244 月光城
レオン:
「オオオッ!」
ジン:
「ふんふんふーん♪」
朝食後の自由時間。レオンがジンとの練習試合を希望し、打ち合っている。若干、片方が鼻歌まじりだ。しかし、そうしないと殺気が漏れ出るとかで、決して舐めプではない、とはジン本人の弁である。
ドラゴンストリームはまだ漏れているけれど、かなり弱まって来ていた。この分なら、お昼過ぎにはクエスト攻略に出発できるかも?という状況である。
レオンは、ドラゴンストリームの状態だからこそ、ここで戦っておく意味があると言っていた。そう指摘されると、確かにその通りだ。気合いとかでなんとかなるものではないけれど、弱まっている今なら、戦闘経験としてアリだと思う。
レオン:
「っ!」
瞬間、レオンの足下が滑った。踏み固めた雪が氷のように硬く、滑ったのだろう。建て直しはせず、崩れた勢いのまま、激しく打ち込んでいく。なかなか凄まじい力業というか、バランス感覚というか。
ジン:
「うおっとぉ、エイシャーっ!」
想定外の鋭さをもった打ち込みに、ジンの動きが急加速。さくりと受け流していた。内心、(今のでも当たらないんだ……)とか思ったが、口には出さないでおく。
レオンの動きが止まった。自分の手元を見ている。
レオン:
「今のは……?」
ジン:
「ああ、『レフ斬撃』に近かったな。筋力は大切だが、その使い方も大事だからな」
レオン:
「そうか……」
何かを掴んだらしく、斬撃の鋭さが増していた。天才のひらめきってやつだろう。ちょっとの切っ掛けで成長したり、掴んだり、パワーアップしたりするの、迷惑なので本当に勘弁していただきたい。こっちは地道にチマチマと努力しているというのに!
葵:
『シュウ君だって、ジンぷーに教わって、凄まじい時短してっけどな』
シュウト:
「それは、そうなんですけども(照)」
ちょっぴり厚顔だった気がしないでもない。……だけど今の、口に出してたのかな? それとも表情からバレバレだったってことだろうか。やばい、恥ずかしい。
――きゅう、どてぷ。
レオンが無事にくたばり、その後、僕やタクトが後に続いてくたばった。午後の攻略に差し障りがない程度にしか死ねないので、こうした訓練は早い段階で切り上げることになった。
◆
ラトリ:
「あれっ? 〈月光城〉になってるんだけど?」
ジン:
「うん? なにかおかしいのか?」
スタナ:
「最初は、『満月城』だったのよ」
月齢を満月から動かした影響か、ダンジョン名称にも変更があったらしい。もう満月じゃないのに、満月城を語られても違和感があるし、良いことのような気がしないでもない。とはいえ、新月まで動かせたら、月光すらなくなるような気が……?
ジン:
「大して変わらないな。じゃ、適当にいくかぁ~」
リコ:
「なんか気合い入りませんね」
葵:
『今にはじまった話じゃないがなっ!』
ユフィリア:
「がんばろっ!」
ジン:
「へーいへい」
ユフィリア:
「へいは1回だよっ、ジンさん!」
ジン:
「へーい」
いつもの通り、頭にウジが涌いたままダンジョンに侵入。出迎えのレッサー・ヴァンパイアが出てくるものの、既に満月の加護はない。サクッと叩き潰して奥へ。
レイシン:
「でっかい、カメ?」
ジン:
「アダマンタイマイ!? アダマンタイマイが来たのか!?」
シュウト:
「マウンテンタートルです(苦笑)」
ジン:
「ちぇっ」
フロアボスに巨大な亀型モンスター登場。しかし、アダマンタイマイじゃないと分かると、途端に興味を失い、撃破した。もののついでぐらいの価値しかないらしい。けれど、マウンテンタートルのドロップアイテムで、レア度の高い鉱石素材が幾つも出ていた。そういう意味では、意外とおいしい敵だった。
ジンのテンションは高めなのだが、〈スイス衛兵隊〉の方がおとなしいというか、反省の色が見える。遠慮みたいなものがあって、意志疎通に齟齬が出るところまで行かないが、ジンに無視されている風に見えなくもない。
とか考えている内に、次のフロアボスのところへ到着した。巨大な銀の虎、〈エンシェント・シルバータイガー〉。巨大な銀虎である。
ジン:
「ほぅ、でっかいニャンコか」
シュウト:
「虎ですって!」
ジン:
「つまり、俺におなかを撫でられたいってことだらう?」
シュウト:
「ここで遊びませんよね? 真面目にやるんですよね?」
ジン:
「いつでも俺は大真面目だぞ」
しくじった。真面目も100%なら、ゆるみ度も100%の人だった。
ひっくり返して撫でようとするものだから、もの凄い勢いで抵抗された。〈エンシェント・シルバータイガー〉は、ジンをメチャクチャ警戒し、威嚇して毛を逆立てるのだが、まるで無駄だった。いい笑顔で追いかけ回すジン。部屋のすみっこに追いつめられーの、さんざんいたぶられーの(可愛がられーの)、……倒れた。
ジン:
「まぁ、満足といってよかろう」
にやにや笑いながら、巨大な虎をひっくり返すんだもの。もの凄い勢いで跳ね上がって、爪を振り回して、でも床に叩きつけられて……。
獣・魔獣系のけっこういい素材が手に入った。
その次のフロアボスはドラゴンだった。
シュウト:
「ドラゴンが出てくると、ホッとしますね」
レイシン:
「だよね」
異世界に来てからドラゴンか、ドラゴントゥース・ウォリアーばっかり戦って倒して来たものだから、ドラゴンが出てくるとなんだか落ち着くのである。実はそのセリフでどん引きされていたらしいのだが、気付かなかった。
戦闘パターンも標準的な規格だったので、特に意識することなく撃破。フロアボスだとかに関係なく、カトレヤ組がハメ殺しにするのをみて、深く思い悩むレイドメンバーたちだったが、まぁ、慣れと実力が全てだと思う。
タクト:
「ここのフロアボスはいい素材を落としてくれるな」
リコ:
「うん、おいしいよね」
その先の、地下水路みたいなところで死ぬほど出てきたマーマンをなぎ倒して進む。赤いマーマンは単体で結構な強敵だった。水中神殿でも赤茶のリザードマンが強かったけれど、ここの赤マーマンはそれ以上だ。試しにソロで狩らせてもらったけれど、何度かヒヤリとする場面があって、全力で倒しておいた。
ここのフロアボスが少し特殊だった。
ジン:
「おっと! なんかヤバい感じしたぞ。麻痺? 石化?」
咄嗟に盾でガードし、バックステップ。ジンには珍しい。フロアボスは見当たらないものの、既に戦闘は始まっているようだ。
英命:
「これは、下がった方が良さそうですね」
葵:
『メデューサかな? バジリスクかな? ちょっち偵察してくんね~。もし、あたしが石化とかしたらフォローよろしく!』
葵が石化した場合、ローマに連絡してキュアしてもらうことになるだろう。まぁ、本人とか本体に魔力が届くとは思えないけれど。
葵:
『やっぱメディーサだったよーん。人間サイズぐらいのちっちゃいやつ』
ジン:
「レギオンだと弱いものイジメか?」
ウヅキ:
「だといいけどよ」
レギオンレイドで小さい敵というのは、戦いにくいのだ。
メデューサらしいので、石化系の能力を持ったフロアボスになる。しかもフロアが変則的な立体構造をしている。ミニチュアな人形の家みたいに、切断されて中が見えるような形で、それが向かい合っている。フロアボスが隠れられる場所が無数にあり、しかも階層を移動できる。上からはある程度まで下を見ることもできる。建物というか、建て付け?みたいなものは4階まであるようだ。
ヴィルヘルム:
「一度、後退させて欲しい。耐性装備に変更したい」
ジン:
「了解だ」
石化耐性装備に変更することにした。石化は一番厄介な蓄積タイプだった。ジンの蓄積値をリセットさせておくのも含めて、一度、ボスフロアから離脱。
ジン:
「よし、シュウト。〈消失〉で近づいて、敵の目を潰してこい」
シュウト:
「ええええっ!?」
葵:
『石化の効果範囲にしても、喰らってみないと判断できないしね。攻略法を確立するにはここで負けまくらないとだから。そんな手間かけられないし、一気に駆け抜けちゃおうぜ!』
英命:
「元になったゲームとして考えて、目をつぶっているかどうかを、判定できたとは思えないのですが?」
ネイサン:
「あー、確かに。たとえディスプレイのスイッチをオフにしても、ゲームには反映されないよね。……アバターが後ろを向けばセーフとか?」
スタナ:
「その場合、角度はどのくらいまでならOKなのかしら?」
レギオンレイドの中ボス(フロアボス)にしては、ギミック主体だ。
いい意味で異世界化しているのであれば、目を瞑るだけで石化蓄積しないだろう。だが悪い意味でゲームのままだとすると、効果範囲内にいると無判定で石化蓄積しそうな気がする。……やっかいな敵に仕上がっているものだ。
シュウト:
「とりあえず、行ってきます!」
葵:
『いてら』
レイシン:
「がんばっ」
ジン:
「タクトは囮な。反復横飛びして視線を集めろ」
タクト:
「はんぷく…………、了解」
葵の誘導でメデューサに接近していく。メデューサは個人名なので、種族としてはゴーゴンになるのだろうか。しかし、ゴーゴンだと牛のイメージがあるんだけど。そんな益体もないことを考えつつ、メデューサのいる階層へ。さらに〈消失〉を発動させるべく、呼吸を滑らかに整えていく。……成功。
タクト:
「はっ、ほっ、はっ!」
ジャストのタイミングで反復横飛びを始めたタクト。ターゲットがタクトに顔を向ける。その横顔は繊細で美しかった。それが唐突に、カッ!と目を見開くと、悪鬼羅刹の形相で睨みつけていた。あの目を潰せばいい、ということか。
タクト:
「うおおおおっ!?」
リコ:
「タクト!」
ジン:
「よし、上出来だ。よくやった。ナイス生き残り」
タクト:
「が、がんばりました」
リコ:
「あそこで石化しないで戻ってこられるなんて、タクト、凄い!」
タクト:
「いや、反復横飛びが、意外と効果あったのかもしれない(苦笑)」
リディア:
「石化の視線が直線的ってこと?」
葵:
『ただのシャゲダンだべ?』
ジン:
「当然だな」
ユフィリア:
「シャゲダンって、なに?」
スーパー・マイペース。いつもと変わんないし。ツッコんでもむなしいだけなので、僕も自分の仕事しよう。背後からゆっくりと近づいていく。背は僕より少し高いぐらいか。このメデューサは下半身も蛇形態なので、ラミアとかに近いかもしれない。髪の毛は生きたヘビがぶら下がっている。髪でできた蛇がこっちを見ている気がしたけれど、気付いた様子はない。
シュウト:
(とりあえず取り付いて、目を潰して離脱、かな?)
ゆるい助走から、ジャンプして後ろから頭にしがみつく。途中で呼吸が乱れて、自然と〈消失〉は解除される。髪のヘビが数本、迎撃で噛みつきにくるけど無視。カブガブと噛まれた。リアクティブヒールとリアクティブキュアの光が、ポポポンと連続で弾ける。損傷軽微。メデューサの左目にナイフを突き立て、右目を巻き込むように一気に引き裂いてやった。メデューサ側も足掻いたのだろう、右腕の一部が石化。しかし、要求通りの結果を出したと判断し、ここで離脱に徹した。3階から飛び降りて2階へ、さらに1階へと落ちて、レギオンと合流。頭上では凄絶な咆哮が轟く。そうして猛り狂っていることを教えていた。
シュウト:
「戻りました! とりあえず両目は傷つけて来ました」
ジン:
「よし、でかした」
メデューサが柱を伝って4階へ。まずジンが動き、それを追いかけるように移動していく。
ジン:
「んじゃ、遊ぼうぜぇ~?」
防御主体のスタイルで向かっていくジン。回避少な目の戦闘スタイルは、タンクの教科書型戦闘スタイルの完成形であろう。多少、移動を織り交ぜることでメデューサの『振り向き』を誘発させ、移動を阻害して縫い止めている。メデューサは背丈が大きくないため、遠隔武器で攻撃させるには、足止めのフォローが必要になるのだ。ヴィルヘルムを含むメンバーが背後から回りこんでいる。ジン越しに攻撃を当てるより、背中から狙い撃つほうが効率はいい。
両目を潰されているメデューサだったが、『髪の蛇』の視覚を共有しているのか、動きに『ぎこちなさ』は感じられない。鋭い爪を振りかぶって連続で叩きつけてくる。ジンは僅かな動きで対処していた。屈んで避けられるものは避け、それで足りないものは剣で受け流していく。ただ受け流すだけではなく、攻撃の勢いを利用して手首を落としてしまおうとしていた。噛みつきや尻尾の叩きつけは盾を使ってガード。……堅実すぎて文句を付けられない。
シュウト:
(あっ! 目をつぶっているから!?)
オーバーライドなしなので、フェイスガードを下げていない。その顔をたまたま見たら、目をつぶったまま戦闘していた。なるほど、堅実な戦い方にもなるはずである。回避主体で戦えるほど、慣れていないからだろう。
無論、ミニマップを始めとした複合感知を利用して戦闘しているだろう。それでも、視覚情報は巨大だった。僕も矢筒のミニマップを利用すれば似たようなことができるが、まるで戦える気がしない。レギオンレイドのフロアボスとの戦闘はレベルが高すぎて、遊び半分の修行気分で目をつぶることなんて許されるハズもない。
ユフィリア:
「ダメッ!」
ちょっと焦ったような声とともに、唐突に展開された〈アイス・リフレクター〉。自分の中の〈冒険者〉としての勘が、警告を最大にして危機を叫んでいた。思わず、メデューサを『見て』しまった。メデューサの顔、瞳の付近に強烈な魔力が集中し……、第三の瞳が見開かれた。
シュウト:
「……はっ!?」
ユフィリア:
「大丈夫?」
シュウト:
「えっと……」
意識が『戻った』。ということは、『失っていた』ということだ。ユフィリアの態度からして、戦闘は既に終わっているらしい。メデューサを倒したのだろう。第三の目を見たところから途切れて、ここに繋がっているらしい。
シュウト:
「どのくらい?」
ニキータ:
「5分ぐらいだと思うけど」
シュウト:
「そう……」
ユフィリアの代わりにニキータが答えてくれた。
異世界に来てからまだ死んだことはないけれど、戦闘中に石化してそのまま終了というのは、いわゆる戦闘不能だし、死んだみたいなものかもしれない。何気に、けっこう悔しいものだと思ってしまった。
そそくさと立ち上がるユフィリアに視線をやり、その背中を追いかけるように振り向くと、死屍累々とばかりに石化したメンバーがごろごろいた。みんなレジストできなかったのだろう。
ニキータ:
「こっちのチームは数人を残して、みんな石化されたの。レジストしたジンさんが、メデューサを蹴り落として、下で倒したのよ」
戦慄の戦闘結果だった。たぶん生き残ったのは、ジンとユフィリア、そして彼女――ニキータ、ぐらいなのだろう。他に誰かいたのかもしれないけれど、聞く気にならなかった。石化したご同輩が多いのは、一目見て明らかだ。
ニキータ:
「生き返ったら来いって、ジンさんが」
シュウト:
「……わかった。ありがとう」
やはり死亡扱いですよね、そうですよね。と凹みつつ、階下へ降りていく。
シュウト:
「ご迷惑をおかけしました」
ジン:
「ああ、アレはそうそう防げないだろ。俺も来るって分かってなきゃ、やられてたしなー」
シュウト:
「……はい」
一応は慰めてくれるらしい。来るって分かってたんだから、僕だって防げたかもしれない。脅威を、目でみてから対処しようとしたこと、それが誤りなのだ。今よりも上のレベルで強くなるためには、本来ありえないような状況での、的確な危機対処能力が要求される。それは、一足飛びに得られるような内容とも思えなかった。
ジン:
「それはいいとして、ドロップアイテムに面白そうなのがあってな」
シュウト:
「……靴ですか?」
〈空駆ける天馬〉。秘宝級だった。ある程度ランダムで能力付与されるランダムドロップ品ではなく、能力固定のユニークアイテムっぽい。ペガサスの翼をモチーフにデザインされたらしき靴だ。男女、クラス問わず誰にでも装備が可能。秘宝級でアイテムロックなしなのは逆に珍しい。
葵:
『ギリシア神話でも、メデューサを倒したらペガサスが出てくるんよ』
ジン:
「騎乗生物の召喚笛じゃないのが残念だがな。……んで、これ履いて、ちょっと空を飛んでみろ」
シュウト:
「は? …………はぁ」
葵:
『ドロップアイテムの配分はもう取り付けてあっから、シュウくんのだよん』
とりあえず装備品の能力を確認。移動速度や跳躍力が強化されるらしい。メインになっているのは、『スカイハイ』という特殊能力で、説明文によると、風を踏み台にして高く跳べるらしい。そして何故か付いてくる落下ダメージ-30%の能力。普通だったら要らない能力の代表格なのだが……。
シュウト:
「これ、……落ちるヤツですよね?」
ジン:
「……他の奴にくれてやるか?」
シュウト:
「いえ、僕が使います」
『落ちる』という部分は否定して貰えなかった。つまり、そういうことである。よくよく考えると、後々のための布石になっているのだろう。飛行戦闘用装備のための実験台というべきか。
それと秘宝級なのはたぶん、ここのメデューサを倒したらかならず一足プレゼントとかの類いだろう。……ダンジョン2つめとかならともかく、最終ダンジョンのフロアボスとか、こんな過酷なマラソン、企画すんなよ、とは思うけれど(苦笑) ゲームだったら、96足集めたりするんだろうなー、〈スイス衛兵隊〉とかが(苦笑)
シュウト:
「とりあえず、っと!」
その場でジャンプする。どうなるのかお試しで2段ジャンプ。足下に僅かな力場を感じて、飛び上がる。成功だ。
シュウト:
「これっ、楽しいっ! かもっ!」
さらにぽん、ぽん、と駆け上がっていく。どうやら『スカイハイ』は、無限に2段ジャンプ(2段?)できるような能力っぽい。
葵:
『あんま高く行かないで~、落ちたら痛いよ~?』
そうだった、と葵のアドバイスに従い、上向きの移動から、横方向に切り替える。
シュウト:
「フッ!」
移動力と跳躍力の上昇効果が両方乗っているらしく、なかなかいい速度が出ている。2歩、3歩と飛んでいると壁が近づいて来たので、円を描くように方向転換しようと跳躍の角度を変えてみた。
シュウト:
「どわっ!?」
すかっ!っと足下が空振った。そのまま敢えなく落下。〈フェザー・フォール〉も発動したし、落下時-30%のダメージカットがあったので、大事にはいたらなかった。しかし、落ちたのにはかなりドキドキさせられてしまった。足下がスカるのは不安を越えて、もう恐怖体験である。
葵:
『〈フライ〉の魔法とは違うんだ?』
シュウト:
「えっと、基本的に無限に2段ジャンプできるみたいなので、タイミングよくジャンプしないとダメっぽいです」
ジン:
「タイミング? じゃあ、空中で弓を射たりは厳しいな……」
英命:
「〈フライ〉と一緒に運用すればいいのでは?」
葵:
『とりあえず、もういっかーい!』
シュウト:
「えっ? あの、いま、落ちたんですけど?」
葵:
『うん。だから?』
シュウト:
「……」
ジン:
「空中でも動ける特技とかあんだろ? それ使ってカバーすりゃいい」
パルクールみたいな訓練をした時、そんなことをやってたのを完全に忘れていた。落ちそうになったら特技、落ちそうになったら特技、とブツブツ呟いて、再びスカイハイ。
数回の墜落を経験したが、なんとなく理屈が分かってきた。足を伸ばした状態で足場を踏む→膝を曲げてジャンプの力を蓄える→ジャンプ、とやろうとすると、時間切れで足場がなくなって落ちる。足場の形成時間がちょっと短いので、膝を曲げた状態で足場に接地して、即、ジャンプすればいいらしい。それと急な方向転換をしようとしても、普通に足場が設定されたりするらしく、足の角度を注意しておかないと、足場が元の位置にあったりするようだ。扱いが難しい。
ジン:
「ふむ。だいぶ良いな」
落下の恐怖を無視され、無理矢理に練習させられて良かった。理屈が分かってくると、失敗がグンと減った。そこそこ自由度が上がって来ている。これはこれで使い勝手がいい。左右にジグザグに動いたり、上、前、上、前と両足ジャンプでジグザグに動いたりできるようになってきた。両足で蹴り出せると、速度が高くなってくる。
ユフィリア:
「あ~ん、シュウトばっかりズルい!」
そのセリフ、ユフィリアにだけは言われたくない。
シュウト:
「アイテムロックないし、欲しいって言わないなら貸してあげるけど?」
自分の履いた靴を女の子に貸し出すのってどうなんだろう?とか思わないでもないけど、〈冒険者〉の体だし、水虫だのの衛生的な問題もないので、貸し出しできなくもない。
ユフィリア:
「……(にこ~)」
シュウト:
「いや、ダメだからね」
不穏な笑顔にこっちがひきつる。空気を読まないで欲しいとかいいそうだ。アイテムロックがあれば余計な面倒は増えなかったのに。
ジン:
「やめとけ。おまえのブーツ、セット装備だろ?」
ユフィリア:
「そっかー、うーん、ざんねんだな~」
ポン、と頭に手を乗せ、説得するジンだった。ぽん、と頭に手を乗せられて納得するユフィリアだった。
彼女がこうして戻ってきたということは、全員の石化が解除されたということだろう。攻略を続けるかと思ったが、やはり、本日はここまでとなり、ベースキャンプに帰還した。
この日の夕食では、スシの食べ方講座を希望されたので、ジンがワサビの食べ方を教える一幕があったりした。明日からの攻略は本番になるので、早めに休むことになった。




