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31  パラダイス・ロスト

 

シュウト:

「あのー、昨日はそのー」

ジン:

「時々うざったいヤツだな、お前。別にいいよ、もう。殺さなくて済んでホッとしてるぐらいだよ」

シュウト:

「すみませんでした~」

ジン:

(危うく、オモチャ兼雑用係がいなくなるところだった)ぼそっ

シュウト:

「今、なんて?」

ジン:

「さっさと朝錬いくべ」


シュウト:

「それなんですけど、昨日の今日ですよ? その、まさかとは思いますが、さつきさんって大丈夫なんでしょうか?」

ジン:

「一味かどうかって話か? そんなん〈ハーティ・ロード〉の仲間ではあるんだろうけどさ」

シュウト:

「そうですけど、そうじゃなくて、昨日ジンさんを狙って来た一味かどうかってことですよ」

ジン:

「そんな線引きに意味があるか? さっちんはたぶん戦えって言われたら戦うんじゃねーの? そんで正面から来るタイプだろ」

シュウト:

「…………闇討ちは嫌いだろうとは思いますが」

ジン:

「ま、アレを見たらそんな風に疑う気は失せるけどな」


 ジン達に気が付いたらしく、遠くから会釈を送ってくる。どことなく嬉しそうな様子であった。


ジン:

「なんか犬っぽいっつーか。散歩してブラッシングしてやりたくなるんだよなぁ」

シュウト:

「ハハハ(苦笑)」

ジン:

「同じ犬でもチワワとどうしてこうも違うもんかねぇ?」


 シュウトはふと思いついたことを尋ねてみた。


シュウト:

「ところで、ジンさんがここで朝錬を始めたのって本当に偶然なんですか?」

ジン:

「本当も何も、偶然だなんて一言も言ってないだろ? たまたま朝錬しようと思ったら可愛い女の子とかち合うだなんて、こんな嬉し恥ずかしな偶然がありえるのはマンガ・アニメ・ラノベの中ぐらいのもんだろうがよ」

シュウト:

「じゃ、じゃあ?」

ジン:

「ボクちん、独り寂しく朝錬する美少女をほっとくほど悪党でもなければフニャチンでもなくてよ?」

シュウト:

「…………そうですか」





 昨日の続きで盾を使う練習になったのだが、少し難易度を高めていこうということで、組み手のアレンジについて話している時だった。


ジン:

「そういやぁ、せっかくだから、今の内にさっちんと模擬戦させてもらえば?」

シュウト:

「さすがに正面からじゃ勝ち目はないと思うんですが……」

さつき:

「私はどちらでも。今度は背後からだって遅れをとるつもりはありませんよ?」

ジン:

「いいねぇ。おい、何か言い返せよ シュウト?」

シュウト:

「……むしろ、ジンさんが手本をみせるというのはどうです? 」

ジン:

「手本? そりゃいいけど、何の?」


 その結果、ジンに向かってさつき嬢とシュウトが構えを取ることになっていた。


ジン:

「どうしてこうなった……?」

シュウト:

「いいって言ったじゃないですか」

さつき:

「勉強させていただきます。睦実も呼んでおきましたので……」

ジン:

「小娘の場合、二度寝してんじゃねーの? うわーい、俺、死ぬかも?」

シュウト:

「それじゃ行きますよ?」


 それぞれに武器を構えるシュウトとさつき。ジンは2人をしぶしぶ迎え撃つことになってしまう。2対1での模擬戦闘だった。

 ちなみにさつき嬢が睦実を呼んでいるのは彼女なりの『計画通り』でもある。ユフィリアを呼ばれてしまうとしょんぼりな気分になりそうだからだ。ある意味で乙女そのままである。


ジン:

「ヤバ♪ ヤバ♪ ヤバ~♪」


 さつき嬢が正面から、シュウトは背後からの攻撃を組み合わせてジンを攻めていくのだが、綺麗に捌かれてしまっていた。鼻歌混じりに2人の攻撃の合間を縫って反撃までしてくる。またもや蹴られて後退させられるシュウト(本日2度目)であった。


さつき:

「信じられない……この人は背中に目でも付いてるのですか?」

シュウト:

「ついてるんです。そのつもりで戦って!」


 実際のところ、シュウトとさつき嬢ではコンビネーションが十分に噛み合ってはいない。1+1が2にも届かず、精々が1.7ぐらいになってしまうのだ。一人当たりの戦力に換算すれば90%程度の実力しか発揮できていないことになる。その微細な戦力低下は一流もしくは超一流と言ってよい2人を平凡なレベルに押し戻していた。ジンが対処できるのは当然の結果であった。


 例えばチラっとジンが誰も居ない空間を見ると、さつき嬢はそこにシュウトが居るものだと思って躊躇してしまう。動きを止めようとする一瞬、止まっている一瞬、別の技に切り替えようとする一瞬。それはジンにとって十分すぎる時間だった。ポジションを変えたり、反撃を加えたり、本当にシュウトに対応したりできる。ソロ戦闘における対多数戦闘の経験で2人は遠く及ばないのを実感していた。これならお互いに1人でジンと戦った方がマシというものである。


 と、この状況にさつき嬢がブチ切れる。2人には気付かれてはいないが、朝錬開始からしばらくの間は乙女チックモード炸裂のサービスタイムなのだ。それもあってか、状況を悟ってからなんと10秒も我慢していた。そこからシュウトに声を掛けるまで更に5秒も費やして台詞を考慮する。これは本来の彼女を知っている人間からすればとんでもないことであり、もはや賞賛に値するものであった。


「ラチがあかない。シュウト君、私が突っこむ、君はフォローを頼む」


 意訳すると、「ウザいから私がメインで行く。後はお前がどうにかフォローしろ」と言ったような意味だった。これはシュウトにもちゃんと伝わっているため、どうにも苦笑いするしかない。つまるところ、お互いが遠慮しているからコンビネーションが成立しないのである。どちらかが主導権を握らなければならないのだ。遠慮を美徳としている場合、互いに譲り合いの精神を発揮することになり易く、モタモタしていれば負けてしまうことになりかねない。よって、決断は早ければ早いほど良いのだが、相手にどう思われるだろうか?といったことだとか、お互いの立場だの役割だのプライドだのを考慮するのに時間が掛かったりするし、様子や顔色を伺うことが日本人的にはどうしても必要になってくるのだ。


 しかし、さつき嬢はバッサリである。さすがに女性で戦闘隊長をしているだけあって、切り替えが早いと感心するシュウトであった(が、このシュウトの感覚より本来的には更に15秒も早かったりする)。

 さつき嬢はもともと勝ち癖のかたまりのような存在であり、物心付く前から剣道を続けているにも関わらず、飽くことなく戦い続けて勝利への意欲を失うことのない特殊なタイプの人間なのである。



 格段に動きの良くなった2人に、さしものジンも顔色が変わる。シュウトが居ようと居まいと、先にそこに居ても無視して自由に剣を振るうさつき嬢にジンだけではなくシュウトの顔色も変わっていたのだが、良い意味でシュウトにとっても合わせ易くなっていたし、ジンの意表を衝く効果もあった。


ジン:

「バカ野郎! お前等2人がマジとか、死ぬっつーの!」


 それでも内心ヒヤヒヤしているのはシュウトの側だったりするのだが、(大丈夫、ジンさんが本気になったら、たぶん分かる(、、、))と要らぬ線引きをしてしまい『安全な範囲』でジンを追い詰めるのを楽しんですらいた。

 シュウトにとっては念願のジンとの対戦だったが、意外にも特に感慨のようなものは感じていない。昨晩の殺されかけた恐怖体験のインパクトもあるだろうし、『気配消し』の練習で間接的に対戦していたこともあるためかスムーズに馴染めている。どちらかと言えば、ジンとさつき嬢の2人ともが近接・白兵戦のスペシャリストであることで、間近で感じる迫力のようなものに圧倒される部分が面白かった。


ジン:

「シュウト、うぜぇ!」


 気配を消して背後に接近してからの攻撃だったが、ギリギリで防がれている。しかし先程までとは違ってジンからは余裕が消えていた。

 

ジン:

「なろっ、〈フローティング・スタンス〉ッ!」

さつき:

「その技はたしか…………〈竜殺し〉(ドラゴンスレイヤー)の?」

ジン:

「フン、オワコンサブ職とか言ってナメてっと、痛い目みせっかんな!」

さつき:

「いえ、別にそんなことを言ったつもりは……」

シュウト:

「気にしなくて大丈夫です! それより、来ます!」


さつき:

「なっ? その動きは一体……?」


 ジンの歩行速度が激変していた。それはまるで空港などで見かける『動く歩道』の上をジンだけが歩いているような状態にあった。


 ダッシュから斬り込もうとするのだが、さつき嬢の周囲を円の動きでスルスルと逃げていくジンに、シュウトはなぜか攻撃を躊躇ってしまう。


シュウト:

(なんだ? 思ったよりずっと戦いにくい気がする)



 〈無重力歩行〉(ムーンウォーク)

 ムーンウォークと言えば、バックスライドと呼ばれるポッピングダンスの技法をマイケル・ジャクソンが再命名したことで有名になった『後ろに下がるテクニック』のことだが、この場ではジンによるフローティング・スタンスの戦闘応用技のことになる。

 〈竜殺し〉の追加特技〈フローティング・スタンス〉は使用者に浮力を掛けて体を軽くし、回避力を高める。それと同時に、地に足が着いている状態での地形効果の大半を無効にする技であった。しかし、もともとこの特技にはジンが使っているような歩行速度を高める機能・効果はない。


 これはジンがシュウトに対抗(、、、、、、、)するためにこの場で瞬間的に編み出したもので、戦闘演出力の一端を示すものであった。戦闘による成長はシュウトだけに起こる現象ではない。ジンもまた、レイシンやさつき嬢と戦うことによって成長していた。

 接地状態で浮力が無限供給される仕組みのため、走ってしまうと空中局面(走っていると両足がどちらも空中に浮いているタイミングがある)の存在によって浮力の効果を失ってしまう。ゆえに、このムーンウォークでは接地状態を維持し「歩きながら、体を滑らせている」のである。体を滑らせるため、常にどちらかの片足を接地しているその所作が、どことなくムーンウォークに似ているのだ。


 この技は「歩き」と「走り」で言えば、「走り」に近い速度を出すことが出来る。それでもシュウトなどがダッシュをすれば簡単に追いつくことが出来る程度の速度でしかない。しかし、それがかなり厄介な性質を持っているのだ。これはジンがムーンウォークで移動を続ける限り、追いつくためには常にダッシュしなければならないことを意味していた。言うなれば、最高速度ではなく、『低速移動力の底上げ』ということになる。


 次に通常のシュウトの間合いを考えてみると、ステップインから武器を振るう際のリーチまでが攻撃の届く範囲となる。ここに掛かる時間と距離の範囲が命中するかどうかを決定する因子となる。しかし、ジンのムーンウォークは「ダッシュでなければ追いつかない」という微妙な速度にあるため、ステップインに入る時の距離が少し遠いだけでも空振りする危険が出てくる。シュウトのクラスになると当たらない時には攻撃しなくなるため、回避されない限りは滅多に空振りなどしないのだが、その分ダイレクトに「戦いにくい」という感覚になり易い。


 広く観察した場合、突進攻撃(チャージ)以外の大半の技がダッシュ(ステップイン)→(停止)→攻撃という手順を踏む事になる。このため、かなり深くステップインしなければジンは届かない範囲に逃げていってしまう。かといって深くステップインしてしまうと、ジンからの攻撃を先に貰ってしまうことになる。これらは多くの攻撃は「停止状態」や「歩き」に近い状態で行動が行われているためだ。ジンの移動方向によっては、連続攻撃の2発目、3発目が届かなくなる、といった効果も期待される。


 逆にジンが攻撃に応用する場合に、ムーンウォークは「歩き」の動作であるため、機動性が高まったことで中間距離の有利さが単純に増すことになる。白兵戦の距離感ではダッシュする機会の少ない〈守護戦士〉の移動力は軽視されがちではあるのだが、ダッシュによる姿勢変化等は武器攻撃において少なからぬ影響を及ぼすため、そうそう軽んじてよい問題ではない。戦闘時に安易なダッシュを減らし、歩きの所作の中で攻撃・防御を行えること……この利点だけとってもその有利さは特筆に価していた。


 また、これは後に判明することになるのだが、歩いている動作と移動距離にズレがあるため、錯覚効果があり、これがジンの使う「リアル縮地」との相性が非常に良い。その初動を見切るのが困難になる効果まであったため、もはやこれはジンにとっての「当たり技」であった。



 『重撃』という特別に重たい攻撃を使い、剣を受けたさつき嬢の動きを瞬間的に封じておく。ボクサーが左フックを引っ掛けてコーナーから脱出するような動きを盾で再現し、盾で殴りつけながら、さつき嬢と位置を交換する。これによってシュウトはさつき嬢が邪魔となって攻撃できない。慌てて脇に避けるのだが、そこを『鋭撃』と呼ぶ特別に鋭い攻撃を使った切り抜けするジンの攻撃を受けてしまっていた。


 さつき嬢にはシュウトを、シュウトにはさつき嬢を盾に使い、戦闘を有利に展開させてゆく。基本通りの展開をこの2人を相手に普通にこなしてみせる、ということの凄み。


シュウト:

(不味いな、手に負えなくなって来てる)


 ムーンウォークによる戦いにくさをまだ分析できていないため、反撃がままならない。さつき嬢もかなり戦闘思考力・考察力がある方なのだが、ジンのシステムは難解で分かりにくいためか、どうにもならなかった。普段からジンの話を聞いているシュウトにもよく分からないぐらいなので、こればかりは仕方がない。


ジン:

「オラオラぁ、どうした? もう降参か~?」


さつき嬢:

「まだまだぁ!」


 『負けず嫌いのさっちゃん』がここに来て顔を出す。遂に本気モードの到来であった。

 さつき嬢のスタイルとは、ゲームの動作と武道の動きを融合させているところにまずポイントがある。ゲームの動作とは、特技使用時のモーションのような派手で分かり易いものであり、逆に武道の動きとは、技の予兆を消すことを追求するモーション・レスな動きになる。

 例えば、モーション入力によって特技を発動させる時に、モーション・レスな動作を織り込んだ場合、ゲーマーの緻密で高度な反射能力を逆手にとって、その計算を狂わせることが出来たりする。それら「(仮称)ゲーマー殺し」を戦闘のポイントとなる要所要所でだけ使われたりすると、相手は何をされているのか理解できないまま負けてしまう状態を演出することが可能になって来るのだ。たとえ原理が分かったところで反応できなければ同じ結果になることもあって、そうそうさつき嬢の優位性は覆ることがない。


 ジンがさつき嬢に勝てるのは、モーション・レスな武術・武道的な動作に対しても超反射による対応・対処が可能であったというのが大きな要因になっている。訓練による防御は、訓練していないものに対しては効き目が弱まってしまう。ところが超反射は訓練内容に関わらず、反応速度そのものを劇的に向上させる。その結果、モーションの有無がどうあれ、対処能力を発揮して防御を可能としていた。


 予兆の小さな突き技・斬り技に対してジンの反応が遅れ始める。本当のところは対処可能な時間が狭まっているために遅れて感じるだけなのだが、そうとは分からないシュウトにはチャンスに思えた。ジンに処理負荷が掛かっている点では正しいため、結果的に正しい判断をしたことになる。


 シュウトは“とっておき”を使うチャンスを探していたのだが、さつき嬢の動きを見て考えを改める。彼女に有利なポジションを優先して技を放ってしまう。


シュウト:

「〈アサシネイト〉!」

ジン:

「うらっ!」


 大胆にも捨て技に〈暗殺者〉最大の奥義を使ってしまう。案の定、ジンに躱されてしまう、が、僅かに体勢が崩れていた。シュウトは目の端でさつき嬢が笑ったのを見た気がした。


さつき:

「〈レイジング(、、、、、)……


ジン:

「なにっ!?」


 僅かなモーションから繰り出される高速の突進突き。輝く刃がジンの首を襲うが、危ないところで弾き返している。さつき嬢の動きは止まらず、弾かれたモーションをそのまま利用して掲げた両手剣を強く振り下ろす。ジンはこれを横に避けた。と、彼女の姿が一瞬にして消えた。次の瞬間、懐に入り込んでいたさつき嬢の強烈な〈ショルダー・アタック〉がジンを襲う。体の急接近にギコチなく攻撃を受けてしまうジン。足元が軽く浮き上がるほどの威力であった。


シュウト:

(あの人は、もう……)


 前回さつき嬢と戦った時も防げなかったのだ。ということは、ワザとあの技を受けているのだろう。ところが、今回の3発続いた攻撃は尚もとまらず、半回転からの鋭い薙ぎ払いが続く。ジンは盾に当たるように咄嗟にコントロールしていたが、今の技が『浮かせ直し』になったため、もはや完全に空中に浮き上がっていた。


シュウト:

「まさか……!?」

さつき嬢:

「……エスカレイド(、、、、、、)〉ッ!!」


 ビリビリとした気迫がシュウトの頬を叩く。追撃のクロス・スラッシュが空中で為す術のないジンを打ちのめす。ここまでで既に6連撃。だが、さつき嬢はまだ止まらない。そう、止まるハズが無かった。


 〈レイジング・エスカレイド〉。

 高レベル〈守護戦士〉(ガーディアン)のみに使用可能となる、このクラスには珍しい派手な連続攻撃特技であった。習得~中伝で6連撃、奥伝では7連撃、秘伝の習得に到っては最大8連撃にまで増加する。


 この技は魅せ技の側面が強く、その使用に時間が掛かるためDPS(ダメージ・パー・セコンド=秒あたり攻撃力)もさほど大きくないし、途中でガードされると技が入らなかったりストップしてしまうこともあった。パーティバトルでは使用者が攻撃中を狙われて的にされることがあったり、技の途中に回復魔法を使われたりすること、連続技補正でダメージが減少していく、といった諸要素のため、PvPなどの特殊な状況で決め技に使うのがせいぜいとされていた。


 それでも秘伝にするといわくつきの必殺技が見られるとあって、一度はこの技にハマる者も少なくない。と言っても上限90レベル解放から既に3年近くが経過している。その使い勝手の悪さから飽きられるのも早かったのである。

 よって、本来(、、)は次の7撃目がこの技の締めくくりとなる。



 深い前傾姿勢で突進するさつき嬢。彼女の大剣が地に触れてガリガリと音を立てる。武器が真紅に染まった。摩擦熱が燃え盛る大炎となり、武器を伝って彼女の全身を包む鎧と化す。大地の束縛から解き放たれた大剣は、炎から生まれた上昇気流に乗って一気に加速しながら空中のジンを貫かんと翔け上がる。〈燃え上がる炎〉という名の7撃目。


さつき:

「Blazing Flame!!」

ジン:

「うぼあー!ってアチャッ!熱っち!」


 ブレイジング・フレイムの燃えるジャンプ斬り上げに巻き込まれてダメージを重ねられてしまうジン。が、終わったと思ったその時――


さつき:

「ぉおおオオオ!!!」


 さつき嬢は落ちてこない(、、、、、、)。 燃える大剣は更に白熱し、輝きが目を焼く程に強まっていく。その白き閃光に引き寄せられるように、彼女も、ジンも、地に落ちてくることが出来ない。


シュウト:

「やはり秘伝使い……!」


 〈楽園追放〉(パラダイス・ロスト)

 連続攻撃特技〈レイジング・エスカレイド〉の秘伝習得者のみが使うことの出来る8撃目にして、英国の詩人、ジョン・ミルトンの叙事詩の名前を冠する最強の一撃である。しかし、この技の習得者は極めて限られている。なぜならば、上限90レベルの秘伝習得限界は「4つ」であるためだ。


 そもそも秘伝の習得はフルレイド(24人組)以上の組織力をもってクエストに挑むことが最低条件となる。そして魅せ技の要素が強いこの技を秘伝のままにしておくことはまず考えにくいことなのだ。その最終技 見たさに秘伝を習得した者であっても、飽きれば失伝させ、別の特技を秘伝にし直すことになる。シュウトにしたところで、この技に関しては動画サイトで記録されたものを見たことがあるだけだった。ブームはとっくに終わっている。


 技としては、敵対者を楽園から強制的に追放するというその名のイメージにそって、強烈な威力を誇っている。命中後、ダミーボム3回の小爆発の後で、大爆発を起こす、といったものだ。

 ダミーボムとは、威力こそ極めて低いが、反応起動回復呪文などの回復トラップ技を破壊する特性があった。これは技の最中に目標に対する回復呪文が間に合ってしまうためで、その中の反応起動回復を3回分削ることを可能にしていた。実のところ、同時にソーンバイド・ホステージなどの追加ダメージ技も破壊してしまうのだが、これは〈レイジング・エスカレイド〉を即死級コンボにしないための配慮だと言われている。

 その後、光エネルギーを込めた武器攻撃が爆発する。かなりの大ダメージ技なのだが、ダメージに連続攻撃の補正が掛かっているため、程良いダメージ量に抑えられていた。


 更にこのパラダイス・ロストには特別ないわく(、、、)があった。上限100レベルの解放と共に、90レベル後半に習得する隠し特技ではないかとウワサされていたのだ。秘伝のみの隠し技にしては技のモーションなど、その完成度が高かったことと、そもそも〈レイジング・エスカレイド〉が複数の攻撃特技の組み合わせで構成されていたことによる。


  実際にここで目にしたシュウトはそのウワサが真実だろうと感じていた。技の演出が動画で見たものとは味付けが変更されているのだ。これは最新の拡張パック〈ノウアスフィアの開墾〉による改変の結果だと思うと信憑性が増してくる。


シュウト:

「マズ……」


 一瞬気が抜けていたが、このままパラダイス・ロストを受けてしまえば今のジンのHPでは死にかねない。そう考えた途端、体が反応して腰がすっと落ちる。割り込みをかけるべく飛び出そうとしたその瞬間――


ジン:

「ぅおおおお!」

 空中姿勢のままジンが気勢を上げたため、シュウトの足が止まる。ジンはまだ終わっていない。諦めてもいない。


 輝きを増した純白の光は、技そのものを見えなくさせつつある。強烈なエネルギーが込められた一撃が今にもジンを打ち据えようとしている。ジンの手元にも青色の輝きが宿る。緊迫感だけが加速していく。轟々とした雑音が周囲に満ち、光と共に世界を塗りつぶしてゆく。楽園と、それ以外のものへと……


さつき:

「Paradise Lost!」

ジン:

〈竜破斬〉(ドラゴンバスター)!」


 ダミーボムの小爆発も、パラダイス・ロスト本体の爆発も起こらなかった。着地する2人。さつき嬢もまた死ななかった。どうやらジンはパラダイス・ロストの威力を相殺しただけで済ませていたらしい。


ジン:

「ふー、あっぶね、死ぬかと思った。まぁ、アレだな、今日はこの辺にしといてやろう」うんうん

シュウト:

「本当に、よく死にませんでしたね」

ジン:

「まぁな…………って、どうかしたか?」

さつき:

「……いえ、なんでもありません」 にこっ

ジン:

「?」


 何事かを考えている様子のさつき嬢のことは気になっていたが、朝錬は終わりということで有耶無耶になってしまった。





睦実:

「ちょっと! なにその氷の乗っかった涼しげな冷麺は!?」

ジン:

「フハハ、説明台詞をありがとう。これぞレイの得意とするトマトの冷製パスタであーる。言うまでもないが、めちゃウマだな」

睦実:

「だーかーら、何でアンタ達の分だけなの?!」

ジン:

「んー? 素行の悪いのがいるもんで、見せしめ、みたいな?」

睦実:

「なんのこと?……………………チワワぁ!アンタまた暴れたワケ!?」

水梨チワワ

「チワワって呼ぶんじゃねーよ!」

睦実:

「くぬヤロー……」

ジン:

「おい、チワワは嫌だってよ?」

睦実:

「自覚がある癖に生意気。じゃあ別のあだ名をつけてやろうじゃないの。んーと……」

弥生:

「マル●ォイ」ぼそっ

ニキータ:

「ブフッ、ごふっ、ごふっ……プククッ」

ジン:

「じゃあ、マ●フォイってことで」


水梨(チワワ→マル●ォイ?):

「ふざけるな、ポッ■ーー!」


シュウト:

(さすが関西人、ノリが違うなぁ~)


 変なところで感心してしまうシュウトであった。

 シュウト達という人数増もあったことで、物資節約のための朝昼兼用ごはんタイムになっている。そのためか、一日の雌雄を決するとばかりに食って掛かる睦実の姿は、なんだか風が吹くなどと同じ自然現象のように感じられた。食事中のマイペースはシュウトの愛するものの一つである。


ジン:

「そういうこったから、そこらへんで指を咥えて見ているがよいわ」

睦実:

「ぐぬぬ…………ヤダー!おねがい!ひとくちだけ! ねっ?ねっ?」

ユフィリア:

「むつみちゃん、私のを少しあげるよ?」

ジン:

「バカ、そいつにひとくち与えようものなら、皿の半分、いや、2/3をもっていかれるぞ?!」

睦実:

「そこまでズーズーしくないわ、アホー!」

ユフィリア:

「大丈夫だよ、私、そんなに食べなくても平気だから」

睦実:

「ユフィちゃん…………」うるっ

ジン:

「見たか?聞いたか? これが天然の女子力ってヤツだ。分かるか? そこらの作り物・マガイモノとは格が違うね」

睦実:

「何を言うか!ユフィちゃんを規準にしたら、女子の総人口の半分が死に絶えるっつーの!」

ジン:

「まいったね。圧倒的じゃないか、我が軍は」

睦実:

「くううっ、女子力の違いが戦力の決定的な差にはならないことを教えてやるっ!」


 ハシやフォークでチャンバラを始める2人。ジンが笑いながら余裕で捌いていた。


さつき:

「睦実、やめてくれ! 恥ずかしいっていってるだろう」

レイシン:

「……本当のところを言うとね、糖度が高くて、料理に使うには酸味が足りないかなって思ったんだよ。このトマトだと、そのまま食べたり、塩を振ってトマトジュースにした方が美味しいと思う。

それで良く熟れた甘いものは、そのまま食べられるようにサラダに入れたんだけど、全員分には少し足りなかったから、熟れ切っていないものを加工して冷製パスタにしてみたんだ」

シュウト:

「そうだったんですか」

ニキータ:

「やっぱり無駄な争いね……」


ジン:

「ならば!今すぐ平凡な女子共に女子力を与えてみせろ!」

睦実:

「きさまの冷麺を食べてから、そうさせてもらう!」

ジン:

「なんと! 食われなければどうということはない」


ユフィリア:

「もぅ、ジンさん、遊んでると食べ時を逃しちゃうよ?」

ジン:

「それもそうだな」しゅたっ

睦実:

「あうう……」

ユフィリア

(おいでおいで)

睦実:

「やたっ! あたしにも食べる皿があったんだ!こんなに嬉しいことはない……」

ジン:

「つーか、小娘にやるぐらいだったら俺に食わせろって」

ユフィリア:

「えー? ジンさん、食べたかったの?」

ジン:

「なんだよ、俺と半分コしたかったんだろ? 遠慮すんなよ」

ユフィリア:

「ダメだよ~。睦実ちゃんかわいそうだもん」

ジン:

「パスタを食わなくても死なないさ。だろ?」

ユフィリア:

「そうだけど~」

ジン:

「いいだろ、な?」

ユフィリア:

「えへへ、でもやっぱりダ~メ。また今度の時ね?」

睦実:

「やったー! 阻止限界点突破!」

ジン:

「チッ」

睦実:

「でもスーパーイライラしたから、シュウト君で癒されたい!」

シュウト:

「なぜっ!?」

ジン:

「ズーズーしいヤツ!」

さつき:

「睦実、恥ずかしいから、やめてくれ……」

ふーみん:

「ナガトモ、チャンスだよ!」

長瀬友:

「あぅあぅあぅ……」

 

書き溜め分放出の関係で更新速度がちょっとだけ速まっておりますが、通常通りでございます。<(_ _)>


多少編集なりしたいところなのですが、客観的に自分が見られるように成長したころに、と思っております。来週とか来月とか来年とか来世とかでしょうか。<(_ _)>


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