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233  慈愛の聖母 / 機械仕掛けの死神

 

 朝食前にレイドメンバーを集めてきた。調理中で手が放せない人も数人いたけれど、そこは大目に見てもらいたい。ヴィオラート様が遅れて現れる。まだユフィリアが手を繋いでいないといけない状態だ。


ラトリ:

「ご無事ですか?」

ヴィオラート:

「ご心配をお掛けしました。まだ大丈夫とは言えませんが、ユフィが居てくれれば、こうして出歩くことはできます」にこっ


 軽くざわついていた。みんな一安心といったところだろう。


ヴィルヘルム:

「すまない。これはどんな目的の集まりだろうか?」

ジン:

「悪いが、みんなの助けがいる」

ネイサン:

「ボクらで出来ること?」

ジン:

「……うーんと。現状、ヴィオラートは魔力・MPを光のエフェクトにして放出してしまう状態だ。これを改善するには、少々、足りないものがあってな」


 すばやく声を上げたものがいた。我らがギルドマスターである。


葵:

『あやしい。今、口ごもったのメッチャ怪しい。てめぇ、なに考えてんだジンぷー!』

ジン:

「ぎくっ。……みんなで幸せになろうよ、の反対?」

ウォルター:

「反対?」

シュウト:

「それって、もしかして八つ当たりなんじゃ?」

ジン:

「ユフィ、手を放していいぞ」

ユフィリア:

「えっと? ……うん」


 美しさが神々しさに変換され、ほのかな輝きは目に見える光となった。光の柱が、だんだんと天へと昇っていく。


ジン:

「アクア、リディア、魔力供給を開始」

リディア:

「ふぁい!」

アクア:

「まったく、先に言いなさいよ」


 2人が魔力供給を始める間も、ジンは止まらなかった。


ジン:

「ヴィオラート、いいか? 目の前にいる『信者の皆さん』から信仰心をかき集めるんだ。自分の魔力を使う必要はない。だってバックセンターは、『体の中を通ってない』んだから!」

シュウト:

「えっ?」


 振り返って確認すると、〈スイス衛兵隊〉の大半が、目を見開いてこの光景を、ただ見つめていた。まるで魂を抜かれてしまっているみたいに。

 確かに言っていた気がする。後光に対する感覚が日本人と西洋人では異なる、とかなんとか。確か、『神性の表現』だったか。つまり、神様みたいに見える→ほぼ信者になってしまうってことなんじゃ……?


スターク:

「ジン!これって、一体なにやってんの!? みんな、なんか変なんだけど!」

ジン:

「あれっ、お前って平気なんだ? ちょっと意外」

スターク:

「なんで? 別に、普通、だけど……?」

ジン:

「へー。一緒にいたから耐性でもあんのかもなー」

スターク:

「それより、これ何やってんの!?」

ジン:

「まぁ、大したこっちゃねーよ。ただちょっと、キリスト教文化圏のみなさんを供物として捧げてみただけだ」

シュウト:

「供物って……(絶句)」

ジン:

「ちょっと信仰心が芽生えたりするぐらいだろ」

スターク:

「ちょっ、他人の人生なんだと思ってんの!?」

ジン:

「別に? みんなキリスト教の人だし、いいだろ」

スターク:

「違うよ! まじめに教会いくひとばっかりじゃないってば!」

ジン:

「そうなん?(すっとぼけ) まぁ、いいじゃん。だいたい宗教的な信仰心だのの影響なんざ千差万別だろ? いいこともある。わるいこともあるかもしんない。世界中の宗教組織に文句いわないで、俺にだけ文句いうのはお門違いってもんよ。……ヴィオラートのこと、信じるか、信じないかは、アナタしだい」キリッ


 ジンの八つ当たりが炸裂したけれど、直接の被害はなさそうなので、まぁ、いいか(?)と思うことにした。というか、完全に分かった上でやってそうなのが恐ろしい。


葵:

『あー。信者がいないと成立しねーんだ?』

ジン:

「そういうこと。……さぁ、ヴィオラート、ローマにいる信者からも信仰心を集めるんだ。もっとこの星そのものから、信仰心をかき集めろ!」

ヴィオラート:

「ですが、ローマ以外に信者の方はいないと思うのですが……?」

ジン:

「今のお前は、聖女だ。もっというと天使とか、神の子、美の女神みたいなもんだ。世界中の宗教的な信仰心を預かるべき存在、立場になったんだよ。それとも、もしかして、俺の言葉が信じられないとか?」

ヴィオラート:

「最高に、完璧に、最愛に信じています!」


 どんどん勢いを増していく。どうやら愛は無敵だった。


ジン:

「そうだ、いいぞ。エネルギーは循環している。無から有を生み出している訳じゃない。単に地球規模か、宇宙規模か、宇宙を超えた次元かってだけだ」


 ジンはヴィオラートの背後に回ると、ユフィリアに手を伸ばした。それを「?」の顔で握り返すユフィリア。


ジン:

「いいか? ここら辺にヴィオラートのバック・センターがあるはずだけど、ここにはない。ヴィオラートにとってはあるけど、俺たちにとってはないんだ」

ユフィリア:

「そうなの?」

ジン:

「ああ。体の外のものはちょっとややこしい場合があってな。ヴィオラートにとってはバック・センターでも、俺たちの身体意識にとってはただの空間なんだ。その上で、俺の周りのエネルギーを、彼女のバック・センターに少し流してやれるか?」

ユフィリア:

「うーんと、……やってみる!」


 けっこうややこしい。厳密な操作が必要な模様。


ヴィオラート:

「あ、何か来ました。 ……凄い、凄い!」

ジン:

「コントロールだ。コントロールして自分のものにしろ!」

ユフィリア:

「こんちゅおー!」


 その状態がしばらく続いた。リディアが構えを解く。ヴィオラートのMPは早くも安定しつつあった。


ジン:

「よーし、それでいい。じゃあ、最後に、信者の皆さんに返してあげてくれ」

ヴィオラート:

「やってみます!」

ジン:

「笑顔で。微笑みで、返してやればいい」


 目を閉じ、手を組み合わせる。祈るようなポーズだった。長いまつ毛から何かが、たぶん慈愛の施しが放たれているようだ。包み込むように、もしくは受けれるかのように両腕を広げる。柔らかな輝きが信者の皆さん(笑)を包むように広がっていった。


ヴィルヘルム:

「素晴らしい……」

ギヴァ:

「うむ。夢見心地というのだろうか……」

ラトリ:

「本当の聖女みたいに、なっちゃったねぇ~(苦笑)」

ウォルター:

「なにかバフが付与されていないか?」

バリー:

「これって、……回復力増強ってこと?」


 回復力アップのアイコンがステータスに現れる。ヴィオラート様が放射をやめると、自然とアイコンも消えていた。


ヴィオラート:

「ジン様。今のは……?」

ジン:

「さぁ? 完全特技、かもな。とりあえず、口伝ってことだと思うぞ。名前を付けて管理しときな」

ヴィオラート:

「名前ですか。どんな名前にしましょう」

スターク:

「見たままをいえば、『信仰の光』、かな」

葵:

『つか、えれー広範囲のバフだったよーな?』

ジン:

「MPは毎秒そこそこ減るみたいだけど、ピンポイントで使うと面白いかもしれんな」

葵:

『効果の確認とかしたいけど、味方にダメージを与えないといけないから後回しにしよっか。連れてっちゃうんだべ?』

ジン:

「当然。……もう平気か?」

ヴィオラート:

「はい。でも、もう、ジン様なしでは生きていけない体に……」

ジン:

「大袈裟だっつーの」

ヴィオラート:

「ウフフフフ」

スターク:

「……やれやれ」


 ジンの腕に絡みつくヴィオラートに、スタークの嘆息が漏れた。……すすす、と近寄ってくる〈スイス衛兵隊〉が数名。ゼタ、ロッセラ、マリオン、ロベルタ、みんな女性である。


ゼタ:

「いけません」

ロッセラ:

「はいはい、離れた、離れた」

ヴィオラート:

「えっ? えっ?」


 そしてジンからヴィオラート様を引き離してしまう。


ジン:

「…………」ゴゴゴゴゴ


 ジンは無言だった。何が起こったのか、不思議そうな顔をしているヴィオラート様。

 

葵:

『マジか! ジンぷーのヤツ、謀りやがった!』

シュウト:

「え?」

スターク:

「一体、何をしたの?」

ジン:

「なんもしてねーよ。『俺は』何もしていないさ」ニンマリ

ユフィリア:

「んー?」


 ジンの近くに寄って行こうとするヴィオラート様を、みんなで阻止している。


マリオン:

「だーめ。我慢しよっ」

ヴィオラート:

「なぜです? 今まで、みなさん見てるだけだったのにー???」

ロベルタ:

「大事なお体ですから、万一があってはいけません」


葵:

『宗教的な象徴、偶像という名のアイドル。ジンぷーから遠ざけようとする熱烈な信者を形成したってことか!』

ヴィオラート:

「ええええ? そ、そんなー!?」

ジン:

「俺は何もしてないんだけど……」


 そらっとぼけた。もう狡猾としか言いようがない。しかし、光の御子がジンの毒牙にかかるのを阻止したいという願いは、万国共通の願いのような気もする。ヴィオラート様には少しばかり気の毒だけれど、ここは少し自重していただこう。

 ヴィオラート様が異能に目覚めて2択を潰したと思ったら、ジンは信者ガードで切り返す。まさに一進一退の攻防といった(おもむき)だ。


 調理チームが離脱し、そのまま朝練にシフト。種目は変わらず足ネバだ。体を大きく、じっくりと動かしながら、粘性を確認していく。


ジン:

「オラー、動きがぎこちないぞー。油断すんなー、しっとりと滑らかに、ちゃんと美しく!」

ネイサン:

「そっか、その場歩きだけど、歩いてるようなモンってことだよね。……美しくって、どうすればいい?」

ジン:

「中心軸を意識すりゃいい。運動を軸で統合するんだよ」

ネイサン:

「なーるほどぉ。……やっぱり奥が深いなぁ~」


 ネイサンのそうした態度に、レイドメンバーがほほえんだ。なにかフッと力が抜けたというか。……手に入れた? 理解した? なにか違う。まるで最初からそこにあったかのように、楽に呼吸をした、とでもいうべきだろうか。


ジン:

「……そろそろ次の段階か」

シュウト:

「!」


 やはり、と腑に落ちる。ジンの観ているものを知った。体に馴染ませるというよりは、体が馴染むのを待っていた、のかもしれない。すべての訓練でこういう段階を目指せば、次へと進めるかもしれない。そうした攻略感に、肌がゾクリと震える。


ジン:

「おい、スターク! この先の内容、どうする? 追加で金貨50万出すなら続けてやるけど。……一応いっとくが、クリアするだけなら別に要らない内容かもだぞ~」

スターク:

「もちろん出すよ。続き、よろしく!」


 即答だった。念のためかスタークも周りを確認していたが、ヴィルヘルムだけではなく、ほとんどの人が頷くなどして賛同を示していた。知識がお金には代えられないことをみんなよく理解している。……日本人とは悲しいまでに練度が違う。


ジン:

「まいどあり。……じゃあ、今のレイドボスが終わったら、『時計の針』を、また少し、進めよう」


 目の前に釣り下げられた目標(ニンジン)だけで、1000キロ走れそうな気がする。今の僕らに焦りはなかった。昂ぶりも最小限。テンションが弾けるようなこともない。しかし、気合いがノッていた。どちらかというと、ジンにノセられたのだろう。







ジン:

「じゃあレイドボスに挑むわけだが……、本当に大丈夫なんだろうな?」

ウォルター:

「大丈夫だ」

ラトリ:

「全く問題なーし!」

ジン:

「ウソくせぇ……」


 〈ミラー・ミラージュ〉の対デバフ効果を調べた結果は、「デバフもステータス異常もぜーんぶ防げるよ!」というアバウトなものだった。たいへんにポジティブな作り笑いが嘘くさくて、ジンはまだ疑っていた。


 実際には防げるものと防げないものとがあって、その条件は不明ということである。毒煙を吸い込んだらダメそうなのに、広範囲で対象選択型の〈デスクラウド〉は完全に防げるという。〈アストラルヒュプノ〉も完全に防げるし、何度でも無効化できる。でも〈マインドショック〉は地面へ着弾して爆発するからか幻体も消えるし、追加デバフも防げない……。


 そもそも〈ミラー・ミラージュ〉を単体で使用した場合、範囲攻撃は防げずにダメージを受けて、幻体も一緒に消える。単体攻撃された場合は、囮が機能して幻体が消え、本体には命中しないことで攻撃失敗にさせる。


 しかし、ここで問題にしているのはデバフ回避機能の方だ。デバフのみの攻撃以外に、攻撃+デバフ追加のものが数多く存在する。範囲攻撃の〈フリージングライナー〉の追加デバフである行動阻害は防げなった。持続時間が長いと無理っぽい。〈暗殺者〉の〈デススティンガー〉や〈パラライジングブロウ〉は単体攻撃なので、〈ミラー・ミラージュ〉を使われるとそもそも命中しない。しかし、追加デバフだけ作用するものが一部あるらしい。その条件が不明なのでジンには黙っておくことにしたそうだ。


 だからまるで無意味なのか?というと、そうではない。幻体に対して障壁を張っておけば、ほぼ防げることが分かっている。また、幻体に障壁をはらずに、本体に障壁を張った方が良いケースもあるらしい。まだまだ方法論が確立していない部分なので、今後の検証が待たれるところである。


葵:

『うだうだ言ってんな、いくぞ! GO、GO! GO!!』


 ケーブルだらけの室内に再突入。奥へ、奥へと走る。可能ならば、〈機械仕掛けの死神〉の再起動が完了するまでの間に先手を取りたい。

 第2レイドのレオン達が先行し、打ち合わせ通りに3本の腕?みたいなケーブルの固まりを引きつけて散っていく。最後に、僕ら第1レイドが本体へ襲いかかった。


ジン:

「ウラぁ!」


 ジンの〈竜破斬〉は1秒1撃で最大3連射。3連撃から1秒の休憩を挟むと、1分あたり最大45回攻撃。最大ダメージは突き技のエンド系だが、あれは最後の一撃限定なので、斬りを中心にすると最大50000点越えで、1分最大230万点という膨大なダメージ量に至る。そのまま計算して1時間で1億3千万点以上というので、とうとうフルレイドのレイドボスよりも完全に強いと言い切れる状態が近づいてきた。


 ……とは言いつつ、(仮称)竜亜人の能力を解放して最強化する条件とか理由、方法はまだ分かっていない。ミネアー戦でやったみたいに、ユフィリアがピンチになるとか何かがないと、〈竜破斬〉の連射も出来ないままだ。1回攻撃するごとに、1回休みを入れる必要がある。ダメージ量も30000点付近に留まる。いや、それだとしてもとんでもなく強いことは間違いない。アサシネイトで相殺してもそのままHP全損が確定している程度には。ちょっと前まで2秒半に1撃だったのだから、着実に成長・進化している。普段は1分あたり30回攻撃で90万点。そうして比べると最強状態の半分以下。流石に2倍以上違うと影響が大きいので、個人的にこれ以上 強くなっちゃうのは勘弁!と思っていても、レイド中はできるだけパワーアップしてほしいと思ってしまう。


シュウト:

(自分が強くなれよって話なんだろうけど(苦笑))


 このところ、マナ呼吸の訓練を重点的にやっている。弓を使う時に自然と呼吸を止めるというか、その状態で魔力圧縮をするコツを掴み、『無呼吸の呼吸』と呼ぶことにしていた。たぶん皮膚呼吸の感覚でマナ呼吸を会得したのだと思う。


シュウト:

「シッ!」


 レギオンレイドのレイドボス相手にダメージ量は分からないが、手応えは増していた。10%程度の威力アップはしていると思いたい。ヘイト獲得値も相応に高くなるはずなので、気をつけなければならないだろう。ジン以外と組むのなら、だけど。


葵:

『そろそろ必殺攻撃くるかな~?』


 前回の撤退が早かったのでデータが十分ではない。多種デバフ攻撃〈ケイオス・グロウブ〉。その対策が今回の僕たちの目玉だ。


リディア:

「えと、えと、〈ミラー・ミラージュ〉!」わたわた

葵:

『ちょっ、早っ!?』

ユフィリア:

「えーっ!?」


 そのタイミングでお約束通り、通常攻撃がジンを襲う(笑)


リディア:

「ひぃーん(涙) ごめんなさーい!」

ジン:

「別に……?」


 ジンに動揺は一切なかった。ウロコ盾を出現させると、あわてるリディアを余所に、自分の身を守っていた。普通にガードしたとしても、幻体が自動的に移動し、攻撃を引きつけて消える。だがウロコ盾であれば、幻体も守られる。


リディア:

「あ……!」

ジン:

「言ったろ? ちょっとぐらいミスしても関係ねぇって。普通にしてろ」

リディア:

「ふぁい(涙)!」


ヴィオラート:

「ジンさま、ステキ~!」きゃーん


 ごくごく一部だが、女性のハートを鷲掴みにしていた。

 続けて本命となる敵レイドボスによる必殺攻撃のターン。少しクスんだメタルカラーの本体が、魔力の光をはらんで黄金風の色合いに見えた。僕らはジンを残し、急いで後退をかける。



 ――〈ケイオス・グロウブ〉



 まるで妖怪が笑っているみたいな不気味なサウンドエフェクトと共に、毒々しい紫の煙?が放たれた。瞬く間にジンが包み込まる。僕たちは脳内ステータスを呼び出し、モニターする。そうせずにいられなかった。わずか数秒なだが、息を呑むようにして待つ。


ウォルター:

「よし! 成功だ」


ユフィリア:

「よかったー!」


 キュアの準備をしないで待っていたユフィリアが安堵の表情を見せていた。こうしてあっさりと乗り越えたちっぽけな成功は、しかし、極大の大成功、いわば奇跡の産物だ。

 もし〈ミラー・ミラージュ〉が無かったとしら、キュアのレベルが足りない状況が致命的である。フラッシュレジストやカウンターシャウトで誤魔化すにも限界がある。そうなると〈キャッスル・オブ・ストーン〉のような緊急特技で防ぐしかなくなるだろう。その600秒もの再使用規制を考えれば、ジン1人では受けきれないことは明白だ。新たに会得した〈竜血の加護〉(アイアンスキン)全身鋼鉄化(フルボディ)を使う手もあるにはあるが、計2000点ものMP消費と、獲得ヘイト値喪失は痛い。何度も使えない点も同じだ。そうなると、他のタンクと交代するような、複雑で精緻な連携を構築しなければならなくなるだろう。それに必要な時間は、トライ&エラーを含めて数十時間に及ぶものになったはずだ。正直、レベル上げとどっちが早いか?という話だろう。


 ジン、アクア、葵という最強種3人が揃っている状況で、まともに戦って勝てなかったレイドボスは、ここまでモルヅァートだけ。2番目に強かったであろう、リヴァイアサンですら初見撃破を成し遂げている(その分、準備時間は長く取ったけど)たぶん〈機械仕掛けの死神〉は、数十時間が必要な敵だった。それを、今、こうして飛び越えてしまった。

 葵のちょっとした我が儘と、英命の分析力と、その他の偶然でもって引き寄せた奇跡だった。現実でいうところのルーマニア地方全域の生命を脅かす、『吸血鬼化の地獄』から人々を救う、値千金、値万金の一手だろう。


 再びレイドボスに取り付く。ジンは幻体を従えたまま突撃した。直後にキラーマインが連続発射される。爆発が巻き起こり、幻体は消えていた。奇跡の一手なのに、本当に一瞬しかもたなかった。


 3本の腕それぞれに取り付けられた幻影宝石が幻体(もちろん障壁のあるやつ)を投影させる。これがバリアになって腕への攻撃が阻害されることになる。一定間隔で『障壁付き幻体』を投影するため、かなりの難敵になっていた。七色ビームがレオンたちを襲っていた。


葵:

『ケイオス・グロウブが防げれば、そこまで怖い敵じゃなさそうだね』

スタナ:

「次のタイミングで防げるかはわからないけど」

葵:

『まー、それは、それっていうか(苦笑)』


 必殺攻撃の時間間隔が読めないと、正確なタイミングで〈ミラー・ミラージュ〉が使えない。初撃のデータだけはあったので何とかなったが、次のは間に合わない可能性がそれなりにある。


石丸:

「目標に高エネルギー反応っス!」

葵:

『なんかくんぞー。とりあえず、こうたーい』


 〈深窓のメガネ〉でエネルギー反応を読みとった石丸の警告に従い、僕らは後退。別種の必殺攻撃の可能性が高い。ビームとかレーザーとかだろう。



 ――神罰の業火



ジン:

「あばっ!」


 瞬間的に倒れ込んで、回避するジン。〈機械仕掛けの死神〉本体中央、目みたいな部分からレーザーらしき攻撃。左から右へ薙払っていったが、かなりの速度だった。『神罰の業火』とやらは、薙払いレーザー攻撃かと思ったら、直後に炸裂音が連続し、繋がって聞こえた。室内のケーブルなどお構いなしで、爆発が横一線、そのまま燃え上がる。リヴァイアサンの切断ブレスとは違って、こっちのは爆発を付与する熱線タイプといったところか。

 現状、炎の壁に行く手を阻まれている状態だ。ジンとも分断された形である。合流を急がなければならない。


葵:

『腐ってやがる、とか、早すぎたっつーこたー、なさそーだねぇ(汗)』

ユフィリア:

「ん???」

石丸:

「風の谷のナ○シカに出てくる、巨●兵ネタっス」

ウヅキ:

「つか、ヤベェだろ。あんなの避けらんねぇぞ!」


 見てから避けるのはかなり厳しい。高エネルギー反応で後退する他にないだろう。(高エネルギー反応が見えるのって凄い)ジンがいるであろう辺りに向けて、レイドボスの砲撃が降り注ぐ。着弾点の移動で、ジンがどの辺りにいるのかが何となく分かる(苦笑)


葵:

『この炎、フリージングライナーで消えっかな?』

英命:

「いえ、次の必殺攻撃までさほど時間がありません。合流を急ぎましょう」

タクト:

「オレが先に行きます!」がしっ

リディア:

「へっ?」

タクト:

「ディメンション・ステップ!」シュバッ

リコ:

「あーっ! 置いてかれた! てか、そんなのアリ!??」


 リディアを抱えると、タクトはさっさと転移してしまった。ディメンション・ステップは、元になる特技〈ファントム・ステップ〉で一時的にファントム(幽鬼)になることを利用し、ミスティカルパスを通過することで次元跳躍するタクトの口伝技だが、原理的な話として連れていかれたリディアが転移可能かどうか疑わしい。ドラッグムーブ中にファントムステップすると被運搬者も幽鬼化できるとかでなければ、次元跳躍できると思えないのだが……? しかし、そこらにリディアが転がっていないことからすると、連れたまま移動できるってことらしい(前にやったことあんのか、アイツ)


 「では、私も」とさりげなく英命先生も消えていた。梅の残り香が優美さを演出している。……とか言ってる場合ではなく、第1パーティーの僕らが出遅れてしまっている。これはマズい。

 炎の壁を突っ切っても、大したダメージなんか無さそう、とは思っててもレイドボスの必殺攻撃なので止めておくことにする。〈消失〉(ロスト)ならダメージ無しで透過できるけれど、発動までにたっぷりと時間が必要だ。せめて5秒程度で発動できるように訓練しなければ。


ユフィリア:

「いこっ!」


 なぜかユフィリアが先頭で走り始める。にっこりと微笑むレイシンに頷き返すように、僕らも追いかける。レギオンレイドのレイドボス戦で、こうして微笑む余裕とかハンパないのだけど、そのことには気付かずにユフィリアを追い越した。


葵:

『ユフィちゃん、ミラミラのタイミングって分かる?』

ユフィリア:

「ギリギリになんないとわかんない!」><

シュウト:

「ギリギリなら分かるってこと……?」


 ユフィリアにも一応、限界はあるようだ。こうなるとユフィリアが間に合っても、リディアが間に合うかは別の問題になってくる。指示されたタイミングでただアイコンを押すだけだとしても、リディアだと0.5~0.6秒かかるかもしれない。実際のところ、0.01秒以下で安定のユフィリアがおかしいのであって、緊張状態であわててたら、僕だって0.3秒以上かかるかもしれない。あのジンですら、陸尾竜ヴァーグネル戦では〈キャッスル・オブ・ストーン〉が間に合わなかった。

 特に〈ミラー・ミラージュ〉は事前に掛けておかないと全く意味がない。ここばかりはユフィリアの直感に任せて済ませてしまうのは問題だ。


リコ:

「モーションは読めないんですか?」

葵:

『分かってるけど、ミラミラは詠唱に2秒ぐらいかかるから』

英命:

「詠唱短縮の杖がほしいですね。竜翼人の里で買えると思いますが、性能がイマイチなんですよね……」

ウヅキ:

「ミラミラん時だけ持ち替えりゃいいだろ」

リディア:

「な、なんで、みんな、そんなゆったりしてるのぉぉぉぉぉ!??」


 答え:別に緊張するようなことはないから。

 レイドボス戦で慌ててたら、長時間戦闘で最後まで集中が保たなくなってしまう。リディアだってどうせ開き直るのは分かっている。入りがちょっと苦手なだけだ。


葵:

『あと5秒か10秒か15秒か読めないけど、分かんないから使っちゃえば? 負担はじぇ~んぶ、ジンぷーに押しつけちまえ』ゲッゲッゲ

ジン:

「おい、てめー、聞こえてんぞ、ロリちび!」


 恐縮しながらも、〈ミラー・ミラージュ〉を使用。すかさず英命先生が障壁を付与。それでもダメなら、他の〈付与術師〉にも救援を要請するまでだ。ジンが〈竜鱗の庇護〉(ドラゴンスケイル)を展開。〈機械仕掛けの死神〉が重機関砲をぶっ放す。僕らは鋭く回避。複数の魔力の固まりが続けて放出される。キラーマイン。爆発するのを待って、近接アタッカーが突っ込んでいくのだが、折り悪く、必殺攻撃の時間になった。慌てふためいて離脱。

 


 ――〈ケイオス・グロウブ〉



石丸:

「OKっス」


 必殺攻撃の使用パターンが判明。これで攻勢に転じられる。紫のエフェクトを突っ切ってジンが突っ込んでいった。エフェクトが消えるのを待って、ウヅキたちが突っ込んでいった。のんびり派のレイシンは、石丸に〈フライ〉を頼んで、それから空中機動を開始。僕はポジションを調整しつつ、ひたすらに弓で攻撃。3射ごとに生まれる『瞳』を送り込むのも忘れない。

 戦闘は概ね順調だった。デバフと熱戦を交互にさけて、ダメージを積み重ねていく。熱戦を避けて回り込む時、なぜかリコがタクトにお姫様抱っこをせがんだぐらいのものだ。

 ちょっと順調すぎて、次のイベントが欲しくなってきた。


シュウト:

「ジンさん、そろそろパワーアップしときませんか?」

ジン:

「何の話だ?」

葵:

『ユフィちゃん、4歩ばかし前へ』

ユフィリア:

「うん」

ジン:

「やめろ! つか、お前も『うん』じゃねーよ!」

ユフィリア:

「あー、『お前』って言ったー」

ジン:

「……はいはい、すいませんでした。ユフィちゃん可愛いよ」

ユフィリア:

「へへー。ありがと」


 平穏だ。……いや、レイドボスと戦ってるんだけど。

 「キラーマイン、うぜー」と言いつつウヅキたちが戻ってくる。そして炸裂音。


ユフィリア:

「なんか動いてるよ、葵さん!」

葵:

『ほぇほぇ? んー、胴体んトコ?』

ユフィリア:

「そー! なにかな?」

葵:

『…………』ぽくぽくぽく、ちーん


 次の瞬間はまさに電光石火だった。


葵:

『緊急! 各レイドに通達! 攻撃属性変更の可能性アリ、ダメージコントロール!』


 火炎・雷撃・冷気攻撃だったのが入れ替わると予告していた。ダメージをコントロールするべく動き始める各レイドのメンバーたち。そうした予告は今回も正しかった。それぞれ雷撃・冷気・火炎へと変更された。本当なら、ここでバッタバッタと死にまくっていたことだろう。


 耐性属性を装備レベルで整えて挑んでいる関係から、ここからの舵取りも問題になる。戦闘中の防具変更はどうしても事故の危険が伴うからだ。レイドごと取り替えるか、防御属性を追加・変更して対処するか。レイドごと移動する場合、細やかなヘイト・コントロールが前提になる。必殺攻撃の合間に、第1レイドが間に入るなどしなければならないだろう。


ヴィルヘルム:

「各レイド、持ち場を離れるな!」


 真っ当な判断だが、ちょっと厳しい(苦笑) ブーイングの気配に、苦笑いのヴィルヘルムが追加命令を発した。


ヴィルヘルム:

「……ただし、個人レベルでの移動を1度であれば認める」


 そんな馬鹿なと思ったけれど、たぶん可能だ。〈スイス衛兵隊〉の練度なら入れ替わっても対応できる。ヘイト管理している各タンク役は無理にしても、その他のメンバーは移動できてしまう。レイドボスとの戦闘中の水面下で画策を始めるメンバーたち……。忙しいの? ヒマなの? とツッコミを入れたい気分。


ヴィオラート:

「ロッセラ! わたくしと代わってください!」

ロッセラ:

「ダメに決まってるでしょう!」

ヴィオラート:

「ダメって言わないで! お願い、お願いよ!」


 さっそく第3レイドのヴィオラート様が、僕ら第1レイドの〈テンプラー〉ロッセラと交渉を始めていた。(いやいや、念話でやろうよ……)

 本気でレイド失敗するんじゃないの?と思ったけれど、数人がサササッと移動して、そのまま滞りなく戦闘を続行してしまっている。嘘だと思いたいけど、これが〈スイス衛兵隊〉ってことだ。パーティー単位・レイド単位で戦力が低下するようなアホなことは誰もやらない。

 

 結局、ワガママ聖女さまのお願いは却下されていた。まぁ、第1レイドはボス本体と真っ向勝負なので、危険に晒される。万一にもこっちに来させる訳にはいかないのだろう。……微妙に、ジンの真後ろが一番安全な気がしないでもない。


スターク:

「〈ゴーストヘッド〉!」


 さっきからスタークが〈ゴーストヘッド〉を連発している。アレはドラゴン杖の特殊呪文だけど、なにか意図がありそうだった。


スターク:

「えっと、なんかこの幻体って、アンデッドっぽくない?って思ったんだよね。結構、効いてる気がするんだけど」


 全体念話でそんな情報を伝達してくる。そんなことがあり得るのだろうか?


葵:

『おもしろい! やったれ!』

アクア:

「そうは言っても、幻影宝石の幻体でしょう? 機械でしょ?」

葵:

『だからだよ。こいつは〈機械仕掛けの死神〉なんだぜ? 機械の死体をアンデッドみたいに動かしたって、おかしくないじゃんか!』

ジン:

「ああ、死神も神ってか」


 僕らの位置からはよく見えないが、目が虚ろな幻体らしい。これに対アンデッド系攻撃がよく効く可能性があるという。突拍子もない話だろうと思ったが、意外とそうでもなさそうだ。西欧サーバーだと、〈パラディン〉や〈エクトシスト〉といった専門職もいる。幻体を潰すまでの時間が確実に速まっていた。


 レイドボスのHPを削る作業は意外にも順調だった。早くも半分近くまで来ている。現状、第1レイドがフルレイド状態で『本体』へ攻撃をしかけている。ジンがいるとはいえ、24人でのダメージ量などたかがしれていると思うのだが……?


ウヅキ:

「このまま勝てる、なんてぇのは、さすがにあめーよなぁ?」

葵:

『だね。HPが少なすぎるから、合体すんじゃねーの、腕と』

シュウト:

「あ~……」


 腕の方は(がんばってるけど)あんまり削れていない。合体するとガツンと山盛りされるので間違いないだろう。


石丸:

「10秒前っス」

リディア:

「いつでも、オッケー!」

石丸:

「……5秒前っス」

リディア:

「〈ミラー・ミラージュ〉!」


 やっぱり開き直った。普段の調子を取り戻していた。リディアが呪文を投射するのに併せて、必殺攻撃の範囲外まで後退。3秒程度しか時間はないので急ぐ。ジンは〈ケイオス・グロウブ〉を無視して、〈竜破斬〉で攻撃しまくっている。そんなことをやってると、残り50%まで到達。どうやらモーション変更のお時間になったご様子。ここからはしばらく注意が必要だ。


ニキータ:

「分離していく!」

ユフィリア:

「ばらばらー! うーっ、はっはー!」


 本体から腕パーツが分離。うねうね動くのを見て、ユフィリアもクネクネしていた。そのまま腕が壁や床に潜り込む。たぶん腕の方はヘイトリセットが掛かったのだろう。


葵:

『ほぇ?』


 〈機械仕掛けの死神〉の本体中央部からぐるっと横一列に、刃物が飛び出し、回転を始めた。土星の輪っかみたいなイメージである。ブレードの回転が浮力を与えたわけでもないだろうに、巨体がフワリと浮かんで行く。


葵:

『なんか、イヤな予感がする。ジンぷーの後ろから逃げて! ピンボールみたく跳ね回るかも?』


 疑問を口にするより早く、ジンの後ろから離れたが、本当にギリギリのところだった。直後にジンが回避。左右に分かれた僕らの間を飛んで行った。


 ――キャロム・ゲーム


 ピンボールというより、むしろビリヤードだった。しかも壁に接触して反射するごとに速度を増していく。反射角度は正常であるらしく、石丸の動きを見て回避に努める。いつまで避け続けなければならないのか。そう思った時、逃げ遅れた〈スイス衛兵隊〉のメンバーが死んだ。一撃死の突撃攻撃らしい。如何にも死神的な攻撃だと思った。人が死ぬと止まるらしい。


葵:

『総攻撃! 削り殺せぇ!』


 第1レイドが20分以上かけて50%にしたのだから、4倍の戦力で総攻撃すれば5分で片が付く計算だ。ジンが別に3人いれば、だけど。

 キャロム・ゲームのモーションは極めて分かり易い。ジンの後ろで戦ってダメージを稼いで、ブレードを出したら逃げる。これを繰り返した。攻撃は通常攻撃ばかりで、ケイオス・グロウブなど他の必殺攻撃は出してこない。2回目のキャロム・ゲームでは2人殺して止まった。3回目では3人殺したところで止まった。この調子で行くと、96回目は全滅するまで止まらないことになりそうだ。


石丸:

「少しずつ長くなっているっス」


 4回目のキャロム・ゲーム開始が先か、削り切るのが先か?という状況。僕は単身、ミゲルのゴーレムの元へ走っていた。


シュウト:

「撃たせてください!」

ミゲル:

「構わんが、どうする気だ?」


 それには答えず、場所を譲って貰う。矢筒にたっぷりとMPを注ぎ込み、巨大ボウガン用の矢を生み出すと、それを素早くセットした。


シュウト:

「撃ちます!」

ミゲル:

「狙いはそのままだ、撃て!」

シュウト:

「〈アサシネイト〉っ!!」


 巨大ボウガン+巨大な精霊の火矢+魔力圧縮してアサシネイト。矢とかいうより、もう火砲そのものだった。狙い違わず、命中。……撃破。

 4回目のキャロム・ゲームを阻止した安堵より、そのあまりの威力に(おのの)く気持ちのほうが大きかった。癖になりそう。


レオン:

「とりあえず、沈黙したようだが……?」


 油断せず、次になにが起こるのかを待ちかまえる。既に、遠くから地鳴りが響いて来ていた。音がだんだんと大きくなっていく。


ジン:

「上か……?」


 天井の一部が解放されると、形のあるものが金属が擦れ、ぶつかり合うような音をたてつつ落下してきた。それもレイドボス本体の死骸?の上に、上からだ。


タクト:

「なんなんだ?」

リコ:

「どういうこと!?」


 それは各層のフロアボスと同じ機影ばかりだった。デスマーチも混じっている。さすがにデスマーチのシルエットだけは見間違うことはない。


葵:

『うげぇ! あたしとしたことが……』わなわな

ジン:

「どうした?」


 震えた声を出す葵にジンが声をかける。


葵:

『まさか、まさか、最初から12層最終ポイントまで行けるショートカットが使えただなんて! やっべー、知らなかったー!!』

ジン:

「は?」

レイシン:

「んー?」

シュウト:

「……どういうこと、ですか?」


 レイドボスそっちのけでショックを受けていた。レイドボスの方は、なんかガチャガチャやっている。腕が戻ってきて、バリアを展開して周りをぐるぐるガードしていた。攻撃しても腕が無効化するみたいなので放置しておいた。


葵:

『だからー、だれも12層行きのショートカットを試さなかったってことだよ。みんな上品だから馬鹿やんなかったんだねぇ』

ジン:

「それが?」

葵:

『そんだけ。このレイドボスの攻略法は、全部のフロアをくまなく攻略することなんだよ』

英命:

「つまり、攻略していないフロアがあったり、倒していない時計仕掛けが多いほど、ここで強化されるのですね?」

葵:

『そゆこと』


 いわゆる中弛みを逆手に取ったボス用ギミックだったらしい。ちょうどフロア攻略が面倒になる中盤である。ジンなら引っかかっていただろう。しかし、レイド大好き〈スイス衛兵隊〉に隙はなかった。葵にしてもくまなく攻略したいタチなのが幸いして、目に付いた敵は皆殺しにして来ている。ジンのワガママでデスマーチも倒している。倒さなかったのは幻影宝石の元帥と、〈時計仕掛けの猫妖精〉こと『殿下』ぐらいのものだ。


ウヅキ:

「てこた、なんだ? ここのダンジョンのモンスターは、全部アイツのためのエサだったってことになんねーか?」

ジン:

「…………」

シュウト:

「…………」


 元帥にはとても聞かせられない話だった。同じ幻影宝石の3体は死霊のような状態でもある。死神らしさの演出なのは分かる。ゲーム的にはアリなんだけれど、元帥に感情移入すると、とても許容できるような内容ではなかった。


 レイドボスの方は、生命体に類似した形に変化していた。HPバーも大きく回復している。本体と思っていた球体はコアとそのカバーだったらしい。カバーが開いてアバラのようになり、正面からはコアが見えている。顔はヤギかヒツジのようなイメージで、4本腕。右腕の上側には〈ケイオス・グロウブ〉を持っていた。やっぱり死神なのに大鎌を持っていない。その辺りが微妙に違和感だが、機械仕掛けだし、キャロム・ゲームでブレードは出していたから、こんなものかもしれない。


ジン:

「さぁ、いくぞ!」


 ジンのタウンティングで戦闘再開。ここから先はどうなるのかまったく分からない。どんな必殺攻撃を、どんなタイミングで放ってくるのだろうか。……最初の驚きはすぐにやってきた。


ユフィリア:

「やだっ!」

葵:

『ジンぷー!』


 通常攻撃で振るわれたケイオス・グロウブが、周囲にデバフをまき散らしたのだ。攻撃そのものは回避したジンだが、デバフは効果を発していた。必殺攻撃ほどの数ではないが、複数のバッドステータス。当然に100レベル。慌ててキュアの増幅を始めるユフィリア。


ヴィオラート:

「お任せを。『信仰の光』よ!」フゥワー

ユフィリア:

「これならっ、〈キュア〉!」


 邪悪な死神をものともせず、神聖なる輝きがボスフロアを優しく照らしだす光の柱が屹立した。レイドボスの高レベルデバフを跳ね返すように、ユフィリアのキュアがジンを快癒する。ヒーラー達もここぞと回復を繰り出して回復量を稼いでいる。そのどれもが破格の威力をもっていた。


葵:

『すっげ、オーバーライド級かよ!』


 本当にオーバーライド級だろう。

 ただし瞬間的なものであり、そう長くはもたない。MPの消耗が激しいので、使用タイミングの管理が必要になる。アクアと同様に仲間の能力を上昇させるバフ分類。『信仰の光』を使用している間、本人の回復特技は使えそうにない。他のヒーラーがいないと意味がないので、レイド向き。ダメージ遮断障壁を強化するのに使えたらかなり凄いが、たぶん適用範囲外だろう。回復力の極大化、もしくは神聖化を付与するもののようだ。


ジン:

「攻めるぞ!」


 正面から弱点部位らしきコアを叩く。激しい攻撃をものともしないジン。その時、ひとつの疑念を抱いた。



シュウト:

(ジンさん、既に……?)


 数多の必殺攻撃をかいくぐり、ダメージを積み重ねていった。その間ずっと、その背中をみていた気がする。証拠とか、兆し、そうだと決定できる何かを見つけようとしていた。

 そうしている間に、レイドボスとの戦いは終わろうとしていた。残りHP3%から、最終形態へ。白と青の入り交じった電撃のようなもの、たぶんプラズマ、を身にまとう死神。


葵:

『あまい! 魔法でフロア中にある『太いケーブル』を攻撃! 近接攻撃すると感電すっから気を付けろ!』


 レイドボス自らが、さんざんフロアを破壊しておいて、最後の最後までフロア・ギミックを隠蔽していたという。だがそれも葵には通用しなかった。見れば、確かに残っているのは床下や壁を走る太いケーブルめいたものだけになっている。ケーブルを切断し、プラズマが消滅。


 そうして最後の最後に、〈竜破斬〉2連射から、ジ・エンドに繋げて叩き込むのを見た。あまたの魔法攻撃の爆発やエフェクトの乱舞のただ中だったが、間違いない。ジンは既に、到達していた。



シュウト:

「いつから、ですか?」

ジン:

「いつだったっけ。〈古来種〉の設定だとか、ちょっと考えれば分かるっていうか……」

シュウト:

「負担が大きいとか?」

ジン:

「いいや。むしろ『不自然な状態』を維持する方が難しいぐらいだ」

シュウト:

「じゃあ、なんで?」

ジン:

「『守るための力』とか、そんなの甘ったるいだろ?」


 〈機械仕掛けの死神〉が時間差で弾け飛び、七色の泡になって消えた。

 ……戦いは、終わった。



 ころん。


マリー:

「ん~?」

ヴィオラート:

「マリー、どうしましたか?」

マリー:

「ううん、ひろったー」


 この時、マリーが拾ったものは『未起動の幻影宝石』だった。イレギュラーが、イレギュラーを呼ぶ。そうして運命は巡り、『最も新しい伝説』へと至ることになる。


 〈機械仕掛けの死神〉を撃破し、〈ペルセスの地下迷宮〉をクリア。オーブをまたひとつゲットした。 ニキータがレベル98に到達。

 

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