35 暗夜行路
ジンの言う『準備』をするためにユフィリアは1人で〈ハーティ・ロード〉の集落を歩いていた。そこに話しかけるのは霜村であった。
霜村:
「ユフィ!」
ユフィリア:
「……なぁに?」
呼び止められて彼女は歩みを止める。霜村はごく自然にユフィリアを愛称で呼ぶようになっていた。
霜村:
「来てくれ。また手伝ってもらいたい仕事がある」
ユフィリア:
「…………」
少し、考えるような表情をした後で、イタズラっ子の笑顔で返事をする。
ユフィリア:
「えっとね、事務所にNGだって言われちゃったから、また今度ね?」
霜村:
「おいおい、急だな。少しぐらい大目に見て貰えないのか?こっちも困ってるんだぞ」
ユフィリア:
「事務所の社長がおっかないから~、アハハ、ごめんね、しもぴー」
手を振りつつ、彼女は行ってしまった。後ろから弥生が近付いて霜村にコメントする。
弥生:
「あらら、フラれちゃったわね、しもぴー」
霜村:
「ふむ……」
回復力の飽和問題からヒーラーの増員が課題となっている。だが霜村の場合はユフィリアの様な美人を口説くことで無意識に箔を付けようとしている様に思えてならない。
考え事をしていた様子の霜村が口を開く。
霜村:
「…………悪くないな」
弥生:
「何が?」
霜村:
「しもぴー、がだ。卑猥な響きがあってイイと思わんか?」
弥生:
(こいつ、本物の馬鹿だ……)
中身の無いヤツだと呆れてしまうのだが、まぁ、器だけはそこそこ大きいかも?と思う弥生であった。
◆
ジンとシュウトは、戦闘班が使っているという2番目に大きなテントに入る。中ではさつき嬢の女性メンバーの他に、男性メンバーも数人がたむろしていた。こちらに気が付いた睦実がさっそくジンに食って掛かる。
睦実:
「来たか、オッサン! またさっちんにちょっかいを出す気だな!?」
ジン:
「なんだ小娘、構って貰えなくて寂しかったか?」
睦実:
「アホ抜かせ! がるるるる」
ジン:
「吠えんなよ。しょうがねぇなぁ、必殺!〈シュウト~」
シュウト:
「またですか?」
いい加減、ジンに突き飛ばされるのにも慣れてしまう。抵抗すると威力が倍々になってしまいそうなので、ぶつかる時に威力を小さくするべく身構える。
睦実:
「甘い!〈ナガトモ・シールド〉ッ!」
長瀬友:
「えええっ!?」
シュウト:
「ちょっ、マズいですって!」
睦実がそばにいた長瀬友を盾に使う。これは流石に冗談で済まない予感がした。背中を押そうとしているジンの手に思い切り体重を掛けて抵抗しようとシュウトは踏ん張ってみせた。
ジン:
「ふむ、そう来たか。よし!シュウトよ、ブチュっとして来いっ!」
睦実:
「なんと!?」
長瀬友
「えぅ!?」
シュウト:
「そんな、無理ですって!」
ジン:
「いいや、俺が許可するっ!……お前、空気読めよ。ほっぺでいいから適当にやってこいって」
シュウト:
「いやいやいやいや!」
睦実:
「ナガトモ、ここはやっぱり危険だから、あたしが引き受けるよ!」
長瀬友:
「ダメ!睦実ちゃんは私が守るんだから!」
ジン:
「さっ、行って来い。スーパー役得攻撃〈シュウト・ファンネル〉ッ!」
どんっ。と中途半端に突き飛ばされ、睦実達まで残り半分ぐらいの距離で立ち止まってしまう。そのまま近付けずにいると、逆にジリジリと寄ってくる睦実と長瀬友。顔を引きつらせ、ゆっくりと後退をかけるシュウトだった。
荒くれ武闘家:
「うおおっ、ナガトモが……」
傷顔守護戦士:
「そうか、長瀬派だったな」
芝生守護戦士:
「やはり『※ただしイケメンに限る』んだろ、常考」
相槌暗殺者:
「イケメン限定だな」
荒くれ武闘家:
「何故だ!? あんな子じゃないはずなのに!」
高貞守護戦士:
「そりゃ、あの子はヤンキーが嫌いだから」
荒くれ武闘家:
「俺は別にヤンキーでもないし、不良とかヤクザでもないぞ?」
坊や守護戦士:
「その、見た目が山賊っぽいというか」
傷顔守護戦士:
「荒くれてるっていうか」
荒くれ武闘家:
「そ、そうだったのか……」
芝生守護戦士:
「無残www」
そこまで広くないテントの中を影となって駆け抜けるシュウトは、奇怪な声を出す睦実と、顔の前でコブシを握ってピーカーブースタイルの長瀬友とに追いかけられていた。直線距離が短いため全速は出せないものの、本気で逃げているシュウトだった。ところが女の執念によるものなのか、2人は本来の実力以上の力を出して追いかけてくる。
ジンの近くを通った時に、足を引っ掛けるフリをされて体勢を崩してしまっていた。そのタイミングで長瀬友に「どーん!」と声に出しながらの体当たりをされる。もつれ合って倒れこむ際に下敷きにならないようにと咄嗟にかばう。抱きとめられた形の長瀬友。その期待に満ち満ちた眼差しを前に何も出来ずにいると、だんだんと悲しそうに表情が変化していく。梅干を食べた時のすっぱさの数十倍の気分になり、(えいやっ)っとその頬にくちびるを押し当てた。やわらかい。長瀬友の輝く笑顔に対し、睦実がくやしそうに地団駄を踏んだ。……離れた場所にいた荒くれ武闘家も撃沈している。
さつき:
「ところでその、……どのような御用ですか?」
ジン:
「どうした? ほれ、ちゃんとしろって」
さつき:
「はい、ジン……殿」
ジン:
「うむっ」
照れくさそうにジンの名前を呼ぶさつき嬢に、睦実が鋭く反応する。
睦実:
「うむっ。じゃねーだろ、オッサン! さっちんに何をした!」
さつき:
「大丈夫だから、睦実」
睦実:
「まさか、さっちん……無理矢理に?」
口元に手を当て、はわはわはわ、と大袈裟なリアクションでさつきの被害を確定させようとする。何も無ければいいハズなのに、睦実はだんだんと何かが無かったら困るような態度になっている。内心では既に安心しているからこそ、とれる態度であろう。
ジン:
「無理矢理とか、ンなことせんわい! 力尽くで無理矢理なんて気持ち良さそうじゃないだろうが。……そういうんじゃなくって、もっとこうアレだろ、追い詰められて自主的に差し出すことになり、嫌々だったハズが悔しいけれど段々と感じちゃう!?的な。その方が萌えるだろ!」
睦実:
「どこのクリムゾンだ!」
その時にユフィリアがニキータと石丸を連れて天幕に入って来た。人数比的に男臭かったテントの華やかさが一気に高まる。ユフィリアがジンの所にスタスタと近付く。
ユフィリア:
「連れてきたよ。 これからどうするの?」
ジン:
「うむ、ご苦労。えー、では、これから皆さんに悪口を考えて貰います」
ニキータ:
「悪口?」
睦実:
「バトロワのネタだね」
シュウト:
「えっと何処の誰に対しての悪口を考えればいいんですか?」
ジン:
「あんまり限定したくはないんだが、基本的には〈Plant hwyaden〉かな。アキバとかでもいいぞ」
石丸:
「……レッテル貼りっスか?」
葉月:
「それで、これはどういうことですか?」
ざわつく天幕の中に、いつの間にか入って来ていた葉月がジンに問いかける。数人が動いて葉月に場所を譲った。
ジン:
「俺って善人なもんで悪口とかって苦手なんだよね。だから助けを借りようかと思って」
葉月:
「奇遇ですね。僕も苦手です」にっこり
睦実:
「実はあたしも苦手で……」
さつき:
「嘘はよくない」
数名の同意にも屈せず、自分の正しさを証明しようとする睦実だったが、葉月が話し始めたので黙った。
葉月:
「悪口を考えて、何をするのです?」
ジン:
「ひとつ、暇してるであろうミナミの連中を楽しませてやろうかと思ってな。デカいラッパを吹きたい」
石丸:
「情報戦っスか? しかも真正面からの?」
葉月:
「……何が狙いです?」
ジン:
「さてね。誰かさんの金払いが悪いから、暇つぶしかな」
ニキータ:
「とりあえずはミナミに噂を流すってことで、その内容を考えろ、と」
さつき:
「私達は戦闘班です。潜入班は葉月の直轄なのですが……」
ジン:
「……この話、乗るだろ?」
不敵な笑いを見せるジン。葉月は真意を量りかねているようだった。
ジン:
「最終的な目標はミナミのプレイヤー達に不信を根付かせて、分断を図ることだ。その前段階として、まずは噂を流しやすくする下地を作りたい」
石丸:
「方法はどうするつもりっスか?」
ジン:
「何でもアリでいいだろ」
石丸:
「噂話の場合、情報拡散閾値を超えるのは、そう容易では無いと思われるっス」
睦実:
「うげっ、いきなり難しくなってきた……」
ユフィリア:
「ジンさん達は大体こうなんだよ」
シュウト:
「問題はメディアってことですか?」
ジン:
「この世界の場合、テレビやネットが無いことで、暇つぶしの方法は限られてしまうだろう。生産ギルドでもなきゃ、案外、頭は暇だろ? そういう場合、噂話が大きな娯楽になる。何処其処で何があったとかの話で持ちきりになり易いハズだ。だけど、本気で噂なんかを流そうとしてもテレビで連日報道し続けるぐらいの質や量を確保するのは難しい。酒場でちょっとした噂を流しても、知らない人間はまったく知らない、なんてことになっちまうだろうな」
葉月:
「かといって、同じ人間が同じ噂を流し続けるのも難しいのでは? それこそ我々の現在の優位性である『存在を知られていない』という点を捨ててしまうことになるでしょう」
ジン:
「ひとつの優位性に拘ると何の進展も得られなくなる。優位性ってのはその時々で乗り換えて行くべきものだ。どんな優位性に乗り換えるかってのを考えるのが戦略であり、指揮官のセンスというものじゃないか?」
葉月:
「……つまり、情報的な優位を得るべきだと?」
ジン:
「どっちにしてもお前等は少人数だ。それなら情報の上流に居る仕組みを持つべきじゃねーの?」
シュウト:
「噂話が広まりにくいとしたら、どうすればいいんですか?」
石丸:
「メディアを変えればいいってことなら、雑誌とかっスね」
ジン:
「いや、この場合は紙ペラ1枚で十分だろ。ミナミの冒険者が1万人だとして、500~1000枚もばら撒くなりすれば十分じゃないかな」
ユフィリア:
「んと、高いところからバサーってやればいいの?」
ジン:
「捕まらなきゃ、そんな感じもアリだな」
長瀬友:
「すみません、その、それは不自然ではありませんか?」
ジン:
「というと?」
長瀬友:
「紙をバラまいたりした場合、誰がこの噂を流そうとしているのか、みたいなことが気になると思うんです」
シュウト:
「確かに、そうなるでしょうね」
ジン:
「どう思う?」
石丸:
「そうっスね。謎のままにしてしまうか、もっとキャラ付けをしてしまうかじゃないっスか」
ジン:
「どうでもいいと思われるのが一番悪いからな。煽るつもりなら、もっと謎っぽくしてもいいな」
睦実:
「黄金●ットとか?」
芝生守護戦士:
「どこから出てきたwwwww」
傷顔守護戦士:
「それなら謎の覆面怪人Zとか」
荒くれ武闘家:
「鋼の錬金玉すだれはどうだ?」
睦実:
「真面目に考えんか!」
高貞守護戦士:
「……それをお前が言うのか?」
ニキータ:
「つまり、予言者とかってことね」
ジン:
「そうだな。何とかの予言者みたいなキャラ付けで構わない」
葉月:
「どの位の頻度になりますか?」
ジン:
「紙が用意できるかどうかみたいな部分もあるが、なるべく頻繁にかな」
ユフィリア:
「毎週水曜日とか?」
ジン:
「そういう規則性はあった方が期待は高まるかもしれないな」
石丸:
「しかし、注目が集まるほど、ばら撒くのは難しくなって行くっス」
シュウト:
「…………途中からばら撒かなくても良くなるんじゃないですか?」
ニキータ:
「どういうこと?」
シュウト:
「1~2回目で話題になっていた場合、3回目は日にちを予定しておくと警備が厳しくなります」
ジン:
「だろうな」
シュウト:
「そのタイミングで、翌日に3回目の予言を見たという人物が現れたらどうです?」
葉月:
「それは、面白いですね……」
段々と葉月が乗り気になってくる手応えを感じていた。
さつき嬢:
「肝心の内容はどうするのですか?」
ジン:
「こういうのの基本的な要素みたいなのがあったよなぁ?」
石丸:
「物語性、感情に訴えるもの、信頼性、具体性、意外性などと言われているっスね」
ユフィリア:
「ひとつかふたつ、具体的な例がないと考えられないよ?」
ジン:
「実は今、アキバからギルドが来ていて濡羽と何かの交渉したんだが、断られたらしい、とかだな。この場合、アキバからギルドが来ているのは事実だな。交渉とかはしてないが」
睦実:
「うそっ、そんなギルドが来てるの?」
ジン:
「無論、俺達のことだ。アキバから来てるだろ」
睦実:
「なんだ、そういうことか……」
ジン:
「結果、ミナミとアキバは戦争になるかもしれない。アキバは大軍でミナミを襲う計画があるんだが、そうなったらミナミに勝ち目はないだろう」
睦実:
「にゃんだとぅ?」
石丸:
「アキバのプレイヤー人口が約15000。ミナミは9000程度。90レベルの〈冒険者〉だとこの割合はもう少し広がることになるっス」
さつき:
「そんな条件だけでアキバが勝つとは言い切れないでしょう。どこを戦場に設定するのか、補給がどうなるのかも重要です」
ジン:
「しかし、生産ギルドの規模でもアキバが有利だ。当然、装備品の充実度だって違ってくる。……みたいな風に議論を呼ぶようなことを言うのも一つの手だろうな。濡羽はアキバとの協力を断ってしまったので、アキバは戦争を計画しているのだとすれば、濡羽の責任ってことになる」
シュウト:
「随分と好戦的ですね、アキバ(苦笑)」
ジン:
「ありそうな話を大きくデッチ上げるのが基本だろ」
葉月:
「全部を語ってしまわずに、相手に言わせるのも有効ですね。」
傷顔守護戦士:
「ネットが炎上するのにも似ているな」
睦実:
「もう少し悪口っぽいのはないの?」
ジン:
「これじゃ俺が全部考えてるじゃねーか。えっと、濡羽は金を湯水のように使って女王のような暮らしを堪能しているそうだ。もう現実世界には帰還したくないと言い出しているらしい。反対したヤツがこの間1人消されたってな。……こんな感じで適当にログインしてなかったヤツの名前を入れておくとかだな」
睦実:
「ふっふ、よくもまぁ、そんなに悪口ばっかりスラスラと出るもんだね? 性格わるーい」
ジン:
「テンメ、それが狙いか」
高貞守護戦士:
「それでレッテル貼りするんなら、金満女王とか、下僕でハーレムみたいなのか」
芝生守護戦士:
「下僕になりたいファンが急増したりなwww」
ジン:
「ユフィリア、例は出しただろ、何かないか?」
ユフィリア:
「えっと、えっと…………鼻毛が出てるとか?」
余りに可愛らしいその発言に1/3が黙り込み、1/3が爆笑し、残りの1/3は失笑していた。
芝生守護戦士:
「鼻毛女王wwwwwなんというwww致命傷wwwうぇwwうぇwww」
ユフィリア:
「ダメ? じゃあ毛の処理が甘いとか、服のボタンを掛け違えてるとか、虫食い穴の服を着てるとか!」
ジン:
「あはははは! お前も向いてねぇわはははは!」
石丸:
「…………案外、悪くないんじゃないっスか?」
ジン:
「ハァハァ……そうだな。少し話を盛ってやって、絶世の美人だが、鼻毛が出ているのに気付いていないとかってのなら、本人的はキツいかもしれん。大悪人だのの大きな悪口は我慢できても、小さいのは納得いかないかもな」
長瀬友:
「……鏡を気にしちゃいそうです」
シュウト:
「そういえば、濡羽って人は本当のところどんな人なんですか?」
葉月:
「調べてはいるんですが、本人を覚えている人間はいないですね。グラマラスな女性という噂はあるんですが、絶世の美女かどうかまでは……」
ジン:
「絶世の美女じゃないんだったら、絶世の美人とかって煽れるだけ煽っといて、人前に出てきたトコでガッカリさせる手も使えるかもしれないんだけどな。ついでに美人とか自分で宣伝してたクセに!とか笑いものにしたりな」
傷顔守護戦士:
「それは本当に美人だったら使えない手だが」
ジン:
「そうだが、あくまでも美人だと認めない手もある。幻術を使うなんて卑怯だぞ、ぐらいまではイケる気がしないでもない」
荒くれ武闘家:
「アンタ、鬼だな」
ジン:
「そうか? 知り合いに比べたら俺なんて初歩的なレベルだけど……」
段々と雑談のようになって来ていて、幾つかのグループになって話あっていた。
葉月:
「レッテルの定番と言えば、宗教なんかもありますね」
ニキータ:
「優秀なギルドを妄信していると言ったりできそうね」
さつき:
「それでは黒渦さんは熱狂的な信者というわけだな」
長瀬友:
「地味で暗いとか、友達いないとか……」
ユフィリア:
「私の彼氏に色目使ったとか、援交パパ10人いるとか……」
ジン:
「もういい、いいんだ。もうゴールしていいから!」
高貞守護戦士:
「何かミナミの劣等感を刺激するネタがあればいいんじゃないか?」
シュウト:
「アキバの方が優れているものというと、そういえば最近、牛丼の店ができたって」
坊や守護戦士:
「それってアキバでは牛丼が食べられるってこと?」
すっかりと乗り気になっていた葉月は、さっそくミナミで噂話を流すプリテストを行うことを宣言した。それもさっそく明日の朝から行うという。
葉月:
「夕食後にもう少しシナリオを詰めましょう。明日は早朝から出発して現地で打ち合わせを」
ジン:
「決めたら速いな。ミナミの中には入れないが、俺たちも参加させてくれ」
さつき:
「ペーパーのバラ撒きは紙の素材を準備するのだな」
葉月:
「購入できる分と、付近で入手できるものとで都合を付けましょう」
ジン:
「すまんが、明日の朝錬は無しだな」
さつき:
「わかりました」
夕食の仕度が整ったというので、全員で移動する。
何かが始まる予感に小学校の遠足前のような雰囲気が生まれていた。楽しみで眠れないような感覚。閉塞的な状況を全員で打破しようとしたことで、心がひとつになった気分だった。
ジン:
「なんとか形になりそうだな」
シュウト:
「そういえば、こういうのって葵さんに協力して貰えばいいんじゃないですか?」
ジン:
「アイツに頼めれば楽っちゃあ楽なんだが、今回は出番なしだ」
シュウト:
「それはまた、どうしてですか?」
石丸:
「……目的っスね?」
ジン:
「まぁな。アイツに狙いを悟られると不味い。不用意な破壊や混乱を招くからな」
シュウト:
「いったい何の話をしているんですか?」
ジン:
「まだ確証がないから、秘密だ」
思わず石丸の表情を伺うシュウトだったが、石丸も聞かされてはいないようだ。
少し浮かれ気味のユフィリアの笑い声を聞きながら、歩く速度を速めるシュウト達であった。
◆
――草木も眠る丑三つ時
篝火が焚かれた。しかしそこに人影はない。また、たいまつが燃えているのでは無かった。
――カたシはヤ……
燃えていたのは、鬼火。人ならざるものの魂のかけら、怨念の焔である。
――えカせニくリに……
妖しい光に照らされたのは壮麗なる大内裏。宮殿の姿をした城だった。
――タめルさケ……
低く地の底から響く音が声のように、何かの呪文のように聞こえる。
――てヱひ……
大内裏の内から燃えるような、凍てつくような波動が繰り返し発せられていた
――アしヱひ……
建物の大きさからはありえないほど大勢の気配が伝わってくる。
――わレしコにケり……
それは忌わしき儀式のようでもあった。今にも終わろうとしているそれは……
内からゆっくりと門が開かれる。誰もいない。その暗闇の内をうかがい知ることもできない。
――ぺたり。
――ぺたり、ぺたり。
――ぺたり、ぺたり、ぺたり。
暗闇からゆっくりと現れた『足』が段々と増えてゆく。それは素足の子供のものにも思える。
と、篝火の近くを通った『それら』の姿が垣間見えた。異形のモノであった。
人の棲まぬ中央街路を練り歩く異形の群れは、その数をいつまでも増やし続けていた。
◆
早朝、シュウト達は既にミナミ近くのゾーンに一時的な拠点を構えていた。水梨やキサラギといった潜入班のメンバーに加えて葉月が指揮を執ることになっている。シュウト達はジンと石丸の3人だったが、レイシンが食事を作ったところでユフィリア達が合流することになっていた。
慣れたもので、ジンのミニマップが無くとも、水梨たちはミナミの冒険者に見付からないように手際よくルートを定めている。テントの設営などの準備が終わったところなので、水梨と交替でミナミに入っていた潜入班のメンバーと合流し、口頭で噂話を流す打ち合わせや、予言ペーパーの配布準備を行うことになっている。
そもそも大阪もまた、東京とおなじくメガシティと呼ばれる都市化した地域である。東京にとってのアキバがほんの一部の地域に過ぎないように、大阪にとってのミナミもまた僅かな面積に再現されたプレイヤータウンに過ぎない。周辺に広がる区域の大半には誰も住んではおらず、街並みの特徴を活かした形でゾーンが形成されている。
元々関東に住んでいるシュウトには大阪周辺の初歩的な地理的知識も持ってはいない。実際のところ関東でも読めない地名は多かったりするのだが、住んでいる近くの名前ならば常識的に知っているし、他県であっても聞き覚えがあることは多い。ところが、大学に入って地方の人間と知り合いになると、地名が変だ、読めないといった話題になるもので、そこで始めて自分の常識を疑うことが出来るようになるのを知った。このように、住んでいる内に最低限の地理的知識を得ているものだし、それがアドバンテージになっているものだろう。
しかし、ここはミナミであり、完全なアウェーである。一応は発案者兼アドバイザーという形で同行していたジンにしても、手持ち無沙汰なのは否めないようだ。下手に散策に出れば〈冒険者〉と出くわし兼ねない。……もちろんシュウト1人ならば見付からずにやり過ごすことは十分に可能ではあったが、余計なことをして遊びたい気分は幼稚なものとして押し殺してしまうべきシチュエーションであった。
――と、頭の中で念話の呼び出しコールが鳴った。
シュウト:
「ジンさん!」
ジン:
「ん、どうかしたかー?」
シュウト:
「その、ニキータからの連絡で、ユフィリアが倒れたって言うんですが」
ジン:
「は?……倒れた?」
シュウト:
「どうも向こうも慌てているみたいで、状況がよく分からないんですが」
ジン:
「なんか変なモンでも食ったのかよ、ったく」
ジンが代わりにニキータの方に念話を掛けていた。シュウトは心配して近付いて来た石丸に状況の説明を繰り返していた。
シュウト:
「何か、魔物がどうのって言っていたみたいなんですが」
石丸:
「倒れる前に、っスか?」
困惑するシュウトに、思案顔の石丸。要するに一度、集落に戻るのか、ニキータ達に任せても良いのかどうかを判断するのだろう。……ジンの念話が終了した。
ジン:
「んー、参ったな」
シュウト:
「どうでしたか?」
ジン:
「状況的にはミニマップで魔物を感知して、それで倒れたらしい」
シュウト:
「そんなことがあるんですか?」
ジン:
「まぁ、不慣れな内はなんかの切っ掛けで広範囲の情報を得ちまって、インプット過多になることはあるんだが」
石丸:
「ジンさんの方にその魔物の反応はあるんスか?」
ジン:
「ないな。もっと遠くなんだろう」
シュウト
「どうしますか? 戻った方がいいんですか?」
ジン:
「まぁ、まて。今から確認すっから。基本的に意識が無くなったのなら安全装置が働いたってことだろうから、しばらく寝てれば目が覚めるハズだ。問題は魔物の群れかもしれん。念のために確認しておく。ミニマップのブーストは疲れるから嫌なんだが……」
ジン:
「ウオオォ!!」
呼吸を整えたジンが裂帛の気合を発すると、気の爆流が噴き出した。叩かれるような衝撃にシュウトは咄嗟にヒジで顔をかばってしまっている。そのままジンは掛け声と共に更に次元を引き上げていった。外に押し出された気がジンに向かって戻ろうするかのように殺到し、痛いほどに密度らしくものが高まっていくではないか。そのままジンの姿を見続けていると次第に透き通るような表情に変化していくのが分かる。シュウトにはその到達点は計り知れない。ただ美しいとだけ感じていた。
数秒の後、頭をふら付かせながらジンはヒザを付いていた。
ジン:
「確かに、来てるな。数は数えられなかったが、1千や2千じゃきかない。ミナミと同じの規模の大集団ってところか」
シュウト:
「そんなっ……」
ミナミと同じということは、1万規模ということになる。モンスターとしては前代未聞の大集団ということになるだろう。
石丸:
「方角はどっちっスか?」
ジン:
「向こうの方、かなり距離はあったと思う」
慌てた様子で地図を取り出そうとする石丸。付近にはジン達の騒ぎに気が付いた〈ハーティ・ロード〉のメンバーが様子を見に来ていた。
ジン:
「やっべ……」
シュウト:
「ジンさん……?」
ジン:
「ワリ、頑張り過ぎた。ちっとばっかし寝るわ。石丸、しばらく……たの、む…………」
石丸:
「了解っス」
あっさりと倒れたジンは、はやくも寝息を立てていた。ジンの体をそっと横たえると、石丸の作業を覗き込む。ジンの指し示した方向をゆっくりと追いかけていくと、とある一点に辿り付く。
石丸:
「〈ヘイアンの呪禁都〉……」
シュウト:
「ということは、もしかして」
石丸:
「この時期から考えれば、〈スザクモンの鬼祭り〉っスね」
ゾッと身震いしてしまう。ジンの言うとおりであるのならば、1万近いモンスターの大群が移動していることになる。
石丸:
「……この可能性は考慮していなかったっスね」
シュウト:
「これから、どうしますか?」
石丸:
「まずは事実を確認するところからっス」
そういうと石丸は葉月と交渉し、居残り組から偵察隊を出すように取り付けてしまった。
作戦行動は一時中断となり、偵察の結果を待つ。
焦げるような焦燥の中、シュウトは自分に何が出来るかを考え続けていた。
志賀直哉とはまるで関係のないタイトルです。
いつもお世話になっております<(_ _)>
話の演出だとかバランス的にもいろいろとあるんですが、こんなバランスでやっております。
いつも通り、見直しは後回しで更新だけ先にさせていただいております。連休だとなんだかんだとサボリ気味になりますね。 <(_ _)> 申し訳ございません。