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26  オピニオンリーダー

  

「さつき隊長が負けた?」

「それ、2対1だったって聞いたぞ」

「あっさり背後を取られたんだってよ」

「嘘っぽくない?」


 さつきが完敗したニュースは集落を駆け巡り、早くも〈カトレヤ〉の、その中でもシュウトの評判が上がりつつあった。犯人は口の軽い睦実であり、仲間達に訳知り顔で話して聞かせていたためだ。睦実本人は間違った(、、、、)ウワサになる前に『真実』を伝えようとしており、親友のさつきを悪く言わないようにしている分だけシュウトの評価が跳ね上がってしまっている。


 噂されているシュウト当人は至って冷静だった。ウワサされて嬉しくないわけではないのだが、褒められるに値しないと達観してもいる。


(まぁ、何かしらジンさんが裏でやっていたんだろうし……)


 あまりにも簡単に背後を取れてしまったので自分の実力をはかりかねていた。このところ周囲にいるメンバーの影響によって評価基準が高くなってしまっていることもある。



 自分達の天幕に戻り、時間をどう潰そう?などと考えていたところでユフィリアが話しかけてきた。


「ねぇ、ユミとぜんぜん話してないって聞いたんだけど?」

「ああ……そういえば。 ここのところちょっと忙しかったから」


 意外な方向からのツッコミに動揺するも、最後に話をしたのはいつだったろう?と記憶をたぐる。ミナミ遠征出発の前日なので既に1週間は経ってしまっている。念話する時間がなかったわけではない。ジン&レイシンと毎晩交互に戦闘訓練をし、その後で反省したり考察したり練習したりと忙しくしていたら、あっと言う間の充実した一週間だった。


「なんだシュウト、お前マメそうな顔して『釣った魚にはエサをやらない』のクチか?」


 面白そうな話題と思ったのか、ジンがニヤニヤしながらクチバシを挟んでくる。


「もぅ、ユミは私の友達なんだよ? 付き合ってるなら、ちゃんとしようよ?」

「……いや、釣った魚とか付き合ってるとか、ちょっと気が早いというか?」

「えっ?」

「えっ?」


 表情が凍るユフィリア。ジンは必死に笑いを堪えていたが耐え切れずに噴出している。その後ろでニキータが「あらあら、まあまあ」と肩を竦めるのが見えた。


「……まだ、付き合ってなかったの?」

「そうハッキリした関係ってわけじゃないといいましょうか、僕もどうなっているのか微妙な感じでして」

 ユフィリアが今にも鬼神化しそうな雰囲気なので思わず言葉遣いが改まってしまう。


「…………」


 沈黙こそが、怖ろしい。



「…………キスしたくせに」 ぼそっ

「ばっ……ちが、未遂だって!」

「ばははははは! ぶはははははは!くるし~、タチケテー!死ぬー!」


 笑い過ぎてのたうちまわるジン。なぜか正座して釈明している自分。それを見下ろしているユフィリア。何かが間違っているのを期待したが、全面的に自分が悪いという判決120%。敗訴は確定の見込みだ。


「ユミのこと、好きじゃないんだ?」

「いや、そんなつもりは……」

「時間がなくっても、念話ぐらいできたんじゃないの?」

「そのぉ、僕から念話かけていいのかどうかとか、よくわからなくてデスネ?」

「そんなのユミだって一緒でしょ?シュウトから念話してあげなきゃ可哀想だと思わない?」

「それは……そう、なんですけど……」


「まぁ、待てって。ミナミに来てるのは仕事だし、こういうのは守秘義務っぽい部分もあるからな。シュウトだけじゃなくて、みんなにもなるべく仕事に関する話は内密にしてもらわなきゃならない。そうなると、女の子と話そうにも話題に困るってのはあるんだよな?」


 ヒーヒー言っていたジンだが、一息付くとシュウトの援護に回っていた。


「今晩にも念話すりゃいいじゃないか、な? それとフォローも考えなきゃだな。何かお土産を見繕うとか?」

「確かに、お土産ぐらいはあった方がいいかもしれないわね」


 ニキータが話題をお土産の方に移らせようと、さり気なく援護射撃をしてくれる。――が、



「ジンさんって何気にヒドいよね」

「あ?……なにが?」

「なんだがプレゼントで誤魔化せるって思ってるみたい」

「そんなつもりはねぇけど、今回はしょうがないだろ?無いよりマシじゃね?」

「毎日の積み重ねが大事なのに」

「そうだな。その通り。」

「自分もそうだからシュウトの味方をするんだよね?」

「なんでそうなる……?」

「女の子はね、寂しいと死んじゃうんだよ!?」

「死なねぇよ!てか、それウサギの話じゃねーか」


 矛先がジンに向いたところで、正座のままそそくさと脱出するシュウト。


「女なんかチョロいとか思ってるんでしょ?」

「思ってない!ぜんぜん思ってないって!」

「ジンさん、女の子に優しくするのも上手だもんね……」

「ばっか、俺が上手だったら下手なヤツなんていなくなるっつーの」

「でも、もうこっちの子にもコナかけてるし……」

「俺のことは(今は)別にいいだろ!? 彼女だっていないし、そもそもモテないんだから何も問題はないわけで」

「モテなきゃ何をしてもいいの?」

「いやいや『何も』してないだろ!?」

「そっか…………女の子だったら誰でもいいんだ?」

「いやいや、ちょっと待て、待てって!……ナニコノナガレ?!」

「そうやって何人も泣かせて来たんだよね?」

「サイテーね……」 (ニキータ参戦)

「ちょっ、泣きたいのはこっちだっつの! というか、お前等が泣かせた人数のが圧倒的に理不尽だろうが!」

「そんなの全然だもん」

「またセクハラ? そんなに過去が気になるのかしら」

「あっと、用事があったんだった。ワリ、またな」

「あー!逃げる気だ」

「そう言われてもスタコラサッサだぜ!!」


「うわ、逃げてるし……」

 ジンにも勝てない戦いがあるらしい。シュウトも自分がボロボロにされるのは仕方がないことだったと理解した。

 もう一度こちらに矛先が向きやしないかと恐る恐るユフィリアの顔色を窺う。我ながら情けない態度だが、事と次第によってはジンを追いかけて脱出しなければならない。


「んー、スッとしたっ♪」

 散々ジンをからかったためか、ユフィリアは満足げな表情をしていた。


(まったく良い性格をしてるよ……)


 嘆息するシュウトだったが、ユフィリアがこちらに向き直ったため緊張する。


「だけど、シュウトはちゃんとしなきゃダメだからね?」

「はい、すみません」


 低姿勢で保身を貫くのがここは得策である。


「お土産にするなら何がいいかしらね?」

「んー、ユミだったら珍しいモンスター関係のでも大丈夫だよね?」

「いいわね。面白い素材を出すモンスターとかいるかしら?」

「なるほど……」

 女性向けプレゼントにシュウトの意見などあるはずも無いため、ありがたく心にメモさせてもらう。





「ねぇ、ジンさんのこと、どう思う?」

「そうねぇ……」


 一息ついたかと思いきや、硬い表情で問いを発するユフィリアだった。ニキータは(ああ、本題に入ったのね)と理解した。主語は無かったが、ここに来てからのジンの態度について疑問に思っているのだろう。


「いつもと変わらないと思うっス」

「…………ある意味では、そうかもね」

「…………」

 石丸がコメントし、間があってからレイシンが同意する。シュウトは沈黙したままだ。


「今のジンさん、ちょっと嫌だな……」


 ユフィリアからすれば、ジンが周囲の人に嫌われそうなのがイヤなのだろう。それは彼女の優しさが発露したものというよりも感情移入に近いものだ。しかし、その感情の元になっている原因やら概念に名前を探してあてがおうと思うほど、ニキータは親切でもお節介でもない。


「確かにどこか不自然よね。少なくとも『何か』をしてはいるんでしょ」


 特にジンのフォローを望んではいないニキータだったが、ユフィリアの顔が曇っているのならば、出来ることはしてあげたいと思ってしまう。



「何かって?」

「人間の行動原理は大雑把に『愛』か『不安』に分けられるのよ。つまり何かを求めて行動しているか、もしくは何かを恐れて行動しているってことね」

「求めてる?……ジンさんってそんなにお金が欲しかったのかな?」

「流石にそれはどうかしら?(苦笑)」

「 確かに〈守護戦士〉は装備品の維持にお金が掛かるし、いつもお金で苦労しているみたいだったけど」

「うーん、なんか違うっポイね」


「じゃあ、ジンさんが怖れるものって何かしら?」

「えーと、このあいだ訊いてみたら、焼きうどんと抹茶ラテが怖いって言ってたけど?」

「それは単に食い意地がはってるだけだろ」


 シュウトが思った通りのツッコミを入れたので、くすり、と口元から笑いが零れる。


「そろそろ冷やし中華が怖くなる時期ね。あと、サラダうどんも。」

「冷やし中華は『お酢』が無いと美味しく作れないからね。サラダうどんもマヨネーズを作るのにお酢が必要なんだ。今のところアキバで売っていた『お酒の失敗ビネガー』は味がまちまちだから、美味しいものは直ぐに売り切れてなくなっちゃってるからね」


 レイシンが食事に関しての注釈を入れる。ニキータにはひと夏を冷やし中華と蕎麦、そうめんでローテしたがる家族がいるため、半分ぐらいは本当に怖かったりもするのだが、まるっきり食べないのも不安な気持ちになる。レイシンはパスタ以外の麺も手打ちで作れるらしいのだが、ちゃんとした醤油が無いのでどれもまともに作れないと話していた。


 洋食化の激しい世代として自分たちには醤油への依存はありえないと半ば思っていたが、こればかりはとんでもない勘違いだった。からだの反応として依存症の苦しさが出ないので助かってはいるが、ときどきはきゅーっと切ない感覚に陥ることがある。


「私はたこ焼きも怖いなぁ」

「ああ、ミナミに来てる間に一度ぐらいは食べときたい」

「私は明石焼きにも興味があるわね」

「それなぁに?」

「ダシにつけて食べるたこ焼き風のもので、現地では玉子焼きとかタマヤキと言われているものっスね」


 一通り食事の会話で盛り上がり、場が落ち着いたところを見計らって本題に戻していく。


「…………食事のことはともかく、普通に考えてジンさん自身に怖れるものが無いとするなら、わたし達のことを心配してるってことよね?」

「守ってくれてるってこと?」

「でなければ、単に性格が悪いだけかもしれないけど」

「もう~」

 そう意地悪く笑顔で付け加えるのを忘れない。ユフィリアは唇を尖らせる。


「〈守護戦士〉…………そうか、タウンティング(、、、、、、、)ってことなのかも」

 深く思考に沈んでいたシュウトが答えをみつけて呟いた。


「ヘイト(憎悪値)を高めて、タゲ(ターゲット)を自分に集めてる。〈守護戦士〉の戦い方そのままみたいだ」


 そう聞かされれば、なるほど、いつもと変わらない(、、、、、、、、、)とも言える。


「でも、どうしてそんなことをするの?」

「わからない。…………石丸さん?」


「そうっスね。状況から見て〈ハーティ・ロード〉は準備不足っス。レジスタンス活動では人が集まらないからか、別の名目で仕事を依頼して来ているっス。直前まで合流地点が決まらなかったりしていたのも、我々をシブヤに帰らせないためだとしたらどうっスか?」

「じゃあ、ジンさんは……?」

「がめついフリをすることで、わたし達から目を逸らしていたってこと?」

「たぶん、そうっス」


「えと、……結局どういうことなの?」

「僕らを帰らせないようにするためには、例えばユフィリアを人質にしようとするかもしれない」

「私……?」

「だから、そうされたりしないように先回りしていたってことなのね」

「レジスタンス活動なんて嫌だ、帰る!と言ってたら、今頃、実力行使されていたかもしれない。……金を寄越せ、直ぐには帰らないぞ!と言っておけば相手は性急にことを起こさなくて済む」

「そっか……!」

「でも、本当にそこまで考えて動いているのかしら?」


 ユフィリアにキラキラとした笑顔が戻ったのでニキータは冷やかしの一言を付け加えておいたのだが、彼女は笑顔のまま抱きついてくる。どうやら『わかっている』らしい。


「……ちょっと、出てくるね?」

 そう言ってレイシンが立ち上がる。立ち上がる時にどこか微笑んでいたように見えた。といっても、普段から温厚で微笑みを絶やさないタイプではあるのだが。


「何処に行くんです?」

「夕飯の支度だよ。 ちょっと早めだけどね」

「硬軟をとりまぜるんっスね」

「…………?」





 その日は始めて夕飯に呼ばれ、〈ハーティ・ロード〉のメンバーと一緒に食事をすることになった。天幕の外に立つと大人数の話し声が聞こえてくる。中には30人近い人数が座っていて、一斉にこちらを見つめる視線にさらされてしまっていた。


「みんなもう知っているとは思うが、彼らがアキバからやってきた〈カトレヤ〉だ!」


 霜村に紹介され、先頭のシュウトは軽く会釈しておく。ユフィリアが軽く胸元で手を振ったりしていた。殺気とも期待ともとれる眼差しを感じるが、ひるんだ様子など見せられるはずも無い。

 ほぼ全員が集まったことになるのだろうが、ここにテーブルや椅子はなく、地面に敷物だけをひいて思い思いの場所に座って食事をするスタイルらしい。食事の用意してある空きスペースに半ば自動的に座った。


「余計なことは抜きにして、今日は飲み食いを楽しもう!……カンパイ!」


 かるく杯を揚げてから飲み物に口をつけたが、それは酒ではなかった。単なる物資の不足かとも思ったが、状況からすれば、酔って暴れることのないようにという配慮かもしれなかった。


「なんかいつもより豪華じゃない?」

「確かに…………ともかく食ってみようぜ」

「あ? なんだこりゃ!?」

「すげぇ! すげぇぞ!」

「ウまぁ!!」


 間もなく、各所から声が上がり始める。どうやら料理の評判が良いらしい。シュウトも食べてみる。それは確かに美味しいものではあったのではあるが……。


「この味付けって……?」

 レイシンに向かって尋ねてみると、笑顔だけが返って来た。


「きたねーぞ、睦実!」

「肉ばっかりとるなよ!」

「ちょっと、はしたないんじゃない?」

「フハハハ!この串肉は誰にも渡さないよ!」


 どうも一部の人間が暴れ始めているらしい。両手の指の股に4本づつ、計8本の串焼きを爪系武器のように装備してかぶりついているのは、あの睦実という女の子だった。


「落ち着け、睦実。慌てなくても料理はなくなったりしない」

「何いってるの、さっちん!料理は食べたらなくなっちゃうんだよ!?」

「それはそうだが……」

「美味しい料理ともなれば、食べ時を逃す手はないんだよ? アツアツの内に頂くのがお料理様を持て成す最高の作法でしょ!」

「だからな、恥ずかしいから立って叫ばないでくれ。 客人もみてるだろう……」


 さつきがチラりとこちらを窺いながら、睦実の暴走を諌めようとしていた。これと同じような光景をいつもどこかで見ていた気がするのだが、こちらでもやはり虚しい努力でしかないらしい。


「あの小娘、なかなか良い事を言う……」

「さつきさん、苦労してそうですね……」


 その食い意地に共感したのか、ジンが睦実を褒めるコメントを呟く。シュウトはさつき嬢の方に共感を覚えていた。


「おお、ラビ!今日の料理はよく出来てるじゃないか。よくやってくれた!」

 霜村が料理担当と思われる少年に声を掛けていた。周囲の人間も彼にホメ言葉を掛けていた。


「いえ、今日の料理は〈カトレヤ〉のレイシンさんに手伝っていただいたものなんです」



 ぴたり。



 その一言で完璧なまでに喧騒が途切れた。見事な統制と訓練結果の現れだろう。沈黙する闇の中で誰かの咀嚼音だけが無粋に響いていた。……ジンだった。間もなくゲップも追加される。

 溜息とともに「またアイツらか」と誰かが呟くのが聞こえた。


 〈ハーティ・ロード〉の第3部隊はたしかに精鋭揃いではあったが、それはゲームに限ってのことであり、リアルでの料理スキルを持っているメンバーがいた訳ではなかった。それなりに料理ができるメンバーも、苦労して高めたサブ職を変えるのは戦力低下に繋がってしまうため、結果的に〈料理人〉のサブ職を高レベルで保持していたラヴィアン少年(通称ラビ)にリアルな料理を教える形で仕事をさせることになっていた。


 だが30人分の料理をリアルで作るのはかなりの難事である。大量に作ることによる味付けの加減に始まり、材料の下拵えにかかる時間・分量など、家庭料理とはまったく規模が変わってしまうのだ。材料調達でも先に具体的な指示を出さねばならないのだが、実際にはさつき達にまかせ切りになってしまっている。料理の基本もロクに身に付いていない初心者には厳しすぎる難易度であった。


 ミナミの都市機能からほぼ隔離状態にある彼らは、結果、焼いて塩を振るだけといった初歩的な料理を中心に今日まで凌いで来ている。それもしばしば冷めてしまって美味しくない代物ではあったのだが、それでも湿気た煎餅に比べれば何百倍もマシな料理なのだ。



 つかつか、と睦実がシュウト達のところまで歩いてくると、


「ねぇ、明日の夕飯だけどさ、あんた達のところにお呼ばれてしてあげてもいいよ?」


 ――と言った。空気を読まない人間はこういう時には限りなく強い。


「阿呆ぅ!」

「汚ねぇ!」

「裏切りもの!」

「自分だけズルいぞ!」 

「恥ずかしいからやめてくれ、睦実……」


 あっけにとられたシュウト達が反応するよりも早く〈ハーティ・ロード〉のメンバーから怒号が飛ぶ。


「ねぇ、レイシン。ついでだからあたし達の料理も作ってよ! お願い! ね?」

「うーん、別にいいんだけど…………どうしよっか?」


 仲間をまるっきり無視して頼みはじめる睦実。レイシンは焦らすような笑顔でジンの方を見て判断を委ねる。


「いいならいいでしょ!? ねっ! ねっ?」


 はしゃぐ睦実に、〈ハーティ・ロード〉の面々も事の成り行きをつばを飲むようにして見守っていた。


「……て、ことなんだけど、どうする葉月くぅん?モチ、別料金だけどぉ?」

 ジンはあからさまにいやらしい声色を出して葉月を追い詰めようとしていた。(本当に演技なのかな? 楽しんでやってないか?)などと思わなくもない。


「えーっと……(苦笑)」

「構わん。背に腹はかえられんだろう」

「ですが………~………すみません、よろしくお願いします」


 ワッと歓声が沸いた。〈ハーティ・ロード〉のメンバーはそれぞれのやり方で歓びを表現していた。ガッツポーズをするもの、叫び声を挙げるもの、ホッと胸を撫で下ろすもの、中には「こういうサポートの方がありがたい」と冷静なコメントをする者もいる。


「本当に良かったのか?」

「別に構わないよ。人数が多いから大変そうだけど、挑戦してみたかったしね。」

「そうか……」


 ジンもレイシンも、それっきり後はなにも言わなかった。



 その後は霜村が食料庫を解放すると言ったため、ちょっとした宴になっていった。豪気だとは思うのだが、どうやら備蓄管理などの都合を考慮せずに決めているらしい。シュウトも〈カトレヤ〉で裏方仕事を任されているため、慌てているメンバーの動きが見えるようになっていた。

 そんな事情とは関係なく、さっそく酒を取りに走るメンバーがいたりし、レイシンもせがまれて追加の料理を作りに行くことになってしまう。


 〈カトレヤ〉の誇る宴会盛り上げ班こと、ユフィリア&ニキータコンビがあちらこちらに赴いて宴を盛り上げ始めていた。その様子を遠くから眺めるでもなくみていると、さつき嬢が自分の杯をもって近付いてくる。ジンの両隣には石丸とシュウトが座っていたため、シュウトの脇に座ると、ジンに向かって話しにくそうに声を掛ける形になっていた。


「あの、先程は失礼を……」

「おう、 なんかしたっけ?」

「後ろから、その……」

「あん?」

「はいはい、そこどいて!」


 睦実がジンとさつき嬢との間に割り込むように座ろうとしたため、結果的にシュウトの横に陣取ることになった。手に抱えていた作りたてと思われる料理を重そうにゴトリと置いた。途端に旨そうな香りが広がる。


「おほっ、うまそ~!」

「そうなの!すっごい美味しいんだもん、もうびっくりだよ!」

「なんだ、つまみ食いしてんのかよ?」

「当然! 今は調理場が一番熱い戦場だもん。あたしなんか倉庫で一番よさげな肉を調理してもらたんだから!」

「そこまでしているのか、睦実!?」

「のんべぇどもは酒狙いで漁ってたけど、花も恥らう乙女としては食い気が最優先ってね!」

「やるな、小娘」

「任せてよ!」


 〈ハーティ・ロード〉のメンバーはかじり付くつくように料理を貪っていた。シュウトも真似するようにかぶり付く。十分に腹はくちくなっていたが、周囲の食いっぷりに食欲が刺激されたようで、もう一度食事を楽しむことにしていた。



「たしかに、驚くほど美味いな」

 料理を丁寧に食べ終えて、さつき嬢がぽつりと感想をもらす。


「ホントだよね。ねぇ、レイシンちょーだい?」

「ばーか。オモチャじゃねーっつの。それにアキバに嫁が待ってるから無理だな」

「そっかー、奥さんがいるんじゃ無理だー」

「大変なのですね」


 笑っている睦実とは対照的に、さつき嬢の顔がすこし曇る。夫婦が一緒に巻き込まれたことで、良かったのか悪かったのかは一概には言えない。子供がいなかったため、現実世界側に置き去りにしていないのがせめてもの救いだと笑ってはいたのだが。


「じゃあ、シュウトくんは?」

「え?」

「だからぁ、付き合ってる人とか、いるの?」

「それは、その……」


 小さな声で隣の睦実から話しかけられていた。突然ふられた話題に困惑するのだが、睦実が少し照れて赤くなった感じなのも魅力的に見える。


「……いるような、いないような?」

「あ~っ、わるい男の人なんだ?」

「そんなことは…………あるよ?」 キリッ

「あはははは! シュウトくんって面白いんだね!」


 なんとか睦実を笑わせることが出来たと思って安堵する。

 実際のところ、シュウトからすれば(ユミカとは、いったいどういう関係なんだろう……?)と思う部分はある。適当に抜け出して今日こそ念話しなければならないのだが、その義務的な感覚は何か違ってやしないのだろうかと思わなくもない。単に久しぶりに話す緊張感を恐れているのかもしれないのだが。


「あんた達って、そんなに悪い連中じゃないんだね?……そっちのオッサン以外は」

「フン、見る目の無い小娘だ。俺ほどの善人が一目で区別できんとは……」

「ついでだから、お金のことはちょっと待っててくんないかなー、なんて言ってみたり?」

「なんのついでだ」

「善人なんでしょ? そのついで」

「……馬鹿を言うな、そこばかりは譲れないね」

「いーじゃん、ケチ! 払いたくっても、今は銀行も貸し金庫も使えないんだもん。」

「そうなのか?」


 ジンの言葉にさつき嬢が答える。


「ええ。〈ハーティ・ロード〉のギルドタグではミナミには入れません。たとえ入ったとしても〈Plant hwyaden〉に入るように衛兵達に強要されるでしょう。かといって、〈ハーティ・ロード〉でなければ、どちらにしてもギルドの共用資産は利用できませんし」

「そうなると別の街まで行かなきゃならないけど、タウンポータルは死んでるから、歩いていかなきゃでしょ?」

「そうなるだろうな」

「まぁ、どの位残ってるのかギルマスもわからないって言ってたけどねー」


 〈Plant hwyaden〉に入れば、個人的な銀行や貸金庫は利用できるようにはなるのだろうが、〈ハーティ・ロード〉の資産を利用できなくなる。それまで、どのような資産管理を行っていたのかはわからないが、全てを共用していたとすれば、ゴタゴタしている間に大半を持ち逃げされていてもおかしくはない。それも分かっているらしく、本人達もあまり期待してはいないようだった。


「そんなになってまで、何で戦う?」


「…………住み家を、奪われたからカナー」


 何気ない一言だったが、シュウトはハッとなり睦実をまじまじと見つめてしまう。彼女は宙を、否、何も見てはいなかった。周囲の空間がとろりとした毒を含んだものになってしまったかのようで、ゆっくりと自分の内にも毒が溜まっていくような気がした。

 背後から肩をつかまれ、ジンに場所を変わるように促がされる。


「オピニオンリーダー……」

「オピニオン?」


 ジンと場所を変わると、石丸が小さな声で呟くのが聞こえた。


「時々、リーダーとは別の人物が真の影響力を持っていることがあるっス。理を説くのではなく、感情に訴えて、周囲の人達の心を、ひいては集団を動かしている場合もあるんス」

「睦実さんが?」


 石丸の解説を聞いている間も、ジンは睦実の話を聞いていた。


「……仲の良かった人達ともバラバラになっちゃったよ」

「そうか」

「そりゃね、一緒にゲームやってただけだし、殆どの子とはリアルで面識なんて無かったよ? 〈大災害〉があって、みんなしんどかったからね。やる気も出ないし、ご飯は不味いし、いつ帰れるかもわからなかったし、イライラして喧嘩したりもしたけど、それでも友達だった」

「ああ。そういうこともあるだろうな」


「……あんなゴーインなやり方しなくても良かったんじゃないのかな?〈Plant hwyaden〉かなんか知らないけど、みんなで仲良くすればいいじゃん。どうして一つのギルドに無理矢理つめこまれなきゃならないのかなぁ。」


「黙って〈Plant hwyaden〉に入っとけば仲間とだって一緒にいられたんじゃねーの?」

「そんなの、今更じゃん」

「今更だから、喧嘩するってのか?」

「なにそれ?」

「一度、コブシを振り上げちまったら、『勿体無いから』振り下ろしてブン殴るしかないってのか? それとも振り上げたコブシを何もせずに下げるのはカッコ悪いか?体面が気になるか?」

「そういう部分がまったく無いわけじゃないけど……。アンタ達にはわからないんだよ。居場所を奪われたことがなきゃ、こういう苦しさは分からないんじゃない?」


 別に理解されようとは思わない、という投げやりな態度に見えたが、捨て鉢というよりは諦めが先にあるように感じられた。


 シュウトは彼ら・彼女らの苦労を考えていた。やはり〈冒険者〉が都市機能から切り離されるのは大変なストレスだろう。シブヤに(きょ)を構える〈カトレヤ〉は、銀行や貸金庫を利用するのに歩いてアキバまで行かなければならない。今でこそ慣れてお金の使い方が計画的になってきたりしていても、当初はかなりの不便を強いられて感じたものだった。片道1時間の距離ですら不便だというのに、銀行と貸金庫がまったく使えないとなると、その不便の大きさははかり知れない。全ての荷物を持ち歩かなければならず、ということは、モンスターやPKに遭遇して死んだりでもしたら荷物の半分近くを失うことを同時に意味している。


 それどころか、彼らは死んだら戻る場所がないかもしれないのだ。ミナミの大神殿で復活するのかもしれないが、「あの噂」が本当だとしたら、生き返ることの出来ない仲間がいるかもしれない。戦闘において死ぬことが出来ないというリスクまで含めて考えるとなると、一体どれほどのストレスになるのか想像も付かない。



「……別に普通のことだけどな」

「なにが?」

「家を失うことが、だ。〈大災害〉があったんだぜ? この世界にいる人間(プレイヤー)は全員、家を奪われてんだろ」

「そういう意味じゃないって」

「同じだ。自分だけが不幸で、他のヤツがぬくぬくしてるなんて思うのは、甘ったれ過ぎだな」

「…………」

「そりゃまぁ、お前等の方が不幸が大きいかもしれないさ。だが、不幸自慢で俺が勝てたとしても、それでお前より偉くなるわけじゃない。だろ?」

「そうだね」


「なぁ、仮にミナミを取り戻すとして、お前等の力だけでどうにかなると思うのか?」

「それは無理でしょ。ゆくゆくはミナミのみんなにも協力して貰わないと」

「だが、ゲーマーじゃ現実の政治に興味なんてないだろ。それこそゲームをやるのに忙しくて、リアルじゃ選挙にも行かないようなのが大半だろ?」

「ハタチで権利は得たけど、あたしも選挙なんて行くつもりなかったし……」

「まぁ、俺だって似たようなもんだ。漫画やアニメ、ゲームの中の政治ならともかく、現実の政治になんか、なかなか興味なんてもてないもんだしな」

「うん。」

「この世界は、もう俺達の『現実』になっちまってる。だから、誰が統治してようと大して違いはないと思っちまってんじゃないのかね?」

「そうかもしんない。でも、それじゃ困っちゃうよ」


「いまミナミにいる連中は、そこそこ満足してるんじゃねーの?」

「もしかしなくても、それはたぶんそうだと思う。〈大災害〉直後と比べたらずっと良くなってるんじゃないかな」

「なのに、そこそこ満足している連中と仲良くしようともせず、叩きのめそうとしてるってワケだ」

「…………別に、ミナミの人達をブチのめしたいわけじゃないけど」

「なら霜村の言ってたみたいに、濡羽とやらをボコボコにすれば気が晴れるってのか? そんなの巧くいったって大神殿で復活したらあとは元通りだろ」

「それはそうなんだけど、でも何かはしなきゃじゃん」

「何を?」

「わかんない」


「今、そこそこ満足してる連中が、以前のような不幸で不満足な状態になるかもしれない。それでもやんのか?」

「わからないよ…………正直、あたし馬鹿だし、難しいことは言えそうにないんだけど、でも諦めちゃいけないんじゃないかって思う。巧く言えないけど、諦めちゃいけないと思ってる」

「ふむ……」

「諦めれば巧く行くのかもしれない。だけど、きっと『そこそこ』なんだよね。人に諦めさせておいて、『そこそこ』だなんてダメでしょ。理由になってないよ」

「なら、どうする?どう、したい?」

「そうだなぁ…………」



「アイツ等にも諦めて欲しい。奴らの一番の望みを……それならオアイコでしょ?」


 そういって、睦実は笑った。正気なのか狂気なのか、それは恨みが日常化した形かもしれなかった。


「…………(溜息)、まぁいいけど、奴らの望みは分かってんのかよ?」

「ん? 知らないよ」

「いい加減だな、オイ。 一応は現実世界への帰還を謳ってんじゃなかったか?」

「そうだけど、あんなんどうせオマケか何かでしょ。本気でやってるとは思えないもん」

「ふむ…………」


 そう言ったきりジンが黙ったため、途切れるように会話は終わった。

 真面目な話をして照れた様子の睦実は厨房に料理を探しに行くと言って立ち上がる。何やら考え続けていたジンも、「眠い」とだけ言って天幕を出て行った。去り際、ユフィリアがジンに気が付き、飛んで行って何やら言葉を交わし、頭を撫でられていた。ジンが去った後、その足でシュウト達のところにやって来た。


「ね、何かあったの?」

「いや、んー、なんだろう?あったような、無かったような?」

「ちょっと話していただけっス」

「ふーん?」


「それでは、私もこれで……」

「なんで? 少しお話しようよ?」

「いや、あの、その……」


 さつき嬢は立ち上がったのだが、ユフィリアにがっちりと腕を捕まえられていた。それを見て好機と思い、今度はシュウトが立ち上がる。


「じゃあ、僕は行くよ」

「どこいくの?」

「うん、用事を思い出したから」

「キミは何を言ってるのかな? 夜は始まったばかりなんだよ?」 ゴゴゴゴ……

「いえ、ですからホラ、念話を……」

「?」

「……相手はユミカでしょ?」

「あ、そっか。それなら許してあげる。うんうん。」 にっこり


 戻って来たニキータの一言でなんとか解放される。残念ながらさつき嬢の助けを求める視線はスルーしなければならなかった。必要な犠牲として、人柱になってもらうことにする。なにやら以前にもこんなやり取りを経験していたような気がして、何やら頭が痛い気のするシュウトであった。



 天幕から出てみると、外はすっかり暗くなっていた。歩いていくと次第に喧騒が遠のいていき、寂しさのようなものを感じてしまう。

 自分達のテントを覗いてみるのだが、やはりというべきか、ジンは中にはいなかった。練習しに行ったらしい。シュウトもテントの中では念話する気にはならず、人目に付かない場所を探して暗視を頼りに近場をブラブラと歩いてみる。


 日中は随分と暑くなってきたが、〈冒険者〉にとっては不平を言うほどでもない。今夜は熱帯夜にはならない様で、柔らかな風が出ていた。星明りを眺めながら、(何を話そう……?)と悩んでしまう。会話の組み立てを計算できるほど、ユミカのことを理解しているわけでもない。


 フレンド・リストを眺めながら、念話をかけるだけなのに踏ん切りが付かずにいた。向こうからかかって来ないかな、かかってきたらどうしようかな?などと考えていると、瞬間的にユミカの名前が点滅したような気がしたため、咄嗟にその名前に触れて呼び出しをかけてしまう。1秒とかからず彼女が念話に出た。


『もしもし?』

「あの、こんばんは……」



 虫たちの合唱の中、独り言のような会話の声はしばらくのあいだ続いていた。

 

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