004 酒場にて
アキバの街に入り、さっそく中央広場近くの酒場へと向かった。
葵がほうぼうに念話してパーティーを組む相手を決め、その顔合わせをすることになっている。相手の希望もあり、個室を利用して合流する段取りである。店員に〈カトレヤ〉の名を告げ、案内された個室へ向かった。
約束の時間より早めのつもりだったが、ドアを開けると既に中で待っていた。2人組の女の子。化粧品でもするつもりだったのか、鏡をみていたようだ。レイシンが声を掛ける。
レイシン:
「どうも、遅くなって申し訳ないです」
赤髪の麗人:
「いえ、大丈夫です。よろしくお願いします」
シュウト:
(ぅげっ)
それがどうも、ちょっと見覚えのある顔だったりした。赤髪と茶髪の2人組。2人とも目立つ外見の、美人だ。
ジンと一緒に3人でぞろぞろと個室に入り、席に座ることに。年齢的にも立場的にも、一番後ろからついていく。ちょうど良く離れた席に座れると思ったところで、ジンに真ん中に座るように促されてしまった。自分もレイシンも比較的軽装だが、鎧姿のジンが中央なのは座りにくいからだ。真ん中に座ることになり、思いっきり目が合ってしまう。
赤髪の麗人:
「んっ、と。“銀剣”の……?」
茶髪の美女:
「えっ? だれ?」
赤髪の麗人:
「ほら、〈シルバーソード〉の」
茶髪の美女:
「あー、ユミの……」
レイシン:
「なんだ、彼を知ってるんだ?」
レイシンがちょっとホッとした感じに微笑む。
向こうもどうやら僕を覚えていた様子だ。(面倒なことになった……)と思い、溜息をそっと漏らした。
僕を知っていたのは赤髪の〈吟遊詩人〉(バード)の方で、名前はニキータ、レベルは84。男装の麗人風の格好をしているが、男と間違えることなどあり得ない。理知的で穏やかな瞳、それと淡く香る色香。目鼻立ちもかなり整っている。
宝塚のような格好からか、周りからは『王子』なんて呼ばれることもあるようだ。
もう一人の茶髪は〈施療神官〉(クレリック)で、名前はユフィリア。レベルは78。戦う気はあるのか無いのか、デザイン重視の装備だった。
こちらはともかく圧倒的な美貌で『美少女』と思わず言いたくなるようなタイプだった。透明感や輝き、オーラといった表現が現実に存在するものだと教えられた。
僕の知る限り『半妖精』と言えば彼女の事として通じていた。それがなんとも的確な表現で、妖精のごとく冷たく整った美しさと、人間的な柔らかさ・温かみが加わった感じを上手く言い当てていた。
話しやすいタイプで、その人当たりの良さも人気の理由のようだ。彼女の周りには、とろけた顔で見つめる男子が後を絶たない。話しかけたい男子がまるでゾンビのごとく後から後から群がってくる。
シュウト:
(……本人も気安く話しかけてくるんだよなぁ)
女子には〈冒険者〉としてのレベル以外にも別の格付けやランクみたいなものがあるらしい。彼女たちはその中でも上位に属する、いわゆる『リア充』を地で行っているタイプだった。あちこちのギルドでパーティーやレイドに潜り込んでは辻冒険者をやっている人気者の女性コンビである。
僕は苦手なのであまり話さないようにしていたが、ゲーム時代から何度か一緒にプレイしたことがあった。〈大災害〉後も〈シルバーソード〉の戦闘訓練にも何度か参加していた。
でもこれは〈シルバーソード〉に限った話ではない。〈D.D.D〉や〈ホネスティ〉、〈西風の旅団〉、それどころかレベル制限があるはずの〈黒剣騎士団〉にも潜り込んでいたぐらいだ。
どこへ行ってもチヤホヤされていたようで、そのぶん裏での風当たりは強めでもあった。「リア充がゲームなんてやってんじゃねーよ!」とか「男漁り」だの「ビッチ死ね」だのの汚い陰口も耳にしていた。
さすがに、そこまで言われなければならないとまでは思わないけれど。
人付き合いがさほど得意ではない自分としては、(人気者には色々あるのだろう)と遠い場所からなんとなく想像してみるぐらいの話である。なんとなく図々しそうなイメージだったし、ぐいぐい来られても困ったことになりそうだった。だから、あまり気に留めないようにしていたのだ。
……だいたい、クエストに誘う方もどうかしている。傭兵という意味では、特にプレイヤーとして優れていたわけでもなかったのだ。結局、オフで合コンに誘いたいといった下心があったはずだろう。
2人ともかなりの美人だと噂には聞いていたけれど、〈大災害〉があって、その噂が事実だったと確認される形になった。
レイシン:
「飲み物を頼んじゃおっか?」
ニキータ:
「そうですね」
ユフィリア:
「何を飲もうかなっ?」
飲み物を注文してからは、最後の一人が来るまで雑談しながら待つ流れになった。これがまた合コンをしているみたいな雰囲気だったりして、どうにも気詰まりでならない。なんで個室なんだろうと嘆息する。しかも自己紹介の流れになって余計に合コンめいてきた。果たして、こういう状況の居た堪れなさに慣れることはできるのだろうか? 頭を抱えたくなってきた……。
大雑把な事情としては、前日に話し合いをして、ミナミへの偵察は無期限の延期をすることに決まった。ジンは適当に人数を集めたら、さっさと出かけるつもりでいたらしい。僕が反対してどうにかお流れにしたのだ。遠征するのには準備が大幅に足りていない。
ゲーム時代ならともかく〈大災害〉を経た現在、〈妖精の輪〉(フェアリーリング)は周期が分からずに使えなくなっている。つまり遠征とは飛行機や電車ではなく、車で旅行をするのに近い感覚のものなのだ。使うのは馬なので、車よりもさらに不便でもある。
現実でも同じだが、海外などへ行く長期の旅行の場合、友人のような親しい相手であっても、旅先で仲違いしてしまうことがあるという。気心が分かっているつもりでも、相性だとか人間性、信頼関係、役割分担などが合わなかったり、分かっていないと手痛い失敗をすることになる。
それならばと、傭兵を雇うことも考えてみた。しかし本物のプロならともかく、学生がゲーム感覚で傭兵をやっているのが現実である。ゲーム時代ですら優秀な傭兵は引く手が数多なのであって、長期的に拘束するのは難しい。ミナミに行くのだとすると、クエスト報酬が望めない分、それなりの金などを積む必要も出てくる。
ちなみに専門的な傭兵達の場合は、気に入らないことがあったり面倒になると適当なことでイチャモンをつけてから帰還するようになる。ただ帰還したいだけであっても、決して自分の都合ではないとアピールするのだ。これはそのギルドとの縁を断たないためでもあるのだろうし、優秀な傭兵がなんでも言うことを聞く従順な奴隷ではない事を、雇い主側に再確認させるためでもある。しばしば行われる定期的な行事みたいなものだろう。
しかし、イチャモンをつけて帰還されてしまえば、リーダーとして統率力が無いと周囲に判断されることになる。帰還した傭兵プレイヤーのあとに続くように、言うことを聞かなくなるプレイヤーが出たりする。
傭兵プレイヤーの使い方の難しさでもあるが、パーティーリーダーの向き・不向きはこういう試練も含めて、自然と抽出されていくもの、かもしれない。
ただ、女子が混じるのは傭兵に比べて何十倍も厄介な問題を引き起こす。6人でパーティーを組んでいると、女子とのパワーバランスが色々な意味で難しく、一言では言えないぐらい面倒なものになりがちだ。会話などで「接待」が必要だったり、慣れてないと逆に接待しすぎたりしてしまう。それ以外にも「まだ着かないのか」だの「トイレ」だの「寝る時怖い」だの、……その要求は数え知れない。もちろん、色恋沙汰みたいな基本的なものもある。男性側にしても人間的な欲求の問題が大きくなるし、競争が始まったり、互いを敵視するようになったりする。
実際問題、女子メンバーに関しては〈大規模戦闘〉(レイド)の方がやり易くなるぐらいだった。ある程度人数が増えると、各隊の女子が集まって適当に喋ったり寝たりしてくれるようになるため、余計な手間がぐっと少なくなるからだ。裏で密かに「女子組」などと呼ばれるこの戦法に至ってからは、戦闘ギルドでの女子の稼働率は格段に良くなった。こうした背景から、自由の利く女子の傭兵は人数調整に重宝がられている面がある。
という具合で、複雑極まりない事情から、まず「信頼できる仲間を集める」のところから一つ一つ手をつけて行く事にした。
ジンは「信頼できる仲間を集める方法なんてねーだろ」と文句を言っていた。それに対して葵が「人間関係で手間を惜しむのはジンぷーの悪い癖だろ」と返して決着となった。
僕としても〈大規模戦闘〉経験者として、言うべきことは言ったという満足感があった。
その後、葵があちこちに念話して相手を決め「かなりの切り札を切った」だの「期待していい」だのと言い、今日のこの場に至っている。
シュウト:
(切り札がどうのと言っておきながら、初っ端からとんでもない爆弾を用意してくるし。今の状況で女子の2人組、というか『この2人』はどう考えてもありえないよ! 本当に何を考えてるんだか……)
正直、心の中で葵に対する不満やら不信感が爆発しつつある。本気で勘弁して欲しい。こんな超目立つ2人とか連れて来て、後でどうなるか分かったもんじゃないのに……。
なぜだかこのタイミングでレイシンが「長期的に組める相手を探している」と云った事情を説明していた。
シュウト:
(あれ? いきなりそんな風にもっていっちゃうんですか?)
あんまり組みたい相手ではないはずなのに、なんだかハラハラしてしまう。その2人を長期的に拘束するのはまず無理な話だろう。周囲の男達もまず許さないような気がする。
ジン:
「あー、ところでさ、葵とはどこで知り合ったんだ?」
見ていられなかったのか、ジンが口を挟んでいた。
ニキータ:
「えっと、面白い占い師がいるって話で、シブヤに行った時に見てもらったんです」
しばらく雑談することにしたらしい。自分は苦手なのでこういう役回りは是非ともお任せしたいと考えている。
ジン:
「そっかそっか、アイツ戦闘出ない引きこもりなのに異常に知り合いが多いからさー」
ニキータ:
「そうですよね。女の子の間でかなり噂になってましたから」
ニキータはさり気なくジンの方に向き直っていた。どこか笑顔のバリアみたいなものがあるように感じる。
ジン:
「で? 占ってもらってどうだった? インチキ占い師だったろ?」
ニキータ:
「えー、それは、どうでしょう?」
ジン:
「やっぱインチキっぽかったんだな?」
ちょっと困った風のニキータに、ジンはニヤニヤ笑いながらツッコミを入れていく。夫であるレイシンの前ではさすがに遠慮があるのかもしれない。
ユフィリア:
「でも、話してたらすっごい面白い人で、それで私達、仲良くなったんですよ!」
硬めの話ではダンマリだったユフィリアが話に混ざり始めた。……そこからはたいへん良く喋った。女の子はどうでもいいことばかり、どうしてこうもよく喋るのだろう。呆れるばかりだ。
ユフィリア:
「……なんです!」
ジン:
「とか言って、本当は……」
ユフィリア:
「違うもん! アハハハ」
どちらでもいい話ばかりなので半ば聞き流しておく。
シュウト:
(ジンさんって、意外に如才ないんだな……)
◆
ユフィリアが話し始めたことで私は一息つくことが出来ていた。
目の前に座っているシュウトは興味の無さそうな顔をしている。たぶん話を聞いていないのだろう。一方でユフィリアは活き活きとしていた。相手をしている〈守護戦士〉は自由に喋らせようとしていた。
ユフィリアは天然そうに見えても、アレで警戒心が強く、相手の人品を見ているところがある。底意地の悪そうな〈守護戦士〉、ジンと波長があうのか、意外と楽しそうにしてみえた。
ニキータ:
(悪くないかもなぁ……)
ユフィリアと2人きりという今の状態は厳しかった。〈大災害〉からこっち、ずっと必死にやって来ていた。私にとって『この世界』は決して優しくなかった。それはたぶんユフィリアが考えている以上にシビアだったはずだ。
私たちは、どうにかして2人で生きる道を模索しなければならなかった。ゲーム時代はともかく〈大災害〉後にあちこちの大手ギルドに参加したのはコネ作りをするためだったし、重要な情報から取り残されないことと、逃げ場所を確保する目的があった。
戦闘訓練にも参加したのだが、実際の戦闘になるとその激しさに目が眩むようだった。ユフィリアはそれなりに楽しんでいたかもしれないが、ゲームではありえない緊張感に、張り詰めた糸が切れてしまいそうだった。
今は〈円卓会議〉が結成され、食事が安定して確保される見通しが立ちつつある。だが同時に、何処かに落ち着かなければならないだろうとも思っていた。みな人間なのだ。あたたかい寝床があって、食事の欲求が満たされれば、次は性的な欲求に目が行くだろう。
ゲームをしている男の子達は奥手で、正義感の強い人間が多いが、自棄になったり、衝動的な行動に走らないとまではいえない。自分達にとっては99人が大丈夫でも、1人の例外がいたらダメなのだ。
今となっては、あちこちに良い顔をしすぎたかもしれない。他のギルドに取られまいとする勧誘が強まって来ていた。
やはり人数の多い〈D.D.D〉か〈海洋機構〉にするべきなのかと考えてしまう。女の子の数からしたら〈西風の旅団〉も良さそうだが、あそこは別の意味で居心地が悪い……。そんなことを考えていた時に、今回の話が回って来たのだった。
極端な小規模ギルドなら、ギルド内での恋愛に気を付ければ安全とも言えるし、揉めた時に抜け易いのもメリットだろう。顔役である葵のメンツを立てておきたいこともあった。レイシンのような結婚相手がいるのがプラス要因になってもいた。
それでも、今回のこれは決断を先延ばしにするための口実でしかなく、単なる現実逃避だった。
ニキータ:
(ユフィだけは、私が守らないと……)
ユフィリアは、このゲームをやっていると私が言ったら、真似した可愛い後輩だった。その結果、今回の〈大災害〉に巻き込む事になってしまった。私が気を張ってがんばれるのは、ユフィリアに対する責任があるからだった。
ニキータ:
(そういえば……?)
『銀剣のシュウト』は、大手の戦闘ギルドである〈シルバーソード〉を辞めてしまっていた。そのこと自体も意外だったし、ここで会ったのも少し驚いていた。
ニキータ:
(彼が『ここ』にいるのはどうしてかしら?〈シルバーソード〉の内部で私達の知らない何かがあったのかも。彼が〈シルバーソード〉を抜けて『ここ』にいるのだとしたら、何か意味があるのかもしれない。例えば……、もっと中立的な意味のようなものがあって、それは私達にも有利に働いたりするものだったり……?)
少し、自分に都合の良すぎる考えかもしれないと思い、自重する。
ニキータ:
(女の子達には睨まれるかもしれないわね)
見れば、やはりシュウトは整った顔立ちをしていた。女の子達に人気があるのも頷ける。自分より二つ、三つ年下だろうか。女子にそっけない態度がクールだなんて言われてたりもするが、単に興味がないのだろう。
しかも私達のような人付き合いの良いタイプは苦手なはずだ。入って来たとき「面倒は嫌だ」と顔に書いてあったのもチェックしている。
ニキータ:
(だけど、……ユフィを好きになるのかな?)
ジン:
「だけど、男所帯に女の子2人で大丈夫なのか?」
考えにふけっていた心が会話に引き戻される。
ジンという人はストレートな物言いをする戦士のようだ。そんなに口が立つわけでも無さそうだが、それはこの場合、信頼しやすいというプラスの要素とも言える。
ニキータ:
「大丈夫ですよ、慣れてますから」
ユフィリア:
「ニナ、いいの?」
その言葉に頷く。ユフィリアが意外そうにしていたのは〈大災害〉があってから、女子のいないパーティに参加したことがない事を言っていた。言葉にしたことは無かったが、彼女もやはり気付いていた。OKの意味でうなずくと、嬉しそうな顔をしていた。ユフィリアはノリ気の様子だ。
一方でシュウトの表情は曇り度合いを増していて、少しイジワルしたくなった。
ジン:
「それじゃあ、一度どこかに出かけてみて……」
ジンが瞳を覗き込んでくる。
ニキータ:
「様子をみて、で、いいですか?」
その言葉を引き取って、紡いだ。表面的な『同意』が重なる心地よさがあった。ジンの瞳には、森林を思わせる深さがあった。想像よりずっと大人かもしれない。想像していた年齢に10年プラスしておく。
ジン:
「それで、……いいよな?」
レイシン:
「いいんじゃない」
大体の方向性が定まる。次は行き先を決める番だった。目的地が無いのはマイナスな気もするが、仲間集めが彼らの目的だと言っていた。希望する行き先がないかと問われたところで、ジンが呟いていた。
ジン:
「……お、来たな」
ニキータ:
(え?)
数秒してドアが開き、最後の一人が現れた。
◆
軽装のドワーフ:
「遅くなったみたいっスね」
ユフィリア:
「あー、いしくんだ!」
軽装のドワーフ:
「どうもっス」ぺこり
遅れて現れたのは微妙に有名な〈冒険者〉で、僕も知っていた。
石丸というドワーフの〈妖術師〉(ソーサラー)で、古参のヘビープレイヤーだ。イジられキャラ扱いされている印象。小馬鹿にされているのに、本人はまったくそう思っていないようで、会話が中途半端に通じないタイプだ。
ジン:
「珍しいな、何でドワーフで〈妖術師〉を?」
本人によれば、ドワーフが一番かっこいいそうで、ドワーフと〈妖術師〉の組合せがベストなのだとか。なかなか珍しい意見の気がする。
〈大災害〉で本人の顔付きが反映されるようになったためだろう、つぶらな瞳におちょぼ口となってしまい、豪快な作りのドワーフ族男子の顔立ちと少しばかり矛盾していた。流石にブサイクというわけではなく、可愛らしさが増した印象だった。
以前から女の子達に構われる所があったが、この件で更に可愛いと言われるようになり、「可愛いなんて心外っス」とムキになったりしていた。ドワーフをカッコイイと思っていたのなら、確かに『可愛い』は心外かもしれない。
石丸:
「どうもご無沙汰してるっス」
これはジンやレイシンに向かって言っているような感じだった。
傭兵をやっている女性陣とは当然、面識があったのだろう。レイシンも中小ギルドを相手に傭兵をやっているらしく顔見知りでもおかしくない。ジンは曖昧な笑顔を浮かべていた。記憶になさそうな態度だった。
ユフィリア:
「いしくん、なに飲む?」
ユフィリアがさっそく声をかけている。女性陣が奥につめ、石丸が座るスペースを作っていた。
石丸:
「いえ、持ってるのを飲むのでいいっス。それより今は何の話っスか?」
さっそくマジックバッグをごそごそしていた。最初の一杯ぐらい注文した方がお店のマナー的に正しい気もしたのだが、こういう場所の個室スペースはそこまで気を遣っても仕方ないものかもしれない。
ニキータ:
「クエスト、どこに出掛けようかって話」
ニキータが答える。そっけない感じだが冷たさは感じさせない。
ジン:
「何か希望とかないか?」
なんとなく分かってきたのだが、ジンという人は適当に投げっぱなしにする所があるらしい。心のツッコミが90レベルのゾーンとか無理でしょ!と思ったが、そうして考えてみると80レベルのジンより、78レベルのユフィリアに合わせなければならない。80レベル以上のゾーンも無理だった。
ユフィリア:
「魔法のアイテムが手に入るほうが嬉しい、です」
ユフィリアがジンにタメ口を使おうとして、止めた。
それを見てジンがニヤニヤし、ユフィリアがむくれた。
レイシン:
「じゃあ〈ゴブリン王〉とか、〈スザクモン〉みたいなやつ?」
レイシンが言っているのは定期イベントとして有名なクエストだった。
シュウト:
「流石に遠すぎる気がしますね。人数的にも不安がありますし。それにあれ、2ヶ月に一度だったから、えっと、今年?は無いかもしれませんよ」
自分からは、挨拶以外ではこれがはじめての発言だった。
〈ゴブリン王の帰還〉はオウウ地方のクエストだし、〈スザクモンの鬼祭り〉は西日本のクエストなので、どちらもお試しクエストには向かない。まず、その場所に辿りつくだけで2週間以上の旅になってしまう。
次に、問題なのは現実で2~3ヶ月に一度のクエストだった点だ。〈大災害〉以後、時間の流れ方が違っている。もともと現実での1ヶ月は、ゲーム内時間で1年に相当していた。いわゆる『時間12倍』現象である。
〈ゴブリン王の帰還〉でいうと、今の僕達にとっては2ヶ月ではなく、2年に1度だけ発生するクエストということになる。……この場合、現地まで行ってみても今年はイベントがないかもしれない。
今回の〈拡張パック〉でクエスト発生条件がリセットされている可能性もあった。しかし、そこまで言い始めたらキリがなくなってしまうかもしれない。なにしろ今回に限っては、どんな例外だってありえるのだから。
石丸:
「それなら、〈豪族サファギン〉はどうっスか?」
石丸の言っているクエストについては僕も聞いたことがない。
ジン:
「それ、どんなヤツ?」
ジンが頬杖をつきながら質問する。もう面倒臭そうだった。内心で早く終われとか思っているのが分かった。
石丸:
「〈ゴブリン王〉や〈スザクモン〉と同系っスが、〈豪族サファギンを退治せよ〉は毎月あったクエストっス。今では毎年っスね。難易度が低いので高度な魔法のアイテムは期待できないっスが、三浦半島で場所は遠くないっス。
どれも一週間、つまり今だと3ヶ月の間に発生するイベントっス。たぶん第二週、つまり6月末までなので、今からでも〈豪族サファギン〉には間に合うっス」
分かりにくかったが、意味はつかめる。
〈ゴブリン王の帰還〉は現実時間で1週間だけ解放される〈七つ滝城塞〉(セブンスフォール)に侵入し、ゴブリン王を倒すクエストだった。この1週間はゲーム内時間に換算すれば約3ヶ月に相当する。〈大災害〉が5月初旬で、今は6月下旬だ。もし、4~6月の間にゴブリン王を倒すクエストを成功させなければならないのだとしたら、今からオウウまで行くのでは到底間に合わない。だから三浦半島のクエストにしよう、ということらしい。
ユフィリア:
「ごめんね。三浦半島って、ドコ?」
ユフィリアが小さめの声で石丸に尋ねていた。地理に関しては現実でどこに住んでたかにも拠るので、分からなくても仕方がないものだろう。
石丸:
「神奈川の南端っス。東京湾の入り口になっている千葉と神奈川の、神奈川側っスね」
石丸が指先で机に地図っぽく形をなぞって示している。
石丸:
「毘沙門洞窟というのがモチーフになっているんスが、最初に近くの砂浜でサファギンと5~6回戦闘をして、その後、洞窟の豪族サファギンを倒すシナリオっス。設定ではサファギンは海の部族なので、陸のゴブリン族とは数が段違いっス。それで毎年ってことらしいっス」
ジン:
「無理すれば日帰りでも行けるか? まぁ、途中で一泊することになるか」
ジンはこの話で進めるつもりのようだ。単に面倒なので何だっていいのだろう(苦笑)
ニキータ:
「そうね。タイムリーな話だし、ちょうど良いかもしれない」
ニキータが頷いた。これで決まりだ。ジンが少し嬉しそうだった。
ジン:
「あー、今から出発しても、すぐ夜営になっちまうな。準備して明日の朝からにしようか?」
ニキータ:
「わかりました」
石丸:
「了解っス」
細かい点を詰め、フレンドリストにお互いを登録する。この場はこれで解散の流れだった。この後は各自で銀行や貸金庫に行ったり、商店で装備品の補充をしたりすることになる。自分達は宿も探さないといけない。シブヤに帰る場合、集合でアキバに再びやってくるのでは朝が早く成り過ぎてしまう。
ジン:
「なぁ。朝、起きられんの?」
ジンが楽しそうな笑顔でユフィリアをからかっていた。
ユフィリア:
「大丈夫だよ。こんなの慣れっ子だし」
ユフィリアの方はふくれっ面でちょっと怒ってみせている。からかわれるような会話に慣れているのだろう。傷付いた様子はなく、次の瞬間にも笑い出しそうな顔をしている。それを僕はどこか遠くの出来事のように見ていた。
ジン:
「来なかったら、念話で叩き起こすゾ……っとそうだ」
そうしてジンは僕の肩に触れながら、
ジン:
「今回はコイツがコーラーだから。なんかあったらコイツにいってくれ」
……と言った。
コーラーとは、TRPG用語で『意思決定を宣言する役割』のことだ。リーダーとコーラーを別にする場合もあるとされる。〈エルダー・テイル〉ではほぼ使われていない用語かもしれない。僕はたまたま知っていたが、本当にささやかな偶然の産物でしかない。実質的に『リーダー役をやれ』ということだと理解した。
シュウト:
「……なんでです?」
いきなり矢面に立たされたことに戸惑いつつ、ジト目で問いかける。
ジン:
「もちろん、やる気のある若者に仕事を任せるのが、大人の務めってものだからさ。若い者同士でよーく話し合って、連携を深めないと、な?」
ぽんぽんと肩を叩かれる。
昨日の会話でやる気のあるところを見せすぎたのだろうか。いや、女の子と話しにくそうにしているのにも気がついているだろう。確かに組むのであれば、短期間であれ、無口ではいられない。
ニキータ:
「それじゃあ、よろしくねシュウト。私はニナでいいから」
さっそく赤毛のニキータが話しかけてきた。どこか可笑しそうな微笑みを湛えている。
シュウト:
「そのニナってのより『王子』って呼ぼうか?」
笑われたと思い、知っている限りの情報を駆使して反撃を試みる。いわゆる虚しい努力というヤツだ。
ニキータ:
「ン、どちらでも?」
茶色の瞳に銀色の輝きを帯びた気がした。口元ではなく、瞳で笑っているように見える。
シュウト:
「……じゃあ、普通に」
どうも押されっぱなしになりそうだ。
ユフィリア:
「私はユフィだから。よろしくね!」
長髪をかき上げて背中に流しながら、さり気ないくらいにあっさりと挨拶してくる。本人にその意思はなくても、私のことも当然知っているよね? といった態度に見えた。僕の思いこみかもしれない。
確かに何度か話もしているし、知人というのには抵抗はあるが、知らないという程でもない。
石丸:
「ユフィさんは『半妖精』って呼ばれてるっス」
それを聞いていた石丸が真面目そうな顔で付け加えている。
ユフィリア:
「やめて、いしくん! それはちょっと恥ずかしいから……」
失敗した、という表情。慌てた様子ですこし赤くなっている。そしてチラリと様子を伺っていた。その視線の先ではジンが意地悪そうな顔で思い切りニコニコしていたりする。このネタを使って全力でからかうのに違いない。
……ふと、思い付いた。
シュウト:
「分かった。よろしく『半妖精』」
ユフィリア:
「ムカつく!」
ばしっと肩をひっぱたかれ、どっと笑いが起こった。狙い通りに巧くやれたようだ。
シュウト:
(しかし、衛兵でも来たらどうする気だってんだろ)
まったく、どうしようもない話だった。