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24  過去を眺めて

  

 ミナミへと向かう旅は5日目の夜に入っていた。既に加古川は抜けているので、明日は午前中にもコウベ周辺に辿り着く。そうなればミナミまでは目と鼻の先だ。6日目の夕方には『相手方』と合流する見込みである。


 今回の旅はシュウトにとっては半ば強化合宿となってしまい、3日目はジンと相手に気配を消す練習、4日目はまたレイシンとの模擬戦をしている。いい加減に敗北続きでどんよりしてきたシュウトは、「本気で勝ちに行く!」と決意してジンを相手に思い切った作戦に出ていた。



「ちょっと待て! 何やってる!? これ殺気だろ? 殺気だよな?!」

「…………」

「くっそ! 〈フローティング・スタンス〉ッ! 」


「……いきますよ?」

「ぐっ、間にあわねぇ……!」


 ギリギリと限界まで引き絞られた弦が弾けてしまう寸前。力の高まりとともに、力ある言葉を唱える。


「〈アロー・ランペイジ〉!」

「〈キャッスル・オブ・ストーン〉!!」


 暗闇の中、襲い来る矢による範囲攻撃特技に対し、目隠したままのジンは〈守護戦士〉(ガーディアン)の緊急特技を用いてシャットアウトしていた。〈キャッスル・オブ・ストーン〉ならば〈盲目〉(ブラインドネス)のステータス異常状態であっても成立するためだ。

 ジンはミニマップとフローティング・スタンスの対不意打ち性能とを利用して対処しようとしたのだが、間に合わせることができなかった。しかし、矢が一本飛んでくると思っていたところで、この範囲攻撃である。結果的に〈キャッスル・オブ・ストーン〉の使用は正しい選択となっていた。


「てンめ、シュウト! なにしやがる!!…………んっ? しまった!」

 攻撃されたことで気配の探知を一瞬忘れ、シュウトを完全に見失う。

 そもそもシュウトは今の段階ではミニマップ機能に反応されるような気配は発していない。ジンは『在るはずのものが無い』といった僅かな違和感を頼りにシュウトの位置を特定しようとしている。なので、探知に集中していないタイミングに消えられてしまうと発見するのはかなり困難になってしまう。



 目隠しのジンに気配を消して触れることが出来ればシュウトの勝ちという勝負である。条件は「ダッシュの禁止」のみ。……つまり、攻撃してはいけないとは言われていない(、、、、、、、)。三番勝負に限定されてしまったため、弓を使っての攻撃で気を逸らす作戦は最後の奥の手だった。

 初戦は小石をたくさん拾っておき、同時にばら撒いてかく乱する作戦だったが、タッチの直前で避けられてしまった。二戦目は木に登って空中から〈羽毛落身〉(フェザーフォール)を使って接近する作戦に出たが、もう一歩のところでまたも逃げられた。

 ここまでくると、触ろうとする時の殺気か何かで避けられているとしか思えない。しかし、それならそれでやりようはある。


 予想通り、ぺたり、と手の先にジンの体が触れる感触がする。ゆっくりと眼を開き、勝利を宣言する。


「僕の勝ちです」

「マジかよ…………」

 2人は別々の意味合いの溜息をついていた。


「シュウト、最後のはどうやった? どうやって殺気を消した?」

「殺気が分かる様だったので、手を伸ばしたまま目をつぶって歩きました」

「考えやがったな。…………しゃあ あんめぇ、お前の勝ちだ」


 ジンの言葉に小さく拳を握り込んでいた。ガッツポーズなんていつ以来だろう。


「ニャロウ、3回目で負けるとはなぁ。 ……で、どうすんだよ?」

「どう、とは…………?」

「おいおい、賭けをしてただろ。俺に何か訊きたい事があったんじゃないのか」

「あ……ああ! そうでした」


 シュウトは約束のことなどすっかり忘れ去っていた。いざ質問しようと思うと巧く言葉が出てこない。勝てるとは思っていなかったので準備などしていない。まとまらないまま、なんとなく言葉にすることになってしまう。


「ええっと、その、どうやったら強くなれるんでしょうか?」

「はぁ?………………一応、その、いろいろと教えさせて頂いてるかと、思うのですが?」

「いえ、それはそうなんですけど、もっと、こう、具体的にあるんじゃないかと」

「そりゃあるけどさ、今後の予定だのの兼ね合いで色々とムズかしいわけですが」

「そうですよね……」


 自分でも今の質問にはかなり無理があった気がする。


「じゃあ、あの、ジンさんって凄く強いじゃないですか、どうやって努力とかしているんでしょう?」

「何が言いたいのか分からんのだが?」

「えっと、努力はしてるんですよね?」

「努力の方法なんて聞きたいのか? そういうのは高校ぐらいまでで卒業しとくもんだろ」

「……すみません」

「努力ってのはな、三日坊主のことを言うんだよ。三日間だけ頑張ればいいんだ」

「三日だけですか? その後は?」

「三日続けてまだ続いてたら、それはただの生活習慣であって、努力じゃなくなってるだろ」

「え……」


「俺は努力だの『がんばる』だのは嫌いだぞ。『する』のも『させる』のもな。……第一、努力をするために努力するっておかしいだろ。努力するために気力を奮い立たせて、実際に努力するところまで辿りつけないことだって、しばしばある」

「間々ありますね」

「だろ?それは、第一段階の努力には成功してんだよ。だけど、そこで満足しちまったんだな。これはもう仕方ないことだと思う。……山は動いたんだよ。」

「分かりますけど、それはどうかと……」

「エルダー・テイルみたいなMMOだって、ある段階から先はほとんど苦行みたいなもんじゃねーか。それでもやってんだろ?それは何でだ?」

「それは、……何ででしょうね?」

「つまり、そういうこった」

「はぁ……」


「それからウットリ野郎は苦手だ。というか、大っ嫌いだ。 いんだろ? たかだか努力したぐらいで、さも大仰に自分の努力が大変だったみたいに言ってウットリしてる奴が」

「たまに、いるかもしれませんね……」

「そういうヤツに限って『結果の出ない努力には意味がない』とか、『努力できるのが才能』とか言いたがるんだよなぁ~。…… そんなもんは努力してない奴が言う台詞だろ? みんな努力ぐらいしてるっつーの」

「ハハハハ」


 乾いた笑いしか出てこない。自分が責められている気分になってしまう。


「結果ってのは努力の方向や現状を確認するもののことを言うんだ。結果が出るのなんて当たり前なんだよ。それを社会的成功と混同させて結果がどうのこうのとか偉そうに言い始めるヤツがいるからメチャクチャだ。過剰なプレッシャーをかけて周囲を潰しちまってる。それで言いたいことは『ボクがんばってます、ホメて?』なんだぜ?ダッセーよ!ウゼーっつーんだよ!!」

「いろいろ、大変なんですね……」



「それじゃあ、あの、ジンさんはどうしてそんなに強いんですか?」

「質問の意味がわからん。相対的には俺が強いんじゃなくて、お前らが弱いだけとも言えるんだが」

「そうかもしれません。でも、それは理屈ですよね?」

「そうとも言う。基本的に、努力したからって強くなれるわけじゃない。けど、強い奴はなんらかの努力をしたと思っていいだろうな」


「それなら、やっぱりジンさんも努力したってことですよね」

「まぁ、流石に努力してないと言ったら嘘になるだろうな。俺史上において最も必死だったと思うよ」

「必死だったんですね?」

「ああ。メシが不味かったからな」

「…………は?」

「いや、だから、メシが不味かったら本気出すだろ。初日に試さなかったか?俺はゲーム中の最高クラスの料理を大枚はたいて買って来て、食ったぞ。結果は言うまでも無いが……」

「湿気た塩抜きせんべい味ですか」

「本気でこの世界から脱出しようと思う十分な理由だと思わないか?」

「えっと…………(眼がマジだ……)」


 冗談も混じりにしか聞こえないが、半分は本気なのかもしれない。これまでのジンとの付き合いからすれば、それが本当の理由ではないと思う。それでも努力するに足る十分な理由ではあったのかもしれない。シュウトにとっても、あの食事は良い思い出からは遠い。



「それでも一人飛び抜けて強くないですか?何が違うんでしょう」

「そりゃ、だって、お前らぜんぜん努力してないんだから弱くて当然だろ?」

「言ってることが違いませんか? さっきは『みんな努力ぐらいしてる』って」

「そりゃ、こんな状況だし、努力ぐらいして当然だろ」

「え?……それはその、どういう?」

「努力の内容や質の話に決まってるだろ。それじゃあ、お前、自分が本当に努力してたと思ってるのか?」

「そのつもり…………だったんですが」

「じゃあ、なんで『ここ』に居るんだ?」

「…………それは」


 真っ直ぐに核心を突いて来る。自分のしていた努力に自信が持てるか?といわれれば、確かに自信などない。


「だけど、スタートラインは同じでしたよね? だったらどうして、どうやって……」

「待て待て、スタートラインは同じだけど、同じじゃないぞ?俺とお前らとじゃ使ってる常識が違うだろ」

「……やはり知識の差ってことですか?」

「知識じゃない。常識だ」

「常識……」

「そう、常識」

「常識なんかで、そんな差が生まれたりするものですか?」

「俺にも経験があるが、学生時代には常識なんて平均的な考え方の集積で、反面教師的な扱いなんだが、社会人になると、成功法則の集合だったりで、扱いが変化するんだよ。学問的な考え方も全て知ってて当たり前の状態で思考を共有するためのツールになるんだ」

「それは…………」


「続きは明日にしよう。……ちょうどピッタリの場所があるから、続きはそこで話してやろう」





 翌日の午前中の早い時間に、石丸の先導で丘のような場所に上がって来ていた。


「わぁ……いい眺め!」


 峰を越えたのか、夏の青空の下に広がる景色には海が広がって見えた。


「たぶんここら辺は須磨の辺りで、向こうの方に港町コウベがみえると思うっス。反対側は一ノ谷っスね。」

「一ノ谷ってどんなところ?」

「聞いたことはないっスか? 源義経が逆落としをやったと言われている所っス」

「逆落とし…………馬で崖を駆け下りるシーンかしら?」

「それっス。鵯越(ひよどりごえ)か一ノ谷かで学説が分かれているんスが、そもそも逆落とし自体が創作の可能性もあるそうなので…………」

 女性2人は石丸の解説に耳を傾けている。


 眼下に広がるパノラマ的な景色には住居のような人工物はほぼ無く、神戸の中心市街地周辺に作られた〈大地人〉の街が遠くに見えるのみであった。その時、シュウトの視界に長く続く『スジ』が入ってくる。


 うっすらと刻まれた大地の傷。それは雪渓の奥深くで人の存在を拒絶するクレバスを連想させるものだ。大地の引き裂かれたその姿は、最大サイズの巨人を数倍する化物がつけた『爪痕』を連想させる。これは阪神・淡路の震災を忘れまいとする願いから刻まれたモニュメント(慰霊碑)と言われていた。

 

「『爪痕』ですね。もしかして、これですか?見せたかった場所というのは」

 横に立って同じ景色を眺めていたジンに尋ねてみる。


「そうだ。俺らオタクの間では〈神人の爪痕〉と呼ばれている。……元ネタは『涼●ハルヒの憂鬱』っていうラノベで、アニメにもなった有名なヤツだな」

「……流石に名前は聞いた事があります」


「見てねぇか。……んー、西宮(にしのみや)にあるとされる学校からの坂道が凄く象徴的でさ、そこから遠くの大阪の街が見えるらしいんだよ」

「はい……」


「神戸の震災があった時、西宮は被災したらしいが、その坂道から見える大阪はまったく無事だったそうだ。それは被災した人達からは不思議な光景だったんだろうな……自分達だけが非日常的な異世界に閉じ込められた感覚だったのかもしれない。それが作中の『閉鎖空間』のモデルじゃないかと言われている」

「…………」


 無言で頷く。シュウトにとってもあまり無関係な話とは思わない。自分達もまた、〈大災害〉によってこの閉鎖的な空間に閉じ込められている。


「基本ストーリーは、無自覚に神のごとき力を持った少女の、孤独を癒すって話だ。彼女はストレスが溜まってくると、現実から切り離された閉鎖空間の中に、『神人』と呼ばれる巨人を呼び出し、町を破壊させてストレスを発散してるんだが、…………アニメ版で破壊されていたのは、大阪の梅田だったりするわけだよ (苦笑)」

「それは、運命の不公平さか何かを正すために……?」


「さぁ、な。…………それでまぁ、彼女の生み出した閉鎖空間の一つが、ここ〈エルダー・テイル〉の世界かもしれない、だなんて妄想したヤツがいたんだろうな。 そんなこんなであのクレバスは〈神人の爪痕〉って呼ばれているわけだ」

「そうなんですか……」



「つまりさ、人間はみんな『いつかの未来』を生きているんだよ。東日本の震災があって、『戦後が終わった』なんて話があったみたいに、みんな何かの未来を、何かの後ろを歩いて生きている」

「はい……」

「そういうものを切り離すことはできないし、避けられもしないし、選べないこともしばしばで、なんというか、変えられない部分も多いから、決して良い事ばかりでもないんだ。 …………『良い部分』だけを受け継ぐことなんて、出来ないっていうかさ。血筋だとか、常識みたいなものもひっくるめて、全部の土台みたいになってる」


「実際、『常識が違う』ってのは、お前のせいじゃない。何が常識かってのは周囲の人達がそれぞれに選んで、決めているものだろう。だから、決してシュウトの責任ばっかりじゃないんだよ。努力できなかったり、弱かったりするのは、本当には自分のせいとは限らないんだ」

「ですが……」


「そうだな。個々人で選べる範囲は確かにある。だけど、同時に受け入れるしかない部分も多いんだ。実際問題としてお前が生きてここにいるのは、お前の周囲にいる人達が努力してたからだろう。それは凄いことだよ。決して(ないがし)ろにはできない。……それでも、お前さんが弱いのは、お前の周囲にいる人間が努力を怠ったからだ。何を(、、)自分たちの常識とするかは、全員が必死になって考えなきゃいけないものなんだ。現状は日本人の選んだ結果でもあるだろうし、同時に俺の努力不足と言えるものでもあるんだな、これが」


「俺はまぁ、オッサンだし? 何を自分の常識とするか、みたいな部分で多少は選ぶ時間があったというかね。……いや、俺の周囲の人達がたまたま努力しててくれて、たまたまその恩恵に与っているだけなんだろうけどさ。 だいたい努力できるのは運が良いからで、成功するのは人のお陰って言うくらいだしさ。個々人の努力なんてチリみたいなものかもしれないわけだよ。…………でも、そんなチリだって積もったら灰の山になるかもしれないし、そうしたら、その灰だって、いつか不死鳥が飛んで行くかもしれない」


 ジンはにっこりと笑って見せた。


「孤独な女の子を救うのにだって、幾つもの奇跡が必要になる。必要なその時に自分が手の届く場所にいられるかどうかってのもあるだろうし、努力できる場所にいられたとしても必要な能力を持っていないとも限らない。厳密に考えて、客観的に眺めれば、それらは無限に奇跡へと近づいてしまうものでも、あるだろう」



「それでも、もし、お前が努力しようと思うんだったら、…………」

「…………なんでしょう?」

「いや、何でもない。……幸運だと、いいな」


 言うべきことをいい終えたらしきジンは、黙って景色を眺め続けていた。

 ジンが何を伝えたかったのかは今ひとつピンとこないままだったが、シュウトはこの景色を覚えておこうと思った。





「ジンさん」

「なんだ?」

「ところで今の話って、どういう意味だったんでしょう?」

「え゛っ?…………いや、まぁ、コンテクストは重要っていうか」

「あ、そうだったんですか……」

「うむ。俺も場所の力を借りて話すしかないような、茫洋としたものだしな」

「なるほど。…………そろそろ出発しましょうか」

「だな」





 ミナミの市街地よりも北に数キロ入ったところに拠点を構える〈冒険者〉の一団があった。おかしなことに〈大地人〉の集落などは存在しない場所を選んで住んでいる。たまたま2つほど山を越えて獲物を探しに出ていた〈大地人〉の猟師が目にし、不審げに首をかしげていたのだが、だからといって何がどうなるという話でもない。〈冒険者〉の行動はむかしから良く分からないことが多いのだ。彼はその日の糧を得るのを諦め、自分の村に帰ることにした。


 猟師は〈大地人〉であったから知ることは出来なかったが、彼らは〈Plant Hwyaden〉のギルドタグをつけていない。それは今のミナミではありえないことだった。


 〈ハーティ・ロード〉。

 ミナミを本拠地とする戦闘系ギルドの中でも3本の指に入る大規模なものの一つであった。しかし、これは既に過去の話となっている。表向きは分断工作を受けて瓦解したことになっていた。


 〈大災害〉ののち、ミナミもまた大半のプレイヤーがやる気を失っていた。一部のプレイヤーが元気なのはアキバとも同じだが、時間経過と共に目に見えない疲労が蓄積していく。誰もが救いを求めていた。そんなタイミングで他の大ギルドが〈Plant Hwyaden〉への参加を表明したことを耳にしたのだ。

 結果として、〈ハーティ・ロード〉も雪崩れを打つように内部から崩壊している。一たび大勢が決してしまうと、ドミノを倒すように〈Plant Hwyaden〉は支持を根こそぎ集めていくことになる。


 当然〈ハーティ・ロード〉にも先んじて打診があったのだが、ギルドマスターの一存によって無視されていた。そのことすらも後から非難される原因となった。〈Plant Hwyaden〉への参加が遅れたことで、他の大ギルドの後塵を拝することになってしまった、と仲間たちから怨嗟の声すらあがる。彼らはギルドを裏切った者達のはずだったが、ミナミ全体がひっくり返った状況では、どちらが裏切り者なのか分からなくなっていた。



 人目を避けてこの地に拠点を構えている彼らは〈ハーティ・ロード〉の『第3レイド部隊』だった。

 本隊(第1部隊)から豪傑と名高い〈武士〉(サムライ)の霜村、第2部隊から切れ者の〈盗剣士〉(スワッシュバックラー)である葉月、という具合にエース級の人材と選抜された精鋭を集めて中心に据えてしまい、しかるのちに人数を増やして調整していく予定になっていたのだが、その途中で〈大災害〉に巻き込まれたものだった。

 そして、この部隊の目玉となるのは、女性の〈守護戦士〉だった。彼女の名を――


「さっちーん!」

「睦実か、さっちんと呼ばないでくれ。みなが真似をするだろう?」

「よいではないか。あたしとさっちんの仲ではないか!」

「そういうことを言ってるわけではないのだが……」


 お調子ものの睦実をたしなめ、彼女は目元に掛かった金色の前髪をかき上げるようにした。太く編まれた金髪がたらされた背中はすっきりと伸び、表情には凛としたものをたたえるクールビューティ。背はやや低く、その金属鎧に濃紺の金属スカートといった出で立ちはまさに――


「だけど、さっちんってほんっとに型月のセ●バーまんまだよねぇ」

「キャラ作成時に金髪碧眼にしろと言ったのは睦実じゃないか。お陰で〈大災害〉からこっち、皆にジロジロと見られてかなわない」

「大丈夫!すっごく似合ってるから♪」


 彼女は友人にとても(、、、)恵まれているのだった。

 実際のところ、第三部隊は彼女のために結成されることになったものだ。さつきは高校剣道において、個人戦で全国大会入賞の常連組だったのだ。それが睦実の策略によってMMORPGなどというコアなゲームにハメられてしまっていた。ところが、こちらでもメキメキと実力を伸ばしてしまう。コツコツと言うよりは時間も忘れてドッカンドッカンと努力し、いつの間にやら一線級プレイヤーである。


 サブカルに明るくないことにつけ込み、睦実がセイ●ー風の装備を勧めたり買い与えたりしたため、本人の知らないところでコスプレプレイヤーとして名を上げてしまっていた。こうなってくると悪ノリする人間が現れるもので、彼女のために軍団を集めようかと話が盛り上り、気が付けば中核メンバーの選出が済んでいて、あっという間にフルレイドでの連携訓練が始まっていた。ついでだから、とサブ職で〈剣聖〉を取らせようとする作戦が立案されたりもしたが、まだ実現には至っていない。

 つまり、彼女は友人にとても恵まれていたのだ。


 しかし、運悪く今回の〈大災害〉である。それでも精鋭メンバーを集めていた第三隊は〈Plant Hwyaden〉になびく脱落者は出さなかった。崩壊した〈ハーティ・ロード〉は一部のメンバーを集めてナカスへ落ち延びることになる。ギルドマスター自身が一番残って戦いたがっていたものだが、責任者としてその責務からは逃れられず、メンバーを率いてナカスへ向かうことになっていた。


 代わりに残ったのが士気の高い第三部隊である。ギルマスの論理では、誰かが抵抗の意思を示しておかなければ、逃げたことになってしまうし、それでは落とし前が付かないのだという。分かったような判らないような理屈だが、それで良いのが〈ハーティ・ロード〉でもあった。


 さつき自身は、〈大災害〉があってからは真摯に剣の道に生きていた。始めこそ本物のモンスターを相手に怯えもしたものだが、ゲームの知識と実際の格闘技の技能が合わさり、今では気力・心身ともに充実した状態に達している。その剣に曇りはなく、風格のようなものすら立ち昇って感じられる。第三隊のリーダー格にして自信家の霜村でさえも一目おく女剣士となっていた。


 30人弱の一団が都市部から離れてある程度の期間を生活しようと思えば、それなりに高度な能力が要求されるものだが、特に大きな問題もなくこなせているように見える。

 今、さつき達は12人の実動部隊とともに、連携訓練を兼ねた狩りを行っていた。



「いったぞ!」

「追い込め!」


 狩人達に気がついた鹿が飛び出し、跳ねるように駆けてゆく。周囲に人影が現れ、次々に行く手を遮っていった。逃げられたのではなく、ルートを限定して追い込んでいるのだ。


 突如として女剣士が、鹿の行く手に立つ。最初から立っていたのか、脇から飛び出して来たのかは分からない。それほどに静かな佇まいであった。

 慌てた鹿は止まりきれず、その脇を闇雲にパスしようとする。ゆらり、と剣先が動いたかと思いきや、鋭い踏み込みから銀色の閃光がはしった。


「さすがさっちん!お見事」

「このくらい大したことはない。 よしっ、みんな、今日はこのくらいにしよう!」

「おー!」 「りょうかーい」

「え~?まだまだ大丈夫だって」

「自分達で食べられる分だけあればいい。また狩りにくれば練習にだってなる。モンスターはともかく、動物達は無限に湧いて出てくれるとは限らないんだ、無駄な狩りは避けなければ」

「さすがさっちん。ウサギを狩るのも全力だね!」

「バカ言ってないで支度しろ、睦実」

「ほーい」


 弓や魔法を使えば、鹿などを狩るのは簡単で、あまり練習になどならない。逆に彼らのように近接武器で仕留めようと思えば、かなりの連携を身につけなければならず、そうそう巧くいくものではなくなる。それなのに、彼らはいとも容易くこなしているように見えた。

 この一事だけをとっても、地力の高さが窺えるものであった。



「見えたか?」

「どうやら当たりですね。彼らが〈ハーティ・ロード〉です」

「うしっ、これで無事に合流できそうだな」


 シュウトは 珍しく軽装のジンと2人で先行偵察に出ており、彼らを発見していた。

 携帯電話代わりの念話があっても、この異世界で合流するのは難しい。ランドマークになる場所で落ち合うならともかく、彼らの指定するポイントは山の中であった。土地勘が無ければ、仮にあったとしても、どこもかしこも同じような景色に見えてしまいやすい。こういう場合はそもそも相手が地図の見方を知っているかどうかからして疑わねば、そうそう合流などできるものではない。


 結局はレーダーの代わりとなるミニマップ機能を使えるジンが出張ってくるのが一番手っ取り早く、基本通りの二人組(ツーマンセル)でシュウトを相方として連れて来ていた。



「じゃあ、帰ってしまう前に、彼らに話かけるんですよね?」

「いや、しばらくストーキングする」

「え?」

「なんだよ、狩りしてるのを偶然 見掛けたって言って、信じて貰えるかわからんだろ。ヤツらに拠点まで案内して貰ってから、正規の手順を踏むのさ」


「何か、もの凄く警戒してませんか?」

「……お前はお気楽でいいなぁ。こんなうさんくせぇ仕事だってのに、まぁ」

「仕事って、ナカスへの護衛ですよね?」

「おいおい、今の狩りを見ても、まだ護衛が必要に見えたのか?」

「それじゃ、何の仕事なんです?」

「さてな。面倒なことにならなきゃいいがね」

「…………まさか」


 ゲームの中で出来ることなどは、所詮はクエスト周辺に限られていたものだ。嫌になれば帰還するなりログアウトすれば良いだけだ。それは今度も同じだろうとシュウトが考えていたとしても、そんなに間違った考え方とは思えなかった。


「それにしてもあの子、かなり手練チックだったな」

「そうでしたか?」

「たぶん剣道だと思う」


 残念ながら、シュウトには細かな違いは分からなかった。どうやら守護戦士のようなので、ジンとは同じクラス同士として、なにか通じるものがあるのかもしれない。


「ああ、かなり基礎を積んだ人間の動きだった。ありゃ、師匠が一角の人物だったんじゃねーかな?…………しっかし、あのクラスの人間まで〈エルダー・テイル〉をやってるとはなぁ。なんとも懐の深いこって」

「もし、彼女と戦ったとしたら、勝てますか?」

「ん? 剣道ルールなら負け確定だろ(笑)」

「剣道ルールじゃなければ?」

「論外だな。この世界はただの剣道が通じるほど甘くなんかないさ。仮に対人戦で『三倍段』できたとしても、その程度じゃドラゴンに勝てるものじゃない。マシンガンやミサイルが欲しいぐらいなのに」

「確かに、そうですね」


 科学的な兵器の代わりに、この世界には魔法がある。特に回復魔法の存在は〈冒険者〉の行動限界を大きく引き上げているのだ。


「ま、それでも女の子と戦うのは苦手だな」

「そうなんですか?」

「暴力とセックスは衝動として近い。あんまり強いと、グチャグチャに叩きのめして犯してやりたくなるからなー」

「…………」

「女子にはドン引きされるからな。お前さんしか聞いてないから言ってみたまでのことよ。本気でレイプしようとは思ってないさ。それに、もともと戦う必然がないだろ。人間は味方だ。特に俺は美少女の味方なのだよ」

「そう、ですよね……」


 戦闘が日常化していることによる倫理観の喪失なのか、単に英雄が色を好む傾向なのか?と思ってしまう。『自分化の否定』がジンに与えた影響の片鱗という可能性も考えられる。


 この時、まだシュウトは戦士として生と死の狭間に身をおけていない。幾分かは弓使いであることも関係しているかもしれない。ジンの台詞の半分ぐらいは、自分とはあまり関係のないことだと思っていた。



「そろそろ動きますね」

「追跡しながら、レイ達とも合流するぞ」

「同時ですか?」

「当然だろ。レイ達が見付からないように誘導しろよ」

「…………僕がやるんですか?」

「当たり前だろ。俺がやるんじゃ簡単過ぎる」

「簡単でいいじゃないですか!」

「ホレ、いくぞシュウト!」

「ううっ、ストレスが……」



――こうして、シュウト達一行は、〈ハーティ・ロード〉の一団と合流することになった。



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