、ダメージを回復役が補う方が、遠慮のない分だけ早い。


 物理アタッカー4人の突撃という圧倒的な殲滅速度から、ジンはタウンティングだけしていれば良くなり、長期戦にはなりそうもないことからも、いつもより暇そうにしていた。ここはアタッカーの面目躍如ということであろう。


 葉月はレイピアの二刀流使い。範囲攻撃を中心とした構成であり、たびたびProc(※)が発動していることからも装備品はかなり良いものを使っているのが分かる。敵の群れを広範囲に刈り取って行く戦い方に上手さがあった。指示出しも速く、流石に参謀タイプだと思わされる。


(※)プロック、手続き発動。ここでは武器攻撃時の『追加攻撃』の意味。属性剣であれば、炎や氷、電撃などが追加ダメージになる。暗殺者は威力の高い毒をProcとして武器に付与することができる。


 もう一人の〈盗剣士〉である水梨は、長剣に小盾を用いるライトフェンサー型で、攻守のバランスが良い。以前にシュウトに一蹴されているのだが、一緒に戦ってみるとかなり良い使い手なのが分かる。特に視野が広く、(粗雑なイメージとは真逆の)フォローの早さが印象に残る。どちらかといえば、範囲攻撃よりもDebuff(※)攻撃の使い方が本来の持ち味のようだ。


(※)デバフ。buffと反対にマイナスの影響を敵に与える効果。


 キサラギは派手さの無い暗殺者で、物足りない気分にさせるが、安定した実力で信頼を勝ち得ているようだ。弱った敵にトドメを指す場合はどうしてもオーバーキルになってしまうのだが、それがなければシュウトとさして変わらないダメージ量を出しているように思える。


 逆に水梨からみたシュウトの印象は、ひたすら効率的に動こうとする機械みたいなヤツという評価だった。ちょっと見ただけでも確かに上手いのだが、それがどこか異質だった。デキの悪いAIが操っているというわけではなく、未来のコンピューターが未来予測して最適手を選んでいるような気持ち悪さなのだ。良く見ると細かくポジションを変えて敵の流れをコントロールしていたりするし、周りのペースに合わせてゆっくりと振舞っているらしいフシも散見される。

 水梨にしても負けたことが引っ掛かって、意識しすぎなのかもしれないのだが、見ている間に気付いてしまったのだ。……ヤツは手加減している。


 ジンの方はといえば、今は完全にぼんくら〈守護戦士〉でしかなかった。

 水梨のジンに対しての心境は複雑だった。初対面の印象は最悪で、仲間から伝え聞いた話に憤慨し、集落に戻ったら文句を言おうと決めていて、実際にそうしたぐらいだ。集落に呼び戻された理由が、そのジンを襲うためだと知らされて、流石に早まったと反省していたのだが、葉月などは「むしろ意外性があっていいかもしれない」と言って気にしなかった。その状況の中、シュウトに殺される寸前でジンに助けられてしまうことになった。

 ……ジンが自分を助けようとしたわけではないのは分かっているのだが、だから恩義を無視するのは自分のルールではありえないことだった。


 顔を合わせる度、チワワだのマルフォ●だのとからかわれもしたのだが、ぐっと堪えていた。だが、それが良かった。

 結果的にジンはふーみんを助けに現れた。もしかしたら、水梨(じぶん)が一緒にいるというだけで、ふーみんを助けるのを止めてしまっていたかもしれない。自分が邪魔にならなくて本当にホッとしていた。ジンがふーみんを助けるのを邪魔せずに済んだことは、ジンに対しての感謝というよりも、もっと別の、運命や神への感謝に近い。水梨は自分が少しばかり誇らしかった。恩義を大事にすることの正しいのだ。そう確信の度合いを深めていた。


葉月:

「ここで軽く休憩してMPを回復させましょう」

ふーみん:

「〈瞑想のノクターン〉使いまーす」

ジン:

「進捗はどのくらいだ?」

葉月:

「遅れ気味です。モンスターの対処に時間を取られているのが原因ですね」

キサラギ:

「こればかりは仕方ないだろう」

葉月:

「スザクモンの本隊とミナミの冒険者が戦い始める前に脱出できれば、問題は無いでしょう。霜村の本陣と合流するぐらいの時間はあるはずです」

シュウト:

「村の救援に向かっているんですよね、そっちはどうなっていますか?」

ふーみん:

「さっき睦実に念話したけど、大軍モンスターに襲われてて、戦いが始まったって」

水梨:

「おい、そいつはマズくねぇか?」

ふーみん:

「睦実の言うことだから話半分じゃない?」

ジン:

「場所を選んで迎え撃てば大丈夫だろう。それより村人に犠牲を出さないようにするのがな……」

石丸:

「離脱のタイミングっスね」

シュウト

「ここから支援には?」

葉月:

「残念ですが、辿り付くころには全て終わっているでしょうね」

ジン:

「なら、気にしてもしかたあんめぇ。なるようになる。…………景気付けに何か食うもんとかないのか? 甘いのとかさ」

葉月:

「ありません。……そろそろ出発しなければ」

ジン:

「ちぇー、つまらん」


 鬱蒼と生い茂った木立の中を一斉に立ち上がり、先を急ぐ一行であった。





さつき:

(なんて戦い易いんだろう……)


 レイシンの手際の良さは、さつき嬢からすると特筆ものだった。彼女の感じている印象をことばにすれば「ベテラン運転手の扱う高級車に乗っているような安心感」となる。


 『強い/弱い』の評価で考えれば、自分は『強い』の部類には入るだろう。その程度の自負はある。しかし、『巧い/下手』で考えたら、もしかすると『下手』だったのかもしれない(!)

 ……それは驚きであった。自分のゲームプレイングや、〈大災害〉以降の生身での戦闘を、周りの人はどういう目で見ていたのかが気になってくる。メインタンクなのをいいことに、もしや周囲にカバーやフォローを押し付けていただけなのでは…………。


さつき:

(ジン殿の相棒(パートナー)をされている方なのだから、自分なんて……)


 比較してはいけない相手と比較すれば萎縮するより他にない。これ以上に不安が増殖する前に解消してしまおうと、戦いの最中にレイシンへ身を寄せる。


さつき:

「すみません、その……へ、 へた  で」


 恥ずかしくて顔など見られない。「へた」の一言は本当に小さな声でつぶやくことになってしまった。「え、何?」などと聞き返されでもしたら、もう一回言い直すことは無理だったろう。


レイシン:

「あ……、ゴメンね、ちょっと余計なお世話だったかな」

さつき:

(うあああああ)(><)


 あまり感じたことのない自意識の苦しみに悶えてしまう。


 レイシンにしたところで、初めて組む相手なので丁寧に戦っていたに過ぎない。実はさつき嬢が可愛いのでサービスが過ぎてしまった部分はあったのだが、自分が悪かったのだろうと逆に謝ってこられてしまい、さつき嬢は余計に身が縮まる思いをすることになってしまった。


 さつき嬢は、これも仕方がないことだと分かっていた。目を逸らして避けていたものへの報いであるはずなのだから、甘んじて受けなければならないからだ。

 暗い思考の愉しみに浸りながらも、次々と目の前のモンスターに対処していく。なぜだか普段よりも余裕があった。


 さつき嬢を特徴づける要素のひとつは、その反射速度にある。そもそもゲーマーというものは反射速度にはうるさい生き物だ。ちょっとの間、彼女をみていても大抵は「あのぐらいなら俺でも」と思うものだ。ところが、彼女はそのまま1時間でも2時間でも集中したのと同じ状態で戦い続けることのできる『持続型高速反射』の持ち主であり、これだけでも反則級の能力と言ってよかった。


 ゲームのように画面をみて行う操作といった部分的なものと比べ、戦闘というもの圧倒的に全体的なものだ。全身運動、かつ、視野の確保などの複合要因によってしかなりたたない。剣道の経験によって高められた彼女の反射速度はより実戦に適応したものに昇華されている。廃人ゲーマーも含めた精鋭揃いの部隊であっても、しばらく一緒にいれば誰もがさつき嬢に(こうべ)を垂れることになった。これはある種の反射速度崇拝もある。


 多くの人間が経験(による大雑把な対処)や予測によってこの反射速度を補おうとする。それらは高めることによって別種の能力に変質するとはいっても、やはり初期的には『逃げ』に近い。完全な上位能力となるとジンのような超反射ということになってしまうのだが、やはり素質や才能の差として認識されている部分が大きく、訓練対象として捉えられていない。

 レイシンの勘にしても、やはり経験や無意識の予測、予兆を感じ取る観察力などの『感覚の総和』によって超反射へと近づけたものである。ちゃんとした高速反射を使えているさつき嬢には尊敬の念を感じないわけではない。


 かといって、反射速度だけで戦闘が巧くなるとういわけではない。特にレイドではさまざまなリソースを管理し、最適な行動へ近づけていかなければならない。その中でも特にヘイトの管理は重要だった。


霜村:

「ヘイトを処理するぞ。ユフィ、回復を頼む」

ユフィリア:

「うんっ」


 メインタンクのさつき嬢はともかく、レイシンや長瀬友に蓄積したヘイトは定期的に処理しておくのが良い。霜村はパーティのヘイトをかき集める特技を使うと、続けてその処理のために『鬼神』と化す。


 〈鬼神〉。

 〈武士〉(サムライ)の爆発力を支える特技のひとつで、主に加速(ヘイスト)状態になることができる他、特技使用時のキャストタイムの短縮や、スーパーアーマーと呼ばれる『よろけ』や『ノックバック』などを無効にする能力が付与される。内容的に攻撃型スタンス(構え)に近いものだが、短時間の自己Buff扱いのため、スタンス系特技を重複させられることも爆発力に寄与している。

 しかし、その最大の特徴は、使用時間中のヘイト低下(毎秒)にある。この要素をうまく駆使することでパーティ戦闘やレイド戦闘でのヘイトコントロールをこなすことが可能になってくるのだ。

 ……〈武士〉とは、もっとも鋭利な武器を扱い、死をも恐れず、逆にその恐怖を身に纏うことができる東洋の恐るべき剣士なのだ。鬼神化することによって、挑発(タウンティング)を超えて、相手に恐怖を与えながら闘い、己へのヘイトを失っていくのである。


 使い方によってはかなり有利となる特技なのだが、〈武士〉の特技の例にもれず、この技の再使用規制時間も長い。しかも手持ちのヘイトがゼロになれば強制的に終了となってしまう。〈暗殺者〉や〈盗剣士〉といったアタッカーにとって垂涎の能力なのだが、前衛の戦士職(タンク)からすれば使い方が難しくなってしまう。


 俗にタゲ回しと呼ばれる戦術による『メインタンクの変更』にも関わらず、さしたる混乱も見られなかった。大きく加速した霜村は、立て続けに強力な特技を使っていく。敵を蹴散らす意味の他にも、ヘイトを集めて鬼神化していられる時間を延長する狙いがある。


 さつき嬢も一息つきつつ、タウンティング特技を使って自分へのヘイトを再度獲得してゆく。このため、もう一度さつき嬢にターゲットが変更されることになるはずだが、ユフィリアは誰になにも言われなくとも反応起動回復(リアクティブヒール)によってクッションを作って対処していた。つまり、予期せぬタイミングでさつき嬢にターゲットが跳ねたとしても、慌てなくて済むようにしたのだ。


 MPを供給しているニキータは、弓を射ながら辛抱強く『その時』を待っていた。村人が脱出を終えればここからの撤退が始まる。さすがに〈ハーティ・ロード〉の面々は一流で、誰も不満や焦りといった感情を漏らすことがなかった。なれば、自分も〈カトレヤ〉の一員として先に引くような真似はしたくない。


霜村:

「来るぞ、備えろ!」


 不意に発せられた霜村の言葉を裏付けるように、背後から何かが飛び、モンスターを巻き込んで大きく炸裂していった。それは、雷を纏った大きな鳥、召喚術師の扱う〈雷鳳凰〉だった。


弥生:

「おまたせ! 準備はオーケーよ!」

ラヴィアン:

「レイシンせんせー!お疲れさまでーす!」

霜村:

「よしっ、撤退するぞ!」


 ここで現れたのは、居残って撤収作業を担当していた弥生たちであった。弥生は丁寧な片付けを放棄して素早く仕事を終えると、いち早く援軍としてやって来ていた。戦闘メンバーは〈雷鳳凰〉で作った隙を無駄にせず、素早く撤退を始める。


 気がつけば村に人影は既になく、村人は睦実たちに護衛されて村を後にしていた。これからはこのリードを活かして追いつかれぬように逃げていけばよい。


 港町コウベに向かう間に、今度は葉月たちと合流しなければならない。しかし、状況はだんだんと悪化の一途を辿っていた。村人を護衛しながらの逃避行であり、まだまだ油断できる状況にはない。


 それでも、ミッションを成功させて一段落がついたことを素直に喜び、誉めることを霜村は忘れることがなかった。

 

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