38 駆け抜けて
ユフィリア:
「しもぴー、助けて」
ふらついているユフィリアが現れ、霜村に救いを求める。真剣な表情も相まって頬がコケて見える。しかしその瞳は逆に精気に溢れ、力強く輝いていた。
霜村:
「起きたか……」
睦実:
「わっ、わっ、大丈夫だった?」
ゆっくりと頷く霜村。対照的に睦実はわたわたと慌てた調子で心配を重ねた。ユフィリアは無事を喜んでいる彼らの反応が収まるのを根気強く待っていた。
弥生:
「ちょっとゴメンね。今の助けて欲しいってどういうこと?」
霜村の秘書役をやっている〈神祇官〉の弥生だ。頭が良く反応も早いのだが、その分だけ気は短いのだろう。話題が戻るのを待っているユフィリアの態度を察して、すばやく助け舟を出していた。
霜村:
「うむ、何かあったか?」
ユフィリア:
「えっとね、ここから少し離れた場所に〈大地人〉の村があるでしょう?」
弥生:
「そうだった?」
さつき:
「ええ、確かに。この付近の〈大地人〉の村はそこだけでしょう」
ユフィリア:
「助けてあげないと、みんな死んじゃうでしょう?」
その場にいた者達は考慮していなかった話題を持ち出されて、少し驚いた顔になっていた。この時、ユフィリアは『現実の論理』で話をしていた。これがゲームであれば、魔物が大規模な移動を始めていても、村が壊滅するというイベントが絡んでこない限り、放っておいても村は無事なのだ。プログラムされたゲームはプログラム外のことは起こりえない。魔物が大規模に移動を始めていても、そのルートから外れている場所にある村には、本来は何も影響はないはずなのだ。
さつき:
「さっきからこの集落にもレベルの高いモンスターが現れている。魔物が大規模に進軍している影響で、各地のゾーンに巣食っていた動物やモンスターが逃げたり、興奮して暴れたりしているのだと思う」
さつき嬢はユフィリアに答えるというよりも〈ハーティ・ロード〉の仲間達に聞かせるように状況を説明していた。
霜村:
「助けてやるとなると、騒ぎが収まるまでのあいだ城壁のある都市まで連れて行ってやる必要がありそうだが…………弥生、撤収の準備はどうなっている?」
弥生:
「まだしばらく掛かると思う」
霜村:
「ここで部隊を割るのは面白くないな……」
表情の読めない霜村に対して、ユフィリアはまっすぐに見ていた。睨むでもなく、ただ焦点を動かさないで見ていた。もしかすると美人はその視線に電磁波か何かを込める能力を有していないとも限らない。そんな、見られているということを意識してしまう目力があった。
仮に村人を助けるとする場合、撤収するための準備に人を残して部隊を分割し、少人数で村へ急行することになる。その後でどこか城壁のある都市まで村人たちを護衛していかなければならないのだ。「助けましたのであとはご自由に」と放り捨てようものならば、結局はモンスターに殺されてしまうのがオチだ。助けるのならばキチンと安全が確保されるまで面倒をみなければならない。部隊を指揮する霜村はその責任において、無駄な行動を選択する『ロス』を避けることも十分にありえる話だった。〈大地人〉が死ぬのは可哀想かもしれないが、そこまでしてやる義理もまた、ない。この世界においては、自衛できなければ大半の人間が死ぬのは当然の成り行きなのだ。
軽く鼻で笑うと、霜村はユフィリアに問う。
霜村:
「ところで、お前の所の事務所の社長だと、こういう時にはどうするんだ?」
ユフィリア:
「えっ、ジンさん? ……うーんっとね、『チューするんだったら、オレがなんとかしてやる』とか言うかも?」
嬉しそうにジンの話をしているユフィリアだったが、それを後ろで聞いていたニキータは「バカ……」と思わず呟いていた。頭が痛くなってくる。
霜村:
「ほう、そうか。なるほどな」
ユフィリア:
「……………………あっ」
霜村からは何も言わなかった。
雰囲気を察したユフィリアが遅まきながら自分の失態に気付き、みるみる顔色が変わっていく。落着した場所はあろうことか笑顔であった。それも有無を言わせぬ『かなり強い笑顔』だ。女子が本気で笑う時、それは全てを弾き返すバリアとなる。侮れないもので、一流の使い手が駆使すると某ATフィールドを遥かに上回る強度を有するとさえ言われている。
霜村は、ユフィリアが助けを求めてくるのであれば、キスを要求できる立場にいる。だが、自分からは何も要求しない。ユフィリアは村人の命とキスとを天秤にかけることになってしまっていた。普通に考えて顔も見たことがない他人の命のために自分がキスしなければならないのでは、さすがに割りにあわない。一方でたかがキスでしかなく、命とでは比較にもならないだろう。しかし、女性としての視点ではやっていいことと悪いことがある…………。
ユフィリアが笑顔のまま硬直しているのをしばらく楽しんだところで霜村が仲間たちに向かって宣言していた。
霜村:
「よし、これから村の救出に向かう!」
ユフィリア:
「……しもぴー、いいの?」
霜村:
「フン、人助けをするのに女にキスを要求するなんて、ケチ臭い野郎の真似なんぞできるか」
そういい捨てると霜村は不敵に笑った。弥生に撤収の準備を終わらせておくように言いつけ、救出に出るメンバーを選び始める。するべき事を得て〈ハーティ・ロード〉の仲間達は活気付いていた。
霜村は今回、男っぷりを上げる選択をしたに過ぎない。自分だけがキスされるのでは、男性メンバーに優越できても、士気を引き上げることは出来ない。ユフィリアが男性メンバー全員にキスするように要求する場合は女性メンバーに対して示しがつかなくなる。このためジンを引き合いに出すことで自分達の『感覚的な正しさ』を訴えて見せている。それは〈ハーティ・ロード〉のメンバーにとっては腑に落ちる落とし処になっているのだろう。
〈ハーティ・ロード〉のメンバーは給与などを目的にレジスタンス活動をしているわけではない。いわゆるタダ働きであって、その意味ではシュウト達と立場は異なっている。金などなくても戦うのは、自分達のためだからであり、仲間同士の絆によるものだ。その一方で、シュウト達のような他の〈冒険者〉を雇って、扱き使おうと思っていたのである。安く雇って、奴隷のように便利に使おうと思っていたのだから世話が無い。もう少しまけろと交渉するのが常識の世界でもあるので、値引き交渉は意地汚さではなく可愛げなのだが、「嫌なら契約しなければよかった」と言い捨てて平気なフリをしようとしてもいたのである。
議論の場合、反証は自分達でおこなう必要はない。それは相手が自分達で責任をもって行うべきものだろう。これと同様に、個人間で雇用契約という名の奴隷契約を相手に押し付けてしまっても別に構わないものなのだ。反証に相当する行為は、相手が自己責任で行えばいい。嫌なら約束などしなければいいだけなのだ。…………そうしてみるとジンはかなり巧く立ち回ってみせたことになる。要求を吊り上げることで決して契約はしなかった。このため、思い通りにいかなかったという意味で〈ハーティ・ロード〉側を苛立たせていたのだが、どこかしら恥知らずな行為をせずに済んだとしてホッとしている気分もある。ホッとしながら、しかし「生意気なヤツだ」と安心して敵扱いをしていたわけで、その気分を巧く汲みとって霜村は利用していた。
ユフィリアは、普段から誰かに何かをお願いすることが極端に少ない。親に対しても交渉して渡り合って『自分の要求を通す』ということをあまりしてこなかったためだ。彼女の周りでは彼女が望んでいると知ればそれをしようとする人物が少なからず現れるため、自分の望みを周囲に知られないように注意深くなっていったし、自分で出来ることは自分でやるようになっていった。ウィンドウショッピングで「可愛い、欲しい!」などと言おうものなら、それをもって男子が(時たま女子も)現れるのだ。それも小さい頃は嬉しかったものだが、しばらくすると彼女の部屋はプレゼントでいっぱいになってしまったのだ。人前で下手に欲しそうな素振りをみせたら大変なことになるのだ。同じアイテムの重複だけではなく、バージョン違いも選り取り見取りだった。
実際には今も〈ハーティ・ロード〉のメンバーらは彼女の望みを少なからず叶えてやりたいと望んでいた。イイカッコをしたかった。それで霜村の決断に安堵していたりする。男女を問わず、『彼女に認められること』は自尊心を満たすことにかなり貢献することになる。
ジンをケチ臭いと言われて少しムッとしていたユフィリアだったが、気持ちを切り替えて救出に向かう準備を始めた。何はともあれキスせずに済んだのだから、蒸し返さずにそれで済ませたのかもしれない。もしもキスを要求されていたらどうするつもりなのかは、その態度からは伺い知ることは出来なかった。
――尚、この話を後で聞かされたジンは「村人の命で脅してキスなんかさせねーよ!」と憤慨することになる。ユフィリアにしても、分かっているようで、まだよく分かっていないのであった。
◆
ジン:
「あーあ、やっちまったよ」(ぼそっ)
その時、ケチ臭いといわれた男はなぜかタダ働きをしている自分を呪っていた。水梨たちを先に逃がしてやる。制止する衛兵たちから自分がターゲットになるように仕向ける。
がいん。
剣の腹で衛兵のひとりの胸元を軽く叩いてやると、途端に彼らの〈ムーバル・アーマー〉が反応を現していた。水梨たちの違反は、〈Plant hwyaden〉に入っていないものを罰するといった後から付け加えられた、いわば文化的な違反である。これに対してジンが行ったことは、衛兵を攻撃したというシステムに裏打ちされた根本的な違反である。予想の通りに、水梨たちへのロックオンは外れ、自分がターゲットになった。
ミナミの都市魔法陣から膨大なエネルギーが送り込まれる微かな気配を感じる。〈ムーバル・アーマー〉の戦闘起動は速やかに済んでしまった。異物を排除しようと街そのものが軋んでいるのがジンには感じられる。自己免疫系の白血球に攻撃されるウィルスにでもなったかという風情であろう。
中年衛兵:
「一緒に来てもらおうか」
ジン:
「ヤなこった」
青年衛兵:
「抵抗するなら、それなりに対応する」
得物をチラつかせて安っぽい脅しをかける若い衛兵を無視した。水梨たちが街の外に出て行くのを見守りながら、足元に出現した強制転移の魔法陣をひょいと避ける。これは元々、移動すれば簡単に無効化できる代物だ。
中年衛兵:
「貴様!」
ジン:
「悪いが、捕まる気はないんでね。このまま帰らせてもらうわ」
ダンディ衛兵:
「ならば、覚悟したまえ!」
洗練された、しかし野太くゴツい両手持ち大剣を構える3人組み衛兵に微笑みかけると、ジンはフェイスガードを引き下ろした。全力である。背後からの突きを見もせずに躱しながら、水梨たちの出て行ったゲートに向かって移動を開始する。残りは50m程度だが、1キロにも匹敵する濃密な時間の始まりだった。
ジンの目的は1人も殺さずに突破することだ。すると、衛兵の処理限界数は20人程度になる。足を止められ、四方から攻撃を受ければほどなく死亡することになるからだ。衛兵は次々と人数が増えていくため、20人が集まってくるまでの時間を考えれば、かけられる時間は30秒がいいところだろう。これはあくまでも衛兵を殺さない場合の限界を考えた場合の数値である。
現在のジンの実力は通常レベルで81。擬似特技〈極意〉を駆使したレベルブーストで130~140レベルといった具合である。レベル換算で1.6倍強。レベルだけでは測れないものを含めて別の表記法を使えば、90レベルのレイドランク×2.5付近ということになる。レイド×1が24人組み相当なので、90レベルの〈冒険者〉で60人と同規模の戦力を有していることになる。厳密には60人の冒険者で倒せる敵を、ジンは1人で倒せるということだ。実はこの2つの意味は大きく異なっている。
衛兵を相手にした場合、ジンは70体までなら確実に倒すことができる。巧くやれば200体ぐらいまでなら可能だろうとも考えていた。エルダー・テイルのようなMMORPGは、よくある日本製のRPGとは違い、50~60レベルでストーリー上のラスボスを倒せてしまい、99レベルでカンストさせるのはただのオマケ、といった仕様にはなっていない。この世界のハイレベルモンスターは恐竜的な進化を遂げており、レベル差は戦力を決定付けてしまっている。このためジンと衛兵とのレベル差は30以上あるのだが、90レベルの〈冒険者〉にとっての60レベルとは違い、感覚的には50レベル以上の実力差を感じさせるものになっていた。
それから街中で出現する衛兵たちの特徴は、戦力の逐次投入にある。本来、それは愚策なのだ。100人対1人では勝てなくても、1人対1人を100回繰り返すのならば勝てる目も出てくる。しかも後者はジンにとって確実に勝てることを意味しているのだ。特に衛兵は敵として見たとき、かなり戦いやすい部類に属している。力押ししてくる敵はあまり怖くなかった。
仮に〈冒険者〉のレギオンレイド(96人組)と戦うことになったとしても、単なる力押しの集団だったとしたら、現状でも十分にねじ伏せてしまえるのだ。人間の怖さはそんなところにはない。多様性と考える力、連携、粘り強さ、隙を見つける観察力、目標を達成しようとするときの集中力……。数値に表れることのないそれらの特徴を無視するわけにはいかなかった。なぜならば、自分もまた人間のプレイヤーに過ぎないのだから。
ジンは考える。
もしも、衛兵100人と〈冒険者〉のレギオンレイドが正面から激突したらどうなるのだろう。もしかしたら〈冒険者〉は勝ってしまうのではないか。いや、普通に戦えばメインタンクは瞬殺されることになるので壁を構築する手段が足りないのだ。それでもどうにかなりはしないのだろうか?と考えてしまうのだ。そしてその方法はあるいは自分相手にも通用するのではないか、と。
〈フローティング・スタンス〉を使う間もなく、次々と現れる衛兵をかわし続ける。特技を使う場合、技後硬直に当てられると防ぎようがないため、少しばかりコツが必要になるからだ。同時に3人から突き出された大剣の一つを弾いて作った隙間に体を捻じり込む。目まぐるしく連続する展開に、もはや目はさほど役には立っていない。見てからではまるで間に合わないため、距離感の補正に使うだけだ。そうしてミニマップから得られる情報に連動させた聴勁にも似た自動計算の感覚に身を任せる。ひたすらに柔らかく、深く身をゆだね、ひたり切り、さらに柔らかく……。
次々に追加されてくる衛兵は13人を数えていた。彼らはジンの予想よりも少しばかり連携がうまくいっていた。
正面に立ち塞がる衛兵に身をすり寄せ、そのまま寄りかかりながらターン。一気に全員を置き去りにしながら、最後の距離を駆ける。タッチダウンまで残り10m。衛兵はさらに3体が2秒前に出現したばかり。追加はまだ先だ。〈冒険者〉の移動距離は鎧を着た〈守護戦士〉といえども、秒間10m近くある。もはやジンを止められるものはいない。――が、
目の前に衛兵がテレポートで出現し、間をおかず滑らかな突きが放たれる。ジンは体を貫かれてしまう。逃れようのないタイミングだった。
ルール違反者にペナルティを与えるというゲーム上の要請によって衛兵たちの能力は決定されている。今回の場合は『街の外に出ようとするものを阻止する』という目的に拠っている。〈冒険者〉が街の出口付近で違反行為をして、そのまま直ぐに外に逃げるのを許す訳にはいかないからだ。それでは出口付近ではルール違反の行為がやりたい放題ということにもなりかねない。
しかし、いちいち街の出入り口を閉めるのは不便だ。システム上、衛兵が起動するたびに門が閉まるのだとすると、たとえ街中での犯罪だとしても、門が自動で開け閉めされることになってしまう。それは門としての機能を大きく損なうことになってしまう。
結果、犯罪者としてターゲットされた人物が一定以上門に近付いた場合、衛兵が強制的にテレポートの後に攻撃し、これを殲滅するということになっていた。この手の情報はよほど犯罪に詳しい〈冒険者〉でもなければ、知ることの無い部分に類するのだろう。
衛兵中隊長:
「バカな!?」
感じるはずの手応えがない。ジンを貫いたはずの衛兵中隊長がとっさに振り返る。すると、突き殺したハズの相手が転びそうになりながら外に飛び出て行くところだった。
『カウンターの斬り抜け』である。名も無きその技で、突如として現れた衛兵中隊長を突破し、ジンは脱出を成功させていた。強烈な前方推進力を引き出し、斬り殺す訳にはいかなかったため、剣は触れる程度の威力しか出せなかった。結果、反動が足りなくて転びそうになっていた。
こうしてジンは脱出に成功した。
衛兵中隊長は胸元に残る微かな鎧傷を舐めるような手つきで触った。いまの自分の攻撃を回避することもそうだが、街から出て行くこともありえないことなのだ。触っていた微かな傷痕が時間経過によって自然に消える。30秒程度という時間の間に出現した衛兵20人はそろって呆然と佇んでいた。そこではなんの痕跡も残らなかった。
街の出口付近にいた〈冒険者〉数人は、何かのもめ事なのは分かっていたが、その早業に、始まったと思ったら終わっていたと思うだけだった。衛兵が犯罪者を懲らしめるのはそう珍しいことでもない。
ミナミの街の外では、水梨たちがなんとなく立ち去り難く、その場にまだ突っ立っていた。
ふーみん:
「ううう、あのジンって人、やっぱり死んじゃったよね?」
キサラギ:
「そう、なるだろうな」
水梨:
「…………」
ふーみん:
「どうしよう? どうしたらいいかな?」
キサラギ:
「それは流石に、どうにもならな……」
ジン:
「たったった…………っと、10点満点っ!」
その時、転びそうになって手を振り回したジンが街から飛び出してくる。実際に時間差で言えば30秒程度しかかかってはいない。他人を見捨てて来たことで沈んでいた気持ちが立ち直るよりも速く出てくるのに決まっていた。
ふーみん:
「え゛っ?」
水梨:
「な、に……?」
ジン:
「ありゃ、おまえらまだそんな所にいたのかよ。ほれ、追っ手が掛かる前に逃げんぞ?」
キサラギ:
「あ、ああ」
ジンは恥ずかしい独り言を聞かれた照れ隠しに、マトモそうなことを言って誤魔化していた。
衛兵は都市魔法陣の機能している部分までしか出てくることは出来ない。出てきたとしても、ムーバル・アーマーが機能していないため、脅威ではなくなっているだろう。しかしミナミは今や〈Plant hwyaden〉としてひとつに纏まっており、街の外へは〈冒険者〉が代わりに追撃してくる可能性があった。
水梨:
「いや、だからちょっと待て、……どうやって逃げて来たんだ?」
ジン:
「ん? がんばって、必死になって逃げて来たに決まってんだろ」
ふーみん:
「それはそうかもだけど、 いや、でも、だって……ええぇ?」
キサラギ:
「後にしよう。とりあえず今は戻らんとな」
なんだかいろいろと納得のいかなかったふーみんは、「あたしの心配を返して」と意味のわからないことを言ったりした。ジンにアホの子扱いされ、ちょっとヘコんだりしていた。
一方でジンは「金回りだのプライドだので面倒だろうから、俺のことは報告しなくていい」と口止めするのに留めておいた。だれも本当のことは見ていなかったし、推測でいろいろと言われることにはなったが、さつき嬢以外で正しく理解できた人間はいなかった。
そのまま一行は仲間の元に戻って報告をしていた。葉月は無事を喜び、シュウトとの約束どおりに〈ハーティ・ロード〉の元メンバーである〈Plant hwyaden〉の参加者数人に分かっている外部状況を伝えた。元の仲間を優遇したのは『種まき』のようなものらしい。
撤収の準備はほぼ終了していたため、この念話が終われば出発できるはずだった。
本拠地の集落でまっている仲間たちとの合流は、念のために迂回して行う予定でいたのだが、霜村たちが作戦行動で外出中だと連絡を受けたため、大体の待ち合わせ場所を決めるべく葉月はあちこちに確認をとっていた。
迂回するにしても、北に淀川が流れていることが問題だった。この川を渡ることのできるポイントは限られてくる。もっと言えば、実際の地理の他にゾーン間の繋がりを理解していなければならず、地図をみて思うように移動するのは難しいことだった。現実世界で都市部にあたる地域は、大阪にせよ東京にせよ、かなりの広範囲に渡っているのだが、ゲーム世界での〈大地人〉人口の少なさから、大半が廃墟、もしくは完全に自然にかえってしまっている。これらの部分、特にミナミやアキバといったプレイヤータウンに隣接する地域では、初心者向けゾーンの設定などの関係で割合こまかいゾーン設定がされてしまっているため、距離は短くても移動には時間が掛かってしまう。
一方で霜村たちの作戦は救出した村人の安全を図るという部分まで含まれるため、ミナミ以外でモンスターの脅威から身を守ることの可能などこかの都市を目指す必要があった。簡単な打ち合せの結果、港町コウベに向かうことに決まる。これまで拠点としていた〈ハーティ・ロード〉の集落のあるポイントは比較的フィールドゾーンが大きく、そのつながりも緩いため、直線的な移動を行うには効率が良い。村人の救出を行う時間を考えても、迂回する葉月たちよりも速く移動できるかもしれなかった。
こうした事情を勘案して〈ハーティ・ロード〉の面子は港町コウベへの移動途中のどこかでの合流を目指すことになる。これは野外で行うのは想定よりも難しいため、本来はやってはいけないアクロバティックな選択だった。現実世界であれば、車を利用することで国道や高速道路を目印にしてそのどこか、と決めることができるのだが、その手のインフラは崩壊して痕跡がない場所も多い。逆にいえば、それだけ自分達の能力に自信があるということでもあるのだろう。
〈スザクモンの鬼祭り〉によるモンスター群の脅威に加え、ミナミの〈冒険者〉たちの迎撃がいつ始まるのかという二重の恐ろしさもある。首の後ろにちりちりとした焦りに似た感覚を覚えながら、葉月は移動を開始した。ゾーンを移動すれば途中で〈Plant hwyaden〉の〈冒険者〉と行き会うかもしれない。最悪、戦って突破することも必要かもしれない。
葉月:
(だが、それでもやらなければ)
その先にするべきことがあった。遥か遠くの景色を見て、彼はいま、突き動かされている自分を感じていた。




