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37  流転

 

 睦実は見ていた。なぜだろう、いつもとは何かが違っていた。


 〈ハーティ・ロード〉の集落は低レベルモンスターが出現するゾーンを選んで設営してあった。そのため、放っておいても基本的に全員が90レベルの彼らが襲われることは少ない。実際のところ、人が襲われるよりも設営してある天幕や物資への被害があったら「こまるなぁ」と思う程度のことだ。


 今朝からこっち、状況が変化していた。珍しくグレイウルフが数体で集落を襲いに現れたのだ。いち早く状況を察したさつき嬢が迎撃に向かっていった。気楽な調子で「1人で構わない」と言う。それでも睦実だけは後を追った。しかし邪魔になりかねないので、陰からの観戦だ。


 〈灰色狼〉グレイウルフ。

 いわゆるオオカミと言えばタイリクオオカミ(=ハイイロオオカミ)のことだとされる。エルダー・テイルにおいては、架空の怪物というよりも野性動物と考えてよいだろう。狼は通常、2~15頭ほどの社会的な群れ(パック)を形成して狩りを行う。

 日本ヤマトに生息している以上、こちらではニホンオオカミなのかもしれないが、特に絶滅したニホンオオカミの特徴を継承しているとは思われなかった。


 現実の話としては、ニホンオオカミをDNA調査した結果、タイリクオオカミとも犬とも違うと系統である確認されている。日本が大陸から離れて列島となったのが17万年前と言われているため、そこから大きく進化したのかもしれないが、むしろ大陸側でのオオカミの分布に大きな変化があったと考える方が現実的だろう。

 ちなみにニホンオオカミの絶滅理由は狂犬病やジステンパーといった伝染病、人間による駆除、開発による生息区域の分断などの複合要因と言われている。



 10体近いグレイウルフを誘き寄せ、さつき嬢は自分のところに襲うように仕向ける。いわゆるボディ・プルと呼ばれる接近行為だ。戦闘開始してからはタウンティング特技を使い、逃げ出さないように戦ってゆく。睦実の主観ではゆっくりと戦っているように感じられるのだが、テンポ良く次々と倒していた。無駄な動きが減り、そのバタバタ感の少なさがのんびりした動きに感じさせている。


 残り半数となったところで、突然に乱入してくる大きな影があった。〈鬼熊〉デーモン・ベアーというパーティランクのモンスターである。これには驚き、援軍を呼ばねばと睦実が腰を浮かせてしまった。鬼熊はグレイウルフを追い散らしてしまう。


 〈鬼熊〉デーモン・ベアー。

 怪力を誇る巨大熊の一種であり、日本では木曾(長野)の妖怪を意味する。老いた熊が妖怪に変化したものといわれ、「手のひらで軽く押しただけで猿がつぶれた」「10人掛かりでも動かせない巨石を谷底に落とした」などの逸話が残されている。

 ゲームでは60レベルのパーティランクモンスターである。その怪力からダメージ量が大きく回復に気を配る必要はあるが、特殊能力を持たない力押しのモンスターゆえ、パーティで戦えば問題とはなりにくい。


 現れた瞬間はちょっと驚いた様子のさつき嬢だったが、気を取り直すと仲間に助けを呼ばずにソロで戦い始めてしまう。その姿には気負うところなどはなかった。

 圧し掛かろうとする鬼熊を躱して回り込み、素早く打撃を浴びせてゆく。比較的小柄なさつき嬢だが、90レベルの〈冒険者〉ならばこのレベルの敵に一方的に押し倒されてしまうことはありえない。鬼熊が相手であれば、踏みとどまって押し返すことすら可能だろう。パーティ戦闘でメインタンクの役ならばそういう戦い方をしても良いが、ソロ戦闘では一度捕まると、爪や牙による攻撃を連続して受けてダメージが蓄積してしまう。周囲を動きまわり、直線的なダッシュを封じて勝機を見出すのが正しい戦い方になる。これは後衛が居ないからこそ選べる戦術であった。


 睦実のイメージでは、さつき嬢というのはもう少し尖っていた。今の彼女は円熟した安定感や『まろみ』のようなものを感じさせる。剣気を発して勝ち気に逸るギラギラしたイメージが薄まり、流れを掴み、まるであらかじめ分かっていたかのように躱し、受け、斬り付けていった。ソロ戦闘での動き方などはジンに似ている部分もあったのだが、睦実にはその違いまでは分からない。…………やがて、難なく倒し切ってしまっていた。


睦実:

「さっちん、凄かったよ!」

さつき:

「いや、このくらい大したことないから」

睦実:

「そんなことないよっ!本当に凄かったのに」


 謙虚な台詞だったが、あっさりとし過ぎていて反応が薄い。物足りなくて言葉を重ねるのだが変化は現れない。


睦実

「じゃあ回復するね」

さつき:

「ああ、頼む」


 回復ようとする睦実はなぜかさつき嬢にじっと見られていた。いつもそっけないのに、なんだかいつもより余計に見られている気がしてしまう。2人きりだからだろうか?へんに意識してしまい、どきまぎする。


さつき:

「ありがとう、睦実」


 いつもより丁寧で優しい。

 長い間ぞんざいに扱われていた妻が、急に夫に優しくされて居心地の悪さを感じてしまうように、なんだか浮気を疑いたくなってしまう気分だ。(やはりジン(オッサン)に何かされたのに違いないっ)安直な結論で他人の責任にしてしまい、動揺している自分を落ち着けようとする。


睦実:

「さっちんがやさすぃよぉ! 変わっちゃった!やっぱり何かされちゃったんだ!」

さつき:

「またなのか? いい加減に落ち着こう、睦実」


 もう何度も繰り返したやり取りに苦笑するしかないさつき嬢であった。





ふーみん:

(ここって……?)


 どこかの天井だった。目覚めたばかりで状況が掴めない。しかし見たことはあるような気がする。元気娘の〈吟遊詩人〉ふーみんは、寝台というには硬い寝床に手を付いて体を起こす。大理石のヒンヤリした硬い感触が手に心地好かった。このところ建物とは言えないテントでの生活が続いていたため、どうして街中に居るのかわからなかった。瞬間的に(もしかして今までの出来事は夢でしかなくて、現実世界に帰ってきちゃったのかな?)などと考えたのだが、途端に死んだらしいことに思い至る。


ふーみん:

「そっ……か」


 死んだのか。

 なんともいいにくい。大神殿のブラックリストに登録されてなくてホッとしたような、しくじって情けないような、仲間たちに今頃どう思われてるかのか?といったモロモロを想像する。死んだらどうするか?みたいな事を幾度となく考えてはいたのだが、あまり役に立たないことが分かった。これからどうするべきだろうか。


 ここは玄室と呼ばれる遺体安置所だった。光の差し込む窓もあるし、暗闇の死角がなくなるようにほんのりと輝く鉢植えが置かれてもいた。まだ朝の時間帯だからか、外からはあまり音も聞こえてこない。

 第一の心配事は、ここはミナミで、ミナミは〈Plant hwyaden〉の場所なのだから(人がいたらどうしよう?!)というものだったが、これまでの死亡経験によれば、大神殿には誰もいないことがけっこう多い。ゲームであれば、死んでいる状態で灰色の画面で続きを見てから大神殿に飛ばされるところだったが、ちょっとどころではなく勝手が違って感じていた。死んだ後の情けなさみたいなものがなかった。ふーみんの言語感覚では『やっべ』が精一杯だ。


 玄室の石扉を開けるのが怖かった。どちらかと言えば、ここに居たらいいんじゃないか?などとヒヨってしまう。街中を歩いたらきっとキョドる。どないせーっちゅうねん!と半ギレの涙目だった。



 と、石扉が触る前から自動的に動き出した。外側から誰か入ってくるらしい。とっさに隠れる場所を探す。死者蘇生の台座の影ぐらいしかない。ピンチである。さかさかと動いて隠れる。


水梨:

「おい、まだ中にいるか?」


 僅かに開けた隙間から体を滑り込ませて入って来たのは、仲間の〈盗剣士〉、水梨であった。とっさに仲間に念話したりするといったことを失念していたことに気がつく。


ふーみん:

「水梨!?……来てくれたんだ?」

水梨:

「馬鹿野郎、あっさり死んでんじゃねーよ」

ふーみん:

「ううっ、ごめんよぅ」


 嬉しさと情けなさとで、グスグズになってしまう。ヤンキーかぶれだが、そんなに悪いヤツではないらしいと知っていたつもりだった。もう、ひたすらにありがたい。


 挨拶もそこそこに、大神殿の入り口へ連れられて移動する。そこで外の様子をさりげなく伺っていたのは、〈暗殺者〉のキサラギだった。


ふーみん:

「えっ、キサラギさん?」

キサラギ:

「ああ、無事か」

ふーみん:

「はい、なんとか」

水梨:

「チッ」


 その様子に水梨が舌打ちする。笑われたらしい。だらしなく弛んだ笑顔を見られたに違いなかった。キサラギは気になっている男子であったため、(来てくれた!)と知って本当に嬉しかった。水梨にも感謝してはいるのだが、キサラギに玄室まで迎えに来て欲しかった!と自分に都合の良い妄想が入る。彼は控えめな心遣いをするタイプなのだ。誰に対しても。



 ふーみんはすばやく路地裏の目立たない場所に引っぱって行かれる。ミナミはギルドにとってホームでもあったし、潜入班のメンバーはどうしても隠れられる場所に詳しくなる傾向があった。レジスタンスとなって視点が変化すると、そういう場所にも何故か気がつくようになるものだ。キサラギは簡単に状況を伝えた。


キサラギ:

「これから外まで脱出する。俺達2人で君を隠しながらになるな」

ふーみん:

「わかりました」

キサラギ:

「〈冒険者〉はあまり問題じゃない。人数は多いが、いちいち他人のステータスを見たりしないからな」

ふーみん:

「じゃあ、楽勝じゃないかな?」

水梨:

「厄介なのは衛兵だろ」


 〈大地人〉はステータスを見ることは出来ないし、出来たとしても所属ギルドを知る方法は限られている。その意味では衛兵もまた〈大地人〉なので心配しなくても良さそうなものだったが、〈Plant hwyaden〉の統治が始まってからはその辺りに確信が持てなくなっている。不参加者が捕まったという話は幾らでもあった。それが〈冒険者〉による密告(チクリ)によるものなのか、衛兵にそのような機能があるのかは判断できなかった。まず後者だと思ってよいだろう。


キサラギ:

「究極的には、捕まろうと〈Plant hwyaden〉に参加してしまえば問題はないんだが、しかし、衛兵達に捕まってしまうとどの位の時間が掛かるのか検討もつかない。その場合は確実に置いて行かれることになる」

ふーみん:

「置いていかれるって、どういうこと?」

キサラギ:

「今はあまり時間がない。10分して戻ってこなかった場合、葉月は我々を見捨てて集落に戻る算段になっている」

ふーみん:

「そんな……」


 キサラギは黙っていたが、たぶんここを逃してしまうとその後は合流できなくなるだろう。理由は聞かされていなかったが、葉月はナカスに向かうつもりだ。知らぬ間に状況が大きく変化しているらしい。


水梨:

「イヤかもしれねぇが、俺達も一緒に居てやるからよ」

ふーみん:

「ありがとぅ……」


 ナカス行きの件を知ってか知らずか、水梨が励ましの言葉をかける。仲間に見捨てて行かれるのはつらい。それが敵の街中であれば尚のことだ。今からのミッションに失敗した場合は、せめて一緒に居てやるぐらいしかできないだろう。〈スザクモンの鬼祭り〉らしき状況が終了した後でも、ナカスまで移動するのは3人だけでは不可能に思える。3人とも武器攻撃職だ。今のミナミでナカスまで一緒に来てくれる前衛・後衛を探すのはかなりの難易度が要求されることだろう。つまるところ〈Plant hwyaden〉を裏切る人間を何人か見つけなければならないのだから。


 この先の数分で流れが大きく変わってしまうにしても、先のことはわからない――そうキサラギは自分に言い聞かせた。





さつき:

「今頃、水梨とキサラギが街中に入っているころだ」

長瀬友:

「ほんとうに、すみませんでした……」

霜村:

「そう気にするな。今は奴らの幸運を祈ろう」


 偵察から戻って来た長瀬達の報告を受けるために霜村が集落の外れ、さつき嬢が戦っていた付近に出てきていた。ふーみんが死んだことで沈んだ様子の一同を責めることはせず、励ます霜村だった。


 報告によってモンスターの数が多いのは分かったが、具体的な数量の報告はそれぞれの感覚になってしまう。完全にバラバラだった。8千程度という者もいれば、10万ちかいと答えるものもいる。だから間をとって5万、というわけにはいかないものだろう。


 5万人がどのくらいの数かというと、東京ドームが満席で5万5千と言われている。甲子園球場ならば4万だ。それを多いと感じるか、少ないと感じるかは個人差によるのだ。狭い範囲に固まっていれば少なく感じ易い。しかし広い範囲に散らばってしまえば、5万程度ではそちこちにポツポツと点在することになるため、集団とは見做せなくなる。



 一緒に行かなかった自分が悪いと謝罪しながらも、長瀬友を励ます睦実を見ながら、遠くミナミの街を想う。きっと、そうひどいことにはならないだろう。今、あそこにはあの方がいる。あの人ならば、全てのお膳立てを引っくり返して台無しにすることだって出来るだろう。……問題は、果たして対価なしで動いてくれるかどうか分からない部分だ。


 ――胸が痛む


 私は、残酷だ。

 それに気付かないほどに残酷だ。気付いた今でも変わらないほどに人でなし。


 きっと、私達は対価なしに要求し続けてしまったのだ。ちょっとぐらいいいだろう? 余技でどうとでもなるだろう? だから、何も支払わなくてもいいに違いない。そうやって善人をすり潰してしまったのだ。誰が言った? 私は言っていない。誰か他の人が言ったのに違いない。そうやって責任を逃れて来たのは、たぶん私達全員の責任だ。


 今も、ジン殿がいれば大丈夫だと思いたがっている自分がいる。自分からの好意を失うぞと脅迫して、誰にも真似のできないことをして貰おうと思っている。誰にも聞かれていないのを良い事に、虚空に向かって命令する。嫌いになっちゃうぞ、尊敬を失うぞ、だからどうにかしておいてね? いやいや、直接には何も言っていないよ? 貴方が自分でそれをするのでしょう?


 自分だって、多少は周りからそういう風に見られていたのに。だから分かっても良かったのに。それなのに、気付かないフリをした。あの人が居たら自分は楽ができる。しめしめ。押し付けちゃえ。自分はその程度だった。そんなので強くなれるわけがなかったのに。……そばになんて、居られるわけがないでしょう? だって自分はこんなにも弱いのだから。


さつき:

(ジン殿…………)


 ゆっくりと近付いてくる人物に霜村も気が付いた。頭を押さえながら歩いてくる姿からは、どこかしら疲労が抜け切っていないように見える。それでも変わらない。彼女は、きらめき。


ユフィリア:

「しもぴー、助けて」





 キサラギも水梨もごく自然に堂々と歩いていく。潜入班なら出来て当然だった。おっかなビックリのふーみんも2人に庇われつつ、なるべく背筋を真っ直ぐに伸ばして歩こうと苦戦していた。


 久しぶりのミナミの街中だが、周囲に目を配る余裕はない。さっさと外に出てしまいたかった。どうやら〈冒険者〉には気付かれずに済みそうである。朝食の時間は過ぎていると思われたが、人並みはまばらだった。


水梨:

「後は、外に出るだけだな」


 残り70mぐらいだろうか、もう出口は見えている。水梨の額に浮かぶ汗を見て、悪いことをしているのだと思う。後でお礼をしようと思った。うまくいったら、いいや、きっとうまく行く。


 間の悪いことに、衛兵が3人組(スリーマンセル)でこちらに向かって歩いてくる。気付かれたか?と一瞬あせるのだが、そんなハズはない。ただの巡視だろう。ここから脇にそれると不自然になってしまう。もうすれ違うしかなかった。距離にして5mもないところをすれ違うことになるだろう。


 ふーみんは心臓が口から跳び出そうだと思っていた。中学校の文化祭で演劇をやることになり、脇役で台詞を言った時だってこんなに緊張しなかった。学校の先生に怒られるのと、ゲームの衛兵に怒られるのではそんなに違いはなさそうに思えるのだが、早鐘を打つ心臓が『そんなわけがない』と事実を付きつけてくる。


 衛兵は何事かを話ていた。日常の細々としたことか、どうでもいいようなくだらないお喋りかもしれない。彼らはこの世界ではゲームの登場人物、NPCではないのだ。もしかしたら下手なアメリカンジョークを言っているのかもしれないし、奥さんの不満を漏らしているのかもしれない。この街で昨日食べためちゃウマなカレーの自慢話をしている可能性だってある。そのためだろう、別段こちらを見てはいなかった。すれ違う。すれ違った。助かった……?もしかして助かっちゃった?


 金属音。


 咄嗟に振り向くと、衛兵の1人が金属の何かを地面に落としたらしい。衛兵の1人、青年衛兵が「驚かせたようで、申し訳ない」と謝りながら地面に手を伸ばしている。


中年衛兵:

「君たち、ちょっと待ちなさい」


 ぎくり。

 あろうことか、水梨とキサラギは武器に手をやっていた。過剰反応だった。反射神経が良すぎたかもしれない。


青年衛兵:

「もしかしてそっちの君、ああ、そうだ。やっぱり……」


 バレた。

 もう、どうして? あとちょっとだったのに!


キサラギ:

「すまない……」

ふーみん:

「ああっ、キサラギさんが悪いんじゃないよ。悪いのは水梨だから」

水梨:

「そうだな、スマン」


 ううっ、素直だ。かわいいところもあるなんて卑怯者め。


 外に向かって三人は走る。しかしダメだ。直ぐに追い抜かれてしまう。残り距離は40m程度。しかし、それはとてつもなく遠かった。トイレを我慢しながら探して階段を駆け上がっている時ぐらいに絶望的だった。階段を登る振動で(以下略)



 その時、何かが変わった。



ジン:

「ここは任せろ。先に行け。外に走れ」


 あれ?この人って、どうして? だって……

 顔が見える程度の軽い逆光。いつ来たのかも分からない。飄々と?重々しく?存在感がもの凄くあるような、全く感じないような、言葉にするのに苦労しそうな人。


水梨:

「また、アンタに……」

ジン:

「ホレ、さっさと行けっつの」

キサラギ:

「恩に着る!」


 キサラギに腕を引かれ、ふーみんはそのまま走る。水梨も続いた。


中年衛兵:

「待ちなさい!」


 がいん。


 いつの間に抜いたのか、その手には剣が握られていた。軽く剣の平で衛兵の胸鎧を叩いている。途端に反応を始めるムーバルアーマー。衛兵たちが戦闘態勢に移行する。


 ふーみんは振り向くことが出来なかった。自分の代わりにあのジンという守護戦士はたぶん……。



 ――街の出口はもう目の前だった。





 ジンが近くにいないのを見計らって、石丸に話しかける。〈ハーティ・ロード〉の他のメンバーはみんな忙しそうに動いていた。撤収の準備を済ませようとしているところだった。


シュウト:

「石丸さん、ちょっといいですか?」

石丸:

「何か要件っスか?」


 人の耳がなさそうな場所まで引っ張って行き、ずばり要件を尋ねる。余計な手順を踏むのは無駄だろう。


シュウト:

「さっきのジンさんの話なんですが、どう思いますか?」

石丸:

「ああ、その件っスね……」


 シュウトはどう考えていいのか分からずにいた。信じるべきか、疑うべきなのかも分からない。話を聞いていたあの場ではなんとなく納得した気分だったが、落ち着いてみるとどうにも落ち着かない。


石丸:

「気にしなくていいんじゃないっスか?」

シュウト:

「いや、ですが……」

石丸:

「そうっスね……証拠を固めてから結論を導く通常の思考とは違って、仮説思考は答えを先に予想してしまい、そこから検証を繰り返す手法っス。しかし、仮説思考では答えを決め付けてしまうと、証拠を捏造してしまうことになり易いっス」

シュウト:

「えっと、例えば容疑者に自白を強要するような話でしょうか?」

石丸:

「犯人ありきで証拠を集める場合は、柔軟性の欠如が冤罪を生み出す原因に成りかねないっスね。ただ、この人物が犯人の場合はどんな証拠がありえるか?といった形で予想を立てることが出来るなら、捜査するポイントを絞ることが出来るようになるわけっスから、使い方によっては便利だし、効率が良くなるものとも言えるっス」


シュウト:

「今回の話の場合では、どうでしょう?」

石丸:

「正直に言って、もう話を聞く前の状態に戻って思考するのは無理っス。ミナミがどんな行動を起こしても、それが現実世界への帰還を妨害しているからかもしれない、といった形で考えることになってしまったと思うっスね。チェックリストがひとつ増えて、もう減らすことはできないっス」

シュウト:

「なるほど……」


 石丸は『変質した』と認めて受け入れていた。それはなるほど合理的なように思える。一要素として心に留めて、単に一要素として扱えばいいのかもしれない。


石丸:

「付け加えるとするなら、対立しうる代案を別に用意してみるといいかもしれないっス」

シュウト:

「代案ですか?」

石丸:

「答えが一つしか予想できていないことが問題っス。物語形式で、別の動機から行動を説明するストーリーがあれば、素直にどっちか分からなくすることが出来るようになるはずっス」

シュウト:

「……それじゃあ、余計にわからなくなるような気もするんですけど(苦笑)」

石丸:

「どちらにしろ、正解が分かるわけじゃないっス」


 説得力のあるストーリーがジンの提示した一つしか持っていないことで、受け入れ難いのに受け入れざるを得ないような気分になっているようだ。つまり、自分はまだ信じたくないらしい。別の、自分が信じたいようなストーリーがあれば、別に信じなくて済むということなのだろう。しかし、そう自覚するとこれは幼稚な考え方に思える。


シュウト:

「それでは具体的にあのストーリーのことはどう思っているんですか?」

石丸:

「帰還せずに、この世界に留まりたいと考える人間はそこそこ現れるものだと予想できるっス。もう少し居心地がよくなってくればアキバでもそう考える人間が出てくるのはむしろ自然っスね。その点では特に不思議はないストーリーともいえるかもしれないっス」

シュウト:

「それがたまたま、ミナミの女王だった、ってことですよね?」

石丸:

「元から女王だったなら、そういう風に考える人物がいても不思議じゃないっスが、問題はいち冒険者から始めて、意図的にミナミを手中に収めたというその行動力っス」

シュウト:

「……考えるほどに、凄いですよね」


 シュウトのモヤモヤとした感情は、ある意味では、ジンの異常さに慣れて来ていたことが原因であった。ジンのような異常な戦闘力の場合、選ばれた天才なら可能かもしれないとシュウトは思うようになって来ている。その異常さを超える異常を為し得た人物が他にいたことが信じられないのだし、信じたくないらしい。部分的にはそれが女性だから信じ難いという側面もあるかもしれない。



 ――世の中は、広い。



シュウト:

「…………そういえば、ジンさんって?」

石丸:

「さぁ、どこっスかね? さっきから見掛けていないっス」


 なんとなく、間違えてしまった気がした。

 

( TДT)


工エエェェ(´д`)ェェエエ工


<(_ _)>


;y=ー( ゜д゜)・∵. ターン


\(^o^)/

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