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253  ユフィリアの誕生日

 

ユフィリア:

「わー! いろいろ増えてるんだねっ!」


 〈カトレヤ〉女子メンバーが屋台村を練り歩く姿は、『ユフィリア院長の総回診』かと思うような光景だった。しかも、屋台をやってるのは朝の味噌汁屋の常連さんが多く、あちらこちらからお声が掛かりまくる。


ユフィリア:

「うん!これも美味しいねっ!」

屋台のおっちゃん:

「だろう?」

別の屋台のお兄さん:

「次、こっち! こっちも食ってってー!」

ユフィリア:

「はーい! いま 行きまーす!」


 そうしてあちらこちらの屋台で試食を繰り返していった。


ユフィリア:

「はい。シュウトも食べてみて?」

シュウト:

「うん、ありがとう」

ユフィリア:

「ジンさんも、一緒にくればよかったのにね」

シュウト:

「それ、ジンさんに残りを食べてもらおうって魂胆だろ(苦笑)」


 一口しかいらないって、それもどうなのか。いろいろ食べて回りたいみたいだから、仕方がないかもだけど。


ユフィリア:

「えーっ? そんなことは……」

シュウト:

「あるんでしょ。知ってる」

ユフィリア:

「えへへへ~(笑)」


 図太い、あざとい。でも可愛いのだから卑怯だ。存在が反則だろう。


 前日の夜、ユフィリアの誕生日をどう祝うか?という議題で、打ち合わせという名の最終調整があった。そこで女子メンバーで接待して遊んでくることに決まった。無限のオトモダチ欲求の持ち主なので、たぶんそれが一番うれしいだろうということは分かる。僕とタクトは、そうした女子メンバーの護衛と、不満逸らしで随行を命じられていた。拒否権どころか、人権もない。ブラックギルドだった。


静:

「隊長、わたしのもたべてください!」

りえ:

「わたしのやつ、おいしいですよ!」

まり:

「すいません、私のもいいですか? たべきれなくて……」

シュウト:

「(そんなに食べられないんだけど)……わかった」


 女の子にチヤホヤされるのは、苦行などではなく、きっとうれしくて羨ましがられるイベントに違いない。違いないったらない。……やっぱりブラックギルドの気がしてきた。おかしい。お休みパートがちっとも楽じゃないような気がしてきた。


リコ:

「はい、タクト。あーん」

タクト:

「やめろよ。あーんは、さすがに恥ずかしいだろう」

リコ:

「いいでしょ? 誰も見てないから~」にっこにこ


 向こう側の負担が微妙に軽いのも、ちょっと腹が立つ。なにラブラブしてやがんだ、この野郎。……しまった。抑圧が、抑圧が溜まっていく。獣性を完全に解放する道のりは、果てしなく険しい(涙)


咲空:

「シュウトさん、大丈夫ですか……?」

シュウト:

「うん、まぁ、なんとかね」


 精神的にもお腹的にも、いっぱいいっぱいだけどねっ!


星奈:

「おいしい、です!」にっぱー

ウヅキ:

「ったく、何やってンだか……」


 咲空と星奈はこうした状況での数少ない癒しだ。そんなことを言ったら、ジンにロリコン呼ばわりされそうだ。


 その後も、まったくの自由というか、好き勝手にあっちこっちと連れ回された。屋台巡りしたからお腹いっぱいとかでお昼抜いてみたり(むしろお昼ごはんはちゃんと食べたかったよ……)。


ユフィリア:

「きゃー! かわいいの売ってるぅー!」

りえ:

「かわいいー!」

まり:

「これも、すっごいかわいいー!」


 お昼の少し前から〈209〉で買い物だ。真面目に聞いてた訳じゃないけど、会話の6~7割がカワイイで占められてしたような気がする。それでいいのだろうか? ボキャブラリー、ちょっと足りてないんじゃ……?


ユフィリア:

「そうだ! シュウトの冬物も頼まれてたんだった!」

シュウト:

「……よろしくお願いします」

リコ:

「タクトのは私が選んであげるね」

タクト:

「ああ、よろしくな」


 いわゆる着せかえ人形イベント、……オモチャタイムだった。ここから先はしばらく無心の練習をしようと思う。渡されたアイテムを、あれこれ考えず、ただ淡々と着たり・脱いだりを繰り返すだけのマシーンになるのだ。

 迷惑だって分かってるらしく、普段はちょっと遠慮がちな まりとか、物静かなサイもこの時ばかりは参戦する。リディアもうずうずとして選びたそうにしていた。大人組のトガさんとかジュンさんも、もう服を手に取って順番待ちしている。いいなぁ、みんな、楽しそうで←?

 似合うだとか、かっこいいとか、ホント、どうでもいいデス。一刻も速く終わってくれることだけが、僕の願いDeath。


 ケイトリンが選んでもってきたネタ系のオサレ服で爆笑をかっさらう。(何を着たかはヒミツだ)ウケてるけど、ぜんぜん嬉しくない。タクトめ、なに笑ってんだ。ぶっ殺すぞ、このぉ♪


タクト:

「抑圧を溜めてると、荒神が遠ざかるんじゃないか?」

シュウト:

「くっ!」


 平静を保て。ただ無心だけが、僕のトモダチだ。

 ……ダメだ、抑圧が増していく! ><。

 でも、タクトが着させられたネタ服は、面白かった。大分、心がすっとした。ストレス解消も大事だよね。


 〈カトレヤ〉組の数少ない良心ことニキータ様が選んでくれた服は、僕が見てもなんかセンス良さげだった。流石である。まぁ、なんだかんだ言っても、ユフィリアやケイトリンがまともに選んだ服は、ちゃんとしてて、かっこよかったんだけども。

 購入タイミングで石丸先生がやってきて、きっちりお仕事(値引き交渉的なアレ)をして帰っていった。地獄の道連れを増やしたかったけれど、石丸先生ばっかりは巻き込みづらい。だって、いい人なんだもの。


 そしてスイーツ巡りのターンだ。星奈も大喜び。ユフィリアと手を繋いでゴキゲンさんだ。


シュウト:

「でも、イッチーさんの でっかいケーキ が待ってるんじゃなかったっけ?」

ユフィリア:

「そうだった!」

ニキータ:

「じゃあ、ケーキは外しましょうね」


 イッチーさんは、ギルドお抱えの神パティシエだ。最近はコッペリアの要求で毎日のようにチーズケーキを作っている。みんなで食べてたので混ぜてもらったけど、怯むような美味しさだった。また迫力が増している気がする。……やはり神ってことなのかもしれない。


 その後は和菓子系のお店で、のんびりとお茶しながら、ずーっとオシャベリしていた。〈大規模戦闘〉(レイド)よりもよほど体力的に厳しかった。本気で、疲れた……。ぐってり。




葵:

「ユフィちゃん、誕生日おめでとー!」

ユフィリア:

「ありがとー!」うるうる


 そしてメイン?の誕生日パーティー、兼、夕食は、これまた豪華な仕上がりだった。男性陣は食材探索に出ていたらしい。……僕もそっちに参加したかった。

 何人かゲストを招いていたけれど、開催規模そのものは小さめだ。それでもユフィリアが満足そうにしていたので、よかったんじゃなかろうか。


イッチー:

「ケーキできましたー!」

ジン:

「でけぇ!」

ユフィリア:

「すごーい!」

レイシン:

「ロウソクに火をつけないとね」


 30人オーバーでも食べられる量ということで、かなりのサイズだった。段々に重ねてあるウェディングケーキなタイプではなく、アメリカのホームパーティーの写真とかでみるような、平積みの四角いタイプだ。以前に『本当の金持ちの家には、2階がない』とかジンが言ってたのを思い出す。十分に土地があれば、上に積み上げる必要がなくなるのだとか。ケーキであれば、スポンジのサイズを決める窯がポイントってことかもしれない。

 

 みんなでバースデイソングを軽く歌った後、ロウソクの火を吹き消すユフィリア。心底、嬉しそうな微笑みは、流石に絶世の美女のもの。カメラがないのがちょっと惜しまれる。実に見応えがあった、とだけ記しておくことにしよう。






 ――コンコン


ジン:

「ん? ……誰だ」


 ジンの自室。ノックに反応して振り返る。誰何(すいか)の呼びかけに反応はなかった。個室とはいえ、ここもゾーンで仕切られている。ドアの向こうにいる誰だかを『気配だけで察知する』というのは、そうなまなかな話ではない。



ジン:

(……まさかね)


 悪戯っこが微笑んでいるイメージ。しかし、この時間帯(=深夜)に来るとも思えず。故に、星奈あたりだろうと考えを変える。確かめるようにドアを開くと、最初の予感の通りに、彼女が立っていた。


ジン:

「コラ、悪戯しにくるな」

ユフィリア:

「イラズラじゃないもん。……あれ? ちょっとイタズラかも? とりっく、おあ、とりーと?」

ジン:

「菓子ならねーぞ。全部くったからな。……なんの用だ?」


 部屋に誘い込みたいといった下心を自覚するも、言葉の選択肢では無難なものを採用している。台詞が憮然とした口調になるのは、本意ではないからだ。


ユフィリア:

「じゃあ、イタズラしちゃおっ。おじゃましまーす」


 男側の気遣いなどは、当然のように台無しにしてくる。

 扉の前に立ちふさがっていても、体を預けるようにぶつかって来られれば、スルリと躱してしまう。ジンとしての性質を知っていて、自然と利用してくるのだった。


ジン:

「バッカ、おまえ、男の部屋に入ったらアウトだぞ?」

ユフィリア:

「そうなの? どうして?」

ジン:

「そりゃー……」


 性交渉に対して同意があったかどうかは、水掛け論になるためである。

 事前にセックスへの同意があったとしても、事後に気分を害するなどして意見を翻した場合、無理矢理に迫られた!などと女性が訴えるケースがありうる。争点になるのはセックス前にその意思があったかどうか。しかし、そんなことが後から分かるはずもない。このため『自分の意思で部屋に入った』という時点で、同意したと見なされる可能性が高くなるのだ。


 しかし、説明しようと思うとそこそこ面倒くさい。加えて、法律がらみの問題など、ここでは関係がないと気が付かされてしまった。法律は、ルール・規則というよりも『感情の納得』を扱う分野ではあるのだが、ここでの主眼は、法的な根拠の話ではなく、二人の心の機微の方であろう。


ジン:

「まぁ、いいや。んで、何か用?」

ユフィリア:

「用がなきゃ、来ちゃダメ?」

ジン:

「よし、わかった。……ちょっと待ってろ」

ユフィリア:

「やー! 脱いじゃダメ! 脱いだらダメなの!」

ジン:

「おいおい、部屋で着替えたらダメなのか……?」しれっと

ユフィリア:

「いじわる! ジンさんのいじわる虫っ!」

ジン:

「誰が虫だ、コラ?」ニヤリ


 主導権争いを楽しみつつ、ジンはベッドに腰掛けるユフィリアの隣へ。

 〈冒険者〉の体ゆえ、男臭さや加齢臭はそう強くならない。だとしても、彼女の甘やかな香りは、男の部屋では完全な異分子だった。

 左手で軽く背中、というよりも、髪の毛に、流すように触れる。ユフィリアの心拍数や体温も、ほんのりと上昇している。


ユフィリア:

「……あのね?」

ジン:

「ああ」


 用事がないとなると、途端に何を話していいのか分からなくなる。なんとなく触っているその手触りに、夢中になっていた。


ユフィリア:

「今日はまだ、ジンさんに優しくしてもらってないなって」きゅぴーん☆

ジン:

「まさか、……大人のちゅーをねだりに???」

ユフィリア:

「違います」ぴしゃり

ジン:

「さよけ」


 素のテンションでのダメ出しだったので、さすがのジンであっても素直に引き下がるしかなかった。


ユフィリア:

「誕生日プレゼントは~?」

ジン:

「あ~? 今日、一日、楽しかっただろ?」

ユフィリア:

「うん。すっごい楽しかった! あのねっ、あのねっ……」


 あれした、これした、こんなことがあった、誰それが何々、と楽しげに語っていくユフィリア。相づちを打ちつつ、ジンはそれをまったりと眺めていた。そんじょそこらの美女とは異なり、くるくると変化する生き生きとした表情は、見飽きることがない。


ジン:

「だけどそれ、セッティングしたの俺だからな?」キリッ

ユフィリア:

「そうなの? ……でも、ジンさんは来なかったよね?」じー

ジン:

「いやいや。俺がいるかどうかなんて、些細な問題だね」うんうん

ユフィリア:

「そうかなー?」じー


 浸透効果 高めの視線に、ちょっぴり怯むジン。セッティングしたのがジンや葵であっても、当日に楽しませたのは一緒に出かけた連中である。それを自分の手柄のごとく横取りするのは、少しばかり無理があったようだ。


ジン:

「……わかった。じゃあ、なんか言うこと聞いてやってもいい」


 最大限の譲歩である。金貨100万枚のお願い権ともいう。


ユフィリア:

「骨休め! 温泉いこっ!」

ジン:

「それ、お前のお願いじゃないだろ。自分の誕生日プレゼントで、ニキータ喜ばせようって腹じゃねーか」

ユフィリア:

「え~。私だって、温泉に入りたいんだよ?」

ジン:

「ニキータの誕生日はいつだ?」

ユフィリア:

「2月!」

ジン:

「じゃあ、温泉は来月な」


 ぶー、とふくれっつらをしてみせるユフィリア。その甘えるような仕草に反応したのか、ゆっくりとベッドに押し倒していく、ジン。


ユフィリア:

「やーん」


 既に何度となく押し倒しているためか、緊張感はさほどなかったりする。すぐ押し倒す男と、それに慣れっこになってきた女の図。ダメの見本である。


ジン:

「お前のお願い、言ってみろよ。……俺が叶えてやる」

ユフィリア:

「じゃあ、温泉」


 耳元で愛を囁くように言ってみるが、余裕でぶち壊してくる。


ジン:

「……だぁら、それはお前のお願いじゃねーだろ」

ユフィリア:

「そうだけど、それでいいの!」

ジン:

「俺が叶えたいのは、お前のお願いなんだよ。……タクトの時もそうだ。アイツの願いを、俺を使って叶えたろう。それって、お前が、タクトから感謝されてるだけだよな?」

ユフィリア:

「うーん、そうなのかな?」

ジン:

「お前が、俺にいっぱい感謝しなきゃ。俺ががんばった甲斐がないよな」

ユフィリア:

「でもでも、ジンさんにはいっぱい感謝してるよ?」

ジン:

「うそだー。ぜんぜん感謝してないね!」

ユフィリア:

「そんなことないもん!」

ジン:

「だったら、いつまでたっても、『ジンさん、ありがとー、大好きっ、抱いて?』ってならないのは何でなんだぜ??」

ユフィリア:

「えーっ!? そんなの、ぜったいなんない!」

ジン:

「ほらぁ、感謝してねぇじゃん」

ユフィリア:

「じゃあ、感謝してない、カモ」

ジン:

「……これ、なんの会話だよ(苦笑)」


 ユフィリアが感謝してるかどうかの会話である。もしくは恩着せがましい話、とも言えそうだ。


 押し倒しポジションから脇にずれ、ベッドに横たわる。互いに横たわったまま抱き寄せ、体温を共有する。真冬でかなり寒いが、ギルドホームに風が吹き込むようなことはない。だが、各部屋に暖房まである訳でもなくって。〈冒険者〉の体は寒さにも強いが、抱き合っているのはまた格別の心地よさがあった。心地よさと気恥ずかしさが程良いバランスで共存していた。

 だが、これでも決定的な状況とは言い難い。気が付いたら一晩、抱きあったまま寝ていたことすらある(その時はニキータとシュウトも一緒だったけれど)


 当たり障りのない場所を撫でつつ、まったりと時間が過ぎていった。

 ユフィリア側が拒まないのは、性格的な問題というよりも、性質的な話が関係していた。付き合う前からイチャイチャして、付き合ってからもイチャイチャして、結婚してもイチャイチャして、年を取ってもイチャイチャする。ユフィリアにとって男女交際とはいわゆるバカップルのイメージであり、それ以外のパターンはイメージするつもりがない。


ジン:

「えっちーこと、しとくか」

ユフィリア:

「しない!」

ジン:

「それ、あれだろ? ……幸せになっちゃうから、ダメってことだろ?」

ユフィリア:

「…………」


 正しいが故に、ユフィリアは何も答えない。答えてしまえば、それが真実になってしまうからだ。


ジン:

「アイツなら、俺の幸せを望んでいるはずなんだがな~(苦笑)」

ユフィリア:

「……ニナが?」

ジン:

「そりゃそーだ。だって、俺の意識 使ってんだし。ある意味じゃ、俺が幸せにしてるようなもんだぞー?」

ユフィリア:

「でも、それは、……違うもん」

ジン:

「ちがわねーよ」


 無理矢理に唇を奪う。少し嫌そうな顔をしていたものの、抵抗はほぼ無かった。



 ユフィリアの望んでいることとは、ニキータよりも少し後に幸せになることだった。ニキータと親しい友人のままで、というのがポイントになる。


 ニキータの方は放っておきさえすれば、勝手に幸せになる程度の才覚は備わっている。だから、これは本来、そこまで難しい話ではないはずだった。問題は、ユフィリアの圧倒的な魅力が暴走してしまう点にある。


 単純に、ユフィリアに目移りしない相手が必要なのだ。ニキータだけを愛することができる人。それが現れてくれれば、ユフィリアはニキータとずっと一緒にいることができる。それが望みであり、それだけが望みなのだ。

 だが、それはジンの目からみてかなり厳しい条件だった。困難を極めると言ってもいい。普通に結婚することを考えるのならば、タイムリミットは2~3年だろう。ニキータが25歳になる頃には、ユフィリアは友人関係の解消を決断しなければならない。残り数年で(ユフィリアにとって)都合のいい相手が見つかる確率は、極めて低い。もしかすると、ずるずると30歳近くまでニキータにべったりしてしまう線までありえる。


 これに関して、ジンにできることはない。異世界にいる間であれば、2人ともモノにしてしまって、ハーレムしてしまう方法もなくはなかった。だが、それもハーモニティアによって、既に使えなくなっている。


 現時点で、ジンにとってニキータは、娘と妹の中間的な存在になっている。「キスしたら、家族の味がするんじゃね?」とか想像してしまうぐらいには拒否感が強い。美人で巨乳のおねーちゃんだからもったいない!とか思っても、身体意識の問題であるから、逆にジンには無理である。

 ニキータ側にしても、ジンは父親か年の離れた兄みたいな位置付けにいる訳で、性愛の対象にするのはもはや不可能。お互いに、皮膚レベルで似通ってしまっていた。身内的な親密さで結ばれた関係に至っている。


 しかも、ニキータは、ジンの身体意識によって『無上の快適感』を知ってしまった。恋愛モードに必要な『切実さ』なんてどこ吹く風。生きてるだけで幸せ!とかいう状態を楽しんでいる。これはつまり「彼氏だとか、ちょっとウザいかも?」とかの話なのだ。まともな彼氏ができる見込みはゼロに近い。

 もっと言うと、ニキータは結婚できなくても「まぁ、しょうがないかな?」ぐらいの気楽さで諦めてしまえる。なぜって、ジンがそうだからである。自分の身体意識を使っているニキータも、確実にこうした影響を受けているのだろうと、ジンには分かっていた。


ジン:

「アイツ、たぶんノンビリしちまうぞ。俺とラブラブなところを見せつけて、焦りを誘うのはどうだ?」

ユフィリア:

「……ダメ。私だけ、だなんて」


 自分だけ幸せになったのでは、裏切りになってしまう。ニキータが恋愛や結婚を諦めるのであれば、自分も諦めるべきだと思うほど、これは強い気持ちで行っていることだった。……そこに男への配慮はない。年齢差のあるジンは、絶叫してもおかしくない状況にいた。


ジン:

「幸せがダメなら、2人で地獄に落ちようか」

ユフィリア:

「えっ……」


 押さえつけるようにして、キスを重ねた。脇腹を手が往復すると、ユフィリアはくぐもった声をあげた。マッサージと愛撫とでは、明確に触り方が異なる。気持ちをごまかすように、有耶無耶にしてしまうように、繰り返し撫でていく。楽器を奏でるがごとく、その体をつま弾く。そこに天上の音楽は生まれず、ちぢに乱れるばかりだった。


 弱い刺激を繰り返せば、だんだんと茹であがっていく。思考力が抜け落ちるのを見計らい、歯の隙間から侵入する。チロチロとごく短い時間、2人は触れ合った。大人のキスに、彼女は真っ赤に染まった。


ユフィリア:

「や~!」

ジン:

「…………」


 誘惑する悪魔のように、下へと手を伸ばしていく。ぴったりと閉じた両足は、拒絶の意思を示している。

 しかし、ある程度やせている女性の太股には、その付け根に『三角形の空白地帯』が存在する。ズボっと占領に成功。焦った声も、既に手遅れ。じっくりと時間をかけて攻撃を続ければよかった。


 力の抜けた太股の間に、体を割り込ませる。……将棋でいえば即詰みだろう。


ジン:

「…………」


 しかし、この男、この期に及んでまだ悩んでいた。


 男性的な都合としては、少なくとも一度はひとつになっておくべきではある。女性は何でもかんでもオシャベリのネタにする。特に致さなかった話などは、確実に面白おかしく口にしてしまうだろう。致した場合は、女性側も自らの評価が絡んでくるため、辛うじて口止めの効果が見込めるようになる。(イケメンなどの場合、独占のための吹聴が始まったりするため、この限りではない)


 こうした事情から、一度始めてしまったら、ちょっと強引にでも最後まで致さなければならない。これが一般常識かどうかは、人それぞれかもしれないが、定石であることは疑いようもない。

 本気で嫌がっていそうな場合でも、『入れた後で』撤退することになる。『入れる前』に止めてしまった場合、逆に女性側の攻撃反応が苛烈なものになることはよく知られた事実であろう。……王蟲の怒りを沈めるには、犠牲が必要だってばっちゃが言ってた。


 ユフィリアの態度は、絶対的に拒絶するようなものではない。しかし、瞳に浮かぶ懇願や哀願の色が消えない。流石のジンも、惚れた相手の気持ちを踏みにじって良い気分ではいられない。幸せになりたくないなら、一緒に不幸になっちまえと思ったのだが、冷徹にも成りきれない。


 可能であれば、『幸せのロードマップ』を書き換えてしまいたいと思っていた。ユフィリアの幸せにとって、自分が障害になることに躊躇いを覚えてしまう。幸せにしたいのに、その障害になるのでは、まるっきりあべこべである。


ジン:

(この布を少しズラせば、もう止められん)



 神ならぬ人の子らは、正しさへの報酬を疎かにする。

 神は正しさに対して報酬を支払うことはしない。正しさへの報酬は、正しい生き様そのものであるからだ。目の前の喜びを、感謝して受け取るのが神の道だ。それをなんやかや(、、、、、)とくだらぬ理屈をつけて拒み、『喜びを得ないこと』を、正しさだと言い張って己を慰めることをする。ありもしない地獄を理由にして、目の前の天国から目を逸らす。



ジン:

「……そういえば、誕生日プレゼントがまだだったな」

ユフィリア:

「えっ?」

ジン:

「優しくして、欲しかったんだろ?」


 弱々しく微笑んで、空虚な正しさを選ぶ。天国から目を逸らすしかなかった。自死を選ぶのと気分的には変わらない。多少 強くなろうと、本当に欲しいものは手に入らないのだと、思い知らされた。

 ジンは、ユフィリアを手放し、自由にした。


ユフィリア:

「ジンさん、……ありがと」


 一方でユフィリアは、思いの外 強くジンに感謝していた。真心を受け取ったと思った。純粋な愛だろうと、ときめきを覚えてすらいる。正しさの勝利を誇り、2人の勝利として喜んだ。しかし、それらの気持ちが、ジンに届くことはなかった。



 この後、失意のジンは、ローマに逃げた。

 2人の関係は大きく変わっていた。このことにユフィリアが気付くには、もうしばらく時間が必要だった。

 

 

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