252 極上の時間 / 獣性の利用法
ユフィリア:
「おはようございまーす!」
『夜明けの黄金味噌汁』の開店準備のために、ホームの外へ出たところだ。準備前から並んだり、たむろしている常連組に向かって、ユフィリアがさっそく挨拶していた。
客A:
「うおっ、戻って来てる!」
客B:
「本当に久しぶりだなぁ~」
軽く手を振って挨拶してからは、黙々と開店準備をする。10分も20分もかかるものではないけれど、開店の挨拶をするころには、ほぼお客様の全員が揃っていた。……いつもの光景が変わらなくそこにある。そのことに対する感動と感謝とがあった。
ニキータ:
「ご無沙汰をしております(ぺこり)一部のメンバーが遠征から戻ってまいりました。本日より復帰いたします。新年のご挨拶が遅れたことと併せまして、お詫びいたします。また、日頃のご愛顧への感謝の気持ちとして、本日から3日間、特別なスープをご提供させていただきたいと存じます(ぺこり)」
そう、リヴァイアサンのスープである。〈カトレヤ〉のギルドメンバーで消費しようと思ったら、軽く100年は掛かりそうな代物である。アキバ全員に飲ませ続けたって、1年や2年で無くなることはないだろう。
客C:
「そのスープが3日間だけなのはなんで? 量の問題?」
ニキータ:
「味の問題です。飲んで頂ければわかるかと。むしろ量としてはいくらでもあります」
客D:
「じゃあ、みんな連れてきてもいい?」
ニキータ:
「えっと、量で問題になるのは、おにぎりの方ですね(苦笑)」
客E:
「そっかー。……ちょっと、後で相談させてください」
ニキータ:
「はい」にっこり
私たちのレベルはあまり問題にされていなかった。もともと、フレンドリストへの登録は、顔が見える程度の距離にいれば誰からでも可能である。相手の許可うんぬんはマナーの問題であって、手続きに必要な訳ではない。つまり、ユフィリアを密かにフレンドリストに入れている人は、結構な数に上ってしまうのだ(念話はしてこないけど)
ワールドワイド・レギオンレイドのレイドゾーンが、各サーバーをまたがった存在だったことで、フレンドリストからの念話も可能だった。……ということは、私たちのレベルもフレに登録してあれば、丸見えだったことになる。
ちなみにシュウトとレイシン、石丸、私が100レベルに達している。残りのジンやユフィリアたち、〈カトレヤ〉組の参加者は99レベルだ。スタークとクリスティーヌ、アクアが98。その他の〈スイス衛兵隊〉参加メンバーがどうにか97まであがっているので、順当な伸びというべきだろう。
客B:
「やはり、このオニギリは旨いな」
客A:
「うん。ちょっと硬めだから、しっかり握っちゃってる気がするんだけど、食べた分だけホロホロと崩れるんだよなぁ~」
客C:
「また腕が上がってないか、これ?」
客F:
「てか、このスープもなんなんだよ。美味すぎだろ……」ゾッ
客E:
「このスープの材料って、教えてもらってもいい?」
ユフィリア:
「えっとねー、リヴァイアサン、かな?」ニコ
客D:
「やばい、聞くんじゃなかった(涙)」
元〈シルバーソード〉のシュウトが一緒なので、私たちのレベル上げは、過酷なゾーンを連れ回された結果だろうと噂されている。隅っこの方で参加して、オコボレを与ってレベルアップしていることになっているらしい(苦笑)
なので、まさかユフィリアがレギオンレイドの最前線で、メインタンクを回復するプリマ・ヒーラーをやってたとか言っても、誰も信じないだろうし、信じたくもないだろう。ワールドワイド・レギオンレイドとか以前の問題で、普通にレイドをやっていたと言っても、信じてもらえそうにない。
客C:
「いやいやいや、お値段、金貨1枚なんかで、だいじょうぶ……?」
客E:
「そうだった! 金貨1000枚ぐらいの価値はあるんじゃないか?」
ニキータ:
「いえいえ。タダでもいいぐらいなんです。本当に、量はいくらでもあるので……」
リヴァイアサンのドロップアイテムが大量に確保できた、みたいな納得のされ方をしてしまった。実際には1センチ角のキューブからでも、凄まじい量のスープがとれてしまう。何十倍に薄めて、ようやく、程良い味になるぐらいだから、心配されてしまう方が恐縮だった。
客H:
「確かにこれは3日ぐらいが限界か」
客I:
「ああ、だろうな」
客J:
「一年に一度とか、いや、半年に一度?ぐらいでいい」
ニキータ:
「……わかります。そのぐらいですよね(苦笑)」
すばらしく美味しいんだけど、ほかのすべてを圧倒しすぎてしまっていて『情緒が足りない』(カイン談)という。第一、三日も続けて飲むと、香りだけで満腹中枢に刺激が入るようになってしまう困った料理だ。
ちなみに、ここで出した分も、レギオンレイド中に最初にとった出汁スープの残りだったりする。まだ消費しきれておらず、そのまま持ち帰ってきたものを有効に活用させてもらっている。
りえ:
「じゃあ、三日間でいいんだ? いがーい」←まだ3日飲んでない
イッチー:
「そういえば、霧吹きで出汁をご飯にまぶしておいて、オニギリにするのも美味しいんですよー」
ニキータ:
「そう……」
リヴァイアサン・オニギリ。食べる前から、おなかがいっぱいになりそうなメニューだ(苦笑)
客A:
「もうおなかいっぱい……」
客B:
「まだ早朝だけど、夜ごはん食べられる気がしない……」
客C:
「どんだけ栄養入ってんだろうな、このスープ……」
客D:
「このスープのおかげで、恋人が……」
客E:
「むなしくなる前にやめとけよ……」
さもありなん。
◆
葵:
『なー? ジンぷー』
ジン:
「んだよ?」
葵:
『そろそろシュウくんのお悩みを解決してやってくんね?』
ジン:
「お悩み? また悩んでんのか。おまえ、悩み多すぎねーか?(苦笑)」
葵:
『弱くなりそうでイヤなんだって(笑)』
久しぶりの全体練習になった。基本的な鍛錬の後、そろそろお楽しみの組み手の時間になったころ、声だけモードの葵がお世話してくれていた。
いや、その中途半端な説明だとお節介にしかならないような気が……?
ジン:
「……ほー。弱くなる、だと?」
シュウト:
「え!? いや、そういう意味じゃなくて、ですね?」
なんかチラッと怒気が見えた気がして、慌てて取り繕う羽目に(涙)
ジン:
「じゃあ、今の実力をちょっとばかし試してみようか。……な?」
シュウト:
「えっ? あっ、ハイ……」
これは、死んだかもしれない。……でも拒否権もなくって。
ジン:
「少しずつ上げていくからなー、気合い入れろよ」
シュウト:
「わかり、ました(汗)」
タクトがニヤニヤしているのが目の端に見えて、目にもの見せてやる!とか思ったけど、目にもの見せられるのは僕の方だったという罠。
葵:
『レディ、……ゴッ!』
ダラダラの棒立ちだったのに、ゴッ!のかけ声と同時に、姿がかき消える。めちゃめちゃ焦った。
シュウト:
「だっ!」
ギリギリで斬撃を受け止め、自らノックバックを選択。吹き飛ばされつつ、体勢を整えることを考える。
シュウト:
(ダメだ、間にあわ……)
追撃の踏み込みが速すぎる。緊急回避で〈ガストステップ〉を発動。使ったのではなく、使わせられた。もう距離を稼ぐだけで必死だ。
シュウト:
(ちょっ、容赦がないんですけど? えっ、40%? 50? もしかして60とか……?)
冷や汗をぬぐうより早く、間合いを詰めてくる。遊び半分で牙を剥く、人類種の最強。すべてをかなぐり捨て、〈パウシングリープ〉で跳躍して木の上に逃げた。
ジン:
「オーイ、どうしたシュウト! 逃げてばっかりかぁ?」
そう言われると戦わなきゃいけない。実際問題としても、『消える移動砲台』のスタイルはジン相手には使えない。使いたくない。弟子未満といえど、まるで容赦のない人だ。戦えば戦うほど、こっちへの対策が固まってしまう。自分にとって最強の武器は、勝てるタイミングまでとっておくしかない。
真面目に近接戦闘を挑んで、負けるしかない。向かっていこうと決断したタイミングで、ジンがニヤニヤとしているのに気が付いた。非常に悪い予感がする。いや、もはや悪い予感しか、しない。
ジン:
「新技いくぞぉ? ……『飛漣剣』!」
シュウト:
「!!」
剣閃による遠隔攻撃技だ。回避した後で、その軌道を盗み見る。たぶん射程距離は20m程度は確実にある。〈守護戦士〉の特技〈パルス・ブレード〉の2メートルとは大違いだ。
ユフィリア:
「ひれんけん?」
葵:
『悲恋とはまた、縁起の悪い名前を(笑)』
英命:
「飛ぶ、さざなみ、と書くのでしょうね。パルス・ブレードが『波動の刃』とすると、小さな波を飛ばしていることになりそうです」
細かい解説がありがたい。ほぼその通りの内容だろう。
ジン:
「どんどん行くぞ~?」
剣を振る度、剣閃が次々と飛んでくる。〈パルス・ブレード〉の応用技かなにか。自力発動させる再現系の口伝技だが、その先でまったく新しい特技として再創造しているっぽい。技後硬直も再使用規制もなし。ダメージは低い代わりに、飛距離が延びている、といったところか。
ウヅキ:
「低ダメージの遠隔攻撃技か? メンドクセェ~」
タクト:
「低ダメージでも、あれだけ連射が利くと厄介ですね」
葵:
『違うね。ジンぷーにはブーストがあんじゃん』
リコ:
「あー。ダメージの物理限界でしたっけ? 1万点までアリってことですか?」
葵:
『やろうと思えば、そのくらいまでなら出せそうだけど……』
けれど、ジンはそうしないだろう。
葵:
『実際のとこ、連射すんのが前提なら、7000点ぐらいで十分なんよ。2発で14000点もあれば、〈武闘家〉以外は沈められるっしょ。バリアがあっても、だいたい1発で消せるだろうし』
タクト:
「3発でアウト、か……」
本当に、鬼畜なんじゃなかろうか(涙) しかもこの攻撃にはまだ先がある。組み合わせ的にマズいのが来そうな予感。
シュウト:
(マズい、もう来た!)
飛漣剣は一定速度で飛んでくるから、まだ回避しやすい。そこに、速度違いのイマジナリーブレイドが混じると、途端にカオスの度合いが跳ね上がる。特にイマジナリーブレイドの処理を間違うと、回避不能技・成敗剣の餌食だ。
シュウト:
(ダメだ、間合いを詰めるしかない……!)
破眼を破棄し、超反射を起動。『動かされる身体』でもって突撃をかける。気分は決死隊だ。
シュウト:
「おおおおお!」
ジン:
「よーし、やっと来たな。……行くぞ?」
完全におびき出されている。身も凍るような斬撃をギリギリで回避。回避が間に合ったのはこの一撃までだった。さらに加速したため、回避動作はもう間に合わなくなった。ショートソードでの受けに徹する。
シュウト:
(……まだ上がる!?)ゾクッ
加速していく斬撃は、すぐに反応できない領域に突入していた。本気で手加減なしってことかもしれない。トップスピードから先はどうなるのかと思ったら、『振り上げない振り上げ』と同じ、『動作省略』とでも呼ぶしかないような技術が使われていた。見えない攻撃が連続して襲ってくる。悠長に見てからでは間に合わないし、『読み』に必要なシミュレートの時間もない。そもそも同等な相手と戦っていて、均衡を打ち破るようなシチュエーションでならともかく、圧倒的な上位者による嵐のごとき攻めに対して、『読み』はなんの役にも立たない。だいたい動作が省略されて目で追えないのだから、通用する部分がない。
連続する衝撃が、肩の付け根に重くのし掛かる。
シュウト:
(……受け、てる!)
予兆すら微かにしか見えない攻撃なのに、防御できてしまう。超反射は、僕自身が反応するより、よほど早くて正確だった。どこからどう攻撃されるのかさっぱりわからないまま、それでも受けを成功させ続ける。
歯の根が震えそうな程の寒さ(=恐怖)を感じていた。無意識に正解を出し続けなければならないという恐怖。それでも受けが成功するたび、燃えるような熱気が体から溢れてくる。ぐるぐると熱さと寒さが入れ替わり、だんだんと同時に感じるようになっていった。
まさに奇跡だった。超反射というよりも、むしろそれを成立させている『精神のバランス』が。絶妙に保たれた精神状態が、超反射を成立させ、防御させ続けている。
ジンは、この瞬間の僕の動きに対して技をノータイムで生成している。身体意識が作り出すそれは、僕だけのものだった。極上の時間。黄金の体験。スリルを越えたスリルに陶酔しそうになる。
僕の魂は歓喜に包まれていた。もはや神の国で祝福を受けたと言っても過言ではない。スペクトラム・フォースのようなまがい物の力なんかとは別次元だった。……実力。ただ実力だけが、己を真に満たすアムリタである。他者からの賞賛の声すら遠く、もはや僕の耳に届くことはなかった。
苛烈な斬撃の嵐は、ひとつの到達点を迎えようとしていた。
シュウト:
(……〈天雷〉が、来る!)
武器とそれぞれの肉体と、身体意識を通したコミュニケートが、僕にそれを教えた。いかな超反射といえど、〈天雷〉ばかりは間に合わない。咄嗟に頭上でガードを固める。〈天雷〉は、最初からガードしておく以外に防ぐ手立ては存在しない。このガード動作をみて、ジンは技を変えることができるだろう。しかし、僕は知っていた。確信をもって言える。ジンは〈天雷〉を放つ、と。
ジン:
「〈天雷〉」
初めて〈天雷〉をガードした。たぶんガードした思う。剣の動きなんて見えちゃいない。走り抜けた斬撃の重みと、自分の体を貫いて行った雷撃との、残滓を感知するのみ。魔法に近い性質の、雷撃ダメージまでは完全には防ぎ切れなかったが、ガード成功によって強制スタンは不発に終わらせることができていた。
そうして気が付けば、苛烈な嵐は過ぎ去っていた……。
シュウト:
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
ジン:
「……いつまでたっても、ノロマの愚図だと思ってたんだがな。ちったぁ、疾さってヤツが身についてきたじゃねーか」
シュウト:
「はい。…………はい!」
超反射発動条件の、無心が継続していなければ、ここで泣いていたと思う。万感の想いがあった。到達のよろこびが、あった。
ジン:
「ま、今のお前にゃ、負けることはありえねーけどな(苦笑)」
スッと歩いて距離を詰めてくる。まさか、殺しの呼吸? なんてことがチラッと頭を掠める。目の前でジンがニヤッと笑った。
ジン:
「どうした、シュウト? 今なら俺に攻撃が届くかもしんねーぞ? それとも『待ち』しかできねーってか?」
シュウト:
「くっ!」
『待ち』を指摘され、焦って攻めに意識をやった途端、奇跡の精神バランスは乱れ、守りの姿勢が崩れた。それを見逃すほどジンは甘くない。『あっ』とか思う暇すらなかった。バッサリと斬り捨てられて終わった。
シュウト:
「ギャー!(涙)」バッサリ
ジン:
「一丁あがり、っと。揺さぶりに弱い。35点」
シュウト:
「……ありがとうございました」どてぷー
がんばった。かなーりがんばりました! 今日は、きっとご飯が美味しいと思う。
ジン:
「で、だ。そろそろ本題に入ろうか。……あんだって? 俺に教わっておいて弱くなるだ? じゃあ、後は好きにすれば?」
!?
シュウト:
「申し訳、ございませんでしたー!!!」
動作最適化アサシネイトと同じように、最速の落下でもって土下座。頭を思い切り地面に叩きつける全力の謝罪だ。残りHP的に死ぬかもしれなかったけれど、そんなことは考慮にすら値しなかった。
葵:
『持ち上げてから、地獄に叩き落としていくスタイル(笑)』
サブリナ:
「くっ、なんてキレだ!」
トガ:
「そこ、土下座みて嫉妬しない」
命というか、HPはユフィリアのゼロ・カウンターで救われた。けれど、ジンが許してくれないとどっちみち死ぬ。
葵:
『まー、まー、勘弁したってよ』
ジン:
「俺はともかく、俺の師匠に相当するあの人への侮辱だろ。……黙って死ぬといいんじゃないか?(怒)」
葵:
『ちょま、ちょま(焦) 引き出しふたつ封印しても、余りある上達っぷりなのはわかったけどさぁ~』
絶賛土下座中で、頭を上げる資格がない。黙って話を聞いている以外の選択肢なし。心情的には、誤解を招いた葵さんのせい(全面的に)なので、責任をもって譲歩を引き出していただきたい。てゆーか、引き出してくれないと泣く。そして死ぬ(涙)
ジン:
「あー? ……封印? なんの話だ」
葵:
『えっとー、内なるケモノ?と、魔眼でふたつ』
シュウト:
「…………」←黙って土下座中
ジン:
「あー、……獣化は封印しとけって言ったか。魔眼はアレだろ? 超反射と矛盾するから使いにくいってやつ」
土下座状態で、首だけコクコクと頷いておいた。
でも、もうどっちでも良いような気がしていた。超反射であれだけ戦えるんだったら、余計なものなんか無くても問題ナッシングである。そりゃー、なんとかなったらうれしいけれど、もう超反射のまま上手く攻撃できるようになれたら、他のことはどうでもいいかもしれない。
葵:
『心眼ってどうにかなんねーの?』
ジン:
「心眼ってもなー ……普通に考えたら内観のことだけど。こいつの場合、魔眼とくっついてんのが厄介でな」
シュウト:
「…………」
タクト:
「この場合の内観ってどういうことになるんですか?」
ジン:
「そりゃ、自分の身体意識を感知する能力だ。その延長線上に、身体意識で他者を感知する能力に接続していくわけだから」
葵:
『んー、シュウくんのばやいどうなる?』
ジン:
「シュウトの場合、外部感知のミニマップは矢筒がシュウトの体を利用してる形っぽいからなー。『道具と一緒に成長していく道を選べ』ってトコかな」
葵:
『うしとら、か~』
矢筒と、〈四天の霊核〉と一緒に、強くなっていく……。なるほど、難しい。どうやればいいのかさっぱりである。
葵:
『じゃー、獣化の方は?』
ジン:
「フリーライドがまだなのに、獣性の解放とか、生意気にも程があるだろ」
シュウト:
「…………」
確かに生意気だったかもしれない。なので土下座を継続するのみ。
レイシン:
「でもフリーライド、半分ぐらいできてるよね?」
ジン:
「35点だっての。しょうがねーなぁ。……おい、頭を上げろ」
シュウト:
「ハイ」
ここまでくれば、ギリギリで生き残ったかもしれない。まだ安心できないものの、今まで一番 危なかったかも。無知で許される時間は終わりつつある。だんだんと危険度は増していた。余計なことは言うべきではない。
ジン:
「別に大した話じゃないから、聞かせてやってもいい。だが、お前が思ってるのとはちょっと違うかもしれないぞ?」
葵:
『んー? 大パワーアップ技じゃねーんの?』
ジン:
「そんな都合の良いものではねーな。そもそも、なぜ獣化の力が必要かと言うと、成長限界の問題だからだ」
シュウト:
「えっ?」
葵:
『ほーん?』
ジン:
「才能の質と量が、成長限界を決めている。大抵のスポーツマンや武道家は、才能ってのは生まれつきのものがすべてで、鍛錬によって伸ばしたり・増やしたりできるとは思っていない。
だが、才能を伸ばすことはできる。可能だ。とはいえ、それらに取り組むことができる俺たちでも、身体意識の量はだんだんと増えにくくなっていく」
シュウト:
「……そうなんですか?」
かなり切実な話になって来てしまった。
ジン:
「個の限界って奴だな。身体意識を発生させているのは『何』で、『どこ』か。脳だとしたら、脳が一通り開発されたら、そこで止まる。脳は体と対応関係にあり、細胞にも意識がある。そうして細胞意識を高める方向に進むんだが、それにも限界がある。60兆だかの意識を高めるとはいっても、そうそう開発しきれるものでもない。――しかし、現実が要求してくる実力ってのは、そうしたこっちの都合はお構いなしだ」
葵:
『そりゃー、準備が終わるまで待ってくれるはずもないもんな』
英命:
「実力不足に対抗するための手段を、欲するのですね……」
この異世界に来て、ジンに教わる前から比べたらとんでもなく強くなっている気もする。けれど、それでもまったくの実力不足だ。きっとこうした状態は終わらないのではなかろうか。永遠に実力不足の気がする。
ジン:
「人間に隠されたパワーはあるか?というと、あるような、無いような?って話でな。火事場の馬鹿力は、隠されたパワーではある。危機的状況での過剰な緊張感の中だと、怪我を省みることなく、ありえない程の筋出力が可能になったりもする」
葵:
『それってレオン君のオーバーライドのヤツだべ?』
ジン:
「んだ。その他にも野生の本能が眠っているんじゃないか?だとかな(苦笑) まぁ、上手いこと超反射とか四肢同調性にたどり着けたら大成功なわけだが」
シュウト:
「それ、もう教わってるヤツですよね……」
野生の本能として扱われるような内容も、術理として既に組み込まれている。出来ているかどうかは、また別の問題だけど。
ジン:
「そんな感じで何パターンかあんだけど、真面目っ子の方が、闇を抱えやすいわけよ。表面的にゃイイ子してんだけど、内心はドロドロ、みたいな。理由はさまざまで、親の圧力だとか、過剰な責任感だとか、そういった抑圧が、内面で獣性を形作る場合がある」
シュウト:
「…………」
葵:
『まぁ、シュウくんも真面目っ子だしね』
ジン:
「ユフィなんかも真面目でイイコしてるけど、圧倒的に抑圧が足りないからなー。獣化とか、しなさそうだろ?」
ユフィリア:
「えっと、……どっち?」
ニキータ:
「褒めてると思う」
ユフィリア:
「わーい!(歓)」
まぁ、ユフィリアの獣化はあんまり見たくない気がする(苦笑) ……おっかないし。
タクト:
「なるほど、真っ黒いものをため込んでいるわけか……」
シュウト:
「ああ。今もドロドロしたものが溜まったような気がしたかな」
タクト:
「…………」
うーん。言わないようにしていることも多いし、けっこう抑圧しているのかもしれないなぁ。
シュウト:
「でも、強くなるのに利用できるんですよね? ……ね?」
ジン:
「必死かよ(苦笑)」
はい、いいえ、必死です。
ジン:
「獣化の利用法は、だいたい3ステップになってる。最初のステップは獣化を制御していく段階だ。獣化TUEEE!とか思っても、基本的に暴れでしかないから、やっぱ無茶するし、危険が危ない。だから、獣化のパゥワーを有効に利用してやろうと思ったら、制御したくもなるっつー話だな」
葵:
『これからのシュウくんの段階だな?』
ジン:
「そうなるな。人間の基本的な性質として、自由を求めるというものがあってなー。制御しようとすると抑圧が強まる。そうして抑圧が強まると、自由になろうとして獣性が強まるわけだ」
葵:
『私は自由を求めているだけなのに!オヨヨ……ってのを利用してパワーアップするわけか』
ジン:
「まー、制御しようと鎖を増やしても、馭し切れなくなっていくんだけどな(苦笑)」へらり
シュウト:
「馭し切れないっていうのが、結論としてわかっているんですよね?」
ジン:
「まぁな」←軽い
葵:
『ふーん。じゃあ最終ステップで、完全に解放しちまうってことか』
ジン:
「そうなるなー」←てきとー
あっさりと結論が出てしまった。ついでなので、前から尋ねてみたかったことを質問してみる。
シュウト:
「あのー、ジンさんの『荒神』って……」
ジン:
「おっ、気付いたか。そうだ。アレは獣性を完全に解放した姿だな」
シュウト:
「やっぱり! だったら、超パワーアップ案件じゃないですか! じゃ、じゃあ、うまく解放できたら、僕にも『荒神』が……!」
上位戦闘モード『荒神』。ジンの戦闘スタイルそのものだ。オーバーライドで得た膨大なパワーを、荒神で制御しているのだから、強さの中枢のようなものになる。
ジン:
「あー、興奮してるところ申し訳ないが、荒神は俺のスタ●ド能力であってだな。要するに、お前のはお前ので、自然とひとつの形を取るんだ。自分でそれに相応しい名前を付けることになる」
シュウト:
「わかりました!」
テンションがどんどん上がって来た。いや、こういう場合は、だいたいこの先に落とし穴があるんだけども。
シュウト:
「それで、その……? 完全に解放する方向を目指せばいいんですよね?」
ジン:
「ドアホウ。そういうのを、中途半端に頭がいいって言うんだ。獣化したまんまの状態で解き放ったらどうなる?」
シュウト:
「たぶん、……暴れます」
ジン:
「だろ? 獣化を完全に解放するってどういうことだか分かってるか?」
シュウト:
「それを、これから訓練するの、では?」
英命:
「……フフフ。横から失礼します。獣化というものを、もし仮に、完全に解放できたとしたら、それはもはやケモノとは呼べなくなっているのではありませんか? 」
シュウト:
「えっ?」
ジン:
「その通り。それが、答えだ」
葵:
『んーと? 抑圧されてるから、オコ? じゃあ、抑圧をどうにかしなきゃなんねーってことけ?』
ジン:
「当然、そうなる」
獣化を完全に解放する、ということは、抑圧から解き放つことになるのだから、獣性が失われるってことらしい。つまり、そうして解き放っても大丈夫になったものが、荒神だってことか。なるほど、ちょっとだけ分かったかもしれない。
ジン:
「抑圧の形は1人ひとり異なる。原因もそれぞれだ。親が原因かもしんないし、理不尽な世の中のせいかもしれない。コンプレックスが根っこにある場合もあるだろうし……」
リコ:
「親が原因の場合、異世界に来てたらどうしようもないんじゃ?」
シュウト:
「えっ?」
葵:
『つか、世の中の理不尽だとか、なくなるわけねーじゃん』
シュウト:
「ええっ?」
もう悪い予感にまみれていた。嫌な汗が背筋を『つっつー』と流れていく。
シュウト:
「ど、ど、どうすれば?」
ジン:
「どうしようもねーだろ(苦笑) 武術とそこまで関係ないし。お前の問題なんだから、俺が助けてやれる訳ねぇだろ。自分でなんとかするしかないだろ」
シュウト:
「アドバイス、何か、アドバイスを!」
ジン:
「そうだなぁ~。真剣に人生と向き合え」
シュウト:
「そ、んなぁ~……」
結局、そんなに楽にパワーアップできるとかの都合のいい話はないと突きつけられて終わった。がっくし。
■ おまけ
タクト:
「あの、獣化する予定とかない場合、成長限界はどうしたら……?」
ジン:
「最低10年やってようやく一人前とかの世界で、そんなおこがましい質問しやがって」
タクト:
「すみません、気になって……」
ジン:
「だが、これに関しては流派・派閥的な問題で、俺に説明責任があるから答えることにする。……対処済みだ。ほぼ初手から解決策が組み込まれている」
シュウト:
「えっ、そうなん、ですか?」
ジン:
「ああ。個の限界の問題は、個だから限界なんだ。余所から力を借りてくればいい。武術で、自然との合一だとか、天だの宇宙との和合だのの話が出てくるのは、お題目でもお為ごかしでもなんでもない。必要だからだ。
中心軸を形成する時、地球の地下6000キロのコアから、銀色の光が立ち上るようにイメージしていくわけだが、この時点で外気を運用させるべくリードしている」
葵:
『うっはー、マジか!』
ジン:
「大マジだ。個の限界みたいな概念は、メソッドとして成長の邪魔になるばっかりだからな。最初から取っ払われている。身体意識って概念は、体だけの意識って意味ではない。五感でいう触覚だけだとフォローされない、あらゆる体性感覚的な意識を扱う分野だ。だから大地の気、天の気、星の気、無限に広がる宇宙の意識なども対象としている」
タクト:
「スケールが大きすぎてアレですけど、なんとなく、わかりました」
ジン:
「うむ。物語的な意味ではちょっと物足りないかもしれないがな。個の限界を突破して、全の領域に突入する!みたいなカタルシスはないからな」
葵:
『そうしてみると、獣化だのの問題も、個の限界を前に足掻く人間の物語ってことか』
ジン:
「獣から人へ。人間へと至るための物語、だな」




