237 潜在力 / 死神の剣
ジン:
「なんじゃこりゃ?」
秘密会議から戻ると、素振りブームが到来していた。みんなで武器を振り回している。自由訓練時間なので何をやったっていいんだけど、足ネバや階段登りばっかりで、みんな飽きてたのかもしれない(苦笑)
ジン:
「今日は自由訓練の日にしようか」
ヴィルヘルム:
「わかった。自主性にゆだねてみよう」
そうなると、僕らは当然の流れとして精魔剣の訓練を行う事になる。
シュウト:
「精魔剣の基本訓練ってどうやればいいんですか?」
ジン:
「そんなの、武器を『気』で覆うところからだろ。魔力でもいいけど」
シュウト:
「あのー、ところで気ってどうやって出せばいいんですか?」
ジン:
「そんな眠てぇ話、聞きたくもないね」フイッ
シュウト:
「そんなぁ~(涙)」
ジンはさっさと居なくなってしまった。眠たい話が嫌いらしい。
『意 至る 気』なのだから、意識を高めて気を集めればいい。理屈は分かっている。問題は実践の方だった。
ウヅキ:
「おい、どうにもならねーぞ」
シュウト:
「む、難しすぎる……」
実のところ分かってはいた。自力でライトエフェクトを発生させたくても、どうしようもなく難しい。難しいというか、不可能じみている。システム・アシストがないとどうにもならないのだ。頼みの綱であるジンは、素振り軍団を見て回っていた。不機嫌そうでお願いしてもシカトされそうと思い、ため息が漏れた。
シュウト:
「という訳で、やり方を教えてください。 お願いします!」ぺこー
ニキータ:
「私……?」
シュウト:
「精霊剣が使えるなら、基本の気の使い方も分かってると思いまして」
ニキータ:
「もちろんできるけど。……それでいいの?」
リコ:
「なにかダメだった?」
ニキータ:
「ジンさんが怒ってるのって、ゆる筋トレみたいな破格の知識を教えたのに、目先の力に目移りしているからでしょう? 破格の中の破格よ?」
シュウト:
「それは、分かっているんだけど……」
ニキータの態度というか、雰囲気がスッと変化する。ハーモニティア・和御魂。ジンの身体意識を宿したのだろう。のし掛かってくるような威圧感。
ニキータ:
「『馬の耳に念仏、豚に真珠、猫に小判。お前らにゆる筋トレ』って言われると思うんだけど(苦笑) 後悔しても知らないわよ?」
シュウト:
「はい……(涙)」
完全に生ゴミを見る目だった。どうしてジンを怒らせるような真似ばっかりしてるんだろう。自分でも少し頭がおかしいような気がしてきた。でも、今の内に手を付けておきたかったんだもの。口伝うんぬんよりもジンに追いつけるかどうかの方がずっと重要な問題なのだ。『やっていないこと』を放置しておけないではないか。
ニキータ:
「とりあえず戦闘モードになって。まだ武器は持たない。特技をブッ放すつもりで、腕を一気に振り下ろしながら、気を、出す……!」ブンッ
ケイトリン:
「ン、できたな……」
シュウト:
「うそ!? ……できてるし」
タクト:
「そんな簡単に!?」
ケイトリンの腕から気のエフェクトらしきものが出ている。先を越されたことで焦ってきた。「そんなこともできないのか?(クス)」とかやられると精神にクリティカルダメージが来る。ケイトリンはそういうことを平気でやってくるタイプだ。
ニキータ:
「ビックリしないの。戦闘モードなら出来て当然なんだから。〈冒険者〉の体にとっては、『出来て当たり前』よ?」
数度繰り返してみるが、どうしても上手く行かない。
タクト:
「わかった。自分で出そうとしたらダメなんだ。気は精神から出すものじゃない。〈冒険者〉の体から出す感覚でやればいい」
ウヅキ:
「……こういうことか」
タクトに続いてウヅキにも先を越され、さらに焦りががが(笑)
ヤツのこうした勘の良さは『戦闘センス』によるものだろう。僕のマーダーセンスよりも、ジンの戦闘センスに近い。それがちょっと羨ましかったり、劣等感を抱いたり、ジンに勝つ為には『同じではダメ』だから、これでいいんだと自分に言い聞かせてみたりで、複雑な気持ちにさせられる。
レイシン:
「シュウトくんの場合、呼吸と絡めたらいいんじゃないかな? 皮膚から呼吸するようなイメージとか」はっはっは
シュウト:
「皮膚から……?」
愛しのレイシン様からの貴重なアドバイスに、もう女の子になったみたいにトキメキを感じてしまう。気孔のようなもので呼吸しているイメージをした瞬間、膨れ上がるような力感とともに内側からパワーが溢れてきた。
シュウト:
「よかった、できた……」
そう思ったのも束の間。背後から禁断の声が聞こえた。
ユフィリア:
「みてみてー、精霊しゅー!」
ニキータ:
「凄いわ。でもHP減ってるから気をつけて?」
シュウト:
「…………」
タクト:
「…………」
聞こえなかったことにしよう、そうしよう。『春の女神』って、女神とか言ってるけど何が凄いんだろう?とか思ってました。けどエネルギーの操作・制御って最高レベルのチートなんじゃ……?
ニキータ:
「気をもっとずっと濃くしないといけないんだけど、今日は触りだけだから、次は武器をもってそれに纏わせてみましょう。タクトは打撃点に集中させて。難しかったらコブシ全体にね」
みんな苦労していたけれど、難なく気を纏わせることに成功した。
少し自分の『使い方』みたいなものが分かってきた気がする。呼吸法と関連させると修得スピードやコントロールの精度が数倍化するらしい。ジンに言わせると呼吸法の素質は『鍛錬する全員が欲するもの』らしい。それは流石に大げさな話だろうと思っていたけれど……。
シュウト:
(これ、いけるかもしれない)
ショートソードに纏わせる気がさらに強まっていく。
リディア:
「すごい……」
レイシン:
「かなり濃くなってきたね。コツを掴んだかな?」
呼吸法、そしてゼロベース・最新最大。さらに無呼吸の呼吸。不器用なタイプだと思っていた自分はどこへやら。全く新しい訓練だと思っていたものが、過去に経験した訓練と結びついて、自分の能力として自然に展開される。どこか付きまとう無力感が、少しほぐれてきたような気がした。
シュウト:
「生命力剣ってどうすればいいのかな?」
ニキータ:
「そこにオーラを纏わせればいいだけなんだけど……」
流石に要領を得ない。簡単にできてしまう人の限界というやつかもしれない。
ユフィリア:
「ジンさんみてみてー?」
ジン:
「なんだよもー、ってマジか!?」
ユフィリア:
「精霊しゅー、できちゃった」えへへ
ジン:
「……一応、技名は精霊拳にしようか。コブシと書いて拳の方な? 説明用の概念としてはともかく、パクリは気持ち良くないからな」
ユフィリア:
「うん。じゃあ、せーれーけーん!……それで、ね? ねっ?」
ジン:
「…………お前、あとで濃いのを期待しとけよ?」
ユフィリア:
「ええっ、いやぁー!?(笑)」
とても気を遣っていただいたというか、ジンに少し指導してもらえることになったらしく……。もの凄く恐縮した。当たり前に得ていた僥倖の価値を再認識する。
ジン:
「ほう、シュウトの分際で……。形になってるじゃねーか」
レイシン:
「そうなんだよねー」はっはっは
ジン:
「なんだ、教えてやったのか。……呼吸と絡めたんだろ?」
シュウト:
「はい、ここまでは出来ちゃいました」
ジン:
「それで?」
シュウト:
「ここからどうすればいいのかな、と。その武器が……」
ジン:
「フン。精霊剣の練習をしたくても、武器には纏えないから、生命力剣、つまり自分のスピリッツを纏わせたいけどやり方が分からない、か。……順番的には、オーラ→精霊の順だろうけど、精霊→オーラの方がやりやすいぞ。素手で精霊を喚んでみればいい」
かなりあっさりと精霊手の練習に進んでしまった。至難のハズでは?とか思ったけれど、それはそれで嬉しい。ウキウキしてきた。
ジン:
「なぁ、精霊を集めるコツってなんだった?」
ユフィリア:
「んっとねー。わかんない!」
ジン:
「わかんないで出来ちゃったか~(笑) ……じゃあ、まず精霊に餌的な意味で生命力をわけてやろう」
ユフィリア:
「んー、たぶん違うと思う。みんなね、『痛そうだね?』『大丈夫?』って感じで来てくれるんだと思うの」
ジン:
「……マジ?」
ユフィリア:
「うん。それとね、せーれーさんは、優しくしないと近寄ってこないんだよ?」
シュウト:
「えっ?」
タクト:
「やさしく?」
ジン:
「そうそう。オーラと違って、攻撃的な気に反応して離れて行くからな」
タクト:
「それって、……腕に纏えたとして、どうやって攻撃すれば?」←困惑
ジン:
「は? 武術の答えなんて、たいてい『無心』に決まってんだろ。……いや、世の中にはいるぞ? 笑顔のまんま相手をブン殴れるような悪辣な性格してるのとか」
シュウト:
「そんな人、いるんですか?」
ジン:
「無邪気も邪気の一種だからな。ユフィなんて可愛いもんだぞ」
ユフィリア:
「ほめられた?」
ぜんぜん褒めてないし。でもそれどころじゃなかった。
HPの放出を訓練する時間はなかったので、タクトと2人、ナイフで出血ダメージを入れて、精霊を集めてみることにした。
・
・
・
・
・
・
・
シュウト:
「……まるで何も起こらないんですけども!」
ジン:
「禍々しい気に反応して近寄ってこれないんじゃねーの? 功名心にはやってっからだろ。競争してんじゃねーよ」
僕の方は、ちょっぴり、本当にちょっとだけ、タクトより先にできたらいいなーっ思っていた気がする。……いえ、バッチリ思ってました、すいません。
シュウト:
「これって、ユフィリアも攻撃できないんじゃない?」
ユフィリア:
「攻撃? そんなことに使わないよ?」
シュウト:
「そうなの? じゃあ、なんで練習してんの?」
ユフィリア:
「精霊さんとお友達になりたかったからー!」にっこー
何を言っても無駄だった。計り知れぬ『お友達欲求』の前に、僕らはただ敗れ去るのみであった(涙)
タクト:
「やっぱり無心が必要なのか……」
リコ:
「大丈夫。タクトはすっごく性格が良いから、精霊も気にいっちゃうはずだよっ!」
シュウト:
「……まぁ、性格いいよな」ボソ
タクト:
「なにが言いたい?」
シュウト:
「別に」
タクト:
「フン」
ユフィリア:
「ギスギスしちゃだめー! せーれーさんに優しくしなきゃ! だよ?」
ジン:
「プフッ、……お前ら向いてねーわ(苦笑)」
リディア:
「まず、この2人で訓練しちゃダメだと思う」
せめて呼吸と絡められればいいのだけど、精霊を呼吸って思うと意味がわからない。流石にダメだった。
シュウト:
「あの、無心のコツって何かありませんか? どうやれば……?」
レイシン:
「んー、10年ぐらい歳を重ねる、とか?」
ジン:
「ああ、若い頃よりはやりやすくなるよなー。多感な時期だと厳しいかんなー」
リディア:
「レイシンさんって、実はジンさんより身も蓋もないこと言いますよね」
レイシン:
「そうかな?」はっはっは
ちらりと周囲を伺うと、英命先生が変なことをしていた。
英命:
「左手から生命力を、右手から魔力を……」
ニキータ:
「そんな感じでいいと思います」
それぞれの手から別々のを出していた。もうあそこまで!?
ジン:
「気と魔力の同時操作か。やるなセンコー。……石丸てんてー、首尾はどうかね?」
石丸:
「『魔力体』の操作は可能だったっス」コクリ
ジン:
「おー、出来てんじゃん。イイ感じだな。後はこれをどうするかだな」
石丸先生の方は、手から魔力の塊がモリッとはみ出していた。みんな驚くほど成長が早い。……いや、違うのか。ポテンシャルが当該技術を超えているのだ。だから細かい技術は最後にちょこっと調整すればできてしまえる。
基礎・土台作りが徹底していて、到達点が高度だからこそ、こういう芸当が可能になってくる。そもそもジンの口伝の多さなどは、実力が先にあるからだ。口伝にする具体的なアイデアも大事だけど、重要度や比重を間違えると、目先の力に溺れるハメになりかねない。
◆
葵:
『よっしゃ! 到達ぅ~』
ラトリ:
「ちょっとがんばり過ぎちゃったかな~?」
15時過ぎに〈ペテル大墳墓〉を走破し、レイドボスの待つ13層目に到達した。アンデッド相手にギヴァのような〈パラディン〉や、スタークのような〈エクソシスト〉が大活躍したのだが、その辺りの話はバッサリと割愛。
扉を開けば、もうそこにボスが待っているだろう。
スタナ:
「順調に行き過ぎている気がするわね……」
ネイサン:
「ボクらが強くなってきたってことさ」
スタナ:
「ダンジョン・ギミックも多くは無かったし、限られた知性のアンデッドばかり。〈ペルセスの地下迷宮〉と同様、プログラム的なモンスターだった。……順調だった理由は分かるのだけど」
スタナが心配していた。彼女の言うことは尤もだと思う。
ジン:
「物足りなかったのなら、ここのレイドボスに満足させて貰えばいい」
葵:
『とりあえず、様子見を兼ねて、初見撃破いってみよう!』
シュウト:
「初見撃破って(苦笑)」
巨大な扉を開くと、そこには誰も、何もなかった。魔法的な照明で明るく保たれた、逃げ隠れの難しい丸い部屋。ボスフロア相応の広さを誇り、闘技場を思わせたが、観客席などはない。
第1レイドがフロアに進入すると、闘技場の中心から闇があふれ出した。虹色の魔力光を伴い、巨人がその姿を現す。
ニキータ:
「アンデッド?」
灰色の肌をした巨人の姿。2つめのダンジョン〈獅子の空中庭園〉攻略初日に出てきたレイドボス〈翼ある巨人コルウス〉の、銀色の肌を艶消しにしたような具合だった。
その名は〈ケイオス・ロード〉。筋骨隆々とした鎧姿の巨人。〈機械仕掛けの死神〉が使っていた〈ケイオス・グロウブ〉に通ずるものがありそうだ。
僕たちの目線は自然と別のものに注がれていた。巨人の右腕には壮麗な一振りの剣が握られている。いや、デザインは地味かもしれない。余分な装飾はなく、工芸品というよりは工業製品の趣。軽く曲線を描く刀身の途中に、折り返しが入っていた。ゆるやかな反りを持つ剣の先に鎌のような刃があって、さらに鎌の先端からもう1度、剣がついている。それはちょうどアルファベットの『N』の文字の縦線を2本とも伸ばして剣の形にしたものに近い。
どうやっても鞘に入らないであろう、その形状を除けば、シンプルと言って良い。しかし、どうしようもない美しさを感じさせた。それがどこから来ているのかと探ると、鋼の色味からだと気付く。特殊な色が使われているのではないし、魔力を感じる風でもない。色だって、鉄製の剣と同じ銀灰色。なのに、引き込まれるような魅惑感があった。
どこかに死神の気配を探すのだが、まったく逆に、独特な清潔感があった。まるで一度も使われたことのない『新品』かとさえ思ってしまうほど。まるでおかしな事に、そのことで確信を得る。正反対の印象を持つゆえに、あの武器こそが『死神の鎌』で間違いないのだと。
葵:
『全然おどろおどろしくなかったね』
ジン:
「いや、あの剣ヤバいぞ。魔力的な凄みはほとんど感じないのに、平凡とはかけ離れてやがる……!」
ユフィリア:
「凄く、きれいだよね」
ニキータ:
「そうね。殺されても『仕方ない』って気分になってしまいそう」
まさしく、ニキータのセリフこそ、表現したかった言葉の血肉そのもの。死への恐怖を煽るのではなく、納得ずくで死を受け入れさせる『神の剣』だ。
シュウト:
「どうしますか?」
ジン:
「…………ッ、行くに決まってんだろ! ユフィ、剣の間合いには入るなよ」
ユフィリア:
「ジンさん、気を付けて」
あのジンが行くのを躊躇った。つまり、全身の細胞が警戒して近付きたくないと拒否したのだろう。それをねじ伏せ、戦うことに決めていた。一瞬でそこまで分かる程度には僕らの戦歴は深い。
かみしめるようなユフィリアの心配に、獰猛に笑うと、ジンはフェイスガードを下げてオーバーライド。初っ端から全開だ。
葵:
『いくぞ、戦闘開始っ!』
丁寧に戦線を構築し、ジンがヘイトを高めていく。頃合いを見計らい、僕らも参戦する。
葵:
『行けるか?』
恐ろしいのは、通常攻撃でもあの剣を使ってくることだった。慎重に、回避しながら戦っていくジン。最初の異変はすぐにやってきた。攻撃の回転を上げようとして、〈竜破斬〉でレイドボスの通常攻撃を弾き返そうとした時だった。
ジン:
「なにっ!?」
衝撃の叫び。相殺で逆にケイオス・ロードにダメージが行った。なのに、黒翼剣の刀身に、耐久ダメージを示すヒビが入っていた。
ウヅキ:
「今ので武器ダメージだぁ!?」
レイシン:
「相殺したのに」
葵:
『ともかく、そろそろ時間だ! ジンぷーを残して後退!』
必殺攻撃に合わせて後退。巨人なので、普段より距離をとっておく。必殺技らしき構えから巨人の剣が横薙ぎに放たれた。
――〈レッド・デッド・スラッシュ〉
ジン:
「ぐっ!? ……なんだ今の、二段攻撃なのか?」
きっちり防いだ様に見えたが、ジンは叩き斬られていた。見えない二段目の攻撃にやられたという。これで3000点ほどのダメージ。少ないように感じるが、新技の『気の防壁』も惜しまず使っていたはず。オーバーライドであることを鑑みても、基本的な威力は10000点ベースと考えておくべきだろう。
ニキータ:
「ユフィ? どうしたの?」
ユフィリア:
「回復できないの!」
葵:
『……青ゲージ?』
ダメージ量は通常なら赤ゲージで示されるのだが、ジンのHPバーには青ゲージが表示されていた。直ぐにユフィリアが回復呪文を投射しなかったのもおかしいが、もっとおかしいのは各種リジェネが機能していないことだ。アクアの永続式援護歌はとっくに発動しているし、そもそもジンの超再生は常時発動していなければおかしい。
スタナ:
「ちょっと!どうなっているの!?」
それには誰も答えられなかった。誰も答えを持っていない。
ジン:
「落ち着け。まだ大丈夫だ」
普段通りのつまらなさそうな声に、停止しかけていた体内時計が動き始める。
英命:
「ゆっくりとですが、青ゲージが減っていますね」
葵:
『青ゲージ中の、回復阻害……!』
英命:
「問題は、必殺攻撃の効果か、武器による効果かという点でしょう」
葵:
『まだある。ここでダメージを受けた場合の処理。回復可能なダメージを受けたとして、どうなるのか……』
リコ:
「青・赤・青みたいに『まだら』になったら大変!」
スタナ:
「青ゲージってことは、システム的に間違ってはいない、きっと正しい状態なんだわ。つまり、なんらかの対策がとれるはず」
ネイサン:
「新システムってことかな? ゲージの減りを早める方法かぁ。時間を加速させられればいいんだけど……」
葵:
『リディア! 〈フォースステップ〉!』ピキュイーン
リディア:
「……〈フォースステップ〉!」
タクト:
「鋭い!」
石丸:
「ニュータイプ反応っスね」
葵がニュータイプ反応とやらで対抗策を繰り出す。ジンに投射された〈フォースステップ〉が効果を発揮し、僅かに青ゲージの減りが速まった。だが、それだけだ。
ジン:
「チィッ!」
ケイオス・ロードの一撃を盾で受け止める。僅かなダメージとともに、青ゲージが積み増した。残念ながら武器の特殊効果だったらしい。通常攻撃での蓄積値は必殺攻撃に比べるとかなり少ない。しかし、これが積み増していくとなると危険だ。
葵:
『リアクティブ・ヒールも発動しない、リジェネもダメ……』
英命:
「では、私が……!」
ダメージ遮断障壁が苦手なジンだけれど、背に腹は代えられない。しかし、更なる衝撃が待っていた。
ジン:
「なんっ! だと!?」
障壁で一度動きを止めたレイドボスの剣が、そこから威力を増してジンに襲いかかった。障壁によってジンは動きを止められている。そのままなす術なく切り裂かれた。さらにダメージと、青ゲージとが追加された。
シュウト:
「今のは、一体……」
葵:
『対障壁能力? しかもダメージアップ!?』
スタナ:
「あ、り、えない」
絶句するしかなかった。戦慄が青ゲージのように居座っている。ともかくあの武器が強すぎた。武器への耐久ダメージに、回復阻害、さらに対障壁突破力? ……完全に〈エルダー・テイル〉の枠組みを越えてしまっている。
ウヅキ:
「どうなってやがる!?」
タクト:
「障壁にぶつかったところから威力を増した風に見えた。もしかして、ドリル・インパクトってことか?」
リディア:
「あの武器、あれひとつで、まるでモルヅァートみたい」
萎えかけていた心に火が灯る。……その名を、『友の名』を出されて、黙って受け入れる訳にはいかない。
葵:
『やるぞ、徹底抗戦だ!』
基本に立ち返り、味方にはバフを、敵にはデバフを重ねていく。
ジン:
「チィッ!」がきん
リープエッジ。通常攻撃カテゴリーの変則技だ。混沌の力を利用しているようで、斬撃を次元跳躍かなにかさせ、別角度から斬ってくる。本来、防御不能技かもしれないが、ジンはそれすら反応してみせた。しかし、そのことで逆に黒翼剣の耐久値が削られてしまう。
スタナ:
「別の必殺攻撃よ、備えて!」
大上段に剣を構えるケイオス・ロード。素早く攻撃範囲から離脱する。
ユフィリア:
「ダメ! もっと離れて!」
――〈ショック・ウェーブ〉
ケイオス・ロードが剣を地面に叩きつけたと思ったら、こちらが吹き飛ばされていた。耳をつんざく轟音、そして至近距離で爆発したような威力。第1レイドが全体的に被弾。何が起こったのかすら分からなかった。
葵:
『衝撃波かっ!』
ジン:
「縦深攻撃!?……しかし、あの程度の剣速で衝撃波が出せるとか、マジかよ。真似できんじゃねぇーか?」
リディア:
「今、そういうこと言ってられる状態!?」
僕らにもまとめて青ゲージが付与されてしまった。結局、回復できないままのジン。流石にこれは本格的にマズい。ジン本人は嬉しそうにしていたけれど、僕らごとまとめて殺されそうになってきた。
ジン:
「一撃で一枚壊しやがるか」
〈竜鱗の庇護〉で防御。3回で破壊されるハズのウロコ盾を、たったの一撃で壊してしまう。
ジンは回復を優先し、攻撃を防ぎ続ける。第2~第4レイドの攻撃に合わせ、離れた位置から最低限のタウンティングだけ行い、青ゲージを減らすことに専念。いわゆるオフタンク戦法だ。
英命:
「これは、……間に合いませんね」
青ゲージが切れるまで残り数ドットのタイミングで、2回目の〈レッド・デッド・スラッシュ〉。ウロコ盾で防ごうとするものの、貫通してそのままダメージを受けていた。この段階でようやく、リープエッジの上位技であることが分かってきた。
再び増えた青ゲージと、減る一方のHP。さすがのジンも覚悟を決めたように見えた。死んでしまった場合、青ゲージが残り続けていたとしたら、蘇生可能時間に間に合わないかもしれない。そうなれば強制的にロスト扱いで、復活ポイントに移動させられてしまう。
ジン:
「こいつは、シンドいことになったな」
影がさっと視界を横切り、ジンをかばうように誰かが躍り出た。飛び込んで来たのは、ピンチで頼れるあの男だった。
レオン:
「ここは任せておけ。回復に専念しろ」
ジン:
「すまん。……俺が戻るまで、死ぬなよ」
レオン:
「そのための、この鎧だ」
一度、体勢を立て直す時間が必要だった。防御の最強たる『ミネアーの鎧』と、混沌の主が使う『死神の剣』。どちらに軍配があがるのか。ともかく後退して第2レイドに場所を譲り、ゲージ回復に専念する。
高い軽減力を誇るミネアーの鎧を駆使し、レオンは少しずつダメージを受けながら時間を稼いでいった。〈ミラー・ミラージュ〉をこまめに使い、通常攻撃を逸らすのも忘れない。
レオン:
「遠隔攻撃で削れ! DPSを上げろ!」
超強化されたフラッシュニードルが各所から飛んで串刺しにしていく。
しかし、ケイオス・ロードは空間にゲートらしきものを開くと、盾を取り出して左腕に装備。同時に、頭から足先に向けて、光のラインが通り抜けた。まるでケイオス・ロードをスキャンしたみたいなエフェクトだった。
葵:
『魔法攻撃中断! 跳ね返されるぞ! 近接攻撃にシフト!』
中止が間に合わず、呪文を反射されたスペル・キャスターにダメージ。数名が死亡したが、青ゲージではないので影響は小さい。続けてベアトリクスたちアタッカーが急迫し、攻撃を叩き込んでいく。
――〈ハイ・ヌーン〉
数秒とたたない内に構えが変化。盾を異次元にかたすと、左腕にもう一本、別の剣を装備し、身を守るような姿勢に。まるで……。
葵:
『なんだ? もう変わった!? 物理アタッカー後退! カウンターに注意!』
ネイサン:
「西部劇だね」
シュウト:
「……?」
攻撃を続行したアタッカーと、弓で攻撃した後衛とに、かなりの確率でカウンター・ダメージが飛んだ。これも青ゲージが付与されないが、ダメージは決して低くはない。
再度、魔法攻撃中心にシフトすると、またもやケイオス・ロードの構えは変更され、今度は左腕に杖を呼び出した。
葵:
『なんだあのヤロウ、こっちの指示を聞いてるとしか思えない』
杖を出した時は、魔法反射ではなく、カウンター魔法攻撃のようだ。範囲攻撃というオマケ付き。続けて〈ショック・ウェーブ〉での縦深攻撃。第2レイドに大きなダメージ。僅か数分の間に凄まじい被害が出ている。
このタイミングでジンの青ゲージがようやく消滅。同時にリアクティブ・ヒールが連続して起動した。第1レイド全体の回復を済ませて、戦闘に復帰しようとした時だった。
ジン:
「おいおい、こいつはマズいだろ」
――〈マグニフィセント・セブン〉
ケイオス・ロードの新たな必殺攻撃が発動した。たぶん7人への攻撃。凌ぎきったレオンを除く6人が死んだ。その中にはラトリとベアトリクスが含まれている。
ネイサン:
「くっそ! 今の、ランダムじゃないよね?」
スタナ:
「ヘイト値の順かしら?」
葵:
『たぶんダメージ値の上位7人。6人とも青ゲージが長いから蘇生不能。……ここまでか』
葵の予想通り、ヴィルヘルムが撤退を宣言し、戦闘は終了した。
ウヅキ:
「久しぶりの完敗だったな」
シュウト:
「……ですね」
ケイトリン:
「準モルヅァート級といったところか」
各人の体から湯気が立ち上っている。これまでのレイドボスも強かったが、今度のは別格だった。実力だけでは勝てない敵。攻略と連携が必要な相手だ。その危機感が、僕らの体の深い部分に火を入れていた。
葵:
『ピンポイントでジンぷーの弱点を衝かれたのも運が悪かったしね』
ユフィリア:
「ジンさんの弱点って?」
ジン:
「装備への耐久ダメージだ。貧乏性が顔を出しちまった。武器の温存とか言ってる場合じゃないのになぁ~」
リコ:
「でも予備の武器がないと困っちゃいますね」
ジン:
「そうなんだけど……」
どこか心ここに在らずなジンだった。
リコ:
「ジンさん? もしかして、落ち込んでます?」
葵:
『ちがうちがう(苦笑)』
ジン:
「…………」
レイシン:
「欲しくなったんだ?」
ジン:
「まぁ、な(照) ドロップするとも思えないんだけど、なんとかなんねーかなぁ~? 余計な機能とか要らないんだけど、回復阻害とかあったらいいなぁ」
どこか照れくさそうに笑っていた。あの死神の剣をジンが使ったら? そりゃあ強いに決まっているだろう。あんな武器を持たれたら、勝ち目なんてゼロどころかマイナス100%になってしまう。でもケイオス・ロードが持っているより、ジンが使う方が相応しい気もするのだ。
シュウト:
「……七色の泡になって消えちゃうの、防げないんですか?」
ジン:
「リヴァイアサンの時は絶対に無理って感じだったけどなー」
葵:
『……おりょりょ? イケる可能性があるような? もし交換してんだったら、本来の持ち主の〈機械仕掛けの死神〉はとっくに倒してんじゃん』
ジン:
「んんん?」
葵:
『あんなバカでっかい武器なんかいらないんだろうし、なんとかあの金属だけ手に入れて、武器作る方向でいいんじゃね?』
シュウト:
「やるだけやってみるべきなのでは……?」
自分でも何を言ってるんだろう? という気分だった。凄く矛盾しているのは分かっている。だとしても、ジンが欲をみせたことが嬉しかった。
装備品にはコダワリがやたら深いくせに、二級品で十分だと満足してしまう。人格者のつもりかもしれないけれど、それは違うだろう!と思うのだ。ジンが強い装備を獲得したら、次に僕らが強い装備をもらえる順番になるのだ。ジンがハンパに遠慮していると、『僕が』欲張れなくなってしまう。〈スイス衛兵隊〉に譲ってばかりで、僕らがワールドワイド・レギオンレイドのドロップアイテムにありつけないのはおかしい。1人ひとつずつ幻想級を貰ったっていいぐらいだろう。その程度の働きはしているつもりなんだから。
シュウト:
(あんなにでっかい剣だし、僕の分だって作れるかもしれないし)
共感因子は宿してなさそうだけど、あの障壁を突破する能力には惹かれるものがある。そんな態のいい言い訳を転がして気分が良くなっていた。自己欺瞞なのはよく分かっている。
シュウト:
(きっと、僕は、ジンさんにもっと強くなって欲しいんだ……)
憧れの存在をもっと高みに押し上げたい、それに貢献したい気持ちがあった。自分の憧れは圧倒的な高みになければ『ならない』といった義務を押しつけたい気持ちもあった。人類の頂点がどこまで高く昇っていけるのかを見てみたいという客観的、むしろ観客的な興味がないと言えば嘘になるだろう。でも同時に、成長可能性を使い果たして欲しいという深刻な感情に裏打ちされてもいる。超えるべき目標にはさっさと『固定されて』欲しかった。だから最強クラスの装備を与えるのは決して間違っていないはずだ。それらは諦めるべき正当な理由を自分に与えることと表裏の関係にあるのだろう。だとしても、ジンが強くなれば、その分、僕が自動的にひき上げられるような予感というか、小賢しい計算もなくはないのであって。
師としてのジンには強くあって欲しい。もう一方で、ライバル、というのは流石に烏滸がましいけれど、敵、もしくは目標の意味での『的』としては、弱い装備品しか使えないといった言い訳を許したくはなかった。
シュウト:
(複雑で、しかも『同時』なんだよな……)
アレもコレも本当の感情で、あんまり強い武器を使って欲しくもないけれど、それを言うならジンの使っているのよりも強い武器が使えれば文句はなくなる訳で。たったひとつの意見を切り取って、『自分の本当の気持ち』とか言ってしまうのは違う気がしたのだ。全体としての僕は、ジンの強化にわりと賛成しているみたいだった。
その後、ロストした仲間の復活が終えたところで、キャンプに戻ることになった。直ぐに再挑戦したかったが、まずは攻略を練るつもりらしい。そこらのやり方は〈スイス衛兵隊〉の方法に従っておくことにした。




