242 ギブアップ
ジン:
「あっちぃ! 眩しい! これ、思ったよりきっつい!」
シュウト:
「ですねっ!」
〈光の鳥〉。――〈ヘリオロドモスの塔〉のレイドボスは、光り輝く巨大な鳥だった。12フロアのフロアボスを倒した後、昼食を済ませてから挑んでみた。予想とは異なり、室内で光る鳥が飛んでいた。てっきり屋上でレイドボス戦だと思っていた。でも逆に、そこそこ高いとはいえ天井のおかげで戦いやすい。本気で空を飛ばれたら、いつまで経ってもダメージが蓄積しなかったはずだ。
〈光の鳥〉の放つ光は『熱線』というほどの攻撃力はない。しかし、結果としてかなり暑苦しい代物に仕上がっていた。LED的な熱のない光であってくれれば良かったのだけど、そうは問屋がおろさない。汗でインナーが体に張り付いて気持ち悪い。げんなりする。
ラトリ:
「あっつ……、耐火炎防御じゃダメってこと?」
アクア:
「私は平気ね」
オスカー:
「光輝耐性がいるんじゃないかな?」
高い対環境性能を誇るGGコートのアクアは、派手派手キンキラキンな厚着をしてるのに、まるで平気そうにしている。うらやま。
リア:
「とぅえりゃー! ネバネバ~・ばいんど!」
へろん、とリアのアストラル・ネバネバ・バインドが飛んで行き、ぺちゃっ、と〈光の鳥〉を捉えた。『見てから避けるの余裕でした』な口伝技だが、もらってしまうとレオンのパワーでも脱出不能だったりする。
逃げようとあがく〈光の鳥〉。おおっ、レイドボスにも効いている!と思った次の瞬間だった。
ユフィリア:
「あ、溶けちゃった」
ジン:
「そうか! 火とかで炙ればいいんか! なるほどなっ!」
リア:
「うわっちゃー! そんな弱点が!?」
葵:
『氷だと粘性が消えて硬くなったりするんかなー?』
熱に弱かったらしい。てろん、と情けなくたるんで、ほどけてしまった。逆に言えば、火とかを使ってこない相手には効きまくるってことのような……。
そんなこんなで必殺攻撃のターン。突撃してくる〈光の鳥〉。広範囲に大ダメージ。離脱が遅れたが、僕もギリギリで生き残った。
ジン:
「くっそ、突撃うぜぇ! つか、暑いんだよぉ!!」
必殺攻撃の余波で熱風が吹き乱れる。もう暑いのか熱いのかわかんなくなってきた。
……そんな風に戦っている途中でのことだった。
ラトリ:
「はいほーい。今? レイドボス戦と戦ってる。また折り返……、なんだって?」
ギヴァ:
「……詳しい状況を」
ヴィルヘルム:
「わかった、追って指示を出す」
あちこちで私語を始めていた。まったくもう、レイドボス戦の途中ですよ?とか思ったけど、たぶん外の〈スイス衛兵隊〉からの念話だろう。
葵:
『なに? どうかしたん?』
スタナ:
「どうも小雨が降り始めて……」
葵:
『……あー、吸血鬼になった動物だのが一斉に?』
シュウト:
「えっ、それって……」
レオン:
「このままだと、〈ブクレシュティ〉が落ちるな」
ジン:
「おい! レイドボスと戦ってんだぞ、少し弁えろよ!」
浮き足立つレイドチーム。このままだと負けそう。どうするべきか、ここから立て直せるのかどうか。もうそろそろ次の必殺攻撃が来ると思うんだけど、……悩んでる暇とかあるんだろうか?
ベアトリクス:
「ジン! どうか『前回のアレ』を使ってくれ!」
ジン:
「はぁ!?」
アレといえば、それはもうドラゴンストリームのことだろう。なるほど、レオンの心配はこのことだったのか……。
ベアトリクス:
「アレを使えば、レイドボスだって簡単に倒せるだろう?」
ジン:
「おいおいおい! 攻略しないつもりか!?」
ベアトリクス:
「今は、攻略だとか言ってられる状況ではない。外のことを考えてくれ! みんなの命がかかっているんだ!」
ジン:
「『みんな』って誰だよ? 〈冒険者〉は別に死なねぇだろうが」
ベアトリクス:
「けれど、〈大地人〉は死ぬ」
ジン:
「吸血鬼になったって、誰かが殺さなければ死なないはずだろ」
血を吸われて吸血鬼になる『だけ』ならば死なない。しかし、吸血鬼になった〈大地人〉を、誰かがパニクって攻撃し、殺してしまえば、死ぬ。『一時的な吸血鬼化』であることは、カインとの会話からもほぼ確定している。たとえ吸血鬼になったとしても、数時間我慢してくれれば済む話なのだ。いや、吸血鬼になる本人は問題ではない。その周りの人々が殺さないように理性を保てるかどうかの話なのだ。
レオン:
「理屈としてはそうだ。しかし〈大地人〉の知的水準では、理屈どうりには行くまい」
ベアトリクス:
「万一のことを憂慮すべきだろう!?」
葵:
『万一があったとして、それの責任って感じる必要ある? てか、ベアトリクスちゃんのその焦りって、本当に〈大地人〉に対してのものなの?』
ベアトリクス:
「……今それは関係ない」
既に攻撃の手は停止している。〈光の鳥〉の通常攻撃を捌きつつ、ジンが問いかけた。
ジン:
「(ため息)……楽な方に逃げるのか? どうする、ヴィルヘルム」
もちろんちゃんと攻略したい気持ちはある。けれど、外の状況によっては、それは単なるワガママなのかもしれなくて……。もしも簡単に、そして確実に勝てる手段があるのなら、レイドを楽しむことなどは後回しにしなければならない、のかもしれない。人道、倫理、道徳……。
一方で、ジンの言うように、楽な方に逃げているだけなのかもしれない。中途半端で投げ出すような厭な感覚はある。
救いを求めるように、ヴィルヘルムの返答を待った。
ヴィルヘルム:
「ジン君、…………すまない」
ヴィルヘルムが絞り出すように謝罪した。苦渋の決断。そしてジンの顔には『やっぱりそんなもんか』と書かれていた。
攻略班の僕ら第1レギオン部隊がどこかでもうちょっと無茶していれば、あるいは必要な時間を捻出できていたかもしれない。いや、どっちにしても、それは結果論でしかなかっただろう。
ジン:
「レオン、代われ」
レオン:
「分かった。〈ヘイトエクスチェンジ〉!」
ジン:
「ユフィ」
ユフィリア:
「う、うん」
レオンがジンの高めたヘイトを受け継ぐ。ジンはユフィリアの手を握ると、歩いて行った。もう打ち合わせもへったくれもない。ジンが何処へ行くつもりなのか、おぞましいほどの不安にかられる。単に投げ出した風にも見えたからだ。
ジン:
「どうした? いくぞ」
ユフィリア:
「……放っておいて、良いの?」
ジン:
「単純作業だ。ゴミでもできる」
〈スイス衛兵隊〉の評価はダダ下がりだった。とりあえずはドラゴンストリームはやってくれそうだ。単純作業をこなせばここのレイドボスには勝てるだろう。
ユフィリア:
「うーんと、私は?」
ジン:
「お前だけ涼しく過ごそうだとか、ズルいだろ?」
ユフィリア:
「……バレた?」えへっ
ジン:
「バレバレだっつー」
そのままレイドボスと反対の壁まで歩いていき、腕組みして、もたれかかる。……直後、ドラゴンストリームが荒れ狂った。レイドボスの動きが明らかに鈍る。これでレイドボスを倒すだけの作業になった。
途中、塔の外で飛行規制している『龍』が、壁を突き破って参戦してきたが、それも直後に弱体化した。イベントとしては愉快な、しかし攻略する側からすれば決して油断できないようなギミックだろう。それら全てを台無しにして、一方的な殲滅を行う。
一応、レイドボスも行動不能には至らず、通常攻撃などはしてくる。だがそれがあっても下の階層で戦ったフロアボス(プライム・ギア シリーズ)よりも弱くて問題にならない。ジンは特に怒っていなくても、このぐらいのドラゴンストリームが使えたってことだろう。背中を押されるような意識のサポートも感じるが、今回ばかりは気分が高揚することはなかった。
オスカー:
「虚しいだけだ。さっさと済ませよう」
大汗をかきながら、〈光の鳥〉に攻撃を続ける。ジンはユフィリアの〈氷塵〉の中で涼しげにしていて、最後までドラゴンストリームしかしなかった。無様な戦いに加わる気はないと、その態度が雄弁に語っていた。
……戦いは、終わった。
楽な方に逃げてしまった。虚しさとやましさと、何かを間違えたようなイヤな感触だけが残った。勝利したものの、誰も喜んではいなかったと思う。
ジン:
「おい、そこ! 触んな」
レイドボスのドロップアイテムを確認しようとした〈スイス衛兵隊〉のメンバーがギクリとして動きを止める。
ジン:
「お前ら、単純作業を労働として認めてねぇだろ。なのにドロップアイテムが貰えるとか、思い上がってんじゃねぇ! ……引っ込め、ゴミクズ」
ジン様はお怒りでありました。しかも悪いことに、レイドボス(=攻撃対象)がいなくなったことで、ドラゴンストリームがこっちに作用しちゃっています。レイドボスに放射してたものに比べれば、かなり弱まっているものとはいえ、それでも膝が笑い、腰が引け、血の気が下がって、怯えを自覚する程度にはきっついものがあります(涙)
リコ:
「今の、なんで単純労働の話が出てくるんですか?」
英命:
「欧米の企業風土などを下敷きにした批判、一種の意趣返しでしょうか。特に欧米ではビジネスオーナーやトップの経営者に、多額の、膨大な額の報酬を支払います。不公平なほどのね。逆に、代替のきく単純な作業労働者には、最低限の価値しか認めていないことになります」
葵:
『レイドボス相手に単純作業しただけで、うま味のある報酬をもらおうとかふざけたこと抜かすなっつーことだね(苦笑)』
英命:
「ただ、この方法で幻想級装備のようなレアドロップを回収すれば効率『は』良いのですが(笑)」
葵:
『効率はね。でも、そんなのクソつまんないじゃん』
レイドボスを倒した辺りに、ジンがスタスタと歩いていく。
スターク:
「ジンこそ、見てただけじゃんかー」
ジン:
「ほー。まだペナルティ足りないってか? んじゃ、レイドボス1体につき、金貨200万枚追加な。えっと、ここまでで何体倒したっけ? 合体するゴーレムだろ、それから……」
スターク:
「ごめんなさいでした!」
スターク、お前、怖いもの知らずか!?と思ったけど、あっさりと降伏していた。まぁ、逆らえる訳もない。
レイドメンバーもどうするべきか、態度が固まっていない。レギオンレイド中にこういうことで揉めるのはアリガチといえばアリガチの気もする。ジンの要求はやりすぎの気もするけど、同じぐらい妥当な言い分の気もした。
ミゲル:
「ここまで無様なことをしておいて、ドロップアイテムを要求するような恥知らずが、まだこの場にいるのか?」
ラトリ:
「ここで報酬を受け取っても、気分悪いよねぇ~(苦笑)」
オスカー:
「ジンの決定に従うべきだ。そもそも、とっくに軍門に下っているんだし、文句を言える立場じゃない」
ジン:
「むっ、そんな設定もあったな……」
確かに『軍門に下れ』とか言ってたけど、本人が完全に忘れ去っていたような?(苦笑)
ヴィルヘルム:
「すまない。そのペナルティ、謹んでお受けする」
ジン:
「……あっ、そ」
ロクに抵抗も受けず、ペナルティの要求が通ってしまい、肩透かしを食らっているかのようなジンだった。もうちょっと粘ってくるかと思っていたのだろう、たぶん。
葵:
『それがいいよ。これが当たり前になったら、寄生プレイヤーになっちゃうもん』
スタナ:
「そうね……」
誰よりも強くなりたいと思っているのに、気が付けば『寄生プレイヤー』になりかけている。
ジン:
「おい、シュウト」
シュウト:
「はいっ!」
ジン:
「コレだろ? さっさと持って行け」
ドラゴンストリームが効いているので、ビクビクしながら近付いていく。ヒザが笑いそう。細胞は震えている。どうにかクエストアイテムの『魔力のオーブ』を受け取った。ジンは背中を向けたままだ。そうしないと直撃を喰らってしまう。
レイドボスの消滅をトリガーにして、階下へのショートカットと、そこからつづく屋上へと伸びる階段とが出現していた。
シュウト:
「ちょっと行ってきます」
ジン:
「おう」
アイテム漁りしているジンの背中に声を掛けて、屋上へ。
天井がなくなった開放感にすっきりする。ダンジョンの攻撃反応も落ち着いたらしく、夜空は静謐さを湛えていた。飛行規制モンスターも居なくなっている。高さの割にここの風は優しかった。落下防止の壁が少し高めで、景色は見えづらい。
屋上にはフロアボス、『プライム・ギア』の延長線上にあるような機械が設置されていた。天体観測に使うもののような外観、というべきか。
矢筒に頼むと、光が放たれ、オーブをはめ込む穴のようなところにエネルギーが満たされていった。
レオン:
「フム、たしか月齢を満月から少しズラすのだったな」
マリー:
「うーんとー、……あの辺かな」
スタナ:
「これね?」
大きなギアめいたものをスタナが掴んで、コリコリと動かした。機械のどこかしらが確かに動いて、予想よりも大きな音を立てた。
シュウト:
「これでいいんですかね?」
レオン:
「分からん」
スタナ:
「満月を見て!」
満月の発する銀色の光が、僅かに弱まったように見えた。
夜空にはしだいに星々が現れていた。これまでは満月の光が強すぎて、星の光は見えにくかったのだ。
しかし、異空間のはずだ。この星の光ってなんなんだろう?
シュウト:
「とりあえず、一段落ですね」
レオン:
「そうだな」
こうして〈ヘリオロドモスの塔〉の屋上から眺める満天の星空は、なかなかに達成感を与えてくれるものだった。続けて吸血鬼の起源との戦いが待っているが、今ぐらいは、綺麗な景色に心を許してもいいのではないだろうか。
シュウト:
「……終わりました」
ジン:
「おう」
スタナ:
「満月の力は、削ぐことが出来たと思う」
ラトリ:
「お疲れさま~」
ジン様はまだビンビンに威圧中で近寄り難いものがあります。でも、近くまで行ってみることにしました。
シュウト:
「あのー……」
ジン:
「んだよ」
シュウト:
「いえ、その、そろそろ、ドラゴンストリームを……」
ジン:
「あぁ?」ギロンヌ
『ひぃっ!?』とか声をあげそうになるのを、辛うじて堪える。我慢しようにも、細胞が怯えてしまっている。
ジン:
「チッ……。長時間使った反動で、止められない。しばらく『フタ』できないままだ」
後遺症というか、フルパワーで使うと、こういうデメリットがあるらしい。イメージとしては水の流れと水門だろうか。水門を開いて、膨大な水を流してしまった。水門を閉じようにも、今もまだ水が流れたままで、勢いが強すぎてなかなか門閉じられない、といったところか。
ジンの能力の大半はデメリットが存在するものの、そのマイナスは自分にかかってこない。周りの迷惑になるものが大半だ。お酒を飲んで暴れられて困るのは周りで、ドラゴンストリームの出しっぱなしで困るのも周り、みたいな。
シュウト:
「……でも、不機嫌ですよね?」
ジン:
「あぁ!?」
シュウト:
(ひぃっ!?)
ジン:
「チッ……。ドラゴンストリームも身体意識だ。使えば影響を受けるし、感情だって引っ張られる。今だって、皆殺しにしたい感情を抑えて、ようやくの不機嫌だぞ」
怒ったからドラゴンストリームのように見えて、内実は逆である。身体意識が先、感情は後。
ジン:
「あーっ、くっそ。こういう時に欲しいもんがねぇ! なんで盾もアクセもねーんだよ!」
シュウト:
「えっと、手伝います」
ジン:
「当たり前だろ、働けこのヤロウ」
ジンの指示で、金貨や消費系アイテム、素材アイテムなどを独占。装備の修繕に使う幻想級素材をかなりゲットできた。残りはドロップアイテムだけど……。
ジン:
「なんだ? このギンギラギン」
銀色の布地に、銀のキラキラした飾り(スパンコールとかいうやつ)で飾られた、ヒラヒラしたドレスだった。〈月の女神の夜曲服〉。名前が凄まじいのも当然で、やはりというべきか幻想級だった。こんなペラペラで何が守れるんだろう?とか思ってしまうけれど、名前に女神と入っているぐらいのことはあり、ステータス補正はそりゃあもう凄かった。
ジン:
「えっとー、〈吟遊詩人〉のか。……ニキータ」
ニキータ:
「はい!」
ジン:
「これいるか?」
アイテムを集める作業をしていたニキータが、さっとこっちにくる。彼女はさすがにドラゴンストリームも効果はなさそうにしていた。劣化版とはいえ、同じ身体意識だしね。
ニキータ:
「イブニングドレスですね。えっと、しかもベアトップって(苦笑) スカートは総丈? ……うーん、遠慮しておきます」
近接攻撃もするので、薄手のドレスをヒラヒラさせて戦うのは、ちょっとイメージに合わないかもしれない。
ジン:
「わかった。……おい、アクア! これ使うか?」
アクアは気取らない足取りでこっちにやってくる。ドラゴンストリームもドコ吹く風だ。……そんなわけないんだろうけど。
アクア:
「貴方が独占するんじゃなかったの?」
ジン:
「使うのか、使わないのか、どっちだ」
不機嫌なので軽口に付き合う気はなさそうだった。
アクア:
「……フーン、いいじゃない。素敵ね。貰っておくわ」
キンキラキンのGGコートを羽織ったアクアが、ギンギラギンのイブニングドレス装備になるとか(笑) 見た目がラスボス然としたことになりそう。主に大晦日の国営放送的な意味で。それでもきっちり着こなして似合うんだろうな、と遠くを眺めたくなった。彼女の銀髪と、銀のイブニングドレスはマッチしそうな組み合わせだ。
ジン:
「あとはこの槍か。いい装備なんだが。うーん、結局、使わないよなー」
〈霊槍アステリズム〉。幻想級武器。大槍、と言っていいと思う。ギリシャの神殿なんかの柱を、使いやすいサイズにスケールダウンしたようなイメージ。しっかりとした太さがある。自分の手だと握りきれずにもて余しそう、と反射的に感じてしまう。
穂先の刃部分はダガーよりもショートソードのサイズ感。どこぞの大家が鑑定した気分になって『ううむ』などと唸ってしまう。品格、霊格を滲ませる逸品だ。そこらの幻想級とは一線を画す代物だろう。両手用の大槍ではアタッカーには使えないかも?と思ったら、案の定で、タンク職専用の装備ときている。
ジン:
「うはぁ、MP回復手段にもなるのか。……こりゃスゴい」
シュウト:
「ですね……」
ジンの正面に居られる胆力はないので、背後からお邪魔して装備品のステータスを確認したが、正真正銘、超一流の武器だった。
タンク役はそこまでMPを使わないとは言え、MP回復手段があると無いとでは大違い。MP回復手段が限られるこの異世界では、その重要性は格別と言える。しかも槍という武器種にも意味がある。〈守護戦士〉なら、〈スカーレット・スラスト〉の使用でHP・MPの回復が同時に可能になるのだ。ジンならサブ武器としてでも手元に置いといて損はない。普通は槍がメイン武器なんだろうけど(苦笑)
ジン:
「……おい、レオン!」
シュウト:
「ええええっ!?」
さすがにそれは無い。あんまりだと思った。既に世界最高位の〈ミネアーの獅子鎧〉を得ているのだ。1つのレイドでまた幻想級? それも最高位の武器を? ……とか思ったのは僕だけではなかったらしく、〈スイス衛兵隊〉側からもブーイングの気配。
ジン:
「あ? 俺のモンを誰に渡そうが、俺の勝手だろうが?」ギロリ
ドラゴンストリームに当てられ、見事に鎮火。反対意見は消滅した。
ジン:
「幻想級の槍はもってるのか?」
レオン:
「幻想級という意味なら、無いが……」
ジン:
「じゃあ、使っておけ」ぽいっ
レオン:
「…………いいのか?」
流石に、レオンといえど困惑するものがあったのだろう。
ジン:
「俺にはもっと良いものがあるからな」
わざわざマジックバッグから金属の塊、『神位アダマント』だったか、を取り出して見せていた。まぁ、確かにそれと比べたら槍の一本ぐらい、くれてやったって痛くも痒くもないのだろうけれど。……やっぱり、もったいない気がする。
そんなことよりも、どうもレオンが優遇されているような気がして、面白くない。というか、僕もなにか欲しい。でも正面に回る勇気などあるはずもなかった。吹き荒れたままのドラゴンストリームがおっかなくてダメである。……強くなったら、この状態とも本当に戦えるようになるのだろうか? なんか無理っぽい気がして仕方がない。
ジン:
「よし、じゃあテメーラがこっから好きなもん、テキトーに見繕え」
リコ:
「か、数は?」ビクビク
ジン:
「好きにしろ(苦笑) 2個でも3個でも取り放題だ」
カトレヤ陣営を呼び寄せると、アイテムの取り放題?が始まった。結局、ジンは欲しいものが何もなかったらしい。霊槍アステリズムで少し悩んだぐらいか。
シュウト:
「あ、この手甲いいかも」
ウヅキ:
「どれだ?」
秘宝級だが、金属のような板が何枚も貼り合わせてあるもので、数値以上の防御力がありそうだ。持ち上げてみても軽いし、静穏性も高い。この板、金属じゃないのかも。
近接防御が心許ないので、何かないのかと前から思っていた。盾の代わりとまでは欲張れないにしても、多少なりとも腕でガードが出来たらありがたい。それだけで選択肢が広がる。
ウヅキ:
「……悪くねぇな」
英命:
「どうやら、昆虫素材のようですね」
シュウト:
「これにしようかな……」
ウヅキも欲しそうにしているが、僕もそろそろ自分の装備グレードを上げたい。セット効果を狙っていないので、部分部分で取り替えていく必要があるからだ。
ジン:
「手首の可動性は確認したのか? 弓が扱いにくくなってからじゃ遅いぞ?」
シュウト:
「……まだです」
秘宝級でもアイテムロックがあるから、装備して動作確認が出来ない。手で動かしてみたのだが、弓を保持する左手首の動作に違和感があるかもしれない。動きながらいろいろな姿勢から弓を射るので、僅かな違和感も許容できない。
大事を取って、ウヅキに譲ることにした。ウヅキなら、問題なく使えるだろう。
ウヅキ:
「わりーな」
シュウト:
「いえいえ」
思ったより嬉しそうだ。どうも、自分から欲しいと言い出せなかったらしい。割と不器用な人である。
ジン:
「ついでだ、アタッカー用の軽量防具も作らせるか。スタークに」
スターク:
「なんでボクなの!?」
ジン:
「俺の鎧を作る約束だろ。ついでに戦闘服もまとめて作れ」
スターク:
「わかったよ。……こっちでも使うからね?」
ジン:
「勿論だ」
カトレヤ組は装備品をつつき終わり、欲しいものがあった人は頂戴したが、それでもけっこう余っていた。アーティファクト級は以前のレイドでもそれなりに得ているので、好みにあわなければ交換しなくても問題ない。
残りは〈スイス衛兵隊〉に回しておいた。レオンが槍をゲットしたこと以外は、特に大きな変化もなく終了していた。余ったドロップアイテムの受け取りは〈スイス衛兵隊〉メンバーも困った顔をしていた、と付け加えておこう。
レイシン:
「じゃあ、ご機嫌取りしようかな。……何か食べたいものある?」
ジン:
「そうだな、ピンクご飯とか」
ユフィリア:
「ピンクご飯ってなに?」
ジン:
「炊きたてのご飯に、焼きたてのシャケを乗っけると、ピンク色の油が移るんだよ。そこが旨いのだ。瓶詰めのシャケフレークだと、このピンクの油が出ない」
葵:
『焼き鮭丼じゃねーか』
リディア:
「……思ったよりずっとマトモだった」
リコ:
「てっきりちらし寿司にある、ピンクのやつかと思った」
ユフィリア:
「あれの名前ってなんだっけ?」
石丸:
「桜でんぶっスね」
レイシン:
「うーん、鮭がないから無理かな。他には?」
ジン:
「野菜たっぷりのオープンオムレツ。トマトはマスト」
レイシン:
「それなら大丈夫。それから?」
ジン:
「そうだなー。……豚肩ロースで作る角煮もどき」
ユフィリア:
「それって、普通の角煮と何が違うの?」
ジン:
「豚の角煮は、肉と脂身が交互になってるだろ。よく煮込むと脂身が柔らかくてトロトロになるだろ。そこが旨いともいうけど『食べで』がたりない。肩ロースだと角煮味で、肉だけの塊になるんだ」
レイシン:
「あれって長く煮ないとだから、帰ったらね」
ジン:
「期待しておこう」
レイシン:
「他にメインの希望は?」
ジン:
「うーんと、薄切り肉を使ったミルフィーユとんかつかな。コロモはパンの耳を使ってくれ」
ユフィリア:
「それも美味しそう。パンの耳ってどうなるの?」
レイシン:
「それもおばさんのレシピだね。いいよ、作ってみる」
ユフィリア:
「ジンさんの、お母様?」
ジン:
「そうだけど、お母様ってガラじゃねぇなぁ(笑) パンケーキみたいなお好み焼きも食べたいから、今度、頼む」
レイシン:
「わかった」
ユフィリア:
「それってなぁに?」
ジン:
「フライパンで作って、フタをしてじっくり火を入れるとフワフワに膨らむんだよ。材料が近いからな」
ユフィリア:
「美味しそう!」
リディア:
「パンケーキって言われると食べてみたくなる呪いが……」
ジン:
「あと、家庭料理風でいいから、カレーライス。当然、ヴィルヘルムには絶対に食べさせない」
ヴィルヘルム:
「なんだって!?」
葵:
『ばはははは!』
ユフィリア:
「ジンさんの意地悪♪」
ヴィルヘルム:
「だが待って欲しい! 交渉の機会を!どうか1度、交渉させて欲しいっ!」
ジン:
「だが、断るっ! 匂いだけで我慢しとけ」
これにて〈ヘリオロドモスの塔〉、攻略完了。クリア後に再封印でもう一度やってくることになるので、しっかり転移魔法陣を設置し、階段は使わずに外へ出た。
◇
アシュリー:
「終わっ、た……?」
唐突なる終了に、呆然と立ち尽くす。
朝から雨が降りそうだと思っていた。それが正午前にポツポツと降り始めてしまった。大した雨でもなかったので、こちらは気にしていなかった。むしろ雪になればいいのに、などと話していたぐらいだ。考えがまるで足りていなかった。
たぶん日の光が遮られたことで、吸血鬼騒動は激化してしまった。
日中に活動する種が、行動できるようになったことが原因だろう。これには鳥なども含まれる。吸血鬼化した動物やモンスターたちは、ただ攻撃し、殺せば済む。残念ながらそこから2時間ほどでブクレシュティの街中への侵入を許してしまっていた。街の規模に対して、人数が圧倒的に足りなかった。
そこから30分ほどで、唐突に終わっていた。
吸血鬼化した人々も、正気を取り戻してみえた。何が起こったのか、被害はどうかはこれから確認しなければならないのだが、たぶん、第1レギオン部隊が、やってくれたのだと思う。
アシュリー:
「やった! 勝ったってことだよね!?」
「間違いないだろう」
「だが、速すぎないか?」
「何かおかしいな」
個人的に、勝ったんならそれでいいじゃないかと思うのだが、〈スイス衛兵隊〉のメンバーはどこか釈然としない様子だった。リーダー格が念話による確認をしていて、ちょうどそれが終わった。
「どうだって?」
「魔力のオーブを獲得し、予定通りに月齢を変化させたそうだ。状況を鑑みて、吸血鬼騒動は終息の見込みだ。しばらく調査が必要だがな」
「よかった……」
「それだけか? レイドボスはどうなった」
言いにくそうにリーダー格の彼は視線を逸らして、言った。
「……ギブアップ、だそうだ」
「なんだと!?」
「うっ、そ」
「諦めた? 隊長たちが……?」
「ああ。攻略を放棄し、『神殺し』に頼んでレイドボスを封じてもらい、そのまま苦労せずに倒したと言っていた」
「こっちの状況を優先したってことか……」
「でもそれじゃ、俺たちは何のために」
苦い沈黙に包まれる。吸血鬼事件は終了したが、誰も素直に喜べなかった。
レイドの失敗は2種類しかない。タイムアップか、ギブアップか。諦めない限り、レイドは再挑戦が出来る。攻略期間が定められていて、時間がかかりすぎれば、失敗となるケースもありうる。どちらが先に攻略するかを競うことはあるが、それはレイドの楽しみ方のひとつでしかないから、厳密には失敗とは言えない。……従って、今回のギブアップは決定的な敗北ということになる。
アシュリー:
(ま、そんな日もあるよね)
西欧サーバーで圧倒的な最強を誇る〈スイス衛兵隊〉であっても、思い通りに行かない日もあるだろう。だからレイドは楽しい。だからレイドは尊い。必ず勝てる戦いには意味も価値もありはしない。負けると悔しいから、勝つために夢中になる。
アシュリー:
(ここらで一度、負けた方が、……うん)
吸血鬼騒動は終息の見込みだけれど、レイド攻略はまだ続く。ワールドワイド・レギオンレイドは勝ち続けられるほど甘いものではないのだろう。だから、逆に良かったのではないかと思う。
敗北の苦さを噛みしめる第2レイド部隊。客観的にみたら、被害は極小だし、大成功なんだろうけれど、彼らの求める勝利条件には至らなかった。それもまた、尊い結果なのかもしれない。




