36 アカウンタビリティ(※)
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※閲覧には注意をお願いしています。
内容の一部が原作小説ログ・ホライズンのネタバレとなる可能性があります。
これは橙乃ままれ先生からお話を伺った訳でも、許可を頂いたわけでもありません。
個人の考察を元に、展開を予想しています(予想が外れている可能性もあります)
閲覧は自己判断(自己責任?)でお願い致します。<(_ _)> (宇礼儀いこあ)
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シュウト:
「ミナミに警告を発して下さい」
強い口調のシュウトにひるんだというわけでもないのだろう。葉月は瞬間的に目を逸らすと、ジンに向かって条件を提示した。
葉月:
「いいでしょう。ですが、その前に貴方の理由を説明してください」
ジン:
「だがなぁ……」
葉月:
「そのくらいは、いいでしょう?」
◆
――1時間前
睦実:
「やっぱり、あたしも一緒に行くよ」
睦実が同行を申し出ていた。固辞されてはいたのだが、やはりヒーラー無しで行動させるわけにはいかないと思い直しての発言だろう。
ふーみん:
「だいじょぶだって。 ユフィちゃんに付いててあげなよ。ね?」
長瀬友:
「では、行ってきます」
元気な〈吟遊詩人〉ふーみんが、倒れたユフィリアを気遣っていた。これみよがしな魔女ルックに身を包んだ長瀬友も、黒いとんがり帽子を触りながら出発の挨拶をしてくる。同行する荒くれ武闘家などは必要以上に張り切っていた。
さつき:
「気をつけてな?」
葉月からのリクエストで偵察に出すことになったが、どうにも人数を分散させ過ぎている。確かに、少人数での偵察だからとはいえ、そうそう危険な目に遭うわけでもないければ、万一を考えての予備戦力を全ての場所に用意できるはずもない。それはさつきも分かっていることだった。戦闘班の隊長としては、せめて見送るぐらいの手間は惜しまないようにしたい。仲間達が馬を奔らせて出ていくのを、無事を祈りつつ見送った。
◆
いらいらした様子の水梨が周囲を歩いていた。しかし石丸は「偵察隊の連絡を待つのが最優先っス」と主張し、その名の通り、石になったように動かなかった。これに驚いた葉月は、何箇所かに念話で確認し始めた。調べたところ、ミナミ内部でも何の噂にもなっていないようだ。石丸は〈スザクモンの鬼祭り〉の可能性があると話して聞かせている。どうやってその情報を逸早く得たのか、と疑問に思っているようだった。
ジンとユフィリアがダウンしたこの1時間の間、僕たちに出来ることは殆どなかった。石丸は事実関係の確認を優先し「まず共通認識を得るっス」と言ったきり、座り込みをして動かなかったためだ。
――人間の組織行動というものは、実際のところ十分な共通認識を得てしまえば半分以上終わったようなものだからだ。共通認識の確保を疎かにし、無闇に行動の優先順位を高めた場合、誤解や勘違いが乱発されるようになる。組織内部での方向性の違いは対立に発展するケースもある。……逆に共通認識を得ることに成功した場合には、対立を起こし難くなり、加えて組織構成員のモチベーションが高まるとされている。
やることが無かったため、シュウトは考え続けていた。今回の件が〈スザクモンの鬼祭り〉だとした場合、(誰も挑戦しなかったか何かで)クエストに失敗したのだと考えられる。古くからあるレイドコンテンツなので、24人もいれば十分に突破できるハズだが、今ではクエストの失敗によってステージが上がり、大規模集団戦に移行しているのだろう。それでも普通に考えれば、ゲームバランスの関係上、レギオンレイド1部隊もあれば十分に突破できるはずである。ジンが口にしたミナミと同クラスの大集団というのは余りにも行き過ぎた数なのだ。
シュウト:
(〈サファギンの豪族〉の時も、妙に数が増えていたみたいだけど……?)
――シュウトが気になっていたのは、この世界全体の人数が増えている可能性だった。〈大地人〉の数も3倍以上になっているのだが、魔物達は3倍どころではない気がする。ゲームバランスというクビキから解き放たれ、まるで際限なく増加しているような気がしてくる。
シュウト:
(何が起こっているのだろう……)
その疑問に答えられる人間は、もしかしたらこの世界にはいないのかもしれない。
葉月:
「もしもし、……ああ。それは本当か? …………分かった。そのまま続けてくれ。そっちで……」
葉月に念話に出ている。その様子に石丸が腰を上げた。
石丸:
「どうっスか?」
葉月:
「……おっしゃっていた通りです。数の把握や種族の特定はまだですが、モンスターの大集団が確認できました。千や二千では利かないそうです。広域に分散しているため、数えるのは難しいと……」
水梨:
「マジだってのかよ!?」
事実の重みと、問題の大きさから沈黙が生まれる。全数の把握はまだだが、もはや〈ハーティ・ロード〉で相手できる規模ではないからだ。
相手が仮にゴブリンのようなレベル差のある相手だったとしても、1人の冒険者が100体を相手できるものではない。せいぜい10~20体といったところだろう。従って、1万のゴブリンを相手にする場合、〈冒険者〉側も1000人規模の軍隊行動を起こさなければならない。そして、そんな人数動員が可能なのは、付近ではミナミを置いて他にない。
――このケースのように、自分達の処理限界を大きく超えている場合、責任感を失って無関係だと考えるようになり易い。一概にそれが悪いことだとは言えないが、往々に客観的な立場になると失われる視点もある。
葉月:
「とりあえず、本体に合流しましょう」
石丸:
「それは何故っスか?」
葉月:
「何故と言われても、我々がこんな問題に対処できるわけがありません。被害が及ばないように一時的に退避しておくべきでしょう」
石丸:
「ここからの数手はよく吟味するべきっス。状況がどう変化するかを考えて……」
葉月:
「それには及びません。合流してからでも避難する場所を決める時間ぐらいはあるでしょう」
シュウト:
「ちょっと待ってください。ミナミに警告を出すべきなのでは?」
水梨:
「何を言ってやがる?」
葉月:
「貴方の考えているように、結局はミナミが対処することになるでしょう」
シュウト:
「それなら」
葉月:
「準備する時間を与えてやるメリットがありますか? むしろ我々の立場からすれば混乱して欲しいぐらいなのですよ?」
取り付く島もなく葉月は撤退の準備を始める。その根底にあるのは不安だった。このまま行けばミナミの周辺は確実に戦場になる。そうなればここにいる小集団では殺される他に選択肢がない。仲間との合流を急がなければ、最悪の場合、ミナミの〈冒険者〉とモンスターとに挟み撃ちにされかねない。
――この状況をどうしたものか?と考えるシュウトだったが、強引にでも相手に話を聞かせる手が思い浮かばなかった。葉月と対等な立場に立てていないことが最大の原因だとは、この段階ではまだ気が付いていない。
シュウト:
(この事件で一番被害をこうむるのは、一般の〈大地人〉だ)
〈Plant hwyaden〉に協力している貴族達ではなく、この地域に住み、農業や畜産で生計を立てている〈大地人〉が被害にあう。先日トマトを譲ってくれたような商人たちも、同じように巻き込まれてしまうだろう。それ以外にも、どこに小さな集落があるか分からない。どちらにしてもミナミが対処するしかないのだから、早ければ早いほど良い。無駄な犠牲を出すのは本当に無駄でしかないのだから。
――その時、ふらりと歩いてくる人物がいた。
ジン:
「……シュウト、状況はどうなってる?」
眠りから覚めたジンが体を引きずるような調子で歩いて来ていた。まるで深酒して目覚めたばかりの二日酔いサラリーマンの態である。
シュウト:
「はい、どうやら〈スザクモンの鬼祭り〉の様です」
余計な挨拶は抜きにして本題に入る。大丈夫そうに見えたし、これから大丈夫であってもらわなければ困るのだ。石丸もジンのところにパッと駆け寄ってくる。
石丸:
「地図から割り出した方角に〈ヘイアンの呪禁都〉があったことからの推測っス。この1時間で偵察隊を出して敵影を確認したところまで終わっているっス」
シュウト:
「今は葉月さんが仲間と合流しようとしているところです」
ジン:
「スザクモンかよ…………」
予想よりも深刻な顔で黙り込むジンだった。その様子に気が付いたのだろう、葉月が軽い嫌味を言うために近付いてくる。これまでの復讐もあるのかもしれなかった。
葉月:
「これはこれは、今までどちらにいらっしゃったのです? 我々はもう撤退しなければならないのですが?」
ジン:
「だろうな。残念ながら、間に合わなかった……」
葉月:
「なんの話でしょう?」
ジンの思わせぶりな口調に怪訝な顔をする葉月。
ジン:
「すまんが、噂話の件は無しだ。部下の口止めを徹底してくれ。今、下手に動くわけには行かない」
葉月:
「それは一体……?」
ジン:
「普通に考えて、この状況をどうにかできるのはミナミだけだろう。となれば、この困難を乗り切ることでミナミの心は一つになってしまうはずだ。下手なことを吹き込もうにも時期が悪い。これが終わった後、戦勝モードの浮かれ気分で全部おじゃんになっちまうハズだからな」
葉月:
「…………たしかに、ミナミがこの戦いに勝てればそうなるでしょうね」
ジンの言葉に刺激されたのか、葉月が思案顔になって言葉を返していた。
ミナミがこの戦いに勝つかどうかは、確かにまだ未確定ではあった。しかし、〈大地人〉貴族との繋がりからすれば、濡羽は泣きつかれるか何かして戦いに出ることになり、たっぷりと貸しを増やすことができるはずだった。
戦いになったとして、ミナミの〈冒険者〉が負けるとは思えない。どれだけ連携が拙かったとしても、総戦力では比べ物にならないからだ。たとえ死んだところで、大神殿からもう一度出撃すればいいだけである。
仮に死なないという前提の〈冒険者〉同士の戦争を考えてみるとすると、それは陣地の奪い合いという形式になると考えられる。アキバとミナミとが戦争になったというケースであれば、〈冒険者〉は死んでも大神殿で復活できるため、死んだ場合には出発した街にまで強制的に後退させられることになるだろう。つまり、復活してから戻って来るまでの間に支配する陣地を増やすという行動を繰り返すのが基本的なゲームになるのだ。また、〈冒険者〉は街に入ってしまえば復活のポイントが上書きされる。このため、『街中への侵入を阻止』するのがセオリーになるのが分かる。
この時の問題は最終的な勝利の難しさにある。単純化してアキバの戦力がミナミの2倍あるとした場合、アキバ側が連戦連勝して支配陣地を増やしていくことになるのだが、ミナミに近付くほどにミナミからの再出陣が速くなってくる。一方でアキバ側は、前線が遠くなっていくことで、戦闘被害者の復帰が遅くなってしまうのだ。すると戦力に応じた割合で支配陣地の割合・線引きが決定しやすくなると考えられる。
ここでアキバ・ミナミの中間に大神殿の在る街が一つあると仮定してみよう。すると、そこを中継地点にできるようになるため、街を先に奪った側が一方的に有利になるのが分かる。こうなってくると今度は相手を陣地から追い出す方法が問題になってくる。アキバ、もしくはミナミの兵士が相手陣営の〈冒険者〉をその街から追い出すことが出来れば、一端は勝利できることになるからだ。
話を今回のケースに戻すと、相手はモンスターであることからミナミを乗っ取ることなどは考えなくてよくなる。このため単純な意味では負けようがないとも言えるのだ。
この他に考慮しなければならないのは生活基盤の破壊についてであろう。新宿に相当する地点に対してベヒモスが行ったような破壊が行われれば、物理的に人が住めなくなる可能性も出てくる。その他にも農業に携わる〈大地人〉が死んでいなくなってしまってしまえば、ミナミに供給される米や野菜といった農作物が得られなくなってしまうだろう。たとえ〈大地人〉達がモンスターから避難できたとしても、森林や農地が破壊されてしまえば、似たような効果をもたらすことになる。
ここまでが大まかにシュウトの考えていることだった。今はジンが戻ってきたことで話が通し易くなっているように思える。
ジン:
「撤退するにしても、あの集落じゃ戦いに巻き込まれるんじゃないか?」
葉月:
「それは合流してから霜村と協議します」
ジン:
「避難するにしたって、しばらくミナミ周辺からは離れることになるだろ。コウベよりも西か、山を越えて北かって話なら、今すべきことは食料だのの準備なんじゃねーの?協議してからじゃ間に合わないだろ。向こうに残ってる人間で移動準備をさせながら、こっちで仕入れりゃいい」
葉月:
「確かに、しばらくミナミから仕入れるのは難しくなりそうですね……」
何かを悩んでいる様子の葉月にシュウトが言葉を掛ける。
シュウト:
「ミナミに警告を発して下さい」
水梨:
「さっきから何なんだ、相手に塩を送れってのかよ?」
黙っていた水梨が強く反応して言葉を挟んでくるが、構わずに続ける。ジンはニヤニヤと笑っているのみだった。
シュウト:
「敵とか味方とかじゃなくて、まずは一般の〈大地人〉への被害を小さくするべきでしょう」
葉月:
「そんなことですか?しかし、我々が撤退するのにも時間が必要です。それこそ食料を仕入れたりする必要もあるなら尚のことですよ」
シュウト:
「その食料供給を支えているのはこの地域の〈大地人〉達ではないですか」
葉月:
「確かにそうです。一方でミナミの食料事情が悪化すれば、離反者だって出易くなってくるでしょう?」
シュウト:
「語るに落ちてますよ。やはり濡羽に一矢報いることさえ出来れば、貴方がたはミナミがどうなってもいいんですね」
強い口調のシュウトにひるんだというわけでもないのだろう。葉月は瞬間的に目を逸らすと、ジンに向かって条件を提示した。
葉月:
「いいでしょう。ですが、その前に説明していただきたい」
ジン:
「何を?」
葉月:
「どうして急に手伝う気になったのですか? いえ、貴方は何を知ったのですか?」
ジン:
「いやぁ、はっはっは。単なる暇つぶしかもよ?」
葉月:
「無駄な事は止めませんか? 今は時間が一番貴重なはずです。…………そのぐらいのサービスをしてくれてもいいでしょう?」
◆
葉月に人払いをさせると、ジンは石丸を連れて天幕の中に入ろうとした。天幕の入り口に手を掛けたところで振り向き、シュウトに声を掛ける。
ジン:
「正直、お前には聞かせたくはない。対外交渉で使えなくなるかもしれないからだ」
シュウト:
「…………」
ジン:
「この話はちょっとばかし重たいかもしれねーぞ? 華やかな表の世界には出られなくなるかもしれない。それでも……聞きたいか?」
シュウト:
「はい」
急な脅しに緊張するが、好奇心が優ったのかもしれなかった。いや、きっとそれは違う。
ジンはさっと天幕の入り口を広げると、中に入るように示した。それはこの人へと続く道への入り口に違いなかった。
葉月:
「時間がありません。始めましょう。」
ジン:
「うーむ、本当は確証がない話なんだけどさ。名探偵だったら話さないレベルっつーか」
葉月:
「前置きはいりませんから、早く聞かせてください」
ジン:
「んーと、実はさ…………」
話は気軽な口調で始まった。そのために意味を掴むことができない。人間は準備の出来ていない物事を知ることを無意識に拒絶する。何の話をしているのかシュウトにもさっぱり意味が分からなかった。
葉月:
「いったい何の話をしているのですか?」
ジン:
「もう1回言うと、だ。実は、〈Plant hwyaden〉の目的は現実世界への帰還を阻止することだと思うんだよ」
石丸:
「…………本当っスか?」
シュウト:
「えっと、それがどうかしたんでしょうか?」
ジン:
「俺はホラ、現実世界に帰還しようと思ってるわけじゃん? だからそれを邪魔する相手は『敵』ってことになるだろ?」
シュウト:
「ええ、まぁ……」
葉月:
「アレですか? 昨日話していたような、濡羽が贅沢し過ぎて帰りたくないだとかの話ですか?」
確かに先日はそういう話しをしていた。ではジンの目的とは何だったのか?
シュウト:
「じゃあ、今回やろうとしてた噂話って、現実世界への帰還を妨害するのを妨害するためだったとか、そういう話だったんですか?」
ジン:
「そうだよ」
石丸:
「……………………」
石丸が沈黙する。葉月はくだらない話を聞かされたものだと呆れ顔をしていた。
シュウト:
「もう少し、分かりやすく説明して貰えませんか?」
石丸:
「…………問題は、どうやって現実世界への帰還を阻止するか、という部分っスね?」
ジン:
「その通り。もし、自分が現実世界に帰還したくないとした場合、どうやる?」
石丸:
「仮説思考っスね?」
葉月:
「そんなのは意味のない議論でしょう」
ジン:
「なぜ?」
葉月:
「この世界に閉じ込められた〈冒険者〉の『誰か』がこの問題を解決してしまうかもしれないからです。それこそ、〈ノウアスフィアの開墾〉が…………」
ジン:
「それだ。続けてみろ」
言いかけた言葉の意味に気付いたらしき葉月の顔色が変わる。ジンは先を促がした。
葉月:
「〈ノウアスフィアの開墾〉が、日本にしか適用されてでもいない限りは、防ぎようがない」
シュウト:
「まさか…………」
ジン:
「そのまさかだ。もしも〈Plant hwyaden〉が日本を支配できたとすると、現実世界への帰還の芽を摘み取ることが出来てしまうってわけだ」
石丸:
「…………時差っスね」
シュウト:
「この世界にいる全員が、帰れなくなる……」
全身に鳥肌が立った。衝撃こそ小さかったが、最大級の悪寒に襲われる。
確認こそされていないが、〈ノウアスフィアの開墾〉が解禁されるまでに時差があるのは間違いなさそうに思える。世界の裏側ではまだ1日前の段階なのだ。
ジン:
「いやぁ、こんなこと考えて本気でミナミまで手に入れちまうだなんて、天才の仕業だろうなぁ。こういうことを計画する敵は、怖いぞ?」
シュウト:
「敵、なんですね?」
ジン:
「ああ。敵だな」
この話を聞くまでは、もしかすると濡羽はミナミを平和裏に統治するために悪役を選んだ善人という可能性もあったのだ。それがたった一つの要素が加わることでひっくり返ってしまっていた。
葉月:
「まだ、そうと決まったわけではないでしょう?」
石丸:
「そうっスね。しかし、これで説明が付く部分も多いっス。ミナミの恐怖支配やアキバとの協力を拒んでいる部分などとは矛盾していないっス」
ジン:
「どちらにしても、この先の行動次第だろうな。ナカスを攻め落とそうとするのかどうか。そうすればアキバ、ススキノを支配しようと動き出すだろう。……もしかしたら、積極的に現実世界への帰還方法を探そうとする可能性もあるんだけどな」
シュウト:
「その場合はどうなるんですか?」
ジン:
「そりゃ、最後の最後でその手段を潰しちまえば、もう帰れなくなんだろ? 女王の立場ってそうやって使うのに便利だしな」
正直にいって、頭がまだついていかなかった。場の雰囲気が暗くなってしまったのでジンは明るく責任を丸投げする。
ジン:
「まぁ、この問題は俺達がどうにか出来るスケールの話じゃなくなっちまってる。アキバの〈円卓会議〉の連中がどうにかするしかねーべ。…………ダメなら、最後に俺がちょちょっと何とかしてもいーし」
最後に何か付け足した気もしたが、シュウトはその決意には気付くことができなかった。
どちらにせよ、その時にはジンもそれどころではなくなっていたのではあるが。
葉月:
「……何か、何かこの機に乗じることは出来ないのでしょうか?」
ジン:
「無駄だな。さっきも言ったが、この事件でミナミは纏まる。分裂工作している時間は無いぞ」
葉月:
「しかし……」
ジン:
「ここはもう負けだ。きっぱりと諦めて、次のことを考えるんだな」
見開いた目を隠すように、葉月は手で顔を押さえていた。ぶっとんだ現実に思考が追いついていかないのは彼も同じなのだろう。
シュウト:
「ジンさんは、どうするつもりだったんですか?」
ジン:
「んー、噂話の方が軌道に乗ったら、この話と一緒に葉月に買って貰おうかと思ってたんだよ」
石丸:
「……アイデアを売るつもりだったんスか?」
ジン:
「なんか、フランチャイズっぽいだろ?」
葉月:
「……どこまでもお金なんですね?」
ジン:
「まーな? タダ働きは散々してきたし、もう飽きたのさ。そういうのは二十歳未満の主人公が苦労してやるべきものだろう?」
ジンはいい笑顔でにっかりと笑う。言葉とは裏腹な、少年の笑みだった。
ジン:
「実際、『この世界は楽園だ!現実に帰る必要はない!』みたいな洗脳が始まったりしても対抗できる様にしときたかったんだけどなぁ」
葉月:
「…………この後、ミナミはナカスへと侵攻するんですね?」
ジン:
「たぶんな」
葉月:
「わかりました。……ミナミに警告を出しましょう。ただし、我々が撤退するための物資を確保してからです。そのぐらいの時間的猶予はあってしかるべきでしょう?」
シュウト:
「……そうなってしまうでしょうね」
シュウトとしては焦ってしまうのだが、仕方が無い部分もあると呑むしかなかった。
ここからは慌ただしく仕事に取り掛かることになった。葉月は霜村と連絡をとって撤収の準備を始める。水梨やキサラギ、その他にもミナミに潜入していた仲間達と手分けして、当面の物資を確保して回る。街中での活動はシュウト達には手伝えないため、街の外で物資を受け取ったり、PKやモンスターに教われないようにとサポートに回った。
――その時、更に事件が起こる。
◆
偵察に出ていた長瀬友やふーみんの一行は、「これ以上は近付くことが出来ない」と判断して偵察の続行を断念していた。魔物本隊との距離はまだ随分あるのだが、周囲のモンスターまでもが活性化しているのか、襲われる回数が増えていた。集落に戻る途中ではあったが、今も戦闘の最中にいた。
芝生守護戦士:
「下がれ!このままじゃ持たなくなる!!」
亜人間とダイアウルフの混成部隊だった。馬に乗っているところを襲われたため、最初から泥仕合の様相を呈していた。ミニマップが無いため不意打ちへの対処は難しかった。
傷顔守護戦士:
「くそっ! こんなところまで…………長瀬、やめろ!」
長瀬友:
「もう一撃します!」
長瀬友の動きに気がついた傷顔守護戦士は制止をかけたが、止まらずに詠唱を開始してしまっていた。撤退するためにも〈妖術師〉の彼女が範囲攻撃呪文を使う方が有利になるという判断からだ。〈妖術師〉はヘイト値を集め易いのだが、相手とのレベル差があるため、決まれば大きい。難しいタイミングだった。
芝生守護戦士:
「そこ、抜かれちまうぞ!」
荒くれ武闘家:
「長瀬! ぬぅ、間に合わん」
長瀬友:
「ヒッ」
アイコン入力による自動的な呪文詠唱の途中のため、長瀬友になす術はない。呪文に影響しない範囲の微かな悲鳴が漏れるのみ。ダイアウルフの攻撃であればレベル差からそこまで大きな被害とはならないのだが、魔法攻撃職の防御性能は90レベルといっても〈守護戦士〉達から見れば紙に等しい。何よりも後衛の女性が野生の獣に襲われることに慣れるのは難しい。
ふーみん:
「このぅ!」
〈吟遊詩人〉のふーみんが長瀬友を襲おうとしていた獣の前に立ち塞がった。武器を振りまわしたのだが、そのままダイアウルフに噛み付かれてしまう。その背後から亜人間に次々と武器を突き刺されてゆく。
長瀬友:
「〈チェイン・エクスプロージョン〉!」
ワンテンポ遅れて長瀬友の呪文が完成する。次々と炸裂していく魔法の火球が周囲をオレンジの炎と黒煙とに染め抜いた。
長瀬友:
「ふーみん!ふーみん!」
仲間達がふーみんを襲っていた魔物達にトドメを刺すのだが、ふーみんは無言で膝を付いていた。そのまま危険なスピードで頭を地面に打ち付ける。糸の切れた人形そのものの動きだった。
長瀬友:
「やだっ、ふーみん?…………ふーちゃん!」
傷顔守護戦士:
「落ち着け、長瀬。もう死んでる」
芝生守護戦士:
「まだ来るぞ! 後退しないとさすがに不味い」
荒くれ武闘家:
「うおおお!」
荒くれ武闘家が自己回復の特技を使う。
荒くれ武闘家:
「よしっ。これで俺がメインを張ればしばらくはもつだろう」
芝生守護戦士:
「お前、なんのつもりだ?」
荒くれ武闘家:
「ナガトモ、ふーのアイテムを拾ってやれ。死体が消えるまでは俺達がここを死守する」
傷顔守護戦士:
「そうだな……。死体とは言っても魔物に食わせるのは忍びない」
長瀬友:
「みなさん…………ありがと」
芝生守護戦士:
「アホ杉www意味ねぇwwwww…………だけど、そういう馬鹿は嫌いじゃないぜ」
死んだふーみんは、しばらくすればミナミの大神殿で復活することになる。ふーみんは潜入班ではないため、そのギルドタグは〈ハーティ・ロード〉のものだ。ミナミの街中にある大神殿から、誰にも見咎められずに外に出ることは難しいだろう。しかし、今ならばミナミのすぐ外に葉月が潜入班の仲間を従えて待機している。それが今は一筋の希望のように思われた。
◆
葉月:
「参りましたね。偵察に出ていたふーみんさんが死亡したそうです」
水梨:
「俺が助けに行く!」
すぐさま水梨が立ち上がった。誤解されやすいのではあるが、水梨は仲間思いで義理堅い性格をしている。ぶっきらぼうで口も悪いため、仲間からは敬遠されているし、それを本人も理解している。それでも仲間のためならば真っ先に駆けつけようとする熱さが彼にはあった。要は不器用で照れ屋なのだが、だからといって良い人間と断言することはできない。その口の悪さから得ている利益があるのも事実だからだ。彼を恐れて従う人間もいる。その人間関係を切れないが故の悪評は甘んじて受け入れるべきだと本人も自覚していた。
キサラギ:
「俺も行こう」
葉月:
「いいでしょう。2人に行ってもらいます。こちらとしても、これ以上の人数は割けませんしね」
キサラギはふーみんに恩義を感じている部分があった。優しくして貰ったことがあったのだ。男女の好意というほどはっきりとしたモノではなかったが、こちらの世界に来て受ける異性からの親切に必要以上に感激している部分は否めない。そう思って本人は必要以上に彼女のことを考えないようにしていた。
同時に水梨の熱さを羨ましく思う。ストレートに助けに行くと彼が言わなかったら、自分は名乗り出るのを躊躇っていただろう。
シュウト:
「今、何か騒がしくなかったですか?」
別の場所にいたシュウトがなんとなくジンのところに様子を伺いにくる。
ジン:
「ああ、急ぎの用事ができたらしい」
シュウト:
「そうですか……」
ジンの視線の先を追いかけると、ミナミの方向へ急ぐ水梨とキサラギの姿があった。
こう、肝心な部分の描写がどうにもアンチクライマックス的で納得が行かないのですが、仕方が無いといいましょうか。
今回も見直したつもりですが、もうダメかもしれません(苦笑)
えっとミナミ編は実質的にはここで終わっていますが、もうちょっとだけ続くんじゃよ状態です。<(_ _)>
よろしくお願いいたします。<(_ _)>