EX 武術縮地3.0
アキバの冬は深い。ゲーム的異世界とはいえ、東京とは思えないほどだ。雪も積もっていて移動するのが億劫に感じられる。
それはまだいい。ジンがローマに出かけたっきり、なかなか戻ってこないことの方が問題だった。やっと戻ってきたところで、ブーイングの嵐もどこふく風。
ジン:
「ローマで幸せな余生を送ってるんだから、ほっとけ」
これである。まるで引退したみたいなセリフもそうだけど、ともかく納得がいかない。僕も連れていって欲しい。
ジン:
「とりあえず、縮地の話をしような」
葵:
「そんなんで騙されるかコラァ~!」
シュウト:
「あの、エヘヘ」
葵:
「うそやろ、シュウくん!?」
……コロリと騙されました。でもしょうがないと思うんだ。
葵:
「寒いからお外いきたくない」
ジン:
「よし、参加しなくてよし!」
アクア:
「どこかに移動してもいいわよ?」
〈妖精の輪〉を利用して、温暖な気候の地へジャンプを提案してくれているようだ。うーん、便利。
シュウト:
「ローマとかですか?」
ジン:
「ドアホウ。あっちも北半球だぞ。アキバよか寒いっちゅーの!」
リコ:
「じゃあ、赤道付近か、南半球?」
葵:
「バカンスじゃあ! 総員、水着のじゅんび~!」
ユフィリア:
「らじゃ!」
ジン:
「やめい! 遊びはまた別の機会にやれ!」
シュウト:
「そうだ、そうだー!」
タクト:
「そうだ、そうだー!」
葵:
「ホゥ? そっちの2人、なかなか良い度胸じゃんかよー? あぁん?」
シュウト&タクト:
「「うひぃ~!?」」
結局、話が進まないのでアキバの外でやることになった。残念なような、これで良かったような……?
参加を許されたのは、いつものレイド組。ジンがいないと平然と練習をサボるウヅキやケイトリンもちゃんと参加するっていうね。しってた。
葵は、結局「寒いのヤ!」とかで、水晶球によるリモート参加。やっぱりいつものレイド状態でした。
◇
ジン:
「じゃ、はじめまーす。今日は、縮地のもろもろについてだな。武術縮地3.0まで話す予定」
シュウト:
「おおおお!」
ワクワクが止まらない。しかも3.0ってなんだろう?
葵:
『3.0とか、いかにも安易じゃね?』
ジン:
「やかましいわ、ほっとけ!」
シュウト:
「まー、まー、まー、まー」
タクト:
「それで! どういう内容なんでしょうか!?」
必死である。こういう時はタクトと連携しても許せる気がする。不思議!
ジン:
「あー、縮地ってのは、もともと仙人の使っていた仙術という話があってだな。いわゆる長距離テレポーテーションのことだったりする。アクアが指輪でやってるようなものってことだな」
アクア:
「ふぅん?」
ジン:
「まー、テレポートというと、衛兵が使ってたりするし、タクトが短距離転移の口伝技を使えるわけで、既に不可能じゃなかったりするだろ。あとは、地脈に乗って移動するとかって説明されてたりする場合があるけど、〈暗殺者〉にもそんなような技が、あったような、なかったような?」
シュウト:
「えっ? テレポートとか、使えるようになるんですか?」←〈暗殺者〉
ジン:
「しらんがな。まぁ、俺も地脈と接続してるっぽいから、地脈そのものはあると思ってっけどなー」
葵:
『じゃあ、ジンぷーを地面に見立てて、潜り込めば転移できるかもよ?』
ジン:
「やめろ。俺を足蹴にさせたいだけだろうが、テメェは!」
葵:
『チィッ、ばーれーたーかァー!』
地獄の悪魔の方がまだ可愛いのでは?とか思ったけど、恐いのでボクはなにも言いません。無理です。
ジン:
「ここで説明していくのは、現実世界での武術で使われる技術、いわば『武術縮地』というやつだ」
レイシン:
「まず1.0から?」
ジン:
「そうな。とはいっても、1.0は何でも良いから素早く移動する技ってだけだ。たとえば、バーチャファイターでいうリオン・ラファールの使う箭疾歩も縮地のひとつって分類される」
葵:
『イーン!ってやつだな?』
ジン:
「それそれ。武術漫画の代表格『拳児』の方で有名になったんだけども。体を丸めるような独特の構えから放つんだ。初見だとびっくりのロングジャンプ・パンチになってる」
ジンがやってみせたのだけど、ぴょーんとそこそこの距離を跳んでいた。特に、だから何だろう?という感じ。いや、〈守護戦士〉だからそれなりに凄いのかも?……うーん?
ジン:
「やってみりゃ分かるんだが、これは停止からの『前足踏み切り』になってる。さんざんやってきたように、移動するには重心よりも後ろで蹴らなきゃいけない訳だから、半歩から一歩分ぐらい誤魔化せるってことだな」
実際にやってみた。『百聞は一見』というか、『万聞や百見は一動に如かず』と思った。やってみると前足踏み切りっていうのがよくわかる。
後ろ足で蹴って間合いを詰める窮屈さとか、それが当たり前になっていることなんかも再発見できた。面白いし、勉強にはなったけど、これは流石に一発技の気がする。
ジン:
「そんでもって、漫画やゲーム、なろうを含むファンタジー小説での武術縮地だと、だいたい目にも止まらぬ超高速移動をして、相手の眼前で止まる技になっているわけだな」
シュウト:
「えっ? せっかく移動したのに、止まっちゃうんですか?」
BFSの概念が前提になってくると、なんで止まっちゃうの?という疑問しかない。せっかく目にも止まらぬ超高速移動をしたんだったら、そのまま攻撃まですればいいのに。けっこう防げないと思うし、斬り抜けてしまえばそのまま離脱もできそう。ダメージもそれなりに高いのでは……?
ジン:
「そうなんだけど、それは俺が一番文句を言いたい人なわけで……」
葵:
『そうだべな』
レイシン:
「だよね(苦笑)」
ジン:
「その辺の縮地の闇は、いろいろ察してあげるしかないというか(苦笑) 敵が使ってきて、『おおっ、スゲェ!』ってなりながら、苦戦するシーンのためのものだったりするから」
葵:
『最後に主人公が勝つための前振りってやつか』
ジン:
「そんな感じ。もっというと、縮地を縮地たらしめるには、『移動しました』ってわからなきゃダメなわけよ」
シュウト:
「えっ?」
タクト:
「は?」
ユフィリア:
「んーと、どういうこと?」
ジン:
「だからー、縮地はあくまで『移動技』であって、『攻撃技じゃない』ってことだよ。いや、マジで……」
葵:
『えええええええ!? それ、なんてネタスキル!?』
ニキータ:
「……それなら、攻撃技になった場合はどうなるんですか?」
ジン:
「まぁ、別分類の『無拍子』って呼ばれるものが近いかな」
シュウト:
「無拍子って、剣舞の時に少しだけ触れてたヤツですよね?」←160話
従来の無拍子は、防御反応不能攻撃と言ってたはず。でもジンはそれに否定的な意見で、無拍子=剣舞という立場の人だったはずだ。
ジン:
「一般で語られる『無拍子』は、防げない攻撃のことだな。防御反応が不能な攻撃のこと。まぁ、個人的には術理が存在しない幻想だと思ってるんだけど。……ついでに説明すっか」
わぁーい!と思ったけど、ギリギリで我慢した。こらえた自分を褒めたい。よくがんばりました。
ジン:
「拍子とはいわゆるリズムのことだ。小鼓なんかを叩くリズムとかな。ポン、ポン、ポン、ポン、……といった、一定間隔のリズムを『拍子』という。ここから転じて『ゼロの拍子』、いわゆるリズムが発生する『前』という意味で、相手が反応するより早く攻撃を当てる、相手に防御させない、といった攻撃を『無拍子』と呼ぶ。より正確には『先の先』というべきもののことだな」
ユフィリア:
「ふんふん、……ふん?」
葵:
『ん~、それの何がイカンの?』
ジン:
「術理が存在しないんだよ。漫画とかだと、呼吸とかバイオリズムとかを読みとって、反応できない隙に当てる!とかってやるんだけど、具体的にそのタイミングはいつなの?っていうと、まるで判明していない。研究されてないんじゃねーかなー?」
レイシン:
「そうなんだ?」
タクト:
「ジンさんは出来ないんですか?」
ジン:
「出来ない。なぜならば、無拍子だったかどうかを決めるのは、受け手の主観だからだ」
シュウト:
「受け手の主観???」
ジン:
「師匠と弟子、もしくは先輩と後輩で訓練してたとするだろ? 先輩が攻撃側、後輩が防御側な。先輩側がそこそこスピードがあって、防御側の後輩くんの反応ぎりぎりで打ち込めたとするじゃん?」
タクト:
「はい」
ジン:
「人間なんで、どうしてもコンマ数秒の反応の遅れ、ブレが出る。それなりに防御できるけど、反応が間に合わない攻撃もそこそこって具合だとしよう。そういうので回数が増えていくと、『間に合わない』と判断した時に、『体が動かない』ケースが出てくるわけよ。無意識に防御をあきらめるんだ。間に合わないから」
葵:
『はぁ。まぁ、そういうこともあるんじゃね?』
ジン:
「そういう時に『いやぁ、今の反応できませんでしたよー。もしかして、無拍子ってやつっスか?』とかって褒めたりするわけだ。ほら、褒めると人間関係って円滑になったりするだろ?」
葵:
『はいはいはいはい!(笑)』
ジン:
「明らかに反応が間に合わなかっただけってケースでも、『あー、今の無拍子っぽかったからー』とか言っておくと、怒られなくて済んだりするっていう。……こんな感じで複数人で作り上げる幻想が、無拍子ってやつだと思れまふ」
シュウト:
「……えっと? つまり、どういうことですか???」
英命:
「防御側の自己申告でしか、無拍子は生まれないということでしょうね」
ジン:
「そうそう。どんだけ良い打ち込みが出来たとしても、防御側がたまたま反応して動けたら、それはもう無拍子じゃないってなる。正確には、たとえ防御に失敗したとしても、防御側が動けたら『反応できた』ことになるから、無拍子は失敗だ。反応すら許さないゼロが無拍子だからな」
シュウト:
「なる、ほど……」
ジン:
「だから、そこそこの攻撃でも、防御側が『動けなかったら』無拍子かもしれない。もっと言えば、まったく同じスピードの攻撃でも、それが防御側の主観とか反応次第で、無拍子だったり、そうじゃなかったりする『かも』しれないわけだ」
葵:
『ダメやん』
ジン:
「ダメなんだよ。そもそも、視覚反応速度に依存した技とか、超反射が使えたら、ただのゴミだし。さすがに難易度がまるで違うけど」
シュウト:
「あっ……」←察した
超反射は細胞のセンサーが働いた結果と考えられているため、『動いてから』感知するのとは次元が異なる。使用感としては、センサーが『常に反応している状態』ってイメージなのだ。
ジン:
「話を元に戻して、縮地は移動するだけ。対して、無拍子は攻撃を当てるまでやるけど、移動成分はあんまり含まれていない。通常の剣の間合いぐらいでやる技とされているな」
シュウト:
「縮地も無拍子も、あんまり魅力を感じなくなって来たんですが……」
ジン:
「だろうな。さっさと次いくべ」
リディア:
「そろそろ2.0?」
ジン:
「そうなるな」
◇
ジン:
「簡単に説明すると、2.0が現代の縮地だな。だいたいは、制限と条件付けが発生して、洗練されることになった。記号論的にいうと、『みかん』が発生したことによって、リンゴの意味合いは、『みかん以外の果物』になったって感じだ」
ユフィリア:
「えっ? えっ……?」
ジン:
「縮地に対して瞬歩ってのが発生している。瞬歩じゃないものが縮地になったことで、縮地は『なんでも良いから速く動く技』から『なんでも良くないけど速く動く技』になったんだよ」
シュウト:
「なる、ほど……?」←よくわかっていない
ジン:
「ここでは整理するため、縮地に対してその下位に縮歩。瞬歩に対して、その上位に瞬動を配置しておくものとする。縮地と瞬動が上位技で、縮歩と瞬歩が下位の組み合わせって感じだな」
リコ:
「ふむふむ」
ジン:
「瞬動が『ともかく速く移動する技』であるため、縮地は『いつ移動したのか分からない、いつの間にか目の前にいた』という現象であるべき、という理想論、イデア、観念論になったんだ。こういうブラッシュアップ、洗練化が起こって、2.0化したのが縮地って技術だな」
葵:
『ふーん?』
ジン:
「とか言っといて、じゃあパワーアップしたのか?というと、ぜんぜんそんなことなくってなー。日本式武術はもともとBFS寄りで、大移動距離、少方向、高速度戦闘といった性質を強く持っていた。大陸のAFSメインの武術なんかと比較しても、際だった特徴、アイデンティティ、オリジナリティを保持していたわけだ」
アクア:
「……なるほど。ロングレンジから接近するなら、移動技との相性は良さそうね」
ジン:
「そのとーり。でも時代の主流がAFSになっていった。小移動距離、多方向、高加速度戦闘だな。伝統空手からフルコンや極真に派生したこともそうだし、ボクシングや柔道がメインストリームになっていった。オリンピック種目の兼ね合いも影響しているかもしんないな。BFS型の剣道が採用されていないのとか、いろいろだ」
葵:
『ふむふむ。AFS系の格闘技だと近接間合いのまま戦うわけか。だぁら、接近するための技術は要らない子になっちったってことだな」
シュウト:
「えっと? 結局、廃れたってことですか?」
ジン:
「もともとの武術の伝承が途絶えまくったこともそうだし、そもそも縮地がもてはやされているのだって、近年のエンタメの影響が大きいってだけだ。現代の武術縮地は、トップスピードに素早く到達する目的の、初動で加速するための技って位置付けだな」
葵:
『そうなんけ?』
ジン:
「ああ。戦闘距離が近間だから、初動だけなんとかすればいいって意味もあんだろうし。陸上競技の100m走なんかで、移動速度の限界がはっきりしちゃってるのも影響があるだろう。そんなんで、エンタメと実際の武術での乖離が大きくなってる。お前らもイメージしてたのは、最初に説明した観念論の方だろ?」
シュウト:
「たしかに、そうかもです」
ジン:
「まー、時代がAFS主体に移行したのもよくわからん流れでなー。薩摩の示現流は日本型武術の流れを汲んでるのに、居合の方が正統派扱いだったりとかな。
それと、戦後の某作者のマンガだと、柔道マンが主役で、定番の悪役は空手マンだったりしたんだわ。後になって大山倍達をモデルにした漫画で空手マンが主役になって、展開が変わっていくんだけど」
葵:
『『空手バカ一代』うっ、頭が……』
ジン:
「それな(笑) 仮面ライダーの伝統的な必殺攻撃『ライダーキック』は空手からだろうし、キャプテン翼で若島津くんがやってる三角飛びなんかも『空手バカ一代』からだろう。モデルの大山倍達は、『マス大山』として海外でも大きな影響力を持つことになるんだけど、BFSとしてはここまでで、極真空手というAFS型に移行していったんだ」
アクア:
「縮地とはあまり関係ないんじゃない?」
ジン:
「そうなんだが、ちょっと脱線させて。伝統空手が猛威を振るっていたっぽい話もあってな。俺も人づてに聞いた、とある空手マンの話なんだけども。体重80キロを越えるゴロッとした男が、8メートル近い距離を一息に飛び越して突撃してたらしい。肩周りをガッチガチに固めて、押しても引いてもビクともしなかったそうだ。遠間から一瞬で跳んできて、咄嗟に受け流そうとしてもまるでビクともしないんだと」
シュウト:
「なる、ほど……」
タクト:
「それは、いきなりだと喰らいそうですね……」
ジン:
「その人の勝ちパターンってヤツだな。ハマれば効くんだろう。……ちなみに合気道は『対BFS』型の武道で、こうした伝統空手を仮想敵としていたんだ。現状、BFSがメインストリームから外れてて、時代の流れ的にちょっと可哀想な部分はあるんだけどな」
葵:
『ほーん?』
ジン:
「たとえばだけど、合気道系の術理をよくわかってるヤツの場合、『初手逃げ』なんかが基本戦法になる」
葵:
『逃げるな、卑怯者め!』
ジン:
「残念、護身でした。……臆病とか逃げたって批判を『護身だから』でいなして後退する」
レイシン:
「護身術だから、積極的に攻撃しなくていいんだ?」
シュウト:
「えっと、そうして下がると、どうなるんですか?」
ジン:
「元々が対BFSだからなー。相手が走ってきて殴ろうとすると、自然とBFSに近くなるだろ? 走ってきた勢いをそのまま利用して、投げるなりして制圧して勝つわけだ。コンセプト通りの戦い方になってる」
シュウト:
「そんなやり方が……!」
葵:
『きったね! 護身とか言っといて、罠じゃん!』
ジン:
「いやいや、たまたまだから~。偶然、状況が有利に働いただけで、身を護っているだけだから~(笑)」
葵:
『チィッ、護身が完成してやがるっ!』
タクト:
「対合気道だと、間合いを詰めてAFS主導で戦うのが良さそうですね」
ジン:
「逃げるけどな。プロレスやボクシングみたいに、ロープが張ってあるわけじゃないんだし。そもそもAFSは足を止めるからな」
シュウト:
「割と厄介そうですね……」
距離を取ることで、敢えて相手をBFS化させるって戦法は、なかなか斬新だった。でも中途半端なBFSは生兵法だし、怪我のもとなのかもしれない。
ニキータ:
「…………居なくなりましたね」
ジン:
「……だな。偵察が消えたし、話の続きだ」
偵察が居たとか、ぜんぜん気が付かなかったんですけど……。
ジン:
「簡単にまとめると、縮地を縮地たらしめるには、歩いたり、走ったりとは異なる『なんらかの運動成分』がなければならないことになる。……じゃなきゃ、単に走ってるだけじゃん?って言われてしまうからだな。この辺りから説明に俺の師匠に相当する……」
リコ:
「ああ、名前を言ってはいけないあの人ですね?」
葵:
『うむ。ヴォルデモート大先生の理論が絡んでくるんだな?』
ジン:
「なんでもいいけど、ヴォルデモートはやめろ」
葵:
『へいへい。ごめんね、ごめんねぇ~』
ジン:
「ハラたつ。ともかく、簡単にぶっちゃけてしまうと、縮地ってのは、体幹部移動を加えた運動のことになる」
シュウト:
「つまり、もうやってるんですね……」
ウヅキ:
「マジかよ……」
ジン:
「マジだ。そして原理的には傾倒、いわゆる『体の傾き』と、『自由軸落下』が関係してくる。
まず傾倒なんだけど、これには3種類ある。全身を傾かせる全体傾、上半身のみの上体傾、下半身のみの下体傾だ。下体傾に関しては、膝から下だけ曲げる下腿傾も含まれるものとする。これらの傾倒を利用して、体幹部移動力を発生させるのが基本だな」
ユフィリア:
「ふむふむ……ふむ?」
しばらくやってみた。全身での傾倒は、動作最適化アサシネイトでお世話になっている。上体だけの傾倒はお辞儀のことだった。お辞儀しながら動くのって難しいと思うんだけど、そういう武術もあるって話らしい。
最後が下体傾なんだけど、これがいわゆる縮地っぽくするための方法らしい。
ジン:
「筋力によらず体幹部移動を発生させる訳だけど、動作としては2パターンに分類されて、ドミノ倒しみたいに足を地面に付けたまま、頭がゆっくりと倒れていく運動がひとつ。もうひとつは自由落下を利用するもので、ドミノ倒しから自由落下のまでのどこかに必ず分類されるわけだ」
アクア:
「自由落下は分かるけど、自由軸落下との違いは何なの?」
ジン:
「自由落下だと下に落ちるだけだから、前方移動力への転換を起こしにくい。そこで必要になるのが、最大限自由落下しつつ、ドミノ倒し成分を持たせた動きってことだな」
アクア:
「欲張った動きってことね」
ジン:
「軽くやってみせようか……」
ジン:
「とりあえずやってみせると、……こう!」
一瞬で腹からビターンと地面に叩きつけられていた。いや、自分で叩きつけたというべきか。その場に立っている状態から、足が後方にスッと引かれつつ、なめらかに全身が傾倒していって、倒れた? 落ちた?
ジン:
「いててて。……こんな感じだ。理屈としては、俺の体は3次元の立体なわけで、重心というものが存在している。そんでもって、立位からいきなり自由落下しようにも、足が体を支えてて邪魔だな。つまり姿勢を変形する必要があるんだ。俺が自由落下するには、重心が、重心落下点に対して素直に、無駄なく、『落ちる』必要がある」
葵:
『ほーほー。つまり、空中で横倒しになってから落ちるのじゃ駄目ってこったな?』
ジン:
「その動きを実現するには、魔法を使うか、一度ジャンプする必要があるからな」
やってみたけど、難しいというか、恐ろしいというか。足を後方に引くだけでも、浮かせたくなる。浮かせたら重心が一度上がってしまうので、ジャンプしているのに近くなる。それと重心が重心落下点、いわゆる真下に落ちなきゃならない。ここがズレるというのも、自由落下しているかどうか?の重要な指標になっている。
ジン:
「余り身近にある動きではないから、難しいと思う。自由軸落下の運動成分を利用しているのは、100m走のスタートブロックだな。手を地面に付いて構えたところから、号砲とともにスタートする。体を起こす瞬間も、重心は落下を継続している。足先から頭までが直線になる時に、重心の落下による運動エネルギーを、前方力に変換するわけだ」
リコ:
「めちゃくちゃ高度なことをやってるんですね……」
ジン:
「理屈の上ではな。ちゃんと使いこなしてる人がどれだけいるかってのは別の問題だし」
シュウト:
「ですよね……」
ジン:
「自由軸落下の難しさを理解したところで、瞬歩の話だな。これは初歩的には超簡単で、足を抜くだけで出来る。」
葵:
『よし、やってみんべ!』
……やってみた。
葵:
『てーて、てっててれれ、てーてーてー! かっとばせー、だぁりん!』
シュウト:
「りー、りー!」
ジン:
「チッ」
葵:
『ピッチャー、一塁走者を警戒、セットポジションから~ ……走った!』
瞬歩の抜きを利用して加速を得る。2塁を目指して走った。僕は風になった……!
ユフィリア:
「せーふ!」
シュウト:
「っしゃあ!」
ジン:
「……ちょっ、待てよ! シチュエーションを作り込むなっつー!」
シュウト:
「もう1回! もう1回いいですか!?」
ジン:
「勝手にやってろ!」
移動方向側の前足を抜く(外す)と、瞬間的に下体傾が発生する。支えを失って、転倒しつつある。その転びそうな勢いを移動に利用するのが、瞬歩ってことらしい。
牽制球に反応して、1塁ベースに戻ってみたり、また2塁への盗塁を決めてみたりと、堪能させてもらいました。……たのしい。
ジン:
「アホもご満悦みたいだし、ここまでにしよう。瞬歩でやってることも、傾倒と落下の利用だし、体幹部移動力を発生させているという点で、原理としては一部の方法論というのに過ぎないが、まぁ、分かり易いのは正義ではあるだろう」
アクア:
「それはあるわね」
ジン:
「瞬歩は、その性質上、見れば分かっちまうのも特徴だな」
レイシン:
「うん。そのまま足を抜いてるよね」
ジン:
「でもこれって大事な発想で、強烈に『動こう』とすれば、相手に察知されやすくなるからな。武蔵なんかの技は、『意識を抜く』っていうのをトリガーにしていたぐらいだしな。行こう行こうとしている状態を作っておいて、押しとどめているものをスルリと抜いてやるわけだ」
反応しづらい動きは、以前に見せてもらったことがある。がっついていないというか、それでいて、しれっと襲いかかってくるような、冷静さ?とかいう評価も変なんだけど。
ジン:
「こうした幾つかの条件から、縮地・瞬歩はすべての技の前提に近づいていく。特技から通常技に変質するごとく、技という括りから外れていく道すがらにあるわけだ」
シュウト:
「そう言われると、歩いたり、走ったりにも使えるわけですし……」
ジン:
「完全な制止状態から、縮地をひとつの技として戦闘で駆使するのは現実的ではないからな。基本形があれば、実戦では応用が必要だ。下体傾を構えなんかの中に隠して、必要に応じてさっと繰り出すような形式で使うしかない。……それって、他人からすると、ちょっと動きだしが早いって程度の違いにしか見えないわけさ」
アクア:
「少しの差、だけどそれが決定的な差ってことね」
シュウト:
「なるほど……」
2.0が終わったのなら、いよいよ3.0……。つまり未来情報の話だ。
◇
ジン:
「では、いよいよ武術縮地3.0だな」
シュウト:
「やっぱり、難しいんですか!?」
ジン:
「いいや? だってもう練習させてるし」
シュウト:
「あ、やっぱりそうなんですね(苦笑)」
ジン:
「俺の師匠に相当する人は、日常で見られる縮地的な現象について、走り幅跳びのスタートの加速だと指摘した。そうなると、やはり体幹部移動による加速のことだってことになるわけだ」
葵:
『ふむふむ。それで?』
ジン:
「では、盛大なネタバレといこう。俺のいうフリーライドの性質、その側面のひとつが、武術縮地3.0なんだ」
シュウト:
「え、それって……?」
ジン:
「フリーライドの元になってる運動現象は『フリーフルクラムシフト』。そのまま字句の通り、自由な、支点、シフト移動のことだ」
英命:
「なる、ほど……」
タクト:
「あの、それって、どういう……?」
ジン:
「『フリーフルクラムシフト』は、筋力に依らない体幹部移動の基礎運動なのだがら、その性質は縮地と同一。つまり、フリーライドとは、フリーフルクラムシフトとは、そして武術縮地3.0とは……」
ユフィリア:
「とは?」
ジン:
「“常時”&“地上全方向”縮地だ。歩きでも使えることから、『縮歩』の概念にもなっている」
シュウト:
「地上!?」
タクト:
「全方向……!?」
葵:
『じょ、じょうじ……。あ、今のテラフォーマーズのネタね?』
ジン:
「フッ、自分でネタの解説をするとは、堕ちたな」
葵:
『巨星、乙』
シュウト:
「いや、あの、解説とかは……?」
ジン:
「解説もへったくれもないんだが? 常時ってのは常にって意味だし、地上全方向ってのは、上下以外の、前後左右ナナメ前、ナナメ後ろまでの360度方向での、縮歩ってことだ」
葵:
『うーん、これは3.0』
ジン:
「だろ? 少なくとも2.0ではあるよな」
リコ:
「さすが、貫禄のヴォルデモート卿」
ジン:
「おいコラ、ツッコミ待ちやめろ。馬鹿にしてんのか」
リコ:
「いえいえ、超褒めてます」
ここまでの情報が全部ふっとんだような結論に歓喜と納得とがあった。縮地が本当に使えるなら、そりゃ、全時間で使うだろうし、全方向で使いたいに決まっているのだ。しかも、それが戦闘の、運動の前提として組み込まれていなければ、『達人』ではない。超超超納得だった。
ジン:
「じゃあ、武術縮地はおしまい。ここからは異世界での縮地の話をしていこう」
シュウト:
「えっ? 続きがあるんですか?」
ジン:
「そりゃあるだろ。武術縮地3.0+異世界縮地1.0だよ。これを縮地4.0と呼べるかどうか、ちょっち疑問だけども」
葵:
『あー、ギリギリアウト的な?』
ジン:
「そっそ。呼びたいような、呼びたくないような?」
シュウト:
「どっちでも……、良くないですね、はい」
睨まれたので引っ込めておきました。なまえ、だいじ。
ジン:
「〈ガストステップ〉とか〈ファントムステップ〉とか、なんか知らんけどビュン!と移動する技があるだろ? ああいうのが瞬間移動、略して瞬動になるわけだ。これで瞬動、瞬歩、縮地、縮歩が揃ったことになる」
葵:
『話の展開的に、再現VTRするんけ?』
ジン:
「そりゃそうだろ。魔力でも、闘気でも、それこそスペクトラム・フォースでもいい。そうした使えるリソースでもって、加速できれば瞬動だか縮地だかになるわけだ」
シュウト:
「そういえば、葵さんが盛大にすっころんでたような?」
葵:
『うむ。華麗なる思い出だーねー』
ジン:
「さて、簡単に説明していくんだが、呼吸法のモーションと同様に呼押、呼射、吸引、吸率を使っていこう」
シュウト:
「呼吸法ですか!?」
タクト:
「うげっ」
これは、勝ったかもしれない……!
ジン:
「というわけで、4パターン+組み合わせ4パターンについて説明していく」
説明が以下になっている
・呼押=プッシュ。体前面で、前方に息を吐きながら歩く
・吸引=プル。体前面で、前方から息を吸うように歩く
・吸率=インテーク。体背面で、後方から息を吸うように歩く
・呼射=スラスト。体背面で、後方へ息を吐くように歩く
これの組み合わせがさらに4種
・プッシュ&インテーク 後ろから吸いながら前に吐いていく
・プッシュ&スラスト 前後に息を吐く
・プル&インテーク 前後から息を吸う
・プル&スラスト 前から息を吸い入れつつ、後ろで吐いていく
ジン:
「組み合わせの方は分かり難いから取りあえず放置の方向でいいだろう。今のは元になってる呼吸運動の話をしたけど、これを意識とかエネルギーに変換していく。実際の呼吸と関係なく、こうした方向性を与えてやる必要があるわけだ」
エネルギーの発揮として一番分かり易いのがスラストだろう。体背面からエネルギーを噴射させて前方移動すればいい。とかいって、そんな簡単に出来るようになったりはしないけれど(苦笑)
ジン:
「特技を使わずにMPなりを消費するのはそれなりに難しいので、各自練習しておくように」
シュウト:
「はい!」
タクト:
「わかりました」
ジン:
「プッシュやスラストを使うと、威圧的な接近になり、プルやインテークは気付かれにくい。これが戦闘の根本的な戦略だ。威圧するか、隠密するかだな。速さで圧倒するのは威圧的だし、速さで反応できなくさせるのは隠密的ってことだ」
葵:
『なーる。瞬動は威圧的で、縮地は隠密的ってわけだ?』
ジン:
「大まかにそんな感じ」
シュウト:
「……っていうか、常時&地上全方向に加えて、魔力や闘気を使った瞬間的な加速まで加わるって意味ですよね、これ?」
ジン:
「ああ。やってただろ?」
シュウト:
「なんか、こう、どうしようもなく理不尽っていうか……」
アクア:
「巨大な断絶ね……!」
むしろ嬉しそうにしているのは何故なのか。断絶を少し埋めることができて嬉しいような、あまりに巨大なクレバスを前に、虚しさが勝っているかのような……?
ジン:
「うしっ、練習すんべ。ひとつひとつ、丁寧にな?」
どれだけ巨大な断絶があろうと、できることは目の前のひとつひとつだけ。地味にがんばるしかないと気合いを入れるのだった。
久しぶりすぎて何がなにやらですが、雑談の話題なので雑談風に。




