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240  ヘリオドロモスの塔

 

 〈スイス衛兵隊〉ほか、西欧サーバー組がレベル95に到達。

 前回がリヴァイアサン撃破のタイミングだったので、かなり上がりにくくなってきた。とは言え、2週間ちょっとの時間で5レベル増はパワーレベリングの気がしないでもない。


ジン:

「いいんか、ラトリっち?」

ラトリ:

「こっちはもともと幻想級だしね~。是非とも彼に受け取ってもらいたい」

石丸:

「では、ありがたく頂戴するっス」


 〈荒野を拓くもの〉。ケイオス・ロードのドロップアイテムで、当然の幻想級装備。ローブよりは、普通の服みたいなのとボロボロ風マントの組み合わせだ。新品でもボロボロとはこれ如何に。

 装備すると石丸のドワーフ体型にあわせてサイズが縮小していった。


葵:

『銀河鉄道999的な』

ジン:

「おい、やめろ」

葵:

『これ、つば広のハットが必要じゃね?』

ジン:

「だからやめろっての!」

葵:

『悟空の中の人の声でさ、「メーテル~ぅぅぅ!!」』

ジン:

「やかましいわっ!」


 元ネタはなんとなくしか分からないけれど、西部劇風な衣装の気がした。まぁ、ガンベルトとか銃とかいろいろ足りない気もしたけど(苦笑)


ラトリ:

「そんで、荒野の加護ってのの扱いが問題なんだよね~」

ジン:

「荒野の加護?」


 1日3回使用可能で、『クイックショット』『MPリロード』『身代わり』の効果から選択式だという。なにそれ、強そう。


葵:

『うーん、西部劇!』

ジン:

「MPリロードは1回で1/3回復なのか。3回使えば満タンにできるわけね。妥当だな」ふむふむ

ラトリ:

「問題は『身代わり』の効果なんだよねぇ~」

シュウト:

「えっと、ダメージを無かったことにできるんですよね?」

ラトリ:

「耐久ダメージに転換するものだから、装備の修繕のタイミングが早くなるってことなんだけど、かなり強力な効果だよね。事故死を防げる、というか、死んだ後にそれを無かったことにできる、のかな?」

葵:

『なぁる、これが罠になってるんだ?』

シュウト:

「罠、ですか?」

ジン:

「1日3回と言いつつ、身代わりのために1回分残せば、2回しか使えないってことか」

葵:

『それに1日2回までにしちゃうと、MPリロードの回復量が1/2になるからバランスが崩れるっていうね』


 身代わりを使えば、死亡を無かったことにできるという。死亡復帰時のペナルティがあるから、なるべく死なないようにすることが大事なのだが、レイドの場合、死ぬ場合はとことん死ぬ。

 それとMPリロードの回復量が1/3だから、このバランスというのは、ちょっと納得だった。MP回復量が1/2だと、そっちばっかりを選びたくなってしまうだろう。

 

葵:

『いしくんってば、どういう方針?』

石丸:

「指示に従うつもりっス」

葵:

『一応、おまかせって言ったらどうするか聞かせて?』

石丸:

「自分であれば、身代わりには使わないっスね」

シュウト:

「えっ? でも、死ぬ可能性とか……」

石丸:

「クイックショット2回、MPリロード1回っス」

シュウト:

「ええっと(苦笑)」


 また超攻撃的シフトってことだろうか。レガートの魔杖の時からめっちゃ攻め気が激しいんだけど、なんなのだろう? 石丸ならぬ、攻丸とか?

 しかし、なんでクイックショットなのかがどうにも分からない。


ジン:

「なるほどな」

シュウト:

「あのぉ、荒野の加護の中だと、クイックショットが一番使えない気がするんですが……?」

ジン:

「ん? それはお前が長期戦前提のレイダーだから、そう感じるだけじゃねぇか? PvPで考えたら連続クイックキャストは凶悪なバランスブレイカーだぞ。開幕から魔法4連発とかされたら、俺だって避けられるかどうか……」

シュウト:

「ああっ!?」


 まったく想定していない使い方に慌ててしまった。これは石丸てんてーにソロ戦闘で勝つのはかなりの難易度になってしまったかも。

 どうする? どうしよう? 呪文を誘っておいて、避けて、近接に持ち込む? でもクイックキャストが使えるとなると、こっちを引きつけたところから近接でノータイムの呪文を打ち込まれる羽目になるような……? しかも、それってクローズバーストなんじゃ。うーわ、メチャクチャ強いんですけど(汗)


葵:

『避けらんないとかいって、テキトーにいなせんだろ?』

ジン:

「今は、な」


 ジンは竜の魔力(ドラゴンフォース)でもって魔法が炸裂するのを遅らせ、上滑りさせて『いなす』ことができる。魔法使いへの接近など得意中の得意だ。


葵:

『レイドで応用するなら〈ロバストバッテリー〉とのシナジーで、橙→赤になるタイミングで魔法を連発するとかだろうね』

ラトリ:

「下手にそれやると、キャストループが狂ったりするから、難易度が高くなっちゃうけど(苦笑) まぁ、彼にはだから関係ない話でもあるよね」

石丸:

「問題ないっス」こくり


 まったくドヤる気配すらなく、淡々と受け答えする石丸氏だった。


ジン:

「とりあえず、PvPの大会にエントリーするのはやめとこうか(笑)」

石丸:

「了解っス」

葵:

『エントリーはしてもいいけど、早撃ちガンマン戦法はなしってことだぁね。……それよっか、掟破りのコンバットメイジしちゃう? 超接近からの、クローズバースト祭!』

ジン:

「1日3回だっつってんだろ。とっとと起きろ、夢みてんじゃねぇ」

葵:

『あぁん、もうひとねむりぃ!』


 近接されたらノータイムでクローズバーストできる。もしくはブリンクやルークスライダーのような転移系呪文で逃げるのにも使えることになる。そうして逃げてしまえば、身代わりを使う必要性はなくなるだろう。クイックショットの効果は、通常の魔法を『緊急呪文』に変化させる、と言ってしまってもいい。使い方が巧ければ、便利な能力になる。


 一方、〈天秤祭〉の裏で行われた対レオンの前哨戦、ローマの門を破壊するのにラトリは極大化させたディスインテグレイトを放っている。ああした極限の状況こそ、身代わりの出番だ。絶対に必要な一撃を叩き込むために死を覚悟する状況でこそ、使われるべきものだろう。


ラトリ:

「実際のところ、連続クイックキャストはできるか分からないからね。使ってみたら1分ぐらいの再使用規制があるかも。そういうのを試すにしても、今日の分が勿体ないから、塔に行ってからにしてもらえるかな?」

石丸:

「了解っス」







 予定より早くケイオス・ロードを倒せたため、お昼にはまだ早い時間帯だった。ドロップアイテムの分配を終え、準備された昼食を受け取ると、設置済みの簡易版転移魔法陣で移動。一瞬で〈ヘリオドロモスの塔〉に到着。


ユフィリア:

「近くでみると、すごく高いんだね~」

ネイサン:

「『天塔』に比べると、まだまだ小さいはずだけどねぇ~」

ユフィリア:

「そうなんだ?」

スタナ:

「なに言ってるのよ。天塔をクリアしたのなんかゲーム時代じゃない」

ネイサン:

「だからさ。チャンスがあったら、もう一回行きたいと思わない?」

 

 天塔と言えば、7番目の拡張パック〈炎の贈り物〉で実装されたワールドワイド・レギオンレイド〈神託の天塔〉のことだ。そんなのとは比較にならないだろうが、ヘリオロドモスの塔も十分な高さがある。あっちのクエストは塔がメイン。こっちのクエストは6つもある小規模ダンジョンのひとつ。これ以上のサイズアップは勘弁していただきたい。


 低い壁で敷地をぐるりと囲ってある。僕らはダンジョンの入り口になる門の前に立った。門から中に入ると、ダンジョンのゾーンになる。


ジン:

「入るぞ~?」


 門の内側に踏み込み、もう一度〈ヘリオドロモスの塔〉を見上げると、飛行規制用のモンスターがそこかしこに飛んでいた。ガーゴイルが大半だが、のたくる蛇のような動きをしているものは、たぶん竜種だ。はっきり『龍』というべきかもしれない。

 とりあえず、1階層ずつ、12階層+レイドボスということではないらしい。何階層分かをまとめて1単位として、それを12セット+レイドボスとなるようだ。


石丸:

「全部で48階層っスね」←瞬間的に見て取った

葵:

『あ~、4階ずつってことかな? 屋上でレイドボス戦とか』

ジン:

「下が広くて、上が狭いんだぞ。上にいくと楽になるのか?」

葵:

『うーん、それもヘンか』

英命:

「3階層~5階層ごとにフロアボスが出現するということですね。さて、レイドボスが出現するのは屋上でしょうか……?」


 外観から大まかな流れや攻略を想定していく。心の準備時間みたいなものだろう。


スタナ:

「今回の大目的のひとつ、天候を操作する装置がどこかにあるハズよね。それが屋上とか?」

ネイサン:

「屋上はレイドボスじゃないってこと? あ、そうか。装置が先にあれば、ボスを倒す必要はないってことになるのか」

葵:

『いんや。それだと『魔力のオーブ』がひとつ足んないっかな』

シュウト:

「うっ……、すみません」


 リヴァイアサンを倒した後に奪われたひとつがここでネックになってしまっている。


ジン:

「……ここんとこ、連中がこなくて平和だけどな」

葵:

『だねー(苦笑)』

リディア:

「気持ちが楽だし、そんなに間違ってなかったと思う」

シュウト:

「えと……、ありがとう」


 慰められてしまった。それだけじゃいけないとは思うけれど、味方になってくれる人がいるのはやはり嬉しかった。


英命:

「どちらにせよ、レイドボスを倒せば済む話ですしね」


 みんなで頷き合う。そうした意志を確認したところで、塔の攻略に挑むことにした。


ジン:

「むっ」

ユフィリア:

「……どうしたの?」

ジン:

「開かない。……なんかやり方があんのか?」

葵:

『ん~? ここの入り口はさっきの門だろうし。てこたー、ショートカットで裏から開けるヤツなんかな? うーんと、ショートカットが階段なのヤダな。……アクアちゃーん! 転移魔法陣の予備ってあるぅ~?』


 耳の良すぎるアクアに対してなので、適当に大きな声で話かけていた。少しの間があって、返答が戻ってきた。マリーに確認していたのだろう。


アクア:

「予備が1セットあるわね」

葵:

『あんがと! ……じゃあ、周辺をぐるっと一周回ってこようかね』

ジン:

「へいへい」


 時計の反対周りに1/4周した辺りに階段を発見。ここから外壁沿いにぐるりと登っていくことになりそうだ。そのままスルーして外観の様子を確かめつつ、正面の扉まで戻った。もう一度1/4周分プラスして階段へ。


ジン:

「いくぞ、油断するなよ?」

シュウト:

「はい!」


 黒翼剣を失ったため、ジンはブロードバスタードの最後の一本を握っていた。これが無くなると死活問題という(苦笑)

 階段トレーニングをしながら登っていき、階段の行き止まり、3階層目の入り口から進入。入り口は人一人分しか通れない狭さ。中に入ると、待ち伏せにあった。さっそく戦闘開始。


スタナ:

「奥へ進んで! 後続がストップしてしまう!」

ジン:

「了解」

葵:

『あせらず、あわてず、一人ずつ~』


 襲って来たのは、やはり新規モンスター達だった。能力や攻略法を見極める前にジンが突っかける。輝きを散りばめた影〈スターダスト・シェイド〉、サキュバス風の女性型の魔物〈ワンナイト・ラバー〉。前方の2体を斬り伏せ、奥へと踏み込んでからタウンティングを決めるジン。更に〈澱みの精霊〉の魔法攻撃を捌いて逸らす。

 〈ワンナイト・ラバー〉の魅了攻撃と〈澱みの精霊〉が放った魔法とで数名がバッドステータスになったが、全体としては圧勝して終わった。


ネイサン:

「〈ワンナイト・ラバー〉のバッドステータスを受けたかも?」

ジン:

「魅了されてフラフラかよ(笑)」

ネイサン:

「そう。このトキメキは、確実にバッドステータスだね!」

ユフィリア:

「……回復する?」

ニキータ:

「そういう問題じゃないから(苦笑)」

スタナ:

「残念だけど、ネイサンのは生まれつきのバッドステータスだから……」

ジン:

「男はみんな、バッドステータスなのさ」


 水着と大差ない格好した魔物が相手で、ちょっとやりにくい部分はあるかもしれない。ジンは関係なさげにバシバシ叩き落としていたけど。冗談を言える余裕があるのは良いことだ。


 階段を降りて2階、そのまま1階と降りて正面の扉を開き、転移用の魔法陣を設置。別の階段から2階へ上がって敵を殲滅。3階の別の部屋で歯車形状をしたフロアボス、〈プライム・ギア 2〉を撃退した。時計仕掛けに似ている気もしたけれど、もっと歯車が強調されていた。

 フロアボスの部屋で昼休憩にして、昼食タイムに。


ジン:

「大したことねーな」

葵:

『だね。今日中に半分より上に行けっかも。明日の午後にはレイドボスの顔を拝めそうだね』


 ケイオス・ロードを撃破してレベルが上がったのも影響しているのだろう。大したことないと決めつけて突き進むことになった(苦笑)


ラトリ:

「敵よりも問題は、階段の上り下りでしょ~。この分だと、ウンザリするぐらい上り下りさせられそうなんだけど」

葵:

『転移魔法陣なんか欠片も見あたんないしねぇ(苦笑)』


 みんなうんざりという顔だった。フロア内をわざと行ったり来たりさせてくる。あんまりいいデザインのダンジョンではないと思う。単純な一本道なのもウンザリだけど、これはどうなんだ。


ジン:

「石丸てんてー、具合はどうだ?」

石丸:

「荒野の加護は未使用っスが、『果てなき前進』で助かっているっス」

英命:

「移動時のHP・MP回復能力ですね」

ジン:

「そうなのか。昔のドラクエみたいな、ランダムエンカウント系だとあんま使えない能力だったが……」

葵:

『ちゃんと回復するより先に戦闘になっちゃうんだよね』

シュウト:

「なる、ほど……」

葵:

『異世界に来てるのも大きいのかな? 毎回、休憩して全回復させる訳じゃないから、戦闘と戦闘の間はずっと回復していることになるもんね』

石丸:

「それもそうっスが、……階段が楽っス」

ジン:

「なん……だと……?」


 ジンやリディアは常時MP回復能力をもっている。休憩中も移動時も戦闘中でさえ、MPが回復し続けるのだ。これに比べると、休憩中と移動時に回復する〈果てなき前進〉の効果は見劣りする。理由は明白で、戦闘中のMP回復は、MPリロードが用意されているからだろう。


 ジンは戦士職なので、〈レジリアンス〉によるHP回復能力も有していて、それを応用した超再生が使える。しかし、逆にいえば戦闘直後にHPが最大値まで回復しているため、休憩時や移動時にはなにも使っていない(使う必要がなくなっている) 階段での負担を減らすには、移動時のHP回復能力が有効、という話らしい。


シュウト:

「ジンさんはフローティング・スタンスを使ってますよね?」

ジン:

「その代わりに鎧を着てるだろ」

シュウト:

「その上で、さらにレジリアンスまで使うつもりなんですか!?」

ジン:

「持っているスキルを駆使して何が悪い。だいたい、階段でへばって、モンスターに遅れを取ったら意味がないだろうが!」

シュウト:

「そりゃそうですけど!」



 この後、ひたすら上り下りを繰り返した(涙)



ジン:

「……あっれ?」

シュウト:

「どうかしたんですか?」

ジン:

「いや、似たような部屋ばっかりだから分からなくなった。どっちから来たっけ?」

シュウト:

「向こう、ですけど?」

ジン:

「そうだっけか。じゃあ、どっち行けばいいか、今度から指示を頼む」

葵:

『おいおい、ジンぷー、大丈夫か?』

ジン:

「……いや、本気で俺にはちょっと無理っぽいんだが」

シュウト:

「はぁ……?」


 この時は言ってる意味がちょっと分からなかったけれど、別の時にまったく同じ経験をした。弓を使っているとあまり動かない関係で、位置とか場所とかが変化せず、どっちから来たのかを覚えていられる。近接武器に持ち替えて前に出て戦い、あちこちに移動を繰り返していると、僕にもどっちから来たのかが分からなくなった。第4レイドのいるところが『来た方向』かと思いきや、戦闘中にポジション移動していることが当然のようにあり、それで混乱に拍車が掛かるのだ。


 ちなみに磁石などで東西南北を確認することは出来ない。北極がS極だから、磁石のN極が引き寄せられる仕組みなので、ゾーンとかの謎技術・謎空間で磁石は役に立たない。

 ゲーム時代のミニマップには北らしき表示がされていたのだが、ジンたちの使っているのはいわゆるレーダーであって、ミニマップ表示ではないため、北がどっちとかは分からないという。


 さらにフロアボスのプライム・ギア3とか5とか7を倒したけれど、その都度、下の階層が変形していたらしい。どういうことかというと、歯車機械のフロアボスを倒すと、一階から続くショートカットの階段が延長される仕組みになっているのだ。なかった階段が、現れるのだから、フロアが変形してるのだろう。フロアは3階、3階、3階と来て、4階となったので、13階分のショートカット階段である。


 それってどういうことなのか?を考えると余計に混乱しそうになる。この塔は、とりあえず回転しているらしい。客観的に考えると、フロアボスを倒したりすると、僕らの立っている向きが変化している可能性が高い。床が動いている振動や感触などはないし、外の景色を確認するための窓とかもない。こうしたことが原因で、状況がわかりにくかった。

 逆にジンが最初に混乱したのはその辺りが理由かもしれない。感知能力が高いせいで、客観性の高さが現状認識を混乱させたのだろう。


 現状で必要なのは、強固な主観認識力だった。クリアしたフロアがどう変形しようと、次に進むべき方向は主観視点でもって決めればいい。そう思えばなんら難しいことは考える必要がない。理解しようとすると、ややこしいことになってしまう。



 本日のノルマは最低で6フロア。地獄の上り下りはまだまだ続く。

 悪魔のような外見をした〈ゴート・スタチュウ〉と戦っている時だった。ヤギのような頭をした半裸の亜人、そんな形をした石像の魔物だ。パワー型でダメージもお高め。ジンはお構いなしにサクサクと倒していくのだが(苦笑)


リア:

「ジン、見て!」


ジン:

「あ?」


 ちょっと離れたところにいるリアが、ジンに声をかけていた。さすがに戦闘中に見ろって言われても困るだろう(苦笑) 仕方がないので、僕が代わりに見届けることにしておいた。


リア:

「んー、にゅー、ふぅー、ハー!」


 えーっと(苦笑) 手から出した魔力体を、なんだろう、こねこねしているみたいに見える。……何がしたいんだろう? まさか魔力体でパスタでも茹でるとか?


リア:

「とぅえりゃー! 『あすとらるぅ~・ネバネバ・ばいんど!』」


 なんとも脱力感を誘うかけ声で放たれた魔法が、ゴート・スタチュウに絡みついた。


ラトリ:

「えっ?」

ネイサン:

「んっ?」

ヴィオラート:

「ふぇっ!?」

スタナ:

「ちょっと」

ミゲル:

「なんだと!?」


 〈アストラル・バインド〉の変形技のようだ。〈ゴート・スタチュウ〉が力尽くで脱出を図る。あっさりとバインドが伸び、千切れるだろうと思った。しかし、まったく千切れなかった。粘性が高く伸び縮みするため、切れないのだ。しかも動こうとすると、反発する力が蓄積され、ゴート・スタチュウを押し戻す結果に……。動いた分だけ、反発する力に転換されていた。


ジン:

「マジかよ!?」

葵:

『ゴムだのガムだのは日本じゃ異能モノの定番だけど、あんなんアリ?』

ジン:

「やっべー、あれどうやって脱出すりゃいいんだ? 効果時間切れまで待つしかないとかだと、強すぎねーか?」

シュウト:

「えっ、ええええ!?」

スタナ:

「『度肝を抜く』って、まさにコレのことね」


 ジンの懸念を理解して驚きが3倍になった。ディスペルぐらいしか脱出方法が思いつかない。



リア:

「わっはははは! 大・成・功! ケイオス・ロードには間に合わなかったけど、これでレギュラーの座は安泰!」


スターク:

「うーん。本当に便利そうだし、レギュラーは否定できないかなぁ」


 アストラル・バインドは足止め用の魔法だが、パワー型のモンスターには利きにくく、脱出されてしまうことがある。一定時間足止めできるなら有用性が高まるのは間違いない。たとえばジンのような強者を拘束し、離れた位置から魔法で攻撃で倒すような使い方ができれば、それは立派な攻撃手段だし、戦術の中核になりうる。


 問題はまだあった。リアは呪文に改変などは行っていない。魔力体をもみ込み、手で粘性を付与したらしい。どうしてそんなことが可能なのか意味が分からないけれど、ともかく出来るってことだ。であれは、魔力体をなんらかの形に加工すれば、また別の効果が引き出せるかもしれないってことになる。


葵:

『ネジり入れようぜ、ネジり!フロスト・ドリル・スピアとかどうよ?』

リア:

「うおおお! それ、いただきっ!」


 ネジりを入れた即席のフロスト・ドリル・スピアだったが、失敗に終わった。なぜか刺さらなかったからだ。


リア:

「どうして!? なんかうまく行かない! なんで???」

葵:

『なんか「ぶにょん」って感じで貫通力が足りない気が……』

スタナ:

「性格のだらしなさが反映されている感じね」

リア:

「だらしないとか言うな! 個人攻撃はやめろ!」

葵:

『だらしなさ、か。じゃあさー……』


 リアの口伝、第2弾は『ぶよぶよドレッドウェポン』だった。武器に巻き付いたぶよぶよから吐き出される瘴気が殴られた敵に絡み付く。結果、高確率で邪毒にするというもので、こちらも使用者には好評だった。

 とりあえず葵の『口伝作りたい欲求』が満たされたらしいのでよしとしたい。

 

 そんなことをやっている間に、7つめのフロアボス〈プライム・ギア 17〉を倒し、本日分のノルマを達成した。残りは5フロア+レイドボスだ。戦闘にも不安はないし、クリアは時間の問題だった。

 ちなみに、石丸の荒野の加護にへんな再使用規制だのはなかった。ロバストバッテリーの赤で呪文を3連射していた。あんまりシャレになっていない。

 ショートカット階段を確認したところで転移魔法陣を設置し、1階へ転移。〈ヘリオロドモスの塔〉から外に出て、キャンプに転移して戻った。


ジン:

「殿下ぁ~、戻ったぞーん。なんかなかったかーい?」

殿下:

「うむ。特に変化はなかった」


 ジンがいつもの通りに癒されに行き、殿下を抱き上げている。

 カインの黒翼剣が破壊されているので、不埒な吸血鬼がくるかも?という風に指示を変更している。男の吸血鬼なら伝言の受け取りはOK。女なら即時離脱。システム的な攻撃禁止地帯、セーフポイントを利用したキャンプ地点だが、タルペイア辺りは何をしてくるか分かったものじゃない。


シュウト:

「すみません、ジンさん」

ジン:

「んあ?」


 完全にやる気その他を失っていた。食事まで働く気ゼロが丸わかりだった。休息時間でオフにしているのだろう。休むべきときは休む人である。その代わり必要とあれば猛烈に動きまくる。最前線で人より余計に動いているけれど、ひとつひとつの動作が洗練されていて無駄は少ない。無駄が少ないから、人よりもたくさん動けるのだろう。


シュウト:

「あの、新しい武器ってどうするんですか?」

ジン:

「どうって、なんも考えてないけど?」

シュウト:

「えっ? ここで武器を作って、直ぐに使うんじゃないんですか?」


 ケイオス・ロードの『死神の剣(仮称)』から得られた金属片をどう処理するのか確認しておきたかったのだ。吸血鬼の起源と戦う際に用いれば、いい戦力になると思う。


ジン:

「いや、そんなおざなりな武器にするつもりはないから」

シュウト:

「そう、なんですか?」

ジン:

「うむ。当座を凌ぐものにしたくない。腰を据えて掛からないとな。形式は普段使ってるブロードバスタードを基本にするつもりだけど、最適な重心バランスはいろいろ試したり、追求したりが必要だろう。俺はシンプルなのが好きだけど、一度キチンとしたデザインを起こしたい。その辺りを含めて、信頼できる鍛冶師なんかも見つけないとな。そうだ、名前も決めなきゃなー。……あー、その前にあの金属の加工方法を調べたりしなきゃ、か」


 なるほど、なんとなく大仕事になりそうだった。『最強』が使う、『究極の剣』を作ろうというのだから、最高のものにしたい。今からワクワクしてしまう。話を耳にしたら、一枚噛みたい人はけっこういるのではなかろうか。エルムさんとか。

 殿下に頬ずりしているジンに追加で質問しておく。


シュウト:

「金属について調べるなら、一度、サンクロフトさんのところに行くんですか?」

ジン:

「あー、そりゃアレだな。俺も行って、脅し入れなきゃだ」

シュウト:

「なぜ、脅しを……」


 初手から物騒だった(笑)


ジン:

「レイドボスの武器を入れ替えたのって、アイツかもしれんのだが」

シュウト:

「え、そうなんですか?」

ジン:

「そーりゃ、300年も暇だったら、イタズラぐらいすんだろ。ヤツに見せびらかして『たまたまこんな金属が手に入っちゃってー』とか白々しいこと言ってやらねば。アンニャローが冷や汗かくか確認してやる!」

シュウト:

「そもそもオーバーロードは汗をかかないと思うんですけど(苦笑)」


 汗をかくぐらいの芸当は、きっちりこなしてくるかもしれないけど。


 その後、リアが口伝の自慢をジンにしにきて(というか褒められたかったのかも?)、食事を終えて、マリーが共同研究に向かうのに同道しようとしたら、呼び止められた。


レオン:

「少しいいだろうか?」

シュウト:

「えっ、と。……僕ですか?」


 サンクロフトを脅すところを見ようと思っていたんだけど、レオンの話に付き合うことにした。微妙にイヤな予感がしないでもなかった。

 

 

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